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カテゴリー:映画のはなし

横にロートレックがいる

2018年8月7日 (火) 23:55

映画のはなし

映画「ゴッホ~最期の手紙~」のブルーレイがツタヤさんにあったので借りてきて観た。
結構、話題になってた気がする。油絵が動いてる!って。
実際100人以上の画家が全編「描いた」そうです。6万枚超えだそうです。
すごいね…すごい…
これキャッチに「愛か、狂気か。」って付いてるけど
あれでしょ、この仕事量はゴッホへの愛なのか、我々の狂気なのか、って意味でしょ。

印象派絵画がそのまま動く、2006年のロシアの映画「春のめざめ」っていう
すごい映画があるのでそっちもすごいよ。
(語彙力がひどい)

「ゴッホ~最期の手紙~」、この手法がすごい・おもしろいってだけでなく
お話もすごくよかったのでおすすめしたい。

ストーリーは郵便屋(この人の肖像画観た、ボストン美術館展で観た)の息子・アルマンが
ゴッホが最後に書いた手紙を弟・テオに届けようとすることに始まり
ゴッホはなぜ死んだのか、本当に自殺だったのか、を追っていく流れになっていて、
いろんな人に会いにいってゴッホがどんな人だったか、死ぬ前どんな様子だったかを聞くのが
主軸になっているのだけどまぁみんな言うことがバラバラで、
結局「ゴッホがどんなに人だったか」は全く分からないのだった。

私はこの”人”とか”もの”とかについていろんな人がいろんなことを言うのが好きで、
それがバラバラであることに、心底安心する。
もっと言うと、健全だな、と思う。

人は誰にでも一貫して同じ顔を見せるわけではないと思うし、
時と場合によって人の印象なんて簡単に変わるし
ある”人”について何か話すとき、その人のどこをピックアップするのか、
どのエピソードを切り取るのかによって全然違う”人”にも見えるわけで
つまりある”人”についての話が
全員一致するなんてこと絶対ないだろうと私は思うのだ。

だから、ゴッホが自分の耳を切った(それを娼婦に渡した)エピソードを切り取れば狂ってる、と思うし
子どもを膝にのせてニワトリの絵を描いてあげたエピソードを切り取ればやさしい人、と思うし、
この映画はそういう、いろんな角度から”人”を観ることが出来るストーリーになっていて
それがとても、よかったです。

「ゴッホがどんな人だったか」なんて、もうとっくに死んだ人なので分かりようがないし
まぁ仮に生きて会えたとしたって
私がゴッホがどんな人だと思うかは完全に私だけのものであって
それを共有したり、決めつけたりする必要はぜんぜん無い。

「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」も、これはドキュメンタリーやけど
同じくマイヤーについていろんな人がいろんなこと言う映画で
これも結局「マイヤーがどんな人だったか」は全く分からなくて最高だったのでおすすめです。
「分からない」は最高。
「分からない」から考えるし、調べるし、人に聞くし、
「分からない」はたのしい。

しかしまぁ芸術家というのはなぜこうもみな、ひどく孤独で、
うまく生きられない人ばかりなのだろう、と思う。
でもこういう、なんというか”死”に触れることのできる人だけが
この世に持ち帰れる何かがあるのかもしれん、とも思う。
でもクレーとかマティスみたいなタイプの画家もいるので
一概には言えませんね。

父はアルルに、ゴッホが描いたカフェを見に、
またフランスに行きたい、と言っていたので
近いうちに行けたらいいな。
パリももうちょっとゆっくり行きたいけど、
私もニースに行ってみたいし、南仏が呼んでる。

もし天才だった場合

2018年6月11日 (月) 22:10

映画のはなし

沖田修一監督の「モリのいる場所」を観てきたので、最高だったので
最高だったことを書きます。
ネタバレ禁止協会のみなさまはお引き取り願います。念の為。

「滝を見にいく」からもう4年?と、思ったら
間に「モヒカン故郷に帰る」があったわ、忘れてたごめん。
沖田修一の映画はいつも食べるシーンが印象的で、
「南極料理人」とかはまぁご飯の映画と言えるので分かるけど
そうじゃない映画でもご飯のシーンが大事に撮られてるなぁと思う。ご飯が好きなんですかね?監督。
すごい好きなのは「キツツキと雨」で海苔を食べるシーン。
本編というか、話の大筋とは別に関係ないのかもしれんけど
あの親子の、関係性とか空気感とかが、あのシーンからにじみ出てて好きだ。

「モリのいる場所」でも、冒頭の朝ごはんのシーンと
カレーうどんのシーン、大勢で食べるすき焼きのシーン、と
愛おしいシーンがたくさんありました。
あの大勢で食べるすき焼きのシーンは撮り方も好きやったなぁ、
あ、もう一回行くんですねカメラ!と思った。…伝われ!

タライのとこ(加瀬亮の足、よかったよねぇ)と、”知らない男”のシーンは
「ちょっとやりすぎでは」みたいな感想も見かけた(filmarksで)けど
私はそうは思わなかったな。
「えっ何?何何?」と思う画をやけに長く回して不安にさせてきたりするの、
沖田修一の好きなところのひとつでもあるから、
ぜんぜん、沖田修一がやりたいと思ったのをやってくれ引き続き、と思った。
前述の2つのシーンについては、妙な浮遊感があって良いなーと思ったけどなぁ、私は。

映画「南極料理人」でも、観測隊員と通信して質問を受け付けるシーンで
男の子を真正面から撮ったカットがやけに長く入ってて、
「え、なに、何の時間?え?」って思って、
ああいうの話の流れとは大きくは関係しないのに、なんか記憶に残るんよな。
サラッと流せないというか。

沖田修一が演出したドラマ「火花」の5話にも
マネージャー(染谷将太)がコピー機の前でじーーーーっとしてる妙に長いシーンがあって、
あの「え、今なんの時間?なにこれ?」ってなる、
あのざわざわとした気持ちに私は沖田修一を感じてると思う。
まぁ不穏さというか。

あと、何と表現すればいいのかずっと困ってて、しっくりくる言葉が見つからないので、
仕方なく暫定的に”俗っぽさ”と私が呼んでいる沖田修一の良さがありまして、
「モリのいる場所」ではカメラアシスタントの子がまさにそれで、
あの子が「明日も行くんすか?」って言うあのシーンが、とってもよかったなぁ。
ともすれば”ゆるい”とか言われて、その棚に雑に仕舞われてしまいそうな沖田修一作品において、
この”俗っぽさ”は本当の本当に重要、と思う。
「キツツキと雨」で海苔を食べるシーン(というか海苔の食べ方)とか
「南極料理人」でぼんちゃんとドクターが手伝ってるあのしゅうまいのシーンとか、
これ何て表現すればいいんでしょう。

こういう映画、宣伝が難しいのだろうな、と思って
例えばキャッチコピーを付けるにしても、どこをどうピックアップしても
”ピックアップする”という行為自体がこの映画には不向きな感じがして、
結果”夫婦愛の話”みたいなコピーが付いてて、うーーーーーん、となった。
でも”夫婦愛の話”ではない、とは思えない、十分に”夫婦愛の話”でもあるし、
間違ってはないけど、かといって全然芯食ってないし、うーーーーん、となった。難しいね。

ただこの”どこ切ってもどこ食べても沖田修一の味がする映画”が
本当に愛おしいと思うし、これが映画館で観られる2018年に生きてるのがうれしい、とすら思った。
どアタマに、庭をずーっと横移動して撮るシーンがあって
隙間にモリが居て、気づくか気づかないかぐらいの絶妙なトーンで居て、
あのシーンからもうグッと来まくってたわ。あぁー好き!沖田修一好き!ってなったわ。

この”沖田修一映画宣伝難しい問題”(問題なのかどうかはさておき)については
ご本人がブログでこう書いていらっしゃるので、もうこれでいいと思う。
—————
映画「モリのいる場所」は、実在した画家、熊谷守一さんの、晩年の夏の一日を切り取った映画です。
真珠も桃も、猿も骨も出てきません。
難しい映画だと思われがちですが、そんなことは全くありません。
たくさん、虫が出てくる、楽しい映画です。
小さな庭の冒険物語です。
—————

そうそう”たくさん、虫が出てくる、楽しい映画”ね、そうそう。
あの虫が歩く音?足音?カサカサカサっていうあれは
ほんとにあの場で録音したやつなのかね。気になる。
”蟻は左の2番目の足から歩きはじめる”も気になる。ほんとかな。

あと画家の話をやってるのに結局絵を描いてるシーンが一切出てこなかったの、
完全に意図的にやってるってのは分かるけど、その心は?と思う。気になる。
どうやら夜しか絵を描かなかったらしい(晩年だけ?)ので
その謎めきを謎のままにしたかった、ということかな。気になる。

”モリ”は実在した画家・熊谷守一という人で、私は全然知らなかったんですけど、
すごく貧乏したり、文化勲章を辞退したり、全然家から出なかったり、
本人は長生きしたけど子どもが小さい時に亡くなってしまったり、した人、のようです。
記念館があるみたいです。気になります。

というわけで「モリのいる場所」、絶賛上映中です。
ぜひ劇場でごらんください。音楽もとっても良いです。

言語的求心性が弱く

2018年4月4日 (水) 21:01

映画のはなし

友人(もりし)がバーフバリ観に行こうよ、というのでレイトショーで観てきましたよ。
前作も観てないけどついていけるんかな、と、「141分…」という気持ち、
あとは「インド映画でしょ?歌って踊る系の、色彩ゆたかなやつでしょ?」程度の
何の知識も前評判も入れないまま観たけど
大変おもしろかったです。

まず141分は全く長くない。体感として、全く長くない。
観終わってから調べたらこれは日本版だけで
インドで公開したやつは171分あったらしい。えーーー。切るなよ。
どおりで、不自然な編集が2~3箇所あったよね。
え、そんなブツッて切る?なにこれ?っていうシーンあったよね。
おしり痛いし30分ぐらい短くしよ…という意図なのか、
別の事情があるんかもしれんけど、全然観れたと思うな。171分観れたわ。

多分今までに映画館で観た一番長い映画は「ロードオブザリング」の3作目やと思うけど
あれは結構しんどかった。
何がしんどいって、もう3作目は指輪捨てにいくだけやから
ずーっと画面が暗いしフロドは常に顔色が悪くてかわいそうやし
サムの心労がこちらにも伝染しまくり、
はやく捨てて!たのむ!以外の感想がないままの200分やからな。執念の3作目。
「ホビット」は1作目しか観てないけど、もうちょっとキャッチーにしてあるんですかね。

バーフバリの話に戻るけど色がきれいし、セットが「これでもか!」というほど壮大で
年末・年度末を越えてきた私たちのせせこましいストレスを爆散させてくれる。
アクションシーンも毎回変えてきて、観てて超たのしい。
木をそんなふうに使うの!という戦闘シーンが3~4回ある。
バラエティ豊かな木の使い方…
終盤、恐らく”稲妻の剣”的な比喩表現を映像にしたいがために
あんなに晴れてた(湿度も一切感じられない)のに急速に曇りはじめて
ゴロゴロ!ビカビカッッッ!みたいな無茶なシーンがあったけど
(しかもそのあとまたすぐ晴れるし夕日がきれいなシーンが続く)
すっかり脳がバグってるというか、完全なるバーフバリ信者になってるので
全く怒れない。もっとやれー!しかない。
強い!すごい!かっこいい!バーフバリすき!みたいになる。

そしてエンドロールも一切なく、ズバーン!と終わる。
余韻とかはもういいでしょ、という意図なのか。

あと インド映画=ボリウッド=ヒンディー語 くらいの
まじで インド=カレー=辛いやつ レベルの知識で生きてきたけど
ウィキペディア見たらバーフバリはテルグ語で、ボリウッド映画ではない、とのこと。
あとタミル語、カンナダ語、マラヤラム語の映画もあるそうです。
すげぇ、さすがインド。

踊るマハラジャ的な映画ではないもののそういうシーンもたっぷりあるし、
前半はコメディー寄りのシーンもあるし
(にんそくさんが”初期ジャッキー作品のそれと同じ匂い”と表現していて
 そ、それだー!となった。それです。完全にそれ。オマージュなんじゃねえの、むしろ)
まさにご家族みんなでお楽しみいただけ系ムービーではないでしょうか。
小学生男子も好きそう。「バーフバリごっこ」しそう。

一人ではおそらく観ない映画、あとDVDで観るのは意味が違う映画なので
誘ってもらってよかった。
すっかりマヒシュマティ王国の民になった私たちは
週末に前作の方を観に行く予定です。

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