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2024年5月28日 (火) 22:23

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BTSのRMことキムナムジュンの新しいアルバム「Right Place, Wrong Person」がものすごく良い。前作の「indigo」もかなり気に入ってよく聴いたけど、今作はさらに良い。
「Take my heaven」と歌うのが良い。「俺を天国に連れてってくれ」と歌う人なら知っているけど、「俺の天国なら持ってけ、無料だよ」と歌う人は初めて。その歌詞の真意など知る由もないけど、なんかめっちゃ好き。

ナムん家にジミンちゃんを呼んで、視聴会みたいなのをする映像が公開されたので見てみた。ジミンちゃんは「俺はダークなヒョン好き」「これEpik Highっぽい」「(Groinを聴いて)スカッとする」と、「私もそう思ってた!」ということばかり言うので、心の中で何度もハイタッチした。
ナムジュンは「初めて聴かせるときは緊張する」と言っていて「そうだろうな、分かるよ」と「謙虚すぎやせんか」とのグラデーションみたいな気持ちになる。でもまぁそうなんだろうな。緊張、するよな。画面の中のナムジュンは分かりやすくソワソワしていてかわいかった。端から見てるより、ずっと繊細だ。でもなんかガサツやん、おもしろいよねあの人、両極にあるはずのものを網羅してて。
私だって生きてて「他人に言われることの7~8割は誤解だな」と思うし、「ろくでもないやつばっかやな」と思うんだから、RMはこの912億倍ぐらい感じているんだろう。
「“普通の”まではいかないにしてもさ、ただの29歳の男だよ」と言っていたのも印象的だった。そう思っていることはずっと前から知っていたし、でもそう思っていると口に出しても相手はそう取らないだろうことも分かる。
このアルバムを出すために入隊を遅らせたのか、と分かった今、ホビを見送るときのあの表情をようやく理解できたように思う。こういうの、いつもかなり時間が経ってから知るの、仕方ないけどさみしいね。同じ時空で生きてないみたいだ。
ナムジュンに限らず「背負わせすぎじゃないか」と思うことは多くあって、でもそれをどうすれば解消できるのかは今も分からない。でも分からないから放っておくんじゃなくて、私は考えるし、同じ気持ちでいる世界中の人たちが起こすアクションも知っておきたいし、同感できるものは連帯したい。
「期待しすぎないように」とはあまり思えない、だって期待してくれる人、楽しみに待ってくれる人がいることは、励みになるもん。それだけが励みにはならないし、人によって割合は違うと思うけど、でも1にはなるもん。
私はあなたたち7人が今日も元気で、健康で、楽しいことたくさんあってくれたら、幸せでいてくれたら、としか思っていないから、だから「アルバム出すよ」とか「コンサートをやるよ」とかは全部ラッキーオプションみたいなもんだと思うけどな、でも、そう言っても信じてもらえないような気もする。

ナムジュンのことを考えすぎて、夢を見た。場所は私が6歳になるまで住んでいた市営の団地の前で、ナムジュンは芍薬を4輪持って立っていた。私は階段を降りたところで気づいて、まじで心臓が止まるかと思った(ここでいったん目が覚めた)。あまり騒ぐと怖がらせるかと思ったので、動揺を見せないことや大声を出さないことに全神経を集中させた。私は「今、家にヨウリーがおるから、ヨウリーにも会ってほしい、先輩と姉にも動画か何かでメッセージを撮ってあげてほしい、私たちは、すごくARMYなんです」と、超不自然な日本語とところどころに韓国語を混ぜた妙な喋り方で言い、ナムジュンは所在なさげな顔をしながらも頷いて、家にあがってくれた。家には私のおばあちゃんとひいおばあちゃんと、他にも血は繋がってないけどとにかく関係のあるおばあちゃんたちが大勢いて、ヨウリーと一緒におはぎを拵えていた。
ヨウリーは分かるけど、おばあちゃんたちの出演は何なん、と思ったけど、多分寝る前に「マッドマックス 怒りのデスロード」を見たせい。
良い夢やったな。ちょっと寝坊した。

金曜は友人と夕飯を食べた。店を出たのが20時過ぎで「甘いものつまんでもうちょっと飲もう」という話になり、2軒目に移動したら席がなかった。「外でも良いなら小さいテーブルを出しますよ」とお店の人が言ってくれたので、お店の前の段差に座り込んで白ワインを飲んだ。暑くも寒くもない5月の夜は、外で飲むのに最適で、初めからそのつもりで来たような気持ちになった。友人は長い足を歩道にのびのびと放りだして、せせこましいカウンター席よりよほど居心地がよさそう。
彼女は動力の8割程度を「感覚」と「感情」にしているようなところがあり、「観察」と「考察」を動力にする私とは全く似ていない。同じ事象に対面しても感想が違うし、そもそも着眼点が違う。でも違うことをお互いおもしろいと思っているから、長いこと友だちでいられている。
数日前に「権力勾配の無い人間関係など存在しない」という言説を目にし、確かにそうかもしれんな、望むと望まざるとに関わらず……と暗い気持ちになっていたのだけど、少なくともこの日は「私たちの間には無い」と思えた。
私が今よりもっとずっと愚かで、無神経で、身の程知らずで、自意識が制服着て歩いてるみたいだったころのことを知っていて、それでもなお友だちでいてくれている人がいることを、大事に持って生きようと思う。

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