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占われる女

2019年7月4日 (木) 22:25

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ここ1~2ヶ月ぐらいで諸々の展開が加速していて、悩むこと、不安なことが多い上に、トピック的にあまりオープンにしてはいけないこともあり(私はオープンにしたい気持ちがあるけど実際にするとなんか…引かれるんすよ、というか多分困惑させてしまうんだと思う、だから借入額とかの話したいけどできないし、私は別に誰も困惑させたくないし)、誰か、誰かに相談したい、でももう進む先がわりと定まってて私がこのモードになるともう変更ってことはまずないからもはやこんなの相談ですらない、でもでも誰かに話を聞いて欲しいしもっと言うと「大丈夫だよ」って言って欲しい根拠は別に無くていいから、もし大丈夫じゃないことが起きたとしても「あのとき大丈夫って言うたやん」とか絶対思わないから、誰か助けてくれ~ぐずぐず~という気持ちが一定値を超え、あぁこれ占う男案件かな…と思ったので、二度目の占う男を経た。

占う男を知らない人は取り急ぎtwitterでも見てください。
料金やバージョンはこちらに書いてあります

前回は文章(メールで結果をもらうやつ)で、今回はzoom(Web会議みたいなやつ)にしたけど、zoomもよかったな〜
特にタロットを見られたのが嬉しかったし、KYGは手がきれいだな、と思った。
デザインの界隈では仕上がりが丁寧だったり、その仕事に無駄がなく整然としてたりする様を「手がきれい」と言い表わす(傷が無い手、とか色が白い手、とかいう話ではない)んですが、それに近い感じがした。所作がうつくしいな、という。
たぶん手順とか、自分の中での「私はこうする」っていう、理由とか理屈とか抜きにした決まり事・お作法がいくつかあるんだろうな、と思って、それが気持ちいいな、と思った。茶道を見てるときとか、あ、手際の良い料理人を見てるときの感じにも似ている。

あ、これ別にデザイン界隈じゃないのかも、もっと狭い範囲でしか使ってないかも。知りません。有識者〜!

占いの内容についてはちょっと、細かいことはここには書かないけど(照れるから)、しっくりくることを言われまくって、キーワードとして言語化されていくことの気持ちよさがあって、これは前回も感じたけど「自分ではこうだと感じている、うっすらではあるけど気づいている」ことを第三者から「ここはこうなってますよ、あなたはこういうところがありますよ」と言われるの、不思議な安心感というか腑に落ち感があるんだよ。
「感」て言い過ぎてんな。「腑に落ち感」て。
でもこの「第三者」は誰でも良いわけではなくて、私は特に基本性格がヒネてるので「年上ってだけでエラそうにすんなよ」だの「私の何を知っててそんなこと言うわけ?」だのと思ってしまう思春期反抗期真っ盛りレンジャーみたいなところがあって(まじで恥ずかしいけどでもそうなの、ダサい)、だから、誰でも良いわけではない。
だから能動的に「この人がいい」と思える、友だちとか家族とかではない距離感の第三者をずっと求めていたけど、それをどうやって見つけたらいいのか、それがどういう職種の人なのかがさっぱり分からんというか「検索ワード自体が分からない」状態だったのを、ようやく「見つかったぜ!」というところまで持ってくることができたの、ほんとにうれしいんです。いてくれてありがとうございます占う男。

それと同時に「どうせ自分で決めるねんから身近な人だろうが第三者だろうが誰に聞いたって相談したってどうにもならんやろ、分かってるくせになんで出来ないのか、みんな自分で処理出来てる(ように見える)のに、何で私はいつまでもグツグツずるずるメソメソやってんだ」と思う気持ちもあって、そんな重く思い悩むほどではないにしても、ずっと苦しかったんだよ。だからうれしいんです、いてくれてありがとうございます占う男。

あと、私は多分「これについてはこれを使うことにする」っていうのを決めたい、決めたい人。「タイツは福助のを買う」みたいな。「ケチャップはハインツ」「ミスドではオールドファッション」みたいなやつ。もちろん途中で変わることも、例外もあるし、意図的に捨てることもあるけど。
だからここに「結構長い時間かけて思考してるわりになんかスカッとしない悩み・迷い・不安は占う男」を追加した感じだよ。うれしい。
この話伝わるのかな。わからんけどまぁ書いとこ。

タロットに関して、私はどちらかと言うと、(あんま好きじゃない超無礼な言い方するけど)「スピッてんのか?」と思う派なんですが、毎回「現在の心境・状況はこのカードです」ってやつが超!当たるんだよ…まさにそれだ、めちゃくちゃ当たってるわ、ってやつが出る。
…こういうことを言うと、私の”脳内第三者委員会”的なところに在籍してるヒネた奴がまた「そんなん捉え方とかでそう感じるってだけでしょ?誰にでも当てはまるようなやつでしょ?」と野次ってくるけど、その意見は採用しない。ツッコミがおもしろくない上に独創性も無い、ダサい、不採用です、すっこんでろ。

今回はある物事について「何かアクションを起こすのか、特に起こさないで現状のまま行くんか」という2択のタロットをやってもらったんだけど、「現在の(状況を表す)このカードはどういう意味なんですか?」という私の質問に「これはね、まぁ今ちょっと重箱の隅をつつくような感じになってて、イラついてるね、イライラしてます」と言われて、笑ってしまった。そうなんだよ、イライラしてる、なるほどそれだ。これ以上は今のところこっちからは打つ手が無い、膠着状態になってて「困ってんだよな~」ぐらいの気持ちまでは自覚があったけど「イライラしてる」は選択肢として浮かんで無かった。言い得て妙、とはこのことだ!

前回(2月)以上にフワッとした情報で占ってもらったけど、もしかしてもうちょっと積極的に情報を開示(?)した方が、より個の話になっておもしろいのかもしれん、と思った。なんかあんま具体的なことを言うとその前情報が邪魔になったりするのかな?と思ってて、「聞かれたことには答えるけどあんま具体的なことを自分からは言わない」というスタンスにしてたけど、「言わないってことは聞かれたくない、言いたくないってこと」と認識されてたらそれは超ズレがあるよな~次回は結構具体的なことを事前に発表してみようかな。

最後のやつ、まじで「知らんがな(好きにせえや)」と思った、けど別に消さないです。
あと毎占う男ごとにこういうブログを書くのかな私、と思った、けど別にいいか。好きにしよ。

刷る女

2019年7月1日 (月) 19:53

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5月にやすこちゃんとめぐちゃんにくっついて行って、ひさしぶりにシルクスクリーンをやって(身体性を伴う感じが)すごく楽しかったのと、やっぱ仕事は別として、私はなんかものを作ってる方が(精神的に)調子良いのかもなぁと思ったので、趣味としてシルクスクリーンを始めることにした。
私は学生時代、シルクスクリーンをやる部活というかサークルというか同好会というか、まぁ、集まりに所属していて、学校の地下にある印刷室で授業終わったあとにやったりしてて、卒制も印刷がしたい、というだけの理由でテーマを決めたし、とにかくシルクスクリーンにはご縁があります。数ある印刷技法としてもかなり上位で好きです。というか私は印刷が好きなんだよ。

もう少し若いころは、なんか描いたらどっか展示に出すとか、出すために描くとか、どっかで売るとか、グッズにして展開するとか、「ものを作ったらその後どうするのか」ってことを考えがちで、ものを作ることとそれとはセットになっていると感じていたのだけど、最近はもう少し自由度が上がって、緩くなってる、それを誰にも見せなくたっていいし、それを自分で気に入らなくたっていい、私が作ったものと私の人格とか私自身・そのものとは別に関係ねぇ!(完全に切り離すのは難しいが!)という気付き・実感を得ることが出来るようになってきたので、ものを作るのに適した(人生の)季節がやってきたぜ!と思っている。

何か作る上で、自分が頭でっかちになってきてるんじゃないか、という不安とか、手癖で作ってないか、みたいな恐怖もあって、まぁそれらは一概に悪いこととは言えないかもしれないけど、今は、御託は良いから黙って手を動かせよ、考えてないで作れ、失敗したとか上手くいったとか、次こうしようとか、あれ試そうとか、そんなのは全部自分で手を動かした時にだけ得られるんだよ、という気持ちが高まってきている。ものを作るのに適した(人生の)季節がやってきたぜ!

こういう時はむやみに間を空けない方が良い(という経験則がある)ので、1ヶ月空けないでもう一度行ってきて、作業場を利用するための年間パスを作ってきた。家で描いたり刺繍したりするのもいいけど、わざわざ出かけてって印刷をやるっていうのが、今の心境としては「ええやん」と思うので、このまま行く。俺はやるぞ~

もし、万が一、何か作ってほしいもの(ショップカード、名刺、Tシャツとか何でも、平面のものは割となんでも刷れる、版代と素材費だけくれたら作業費とかはいらない、デザイン費はくれたら嬉しいけど払いたくなければ別になくてもいい、デザイン支給なら全解決、版代は高くても数千円です)があったら、誰か、言って欲しいです。
毎回私が自分の描いたやつを製版して刷るのでもいいけど、何回かやってると飽きそうな予感もするので、もし誰かなんかあったら、言ってきて欲しい。まぁこういうの大体誰も何も言ってこないけど、私が言うのは自由!

あと一緒に行ってくれる人がいたら一緒に行きたい。印刷ってそもそもの成り立ちとして「広く聖書を流布させるため」に発展した側面があるので、どっちかっつーとマスっぽいし、そこがおもしろいと感じる。
だから家で一人で黙々とやる、というよりは、誰かと一緒に行って、何色にする?とかインク分けっこしよ、とか、それをこの紙に刷ったやつをちょうだい、とかをやりたいんだよ。手ぶらで行けるので、よかったら一緒に行きましょう誰か。まぁこういうの大体誰も何も言ってこないけど、私が言うのは自由!

印刷って、絵を描くとか彫刻をやる、みたいなことに比べるとめちゃくちゃハードルが低いのも好きなんだよな。版作るのは多少ハードルが高いけど、刷るのはハードルが低い、にもかかわらずちゃんと達成感があるし、素材の選び方だけでも楽しめる要素が十分あるし、あ、この話長いのでもうやめとく。

部屋にはピンクのペンキを塗って

2019年6月28日 (金) 22:36

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食べ物にうるさくなりすぎていて、ヤバイな、と思う、もういい加減この辺で止めておくか引き返さないとヤバイ、人格に影響してきている。

こないだついに、義妹に「私はおいしいと思ったけど、のんさん(義妹は私を”のんさん”と呼ぶ、かわいいでしょ、私は妹が欲しかったのでうれしいんだよ)おいしいものいっぱい知ってるから、この程度のお店をおすすめしていいか分からんくて…」と言われてしまい、ぎゃー!!!となった、恐れていたことが現実に…
料理人とかならまだしも、私はただの「食いしん坊」であるのに、こんなことを言われ出すの、まじで良くないぜ。どういう方向に気をつかわせてんねん。いよいよやばい。

とは言え自覚はある、私は食べ物にめちゃくちゃうるさい。自分で作ったものに対してもうるさいし、外食の場合もうるさい。
外出時は常に頭の片隅で「どこで何食べるか」を考えてるし、出来る限りハズしたくないので事前調査もするし、Googleマップには良さそうなお店をピン留めしてる、あ、何回か行ってて好きなお店はマイマップでまとめてるのでよかったらどうぞ。これです。

私は嫌いなものがほぼない(カレーは好きではない、嫌いでもないけど、あと辛いだけの食べ物は苦手、”辛い”は味じゃない、あれは痛覚)ので、守備範囲も広いし、ごはんだけじゃなくて甘いものも好きなので、洋菓子・和菓子もマークしないといけなくて忙しい。いや「マークしないといけない」ことは全然ないんですが。何を言っているんだ。

家庭料理なら顆粒だしでも気にならないけど、飲食店はちゃんと出汁とってないとムカつくし、シンプルな料理ほど特に食材がおいしくないと嫌だし、技術の無いお店は信頼できないし、化学調味料は舌がビリビリするので食べててしんどい、メインがどんなにおいしくても小鉢が出来合いのきんぴらごぼうやマカロニサラダだったりすると幻滅する、ほらもうめんどくさいでしょ、やばいんすよ私、自分でもどうかと思う。朗らかさに欠ける。
でも「ただおいしいものが好きなだけ」というピュアネス(ピュアネス?)を大切にしたい気持ちもあるんすよ。

先日、Twitterで多分10年くらいフォローしている「この人とごはんの趣味合いそう」とずっと思っていた人に飲みいきませんか~と声をかけてみたらぜひ~と言ってくれたので、さくっと飲みに行ってきたけど、良いお店でおいしかったし、話すこといっぱいあって、よかったな。この人を家に呼んで、私がなんか作ったやつを食べてほしい、そんで長いことだらだらしてほしい、みたいな気持ちになって、どんだけ馴れ馴れしいんだ私は、と思った。でも、そういう人いるでしょう。
あとがぶがぶ生ビールを飲んで「おかわりくださーい」と言ってて、超気持ちよかった。顔色ひとつ変えずにたくさん飲む人、見てて気持ちいい。

お店を出たあと、全然話足りないのでお茶でも飲みませんか、と言いそうになったけど、まじでお腹がいっぱいでもう水も飲めないぐらいだったのでやめておいた。そんなにたくさん食べてないのにな、しかもちょっと残したし、あれ嫌だった、けどでももう水も飲めないぐらいだったの、ごめんなさい。

今年、今までに無いぐらいいろんな人に会うし、その全部が楽しい。知らない人に急に話かけられることも増えたし(あと尋常じゃなく道を聞かれる)、なんだろうね?なんかあるのかな。わからんけど楽しいからいい、このまま行く。

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