TANAKA NOZOMI

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if i were you

2021年8月4日 (水) 22:42

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書くことを大体ひとつに絞って、ひと記事の中で何個も書かないようにしてみるか、と試しにやってみたら、文字数が減って記事数が増えた。ログとしてはこのほうが良い気がするけど、別にログとして使ってないから、どうなんやろ。使ってないってことはないか、使ってる場合もまれにあるか。どうでもいいか。
結局どっちにしても出す量に代わりはないってことなんやな、はいはい分かりましたよ。
これを書いている最中にも、別のことで書くことを思いつき、その都度新規作成→下書き保存を繰り返している。タイトルと本文を全く関連しないものにするせいで、どの下書きが何の話なのか自分でも判断できない。これが溜まってくると、どれをどのタイミングで公開にするのか分からなくなってくる。つまり下書きがどんどん溜まる。何をきっかけにして公開するのかが分からなくなる。2つくらいのトピックを自然に関連付けられたらいいかな、と思うけど、そんなうまいこといかんよね。

ブログ記事の「タイトルどうするか問題」は私の「ネーミングセンス皆無問題」と共に常に発生しており、mixi時代は曲名か歌詞をしりとり方式でタイトルにする、としていた。日記を書いていて毎回ちゃんとタイトルを付ける人はすごい。マーやんはどうしてたっけな、と思ったら日記の日付をタイトルにしている様子。マーやんのブログおもしろいし継続してるので、何日かおきにまとめて読んでいる。日記は一日の出来事をどのぐらいの解像度でピックアップするのか、というところに個々人の出汁がでるので好きだ。だって、例えば会社員の場合、平日はだいたいが「寝て起きて仕事して帰ったご飯食べて寝た」になってしまうから、こんな解像度低い日記おもしろくならないでしょう。かと言って朝起きた瞬間の視界のにじみ、久しぶりに降っている雨の音・量・形、クーラーをつけたまま寝たゆえの喉の渇き、アラームを止めるためにスマホを探す手の動き、などを一個ずつ描写していたら解像度高すぎて日記が書き終わらない。あ、日記ってやってることデザインと似てるね。ものごとの大小、濃淡、遠近、を配置している、のだ、なるほど。てことは全人類が出来るし、やってれば上達したり、独自路線行ったり、味出てきたりするってことだ。私はデザインのそういうところが好きになって、今もずっと好きだよ。

The First Lady of Jazz

2021年8月3日 (火) 21:56

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私の意志とは無関係に2ヶ月間続いたお祭りのような「BTS以外聞きたいものが無い期」を終え、最近はジャズを聴いている。BTSに飽きたとかそういう陳腐な話ではない、どちらかというと血に浸透した、という方が近い(言い回しが重い)。まぁ7年分を2ヶ月聞いたぐらいではぜんぜん…なのでもちろんまだ聴いてるけど、とりあえず「BTS以外聞きたいものが無い期」は脱したと思う。

そんなわけでジャズを聴いてはいるが、なんというか、ジャズは土地が広い。音楽のジャンルにグラデーションがあることは理解しているけど、どこから足を踏み入れたらいいのか分からないぐらい広い。
とはいえロックを聞き始めたときに「どこから聞き始めたらいいのかな」なんて全く思わなかったし、TSUTAYAさんで目についたものを片っ端から借りて、好きなバンドが影響を受けたバンド・与えたバンドを数珠繋ぎに聴いていけば、だんだん全体像が見渡せるようになったので、おんなじようにやればいいんだろうな。
しかも16歳の頃と違って今はSpotifyがあるのだ。うわぁ最強やねんけど……私のことだからどうせ腰ぐらいまで浸かったらレコードを買ったりもするだろうけど、アクセスの良さ・初手の速さはまじSpotifyが最強。

中学生のとき、先輩がもってきたジャズの教則本を職員室でコピーし、持ち帰った日のことを覚えている。「ジャズってどんなんやろ、かっこええなぁ」つってまず「教則本」を手に入れるあたりがいかにもクラシック勢っぽくてかわいいよね。あれ誰が持ってきたんだっけな、ツヅキ先輩かミズノ先輩だった気がします。
クラシックとポップスしかやったことがない吹奏楽部員の私たちにとって、ジャズ独特のリズム感、クラシックでは絶対に登場しない種類のタンギング、”良い音”とされるものの違いはどれも新鮮で、目新しかった。披露する場がないのに公園でフラッターを練習した。私とジャズとの接点はそれぐらいです。

あ、あと当時はウィントン・マルサリスが好きだったんだけど、19か20でニューヨークに行った時の、ガイドの人がジャズが好きだと言うので「私はウィントン・マルサリスが好きです」って言うたら「本物を知ったほうが良い」というようなことを言われた、という思い出があります。素直に「あなたの言う本物ってのは例えば誰のことですか?」と切り返せばよかったけど、瞬発力の無い性格なので黙りこくってしまったのだった。

トランぺッターだったんだからルイ・アームストロングから聴けばいいんでしょうね、とぼんやり思いつつ、やっぱり私は歌モノが好きっぽい。でも全然、誰のでも好きだな~どのシンガーも良いなぁ~ってか結構みんなおんなじ曲をやってるやん、古典落語みたいな感じってこと?おんなじ根多を誰でもやっていいってことなの?みたいな感じでまたぼんやり。ぼんやりしたいんだろうか。

しかしまぁ「ぼんやり」が全く適さない季節だな夏は。毎晩「はやく夏がおわりますように」とお祈りしているが、気配はない。夏を憎む気持ちがこれ以上加速しないよう、ヨウリーさん家でベランダから入ってきてしまった蝉を、みんなでワーワー捕まえて逃がしたことを思い出して中和する。

Faster

2021年8月2日 (月) 22:53

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オタクの話が一番おもしろい。「オタク」という呼称がフィットしているかどうかは分からんし、そこもう議論しなくていいと思う、というか私は別にしたくないのでこの場合の呼称は「愛好家」でも「すげぇ好きですげぇ詳しい人」でも「沼の人」でもなんでもいいけど、とにかくオタクの話が一番おもしろい。

「ブックセラーズ」というドキュメンタリー映画を観た。老舗書店の店員、業界有名人のブックディーラー、希少本ハンター、などなど、本の売買をする人たちを総称して”ブックセラー”と呼ぶらしい。大枠としては「本の映画」なので、劇中にはマンモスの毛が標本として綴じてある本、レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿、実物大の図版が載っている魚の化石の本、などの超めずらしい本がたくさん登場する。
また、希少本のネット販売に怯える人、革製本を専門的に取り扱う人、Kindleを嫌悪する人、自分の死後蔵書がどうなるか懸念する人、あまりの蔵書数に床がもつのか不安がる人、古書業の未来について「上の世代は悲観的になってるけど私はわりと楽観的、だってアイディアが超いっぱいあるから!」と言う人、「40万冊あるけど、どの本がどのように、どこから来たのか全部話してやれる」と言う人、「デヴィッド・ボウイに貸した本返してもらってない、貸すときに買ってよって言ったのに!」と言う人などなどが、ああやこうやと熱っぽく話してくれる。もちろんそれぞれの意見・観点・立場があるが、みな一様に「どこか浮かされた顔」をしている。構っていられないのだろうな、と思う。自分が聞き手にどう見えるか、話が伝わるか、好意的に捉えてもらえるかどうか、そんなこともう構っていられないのだろう、だっていま本の話を、好きなものの話をしているから!いいな、いいね。
私は、望むと望まざるとに関わらず、好きや仕事を越えた位置に行ってしまった人たちの表情、声のトーン、話し方、積まれる語彙量が好きだ。オタクの話が一番おもしろい。

ほぼ同時期、宝塚歌劇「はいからさんが通る(初演の千秋楽)」をAmazonで観て、友人の固定ちゃんと話した。
固定はアツすぎるヅカオタなのだが、おそろしいほどの知識量と圧倒的な熱量で3時間たっぷり、惜しみなく話してくれて、めちゃくちゃうれしかった。日付が変わって眠くなったので終了したが、彼女はたぶんまだ入り口のあたりしか話していないと思う。沼は広く、深い。
ほぼ脈絡なく繰り出される昨今の宝塚事情、原作ものの取り扱いの難しさ、複雑なファン心理、などなど、を聞きながら(メモも取りながら)(なぜメモを取るのかは謎)私は「ブックセラーズ」に登場した人たちのことを思い出していた。違う国の人間で、違う対象を取り扱っているし、違う話をしているのに、どうしてこうも似てくるんだろう。好きで、大事にしていて、たくさん時間をかけてきて、他人にそれを分かってもらいたい・知ってもらいたい気持ちと他人なんか知るかクソどうでもいいと思う気持ちの両方を同じ量だけ握りしめて、でも話そうと思えばいつまででも話せるのでしょ。いいな。いいね。オタクの話が一番おもしろい。

何よりやばいな、と思ったのはこれを私が無料で聞いている、という点である。私は人の得た知識とそれにかけた熱量・時間、その人自身をフィルターにして出てきた話に、すごく価値があると感じる。これ無料で聞いてていいんだろうか、お金ではないにしても、何の対価も払わずに、許されるのだろうか。わからんけど何らかの搾取なんじゃないの…?友だちだからいいのか…?となると友だちってすごいな…なんというか、システムとしてすごい。そんな、パスポートみたいなことで、いいんだろうか。
とはいえ私自身は「どっかおいしいお店ない?」とか「最近よかった映画なに?」とか聞かれるのすごく信頼されてる感じがしてうれしいからな…頻度の問題もあるのかもしれん、あと「情報屋みたいな扱い」になってくるとそれは嫌かもしれん。

そういえば昔、いまさんに「なんか映画おすすめして」って言われて3作ほど送ったら1ヶ月後ぐらいに「全部観た、全部めちゃよかった、次は?」って連絡が来て、あれうれしかったな。私はもちろんどの作品にも一切かかわっていないし、いまさんが気に入るかどうかはどっちでもいいのだが、おすすめしたものをちゃんと見てくれることと気に入ってくれることには不思議な喜びがあるね。なんだろな。

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