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限りなく透明に近いりんごジュース
2022年12月9日 (金) 21:47
胃にカメラを入れて中身を見ようなんて、いったい誰が考えたんだろう。ぜったい変な奴だよそいつ。……でもまぁカメラで見る以外に見る方法はないもんな。切って見るぐらいしかないか。うーん「中身見たいから切るね」って言われる方が嫌か。「中身見たいからカメラ入れるね、鼻から」って言われる方がまだマシか。いや遥かにマシか。なるべく切りたくないもんな、切ったあと縫ってくれるとはいえ。
以前MRIを撮るために来た病院は、わりと大きいけどなんだかフレンドリーなお医者が多くて好感度が高い。病院と言えど基本的にはサービス業なのだから、自分との相性が大きい気がする。私は大病を患って余命いくばくもない、という状況ではないので、あまり深刻にならずにポップに接してもらえるほうが嬉しい。基本的に病院が不慣れなので「病院に行く」という事実だけで既に結構なストレスだからだ。
初めての胃カメラが怖くて既に泣きそうになっている私は、母よりは年上で祖母よりは年下くらいの看護師さんに手を引かれて処置室に入った。文字通り手を引かれたのでおもしろかった。子どもか。
看護師さんは私の気を紛らわせるためと、緊張を解くために、フランクに話しかけてくれる。「爪がかわいいねぇ、良い色だわ、こういうの自分でやるの?」とか。やさしい看護師さんだ。
鼻から何か液体を入れるたびに「喉までくるから飲み込んでね、これは苦いよ」とか「こっちはちょっとピリピリするけど我慢してね、おいしくないけどね」とか、味についてのワンポイントアドバイスをくれるので笑ってしまった。ピリピリする方の液体は麻酔だ。鼻から喉にかけて麻酔が効いてくると、喉が詰まっている感じ、飲み込めない感じがしてきて怖い。い、息が、出来ないよ。いや鼻で出来るわ、鼻で出来ます。すみません。
麻酔のあとに入ってきた先生は「サッカー見た?すごかったねぇ」と言ってはくるが、たまに遭遇する「ワールドカップに興味がない人間なんかこの世にいないでしょ」系の人ではなさそうだったので私は見てもいないのに「ね、よかったですね」とかなんとか言って流した。先生は私の目論見通り「ワールドカップに興味がない人間なんかこの世にいないでしょ」系の人ではなかったので「うんうん、びっくりした、でもうれしいね」とだけ言って「さ、じゃあカメラを入れていくからね、がんばりましょう」と言った。サッカーの話題が浅い。先生も見てないのかもしれん、と思いながら言われるまま横向きに寝た。看護師さんは背中側についていて、ずっと肩のあたりをさすってくれている。変に体が強張ったり、急に動いたりすると危ないんだろうな。
胃にカメラを入れるのは、思ったより痛くなかった。先生が上手なのか、麻酔が上手く効いてくれたのか、よう分からんがとにかく痛くない。鼻から喉を通るあたりで「痛っ……い気がする…!」と思っていたら「今もう一番痛いところ終わったからね~」と言われてびっくりした。今のが一番痛いところだったのか。気のせいかな、ぐらいの痛さやったけど、でも今のが一番か。ほっ。
でも確かに、そのあとは異物感があるぐらいで、痛くはなかった。内臓には痛覚が無い、ということなのだろうか。内側だけ??
寝転がったとき邪魔になりそうだったので「眼鏡を外した方がいいですか?」と聞いたが「ううん、カメラの映像がそこに写るからね、一緒に見ましょう」と言われた。……一緒に見ましょう?そういうものなの?何を見るのよ。胃か。胃を?なにそれ。なにその誘い。一緒に見ましょう??
人の胃だってまともに見たことは無いのに、自分の胃をリアルタイムで見るとは思ってなかった。先生はところどころでシャッターを押しながら「きれいな胃ですよ」「ここが食道」「ここが胃の曲がり角あたりだよ、見える?」とか言って説明してくれる。朝飲んだ薬が胃の壁にくっついているのを見た。
あとは専門医が詳しく説明をするが、どう見ても異常はないし、とにかく胃はきれいだ、ということだった。
専門医はさっき撮った写真を見ながら、これ以上ないほど丁寧に説明をしてくれた。食道の入り口から出口、胃の出口はここ、というように。「出血がなくても赤くなったり爛れたりしている場合が多いんですよ、でもそういうのも全然ないね、きれいな胃ですよ」とのこと。胃がきれいだと、何かいいことがあるんだろうか。胃なんかより顔とか髪とか目とか爪とかがきれいな方がいいのに、と思ったが、口には出さなかった。
以前私の背骨の写真を見たお医者に「こんなきれいな背骨はなかなか見られないよ、現代人はほとんど全員背骨が曲がってるもん、こんなきれいなS字の背骨はめずらしいんです、標本みたいだ」と言われたことを思い出した。背骨がきれいだと、何かいいことがあるんだろうか。背骨なんかより皮膚とか脚とか指とかがきれいな方がいいのに、と思ったが、そのときも口には出さなかった。「はぁそうですか」ぐらいしか言うことのない私に、お医者はレントゲンが欲しければコピーを持って帰ってもいいよ、と言った。いらん。
私の貧血問題は、いよいよ腸に持ち越された。正直胃カメラよりもずっと抵抗がある。鼻でも怖くて泣きそうだったのに、今度はおしりにカメラを……うぅ、出来ればやりたくない。が、お医者は「もうあと腸だけ調べておいて、そこに何もなければ自信をもって次の手を打てるのよ、腸を調べないと、腸に何かあるかも、と思いながらずっと治療していくことになるの、もちろん出来なくはないけどね」と言い、私もその通りだな、と思ったのでこの際やってしまうことにしたのだ。
私はシステム系の仕事をしているので、今やっているのが“原因の切り分け”であることがよく分かる。不具合の原因になりそうなことを洗い出し、該当するかどうかをひとつずつ検証している最中なのだ。“腸が原因”という可能性を潰さないまま他の原因を探るとなると「でも腸まだ調べてないから、腸から連動してる現象かも」とか「これ原因っぽいけどでも腸の件とは別かも、腸調べてないから確信が持てない」とかってなって、結局全体が“よう分からん”になってしまうのだ。原因と思しきものを見つけ一時的に解決しても「根本的な解決ではないかもしれない」と思いながら進めることになる。
これがシステムの不具合で、私がエンジニアの先輩だったら「え、腸調べてないの?まず腸調べなよ、何やってんの?先に腸からやんなよ、効率悪いよ」と言うだろう。原因をひとつずつ潰していくしかないし、大きいものから潰したほうが効率よく進められる。
腸の検査は下剤を飲むところから始まるらしい。予想通りだが。
看護師さんが「薬を溶かしたのを2リットル飲むやつもあるのよ、でもすっごい大変でしょ?おいしくないし。こっちのはね、透明の飲み物だったらなんでも飲んでいいの、リンゴジュースとか、コンソメスープも大丈夫です」と薬の説明をしてくれた。この人はさっきの看護師さんとは別の人なのに、また「おいしくない」とか言ってるな。なんなの、おもしろいね。まぁたしかに、おいしくないものを2リットルも飲むの、かなりキツイもんな。
とは言え前日の夜から1リットル強の水分を取り、翌朝また1リットル弱飲むことになるようだ。結局分けて2リットル飲むのかよ。あげくおしりにカメラを……うぁああやだやだ。
がんばります。
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