TANAKA NOZOMI

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있었어

2022年11月1日 (火) 21:29

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歩きながら考えごとをしていると私の意志と関係なく急に思考がまとまり始め(いやまとまってはいない、かたまって、というか)、そこで家に着いたから一気に書いたのが前記事なのだが、後から誤字脱字衍字を直したりしていたら、さらに補足したり整えたりしたくなって、そうすると当然どんどん長くなり、読み返すと一気に書いたやつの方が良かったので、結局全部元に戻した。書いたのも私なら「一気に書いたやつの方が良かった」も私の感覚だが、私以外の視点や意見が入る余地がないことがこの場の良いところなんじゃないか、という気もする。私はあまり時間をかけずにワーッと一気に書いたものの方が、好きなのかもしれない。思い切りの足りない性格だからなぁ。「どっかで終わりにせんと」と意識せん限り、ずっと同じのをこね続けてるもんなぁ。もはや「何を書くか」よりも「何を書かないか」に目を向けて意識的に書くほうがおもしろそう、と思ってもいる。全部書くほうがラクで、終わらせないほうがラクだからだ。ラクをしているといずれ楽しくなくなってくる。
もしくは1週間か1ヶ月、一度も終わらない文章を書くのも良いかもしれない。

風邪を引いたり腰を痛めたりしていたので部屋の掃除ができず、これがかなりストレスになっていたと、終わってから気づいた。家中を掃除し、ベランダに溜まった落ち葉を掃き、窓と網戸を拭き、夏用の上掛けと冬用のひざ掛けをちょっと良い柔軟剤で洗い、はぁ疲れた、と床に横になったら、驚くほど精神的にすっきりした。なおかつ、私が暮らす家は「半日かければ大体すっきり掃除できるサイズ」で留めておく必要があるな、とも思った。これ以上のサイズになると厳しいんじゃないか、と思う。
観葉植物もまとめて手入れし、水やりをした。ベランダにはもう少し植物を増やしたい気持ちもあるけど、どうせ来年はマンションの修繕工事があるし、それが終わってからの方が良いだろう。

10月28日に公開されたジンくんのソロ曲にまつわるコンテンツのすべてが涙腺を刺激し、もう何がどうなって泣いているのか自分でも分からない。曲を聴いては泣き、MVを観ては泣き、アルゼンチンでのパフォーマンスを観ては泣き、月を見ては泣いている。ジンくんがかっこよくて、かわいくて、美しくて、誇らしいし、最高だし、どこにも行ってほしくないし、元気で待ってるから元気で行ってきてほしいし、長いこと振り回されてきてかわいそうだし、そんな目に遭わなければならなかったのが気の毒だし、リアルタイムで一緒に怒ってあげたかったし、何の支えにもなれなかったのが悔しいし、情けないし、こんなこと言ってるのは傲慢で恥ずかしいし、伝わっているか不安だし、理解できているか不安だし、全部が本当の気持ちだし、ぐちゃぐちゃだ。でもジンくんが最後まで泣かなかったのに、「いいところだけ見せたい」と言ってくれたのに、実際にそうしてくれたのに、だから私が泣くのは違うだろうと思うのに、写真1枚見るだけで涙が出て来る。ヴォルデモートのようだった兵役の話(上手い言い回しだな、と思う)に散々振り回されて、あげく寒いのが何より苦手なのに、彼は冬に発つのだそうだ。もううんざりだよ、これっきりだ、と言われてもおかしくないとずっと覚悟していたのに、最後に「and I love you」と歌って、ピンクのマイクをキラリとさせて、彼はステージを降りた。2年グループを離れるから、しばしお別れの曲なんだそうだ。ありがとうジンくん、だいすきだよ。
会ったことも直接見たことすらない人をこんなに好きになり、その人にこんなに「愛されてる」と思うのは初めてのことだと思う。泣くようなことは何も起きていない、私たちはファンで在る限り愛されているし、怒っていたことも悲しかったことも言いにくいことも、なぜもっと早く言えなかったかも、ジンくんは全部話してくれた、うれしくてホッとしているのに、ただひたすら涙が出る。涙って感情が高まると出るものなんだったな~ワッハッハ!と思いながら、もうそのままにしている。悲しいんじゃなくて、好きだから泣いているだけだ。2025年までどうせ時間はあるのだし、泣けるだけ泣いとけばいいや。

アイラブロックンロール

2022年10月31日 (月) 21:18

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9月に出ていたらしいweezerの秋盤を聴きながら「おばさんになったなぁ、私」と思った。叔母さんではない、歳を取ったな、という意味の「おばさん」だ。
今さら何を言っているのか、と我ながら思う。30歳を過ぎてまもなく4年になるのだ、しっかりおばさんだよ。そういう話じゃなくてさ、weezer聴いて安心してるこの感じがよ、おばさんになったんだなって……

ボカロ文脈の音楽に心底心酔できない。ボカロ文化そのものの黎明期に、世代的にはしっかり居合わせたのに、隣の村の祭りを見るように過ごしたのが原因だ。後悔などはないものの、もしあの祭りに身体ごと参加していたら、私はもっと、例えば米津玄師の良さを、身体ごと理解できただろう。

ヒップホップ文脈の音楽にも、心底心酔できない。私がヒップホップを認識したのは「8mile」のエミネム辺りだし、アメリカだけじゃなくて日本にもストリート(物理的な意味でなく)があると芯から理解できたのはそのもっと後、2008年頃のことだ。遅い。

日本のポップス文化にはご縁がなかった。単にご縁がなかった。いつも何故か「みんな」に私が含まれていない、物理的に村を追放されたり田舎に追いやられたりはしていないのに、私はいつだって「みんな」の外に居る、なんかおかしい、なにが原因だ?なぜ私は「みんな」に入れないのだ、なぜ「みんな」の居る方を私は選べないのだ、などとグチャグチャ考えているうちに、ポップス文化に肩まで浸かる機会を逃してしまった。そのころ私はカール・オルフやプロコフィエフ、マスカーニやホルストと毎日を過ごしたが、あれはあれで、必要な音楽体験だったと思う。

結局私が貪るようにその肉を喰らい、骨をしゃぶって血を啜った音楽は、ロックだけだったのだ。ロックは私を「みんな」に入れてはくれなかったが、「みんな」の外にいるのは別にお前だけじゃないと教えてくれた。
私が思うほど「みんな」って無いんだな、と気づくのはもっと後のことだ。「みんな」に見えたものが、今はもう見えない。なんで在るように見えたんだろう。幻覚だったのかな。今も在るんだろうか。私に見えないだけだろうか。

ロックはもう、流行らないだろう。今後もどんどん懐メロみたいなにおいを発して、次第に古典になるはずだ。そのことを嘆く気持ちはない。ただ事実として、そう思う。

Spotifyを開き、右手でスクロールしながら、一生かけても聞ききれないほどある音楽の束を思う。そのことのありがたさと、同量の絶望とを感じる。何聴いて生きようかな。たくさんあってうれしいよ。

調味料の代替不可能性についての個人的見解

2022年10月27日 (木) 20:40

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友人から「酒、醤油、みりん、砂糖ってめんつゆで代用できる?」というDMが届き、数分思案した。代用……つまり代わりに用いることが可能か?という質問だ。一瞬「なぜDMで聞いてくるのか」と頭をよぎったが、いや、今そこはいい。別にDMでいいし。

酒、醤油、みりん、砂糖を麺つゆで代用できるだろうか。一旦「大体できる」と返信し、めんつゆの味について考えた。私はここ2年くらいは広島県竹原にある阿波村醤油の醤油・めんつゆ(ほんとうにおいしいが買える場所が無いので勧めにくい)しか使っていないので、直近の市販めんつゆ事情についてはあまり詳しく知らないが、それ以前はスーパーでヤマキやごんべんのめんつゆを買っていた。原材料を熟読した記憶はない。何が入ってるんだろう。

とは言え酒とみりんが入っていないことは確実だ。めんつゆに限らず「料理酒」は「酒」ではないし、スーパーに並んでいるほとんどは「みりん」ではなく「みりん風調味料」だ。めんつゆにだけ律儀に酒とみりんが入っているはずがない。入っていたとしても酒税がかからない程度のアルコールしか入っていない。酒・みりんは14~15%程度はあるから酒税がかかる。

ちなみに私が使っているみりんはスーパーの調味料売場にはなく、酒屋さんにしか売っていない。ある日「一回試しにちゃんと焼酎で仕込んだみりんを買ってみようかな、大して味が分からんかったら本みりんに戻ればいいや」と思い立ち気軽に買ってみたら、案の定戻れなくなったのだ。お吸い物みたいな、シンプルな味付けのものを作ると違いが如実に出てしまう。まぁ値段は、高いけど、でもそんなにドバドバ使うもんでもないしさ……と誰に対してか分からない言い訳しながら、使っている。
私にはこうやって、開けなくてもいいようなパンドラの箱を次々と開けていく悪癖があり、結果どんどん「こだわりのある人」みたいになっていってしまっている。だから家に味噌が7種類、砂糖が9種類もあるのだ。狂人じみている。33歳でこの感じだと、60歳ぐらいの時にはどうなっているんだろう。考え出すと怖くて眠れなくなる。大らかで朗らかなおばあちゃんになりたいのに、全くなれそうにない。

めんつゆに話を戻す。
醤油は確実に入っているはずだ、ベースになる味なんだから。砂糖も確実に入っている。砂糖が入っていないにしても、ぶどう糖果糖液糖とか、そういう系の甘味料が何か入っているはずだ。あとは塩と、かつおか昆布か、とにかく「出汁」になるものを入れるだろう。さすがに醤油を甘く味付けしただけのものをめんつゆとして売るとは考えにくい。自分で作るにしても出汁になるものは必ず入れるもんな……魚介出汁じゃないにしても、椎茸とか、鶏とか鴨とか。あ、鴨出汁のお蕎麦食べたいな。

問題は「酒、醤油、みりん、砂糖を麺つゆで代用できる」と言い切れるかどうか、という点だ。単に味付けという点であれば、代用できると言ってしまって差し支えないと思う。最近のめんつゆは良く出来ているし、不自然に甘かったり、しょっぱすぎたりすることもなく、うどんやそうめんを食べる本来の用途以外にも煮物やおひたしに使える。炊き込みごはんに使っても良いし、加熱しなくても使えるからサーモンや鮪を漬けたり、ゆで卵を漬けてもいい。万能調味料だと思う。
が、酒とみりんの代わりができるか、と問われたら、これは「できる」とは言い切れない。酒とみりんの仕事は味だけじゃないからだ。
酒・みりんはどちらも米をベースにし、麹で発酵させて作る。どちらも材料、もしくは発酵の過程で発生するアルコールが含まれるので、食材に味が浸透しやすい、肉を柔らかくする、臭みを消す、煮崩れを防ぐ、照りを出す、などの良い効果がたくさんある。味で言うと酒にもみりんにも塩味・甘味があるが、それだけでなくアミノ酸が含まれている。これはうま味、という扱いになると思う。うま味を補う何かはめんつゆにも入れてあるはずだが、アルコールが含まれていない以上「完全に代用できる」とは言い切れない。

ここまできちんと順を追って説明すべきか、と悩んだが、たぶん、求められていない気がする。友人の質問は単に「塩胡椒で肉に味付けする以外の調味料は何かないのか?」ぐらいの温度感だし「酒、醤油、みりん、砂糖をぜんぶ買うのは少し面倒だな」と思っている段階なのだ。ここで酒とみりんの効果について長々と説明することに、なんの意味があるだろう。「なんか知らんけどうるっせぇーな」と思われるだけだ。やめとこう。
私は「めんつゆはメーカーによって味もかなり違うから、好みのを探してみてね」と言うに留め、酒・みりんの長々とした蘊蓄は自分の胸に仕舞った。

ってか自炊しない人の家って醤油と砂糖もないの?酒とみりんは無いだろうと思うけど、醤油と砂糖もない???少なくとも醤油はあると思っていた。逆にマヨネーズ・ケチャップ・ソース、の方がある?自炊しない人、家にある調味料を教えてほしい。とっても気になる。

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