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The Elephant Man

2020年7月8日 (水) 21:53

uncategorized

ゲオのグループ関連がやっている、DVDレンタルのサービスを使うことにした。1回頼んでみたら6枚借りて1000円以下で、注文した翌日にはポストに届いて、さらに今キャンペーン中らしくレンタル期間が20日間もある。
しかもTSUTAYAにも配信サービスにも取り扱いがないような古い映画も置いてあるし、誰かがレンタル中でもリストに入れておけば「前の人が返したよ~次借りる?」って教えてくれるし、とっても便利。ずっと観たかった映画館の映画「楽日」が借りられてうれしい。
もうこれでいいわ。これと、アマゾンプライムビデオを併用して、それでやっていけると思う。よっしゃ。
でも今「マリッジストーリー」観たいねんよな、あれ盤は出ないのかしら。まぁ出たとしても1か月Netflixを契約したほうが早く観られるのかしら。他にも観たいのある気がするしまとめて観ちゃうのもいいかも。
どうでもいいけど私映画館の映画とか、映画の映画って好きだなぁ。何がどう、というより、構造が好きだ。

映画館がいま名画座みたいになってて、なおかつ新作もやってて、席も離れて座れるの、めちゃくちゃ良い。映画館で「もののけ姫」が見られてそれが1100円て…最高か。
私はそこまで熱心なジブリファンではないと思うけど、でも「もののけ姫」やってるよってなると映画館に行ってしまうので、まぁ好きなんだろうな。「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」は、画はもちろんのこと、脚本が、お話として、おもしろいなぁと思う。「もののけ姫」なんかほとんど全部台詞言えるもんな…別に覚えようとしたわけじゃないのにね…
画が好きなのは「崖の上のポニョ」(冒頭の海のシーンが美しすぎてずっと泣いた)で、あとなんかわからんが別枠で好きなのは「魔女の宅急便」。

アシタカがシシ神様の森に連れてかれて、翌朝目を覚ましたとき、撃たれた傷は治してくれたのに、痣は消してくれなかった=呪いは解いてもらえなかった、ってなるシーン、あのあとサンがかってぇ肉みたいなのを食べさせて(あれ何なんだろう、干し肉じゃないのかな、繊維質っぽい感じがあるけど)アシタカが泣くシーンが、すごく好き。
あの子たぶんまだ、未成年でしょう、ハタチなってないんちゃうん、16歳ぐらいとちゃうの。村を守ろうとする勇敢な性格とは言え、呪いなんかめちゃくちゃ怖いでしょう。自分に突然ふりかかるものとして「死」を想定していない年齢じゃない?これまでの人生も、なじんだ生活も、全部捨てて旅に出なければならず、しかも唯一の望みをかけてあの森へ辿りついたわけでしょう。そこでいよいよ「ほかの傷は治してくれたけど、痣は消してくれなかった」という、「お前はこの呪いとともに死ぬんだよ」という絶望を、明確に提示されたわけでしょう。にもかかわらず、自分は今「食べる」という行為を、つまり「生」に向けて動いていて(まぁどっちかっつーとサンがそうさせているけど)、そこに捻じれがあるやんか。あの声も出ないアシタカの涙は、その捻じれによるものと解釈している。まだ身体は生きようとしていて、心も生きたいと思っているのに、それを肯定してはもらえなかった。そら泣くわ、もっとワンワン泣いてもええんやでアシタカ。えらかったな、ずっと泣きたかったのに、えらかったな。
とはいえ、あそこでアシタカがなぜ泣いたかはいろんな解釈ができそう、だって一言もしゃべらんから(駿がなんか解説しとるかもしれんけど)、と思って、出来心で検索したら「あの干し肉みたいなのがマズすぎて泣いてる」と言ってる人がいて愕然とした。いやまぁ、いろんな人が、おるよね。

あ、いま思いだしたけど「耳をすませば」もめっちゃ好きやわ。

今日は真鍮について考えていたら22時。あまり触れたことないな真鍮、変色するでしょう?するよね?
最近は毎晩シンペイちゃんの「デトロイトビカムヒューマン」配信を見てしまって寝不足気味です。人のデトロイトってなんであんなおもろいんや…と同時に、もう自分は二度とあれを初見で出来ないのだ、と気づいて悲しい。人生は不可逆。

ルーバーというのはそういうものです

2020年7月7日 (火) 22:23

uncategorized

早いもんで、引っ越して半年が経った。段ボールは全部開けて中身を出し、一応モノはあるべきところに収まっている(もうちょっと減らせる気はしているが)。
あと何にでかい金かかるの?と震えていた日々も終わりを迎え、固定資産税も払ったしエアコンもつけた。エアコンは当分買い替えたり修理したりする必要はないはずだし、固定資産税も来年から劇的に増減したりもしないはず。
家はこれにて完結!という見方もあるが、そう単純にはいかない。毎日「家のここが気に入ってない」「地味に不便」「絶妙にダサい」ポイントが見つかるので、これを改良・改善・改修していく必要がある。というか完結しないところが家のおもしろいところなんじゃないの。買ったってそれは変わらなかった。いいことを知ったね。ライフゴーズオンだわ~私は家が好きなんだよ、まぁでもちょっと異常かもしれんね。わりと引かれるもんな、でも引きたい人はどうぞ引いてくださいね。君は君の心を守るんだよ。
とはいえ賃貸生活のころとは比べものにならないぐらい私は今の家が気に入っているし、ふと見上げたときに目に入る塗装仕上げの天井にときめいたりしている。ここはもともと和室だったんだよ。はーかわいい家。 

最近は食器棚を探すのに異様なほどの時間をかけ、昼夜を問わずインターネットを徘徊し、あまりの見つから無さに絶望し、ついには市内で見つけた家具屋さんにオーダーしたりしている。まだ発注はしてない、今スケッチ送ってもらって、見積金額におののいているところ。でもこれぐらいかかるよなぁ、想定の範囲内ではあるよ、人の手を借りるんだもの、しかも職人さんの手を。
とはいえもう世にある既成品は全部見た(ぜったいぜんぶみた)し、それでも見つからなかったのだし、アンティークものを探すとなるとおそらくサイズを妥協する羽目になるし(しかも自分の足で探しまわらなあかんし)、オーダーがベストなはず。1日に最低でも2回は「食器がきれいに収まってない…」と思うストレスから解放されるなら安いもんだと思うことにしよう。多少は交渉してもいいのかしら…と思ったけど、逆の立場だったら着手する前からテンション下がるもんなぁ。私だって、ページ数も減ってないのに理由なく値段下げてくれって言ってくるクライアントのこと普通に嫌いやもん、次から値下げ想定してその分を盛った見積もり出そって思うし、そもそももっと安いとこで頼めや、と思う。
よし、出すならスパッと気持ちよく支払おう。お金は使うために稼いでる!使うためのお金!よーし。

「”みんな”みたいに精神的に健康になりたい」、というメッセージが届いて、瞬間湯沸かし器的にブチギレそうになったので、鼻から大きく息を吸い込み、少し冷静になって「”みんな”って誰のことよ」と返すにとどめた。何にキレそうになったのかは自分でもよくわからない。というか言語化できない。とにかくムカついた。愚痴るのはいいけどどうせ吐くならもっと深く思考した末の愚痴を吐きかけてはくれまいか。浅いんだよ、練ってこいよ、もっと発酵した愚痴をよこせ。今さらそんな愚痴、味せんわ、14歳の愚痴か。

「みんな」なんて抽象的なものの、「精神的な健康」なんて抽象的なものを、抽象的に思い描いたって抽象的なまんまでしょう。そんなふわふわしたもんを寄越すなよ、もっと堅くて強いやつくれよ。
まぁどうせ特に考えずに言ってるんだろうと思うけども。愚痴とか怒りとかって、強度の無いやつはおもしろくもなんともなくない?何言ってっかわかんないか、別にわかんなくていいけど。

私は「みんな」なんかどうでもいいし、具体的な顔も浮かばないそいつらに、救われたことも、憧れたこともない(子どもの頃はあったかもしれんけど)。
だって”無い”から、「みんな」なんかはじめっから”無い”んだよ、なんで居ることになってんだろう。そんなもん”無い”よ、幽霊とか河童とかの方がよっぽどたくさん要る、「みんな」なんか”無い”。

それに私は「みんな」なんか要らない、要るのは常に「あなた」だけだ。いつも個だけが要るし、個としてだけ見られたい。何の枠も型も要らない。私は「みんな」なんかに入らないでいいから、いつも「あなた」で居たい。

まぁ「あなた」がどうしたいかは自分で考えて自分で決めてくれよ。「みんな」は知らんけど、私は何がどうなってもぜったい味方だからな。ざまぁみろ。

and I’ll watch.

2020年7月2日 (木) 19:18

uncategorized

技術の無い技術職が嫌いすぎて延々悪口を書きそうになったけどやめておく。悪口を書きたければ、真正面からそう思うのなら、もちろん書いてもいいのだろうけど、呪詛からは何も生まれないのでやめておく。
いや、でも呪詛から美しい何か生み出す人もいるもんね。あれは、なんだ、そういう、性質ってことなのか。私はちがう、というだけのことか。

なんの闇も呪いもない人は「創作」を必要としないのではないか、と去年の夏ごろに話した。闇と、呪いを、それを漂わせている「穴」を、胸とお腹の間あたりにごっぽり空けて、それを埋めるために、私たちには「創作」があるのではないか。
でもそれで言うと私の「創作」は私の「穴」を埋めてはくれないし、「穴」とは全く別のところに私の「創作」はあり、となるとなんだ、私は何を、何のための何をやっているんだ。

深めていくものだと、思いすぎていたかもしれん。浅く、広く、軽く、ふわふわと浮いたまま、私は私の「創作」をやっていいし、「穴」は空けたまま生きてもいい、埋めてもいいけど、別に空けたまま生きてもいい、そういう人もたぶんいっぱいいる。これは、なんだ、そういう、性質ってことなのか。そもそも「穴」の存在すら知らないように見える人もいるのに。

重く、深く、厚く、潜っていくもんだと思ってた。年をとるということはイコールそういうことで、そうあるべき、とも思ってた。
なーんだなんだ、別に決まってねぇやん。わかっちゃった。これっぽっちのことに気づくのに、いつも本当に時間がかかるね。周回遅れか。何周遅れてる?

グレタ・ガーウィグの新作映画「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」を観てきたら、画もストーリーも美しく、そのうえ強く、気高くて、こちらも背筋がしゃんとした。監督が加筆したとされる終盤のシーンも良かった、あれを観るためのすべてだったのかもしれない。と同時に、あれを見せたいがためのすべてだったのかもしれない、と思った。
妻になり子を産み育てる人生と、著作権を守り革張りの装丁を手に入れる人生は、比べようもなく、ただ等しく美しいね。願わくば、選ばずともそのどちらをも手に出来る世でありますように。
少し大人になったティモシー・シャラメがあんまり美しいので、内臓がいくつか溶けてしまった。ジョーにプロポーズする夕暮れのシーン、とてもよかった、「胸にせまる」とはこのことだ。
あそこで「言わないで」と言ってしまうジョーの性格というか、性分というか、あと「何を言われるか分かっている」という頭のよさ、勘のよさ、などなどを、目線・目の開き方・息の飲み方ですべて表現できるシアーシャ・ローナンよ。はー天才。何デミー賞でも何獅子賞でも何熊賞でも好きなん持ってって。

つーか「little women screenplay」で検索したら脚本が出てきたわ、これ脚本よね?やったぜ、超読む。
https://pmcvariety.files.wordpress.com/2019/12/little-women-by-greta-gerwig.pdf

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