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黄金の魚
2026年2月5日 (木) 20:19
甥2が突然「お魚ってお肉?」と聞いてきた。私はイヤフォンでピアノ曲を聴きながら弟の持ち物らしき小説を読んでいたので前の文脈が全く分からず、聞き間違いかもしれんと思ったので「なんですか?」と聞き返した。甥2はもう一度「お魚ってお肉?」と言った。もう一回聞いても、不思議な日本語だと思った。何その質問、破綻してないか、と思ったが、いや、破綻してない。ふざけているわけでもなさそうだったので「まぁお魚はお肉と言えるかもしれん、魚肉という言葉もあるし」と回答した。彼は分かったんだか分かってないんだか、納得したんだかしてないんだか、どうとも言えん表情をして、何も言わず、その場は終わった。結局前の文脈は分からなかったし、私は読んでいる小説がおもしろかったので続きを読むのを優先してしまい、それっきりになった。どういう趣意の質問やったんやろ。
バスに乗っているとき、これを思い出し、ぼんやりとした。「肉」というのはかなり人間目線の言葉ではないか、というかその、捕食者目線とでもいうか。あと鶏や豚や牛や羊や馬を見ていて「肉だ、うまそう」と思ったことはない。ような気がする。血抜きされ、解体され、骨や皮を取り除いて、ひとかたまりの「肉」になったものを見て初めて「うまそう」と思っているし、同じものだと分かっているはずなのに、何も分かっていないような感じがする。
一方で魚は、秋刀魚や鯖や鮭や鯛を見て既に「うまそう」と思えるので、むしろ「お魚ってお肉」なのかもしれん。
こういうことをずっと考えると、人はベジタリアンになったり、ヴィーガンになったりするのだろうか。でも「いのちはいのちをいけにえとして ひかりかがやく」し、うーん、でも私は、ひかりかがやいているのか。どうだか。
せめて「しあわせはふしあわせをやしないとして はなひらく」ことを、いつも知っていたいとは思う。
それにしても、詩って何回読んでも良くてすごいな。口に出したくなるし。
どんなよろこびのふかいうみにも
ひとつぶのなみだが とけていないということはない
ー 谷川俊太郎/黄金の魚
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