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豪雨ってこんな時いい

2020年8月12日 (水) 21:48

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暑い。夏ってこんな感じやっけ。買い物に行こうにも、家から出るのが億劫だし、「ラーメン食べたいな」と思いつつも、一歩外に出ると「こんな暑いのにラーメンなんか食べたくない」となる。なんやねん。菜切り包丁が欲しいので千日前に行こうと思いながら、おそらく半年以上が経過していると思う。ヨドバシカメラの商品券があるのでトースターを買いに行かなきゃならないけど、億劫以外の感情が湧いてこない。こんなに出不精でしたか。

お盆なのでもう8月が半分終わった、ということになるようだけど、フジロックがない夏が15年ぶりくらいなのでどうしたらいいのか分からない。「どうしたらいいのか」って、別にどうしようもないけどね。私ほんとに、夏はフジロックしか用事がない。フジロックまで暑さに耐え、フジロックが終われば後は一日も早く秋が来るのを祈るだけの夏。そんで秋の気配を感じると「それっぽいことせんかったな今年も」とかなんとか言いながらHINTOのシーズナルを聴く。ここで言う「それっぽいこと」っていうのはたぶん海で出会った男の子とひと夏の恋、とかそういう感じと思うけど、私は海行かないから起こりようがない。

さて(さて?)、自分にとって「こだわり」というものがあまり良い印象でない、ということに最近気づいている。家を買うことに決めたあたりからよく分かったけど、私は好きなものがはっきりしている。「どうしよっかな~」と言っているときはもうどうするか決まっていて、あとは脳内で電卓を叩いたり、他との兼ね合いを考えたりしている。悩んでいないわけではないけど、あんまり長くない。大体のものごとがパパっと決まる。
あと性格が細かい、気がする。わりと大雑把に生きてるよ、と思ってたけど、比較するとそうでもないのかもしれない。比較ってのは身近な人たちとの比較ですけど、わりと細かい。細かいところに目がいくことが多い、気がする。

「好きなものがはっきりしている」のと「性格が細かい」のを統合すると「こだわりがある」感じになってしまう。やだな。
「こだわり」にどのような印象を持っているかは人によって違うと思うけど、私は「執着」とか「とらわれる」みたいなのをイメージする。三省堂の大辞林によると「心が何かにとらわれて、自由に考えることができなくなる。気にしなくてもいいようなことを気にする。拘泥する。」や「他人からの働きかけをこばむ。なんくせをつける。」まで出てくる。そんなに?そこまで?やだな。

ただ気になるのはポジティブな、いい意味で「こだわりがあるね」とか「こだわってるな~」とか言ってる人も結構いそうなんだよな、ということだ。褒めているんだな、という。すれ違うね…でも最近ではこっちの意味のほうがメジャーなんでしょうか。

「聞かれれば話す」ことだけをボーダーにして、めんどくせぇ・うるせぇ奴にならんよう気をつけて、あとは好きにしようと思うけど、例えば私はメシへのこだわり(というか熱意)があり余るせいで、しょっちゅう「マクドナルドとか行くの?行かないでしょ?」「カップ麺食べるの?」「蕎麦とかも作るの?うどんは?」などと言われ、あぁおかしい、方向が、おかしいよ、と思う。
そもそも「よし、食にこだわってやろう、極めるぞ!」などと決意してこうなったわけではないから、どうもできないんだよな。「お肉には海塩より岩塩のほうが合う気がする…もっと雑味の少ない岩塩もあるのかな?いや待て海塩もまろやかなやつあるやん、何が違うの?製法か?」とかなんとかやってるうちに段々こっちへ来てしまっただけで、だから、帰り道が無いのだ。

っつーかこういうことをぐずぐず書いているところがまさに「こだわってる」やん、あーやだやだ。解散!

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