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この花を渡せたらそれが人生だ

2018年10月18日 (木) 21:27

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仕事の日は1時間の昼休憩があるけど
特に食べたいものがなく、でもお腹はすいているし、
まぁどちらかと言うと本を読みたい、というようなとき、喫茶店でお昼を食べる。
5口くらいでサラダを片付け、
片手で(お行儀が悪くてすみませんね)サンドイッチをつまみながら、本を読む。
ホットのミルクティ―にもりもりのお砂糖を入れ、
駄菓子みたいな味になった紅茶をちびりちびりと飲む。
猫舌だからです。

喫茶店にはひとりになりたい人とか、お稽古帰りらしき年配のグループとか、
そういう喧しくない人しか居ないので、よい。
店員さんも、みな一様にのんびりしていて、よい。
ランチ時のバトル感がない。
ポロシャツにエプロンのおばちゃんたち。よい。

薄ぼんやりした味のミニグラタン(具はマカロニのみ)を食べ、
不味くはないけど決して美味くはないサンドイッチを食べていると、
コーヒーを淹れているのがやけに若くてシュッとした男の子だと気づく。
なんで若くてシュッとしてるのに、スタバとか、わからんけど、
サードウェーブコーヒー的な店で働かないのかな、せっかくシュッとしてるのに、
と思ったところですぐに
いやべつにどうでもいいけど、と思う。
シュッとした若者がどこで働こうが、本人の自由だ。
好きな所へ行き、好きに生きな。

シュッとした若者は、太陽がまぶしすぎて困っているご夫婦に気付いて
ブラインドを閉めますね、と駈け寄ったり、
牛乳をわかして、いいにおいのココアを淹れたりしている。

ココアがおいしい季節になりましたね。

ココアはなんか粉っぽいのと単調な甘さが好きじゃないな、と思っていたのだけど、
7~8年前にインターネットでおいしい淹れ方を知って
それから好きになった。
甘さも、ココアパウダーを買って、自分で調整すればいいだけのことだ。
コツは始めに小なべで少し煎ることと、まず少量の牛乳で練ることです。

思ってたのと違いますね

2018年10月16日 (火) 18:58

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昔から割とそうなんですけど、
「これはこうです」と言った先から
え、ほんとにそうなの?と思ってしまって何にも断定が出来ない。
でも「これはこうです」と言い切ってしまっているので
オモテ向きは断定した人として存在していて、
頭のなかでぐるぐると、違うかも、間違ってるかも、そもそもそんなこと思ってないかも、
と、延々ぐるぐるグルグルしている私の方は視聴率ゼロ、みたいなこと。

まぁ絶対的に「そう思ってること」もあるのでぜんぶじゃないけどね。
このところ「絶対的にそう」だと思っているのは例えば「チャンスが一回きりなわけあるかい」というのとか、です。

あとこれも割と昔からそうなんですけど、
「プレゼントに絵を描こうかな」と思ったりして、
そうすると思った先から
なんでお前が描いた絵がプレゼントになるんだよ、と脳内で声がして苦しい。
でも確かにそうだ、迷惑かも、
私は私の絵がすきなので(すきなように描いてるから当然のこと、嫌いなら描かない)
描いたやつは部屋に飾ったりするし、人に見てもらいたいと思うけど
それがプレゼントになるかどうかは完全に別の話だ、
気に入らないかもしれないし、その上多分捨てにくいし
ただ迷惑なだけかもと思ってしまって
結局どうしたいのか分からなくなる。
これは卑屈になってるとかそういうのとは違う。

こういうことを人に言うと「めんどくせぇことを言ってる奴」になってしまって、まぁそれも事実であって、特に答えは欲してないし多分存在すらしないので、
結果Twitterが必要、って話です。

絵をプレゼントする件は先日Twitterに書いて、同意なのか憐憫なのか、感情は分からないけどふぁぼってくれた人がいたので、
私としては少し気が済んだ、ように思う。

多分Twitterに書いた時点で、別に誰にも読まれなくても、返信をもらえなくても、ただ書いただけで気が済むことって、あるのだと思う。
私だけかもしれんけど。

ブログはもう少し孤独に寄ってるというか、正直誰も読んでないと思って書いてる。
じゃあインターネットに公開してないでノートかなんかに書けよ、と脳内でまた声がするけど、
それはね、ノートに書くとね、物理的に増えていくさまがとても怖いのです。
大学ノートにびっしり並ぶ自分の字ほどヘビーなもの、この世にないんじゃないか。
同じ内容でも、重量が全く違う。
あ、これは断定できます。手書きはヘビー。
検索もできないし。

あ、「ふぁぼる」ってとっくに死語ですかね。

七色の黄昏降りて来て

2018年10月9日 (火) 23:09

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友だちと話していたら、
「わたしは悩みはない、なくはないけど、どうすればいいか全部分かってるから、
それは悩みではない」と思いのほかハッキリ口にして、
我ながら「かっこつけてんな~」と思った。引いた。
最近特にその傾向があるけど、私いちいちかっこつけてて(しかも説教くさくて)
自分でも嫌になるな。でもわりと本気でそうなんだよな。
なんでこんな悩みがないんだ。

例えば仕事のこととか、まぁその、やり方とか
スキル的なこととか、もちろん考えはするけど、考えたってしょうがない部分も大いにあるし
そういうのはこまこま考えてないで手を動かす以外の結論はない。

一生このままひとりなのかな、とか(結婚的な話で)思わないこともないけど
正直それは悩みとは言えないと思う。
ほとんど空想に近いというか、ぼんやりとしていて、全然芯くってない。
だって本当の本気でひとりが嫌だ、是が非でも誰かと婚姻関係を!と思ってるなら
何か行動を起こしてると思うし、そうしてないってことは、
たぶん「一生このままひとりだから何だってんだ」と心の底では思ってるからなんだと思う。
なんか他人事みたいに言うけど、
そうなってない、ってことは、そうじゃないってことだ。

でも悩みがないってのは、自分のことだけやってるからなんだろうな、と思う。
例えば息子がいたとして、そしたら育て方とか、わからんけど教育方針とか
夫との関係性とか、実家との距離感とか、きっと悩んだりするのだろうな、と思う。
私に悩みがないのは、自分のことだけやってれば人生が済んでいくからだ。
そのこと自体が良い事なのか悪い事なのかはわからない。
べつにどっちでもないのだろうな。
まぁ人によっては悪い事に分類されるかもしれないけど、
だから何だ、と、それはすみません、で終わる話だ。

つーかこのさ、人と話してるときに
考えるのが先か、口に出すのが先か、みたいになるのすげぇな、と思う。
口に出して初めて気づくことが多いの、わりと危険じゃないですか?

かと言って、人に会う前に何話すか全部準備するなんて不可能で、プレゼンか、
結局は会話ってその場のテンポで起こるから、
口に出した先から、あ、そんな風に思ってたか(自分が)ってなる羽目になって
それに動揺したり、ちょっと引いたりすることになるわな。
しょうがなくない?どうしろってんだよ。

まぁ特に結論はないので締めますけど、
近頃はわりと寒暖差があるのでご自愛くださいね。
健康がいちばんです。

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