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11メートル
2025年11月16日 (日) 20:36
久しぶりに自分の家で週末を迎える気がする。いや「気がする」んじゃなくて、まじで4週間ぶり。起きて早々に洗濯。最近ほんとうにずっと天気が良い。
今日は病院に行く日だ。経過が良いので一気に薬がふたつ減った。うれしい。
早い時間だが昼ごはんを食べることにする。病院の日は点心を食べることが多い。月一回の通院のあとは「今月も一ヶ月よくがんばったな」という自画自賛の気持ちになり、ちょっと良いものを食べたい気持ちになる。「ちょっと良いもの」は人によって大きく異なる気がする。私の「ちょっと良いもの」は自分で作れないものや、作れるけど面倒なもの、が該当する感じ。そういえば2~3年前は洋食屋さんにハマってて、病院の帰りに洋食屋さんに行くのがお決まりだったな。
今日のは初めて行く店だったがイマイチだった。が、飲食店に関しては自分で行って自分で食べる以外に好みかどうかを知る術がないので仕方ないし、おいしい点心屋さんをたくさん知っているのにイマイチなところに来ているぞ、と思うとおもしろいので全然気にしない。人と一緒だと「イマイチな店をチョイスしてしまって申し訳ないな」と思わないでもないが、ひとりだとそれもない。私が私のチョイスでミスり、私のお金でお会計をしている。引きの画で見て笑える。
隣の個室では会社の何か集まりみたいなのでおじさんが大勢つどっており、隣の席では大声のおばさんが3人で久しぶりの再会を喜ぶ会みたいなのが行われていた。4人掛けのテーブル席であんなに大声である必要があるのだろうか。いや必要とかじゃなくて、ベースがあれなんだろうな。最近大声の人よく見かけるな。笑っちゃうからやめてほしい、あと会話がぜんぶ聞こえる、まじで全部。
このあとは美術館に行くが、天気も良いし自転車日和だ。駅前で自転車を借りて南下。かっこいいスポーティーな自転車に乗ったお兄さんがふたり、橋を渡ったあと海側にくだる道へ曲がった。ん?そこ降りられるの?と思い、引き返してついて行くと、海際に遊歩道が整備してあってびっくりした。ぜんぜん知らんかった。こんないい道があったの?広いし。信号もない。私は家から美術館まで何回も自転車で来ているのに、こんな道があることを知らなかったし、Googleマップだって教えてくれなかった。いや、Googleマップでこのへんの道調べたことないか。そうかも。次からここを使おう。気持ち良い道見つけてうれしい。
県立美術館で『リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s』を観る。7〜8年前くらいに似たような展示を東京で観た記憶がある。あれは「戦後、日本の住宅がどのような変遷を経て来たのか」みたいなのが主題だった。すごくおもしろかったのと、私は本当に家が好きだ、と思った。あらゆる建築物の中でも、住宅が、人が住む家が、一番おもしろい。
本展はその世界版というか、日本に限らず、1920年以降の住宅を紹介する、というもので、ル・コルビュジエ、アアルトとか、建築に明るくない私も知っている建築家が紹介されている。
全体を通して、鉄骨で家を建てられるようになったのはかなり大きな変化だったんだな、と実感した。ヨーロッパで見る煉瓦や石造りの家って「地震がこない国は良いっすね、どっしり300年とか保つしね、うらやましっすわ」ぐらいにしか思ってなかったのだけど、「壁面で構造を支えないといけないから壁を薄くできないし窓を増やせない、調光に難がある」という、けして小さくはない問題があったことを知った。要は窓を増やしたり、大きくすることで、家の強度が下がってしまう、という。聞けば当たり前のことだけど、全然思いつかなかった……通りに面していない建物だと、光を取り入れるのはさらに難しいだろう。日本の木造の家は柱で支えているから、普通に窓を作れるし、縁側があったり、明るい家が多いイメージがある。
鉄骨やガラスを工場で作れるようになると、壁面をガラスにしたり、大きな窓を作ったりできるようになり、本展で紹介されている住宅にも「ガラスの家」と名付けられているのがふたつ(別の国、別の設計者)あったりして興味深かった。素材の変化や進化によって作るものも変化・進化する、というのはどの業界にもあって、素敵なことだな、と思う。例えば質の良い絵の具をチューブに入れて持ち歩けるようになったあたりから、サイズの小さい風景画が増えた、みたいな話とか。
国によって違う気候や場所によって異なる地形とか、特性をきちんと理解して設計されているのもおもしろかった。地中から空気を取り込む仕組みになっている京都の家(聴竹居/藤井厚二)は「夏をいかに乗り切るか、少しでも涼しく暮らしたい」という意気込みを感じる。「夏を過ごすための家」と銘打たれたアアルトの家(ムーラッツァロの実験住宅)は「夏だけの家があるんどすか、夏だけの?そら結構なことですなぁ〜」とつい思ってしまうけれど、建てられた場所がフィンランドだと知ると話が変わってくる。フィンランドの短い夏を、唯一の過ごしやすい季節をどのように楽しむかは、人生をどう生きるかとほとんど同義だろう。アアルトはここでとんでもない数の煉瓦やタイルを試し、その積み方や使い方を模索したらしい。ちなみに展示されていたレンガとタイルはアアルト財団から貸してもらったもので、財団のスタッフが手荷物で日本へ運んできたのだそうだ。手荷物が一番安心して運べるもんね。こういう話を聞くために解説会に参加したので、聞けて嬉しい。
一番の収穫はミラー邸のテキスタイルなんかを手がけたアレクサンダー・ジラードを知ったことだと思う。むしろなぜ今まで私はジラードを知らずに生きてこられたのか疑問なくらい、初見で「めちゃくちゃ好きなやつやん」と思った。ポップでカラフルで、かわいくて、なおかつ家とのバランスも良い。ミラー邸はもうどう見ても「金持ちの家」というか、でっっっかいし、金かかってるのがありありと分かるけれど、ただ下品でなく、モダンで上質で、何より住みやすそうだな、という印象だった。オリジナルでこの家のためにこしらえたテキスタイルや家具など、インテリアによるものも大きいと感じた。親しみやすさを生んでるというか。ダン・カイリーによる造園も素晴らしく、建物をドンと作るだけで住宅が完成するわけではないことがよく分かる。ミラー邸は床面から1段下がったところにロの字型のソファスペースが設けられているのだけど、ここに置くたくさんのクッションに使われているテキスタイルや、ミラー家みんな(7人家族らしい)のイニシャルや趣味なんかをモチーフにしたカーペットなんかがあまりにもかわいくて、にっこにこになってしまった。良い仕事を見るとにっこにこになってしまう。
菊竹清訓のスカイハウスはスケッチがかなり初期段階から残されており、本人が思いついたのをメモしておく程度のものから、徐々に解像度を高めていく過程が順番に見られたのもおもしろかった。最初期のスケッチはレシートの裏に描かれており、胸がぎゅっとなる。レシートの、裏。なんだろうな、私はものを作る人が見せる生活の片鱗みたいなものがとても、愛おしいと感じる。
大満足で移動し、十三で友人とごはん。「今日あたしが払うから、全部!」とのことで、1軒目のホルモンから喜八洲のみたらしだんご、2軒目の居酒屋も全部おごってもらった。「誕生日やからな!これがプレゼントってことで!」と言われ、ありがとうごちそうさま、と言ったが、よく考えたら全然誕生日じゃない。私の誕生日はまだ1ヶ月以上も先である。が、友人は私に誕生日プレゼントを渡せないこと(何を渡せば喜ぶかわからないこと)が心苦しいという話をいつもしてくれるので、ありがとうごちそうさま、で合っているようにも思う。「何を渡せば喜ぶかわからない」というのはよく言われるし、慣れている。でもそれは私のせいだから、とも思う。誕生日を覚えてくれていることだって当たり前ではなく嬉しいし、本当に何も要らないのだけど、それが寂しいらしい。寂しく思うようなことは何もないのにね、でも友人を寂しくさせるのは全く本意ではなく、夕飯をご馳走してくれるのだって嬉しいのだから、これで良いのだと思う。友人は過去に見たことないぐらい盛大に酔っ払い、駅で別れるのは不安なほどだったので、家まで送って行った。最近のマンションてそんな鍵なの???などと言いながら「まだ飲みたい」「帰らんといて」「掃除して行って(???)」とぐずる友人をどうにかなだめ帰宅した。あんなに酔ってる人、久しぶりに見たな。おもしろかった。
손으로
2025年11月12日 (水) 19:05
母と、母の友人(と言っても彼女は私の幼馴染のお母さんなので、叔母みたいな存在)を連れて、ソウル旅行に行ってきた。私はこの2年で6回目のソウルになるので、さすがにだいぶ土地勘がついてきたと思う。もう電車に乗るのを間違ったり、バスに乗るのを躊躇ったりはしなくなった。道はめちゃくちゃ間違うけど……
今回は文字通り「連れて」行ったので、飛行機や宿の手配、大まかな旅程のプランニングに食事の提案など、とにかく何もかも全部私がやる。普通に疲れる。これを「善意のみ」で賄えるほど私は出来た人間ではないが、さすがにお金をもらえるほどのクオリティではないし、そもそも母とその友人から金などもらいたくない。なので「面倒なことを任せてごめんね、助かります」くらいのことを言ってもらえたら報われるなぁぐらいの感じ。私はこういう役回りになりやすい。
幸いふたりとも「おいしい」となんでもよく食べ、「たのしい」「来てよかった」と4日間ご機嫌に過ごしてくれたので、とても良い旅行になった。先週末より寒くなく、風もなかったので暖かく過ごせた。
オンマ連れのせいか、私がひとりでいるときよりもっと、みんなが優しくしてくれた気がする。エスカレーターもエレベーターもないところでロッテマートへ行く道を探していたら、マンションの警備員さんが来てエレベーターまで連れて行って、わざわざ自分のスマホの翻訳アプリを立ち上げて道案内をしてくれた。市場では行きたい胡麻油屋さんにたどり着けず、八百屋のおばちゃんに聞いたら、わざわざ先導してお店まで連れて行ってくれた。私たちはその八百屋で買い物もしていないのに……たくさんの親切をうけたので、いつもよりもっとたくさん「ありがとうございます」を言った旅行だったなと思う。みんな「当たり前のことだが……」みたいな顔をしていたけど、そんなに当たり前じゃないよ。やさしいね。
ずっと前から行きたくて、でも母を連れて行こうと思って我慢していた踏十里古美術商店街も楽しかった。思ったよりかなりフレンドリーで、気軽な雰囲気だったと思う。触らないで、と一度も言われなかったし、写真も断られなかった。みんな「入っておいで」「見てって」と声をかけてくれて、進んで説明をしてくれる。思ったより値段も高くない。日本語ができる方も多くてすごかった。年配の方が多いせいか、私が知ってる用語なんかを韓国語で話すと「아이고 잘하네!(あらまぁすごいねぇ!)」と褒めてくれて、5歳みたいな気持ちになった。36歳にもなって「よく知ってるねぇ、えらいねぇ、お勉強したのねぇ」と褒められることがあるなんて、うれしいけど不思議だ。年齢って相対値だなと実感する。
陶磁器の壺を扱っているお店のおじちゃんは「年始に奥さんと日本へ旅行に行こうと思ってるけど、ホテルも高いんだよ」と言ってNAVERの画面を見せてくれた。私は半ば本気で「じゃあうちに泊まってください」と言ったけど、ほんとにお店の予約とかサポートが必要だったら連絡してほしいなと思うほど親切にしてくださった。「日本の焼き物を勉強したいんです」とのこと。いくつになっても勉強したいと思えることがあるって素敵だと思う。こんなふうに年を取りたい。楽しい旅行になるといいな。小ぶりのタルハンアリ(満月壺、韓国の伝統的な形)を買った。めちゃくちゃ気に入っている。
どの店にも手に取りやすい基本アイテムとして真鍮のスッカラ(スプーン)が置いてあるのもよかった。手作りなので同じものがないし、風合いとか、重さとか長さとか、自分に合うものを選ぶ楽しさがある。どの店でも「スッカラは7000ウォンだよ」と言っていたし、金額的にも良心的だと思う。
気軽なひとり旅ばかりしているけど、3人旅だとごはんの選択肢が増える。2~3品注文しても食べ切れるし、家だって良いところを安く借りられる。
どうやらキムジャン(キムチを漬ける行事)のシーズンが近いらしく、白菜の大量予約を受け付ける案内が出ていたり、キムジャン用品(大きい盥とか保存容器、ゴム手袋など)が売り場コーナーになっていたりしておもしろかった。親戚が集まったときに食べられるようにだと思うけど、大容量の果物やお菓子なんかもたくさん売っている。ものすごく粒が大きくて立派なシャインマスカットが2房で7980ウォンだったので、もちろん購入。4日間かけてみんなで食べた。1房440円ぐらいの計算になる。ほとんどタダみたいな値段じゃない?甘くてめちゃくちゃおいしかった。買って帰れるならそうしたいな、ぶどうって検疫通せばいいんか?調べとこ。
前から行きたかったモクサル(豚肩ロース肉を焼いて食べるやつ)屋さんにも行けてよかった(すごい並んだが)。お肉がやわらかくておいしいのはもちろんのこと(めちゃくちゃ手際よく、上手に焼いてくださる)、おかずもおいしかった。何か分からんが香味野菜の醤油漬けっぽいものがあって「これなんですか?」と聞いたところ「ミョンイナムル」とのこと。行者ニンニクだそうです。韓国でごはん屋さんの店員さんに「これなんですか?」と聞くとパッと単語だけ教えてくれることが多いけど、そのあと「おいしいです」と言うと、みんな照れたように笑って「ありがとうございます」と言ってくれることが多くて、あれすごくかわいい。「おいしいです」って積極的に言ったほうが良いんだな。
こないだもカルグクスのお店で「キムチおかわりするか?」と聞かれたので「ください、めっちゃおいしいです」と言ったら、腕が刺青だらけの強面無表情のお兄さんが「ありがとうございます」と照れくさそうににっこりしてくれてかわいかった。
まぁ私もグラタンとかコロッケとか手のかかるメインの料理だけじゃなくて、小松菜の胡麻和えとかを「これ何?おいしいわ」とか言われたらにっこりしちゃうかもな。「いやそんな大したもんちゃうねん、よくある副菜やで」とは思うけど、でもそういう素朴でベーシックな料理を褒められるのが一番うれしかったりするし。ミョンイナムルは缶詰が売ってると思うので、今度お肉焼くときに買ってみるつもり。
3日目にどうにかなるかなと思ってオンマたちを景福宮に放牧したところ、自分たちで地図を見て雑貨屋さんに寄ったり、先に家に帰って休憩したりしていたので「えらかったねぇ、すごいねぇ」と褒めた。その間私は、大好きな国立現代美術館へ行くことが出来た。韓国現代美術のスター大集結!みたいなうっとりする常設展に、今年の作家賞展も観て、김창열(キム・チャンヨル)展はかなりの駆け足だったけど、一応全部見て回ることが出来た。国立現代美術館は本当に大充実の展示内容を、惜しみなくたっぷり見せてくれるので毎回最高。毎回知らん韓国人作家を知ることが出来るし……
今回初めて気づいたけど、平日に行けば果川館と徳寿宮館に連れて行ってくれる無料シャトルバスがあるらしい。信じられん、もっとチケット代を払わせてくれ。果川に一度行ってみたかったし、そのバスで果川まで行って、何泊か泊まってみるのも良いかも。
さて、踏十里に行って実物をたくさん見たらどんどんソバンが欲しくなってきた。置く場所を考えて家を片付けようと思う。4~5万で買えそうだし、そんなにでかいのじゃなければ手荷物で持って帰れるはず。私の家には合わないと思っていたけど、組み合わせる雑貨次第な気がする。ソバン欲しい。
ソウルコン知見リスト
2025年11月6日 (木) 21:55
はじめに
初めての本国コンに行ってきました。色々調べて、教えてもらって、どうにか無事に行って帰ってこられたので、記憶のあるうちに知見をまとめなければ、と思い記事にします。
特に近い会場や近い時期にコンサートがあったセブチのファン・カラットさんたちや、スキズのファン・ステイさんたちのレビューがかなり助けになったので……私の経験もいつかの誰かの役に立つといいな。
ま、私のブログはそんなSEO強くないけども……何か思い出したら都度追記します。
- #RUN SEOKJIN EP.TOUR ENCORE の2日目に参加
- 仁川文鶴競技場
- F12エリアで見ました、座席図は下記のとおり

チケッティング
- ごめんこれは何回もチケッティングに参加して成功してきてるツワモノたちのブログを見てください
- 私は主にこちらのブログを熟読した、ありがとうございます
- いっこだけ、今回「あれミスった」と思ってることがあるので書いておく
- 事前にinterparkでファンクラブ認証をしておいてからチケッティング当日、て流れになるけど「ファンクラブ認証完了してますよ」の画面で待ってれば「チケット購入」ボタンが自動的に表れるので、それを押せばOK、つまり、ここで画面をリロードしなくて良いです
- 私はリロードせなボタンがオンにならんと思い込んでて、ここで2秒半ぐらい無駄にした
- 2秒半てwwwと思うかもしれんが、2秒半はでかいよ、50m走やと思ってほしい、50m走で2秒半も出遅れたら致命的やろ
- 今回座席選択画面で403エラーが頻出しており、みんな大苦戦してたっぽいけど私は一回も出ず……なんのアドバイスもなくてすみません
- 席を掴んでから支払いまでとにかくスピード勝負なので、クレジット番号・有効期限・CVC・電話番号(これは日本の携帯番号でいけた)をコピペできるようのメモを用意しました、これはやっといてよかった
- LINE IDを入れたけど、これは任意項目だったようなので入れんでよかったみたい
会場:仁川文鶴競技場
- 인천문학경기장(インチョンムナクキョンギジャン と読む)
- 駅から結構歩く(10分ちょいぐらい)
- グッズ売り場や本人確認ブースは競技場よりもさらに遠くて、坂の上でした
- トイレは競技場前と横に仮設を入れてくれてたので、そんなに不自由しなかった
- ただし終演後は仮設トイレは使えなくなってたので、競技場を出る前に行っといたほうが良さそう
- 駅のトイレも列がすごいことなってた
- 競技場はもっと途方もない大きさをイメージしてたけど、そうでもない、もちろん小さくはないけど、どちらかというとアットホームなサイズ感
- スタンド席は結構狭くて階段の角度も急だったようなので、荷物は少な目が良いかも
- フロア席は椅子の下と足元に荷物が置けるけど、スーツケースとかは小さくても無理やと思う(そもそも持ち込み禁止なんかな)
- 競技場のまわりにコンビニとか売店があるので、もちろん並ぶけど、飲み物とかは困らなさそう
- 開演前にラーメンとか食べてる人もいた、あったかいもの食べるのも良いね
航空券
- チケッティングがどうなるか分からん段階でも先に航空券を押さえる、という考えの人もいると思うが、私はビビリなので出来なかった……
- とはいえチケッティングがうまくいっても渡韓できんかったらどうもならんもんなぁ
- キャンセル代が痛い金額でなければ、先に航空券を手配しても良いんかもしれんすね
- 私はチケッティング成功後、その日のうちに航空券とホテルを予約しました
- が、公演日が近づくにつれて「もし飛行機が遅延したらサウンドチェックに間に合わん」という恐怖で夜しか眠れなくなり、結局前日の夜に着くように便を取り直しました……
- 元は11時55分仁川空港着の便でした(13時50分に入場開始・15時10分にサウチェ開始)
- 私の計算によると「10~15分程度の遅延ならどうにかなるが、1時間レベルで遅延すると終わる」
- 公演によっては開演時間になると本人確認を締め切ってしまうので、到着してても入場ができない、ということもある様子(想像しただけでつらい)
- 空港からタクシーを飛ばせば挽回できるのでは、とも思ったけど、道路事情によってタクシー移動はリスクがあるし
- イミグレだってどれぐらい混むか分からん、飛行機って時間読めんポイントが多すぎるね
- 時間だけは金で買えないので、余裕を持って会場入りしよう
宿泊
- agodaで探して富平(プピョン/부평)駅に宿泊
- ホテルはSTAY IN HOTEL https://naver.me/FW681Bo0
- ホテルというよりはモーテル、建物の外観というか駐車場の雰囲気とかがややラブホ寄り
- 受付の方が日本語出来る方だったので超助かった
- 飛行機を前日の便にして1泊増えたせいで一旦チェックアウトしたけど、コンサートに行ってる間も荷物はフロントで預かってくださったので、特に不自由なかった
- 部屋は十分な広さ、パソコンとでかい壁掛けテレビがあった
- 1泊目は部屋がタバコくさすぎて鼻がどうかしたんかと思うほどやったけど、2泊目は一切なかった ※いったんチェックアウトはしたけど全く同じ部屋やのに……何があったんや
- 電気毛布が入れてあってめちゃくちゃあったかかった、いや暑くて目が覚めた
- 延長コードのスイッチを入れて寝たんやけど(iPhoneの充電器を使うから)電気毛布もこれで付いたっぽい、消し方結局分からずにプラグ抜いてまた寝た
- 寒がりの人も安心のぬくぬく電気毛布やと思う、電圧が高いせいか?(???)
- 一方、友人の部屋は電気毛布もなく、エアコンも付かず、シャワーもお湯がほぼ出なかったらしい、隣の部屋やのに……代わってあげたかった(私は結構暑がり)
- 正直この価格帯のホテルはギャンブルと思う(2日で約14000円……)
- ホテルはいっぱいレビューを読んで決めてください
- 写真は大概実情よりも良い感じに撮ってあるから参考程度で良いと思う、チェックすべきはレビュー
- 私は韓国でソウル以外に行ったことがないので、富平は結構「地方都市」っぽさというか、ちょっと緊張感があった
- 言葉を選ばずに言うと「治安悪い」感じ
- 道がゴミだらけやし、金曜の夜の雰囲気とかも結構怖かった、車の中から声かけられた(聞き取れず)とき怖すぎてオリーブヤングに駆け込んだ
- オリーブヤングは街中にいっぱいあって23時までやっててありがたいね……
- ひとり行動が多くなりそうな人は絶対にホテル代をケチらず、大通りのホテルを取ってください
- 飲食店とか、お店の人たちは親切で感じが良いし、昼間は人も多くなくて良かった
- 競技場までは前後の徒歩も含めると40分くらい、電車乗ってる時間は15分ほど
天候
- 冬の韓国が初めてでビビりたおし、服装には迷いましたが、今年の3月に同じ会場で公演したセブチのファン・カラットさんと、先月10月に同じく仁川にあるアジアード競技場で公演したスキズのファン・ステイさんのレビューを参考にさせてもらいました
- わざわざ「ジンさんのアンコンに行かれる方へ」とツイートしてくれている方もいて、感動した……優しい、圧倒的優しさ……
- 結局当日の気温は最高気温が16℃、最低気温が10℃、と予想よりは高かった
- 日が出ている間は寒くなく、むしろ歩いてるとちょっと暑いね、ぐらい
- 私の服装はインナーにヒートテック・カシミヤセーター(やや薄手)・ユニクロのパフテックコンパクトジャケット・コート(日本では真冬にはあんま着ない、ぐらいの薄さ)・ジーパン・分厚い靴下・スニーカー・バラクラバ
- ぶ厚いダウンを1枚着る、というよりは細かく脱ぎ着できるほうが良さそうというレビューを読んで、薄めのコート+パフテックジャケットにしたけど、かなり良かった
- バラクラバは首と耳の寒さ対策を同時にできると思って……これもかなり良かった、帽子とマフラーをひとつで済ませられるの便利、かわいいし(無印のやつ買った)
- カイロはコートのポケットに左右いっこずつ入れて、腰にもひとつ貼りました、私はこれで十分あったかかった、手が冷えやすい人は手袋あったほうが良いと思う
- カイロも暑ければ剥がせばいいので、温度調節しやすくていいね
- 靴は言わずもがな、歩きやすい靴
- 海が近いせいか、地面から冷えてる感じ(床冷え)があるので足元は温かくした方がいい
- 寒がりの人は靴の中に仕込むカイロもあると良さそう
持ちもの
- 日本国内のコンサートと基本変わらんと思うけど一応記録するか
- 雨が降ったせいで地面が濡れてて、友だちがビニール袋をくれたので荷物を置けたのが助かった
- そんなかさばるようなもんでもないし、自分の鞄が入るサイズのビニール袋は持って行ったほうが良い
- ボンタンアメは信頼できる
- 入場後は制限されてんのかと思うほどLTE回線が遅くてなかなか繋がらず……5Gは使えへんesimやったので、ちょっとだけ不便でした
- 配信とかできんように制限されてんのかもしれんな……LINEとかは少し待てば送受信できるけど、写真とか送ろうとするとタイムアウトする感じ
- 本人確認のブースとか、競技場の外では普通に使えたし、遅いと感じることもなかったです
- 今回はサウンドチェック後の一時退場がOKなこともあって、そんなに長時間競技場内におらんかってんけど、そうでなければ結構不便かもしれん
- 5Gが使えるesimもあると思うので、選べるならそっちにしたほうが良さそう
Wide awake
8月のアムステルダム公演が最後、となっていた弊推しことジンくんの、アンコール公演 #RUN SEOKJIN EP.TOUR ENCORE に行ってきた。本国での2公演が発表されたのは10月2日、公演日まで既に1ヶ月を切っている状態だった。私は怒涛のチケッティングによってどうにか手に入れたチケットを握りしめ(比喩)、どんな状況になってもいいように20リットルのバックパックにすべての荷物を詰め込んで渡韓した。
過去最高額の航空券だったのだが、着陸がものすごくソフトで、左右同時に着いた、という感じ。大袈裟でなく、降りたのか分からないぐらいだった。天候的な理由なのか、機長の腕なのかは分からないが、毎回これで降りてほしい、と思った。「高いだけあるなぁ」と思ったけど、冷静に考えると全く関係ない。
初日の公演にも会場入りしている友人を待ち、キョチョンチキンで乾杯。気の利く優しい店員さんが店内のモニターをBTSのMV祭りにしてくれて嬉しかった。キリがないので全然帰れない。しかし、閉店間際で疲れてるでしょうに、人の推しを思いやれるってすごくないか……ありがとうありがとう。
当日、友人が「明日は絶対にグッズを買う、出来る限り早く行って並ぶ」と前日に宣言したとおり、朝7時にホテルを出かけていった。1時まで飲んでたのに、タフすぎる。私は6時ごろには起きていたのに(緊張であまりよく寝られない、私は出演するわけでもないくせにめちゃくちゃ緊張している)、まだ迷っていた。グッズって、ほしいと言えばほしいけど、そこまで熱意があるかと問われると、私は結構薄いような気がする。
が、おつかいも頼まれていたし、二度寝もできそうにない。何かやることがあるわけでもないのだし、エイヤッと着替えて私も出発。2時間近く並んでグッズを購入。「私2時間も並んでTシャツ買ってる」と思うとジワジワ楽しい。やったことないこと、まだ全然いっぱいある。
2時間同じように並んでいたまわりの人たちは早々に訪れたロンT品切れに超絶ガッカリしており、かける言葉もないよ……という感じだった。仕方ないけど、でも悔しいよな。早起きして並んだのにな。「きっと通販がありますよ、後日」と言ったらみんな「そうかな」「たしかにそうよ」「通販してくれるよ」「きっとあるわ」みたいな感じになっててかわいかった。通販あってくれ頼む。
本人確認は事前に顔認証をしてあるので身分証も要らず、チケットの提示すら必要なかった。まじで「顔しか要らん」という状態。スタッフさんが紙製のリストバンドを巻いてくれる。信じられないほど丁寧にシール部分をくっつけてくださって(多分はみ出ないように)、びっくりした。そ、そんな恭しい感じでリストバンドを付けていただいたことないねんけど……さらに、本国コンの憧れアイテム、首からぶら下げるパスと、カイロもいただいた。カイロは屋外公演で寒いから、ということだと思うけど3つももらった。ロゴ入りの袋でかわいい。優しいプレゼントで良いね。
本人確認後はファンクラブ会員用のフォトカードがもらえるのでそれを受け取りに行く。こっちは身分証とファンクラブ会員証も提示する必要がある。こっちも顔にしてほしい。自分の顔を見せたらジンくんの顔の写真が入った紙がもらえる、っていうの良いと思うねんけど。あのシステムは結構お金かかるんやろうか。
フォトカードは最近無印のファイルを買って整理することに決めたので、もらえると嬉しい。私は整理整頓さえできれば物が増えるのは嫌ではないタイプっぽい。
現地でやるべきことがすべて完了したので一旦ホテルに帰って少しでも荷物を減らすことにした。移動時間はちょっと面倒だけども、これは友人の英断だったな、と思う。荷物って軽いに越したことないね。
ホテル戻りついでに何か食べよう、ということになったが、パンぐらいしか食べられそうな気がせず、ふたつ買ったのにいっこ食べるのも苦労するほどで参った。おなかは空いていると自覚があるのに、ぜんぜん食が進まない。なにせ緊張してるから……私は出演しないのによ……友人は「恋煩いだね」と言っていた。そうか、これが恋煩いなのか。これが噂の。胸がいっぱいでごはんが喉を通らない、てやつか。これが。
私のジンくんへの感情は「信仰」が近いと思っているのだけど、全世界のARMYの皆さんに聞いてみたい、推しへの感情に名前を付けるなら何ですか?私は「信仰」が最も近くて、でも「崇拝」ではないのがポイントかな、と思っている。ジンくんを見ていると、ただがんばろうと思えて、優しく善くありたいと思うし、顔を見るだけでなんでもできるような気持ちになるから……「お守り」みたいな感じというか。
友人はホテルでメッセージボードを作るというので別れ、私はサウンドチェック席なので、入場時間に合わせてまた競技場へ戻った。席は京セラのときほど良い席ではないけど、自分でこの席を買った、という思い入れのようなものがちゃんとあって、興味深い。座ってアミボム(ペンライト)に電池を入れたり、お水を飲んだりしてひと息ついたら、お隣の本国アミが無言でスッ…とシリアルバーをくれてかわいかった。しかもおいしそうなシリアルバーでうれしい。私こういうの好き、ザクザクしててドライフルーツとか入ってるやつ。私も早速用意してきたソンムルを渡した。本国のコンサート文化で、なんか個包装のおやつとか、自作のキーホルダーとかを周りの席の人にプレゼント(=ソンムル)するっていうのがある。kpopの文化でも指折りの「好きな文化」なので、参加できてめちゃくちゃうれしい。私はチロルチョコに自分で印刷した紙を巻いて「ソクジンチョコレート」にしたやつと、あとはマリオのグミとかピクミンの飴とかを詰め合わせたのを持って行った(推しの推しがマリオなので任天堂おやつにした)。いろんな国の言葉で「かわいい」を言ってもらえて感無量。かわいいよね、かわいいの作ったな〜と思っててん、自分で……うれしい、ありがとうありがとう。
右隣のアミは英語圏の方だったのだけど、なぜかずっと意思疎通ができて、おもしろかった。彼女はずっと英語で、私はずっと日本語で喋ったけど、お互いに一回も聞き直したりしなかった。
後ろの席や前の席のアミたちも、みんな雰囲気がよくて、連帯ってこれのことだな、と思った。言わなくてもみんなが何を考えているかわかる。私が考えていることも、みんなが分かってくれている。好きな人が同じ、というだけで仲良くなれるかどうかは別だ、と思って生きてきたけど、でもこの日まわりにいた10人ぐらいの人たちのことを、すごく好きだと思った。不思議なこともあるもんだ。
サウンドチェックに登場したジンくんは、初日サウンドチェックの革ジャンお兄さんオトナ味から一変、上下グレーのスウェットにロングのダウンでぽてぽてしており、ヒモ彼氏みたいで超絶かわいかった。資産家すぎてヒモなわけないのに(彼氏なわけもないが)。「寒くない?寒いよ、寒い」と言っていた。正直この時間は西日がすごくて待機中に半袖になる人もいるぐらい暑かったのだけど、ジンくんが寒いと言うなら寒いです。でもまぁ確かに日陰に入ったり日が暮れるとかなり寒い日だった。湿度のない寒さなので私は好きな気温だけど、ジンくんはそもそも寒がりなので……「みんなが寒いといけないのでカイロを配ってください」と言ったんだろうな、と想像する。自分がされたいことを人にするのが愛情表現のジンくん、良い。
3曲やって、最後は「このあと髪をセットするけど、アップにするのとおろすの、どっちが良い?」とアンケートを取ってくれた。「和食とイタリアンならどっちの気分?」と聞いてくれる彼氏みたいじゃないですか?(???)こういうときに「どっちも好き」とか言うのは野暮なので、私はアップ派で申し込みました。ジンくんのおでこと眉毛が好きなので……が、僅差でおろす派が多かった模様。いやどっちも好き。
サウンドチェック後は一度出ても良いことになっていたので、一旦退場。まわりのアミたちが「またあとでね~」といろんな言語で言ってくれてかわいかった。外のベンチでお昼に食べ残したドーナツを食べ、本を読み、通り雨に降られた。けっこうざばざば降ったので焦ったけど、屋根のあるベンチだったので助かった。
友人が到着したので合流。ホテルで作ってきたというかわいいメッセージボードに私も絵を描かせてもらってから、開演20分前に入場。さっきの雨で椅子がボタボタに濡れており、座るのを躊躇う。結構濡れてるやん、乾く間がなかったもんな、と思っていたら右隣のアミが「私そのまま座った!意外とイケるで!ゴーゴー!」みたいなことを言ってきて笑った。「イケへんてwww」と言いながらハンカチでざぶざぶ拭いた。ゴーゴー!やないねんww
公演は言わずもがな、最高だった。いろんな微調整と改善が見られ、アイデアが足され、パワーアップしていたと思う。ジンくんの言う「アミがしてほしいことが僕のしたいことです」は本当に嘘偽りない。リップサービスでも建前でもなく、本当に何を望まれているかをちゃんと聞いて、理解して、反映してくれていると思う。その上で「でもジンくんがほんとにやりたくないことはやらないだろう」と信じられるのもすごい。アイドルのプロ。
何よりひとりでツアーを回った経験を、ジンくんはちゃんと自分のものにしている、自信になってる、と感じられたのが嬉しかった。理想はいつでもそうだけど、やったらやっただけ自信になることなんて、実はそんなに多くない。「数」はそれなりに強いけど、所詮「数」でしかないときがあるから……だから経験数を自分の力にして持って帰れるのは当たり前じゃないと思う。
ジンくんは終始、なんか優しい顔をしていた。ジンくんてそもそもイケメンとかハンサムとかいう以前に顔が幸せというか、言語化が難しいけど、すごくやわらかい、幸せな顔をしている。顎とか全体的なフェイスライン、目尻はシュッとしているし、年齢や経歴を考えるともっと厳しい顔をしていてもおかしくないのに、意外に丸っこい印象の鼻先とか、ぽてっとした唇のせいか、ほっぺたがちゃんとあるせいか、ハッピーフェイスなのよな。それに加えてこの日は、ほんとに最終日だということや本国公演だという安心感なのか、クオズが来ているアットホーム感のせいか、ずっと優しい、寛いだ顔をしていたと思う。かわいかった。ま、いっつもかわいいんですけどね。
本国のアミは公演中ずっとスマホで動画を撮影するイメージがあったけど、そんなにステージに近い席ではなかったせいか、さほど多くなかった。それより歌ったり踊ったり名前を呼んだりリアクションをするのに忙しい、という感じ。撮影するのが悪いこととは思わないけど(だってファンが撮った映像ってめちゃくちゃおもしろいもん、公式には撮れない映像がいっぱいあるし、公演終わったあとにそれ見るの楽しいし)ただ私はみんなで一緒に歌ったり踊ったりするのが好きなので……久しぶりにこんなに大声で歌ったな、と思った。いっぱい跳んだし、気持ちよかった。
終盤、感極まって泣き出してしまった前の席のアミ(大分から来た、と言ってシールをくれた)をお隣のアミ(多分本国アミ)がなぐさめて、ぎゅっと肩を抱いていたのも印象的だった。双方の気持ちが痛いほどわかる。
私も『Awake』で冗談みたいに涙がぼろぼろ出た。泣くつもりはなかったのに。そうだった、感動すると涙って勝手に出るんだった。『Awake』で「多分僕は 空を飛ぶことはできない 多分僕は 空に触れることができない それでも手を伸ばしていたい 走ってみたい もう少し」と歌ったジンくんが、『오늘의 나에게(To Me, Today/今日の僕へ)』で「僕は飛ぶ 心導く所に 僕は飛ぶ 僕を飛ばす」と人生を進めているの、何回聞いても鮮やかに感動する。
これで本当に最後なんだな、と思っていたら『The Astronaut』で花道に寝転がったジンくんが花火を見ながら「あの顔」をしていて、超グッときてしまった。ジンくんがきれいなものを見ているときの、たぶん「この光景を覚えていたい」と思っているときの「あの顔」は本当に、なんともイノセントな表情で、見るたびに「今この瞬間をジンくんが幸せに記憶してほしい」と思うし、こういう時間がこれからも、何度も訪れるといいなと思う。そういえばジンくんが「あの顔」をしているときに自分が現場にいられたの、初めてだったかもしれない。嬉しい。
初日はホビとグクが、2日目はテテとジミンが来て一緒に歌ってくれて、バンタンのわちゃわちゃを見られたのも嬉しかった。テヒョンの声は本当に耳が心地いい。あったかくて大きい手を瞼の上にのせてもらってるときみたいな、ずっしりした気持ちよさ。声って温度があると思うけど、テヒョンの声は平熱より高い気がする。
ステージに上がる予定じゃなかった様子のすっぴん私服のジミンが一緒に歌ってくれたのも最高だった。ジミンはほんとに優しい子だね。嬉々としてジミンにお水をぶっかけるジンくんと、ただ笑って許すジミン、五臓六腑に染み渡るかわいさ……この光景が恋しかった、とガチ泣きするテヒョンの手をひいてステージに連れてくるジンくんと、おとなしく手をひかれてるテヒョンも、五臓六腑に染み渡るかわいさ…… ヒョン歌うからここで座って聞いていきな、と椅子を運んできてテヒョン用特等席を用意するジンくんも最高だった。ジンくんがこれまでやってきたことや、大事にしてきたこと、ジンくんがどうありたいかが、ぜんぶステージに乗ってるみたいな日だった。それを見に来たんだった、見られて良かった。来て良かったな。
公演後はまた友人と合流して、鴨肉を焼いたのを食べた。昼間に見つけてたお店で、私はデジカルビのお店だと思って入ったので(それは隣の店だった様子)「오리?오리ってなんや、あ、鴨か?」となったけど、すごくおいしくて結果オーライになった。鴨肉を石板の上で焼いてくれて、からしの効いたすこし酸味のあるタレにつけて食べるのだけど、めちゃくちゃおいしかった。お肉も柔らかいし、鴨って油がおいしいし、タレがまたおいしくて、あれまた食べたいな。付け合わせのニラとか、ムルキムチもおいしかったし、焼いたキムチもおいしかった。大満足。
翌日は晩の飛行機なので、弘大に行ったり梨泰院に行ったり、友人と遊んだ。時間ギリギリに入店できたカルグクスのお店が大当たりでおいしかったな。キムチもおいしかったし、スユクもすーごいおいしかった。前に聖水で食べたやつは貝出汁のカルグクスやったけど、ここのは牛骨出汁、まろやかで、しつこくない。お店の周りも雰囲気の良い、かわいい街で、今度このへんに泊まりたいなと思った。
友人は会うのは実質2回目というのに、ずっと昔から一緒にいたような親しみで、絶対また一緒に旅行したいなと思った。私が道案内をミスって全く逆方向に10分くらい歩いて電車にのる羽目になったときも、SMSが受け取れなくてロッカーを使うのに手間取ったときも、嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれた。ありがとう、また会いたいです。
19時の便で帰国、23時ごろ家について、たっぷり寝た。やっぱり自分のベッドは最高。翌日は荷ほどきをして洗濯をして、アミがくれたおやつを食べたり(ぜんぶおいしい、台湾アミがくれたグミチョコが特においしかった、これ買いたい)、お土産を整理したり、のんびりした。
買ってきたホドゥカジャがおいしい。牛乳が切れてるので近所の牛乳屋さんに買いに行って、コーヒー牛乳と一緒に食べた。やっぱり私、駅で売ってるゴロッとした素朴なホドゥカジャが好きだな。次もっといっぱい買ってこよ。冷凍しとけば好きな時食べられるし。注文したのは5個だけど、気の良いおばちゃんが「おまけね」とぽいぽい袋に追加してくれて、8個入ってた。気前が良い。
配信でコンサートを見た人のレビューを読み漁っていると、公演の最後、ジンくんは「僕は悔いがないぞ!おしまい!」と言ったのだそうだ(聞き取れなかった)。こんな最高の宣言があるかよ、と思い、リビングで大の字。悔いがないって。嬉しい。私も悔いがないぞ!ありがとうジンくん、好きな人がこんなに幸せにしてくれて、私は幸せ者だな。
この先どんなことがあるかなんて、誰にも何も分からないけど「ずっと走り続けます!」と言ってくれたジンくんのことが好きだし、ジンくんを好きになってよかったです。
さて、どんなに推しの余韻に浸っていたくても、引き続き起きたら仕事して飯を食い洗濯して風呂入って、これからも私の生活は続いていきます!タリョラー!ソクジーーーン!!!
おともの猿
2025年10月28日 (火) 20:23
岡山に行ってきた。姉が引っ越したので、泊まる当てがあるのがありがたい。
駅前で自転車を借り、市内で行われているトリエンナーレ(岡山芸術交流)の展示物を見て回った。危ないかなと思って駅前の大通りを避けて路地を走るようにしたのに、車がぜんぜんウィンカーを出さないので路地もめちゃくちゃ危なかった。目を見て頷いてもらっても困る、ウィンカーを出してください。その頷きは何、行けってこと?来るなってこと?なに?何もわからないのでウィンカーを出してください。
岡山芸術交流の観覧は無料なので、現地へ行って、欲しければマップをもらい、ただ見て回ればOKという感じ。順路もない。
小学校跡地の会場で、そこのプールに展示されていた島袋道浩さんという方の作品が良かった。展示物としてはウミガメと鯉がプールに入っているのと、ハリセンボンと鯉が水槽に入っているののふたつあって、つまり海水の生き物と淡水の生き物が同じ水槽にいる、という作品なのだ。初見はギョッとしてしまうけど、この水は「好適環境水」というものらしい。水は岡山の大学が開発したものらしく、真水にカリウムやナトリウムなど、要は塩分を加えて作り、この水なら海水魚と淡水魚が一緒に暮らせるのだそうだ。本来は別の場所にいて、一緒に泳ぐはずのなかったウミガメと鯉は、お互いを警戒したり、攻撃しあって排除したりする様子もなく、前からそうだったみたいに悠然としていた。環境を変えるという譲歩で(この場合は水を変えるという譲歩で)生き物が共存することはできる、という意思を感じた。環境とか、構造とかが問題であって、個の問題ではないのに、個の問題として扱われている物事について考える。答えは出ないけど、そんなすぐに出ないのが答えであるとも思う。
ちなみに好適環境水だと海水魚は成長が早く、病気のリスクも少ないらしい。つまり、海水魚にとって海水は、別に居心地の良い水ではない、ということだ。不思議ですね。「水が合う」という言葉もあるよな、と思いながら、この日はたくさん歩いた。そういえば「水が合う」って肌感のことなのか、飲用のことなのか、どっちなんだろう。両方かな。
岡山は、というか瀬戸内は現代アートに力を入れていて(意図的だと思うけど、どういう経緯かは知らん、あとで調べときます)前から行きたかったラビットホールというギャラリーにも行くことが出来た。個性的で素敵なギャラリーだった。何かのビルをリノベーションしたのであろう建物のデザインも良い。
2階にある「Circle on the floor」という作品がおもしろかった。その名のとおり床に描かれた円が作品なのだけど、紐で囲われたり、「ここに作品があります」と示されたりはしていないのでガンガン踏まれており、円の一部が消えかかっていた。これは、作者が「床に円を描く方法」の指示書のみをギャラリーに納品しており、描いたのは本人ではない、という作品だ。私も去年知ったことだけど、作者本人が「何も描かない」という作品は、世界中にたくさんある。私は「何を描くか」、「誰が描くか」、「何で描くか」というような物質的なところばかり囚われてきたし、囚われているという自覚も、意識もなく生きてきたので、こういう作品を見ると天地がぐるんとひっくり返るような気持ちになり、清々しいような感じがする。
去年行って気に入っているオリエント美術館にも行った。県立美術館も行きたかったけど時間切れ、また次回にする。
バスで移動して、仕事終わりの姉と夕飯。とんでもなく馬鹿でかい声で話す4人組の女性客がいて、笑うしかなかった。あんなにでかい声の人、久しぶりに見たと思う。野球場のホーム・一塁・二塁・三塁に分かれて座っているのかと思うぐらいでかい声だった。酔っているからとかじゃなくて、デフォルトであの声量なんだと思う。4人が4人とも馬鹿でか声なのはどういう理由なんだ。声がでかい奴としか友だちにならないようにしているとか?
翌日は宇野から船に乗って直島へ。自転車に乗りたかったけど雨だったので断念。くやしい。
今年の春に開館した直島新美術館へ行ってきた。
パナパン・ヨドマニーという方のインスタレーションがとても良かった。写真に収めきれないほどの大きさで、コンクリートの瓦礫で出来ているのに、とても敬虔な気持ちになる、不思議な作品だった。なんというか、海で遭難して、流れ着いた島みたいな感じがする。
ソ・ドホさんの作品もたっぷり見ることが出来てうれしかった。仁川空港に飾ってある作品を見ていたのだけど「あれ?同じ人の作品じゃない?」とすぐ気づいた。ここで展示されていたのはソ・ドホさんがこれまでに住んだことのある家の一部や部屋を、金属のフレームと薄い半透明の布で作ったものなのだけど、観客が中を歩けるようになっていて楽しかった。照明のスイッチや壁のコンセントなんかも細かく作られていてかわいい。家ってすごく個人的なものなので、ソ・ドホさんが暮らした家のことを私は何も知らないし、そこで起きた出来事だって知らないのに、なぜか懐かしさや愛着まで感じる作品だった。家にまつわる出来事って、普遍的だもんな。引っ越しの日に空っぽになった部屋を見たときのボーっとした気持ちとか、新しい家のよそよそしさとか、そういうのも万国共通なのかもしれない。あと「この家で死ぬかどうかはまだ誰にも分からない」みたいな感じとかも、たぶんみんな共有している。
蔡國強さんの「ヘッド・オン」も素晴らしかった。写真なんかではよく見かけていた作品だけど、実物の圧倒的な情報量たるや……!99体の狼が壁に向かって体当たりしていく、というインスタレーションなのだけど、展示室をまるごと埋め尽くすサイズ感なので、鑑賞するというよりは作品の中に自分も入る、と言う方が感覚としては近い。狼たちが向かっていくガラスの壁は、ベルリンの壁と同じ高さなのだそうだ。狼は一匹もビビったり日和ったりしておらず、壁にぶち当たった後もなお、果敢に列に加わろうとしている。力強い作品だった。100体目の狼として私も加わりたい、一緒にやるよ、という気持ちになる。
インスタレーションに限らず、「大きさ」にしか持ち得ない力というのがあるな、と最近思う。大きいということに意味や価値がある。あ、小ささにも力があるな。えっと、だからサイズが作品に与える力ってすごいな、と思う。当たり前のことを言っていたらすみません。
すべての展示室で、姉は私よりもずっと熱心に作品を見ている。本当に端から端まで見ているし、時間もたくさんかける。目でスキャンしているのかもしれない。姉が見る時間を待つ時間も、私にとってはとても興味深く、おもしろくて良かった。姉は「待たせてごめん」とか「先に行ってていいで」とか言わないのも良い。そういう発想自体がないのだと思う。
このラーメン屋に行きたいねん、と姉に地図を見せていると14時閉店で夜は営業していない店だったので大急ぎで移動し、煮干し出汁のラーメンを食べた。この日は13時半に臨時閉店だったらしく、かなりギリギリだった。すごくおいしくて大満足。良いラーメンに出会うと嬉しいね。いろんな種類のラーメンがあるときは、券売機の左上にあるやつを選ぶことにしている。私がラーメン屋だったら、いちばん食べてほしいラーメンを左上にすると思うので。
ANDO MUSEUMにも行った。外観は木造の民家、という感じなのに、中に入るとコンクリート造で地下がある、おもしろい建築だった。大阪市中央公会堂の内部にたまご型のホールを作るというアイデアがあったことを知って、ワクワクした。実現しなかったみたいだけど。実現してたらどんなに良いだろう。
しかし、安藤忠雄建築を見ているといつも、これを思いつく人はもちろんすごいけど、これを作れる人たちだってめちゃくちゃすごい、と思う。
ラーメンとその前のカフェおやつでおなかがみちみちなのに、行きたかったおやつやさんでチャイとバナナケーキを買って食べた。ご近所に住んでいるらしきお姉さんが「ここのおやつおいしいんよ」と嬉しそうに言っていてかわいかった。近所においしいお店があるとなんか嬉しいよな、分かる。姉はスコーンとアイスコーヒー。姉は寒いのにアイスコーヒーばかり飲んでいる。16時の船で島を出た。次は豊島に行きたい。
岡山駅ではたっぷりおやつを買って帰った。岡山と言えばきびだんご。私はもちもちした食感の食べ物が大好きなので、当然きびだんごも大好き。廣榮堂さんの「むかし吉備団子」というのがおいしかった(賞味期限が短い)。
one more bag
2025年10月22日 (水) 21:45
ジンくんのアンコン(アンコールコンサート、の略だと思う、多分)のチケッティングに成功した。つまり、無事にチケットを買うことが出来た。今年は4月にも公演初日を目当てにチケッティングに参加したが、あのときは惨敗だった。あれと同じことをもう一度やるのか、と思うと胃が痛いが、やるしかない。今回は前回に比べると席数が多い会場だったせいか、ちゃんと空席を見つけて、買うことが出来た。手は震えたが、手順は覚えていたので、前回のがほどよく予習になったのかもしれない。
友人たちがよかったね、楽しんでおいでね、あったかくするんだよ、と口々に言ってくれるおかげで、ジワジワと実感がわいてきて毎日嬉しい。ほんとに取れてるのか、ほんとに買えたのか、と何回も「予約完了」の文字を確認しに行ってしまうし、モバイルチケットを表示してしまう。大丈夫、ほんとに取れてる。アンコンに行ける。う、うれしい……もう一回見たいと思ってたの。ありがとうジンくん。
現地で乾杯しようね、と言ってくれた友人が4階席しか取れなかったとすこし残念そうなのが唯一つらい。自分のチケットを自分で取るしかない仕組みなので私にできることが無いのは分かっているけど……一般発売が始まっているのでより良い席を求めて取り直すことはできるけど、そうすると今買えているチケットを一旦キャンセルする必要があり、かなり厳しい。もう一回買える確証はないのに「まず買えたチケットをキャンセルする」って、こんな大博打がうてる人っておるんかな。私なら無理、そんな勇気ない。
こんなふうに座席数に限りがあって行きたい人が全員行けるわけじゃない場って、いつもどこか切ないな……と思う一方、山のように出ている転売チケットを見て苦い気持ちになる。転売は本当に卑劣な行為です。
航空券がバカみたいに高かったけど、気にしないことにした。気にしたって値段が下がるわけじゃないしな!!!「この金額なら2往復できるやん」とか言ってもどうにもならない。帰りの航空券は比較的安く買えたし、ホテルも申し分ない立地に許容範囲の値段で取れたし、上出来だと思おう。こういうことが起きても良いように貯金をしているのだし、私の貯金なのだから必要に応じて使って良いに決まっているし、そのために日々一生懸命働いている。……と、誰に対してなのか分からない言い訳を並べ立てているのは、もともと決めていた韓国旅行が、このアンコンの翌週だからです。つまり2週続けて韓国へ行きます。わはは。なにしろ急に決まったアンコンだったので……弊推しはその知名度やファンダムのデカさに反して「思いつき」や「勢い」で行動する(できる)タイプの人なので、「やっぱアンコンやりたい、会場押さえられたからやるわ、来月よろしくね!」みたいなことを言う。
事業とかなんでもそうだけど規模がデカくなるとあんまりノリとか勢いとかで何かを決定できなくなっていく。巻き込む人の人数が増えるからだ。本人は指先をツンと動かした程度の認識でも、実際にはビルを一棟破壊している、みたいな、巨大ロボットの操縦めいた感覚がある。が、ジンくんはそれができる。ジンくんのそういう精神的身軽さが好きだし、計算や打算のない性格がかっこいいなと思う。意識的にやっているのかどうかは分からないけど……よく「僕は何も考えていません」と言うので、ほんとうに何も考えていない可能性もあるな。なおかつお姫様みたいなところもあるので「僕もう一回コンサートやりたいな、なんとかできない?お願いね」みたいな感じで、周りの大人たちを走り回らせている可能性もある。ま、客としてはジンくんに振り回される生活は本望なので、現状維持でお願いしたいです。
というわけでアンコンに行ってきます。めちゃくちゃ寒いみたいなのでバラクラバを買います。
蕃紅花色のドア
2025年10月22日 (水) 20:49
最近、自分の原画が結構良いものに見えてきて、ファイリングしておくことにした。シルクスクリーン作品をつくるとき、私は絵を描くところから始める。まずA4のコピー用紙にシャーペンで下描きをして、それを0.3mmのコピックライナーでなぞり、シャーペン跡を消しゴムで消してからスキャンする。スキャン後はPhotoshopで二階調化、オブジェクトの配置や隙間なんかの調整をする。あとはIllustratorに移してパスデータにし、レイアウトやサイズなんかをさらに調整してから版下にしている。ので、手で描いた原画がある。iPadとかペンタブレットなんかを使えば、いきなりパスデータを描けるはずだけど、なんか気が進まない&環境を整えるのが面倒で……制作頻度からしても、ソフトやハードを買い揃えたりするほどではない。つまり、よほどのことがない限り制作手順はこのままだと思う。
原画は特に「これは原画である!」という意識がないので大切なものとは思えず、とりあえずクリアファイルに挟んで置いてはおく(再スキャンが必要になる可能性はあるので捨てはしない)、ぐらいの扱いだったが、最近はなんかこれらが「良いもの」に見えてきた。理由は単純で、数が溜まってきたせいだと思う。数が溜まってくると良いものに見える、というのは何かの法則性があるような気がする。オタク気質のせいかもしれないけど……
余っているA4ポケットファイルに描いた日付順に入れてみると、もっと良いもの感が増してうれしい。捨てずにとっておいてよかったと思う。
私が自分で描いたものにさほど価値を感じないのは「(自分で描いたものなら)もう一度描ける」という視点があるからだと思う。私は何度でもこれを描ける、なぜなら私が描いたから、なんなら次はもっと上手く描ける、という気持ちになってしまい、あまり「良いもの」として扱うことが出来ない。
が、最近は急に「何度でもこれを描ける」は嘘だな、という実感がフツフツと湧いてきている。確かに似たようなもの、同じ雰囲気のものなら描けるけど、それは全然別物だ。あと自分の望む方向かどうかは別として、上手くなっていく。こなれていくというか、続けていくと上手くなっていく。上手くなっていってしまう。これからもずっと似たようなものを描いていくのならなおさら、今描いたものは二度と描けないことを、自分で認めないといけないんじゃないのか、と最近は思っている。
壁面着陸
2025年10月21日 (火) 20:35
姉の会社が主催している、運動会に行ってきた。
私は運動会に良い記憶などない。運動会どころか、運動にまつわること、体を動かすことが楽しかった記憶が、ほとんどひとつもない。登山とスキーは好きだけど、だいぶ長いことやってないので、もうできないかもしれない。
体を動かすことの中で唯一積極的にやりたいと思えるほど好きなことは自転車に乗ることだけど、かろうじて乗れるようになっているのは幼馴染のおかげだ。スポーツができるようになりたくて、努力した経験も私にはない。
球技も全般的に苦手だし走るのも嫌いだし、ダンスなんてもってのほか、スケボーも怖くて乗ったことがない。大人になった今も、運動な……したほうが良いよな~……と思いつつ、やりたいと思えるスポーツはひとつもなく、会社から家までを歩くぐらいで精一杯だ。それも「歩きたい」というよりは「バスにのると通勤時間があまりにも短いのでラジオを聞く時間がない(歩けばラジオを聞く時間が確保できる)」というほうが近い。
小学生のころなんかは、例えば授業でやるバレーボールのチーム分けに「運動神経の良い子たち」がリーダーとして名乗り出て、自分のチームに入れたい子の名前を挙げていく、みたいな方法がよく採られていた。私の名前が呼ばれるのはいつでもほとんど最後のほうで、それも戦力になるとかならないとかの域を出た「〇〇ちゃんよりはのんちゃんのほうが仲良いから、まぁ2択ならのんちゃん」みたいな理由だった。あれを待つ時間のみじめさったらなかった。運動神経がよくないこと、戦力になれないことなんて自分でじゅうぶんわかっているのに、その上まだこんな気持ちにさせられる。子どもながら「ようこんなむごいことできるよなぁ」と思っていた。
甥っ子たちはそれぞれリレーに参加していた。ふたりとも結構速くて笑った。日頃から「俺結構足速いねんで」とふたりとも言っていたけど、あまり信じていなかったので……「ほんまに結構速いやん」と思った。失礼しました。
私が大人になったせいなのか、自分が走らなくて良いという気楽さによるものなのかは分からないけど、素人のリレーはおもしろかった。正直、世界陸上より、素人のママさんリレーだの、小学生リレーだの、4~5歳児リレーだののほうが遥かにおもしろい。「速さ」というのは相対的なものだからかな、と思った。速さは相対値だ。パパさんリレーでぶっちぎりに速くても、ノア・ライルズよりは遅い。ノア・ライルズだって、いつかのどこかの会場では誰かより遅く、いつでも同じ条件で走ったり他者と同時に比べ続けることはできないのだから、ノア・ライルズの速さだって絶対値ではないのだ。絶対的でないものに一生懸命取り組むのって、おもしろいことなんだな、と思った。子どものころには分からなかった。
遅かろうが速かろうが、何歳だろうが、人が一生懸命走っているのは見ていて気持ちの良いものだった。話し方や歌声や色の塗り方や葱の切り方や書く文字に「その人らしさ」が出るように、走り方にだって「その人らしさ」が出るのだな、という当たり前のことを知らなかった。「その人らしさ」は絶対値であり、緑組の12番より遅いとか、黄組の8番より速いとか、そういうものに左右されない「良さ」がある。
4~5歳児リレーは普通に周回遅れみたいなことが発生するし、大人のリレーは順調に勝ってたのにコーナーで転んだりバトンパスが上手くできなかったりして瞬く間に最下位まで転落したり、みんな一生懸命やっているからこそのどんでん返しが多くて、それも良かった。
運動コートの周りにはなぜかお絵描きコーナーが設けられており、競技に参加しない時間帯に参加することが出来るので、私は甥たちと3人で壁画に挑戦した。でかい絵を描く機会というのはそうそうあるもんではないので、誰よりも私がいちばん大喜びし、自由すぎる場にやや困惑する甥たちをよそにめちゃくちゃ楽しんだ。画材を用意したり、後片付けをする必要もなく、ゴミの心配もせずに描きっぱなしでOKだなんて、こんなうれしい機会は無い。普通に天国かと思った。こういう場があれば金払って通いたいぐらいやねんけど、ないんかな……っつーか卓球バーとかダーツバーとかボウリング場とかビリヤード場とか、お金払って素人がゆるくスポーツを出来る場はたくさんあるのにさ、なんで壁画バーはないの?音楽だってカラオケがあるし、生バンドの演奏で歌えるカラオケだってあるやん。なぜ大人が無責任にのびのびと絵を描く場がないの。ジーマだのスミノフだのを片手にでかい絵を描かせてくれよ。え、普通に流行りそうじゃないですか?
ちなみに子どもとでかい絵を描くのはこれで2回目なのだけど、なんとなくコツをつかんだので(私が)、次はもっとうまくやれると思う。
こうないえんいたい
2025年10月17日 (金) 21:20
なんかを調べていてたどり着くブログの、記事を読み終えたあとに、そのブログの最新の記事を読むのが好きだ。2006年に書かれた記事を読み、ほーんと思い、ふいに最新記事を見ると2011年だったりしてグッとくる。こちらは今、2025年です。「去年はあまりブログを書かなくてすみません。今年は継続したいです」などと書いてあるとさらにグッとくる。この人は少なくともこの日、この記事を投稿したときには「継続したい」と思っていたのに、そのあとひとつも書かなかったのか。何か理由があるのかな。でも多分ないよな。ただなんとなく書かなくなって、別にブログ自体を消したりもしなくて、多分、ただそれだけのことだ。ブログサービスを管理している会社がゴソッと消したりしない限り、こういうブログは後世に残っていくのだろうと思うと、インターネットってこういうかわいさがあって好きな、と思う。
1979年生まれ、と律儀にプロフィールを公開しているこの人は、今を生きていたら46歳だ。元気にしてるといいな。
私の住む街では、コンビニで働いている人たちのほとんどが外国人だ。もともと外国人の多い街だし、観光客というよりは住んでいる人が多い気がする。コンビニは商品数が多いし、チケット発券だの公共料金の支払いだの、揚げ物を作るとか、やることが多すぎるし、複雑だと思う。コンビニで働くの、大変だろうな。私なんか、コンビニで切手や収入印紙が買えることにも、未だにびっくりしてしまう。
スピッツのファンクラブ年会費を払いに行ったらベトナム人と思しき男性の店員さんが、ハガキの宛名面をピリリと切り離して私に差し出し、「まずこれを返す、個人情報です、気を付けて」と言った。確かにめちゃくちゃ個人情報だし、ハガキ自体にもその部分は自分で切り離せ、というようなことが書いてある。私が……横着なばっかりに……
そう教わってるんだとしても、こんな端的に、確実な案内が出来るものだろうか。「まず返す」「個人情報だから」「気を付けて」と段階を経て?それも母国語ではない言葉で?私がベトナムに行っても絶対にコンビニでは働けないだろうと思う。なんの仕事なら出来るか、想像もつかない。何の仕事にも就けないんじゃなかろうか。「ありがとうございます、すごいね、すごいです」と小声で言ったら、店員さんは「???」みたいな顔をしていた。そっか、そうやんな、でもすごいよ。
予告なく友人から手紙が来ていて嬉しかった。人にもらって嬉しいもの、それは直筆のお手紙です。人が書いた文字を見ること自体、機会が減っていると思う。人が書いた文字って良いよ、あんなにかわいらしいものはないよ。
カセットテープで『ハチミツ』を聞こうとしたら、ヘッドホンがいつのまにか壊れていて聞けなかった。断線してるっぽい。ヘッドホンを買いなおすか、と思うけど、そんなに使わないしなぁ。しかも有線のヘッドホン、そんなに使うタイミングないよ。これって線だけ買ってスピーカーにつなげば聞ける???
私はITっぽいことを生業にしているせいで大いに誤解されやすいのだが、めちゃくちゃハードウェア系に弱い。「線」とか言うてる時点で伝わってると思うけども。言うまでもないけどソフトウェアも全然弱い。なんにも分からない。
所信
2025年10月14日 (火) 21:26
万博に行ったとき、コモンズ館でパレスチナにはヘブロン陶器というのがあることを知った。模様や色づかいがトルコの陶器と似ているな、と思ったが、元を辿ればどちらもオスマン帝国の領土だったから、ということみたいだ。きっと生活に根差したものだから、国が終わって、別の国になっても、ずっと続いてきた民芸品なんだろう。私は陶器とか磁器とか刺繍とか織物とか、そういう民芸が好きだ。生活が好きだからだ。寝起きして、食事をして、働いて、趣味の時間を過ごしたり、おしゃべりしたり、甘いもの食べたり、着た服を洗って干してたたんで、そういう日々の、ささやかに繰り返すものが好きだ。でも、パレスチナの、ガザの人たちに、果たしてそんな穏やかな日々があるのか。ささやかに繰り返す時間が、あるのかよ。
寄付は何度かしているが、毎回「これは私の平穏な暮らしのための寄付ではないか」と苦しかった。自分の不甲斐なさや、意気地のなさに「でも寄付金を送った」と蓋をしているだけだ。「少なくとも、しないよりは良いはず」と。
他にできることはないか、まだやっていないことはないのか、とヘブロン陶器の模様を描きながら考えた。「表明」じゃないか、と思う。表明ってつまり、私は暴力や虐殺や争いをやめてほしい、差別や分断のない平和な世界を望んでいる、そのために自分ができることをしたい、ということを、言葉にすることだ。一度もしていないんじゃないか、と思い至った。
なぜ「一度もしていないのか」を考えると、答えは簡単だった、当たり前のことだと思っていたのだ。「みんなそう思ってるでしょ」と。誰も戦争なんかしたくないし、誰にもしてほしくないし、家族や友人と同じように、どの国の人も死んでほしくなんかないし、どんな争いもすぐにやめるべきだと、みんなもそう思ってるはずだ、こんなのは言うまでもないことだ、と思っていた。
でも、現実はどうだろう。こんなことに気が付きたくはなかったけど、戦争をしたほうが嬉しい人がいるんだな、と思った。いや、本当は気が付いていたのに、認めたくなかっただけかも……情けない話だけど……でも戦争がずっと起きていたほうが儲かる人や、人が死ぬのを、民間人が、子どもたちが殺されるのを、喜ぶ人がいる。しかも少なくない数の人が。だから「私はちがいます」と表明しないと、そっち側にカウントされちゃう、と思った。反対してないってことは、止めに入らないってことは、その暴力に賛成して、認めているのとまったく同じことだ。……いや、知ってはいたけど、なんかもっと、お腹の底にずっしりと分かったのだと思う。
表明だ、表明するぞ、と思い、私が自分の言葉を出せる身近な場は、もう15年近くTwitterなので、文章を考えて投稿した。なぜか変な汗をかいた。そうか、何かを表明するのって、緊張するんだったな。
何人かの友人たちが「いいね」をしてくれて、ほんの少しほっとした。少なくともこの人たちは、同じ気持ちのはずだ。いや、100%まるっきり同じなんてことはないにしても、でも「賛同するよ」という意味のはずだ。
別にこれで何かが変わったりはしない、そんなことはもう知ってるし、そんなことに絶望できるほど若くもないのだ。私は絶望を何かのクリエイティブに昇華させるタイプでもないし……大事なのは何かが変わったりはしなくても、何かを変えようとはすることだと思う。何かが変わるには結構時間がかかる。インスタントに結果を求めず、出来ることが「小さい」とか「少ない」とか言ってめそめそしてないで、いつでもそのときできることを、続けてやるしかない。
ヘブロン陶器の模様はパレスチナ国旗の配色にして、シルクスクリーンでハンカチを作った。かわいいのが出来た。3色刷りは、というか多色刷りは色数が増えれば増えるほどミスする確率が上がるので難しいのだけど、なかなか上手く刷れたと思う。
売上の30%は日本国際ボランティアセンター(JVC)を通じて、パレスチナ・ガザの支援に寄付する。
オンラインショップで購入できますので良かったら。でも買ってほしいというよりは、もしこれを読んだら、あなたはあなたの考えていることを表明して、自分にできることをしてくれたら、と思う。
https://tanakanozomi.stores.jp/items/68ec67b8ea3b83416e24cf7d
https://minne.com/items/44089103
※minneでも買えるんですが販売手数料が全然違うので、この商品に限らず販売価格を100円高く設定しています。すみません。
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