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クミンとあとなんか

2026年3月13日 (金) 20:17

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横浜美術館に行きたくてこの忙しいのに休みを取ったが、まさかの休館日で撃沈した。2~3年に一度、このレベルのポンコツミスをやってしまう。往復の交通費がもったいないのでキャンセルするのも気が引ける。ひとりならまぁそんなに気にしないけど、友人を誘っていたので本当に焦った。申し訳なくて……みんな「ごはんだけでも行こうよ」と言ってくれて優しかった。優しい人たちと友人で私は幸せ者だな、と思う。が、夕飯までごちそうになってしまい、図々しかった。次は私が払うぞ!
見たかった企画展は来週末で終わってしまうので、もうチャンスがない。悲しい。が、韓国の国立現代美術館に巡回するので、そちらで行くことにする。できればどっちにも行ってキャプションや展示構成なんかを見比べてみたかったけど、でももうしょうがない、休館日をちゃんと調べて生きようと思う。みなさん横浜美術館は木曜定休です。美術館は月曜定休、と思い込んでいませんか?横浜美術館は木曜定休です。

8時半には羽田に着く飛行機にしていたし、現代アート欲があったので東京都現代美術館に行き、ソル・ルウィット展を見てきた。ソル・ルウィットさんはコンセプチュアルアートの人だったみたいで、立方体の作品は見たことがあった。私は人の名前をぜんぜん覚えられないけど、作品は覚えている。コンセプチュアルアートはその名の通り、どんなモノをどんな完成度で作ったか、ということよりもそのコンセプトやアイデアこそを重要視する、というアートなので、本人が何も描かない・何も作らないケースが多くあるのだけど、見ていて安心するというか、なんだろうな、「ほらな?」みたいな気持ちになる。
えーと、ちゃんと説明すると、なんかこう、私の職業柄とか、趣味でなんかモノを作っていることに起因すると思うけど、結構「あなたはクリエイティブな人ですよね」的扱いを受けることが多い。それ自体に特に何か思うわけではないけど、どうも「一線を引かれている感じ」を受ける。「あなたはクリイティブな人で、私は非クリエイティブな人です」みたいな感じ。それが嫌とかではないけど、でもなんかこう「そこに線があると思ってるかもしれんけど、全然ないよ」とは思い、やや寂しくも思う。そう、あなた(架空)はクリエイティブと非クリエイティブみたいなものが「対のように在る」と思っているかもしれんけど、無いのよ。そもそも対になってないし、非クリエイティブなものなんて、無いよ。ただその、無いものを証明するのは難しいので、私はまぁ在ることにして話を進めたり、話を終わらせたりする。コンセプチュアルアートというのはその、無いことを証明してくれているような気がする。だから「ほらな?無いやろ?」と思えて、ホッとする。無いほうが良いと思っているんだと思う。私は、何かと何かを分ける線が、どんな世界においても、無いほうが良いと思っている。
ソル・ルウィットさんは「アイデアはひとりが所有できるものではない」みたいなこともご自身の哲学としてテキストに残していて嬉しかった。私もそう思う。つまり、アイデアはそれを理解し、実行できさえすれば、共有できる、という意味だと思う。そんなんめっちゃ希望やん。私もそう思う。
コンセプチュアルアートって作品を見ながら逆引き辞典みたいに指示書の内容を思い浮かべたりするけど、指示書そのものを併せて展示されるケースはあまり見たことがないように思う。ご法度なんだろうか。
上階で開催されていた『TCAA 受賞記念展 湿地』もすごく良かった。こちらは梅田哲也さんと呉夏枝さんのふたり展のような感じというか、こういうパターンの展示を初めて見たように思う。ふたりの作品がスペースを分けず、混在して展示されていた。ふたりは別に共同制作をしているアーティストとかではないみたい。TCAAは“中堅アーティストを対象とした現代美術の賞”とのこと。
『湿地』というタイトルのとおり、水にまつわるテーマの作品展だった。美術館はもちろん屋内だし、美術作品の多くは水に濡れるとか水がかかるとか水に浸かるとかは想定されていないし、美術館の中を歩いていて水を感じたことなどなかったと思うけど、梅田哲也さんの作品の上を歩いているとき、私は確かに「いま海におるぞ」と感じて不思議だった。呉夏枝さんの作品を見ているときも「いま浜に立って向こうの島を見とるぞ」と感じて不思議だった。水が使われている作品というのは結構見るけど、本展で水そのものはひとつも出てこない。おもしろかった。
窓際の廊下に吊られたビニールの横を歩いているときも海を感じた。私が歩くことによって生まれるわずかな空気の動きで、ビニールが揺れ、音が鳴るのだけど、あまりにも海だった。共鳴するような音も、ビニールから返される風圧も、気持ちよくて3回歩いた。
地下には美術図書室があり、カール・ブロスフェルトの作品集を書架から出してもらって眺めた。タッシェンのが1冊しかなかった。
図書室には映画や演劇に関する洋書もたっぷりあって楽しかった。ウォン・カーウァイの本があると検索システム上に出たので探したけど見つけられず、時間切れ。こんな図書室が家の近くにあったら最高やのにな。無料やし。
美術館を出たあとはバスで50分くらい移動して友人たちと合流、行きたかった中国茶のカフェに行ったり誠品生活をぐるっとしたりしてから、なんか妙にイケてる中華料理屋で羊肉なんかを食べた。おそらく四川でも広東でも上海でもない中華料理で、思い切りがよい料理というか、酒を飲ませる店のわりに過度な塩味もなく、とてもおいしかった。むやみに塩を強くしたり、変に甘さを足したりしないで、香味野菜とかスパイスとか使って味を組み立てる料理が好きだな、と思った。それにしても中華料理は本当に奥が深い。歴史が長いこともあるだろうけど、あとシンプルに土地が広いもんなぁ。
私以外のふたりは初対面だったのだけど、初対面の人たちがちゃんと時間をかけて丁寧に自己紹介をしあうさまを見るのは豊かなことだと思った。子供のころは自己紹介なんて名前を言い合えばそれで必要十分で、あとのことは徐々に、という感じだけど(一緒に過ごす時間が長いから)大人はそうはいかない。重ねてきたものが少なくないから自分のことを話すのだって一苦労だし、お互いに経験則があるから悪意なく人の話を勝手に補完してしまったりもする。自己紹介には長く時間がかかる。1回会ったくらいでは終わらない。これを一方が面倒がったり、端折ったりすると、結構すぐバレる。別にバレても構わない、どうでもいい、と思っている人もいると思うけど……私が今日ここへ来なくても、ふたりがどこかで会う機会はあっただろう、でも私はここへ居合わせられてよかったな、と思った。
新横浜まで移動し、新幹線に乗って帰宅。読書をするつもりだったけど眠すぎて全然捗らず。自転車を飛ばして帰宅したらまた漏水していた。もうええて。

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