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(脳内単独)広告会議

2010.5.26 22:55

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広告っていうのは
作るまえから
ゴミになるものとして
うまれている。
と思っている。
公開が終われば
映画のチラシは
映画館から捨てられるし、
ツアーのポスターは
公演が終われば捨てられる。
何千万円もかかる
駅貼りも、
新しい商品が出れば
捨てられる。
美術館に飾られたり
家宝になるようなものとは違う。
まぁそういうのもあるけど、
ごく稀である。
でもそんなこと、
世の中のほとんどの人が
気にしてないのだ。
そりゃあそうだ、
気にしなくとも
いつでもどこでもあるからだ。
駅も店もテレビも、
街は広告だらけだ。
街そのものが広告だ。
誰が作っただの、
何回校正重ねただの、
そんなことは
どうでもいいことだ。
それでかまわないと思う。
そういうものだと思っている。
少し悲しくもあるけど。
じゃあ
わたしはなんで
そんな誰にも
気づいてもらえないようなことを
仕事にしてるんだろう。
なんで
こんな吐きそうになりながら
まいにちまいにち
ゴミを作りつづけてんだろう。
絵で食えないからか。
それはなんかちがう。
下手だし。
じゃあなんでだ。
好きでやってんだよ。
何かのかわりではなく、
押し付けられたことでもなく、
好きでこの仕事を
選んだんだよ。
なんで選んだのか。
街中が広告なら、
まず広告そのものを
美しかったり
かっこよかったり
ずっと見ていたいものに
すべきだと思うからだ。
街にあふれる色や文字を
整理したいと思うからだ。
でも今やっている仕事は
そんなこととは
遠くかけ離れたところにあって、
ちまちまぐちゃぐちゃしていて、
いつかそっちへ行けるのかとか、
仮に近づいているとして
じゃああとどれぐらい
かかるのかとか、
そんなことを考えていると
頭痛がして、
身のほど知らずが
エラソーに、とか
どうもひとりぼっちすぎて
なんかもうあーぁって感じ。
ってまたこんなん書いたら
鬱だとか言われたり
ひかれたりすんだぜ。ははは
どーでもいーけど。
いまはまだいろんなことを、
先送りにしたまま、
肝心なところを見ないままで
仕事をしていたい。
どうか許してください。

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