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集中するっちゅうの 注入するっちゅうの

2020年2月4日 (火) 22:24

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週末が楽しかったので日記みたいなやつを書いたけど、読み返してみるとさしておもしろくないのでこれは公開しない。あんまり触っちゃいけないな、楽しくても、あんまり触っちゃいけないんだな、油絵とか、あ、野菜炒めとか、から揚げと一緒で。
何と重ねて実感してんねん。

土曜日、駅から歩いて帰るか迷って、結局少しだけ歩いたらタクシーが停まってたので、乗せてもらう、という中途半端なことをした。
運転手さんはたぶん65~70歳ぐらいで、車がまばらなバス道をなかなかのスピードでぶっ飛ばし「お嬢ちゃん、気を付けて帰りや、夜道は危ないさかいな」と言い、私は「うん、すぐそこやから、ありがとう、おやすみなさい」と答えた。

私は31歳なので、バックミラー越しでも、何をどう見ても絶対に「お嬢ちゃん」ではないんだけどな、「お姉さん」ならまだ、気を使ってくれてる、と分かるけど、「お嬢ちゃん」は何なの、どういうことだ。おじさん、”お嬢ちゃん”は深夜1時過ぎのタクシーにひとりで乗らないよ。
名前を知らない/呼ばない人の呼び方、おもしろいな、と思う、何か文献があるのかな、読みたい。

運転手さんは「はいよ、おやすみ」と返してドアを閉めたあと、ものすごい角度でUターンし、おそらく駅のほうへ戻っていった。終電出た後はお客さんが多いのかな。ご苦労さまです。

引っ越して生活がだいぶ落ち着いて、キッチンが自分の家史上最大に広くなったので、料理が楽しい。ミートソースを作って、筑前煮を作って、ごぼうとにんじんとちくわを少し残しておいてきんぴらも作った。料理をしてると「私が作る料理がいちばんうまいな!」みたいな気持ちになり、精神衛生上とてもよい。
「なんで普通のことを普通にできないのか」などと、あるものを見ずにないものばかり数え、ベッドにうつ伏せでめそめそしているような暇があったら、私は料理をすべきなのだ。好きな具材をとんとこ切って、お誕生日にもらった圧力鍋で、お気に入りの醤油とそごうの地下で手に入れたみりんをトポポと入れて、「うわあぁおいしい、うまいことできたな~!」とか言ってるほうがずっとよい。たけのこも入れたらよかったな。

そうして、玉ねぎを刻んでたら突然「私は愛情表現が下手かも」という気持ちになった。あんまり自覚がなかったけど、よく考えたら手持ちのカードが少ない。「ものすごく長い手紙を書く」とか「自分がおいしいと思うものをあげる」とか「自分が作ったものを食べさせる」とかしか持ってない、と思う。弱いな。玉ねぎを切っているのでぼろぼろ涙が出る。ついでに泣いてみるか、と思ったけど特に泣くことが無かった。私はしあわせだ。

その後、猫を飼いたいか、という話を思い出し、結論として「猫は路地で寝ている時が一番しあわせそうに見えるので、50平米未満の私の家に閉じ込めるのは違う気がする」を出してすっきりした。猫は日の当たる路地でぐんにゃりと寝そべり、あくびをし、けだるそうにこちらを一瞥し、そうやって気ままに生活している方が幸せそうに見える。こちらが横を通り過ぎるとき、なぜか「お休みのところをすみません、すぐ、すぐ行きますんで」という気持ちになる。
もちろんお家で飼われてる毛並みがつやつやで、ふっくらした猫も十分に幸せそうですけどね、大事にされている生き物はかわいいもの。猫に限った話じゃないけどさ。

2年前くらいに行っていた不動産屋で飼われているパンダとほぼ同じ模様の猫のことを思い出す。私が間取り図を見たり、年収やら予算やらを記入したりしている間、ずっと膝に乗っていた。途中、私の肩にのぼってそこから棚に移動し、店内を一周したあとまた膝に戻った。落としたらどうしよう、と思って太ももが緊張した。落としても大丈夫なんだよな、猫は、赤ちゃんと違って、スタ!とできるからな。

15年くらい会ってない友だちから「覚えてる?」とメールが来て、今度会うことになった。なんか妙に緊張するけど楽しみだな、と思う。
一緒にいたころ、私たちはセーラー服を着て、青色のダサくて無駄にでかい鞄を肩にかけ、なんの考えもなしにトイレで授業をサボったりした。会って何話すかな、と思うけど、15年何してたか話せばいいんだよな、ふはは、15年て長ぇ。

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