TANAKA NOZOMI

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2022年4月5日 (火) 22:08

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甥に会った。成長著しい。私の時間と、彼らの時間は完全に「密度」が違うということを、会うたびに実感する。

私は「子どもがあまり好きではない」と思っていたけど、大きな勘違いだった。正確には「子どもでも大人でも、好きな人は好き」だと思う。年齢で切り分けられるようなものではなかった。甥が生まれる前は、あまり子どもと接する機会がなかったので、実態が分からなかったのだ。
人間は何歳でも性格というものがあるし、まだ性格が形成されきっていない場合でも、性質というものは間違いなく存在すると思う。

(私の)母の実家でお花見をしていたらしい甥は、帰ってきて私を見つけるなり「のーんちゃん!」と連呼し、うれしそうに笑った。母は「のんちゃんと遊ぶのはお昼寝のあとやで、もう14時やねんから、あんたはお昼寝せなあかんで」と言い、私に向かって「ベッドで寝かせて、1時間半ぐらいは寝かさなあかんわ」と言った。甥は「絵本は?絵本はいい?」と言うので「ええよ、1冊だけな」と答えると、アンパンマンの本を本棚から取り出し、おとなしく布団に入った。

甥が持ってきたアンパンマンの本は読み聞かせるタイプのものではなく、クイズや迷路で遊ぶタイプの本だった。こんな楽しげな本で遊んでたら寝るもんも寝んな……と判断し「これは起きてからやろ、とりあえず寝ような、はいおやすみ」と言い放った。甥は納得がいかない顔をしてはいるが、その感情を言語化するほどの語彙はまだないようだった。ごめんて。でも昼寝の時間やから。

甥が寝付くまでの時間に自分で読もうと思っていた文庫本を「読んで」と言われたときはちょっと笑ってしまった。私が読んでいた本は井上荒野の「あちらにいる鬼」だったからだ。井上光晴と瀬戸内寂聴の不倫をモデルにした小説を、一部とはいえ3歳の子に読み聞かせていいものだろうか。
が、スキャンダラスなテーマではあるものの、文章は理性的で描写は的確で凛としており、かっこいい小説だと思ったので、相手が3歳だとしても、この文体の美しさや清々しさは伝わるのではないか、という気もしたが、2行くらい読んだところでやめておいた。「教育上どうなの」というような部分に触れたくないし、何より甥なのだ、私の子じゃない。先に生まれた人間として道徳的なことやライフハック的なことを教える機会はあるかもしれんしそれは構わんのだけど、教育はノータッチがいいと思う。まぁ、特に気をつけろと誰かに言われたわけではないけども……

甥はまだ「なんで…遊びたい、のんちゃんと遊びたいねん……」と言ってはいたが、あくびもしているし眠そうだ。「気持ちは分かるけど、あんたは子どもやから、今お昼寝しとかな後でしんどいやん、起きたら遊んだるから、のんちゃんは夜までおるからさ」と言い聞かせ、あとはとにかく無視を決め込むことにした。
甥は私の脇腹をつついたり、耳を引っ張ったり、ベッドを揺さぶったりして地味な抵抗を続けたが、数分で諦め、あっという間に眠ってしまった。

「お昼寝は良いものだ」と実感するのは何歳ぐらいなんだろうな。そこらのサラリーマンに「お昼寝しなさいよ、後でしんどいから」と声をかけて1時間半くらいベッドで休ませたら、ほぼ全員一致で喜ぶと思うけどね、3歳はお昼寝とかいいから遊びたいらしい。

一方、2歳の甥も、脳のフル回転に言葉が追い付かない様子がありありと伝わってくる。よくしゃべり(半分ぐらいは何を言っているのか分からない)、よく食べ(気持ちのいい食べっぷり)、目まぐるしく動いている。小さい体にみっちりと詰まった臓器と、それらが消費するカロリーについて考えていたら、ぼーっとしてしまい、80回くらい連続して踏切ごっこをやってしまった。踏切が閉まる→電車が通る→踏切が開く→動物たちが通る→また踏切が閉まる、という一連の流れをデュプロと積み木とプラレールで再現したものだが、甥はこういう遊びを飽きもせず何十回も繰り返す。私は私で、なぜかこういう遊びが退屈だと思う感覚が無く、甥が飽きるまでずっと付き合うことができる。単調な遊びなので私の表情は「無」になっているはずだが、でも不思議と飽きないし退屈だとは感じない。

みな元気で何よりだな、甥どもはとてもかわいいです。

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