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思ってたのと違いますね

2018年10月16日 (火) 18:58

uncategorized

昔から割とそうなんですけど、
「これはこうです」と言った先から
え、ほんとにそうなの?と思ってしまって何にも断定が出来ない。
でも「これはこうです」と言い切ってしまっているので
オモテ向きは断定した人として存在していて、
頭のなかでぐるぐると、違うかも、間違ってるかも、そもそもそんなこと思ってないかも、
と、延々ぐるぐるグルグルしている私の方は視聴率ゼロ、みたいなこと。

まぁ絶対的に「そう思ってること」もあるのでぜんぶじゃないけどね。
このところ「絶対的にそう」だと思っているのは例えば「チャンスが一回きりなわけあるかい」というのとか、です。

あとこれも割と昔からそうなんですけど、
「プレゼントに絵を描こうかな」と思ったりして、
そうすると思った先から
なんでお前が描いた絵がプレゼントになるんだよ、と脳内で声がして苦しい。
でも確かにそうだ、迷惑かも、
私は私の絵がすきなので(すきなように描いてるから当然のこと、嫌いなら描かない)
描いたやつは部屋に飾ったりするし、人に見てもらいたいと思うけど
それがプレゼントになるかどうかは完全に別の話だ、
気に入らないかもしれないし、その上多分捨てにくいし
ただ迷惑なだけかもと思ってしまって
結局私自身がどうしたいのかが、分からなくなる。
これは卑屈になってるとかそういうのとは違う。

こういうことを人に言うと「めんどくせぇことを言ってる奴」になってしまって、まぁそれも事実であって、特に答えは欲してないし多分存在すらしないので、
結果Twitterが必要、って話です。

絵をプレゼントする件は先日Twitterに書いて、同意なのか憐憫なのか、感情は分からないけどふぁぼってくれた人がいたので、
私としては少し気が済んだ、ように思う。

多分Twitterに書いた時点で、別に誰にも読まれなくても、返信をもらえなくても、ただ書いただけで気が済むことって、あるのだと思う。
私だけかもしれんけど。

ブログはもう少し孤独に寄ってるというか、正直誰も読んでないと思って書いてる。
じゃあインターネットに公開してないでノートかなんかに書けよ、と脳内でまた声がするけど、
それはね、ノートに書くとね、物理的に増えていくさまがとても怖いのです。
大学ノートにびっしり並ぶ自分の字ほどヘビーなもの、この世にないんじゃないか。
同じ内容でも、重量が全く違う。
あ、これは断定できます。手書きはヘビー。
検索もできないし。

あ、「ふぁぼる」ってとっくに死語ですかね。

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