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Umwelt
2025年9月25日 (木) 21:14
甥たちと一緒に『もののけ姫』を観ていた。怖くて観られないらしいのだ。言われてみれば、確かに『もののけ姫』は怖いかもしれない。6歳と5歳の甥たちからすれば、タタリ神もシシ神もめちゃくちゃ怖いだろう。血もめっちゃ出るしな……音楽というか、音も怖い。結構終盤になるまで、心地いい和音が出てこない感じがある。甥1は特にビビりなので、コダマも怖いらしい。
「でも強い子と一緒に観たら大丈夫や」とも言っていた。「強い子」は私のことだ。かわいい表現だね。
「もののけって何なん、どういう意味?」と言われ、答えに困る。「物の怪のこと」と頭に思い浮かべるが、これでは全く説明になっていない。物の怪ってなんて説明すればええんや。霊的なものではあると思うが、幽霊とは別物だろう。幽霊は物の怪の類か?
子どもといると言葉の意味をたくさん聞かれるが、これにきちんと答えるのはかなり難しい。めちゃくちゃ適当に言葉を扱っている証拠だと感じて、申し訳ない気持ちになる。逆に言えばこれだけ適当に扱っていても、別に生活に支障はないし、おしゃべりは楽しいのだ。たぶん言葉そのものより、どんな場面でどんな相手にどんな表情でどんな言い方をするか、という補助的な要素がたくさんあるからだと思う。本当に言葉だけが機能する場って、実はそんなに多くない気がする。つまり、言葉だけたくさん知っていたって、自分の気持ちを伝えることはできない、ということだ。
甥1は「こういうときは辞書をひくように」と教わっているらしく、隣の部屋から紙の辞書を持ってきた。字が読めると辞書をひける、という当たり前のことに感動する。あなたこないだ生まれたのに、もう辞書が引けるんか。大きくなったね。
彼が使っている辞書は私の母が使い、そのあと姉が使った、とんでもなく古い国語辞典だ。小口に名前が書いてある。50年前ぐらいの発行じゃないのか、と思ったが「もののけ」は載っていた。甥1は「たたりのこと、って書いとうわ、たたりってなんやろ」と言っている。私は「ほな、たたりも辞書で調べたら」と答えたが、たたりの語釈には「わざわい」とあり、甥は笑っていた。「わざわいもわからんで!」とのこと。辞書の森から出られなくなっている。
夕飯の席で彼は彼の父親から「もののけの意味分かった?辞書に載ってた?」と言われていたが「分からんねん、だってわざわいが分からんから」と言っていた。もののけを知るにはたたりも、わざわいも知る必要がある。
が、これは大人になってもあることなのだ。語彙力は増やせるが、満ちたりはしない。大人だって辞書の森に迷い込み、出られなくなることはある。歳だけ勝手に取り、今も無知のままだ。私は甥に「大人もそうなる、気にせんでええで」と言いながら、私も気にせんと知らん言葉調べよ、と思った。
私がいま調べないといけない言葉は「環世界」だ。世界はいつも知らないことばかり。
ふつうのこども
2025年9月19日 (金) 21:14
数日前にTwitterによく流れてきてた「両親や祖父祖母は子らが何歳になっても“子”として見ている」系のツイートがすごい好きやったのに、もう終わったみたいで、全然流れてこんようになった。「お母さんが“最近物騒やねんから、イヤフォンしてぽてぽて歩いてたらあかんねんで”って言うてくる、私もう32歳やのに」ってやつ。ぽてぽて。特に好きやったのは「おばあちゃんと銭湯いったら私を子ども料金で入れようとしてきて、差額を払ったら番台さんが“こういう時は子どものふりしとったらええねん”て言われた」ってやつと、あと「お父さんに“お前昨日酔うて帰ってきて玄関にペちゃって落ちとったんやぞ”て言われた、親には俺が二頭身に見えてる」ってやつも好きやった。みんなかわいい。こういうのばっかり見たい。
私も両親に「かわいげがないのが悩み」という話をしたとき、ふたり揃って「ハテ……?」みたいな顔をされたことがある。重ねて私は「かわいげがないせいで困っていること」などを丁寧に解説したが、ふたりしてますます「???」となっていた。結局「そらあんたたちは…娘やから…娘がかわいいやろけど……」となってしまって、私が根負けする形になった。親に客観性など求めてはいけない。
とはいえ、私の自尊心がつま先から頭のてっぺんまでみちみちのたぷたぷであるのは、両親のおかげと思う。何歳になろうが、どんな見た目をして、どんな情けない人生を送り、自分を愛せず、鏡を見るのが苦痛でも、両親にとって私はただ“かわいい娘”であるのだ。自尊心は外側からも育てることが出来、なおかつ過不足ない自尊心さえあれば、人間はひとりで生きていける。
数日実家に帰ったら、たっぷりお野菜をわけてもらえた。うれしいが、ひとり暮らしで消費するにはかなりの量なので、せっせと下処理した。にんじんはラぺに、きのこ類はほぐして冷凍、ゴーヤは早速夕飯に食べ、オクラは加熱だけして冷凍しておく。これでよし、とひと息つくけど、いつも「これ形変えただけで別に量が減ったわけではないねんよな」と思う。お弁当も作って消費しよう。
ゴッチのブログを読んだ。文中にある2005年のナノムゲンフェスについて、私はリアルタイムで感じたことをブワッと思いだしたのだった。2005年は私はまだ高校生だったし神戸にいたので、参加してはなかったのだが、参加できないがゆえに、バンドと一緒に傷ついた部分もあったように思う。若かった。
私はゴッチが望む(?)ような「洋楽も邦楽も均等に楽しんでくれる」ロックキッズに育ったが、逆にアジカンから軸足が離れてしまって久しい。2010年ごろには「アジカンは好きだけど、アジカンのファンが嫌いだ」と思っていた。
はっきりとファンダムを軽蔑したのはデビュー10周年の『好きな曲ファン投票』みたいな企画で『ソラニン』が1位になっているのを見た時だと思う。『ソラニン』自体は好きだったし、CDのジャケもかわいいし、そもそも原作の漫画だって好きで、実写映画化に参加することだって嬉しかった、劇伴を担当したのは盟友・ストレイテナーのホリエアツシだったし。ただ『ソラニン』の歌詞は浅野いにおが書いたものだ。ファン投票で1位にするような曲じゃないと思った。私は後藤正文至上主義みたいなところがあり、アジカンとは後藤正文のことだ、と思っていた。ゴッチが書いた歌詞以外はアジカンではない、ぐらいに思っていた。今なら「ちょっと潔癖すぎちゃう?ファンをまるごと軽蔑するほどのこと?」とも思えるけど、でも納得いかなかった。いや、未だに納得はいってない。『ソラニン』は良い曲だ、でもファン投票で1位にするような曲じゃない。この感情について、まだ分解して考えられるほどの冷静さを持てないのも、我ながらやばいと思う。なにしろ10年以上前の話なので……私は象ぐらい記憶力がある。
今年は『NANO-MUGEN CIRCUIT 2025』としてツアーをやるらしい。“自分が子供の頃にはなかなか地方まで来てくれなかった本格的な海外のロックバンドと、地方まで一緒に出かけようという試み”だそうだ。ゴッチらしいね。
母が『徹子の部屋』に出演した藤井風さんについて興味を示しており、「あの子は何なん、どういう子なん」と言っていておもしろかった。母は自分から進んで音楽を聴かないが、車を運転しているときはラジオをかけているので、曲は知っているらしい。あの子は何なん、と言われても、私もよく知らないので「ふつうに天才なんじゃない?」と答えておいた。まぁ間違ってないと思う。ふつうに天才でしょ。
そういえばアルバムが出たんやっけ、と思い聴いてみたらすごく良いアルバムだった。『It Ain’t Over』って曲が好き、寝室っぽい。寝室っぽい音楽が好きやねん。あとなんかサックスが入ってて、これが結構変わった音で、良いなと思った。サックスって結構すぐ「あ、もうやりすぎ、ドヤりすぎ、もういいおなか一杯っす」ってなる楽器やと思うねんけど、だから入れるならだいぶ注意深くやってくれや、って思うねんけど、めちゃくちゃ良いところに良い音で良い具合にあるサックスで、良かったです。
HAAP
2025年9月11日 (木) 20:13
姉が岡山に転勤になった。東京で7~8年暮らしたと思うけど、急に岡山。ちなみに本社は大阪である。
大きい会社なので転勤があることは前提ではあるのかもしれないけど、それにしたって単身者を便利に異動させ過ぎる傾向がある。ような気がする。話を聞いている限りでは。引越し代も全額払うわけじゃないっぽいし……モンスターペアレントならぬモンスターシスターとして、会社に文句を言ってやりたくもなる。お前らは「つぎ岡山行って、よろしくね」で済むかしらんけどな、お姉ちゃんは友だちとも住み慣れた家とも愛着のある土地とも別れて、あげくまとまった休みも取れんのに600km先に家探して、仕事しながら引越しもせなあかんねんで。申し訳ないと思わへんのか。せめて引越しにかかる費用ぐらい全額負担したらどうやねん。まずは菓子折り持って詫び入れに行けや。いやでもお姉ちゃんは甘いのん要らんからな、羊羹とかあかんで、ぜったい食べへん。お姉ちゃんが食べるお菓子ってめっちゃ少ないねん、洋菓子なら食べるとかでもないねん。菓子折りはあかんわ。酒がええ思います。辛めの酒にしとき、酒が間違いないわ、一升瓶な。
とはいえ私は岡山が好きだし、東京よりずっと近いので、頻繁に遊びに行こうと思う。今月から行こうと思っていたトリエンナーレが始まるし。
キュレーションのことを知りたくて、なんかないかと探していたら、良さそうな寄附講座を見つけた。「寄附講座」というものがあることすら私は知らなかったのだけど、要は企業や個人・団体からの寄付金で大学とか研究機関がやる講座、というものらしい。つまり「うちがお金出すからこういう講座を設置してくれんか」と言うことが可能で、場合によっては一般参加もできるようだ。つまり私はお金も払っていないしその大学に通ってもいないうえにましてや卒業生でもないのに、公開されていれば講義やセミナーに参加して良い、ということらしい。す、すごくない?めっちゃありがたいねんけど。みんな知ってることなの?寄附講座という概念を?(概念?)
未知のことすぎてプレスリリースを少なくとも12回は読んだが、どう読んでも「私も行っていいやつ」としか読めなかったので、シンポジウムに申し込みをした。話されることを理解できるかどうかは分からない。どきどきする。が、どっちしても分かるかどうかは聞いてみるまで分からないのだから行くしかない。あと「分かる」のと「楽しい」のとは全然別のことだし……
11月に母とその友人と共に、また韓国に行く。ひとりで行く時みたいに美術館をはしごして3日過ごすわけにはいかないだろうけど、アテンド役だけに徹する気もないので、私も楽しめるようにプランを考える必要がある。
私もそうだけど、母はあまり観光地に興味がない。ランドマーク的なものに興味を持たないし、そもそもパッケージツアーを絶対に選ばない。「シニア世代 母親 韓国旅行」とかで検索すれば出てくる「景福宮に行ってチマチョゴリを着て写真を撮ってもらう→観光客に大人気のお店に並んでタッカンマリを食べる→日系ホテルに宿泊で安心」みたいなのに乗ってくれない。「市場とか行ってみたい」とは言うものの、観光客向けの市場には行きたがらない。
数年前にふたりで福山に行ったことがあった。泊まった宿のお兄さんに「夜ごはん探してて、どっか良いとこありますか?」と聞いたとき、お好み焼き屋さんを教えられて、なんともいえない妙な顔をしていたのを思い出す。母の言い分はこうだ、聞かなくても私には分かる。「広島来て晩にお好み焼き食べるわけないやろ」だ。母が聞きたい「夜ごはんに、どっか良いとこ」はそれじゃなくて、近くに住んでいるであろうこのお兄さんが、気に入っている店を聞きたいのだ。気の置けない友人とお酒を飲んだり、恋人と週末に行ったりするような店。ま、どう考えても質問の仕方が悪い。県外から広島に来たら、お好み焼きを食べたい人のほうが圧倒的に多いはずだ。お兄さんは絶対に何も悪くない。あと別に「食には興味がない人」っていう可能性だってあるし。
結局その日は私がGoogleマップで探したビストロに行った。人生でも指折りの「当たりの店」だったのでよく覚えている。パテドカンパーニュがおいしかったし、デザートに(たしかピスタチオの)ジェラートを頼んだらシェリー酒をかけて出せるけどどう?と聞いてくれて、絶品だった。
とはいえ私も同じようなものだ。私も観光スポットをスタンプラリー的に回って写真を撮る旅行には興味がないし、どんなにラクでもパッケージツアーは選ばない。あの母親に育てられたからなのか、別の理由なのかは分からない。別の理由な気がする。だって母と旅行に行けるようになったのは私が東京から戻ってきて、仕事と生活がすこし安定したここ5~6年のことだから。
私も市場に行ってえごま油を買ったり味噌を買ったりしたい。あとキムチの保存容器買いたいねん、ステンレスでパッキンがついてるやつ。あとあれ、干し柿でくるみ巻いてあるやつ、あれ名前なんやっけ。(おそらく)蒸してあるとうもろこしも食べてみたい。韓国のとうもろこしは冷凍保存してあるから年中食べられて、なんかモチモチした食感なのだそうだ。おいしそう。韓国ではまだ芳山市場しか行ったことがないから楽しみ。地図を見ていて気が付いたけど、芳山市場の帰りに通った布問屋がいっぱいあるところが広蔵市場だったのだ。てことは、朝早ければそんなに混まないのかもしれん。
国内・国外問わず市場があれば行きたい、というのは母と私に限った話ではなく、うちの家族共通かもしれない。弟も「ええ魚ないか見てくる」と言って年末に車で出かけていき、鯛を買ってきたりしているし……
去年母と行った台北では、借りた家の裏に規模も雰囲気もちょうど良い市場があって楽しかった。観光地化されておらず、近所のおばちゃんたちがカートを引いて買い物にくるような市場で、小さい店がぎゅうぎゅうに並んでいた。母が韓国で行きたいと言っている市場はああいうものだと私も分かっているけど、調べようがないのがおもしろい。あの市場がちょうど良かったのはたまたまだ。事前に調べたわけでも、初めて行く国で土地勘があるはずもなく、ただ行った場所に「私たち的に良い市場」があっただけの、ラッキー市場。
リヨンではポールボキューズ市場に行ったが、あそこは観光客向けだとかローカル感だとか、そういうのを全部ブン投げる勢いで「ただ美味いものが買える場所」として存在していて、あれも良かった。
rainy days
2025年9月9日 (火) 20:05
9月になったって涼しくならないことはもちろん知っているけど、なんとなく気分が違う。「くがつ」という言葉の響きも関係している気がする。「くがつ」ってすごい秋っぽくない?……
毎日の涼しいポイントを目ざとく数えながら生きている。日曜の夜、アボカドのパスタを作ろうと思ったら生ハムがないのでスーパーに買いに行ったら、行き帰りの道がずっと涼しかった。特に山側から吹く風が涼しい。今、山ん中に入ったら涼しいだろうと思った。入らないけど。
帰りに月がものすごいデカく、明るく、近いことに気づいて(しかも濃い)写真を撮った。「なんか“前夜”みたいな月」と思ったが、皆既月食前夜だったようだ。見たかったな、と思ったら結構遅い時間だったみたい。
もやしのひげを取るようになった。先日実家で料理をしているとき母に頼まれて取ったのだが、母が「一回取ったらもう、気になってもうて」と言っていた。そのときは「ふーん」としか思わなかったのに、私も気になるようになってしまい、以来ずっと取っている。めんどくさい。めんどくさいが、気になってもうて、取るしかない。なんだこれは。呪いか。
『ふつうの子ども』という映画を観た。おもしろかった。終盤に少しだけ出番がある瀧内公美さんが絶妙に怖い。怖いけどこういう人おる。この匙加減の巧さよ。瀧内公美さんは良い役どころであらゆる作品に出ずっぱりの役者さんだが、職人気質な感じでかっこいい。番宣でバラエティーに出てる印象はないし、普段どういう人なんだろう。インスタとかやってんのかな、と思って調べたらアカウントを発見したが、基本的には出演作のお知らせをしてるだけで自撮りをアップするでもプライベートを覗かせるでもない、潔い感じだった。普段どういう人なんだろう。気になる。
案件のスケジュール管理をする業務が軽視されていると思う。返事が遅い人と仕事をしていると「今“この人を急かす”という“仕事”が発生している、お金を払ってください」と思う。この人にいつ連絡したか記憶しておいて、いつまでに返事がない場合もう一度連絡、それでも返事がない場合は電話して……と考えているとき「こんなこと自分でやれや」と思ってイライラする。すぐに返事が出来ないなら「こういう事情ですぐに返事ができない、遅くとも〇〇日までには返す」としてほしい。「〇〇日」は自分で考えて提示し、自分で守ってほしい。自分で出来ないならお金を払ってください。
返事が遅い人のほとんど全員が「見るだけの人」であって「作る人」でないのもムカつく。私が一生「作る人」だからかもしれないが、だから贔屓目があるのかもしれないけど、まじで「見るだけの人」たち、時間使いすぎじゃない?見るだけでしょ?見るだけの仕事にどんだけ時間かかるの?(バチギレ)
『落下の王国』の4Kリマスター版が11月に上映されるらしい。うれしい。
去年とか今年に4Kリマスター版が出る映画、多くないですか?なんかそういう年なの?私が好きな映画を再上映していく年?(どういう年?)いや、好きな映画がリマスターされるくらいの年数を私が経ている、という感じなのかも。どっちにしてもありがてぇ。絶対観に行きます。ポスターもめちゃくちゃかっこいい。
喫茶店に行くとショーケースにモンブランが並んでいる。ほら秋やん。本を読もうと思って行ったのに、向かいの席で保険の契約、横の席ではZOOM会議が行われており、あまり進まなかった。ZOOM会議はどうもインフルエンサーを目指す人たちの意見交換会みたいな感じで、気になって本どころではなかった。熱心にメモを取りながら会議に参加している横の席の女性は両親ぐらいの年齢に見える。会議全体の音声はほとんど聞き取れなかったけど、女性は「こんな人がバズれるなら、私もかなり良いセンいくと思うんですよね、大した内容の投稿じゃないじゃないですか」と息巻いていた。
指名手配のモンタージュ
2025年8月25日 (月) 20:17
仕事が忙しい。作業量も多いが、案件数が多いのが疲れる原因だと思う。案件数が少なくて作業量が多いのは、私はあんまりつらくない。集中できるので……
週末は思いっきりのんびりした。そういえば夜の雷すごかったね、ティンパニーみたいな音してた。こわかったよ。
『塊魂』の新作が出るっぽい。専門学校に行ってたころ、友だちが教えてくれて、その子の家のプレステでやって、自分でPSPを買ったときにも『塊魂』をやってた。ゲームをほとんどやらないまま大人になったので(私はゲームボーイど真ん中世代なのにポケモンすらやっていない)「こんなかわいくてデザインの良いゲームがあるんや、音楽も良い」と驚いた。ゲームが好きな人は周りに普通にいたし、実家にもゲーム機はたくさんあったのに「私には関係のないもの」と思っていたのだ。
が、新作の『塊魂』はプレステ5でしかできないらしい。私の家にあるプレステが何か知らないが、絶対に5ではない。形が違うもの。
買い替えればいいのか?と思い、試しにプレステ5の値段を見てみたら7万円もする。これは『塊魂』をやりたいだけの人が払うような値段じゃないと思う。新作でなくても別に良いので、私のプレステで出来る『塊魂』を探したほうが良さそう。となるとまずは私のプレステが何かを調べる必要がある。起動すれば分かる。……と思う。4ちゃうんか。たぶん4やで。
日曜は『リンダリンダリンダ』を観に行った。6時半に目が覚め、映画館のスケジュールを見ていたら8時半の上映回が目に留まり、さっさとチケットを買って布団を出た。
『リンダリンダリンダ』を初めて観たのは高校生の時だったと思う。映画館で観た記憶はないから、多分家で、DVDで観たはずだ。家族で共用のiMacを部屋に持ち込めば、一人で映画を観られることに気が付いて、当時は自分の部屋でたくさん映画を観た。今となっては全然共感できないけど、当時の私には「邦画は家で見るもの」という概念があった。『リンダリンダリンダ』はそのうちのひとつだ。2005年劇場公開らしい。20年前だ。
20年て、すごく長い時間のことだと思っていた気がする。10年とか、20年とかって、もっともっと長いと思っていた。あと「なんで“すべてのクズどものために”歌うの?」と思っていた。わはは。私も高校生だった。今なら意味が分かるし、私も“すべてのクズども”のひとりであると知っている。『終わらない歌』はマーシーの曲だったんだな。
そういえば高校生のときに行ったフェスで『チェインギャング』を聞いて(DJブースでかかっていた)、ずっと忘れられずにいたことを覚えている。「これブルーハーツの人の声やな」ぐらいしか分からず、もちろん曲名も分からなかったのだけど、一度聞いただけで歌えるメロディーと歌詞の一部を握りしめて帰った。『チェインギャング』もマーシーの曲だ。
私がハングルが読めるようになっていることと、韓国語が少し分かるようになっていることで、ペドゥナと松山ケンイチのシーンなんかがよりおもしろく感じた。韓国語は発音が難しい。「ソン」と苗字を呼び捨てにしていることの違和感も、当時は感じなかったし、ソンちゃんが勝手に決めたバンド名は、今なら意味が分かる。
帰りにビゴに寄ったら、夕方には売り切れているサンドイッチがあって、いちじくのパンに生ハムとチーズが挟んであるやつを買って帰った。めちゃくちゃおいしかった。甘味と酸味、塩味のバランスがすごく良い。いちじくは干したのをカットして生地に混ぜ込んである。大きく切ってあるので食感もおいしい。毎日食べたい。
夏がはやく終わってほしすぎて、秋のことばかり考えている。私は寒いほうが脳がシャキッとするし、Tシャツよりニットが好きだし、もこっとした靴下を履きたいし、ストーブが好きだし、圧倒的に冬のほうが好き。早く寒くなってほしい。
でもジンくんは寒いのが苦手なので、気温としてはあんまり厳しい寒さにはならないでほしい、程々で。勝手を言ってすみません。
渦中
2025年8月15日 (金) 20:52
「得意なこと」と「好きなこと」は別だな、とつくづく思う。年々、人にものを教える仕事が増えてきた。好き嫌いで言えば「絶対に好きではないが、大声で嫌いと叫ぶほどでもない」ような仕事だ。なんとなく「役割」として預けられているもの、というような感じがして、私の好き嫌いで選べるようなものではない、みたいな感じすらする。私が「個」として選択できるような物事と、そうではない物事があるな、と思うのだ。不思議だが。
得手不得手で言えば「おそらく得意なんだろうな」と思う。たくさん褒めてもらえるからだ。褒められたり、感謝されたりすると、もちろんうれしい。「分かりやすかった」などと言われると、めちゃくちゃにこにこしてしまう。
友人にこの話をしたら「なるほどな~」みたいな反応で、特に実感を伴って共感している感じではなかった。彼は「得意なこと」と「好きなこと」が一致している人なのかもしれない。もちろんそういう人もいるだろうと思うけど、それってすごくラッキーなんじゃないかと思う。そっちが多数派なのかな。調べようがないけど。
従妹が結婚した。結婚式はしないらしいので、親族でお祝いの場を持つことになった。ご祝儀をつつむべきか、と思ったが、結局お花を買うに留めた。
自分が結婚していないせいなのか、身近な友人がほとんど結婚していないせいなのか、いずれも関係ないのかは分からないけど、ご祝儀という文化(習慣?)にずっと納得がいっていない。従妹の結婚を祝う気持ちはあるし、お祝いの気持ちを形にしたいとも思う。が、それがお金なのか……?なんでお金???14歳の子の進学なら「おめでとう、お小遣いにしな」と言ってお金を渡そうと思えるけど、それは相手が稼ぎのない子どもだからであって、従妹は違う、と感じる。結婚式をやるなら式自体に金がかかるので、それをきちんとまかなえるぐらいの金額を、とは思うけど……
そもそもご祝儀がお金になったのって、そんなに大昔ではないんじゃないのか。餅とか酒とかだった時代ない?ご祝儀っていつお金になったの?
逆の立場だったとして、私は親戚からお金をもらいたくない。祖父母世代・叔父叔母世代ぐらいまでなら年齢差があるから、むやみに断るのは失礼かと思うけど、従兄弟からお金をもらうという概念がないし、奇妙すぎる。なぜお金を?
ゴタゴタ言ってないで慣習に倣えばええんやないすか、それが慣習てもんなんとちゃいまっか、とは思う。なにがこんな引っかかるんだろうな。自分でも分からない。
ジンくんのソロツアーがついに終わってしまった。最終日のアムステルダム公演は配信もライブビューイングもなかったので、実感もあまりない。配信ぐらいやってくれたらいいのに、韓国国内での公演じゃないから難しいんだろうか……通信環境とか……?とにかく無事に終わったようなので良かった、と思うことにする。終わったら韓国に戻らずにソングキャンプに合流する予定だと言っていたから、ジンくんはもうアメリカに着いていると思う。
ほんとに楽しくて、ジンくんだけを見ていられる贅沢なツアーだったから、本音を言えば永遠に終わってほしくないけれど「みんなが”いつ来るの?早く来て”って何回も聞くんだよ、良い部屋を空けておいてくれててね」と嬉しそうに話すジンくんを見ていると「さすがにもうそろそろお返ししないとな……」という気持ちにもなる。なんか、月にかぐや姫を返すおじいさんの気持ちが近い。でもツアーが始まって終わるまではたった1ヶ月半のことだったのに、もう半年ぐらいジンくんを独占してるみたいな気がする。濃い時間やったからか。
「テヒョンがべったりくっついてきて、離れなかったんだよ」と話しているときのジンくん、かわいい顔してたな……私はジンくんのあの照れくさそうな顔に弱い。
っつーかジンくんて必要とされるの好きなんやと思うけど、テヒョンはいつでもド真ん中ド直球で「あなたが必要です」を差し出すからすごいなと思う。10数年一緒に活動してまだそれをそんなに剛速球で差し出せるの?テレもせずに?かっこいい……いや現場を見てないので「テヒョンがべったりくっついてきて」がどのような状態かは想像でしかないのだけど、たぶんまじで文字通り「べったりくっついて」たんやと思う、物理的に。強い。
最終日1日前の公演はライブビューイングがあったので、映画館で見てきたけど、私はこういう時の座席運が終わっているので、なかなかに厳しい時間だった。楽しい気持ちを害したくはないから何も言わないけど、こうやって「私が我慢すれば済む」をやり続けるのも大人としてどうなんだろうな。ま、今後もこうやって生きていくと思うけど。意気地なしなので……ちゃんと物申せる人もおるのにな、その場でちゃんと物申せる人ってかっこいいよな。来世はそうなりたい。今世はあきらめました!!!
せっかくHAT神戸まで行ったので県立美術館に寄ることにした。藤田嗣治と国吉康雄の展覧会をやっている。交流が深い画家同士だったのかな、と思ったら別にそこまでではなかった。1回会っただけ、ぐらい。が、同じ時代を生き、祖国とは別の場所で画業を続けた歳も近いふたりの画家を対比させる、というキュレーションはおもしろかった。画家の死後は本人の意向や意思など知りようがないし、本人たちが口を出せないのだから慎重であるべきとは思うけど、事実と解釈をきちんと分けた上でやるなら、こういう展覧会も良いのでは、と思った。
藤田嗣治が戦争画を描いていた、というのを私は知らなかったので、結構ショッキングだった。藤田嗣治と言えば「乳白色の裸婦画」を描いた売れっ子、のイメージしかない。無知なのですぐショックを受ける。勉強する。
戦争画、というと、私は最初に『ゲルニカ』を思い浮かべる。戦争がいかに悲惨なものかを伝えるもの、つまり、反戦をイメージする。が、藤田嗣治が描いた戦争画は逆だ。従軍画家として戦争記録画を描いた。うーーーん、と思うし、なんで???とは思うけど、安直に非難はできない。
国家から発注を受けて描いたという藤田嗣治の戦争画は2点展示されていて、いずれも大作だった。国や軍から、対価だけでなく、きっと画材を提供されただろう。この大きいキャンバスと、それを埋められる程の絵具を。戦時中、画材を手に入れることがどんなに難しかったかは、調べなくても分かる。
それに、「記録しなきゃ」と思ったのかもしれない。何か対価を得ることだけが目的だったんじゃなくて、ジャーナリズム精神というか、そういう気持ちがあったのかもしれない。
戦後、藤田嗣治はかなり非難されたようだ。分からなくもない。でも、どんな環境にあって、どんな境遇にあっても、手を止めないことがどれだけ大事か分かる。創作なんか、やめるほうが簡単だし、やめる理由なら常に何百個もある。いつだって続ける理由のほうが少ない。
一方、「じゃあ仕方ないね、時代が悪いね」とは思えないし、言いたくはない。せめて私は何があったのか知りたいし、自分はどうするか考えたい。
とはいえ、展示されていた藤田の戦争画は2点とも茶褐色で陰鬱だった。この2点に限って言えば、戦争を美化した作品とは思えなかった。
コレクション展が無料開放日だったので、そちらもありがたく鑑賞した。ここ数年で私は現代美術がぐんぐん好きになっているので、めちゃくちゃ楽しかった。もしかしたら「何の絵か分からない絵」を見る視力みたいなものが育ってきているのかもしれない。正直もう私は「(モチーフとして)何を描いたか」にはほとんど興味がなく、どうやって描いたか、何を思って描いたか、を読むのに興味がある。読めることはほとんどないけど……
木のテーブルの一部に水が張ってある作品があり、聞きたいことがたくさんあったのだけど、こういうのって監視員さんに質問をしても良いのだろうか。監視員さんは学芸員さんとちがうから、あかんよな、と思って何も聞かなかったけど。解説会があるようなので、リトライするかな。
作者が今も生きている、という点も現代美術の好きなところだ。これを作った人も私と同じような生活をしているはずだ、と思えるからだ。これを作った人はコンビニでカップヌードルを買ったことがあり、今年の夏も暑さに辟易とし、先月は選挙に行って、YouTubeを見られる人だ、と思うと、目の前にその作品があることが、ものすごい奇跡みたいに感じる。
……奇跡度(奇跡度?)で言えば戦火を免れて大切に保管され引き継がれ、海を渡って今ここに展示されている!というほうが奇跡度高めなはずなのにな。なんでだろう。
合間にちょこちょこ出社しなければならないせいで、あまりお盆休みという感じがしない。特にやりたいこともないし、街が混んでいるので出かけるのも億劫で、掃除ばかりしている。神戸は休みの日に混むタイプの街だ。みんな楽しい思い出を作って帰ってほしいし、気に入ったら移住してきてほしい。残念ながら子育てにはあまり向いた街とは思えないが、大人が住むには気楽で良い街です。
換気扇の掃除をほったらかしにしていたので、ピカピカにした。風呂とトイレの換気扇も掃除すべきと思う。ベランダも……でもベランダは見て見ぬふりをするつもり。暑いから……
フジロックの靴を洗ったら新品みたいにきれいになってうれしい。紐も変えた。週末は引き続き掃除をして、あとはケーキでも焼くつもりです。
パン・ギャラクティック・ピザ・ポート
2025年8月6日 (水) 20:48
空港で、のたうち回って泣いてる子どもがいた。文字通り「のたうち回って泣いて」いたので、結構ショッキングだった。遠目だと姿ははっきり見えなかったので小さい子だろうと思って保安検査場を通過したら、そこで泣いていたのが小学生4年生ぐらいの男の子だったので驚いた。さすがにもう、「のたうち回って泣く」しか出来ない歳ではないのではないか、と思ったからだ。おそらく彼は迷子だ。
私に子どもはいないので自分が子どもの頃のことしか話すことがないが、我が家は家族とはぐれ、迷子になった時のルールみたいなものが決まっていた。例えばディズニーランドに行くとき、入園して少し歩いたくらいのところで必ず「みんなとはぐれた時の待ち合わせ場所」を決める。お店の前だったり、何かの看板や花壇の前だったり、アトラクションの入り口だったり、とにかく分かりやすい目印になる場所を、父か母が「ここが今日の待ち合わせ場所」と決めるのだ。みんなとはぐれちゃったな~と思ったら、辺りを少し探してみて、それでも見つけられなかったら、その待ち合わせ場所へ行き、そこでじっと待つ、というルールだ。ウロウロすると会えないので、待ち合わせ場所に着いたらそこから離れないように、ただ待つように、と言われていた。
遊園地や広い公園、ショッピングモール、スキー場など、とにかく人が多くて迷子になりやすい場所へ行くときは必ずそうした。当時は携帯電話もなかったし、GPSなんてもちろんのこと、一度はぐれたらそう簡単には見つけられない。子どもが気を取られる楽しいものがたくさんある場所は、迷子になりやすいので、迷子になること前提のルールだったのだと思う。
待ち合わせ場所を覚えていてもたどり着けないんじゃないか、と思うけど、小学校にあがるくらいの年齢になると私たちは「人に道を聞く」ということが出来るようになっていた。道を掃除しているスタッフの人や、家族連れの優しそうな人に自分で声をかけて「宇宙人のいるピザ屋さんに行きたいんですけど、連れてってもらえませんか」などと言うことが出来た。
このルールはなかなか実用的で、私も何度か、その都度決まる待ち合わせ場所で、家族を待った。子どもだったのでどのぐらい待ったのかは覚えてないし、不安だったことに間違いはないが、それでも「来ない」ということはなかったし、何よりそこで待つことには根拠があったのが良かったんじゃないかと思う。これが例えば「迷子になったら、その場から動かない」というルールだったら、きっと、もっと不安だったんじゃないだろうか。ここで待っていて見つけてもらえるという根拠がないから。
こういう家族のルールがあったことを、ブワッと思い出した。大人になって、自分も相手もスマホを持っている状態だと、迷子とは無縁だよな。「迷子」って大人の場合には使わないんだろうか。大人の場合はなんて言うの。「失踪」か……?
件の男の子は警備員さんと空港スタッフの女性がケアしていたが、ほんの数分でお父さんらしき人が戻ってきた。その人は男の子をなだめながら「トイレに行くからここで待っててって、言うたやんか!聞いてたやろ!」と言っていた。たぶん、ほんとに5分ぐらい離れただけなんだろうと思う。5分離れただけであんなに。
この話を姉にした。姉は長いこと保育士で、子どもについては一等詳しい。私が聞きたかったのは「5分離れただけであんなに泣くのは何故か」ということだ。3歳の子なら分かるし、3歳の子を置いてトイレに行くなよ、と思うけど、あの男の子はどう見ても小学生だった。自分で水筒も持っていたし、きちんと帽子を被って、床でのたうち回って泣いてさえいなければ「しっかりしてそうな子だな」と思ったはずだ。それとも、もしお父さんがトイレに行く数分をただ待つのが困難な子なんだとしたら、置いていくなよ。どういう親やねん。
姉は「まぁ信頼関係が築けてないって感じやと思うよ」と言った。「例えばな、小さい約束を何回も破るとか、そういうのを何回も積み重ねると、なんぼ小学生で高学年になってても、そんなふうになるよ、置いてかれてパニックやねんもん」と。
「小さい約束」というのが、この件とどう繋がるのかピンとこなかったので重ねて質問すると「今日一緒にお風呂入ろうとか、ごはんのあとで一緒にゲームしようとか、宿題終わったら一緒におやつ食べようとか、そういうやつ、大人がその場しのぎでする、小さい約束よ、大人ってそういうのすぐ破るやろ、ほんで謝らんやろ、どうせ子どもやから覚えてないと思って」と姉は言った。確かに、と思った。大人はその場を収めるためだけに、小さい約束をする。人前で泣いている子に、今やってほしいことをやらない子に「これと引き換えに」と差し出すアレのことだ。無理もない。大人にはその場をしのぐことが今は何より大事だという時が少なからずあるし、子どもが思うよりも大人はずっと複雑なのだ。親を責める気にはならない。
一方、その小さい約束を頼りにして生きるしかない子どものことを思うと胸が痛い。姉いわく「どうせ覚えてない」と思っているのは大人だけで、実際覚えていないのも大人だけだそうだ。子どもはちゃんと覚えている。覚えているけど、それを指摘したり、責めたりするほどの言葉を持たない、というだけのことらしい。だから一見「どうせ子どもやから覚えてない」と映る。
あの男の子はもしかしたら、これまでずっと小さい約束を守ってもらえなかったのかもしれない。もしそうだとしたら、お父さんが「トイレ行ってくるから、ここで待ってて」と言うその言葉も、まったく信じられないのかもしれない。本当に、空港に置き去りにされたと思って、泣くのも無理はないかもしれない。
人間がやることの不確かさや、目に見えないものを構築することの難しさを思うと気が遠くなる。親子だからといって、テレパシーが使えるわけでも、脳の一部を共有しているわけでもない。不完全な生き物だ。
もちろん私に出来ることは何もなく、彼らの事情や経緯など知る由もなく、なぜこれを書き残すのかは自分でも分からない。彼らは私とは違う搭乗口に並んだようだったので、たぶん沖縄か鹿児島へ行く便に乗ったと思う。きっと夏休みだろうから、旅行か、帰省かな。ふたりとも楽しいといいな。
片手できっと 足りるだろうな
2025年7月24日 (木) 15:00
推しのライブを自分なりに記録するのに、ほとんど1週間かかった。もっと書ける気もするし、何を書いても気が収まらないようにも思える。5000字超えの文章を書き終えたら、選挙があり、いやな予感がするなぁと思っていたらわりとその予感通りになった。
これは「私の悪い予感は当たる」というようなクソしょうもない話ではなくて、こうやって「こっちはダメです!引き返して!」みたいなことで話題になることと「こっちがおすすめです!みんなで行きましょう!」みたいなことで話題になることは、ほとんど同じ意味で、もはや表裏ですらないよな、という話だ。単純に「触れる機会が増える」という点では同じ意味だから、というだけの話かもしれないけど。あとは、私が世界/世間/みんなだと思っているものの外側にいつも世界/世間/みんながある、みたいな話か。
この期に及んで絶望したって仕方ないし、自分にできることを引き続きやっていくぞ、と思う。自分にできることが無いなんて思わないし、社会が変わらないとも思わない。ただそんなに大それたことはできなくて、そんなにすぐには変わらない、というだけのことだ。身の程を知ることと自分の限界を勝手に決めないこととは両立できるし、身近な人を大切にすることと物事を大局的に見ることとは両立できると思う。死ぬまでただ世を憂うには、まだ人生は長そうだし。
少なくとも私のタイムラインに「もう日本は終わりだ」などという稚拙なことを言う人はいなかったし、みんな自分ごととしていろんなことを考えたり、発信したりしていて良いなと思った。Xのことはロゴからノリから仕様まで全部嫌いだが、Twitterでフォローしている人たちのことは好きだ。
今週はもうフジロックの週だった。本当に誰が出るのか知らないが、もはやどうでもいい気がしてきた。行きさえすればいいのがフジロックなので……これ毎年言ってるな……そもそも私最近あんまり音楽聞いてないよ。
今年は10キロのバックパックを担いで移動するのをやめて、ヤマト運輸さんにお任せする作戦でいくことにしたが、現地で受け取る時間に自分の到着が間に合わないことが判明して詰んでいる。初日から寝袋なしで寝ることになりそう!!!ま、テントは棟梁(実姉)が建ててくれているので雨風はしのげる。なんとかなるでしょう。
でも寝具類を送れないならヤマト運輸にお願いするほどの荷物にならんのよな~どうしようね、また来年考えます。
久しぶりに実家に帰り、先月ソウルで買ってきたマッコリでサムギョプサルを食べた。母とその友人と私の3人で、秋に韓国旅行に行く話になっている。来週はフジロックやから、と話していると、父が「……いつ働いとるんや」と言っていて笑った。今月は結構仕事忙しくて残業せざるを得ない日も多いぐらいだったのだけど、そういう話は別にしないので、確かに私は遊んでばかりいる人みたいに見える。ふふふ。
春頃に受けた家の取材の記事が公開になった。依頼が来て企画書を読んだときに「あ、これまさに私のことやん、私が受けるべき取材や」と思ったので、取材を受けること自体に迷いとかはなかった。なにせ『プリンセスメゾン』の話が出てきたので……記事内にもあるとおり、漫画『プリンセスメゾン』は私が家を買うきっかけ第一歩の作品だし、それよりも何よりも漫画としてめちゃくちゃおもしろい。家って人生やん、と思った。
家の写真を撮ってもらうのは竣工写真以来で、すごくかわいく撮ってもらえてうれしい。掃除した甲斐があったで。わはは。とはいえ、結構「生活感多め」の仕上がりになったと思う。ほとんど何も隠さなくて、全部そのまま。紙袋にいれてある牛乳パックとか食品トレーとかの資源ごみだけ、除けたのを覚えている。「タオルとか布巾とかは除けましょうか?」と自分で言ったのだけど「いやそのままで、そのまま撮ります」って感じに。カメラマンさんが「特にお気に入りのとこってどこですか?」と聞いてくださって、オレンジのドアを印象的に撮ってもらったのもうれしかった。このドアはもともとこの家にあって、位置もほとんど変えていない。レトロなデザインが気に入って、買うときにはもう「塗装してそのまま使おう」と思っていた。
家の取材を受けるのも初めてのことだった。あまりにもまとまらない話をして、話しながら自分で「すごい脈絡なくしゃべってるな、こんな話すの下手やったんか私」と思っていたので、ライターさんが書いた記事を読んで感動した。プロの仕事って本当にすごい。ここに書いてあることはどれも本当のことだし、脚色されてるとは言えないのに、すごくきれいに、なめらかにまとまってる。プロの仕事はすごい。
何より私は、別に家を買うことを推奨したいわけはないし、財テクとして家を買ったわけではないし、そういう自分のスタンスというか、家を買うことはたくさんある価値観やたくさんある選択肢の中のひとつであり、それ以上でもそれ以下でもない、という気持ちが、取材を受けるにあたって、前提としてあった。だから例えば「若いうちに家を買ったほうがお得、早く買うべき」みたいな記事になったら嫌だったし、「家賃払ってる奴はバカ」みたいな物言いにぜったい加担したくないし、もしくは「家買ってやりましたよ!ドヤ!」みたいな記事になるのも嫌だったのだけど、まっっったくの杞憂でした。客観的に読んでも「この人楽しそうやな、ほんまにこの家が気に入ってるんやろうな」と感じるような、良い記事やと思う。ぜひ読んでみてください。
【物件ファンコラボ企画 彼女がマンションを買った理由 vol.3】「頭金0円で購入、暮らしにぴったりフィットするオーダメイド1LDK」
夜は濃紺
2025年6月12日 (木) 21:48
また愛激重3000字ブログを書いてしまってるな……(前記事を読み返して遠い目)
私は言語化の悪魔なので、言語化できると感じたことは何もかもすべて言語化しておかないと気が済まない。今の感情を言語化できるのは今だけだし、私の感情を言語化できるのは私ただひとりだけだからだ。
ただこれは「すべてを言語化できると思ってやってる」のとは全く違う。これだけ熱心に言語化しても、全部は出来ない、どんなに努力しても言語化できないという部分・範囲・領域があることを、深く思い知るためにやってる、と言うほうが近い。単に文字にして記録するだけのことだって、ぜんぜん全部は出来ないよ。
職業病でもあると思う。言語化を怠けて雑にやっていると、雑なデザインしか出来ない。「フィーリングで!パパっとね!」とか言うデザイナー見たことあるやろ?そいつ、ロクなもん作られへんねん。
今はFESTA(デビュー周年イベント)期間であることと除隊ラッシュが重なり、ジンくんのソロ活動も並行しているので、本当に他のことが何も手につかないぐらいずっとバンタンのことばかり考えている。
今年は先に兵役を終えたジンくんとホビがFESTA担当メンバーみたいになっていて、すごくたくさんコンテンツを用意してくれている。デュオグループみたいで新鮮だし、ふたりの似てるところや違うところをコンセプトにしたりしていて見ごたえがある。よく考えたらユニットでここまでしっかりコンテンツが作られることって過去になかったのでは……?アルバムによってはユニット曲があったりするけど、コンセプトフォトまでは撮らないもんな。誰も何も計っていないからこそ得られた貴重な機会だなと、ありがたく思う。一方「ホビは年単位であらゆることを計画済である」という話を聞いたりもするので、これを見越して入隊時期をお決めになったんですかジェイホープさん……という気にもなる。
ホビは基本的にはジンくんを自由に、のびのびぽかぽかさせてるけど、たまに主導権を握ってやや無茶振りして、かつ「やればできるね~」とか言って褒めてくれて、急に「踊ってるヒョンも踊ってないヒョンもかっこいいよ」などとベタ甘のセリフをテレもなく真顔で言ってくれたりするので、私はジンくん本人の気持ちになってしまい、耳から首まで真っ赤です。ホビって優しいけど身びいきして甘やかすタイプの人ではないから、ホビに褒められるのってうれしいだろうな、と思う。
見るものが多いので夜更かししがちと思いきや、ぜんぜん22時半とかには寝てて、睡眠には支障が出ていないので、大丈夫、です。睡眠に支障が出始めると危険、という認識。バンタンを好きになりたてのころは全然寝てなくて、普通に体調が悪くなって、お医者に「夜は、寝てください」と言われて笑ってたな……でもお医者の言うことは正しいよ。夜は、寝ないといけません。
70時間一睡も出来なくなって睡眠薬を飲むようになった、と言うナムジュンのことを思うとつらい。夜寝られることも、3食ごはんを食べられることも、生活をまわせるということは全然当たり前のことではないね。
昨日はナムちゃんがぐっすり眠れますように、足を伸ばして寝られますように、とお祈りしながら就寝した。なんの助けにもならないと思うけど、せずにはいられないよ、ナムジュンが好きだからだよ。
睡眠についての悩みごとは多いだろうと思う。私は若いころの方が睡眠が上手く出来なかった。体力的なこともあるのだろうけど、2~3時間眠れば動けたし、寝ないことに慣れて「深夜3時までに寝つけなかったらもう寝ないことにする、それだったら寝ないほうがマシ」みたいな持論があった。窓の、カーテンのフチのあたりが、だんだん緑がかった青色に変わっていくのを見ながら、考え事が止まらない日もあった。眠れないのに布団に横になっている時間は所在なくて、環七通りを延々歩いている日もあった。寝られない理由のほとんどは精神的なことだったと思う。身体は疲れているのに、脳が寝てくれない感じ、寝なきゃ寝なきゃと思うと余計に寝られない感じも分かる。どんな精神状態であっても、どんな環境にいても、「夜ちゃんと寝られる」というのは強みなんだろうな。
つらかった、しんどかった、と言わない強さ・優しさもあるし、逆に言う強さ・優しさもあるよな。どちらも尊く、得難いものだと思う。何よりどちらにせよそれを共有してもらえる立場にあることが、光栄だと思う。推し、みんな健康で長生きしてくれ……
天国と全国とジョングクが似てる
2025年6月11日 (水) 20:10
防弾少年団の除隊ラッシュで、連日うれし泣きしている。帰ってきてくれてありがとう。みんな元気そうでうれしい。おつかれさまでした。よく休んでほしい、ほんとうに。今日はジミン(モチモチ)とググ(きゅるきゅる)も帰ってきたし、あとはみんなでユンギを待つだけだ。ユンギがどんな気持ちでいるか、昨夏から本当にずっと気がかり。
ナムジュンはこの1年半のあいだにテナーサックスが吹けるようになっており、演奏シーンは毎度笑ってしまうけど(突飛なので)、冷静なことを言うと「1年前よりかなり上達していた」。リードミスはあったけど、ピッチが前よりずっと安定している。
ナムジュンは、兵役に行く前も最中も行ったあとも、ずっと正直に生きているさまを見せてくれたと思う。休みの日には写真を送ってくれて、時折長い手紙を送ってくれた。たぶん、自分を自分のままにしておくことがすごく難しい環境だっただろう。weverseライブでも話してくれたけど、しんどかったし、つらかったと思う。後を引きそうなことも気にかかる。まじでゆっくり休んでほしい。休むことが解決につながるかは分からんけど、でも時間が解決するとまずは信じたい。よく寝て、よく食べ、安心して暮らしてほしい。そのこととステージに立つことが両立できないんだったら、もう立たなくていいとすら思ってしまう。でも信じてくれ、と言われたので、信じて待つよ。
「信じてくれ」って言われるの、嬉しいものなんだな。言われるまでもないことなので、言わなくても別に何も変わらないと思っていたけど、でも言われると嬉しかった。思ってること、伝わってるとしても、口に出して言ったほうが良いね。最近ずっとそう思う。それからRPWPは本当に最高のアルバムだし、君が後悔していると言ったスッピンの坊主頭も、私はとっても大好きだよキムナムジュン。
テヒョンはなんかめちゃくちゃでっかくなっている。行く前に「でっかくなりたいんだぁ~」と話していたので、テヒョンがなりたい自分になれたのなら何よりうれしい。よかったねテヒョン、頼もしいなぁ。テヒョンがどんどん大人になるの、まじで超ワクワクする。何より、テヒョンが自分の心を、きれいな心を、ちゃんと自分で守ることが出来る子だということがとてもうれしい。逞しいな。
バンタンの何が好きって、顔でもビジュアルでも音楽でもダンスでもなく、生き様でした。生き様が好きだ。
兵役の是非など、韓国国民ですらない私が口を出すべきではないことは承知の上だし、何にどう口を出したって関与できないのは当然としても、こうやって何を感じたか、どう過ごしたかを好きな人たちが話してくれている以上、何も考えないでいるのは嫌だし無理だなと思った。兵役で奪われるものが単に時間だけではないことを知った今、「弊推しの兵役は終わりましたので後のことは別に知りません」とも思えない。テヒョンが言った「僕はほんとうにおそろしいところに行ってきたんですよ」も「僕は殺人兵器になりました」も、全然笑えない。テヒョンがそんなつもりで言ってないことはもちろん分かるけど、でも兵役はスポーツ合宿でもないしキッザニアでもない、ショートコントでもない、現実だ。ナムジュンは先輩たちに「自分自身が誰なのかどんな人間なのか忘れろ」、「自我を捨てろ」と言われたらしい。言った人たちの気持ちはよく分かる、そのほうが結果としてラクだから、そうアドバイスするしかないだろうと思う。でもキムナムジュンという人は、自分が何者なのかを自分に問い続けて、答えを出し続けて、それを生業にしてきた人なのに。すごく悲しい。これも時間が解決してくれるだろうか。してくれると信じる以外、私に何かできることがあればいいのにと思う。でも、ずっと「私に何かできることがあるはず」と思ってシャキシャキ生きるしかないよな。何事も。
先日、嵐の相葉くんとジンくんが一緒に出演したテレビ番組のことを思い出す。メンバーはどんな存在か、と聞かれたジンくんは「もし病気なら腎臓をひとつあげられるほど大切な存在」と答えていた。大げさでも、感動的なニュアンスでもなく、どちらかというと淡々と、そう答えた。腎臓をあげられる、か。途方もない。考えたこともなかった。私は自分の腎臓を、誰かにあげられるだろうか。私、そんな器じゃないな。そんなに、誰かに、強く思い入れを持ったこともない。私は、誰にも腎臓をあげられないかも。「くれ」と言われたらあげられるかもしれないけど、誰も私に腎臓をくれとは言ってくれないのではないか。
以来、どのメンバーを見ていても「この子はジンくんに腎臓をもらえる子なんだ」と思ってしまい、名前の分からない感情で気が遠くなる。「畏怖」が近いかもしれない。そんなふうに思える人たちに出会えたジンくんはすごいし、その関係性でいられるジンくんはすごいし、ジンくんにそんなふうに思ってもらえる6人はすごい。
ジンくんは結構飄々としていて、なんというか、例えば「大恋愛に陥らなそうなタイプ」だと思っていた。ロマンチストだけどリアリストだと思うし、お別れの時になっても追い縋って泣いてくれなさそうな人だと思っていたし、こちらが追い縋って泣いても一度見切りをつけたら二度と振り向いてくれなさそうな人だと思っていたのだ。
兵役について以降、私はジンくんのイメージがだいぶ変わった。「やさしい」とか「ファン想い」とかのレベルを、とうに超えている気がする。あまりにも献身的で、ちょっと心配になるくらい自己犠牲的なところもある。前からそういう人だったようにも思うし、ここ数年で少し変わったようにも思う。ほんとのところは分からない。もともと「出来ないことは言わない人」という認識だったし、だから誠実に仕事をする人だとは思っていたけど、でもここまでとは思ってなかったな。何度も「ここまでしてくれるんか」と思った。転役してからは本当に、片時も離れないで一緒にいてくれたと思う。
「戻ったら家に帰るより先に会いにいくからね」と1年前に約束をくれて「こんなことでも言えて嬉しい」とかわいいことを言ってくれた。転役したその日の配信を見返してみたら、ただ「僕は軍隊で人気者でした」とだけ言って、どんな後輩がいたか話してくれて、先輩たちがどれだけ良くしてくださったか話してくれて、つらかったとか嫌だったとか行きたくなかったとか寒かったとかなんにも言わなかった。そのことの凄さを、分かってるつもりで、あんまり分かってなかったかもしれない。1年経った今、もっとすごいことだったと思う。むしろ私は「泣きごとを言ってはくれないんだな」みたいな気持ちでいた部分もあって、だから深く反省した。
ジンくんは除隊したその日の夜中にレコーディングをして、翌日には1000人とハグイベントをして、夜はコンサートをしていた。待っててくれたファンにそうしてあげたい気持ちがあったとして、そう出来る体力や気力があるかどうかはまた別じゃないかな。よく考えたらそのあとはバラエティーコンテンツを撮るために山登ってたよ。笑っちゃうぐらいアイドルだなジンくん。まじでアイドルの天才だと思う。天職だよジンくん。
まぁ私がどんな「イメージ」を持っていようが、それが変わろうが、ジンくんが「イメージ」の域を出ることなんか今後もないけどな!!!(大声)実際に会おうが、手を握りあおうが、3秒目が合おうが、私はジンくんの何も知ることはできないし、ジンくんを理解できるなんて思いあがりも甚だしい。これからも言動と行動のすべてを都合よく解釈し、愛されていると豪語し、自作の偶像を崇め、大いに誤解し、それでもあなたに救われたと咽び泣いて生きるぞ!!!(大声)
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