TANAKA NOZOMI

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親密さ

2022年3月8日 (火) 22:53

映画のはなし

映画を観ていたら、登場人物が「尊敬されたいとは言ってない、ただ尊重してほしかった、でもそれを相手に言うことは尊重からいちばん遠いことだ、あの人は世界が情報だと思ってる、私のことも、でも私は情報じゃない」というようなことを言ったので、思わず目を閉じて唸ってしまった。
その台詞の前半部分は、私がこの1年の間ずっと立ち止まっていた感情と寸分違わず同じもので、その台詞の後半部分は、私がなぜ立ち止まっていたかの答えだったからだ。

そうだ、私は情報じゃない。処理すべき情報などではないのだ。あぁ、そのことに、怒っていたんだった。それを理解してもらえなかったことに、こんなに長い間、悲しんでいたんだった。

4時間半ほどの長い映画だったせいもあるけど、すごく集中して観たので疲れた。が、映画を観ているとたまにこういうことがあるな、と思った。それについて考えている人は私だけじゃなくて、過去にもいるし、きっと未来にもいるということ。既に知っているはずのその事実に、何度も出会う。映画を観ていると、こういうことがある。

そしてそれは「正しい答え」などではなく、ただその人が思考の末に、目印みたいにして置いた、石のようなものだ。その石を、私が今日、たまたま見つけた。たまたまこの映画を観たから、その石を見つけることができた。

私はうれしくて、この石をポケットに入れ、宝物のように持ち帰る。他人には「ただの石だよ」と言われるが、それは構わない。私は「そう、ただの石なのよ」と答えてもいい、今これが宝石に見えるのは私だけだからだ。いつか私にもこの石が、ただの石に見える日が来るかもしれない。でもその日が来るまで、これは宝石なのだ。

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