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背骨
2025年5月26日 (月) 19:53
映画『サブスタンス』を観てきた。大変な映画だった。上映時間(140分)のわりに長いとは感じなかったが、内容が内容なのでじっとりと疲れ、気分が落ち込んだ。妙に尾を引きそうな落ち込み方をしていることは分かるが、既に知っている感情のどれにも該当しそうにないのが疲れる。最近こういうの多いな……ソウルのリウム美術館で観たピエール・ユイグの「liminal」展についても、似た感じがある。
あ、創作物として似てるって話ではなくて、私の受け取り方というか、感じ方に、似たものがあるな、という意味です。創作としての類似点とかはないです。なんかタイミング的なものだろうか。確かに最近あまり体調は良くないけども。それか?
私の「既に知っている感情」ってやつが、少なすぎるんだろうか。でもこういうの人と比較できないし、比較できたとしても別に解決しないもんな。どうしようね。
私は映画を観る前に予告編を見ないので、どういう映画かほとんど知らずに観た。ポスターは観るので、キャッチコピーは読む。本作のキャッチコピーは「かわいいが暴走して、阿鼻叫喚」とのこと。
はたして、暴走したのは「かわいい」だったのだろうか。確かに何かは暴走していたと思うけど、別のものだ。「かわいい」は暴走していない。暴走したのはエリザベスですらないと思った。暴走したのは、若く美しく新しいものにこそ価値があり、そうでないものに価値を見出さない人たち、いや見出せない人たちの、小さい欲求の集合体じゃないか。ひとりずつの欲求は小さく見えるが、数が多くなると怖い。ひとりずつの欲求は小さいせいで、それぞれに自覚がないのも怖い。私もこのうちのひとりであると思う。
そもそも私にはエリザベスが「若返りたい、美しくなりたい」と望んでいるようには見えなかった。結果としてはそれを望んだかもしれないけど、目的はそれじゃないし、手段もそれじゃなくてよかった。ただ長い時間をかけて「若くて美しいことにしか価値がない」という価値観を植え付けられ、その価値観の中でしか生きたことがなく、その価値観の中で生きる以外の選択肢を得られなかっただけのことじゃないのか。
でも、そうじゃない価値観があるってこと自体を、どうやって知ってもらえばいいんだろう。そうじゃない価値観の中で生きることを、どうやって選んでもらえばいいんだろう。めっちゃ時間かかるだろうな、ぐらいしか分からない。めっちゃ時間かけたとして、それで解決できるんだろうか。たったそれだけのことで?
エンターテインメントと共に生きる者として私に何ができるだろう、と思っていたら、推しが何かの音声コンテンツで「最近太ってきたから食事制限しなきゃ」というようなことを言ったらしく、深く落ち込んだ。その場に居合わせたファンの人たちは「ぜんぜん太ってない」「もっとごはんたべて」とコメントしたらしいのだけど、本人は「でも痩せてるほうが好きでしょ?」と言ったのだそうだ。たぶんそんなヘビーなトーンじゃなくて、いつものかわいい言い方で話したんだろうと思う。思うけど、でも落ち込む。息してるだけで好きなのに。まばたきひとつするのを見るだけで泣けるぐらい好きなのによ。
現実の、今を生きる推しに、こんなことを言わせているような私が、フィクションのエリザベスに何を言えるっていうんだろう。不甲斐ない。
観た映画を記録するためにfilmarksを開いたら「やっぱり女性は昔の栄光が忘れられないんですね」だの「スーはきれいだとは思うけど、個人的にはもっと細いほうが好み」だのといったクソレビューを読んでしまって、心底ゲンナリした。同じ映画を観たはずなのに、なんでこういう言葉が出てくるんだろう。こういう気持ちになりたくないから人のレビューを読まないようにしたいのに、つい興味本位で読んでしまう。
何を観て、どんな感想を抱こうが自由だと思う、感想に正も誤もない、本当にそう思う、本当にそう思うのに、私だって自由に観るものを選び好き勝手に感想を書いているのに(今もまさにそうしているのに)まっっったく寛容になれない。「そういう感想もあるのかぁ~」とかすら思えない。まじでレビューサイト向いてないな。
話は変わるが『ひっかかりニーチェ』というバラエティー番組があり、その番組の本編後に流れるVTR『本編とバランスをとる時間』というのがある。『ひっかかりニーチェ』は時に辛辣なことを言ったり議論が白熱したりするトーク番組なのだが、その本編のあとに、松井ケムリさんがサモエドと戯れたり、猫をなでたり、喫茶店で何か食べたりするだけの『本編とバランスをとる時間』と題したローファイな映像が流れる。別にこれといったテーマはなく、シリーズごとの一貫性もない。おそらく台本みたいなものもない。ケムリさんは、たぶん「今日はサモエドと遊んでもらいます」とかしか言われていない。
これが、なんかめちゃくちゃホッとする。「癒される」と言うのが近いかもしれない。いや、というより「私なんか大した人間じゃないのに、何をぐるぐる考えて、答えとかないのに、わはは、風呂入って推し見て寝よ」ぐらいの気持ちを、真ん中に戻してきてくれる感じ。背骨を真ん中に戻してくれる感じ。この感じ、この感じが日常生活にも、本編とバランスをとる時間が、要ると思う。
そんなことを考えながら帰宅し、明日のお弁当を作ろうとしていたところ、下岡晃の配信が始まった。下岡晃は「袖が破れてしまった服をなおそうとミシンを出した」という。下岡晃は服の袖を一生懸命カメラに映しながら「ここが破けてるから、縫いたいんだけど、でもこう、筒状になってるから、こうやって縫うと袖が閉じちゃうでしょ、こういうのってどうやればいいんだろうか」と言っている。特に誰もコメントしない。なんか分からんが、私はこういうときに黙っていられない。ここに聞き手が20人くらいいて、話者が何らか問いかけをしているときに誰も返事をしない、という時間に耐えられない。居心地が悪くなる。優しさや親切心からではなく、居心地が悪いので返事をする。どうなっているかあんまり分からない袖の穴の縫い方をコメントで書くのは難しかった。家が隣だったら私が行ってなおしたほうが早いぐらい難しい。結局袖は直せなかったし、私以外にもコメントをしてくれる人が現れ、破れている箇所によってはミシンよりも手縫いのほうが良いんじゃないか、というような結論に達して配信は終了した。私もそう思う、まつり縫いで直せるんじゃないかと思う。でも、見てる感じちょっと布が厚そう。厚い布を縫うのは大変だ。下岡晃は指ぬきを持っているだろうか。
今のって、今のがまさに、本編とバランスをとる時間だったよな、と思いながら、私はお弁当にもっていくチキンライスに卵をのせた。
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