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祭りのあと
2026年8月25日 (火) 21:05
専門学校を卒業する、いわゆる新卒のころ、2社面接に行った。1社は家からわりと近くて、地元の会社って感じの雰囲気で良さそうだったものの、面接当日に寝坊して、普通に落ちた。今思えば寝坊したと連絡したのに一応面接はしてくれたので、すごく優しい会社だったと思う。私が採用側だったら多分面接そのものをやめる。そもそも「寝坊しました」って電話するの、得策じゃない気がする。体調不良とか、なんか言いようあるんちゃうんか……まぁ嘘をつくのもどうか……しかも駅から会社がめちゃくちゃ遠くて、こちらが面接に行く立場なのに総務の女の人が車で駅まで迎えに来てくれた。あり得ん。まじで、なんで面接当日に寝坊するねん、と自分でも思うけど当時はバイトの勤務時間の関係で完全に昼夜逆転しており「起きたら17時」みたいなことが日常茶飯事だった。もちろん爆音のアラームをスヌーズしまくっている。にも拘わらず。
もう1社は学校の求人案内から「社名がイケてる」と思い、ロクに業務内容も読まずに応募した。我ながら無礼者である。私は「〇〇企画」みたいな社名がなんか異常に好きで……とくに理由なく好き。浅井企画のことも、良いなぁと思ってる。社名が。
どうも機械系のカタログとかパンフレットとかを作ってるかなりカタイ会社だったらしく、面接してくれたおじさんは持参した私のポートフォリオを見ながら「もっと、明るくて楽しい案件が出来る会社に行ったほうがいいんじゃないかなぁ……うちはね、案件の9割がモノクロなの、表の改訂とか、そういうのばっかりやるんだ、耐えられる?服装とかは自由で良いんだけどね、でも楽しくないんじゃないかな、若いのに、もったいないよ」と言った。私はとにかくどこでも良いから就職して、古本屋のバイトを辞めることだけを重視していたし、親から仕送りをもらわずに生活することができればそれでいいと考えていたので「耐えられます、そんなに明るい人間じゃないんです」と答えた。信用されなかったようで、落ちた。
古本屋のバイトは楽しくて、仕事も、一緒に働くみんなのことも好きで、うっすら「このままここで働きたい」と思ってしまっており、危なかった。母も「そんなに気に入ったんなら別にやめんでも……正社員登用とかはないの?」と言い出すし。
ある日、仕事終わりにみんなで白木屋でごはんを食べているときに小林さんが「のんちゃんは俺らと本を売るために東京に来たんじゃなかったはずだよ、決めたとおりデザイナーになったほうが良い、なれるんだから」と言った。脇さんも杉山さんもそれに同調して、私は目と酔いが醒めたような心地だった。「なれるんだから」と言ってくれた小林さんのなりたいものは、確か「ベーシスト」だったはずだ。もちろん彼はすでにベーシストになっていたけど、とっくになっていたけど、それで生計を立てるまでは至っていなかったので、そういう意味での「(のんちゃんは就職さえすればデザイナーに)なれるんだから」だったのだと思う。
目と酔いが醒めた私は就職活動を再開し、無償労働させようとする業界人(!)の個人事務所を1社回避したあと、麹町の会社に就職し、そこで3年半働いた。事務所はわりとすぐ浜松町に移転したけど、麹町のほうが立地としては好きだったな。駅も近かったし。
小林さんが言ってくれたことって結構残っていることが多くて、とても感謝している。いや、あのバイト先の人たちにはみんな感謝している。「人と一緒に働くこと」そのものについて、ポジティブな印象を持てたことはあの人たちのおかげだ。いろんな人がいて、あそこめっちゃ、東京だったなと思う。
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