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waltz
2026年1月16日 (金) 20:52
バンタンのワルツスケジュールが公開され、一気に慌ただしくなった(精神的に)。思ったよりかなり過密スケジュールで、何よりも本人たちの体調とかが心配。怪我とか……毎週末別の都市で公演をやってる感じのスケジュールやねんもん……人間てこんなスケジュールで動いて大丈夫なんやっけ。不安なるわ。
あと発表されたスケジュールが(デザイン的に)見づらいなと思ったのでGoogleカレンダーを作りました。会場が決まってるところはマップを連携するようにGeminiに生成してもらったから(間違ってるかもしれんけど)必要なARMYは使ってください。
Googleカレンダー:BTS WORLD TOUR 2026–2027
インポートして自分で編集もしたい人はicsファイルも作っておいたので、これも必要なARMYはダウンロードして使ってください。
BTS_WorldTour_2026-2027.ics
カレンダーにいれておくと自分が行く公演じゃなくても「ジンくん今日は移動日かなぁ~飛行機どのへん飛んでるかなぁ~タンパは時差14時間かぁ~」などと楽しめて好き。
日本は東京ドームが2公演のみ。とはいえ日本公演のチケットは抽選なので、申込さえ済ませてしまえばあとはやることがないので楽ではある。運と縁を信じて天啓を待つしかない。これってすごい日本っぽい感じするな……?「八百万の神々まかせ」みたいな感じするやん、日本っぽい。
未発表の公演として「2027 JAPAN,MIDDLE EAST & MORE」と書いてあるので、また来年日本には来てくれる、ということやと思う。ってか名指しで国名を書いてくれとるやん……気をつかわせてるんかな、すみません。来年って大阪もある?神戸はないと思うけど、大阪はある??誰かこそっと教えてくれそうなメンバーはおらんか。ジミンか。
あとまじでなんの根拠もない感覚的なことでしかないのでアレなんですけど、このワルツが終わったらグループとしては無期限活動休止、みたいなことにするんじゃないかと思っているので、こんなにもギチギチのスケジュールでワールドツアーをされると「やっぱりそうなんかな……」と思えて怖い。「行きましたよね!?」「60公演やりましたよね!!?」「満足ですよね!!?!」みたいな感じになってない?気のせい?こわい。
とはいえ2025年はメンバーのほとんどが活動したくてギリギリしてたと思うので、思う存分暴れまわってほしいな、とも思う。ナムジュン何回も「2025年まじつまらん、最悪の1年」みたいなこと言うてたもんなぁ。
まぁ私の2025年はジンくんがデロデロに甘やかしてくれたので幸福そのものでしたが!!!正直このワルツで全チケッティングに失敗し、全抽選に外れ倒してフーリガンになったとしても、2025年のジンくんがどんなに尽くしてくれたかを思い出せば、私は振り上げた火炎瓶をおろせると思うもん。ありがとうジンくん。思い出って保存食やったんやな。コヤンのライブプレイもまだ余裕で味するし、京セラも仁川もまだ昨日のことのように味する。
ヨーロッパか北米の公演に行ってみるのも良いかも、私ずっとメキシコに行きたいと思ってるし、と試算もしてみたけど、バカ円安バカすぎて詰んでいる。スタジアムのキャパが桁違いなので日本公演ほど狭き門ではないのでは、という希望は持てるけども、円安・時差・物価・治安、とか考えると徐々に顔がシワシワになり「やめとこかな……」モードになった。交通費とか宿泊費とかはもちろんのこと、治安って結構お金かかることを忘れがちやな、と思う。安全に移動したり、安全に眠ったり、安全に食事したりするのって実はお金が要る。日本におると治安に払うお金ってほとんどないから忘れてるけど……
ま、今回はアジア圏+国内公演に軸足を置いて動くことにする。何に価値を置いて何に金をかけるかを自分で決め、決めたら後はウジウジしないのが、ハッピーオタク生活の基本と思うので、私はそうする!!!
友人は「アメリカのどっか、チケッティングだけはしてみようかな」と言っていたので、もし成功したらホテル探しとか航空券探しとかは手伝うつもりでいる。うまくいくといいな~~~
私はバンコクとかシンガポールとかに、旅行がてら行けたらいいな、という気持ち。今年シンガポール行こうと思っててん。
なにより今アルバムのロゴマーク(?)だけがリリースされてて収録曲はおろか、アルバムタイトルすらも発表されてない状態なの、意味わからん過ぎるな。kpop界隈ではよくあることらしいが、私の人生においてよくないことなので、お金の使い道&使い方には慎重になりたいところ。うーん落ち着いて生きよう、一旦座ります。
ドア枠越し
2026年1月13日 (火) 21:01
週末、調子にのって久しぶりに夜更かしをしたので寝坊。目覚ましもかけなかったので、起きたら10時を回っていた。2時くらいまでドラマ『大恋愛』を一気見していたので……2018年のドラマだったらしい。私は当時は実家にいて、母とふたりで見ていた記憶がある。すごい好きなドラマだったので、配信を待っていたのだけど、いつのまにかUNEXTにあってうれしい。オープニング映像で白い服を着て砂を受け止めるムロツヨシはどうしても笑ってしまうのだが、ムロツヨシ自体はとってもハマリ役で好き。いや戸田恵梨香さんも含め、全員がめちゃくちゃハマリ役。
しかし全10話はほんとうに、余裕で一気見できてしまう。日本語のドラマってそんなに画面に張り付いてなくていいし、見やすくて嬉しいな。
この年明けの三連休、まじでありがたいな、と毎年思う。年末年始ってやること多すぎて何連休であってもほとんど休み感がないから……
やりたかったキッチンの掃除ができてうれしい。食材も整理できたし良かった。実家からもらってきたお餅をお雑煮にしてもりもり食べた。実家のお雑煮はお味噌味なのだが、自分で作るときはお吸い物系にするのが好き。いりこ出汁に韓国の出汁タブレットと魚醤とか混ぜて、甘みが欲しかったから台湾の醤油で適当に味付けしたらどこの国の何か分からん料理になっておいしかった。
こういうレシピとかが存在せず、再現性もなく、誰に何の説明も要らん料理が一番たのしい。味見しておいしければ完成で良いし、私がおいしいと思えば成功なのも良い。料理が楽しい・好き、と思うのってこういう時なので、私の料理は私のためにあるな、と思う。今年もおいしいもの作って食べよう。
『ヤンヤン 夏の想い出』を観た。エドワード・ヤンが好きすぎる。映像作品をつくったことはないが、もし私がつくったら、めちゃくちゃ影響を受けてしまう自信がある。画角とか露骨に真似してしまいそう……映像業界ってどのくらいまで「オマージュ」とか「影響」の範囲で許容されるんやろ。ま、そんな厳密に決まってないか……
世をずらせば真ん中
2026年1月8日 (木) 20:58
明けましたね。おめでとうございます。
本年もどうぞよろしくおねがいいたします。
なんか抱負を書いてたっけ、と思って自分のブログを読み返してみたけど、去年別になんも書いてなかった。一方Aboutページには「2025年の目標:ちゃんと売る」とある。「ちゃんと売る」か。「ちゃんと」が肝やったんでしょうね。ちゃんと売れたんか去年は。うーん。何をもって。でも去年はほんまに久しぶりに、なんの関係値もない人がポツポツ買ってくれたよな、と思う。友だちとか、友だちの友だちとか、お世話になってる人とかが買ってくれるのってもちろん嬉しくて、例えばほら「ちょうだいって言われたらあげるのに、買わんでもええのに」っていう関係性の人が、ちゃんとお金払って買ってくれるのって嬉しい。一方、私のことを何も知らん人が、どこでどうなってそうなったんか分からんけど(たぶんアルゴリズムに導かれて)私のつくったもんを見てくれて、お金払っても良いから欲しいと思ってくれるのってちょっと、嘘みたいやなと思う。そんなこと起きるんか。去年は「ひとつは自分ので、もうひとつは贈り物にしようと思って」と注文のときの備考欄に書いてくれた人がおって、嬉しかったな。あと「仕事で手ぬぐいを使うので集めている、かわいいのが買えてうれしい」という人も、嬉しかった。光栄。うーん「ちゃんと売れた」んちゃうか去年は。満点やな。
今年の抱負はもうちょっと考えます。今年どうしよっかな。何しようかな。そういうのも考えたくてニシーさんとしゃべりたかってんよな……
さて年末年始、我が家は家族で集まると花札をする。祖父が始めた。花札は3人ずつしか出来ないので、ごはんを食べたりお酒を飲んだりしながらも、合間で参加できるところが良い。まずは3人でやって、勝負がついたら1位の人が抜け、次の人が入る。また3人でやって1位の人が抜け、を繰り返し、総合点で最終的な順位を決める。
花札は技量なんかが必要ないところが良い。「上手い」とかが無い。ツキは要るけど、ツキほど不確かで、掴みどころがなく、自分の意思の及ばないものはないので、頑張ろうが横目で紅白見ながらやろうがかまぼこつつきながらやろうが、ツキには関係ない。勝つときは勝つし、負けるときは負ける。努力のしようもない、のが良い。
個人戦なのも良い。我が家はなんというか個人主義の家族なので、家風に合っているように思う。誰の味方をするとか、誰と誰がチームになるとかが無いから。
甥たちも去年か一昨年に花札デビューをしたが、今回は年末から練習のための事前試合をした。花札は難しくはないけど絵柄と点数だけは自力で覚えないと参加できない。さらに配り方と札の扱いも覚える必要がある。特に配り方を適当にやるとツキが変わるので注意が要る。
私は自分でも「子ども相手にどんだけ厳密にやんねん」と思いながらも、札を上から取ったり2枚取ったりする甥たちにヤイヤイ言い、見逃さずやり直しさせ、両親と弟も交えて10戦ぐらいやった。でも私もおじいちゃんにこんぐらい厳しくされてたで、私も当時は5歳とかやったけど「いま手前から配ったやろ、やり直しや、もっぺんくりなおし」とか言われてたもん。
連戦の甲斐あって、甥たちは自分で配ってひとりで参加できるようになった。「これとこれって一緒?」と絵札の確認をしたりしないし、「3枚持ち」の意味も分かるし「鬼」も使える。自分で足し算して札の計算もできるようになった。私は「この子が生まれたときを知ってるのに」と思って感慨深く、おもしろかった。この子が生まれた時を知っている。そんなに大昔じゃない。自分でごはんも食べられなかった頃を知っているのに、今もう花札できんねんこの子ら。「のんちゃん、場6の手7やんな」とか言うてる。ふはは。すご。
大晦日は叔母も加わり、みんなで延々やった。途中、紅白をつけてちょっと見てたら星野源さんが『創造』をニンテンドーミュージアムで歌っていらっしゃって、タイムリー感も良かった。歌詞にも花札が出てくる。
結局さいご誰が勝ったのか覚えてないが、父だったような気もする。勝敗が瞬間的なものなのも、花札の良いところのように思う。さぁ寝よ寝よ、と風呂に入ったら自分の点数など忘れている。甥1だけは「俺昨日プラス97やった、じいじ何点やった?マイナス116やんな?」と何度も言って回っていて超イヤな奴だったのもおもしろかった。自分の勝ち点だけじゃなくて人の負け点を覚えているのが笑える。こんな勝っても負けても何も思わないゲームの点数を一晩寝ても覚えている甥1、かわいい。記憶力の良さをほめるべきか。
でも今年は祖母が入院中で、一緒にできなかったのは残念だった。祖母はここ数年ほとんど耳は聞こえなくなっているが、花札はできる。
そういえば全く別件でYoutubeを見ていたら、韓国では花札がかなり浸透していて、コンビニなんかにも売ってる、という話が出ていてびっくりした。「花闘(화투)」と呼ばれているらしい。「韓国ドラマにもよく出てきますよね」と言っていたけど、出てくるか…?私が見てるやつには出てこんのやが……ルールはだいたい一緒やけど、絵柄がちょっと違ったりするっぽいので、今度行ったとき買ってきたいな。
私は花札をちょっとずつ集めていて、マリオバージョンのと、千と千尋の神隠しバージョンのを持っています。ポケモンのもあるっぽいな……ほしい。
橋のたもとに椅子があり
2025年12月23日 (火) 20:27
秋ごろからキュレーションに関する講座に参加している。興味だけがあり、素養がないので「なんにも分からないかもしれない」と思いながら、9月の講座に参加した。というか分かるはずがない、私は美術史も学んでいないし、そもそも大学を出ていない。人が前提として知っていることのほとんどを知らないのだから、その後やその次の話なんか分かるはずもない。とはいえ、キーワードを集めにいくことは出来るし、一般に公開されているものなんだから、分からないなら参加してはいけないってことはないだろう。たぶん、そのはずだ。
9月の講座は1~2割ぐらい理解できたな、という感じだった。おもしろかった。自分が何も知らない、ということを知るのは、いつだっておもしろい。
今回は2日間にわたっての講座だったので泊まりにした。「キーワードを集めにいく」どころか、調べたいことをたくさん得られたので、自分なりに咀嚼し、飲み込むところまでを終えたい。……春ぐらいまでに。
そういえば京都に泊まるの久しぶりだな、と思ったけど、アナログフィッシュがライブ活動をお休みしているせいだ。アナログフィッシュは年に1~2回ほど京都でワンマンをやってくれるので、それに合わせて行くことが多い。
土曜は18時くらいに講座が終わり、なんかぼーっとしながら(顔だけ熱い、脳疲労か?)ホテルへ。講座のお昼休憩中に話しかけてくださった方としばらく一緒にいたのだけど、もう少し話したかったな。お名前をお聞きしなかったし、そういえば私も名乗らなかったし……「時間だいじょうぶだったら夕飯ご一緒しませんか」と言えばよかった。でもお子さんがいらっしゃるみたいだったから……でもでも言うだけ言ってみればよかったな。
蕎麦でも食べてさっさと寝たい、と思ったけどおいしそうなタイ料理屋を見つけたので入店。小さいサイズのメニューがいっぱいあって、ひとりなのに3品も食べられた。うれしい。タイ料理屋ってどこもぜんぶうまいの、なんでなんやろ。おいしくないタイ料理やって存在する??イマイチなタイ料理屋って行ったことなくない?ぜんぶのタイ料理屋がうまい。パッシーユー(あまからいお醤油味の焼きそば)を頼んだら「いま期間限定で細い麺のもありますよ」と言われてそっちにした。想像の5分の1くらいの細さでびっくり、おいしかった。細い麺料理がだいすき。素麺を2等分くらいした細さでした。あれなに、なんて名前の麺やったんや。ってか期間限定の細い麺って何?どういう理由で期間限定なんや。
翌朝、豆大福を買いに出町ふたばへ。豆大福って食べたことなくて、なぜなら豆があんまり好きじゃないから(ポツポツした食感があんまり好きじゃない、ノイズって感じする、あんこも圧倒的こしあん過激派)、けどここ数年は豆花のトッピングでよく豆を食べるせいか、好きではないが「慣れてきた(豆慣れ、と呼んでいる)」ので、豆大福に挑戦してみようと思っていたのだ。和菓子は好きだし、豆大福ってジャンガリアンハムスターみたいな見た目でかわいい。出町ふたばと言えば、行列必至の豆餅の名店(だとお聞きしました)。
ホテルからバスに乗ると15分ほど、徒歩だと25分ほどだったので歩いた。京都は坂がないのでまじで延々歩ける。バスは混んでいることが多くて気疲れするし……8時30分開店のところを8時20分に到着、もう売り始めているみたいだった。30人くらい並んでいるけど、同じくらいの人数の店員さんがいるし行列慣れしているお店なので全員テキパキしているしで、並び始めてから買うまで20分くらいだった。晴れてればそのへんに座って食べたかったけど、あいにくの雨だ。結局夜まで食べるタイミングがなく、家に着いてから食べた。おいしかったです。ちょっと塩っけがあるの、あれ何?豆が?おいしかった。また行く。
喫茶店で朝ごはんのハムサンド(カラシが効いてておいしかった)を食べたあと、京都国立近代美術館へ。昨日「アートが美しさを背負う必要はなくなった」という話を聞いたばかりだったので、なんというか、自信を持って(?)観覧できた。角砂糖をガラス瓶に入れてモーターで回している作品がよかった。今年聞いた音の中でいちばんかわいい音がしていたと思う。
映像作品をたくさん観ていたせいで時間がかかり、昼ご飯を食べ損ね、さらにバスも遅れているしで、2日目の講義にはギリギリ滑り込みした。時刻で言えば遅刻した。すごいきれいな建物でびっくり。
帰宅したら18時10分、大急ぎでお風呂に入ってM-1。M-1は毎年18時半スタート、と書いてあるけど19時から見始めても十分な気がする。大体19時に審査員が出てくるし。今年はミルクボーイ駒場さんが審査員なので、登場シーンを見たくて……駒場さんは(内海さんも)漫才師でありながら漫才ラバーでもあるし、審査員のオファーありそうやな、とは思ってたけど、「らしさ」しっかり残して仕事しててよかったと思う。
審査員って今後もこういう入れ替わり立ち代わりの感じでやっていくんかな。ブレそうかな、と思ったけど、でもずっとおんなじ人がやってたってどうせ人間はブレ続けるし、気持ちとか感覚とか変わり続けるよなぁ。ってことは今後もこういう入れ替わり立ち代わりの感じでええんちゃうか。あと見てるほうも演るほうも、みんな1年ぐらい経つと結構変わるもんな。審査員だけずっとおんなじにしておくの、不自然かもしれん。
今年のM-1みんな良かったな、おもしろかったし、なんか雰囲気が良いなと思った。ヨネダとか、見てて幸せやもんなぁ。エバースは残念でしたが……いや、特にエバースを応援してたとかではないねんけど、でもなんか、エバースが優勝できない漫才の大会ってちょっと、もったいないような気がする。エバースに限らず、ヤーレンズも真空ジェシカもやけど、M-1で決勝に出て、いわゆる「バレた」状態でさらに何回も出続けるのって、1回出てそのまま優勝するのとは、ちょっと、ちがう競技をやってる感じがするよ。今回は決勝の決勝でエバースに入れた審査員がゼロやったから、ああいうの、けっこうキツそうやな、と想像してしまう。90点!とかよりも食らうかもしれん……笑い飯のパターンもあるから、と思って頑張れるんかな。でも和牛のパターンもあるやん。うぅ。辞めんといてくれ佐々木。よう知らんけど、どう考えても佐々木がネタを書いている気がする。町田は絶対に書いてない。知らんけど。でも町田は書いてないやろ。
とはいえ私も優勝はたくろうと思ったので異論なし。おもしろかった~2ネタとも声出して笑った&2ネタ目は笑いすぎてちょっと泣いた。
灯油ポンプがまた割れたので、ストーブを付けられない。灯油ポンプまじで1年に1回買い替えてる。高いもんじゃないから金額的には別に痛くないけど、なんか精神的に嫌……ゴムホースの灯油ポンプとかは無いんやろか。
窓を開けますよ
2025年12月16日 (火) 20:11
ほんとうに意味が分からないけど、あと2週間もすると今年が終わる。とても充実した楽しい1年だったけど、すごく早かったな。でも今年すごい楽しかった。ってか年々楽しいな。年々楽しいよ。
ラジオで「2月に何をしてたか」というおたよりテーマが発表されており、私はおたよりを送るわけでもないくせに「本当に何も覚えていない」と不安になった。ブログを確認すると、2月の私は阪急にチョコレートを買いに行き(これはわりと毎年そう)、タイプロを見て(2月だったのか)、mixi2を始め(2月だったのか)、友人が送ってくれた苺を食べていた(すごくおいしかった)。
母に会い、年末の予定を少し話した。基本的には飯の相談だ。お餅の心配や、おせちの心配や、母は心配ごとが多いようだ。偉いなと思う反面、人の飯の心配をするのが母の人生になっていたら結構嫌だな、とも思う。余計なお世話かもしれないけど……
私は老若男女問わず全人類が「自分の飯の心配は自分でしなさいよ」と思っている。さまざま事情があって出来ない場合は何らかの対価を払い、人に頼んだり任せたりすることもあって良いと思うが、基本的には自分の飯の心配は自分ですべきだと思う。便宜上「飯」と言っているが、「生活」と言い換えても良い。寝起きして自分と自分の生活空間と自分の着るものを清潔にし健康で文化的な生活を送るために必要なことを、全員自分でやるべきだと思う。全部自分でやって、最低限のレベルまで出来るようになってようやく、得手不得手の話や、分担の話をしたいと思える。ま、時代はだんだんそっちへ動いているんだろうとは思うけども……いや、希望的観測かも……
土曜日は年に一度あるかないかのペースで開催されるmofgmona no zakka 移動店へ。沖縄にある雑貨屋さんのポップアップみたいな感じで、行き始めてからかれこれ10年くらいになる。お店にはまだ行ったことが無い、というか私は沖縄に行ったことがないのだけど、沖縄の作家ものの食器をたくさん見て買える貴重な機会なので、毎年楽しみにしている。
気に入った皿があったのでほぼ即決したけど、20cmくらいの平皿で9000円越えだったので、ちょっと喉が「グッ」と鳴った。高い。「9000円の平皿は高い」という感覚は普通にあるのだ。高いよ。が、買わない理由になるほどの値段ではないな、という感じ。気に入った皿は買ったほうが良い。そんなにたくさんは無いし、いつでも買えるものじゃないからだ。
あと気に入ってる皿って絶対使うもん。色味はベーシックなので使いやすそう。
母は毎年やちむんらしいデザインで使いやすいサイズの小鉢や深皿をコツコツと買い増やしている。手持ちの皿と合わせられるかどうかで、買う皿が決まるので、母のチョイスはいつも茶色っぽく、私のチョイスはいつも白っぽい。
私は長らく北欧食器が好きだったので(今も好き)高い金を払うなら絵皿が欲しい、という感じで生きてきたけど、最近は質感というかテクスチャに特に興味があるので、選ぶものに影響しているなと感じる。
夜は両親を連れてお寿司屋へ、母の誕生日祝いと「みんな1年頑張りました」の会を開く。お寿司屋のカウンター席は最高。ミュージカルとかプロレスとかと同じくらい面白い。ここの大将は平目に切り昆布を和えたり、鮪を漬けたりするための、いわゆる調理道具にもかっこいい器を使っていて素敵だなと思う。あんまり手元が見えるお寿司屋にたくさん行ってないので分からないのだけど、これってお寿司屋的には普通のことなんだろうか。例えばイタリアンとかフレンチの人も、洋食屋も、ソースを保存したり衣を付けたりするのには、ステンレスのボウルとか、バットとか、シール蓋の琺瑯容器とかを使ってるでしょう。イッタラでパン生地を捏ねたり、ウェッジウッドでマリネしたりはしていないはずだ。お寿司屋とか和食の人が有田焼で鮪を漬けるのって普通なの???お客さんから手元が見えるから、気を配ってるってことなの?寿司ネタを保存してある薄い木箱もかっこよかった。
日曜は調べものがあって図書館へ。図書館に行く理由のメインは司書さんとお話しすることだと思う。司書さん以外から一度も聞いたことが無い「〇〇〇という本がありますが、見てみられますか?」という言葉も好き。見てみられますか。なんか品があって好き。例えば服屋さんとかだったら「他の色もありますが、ご覧になりますか?」とか「サイズお出しいたしましょうか?」とかは聞くことがあると思うのだけど「見てみられますか?」は図書館司書さんからしか聞いたことがない気がする。
荒井良二さんの特別展が終わってしまうので、無理やり予定に組み込んで美術館へ。物量にぶん殴られて圧倒され、クラクラした。この出し惜しみしない感じ、いや展示としてではなくて作風として、作風として出し惜しみしていない感じ、本当に素晴らしいなと思う。なんだろうこの、もったぶらなさは。この人は自分の作るものを「良い」とは思っているけれど、もしかしたら「高尚」だとか「希少」だとか、さらに「独自のもの」だとは思っていないんじゃないだろうか。なんでか「みんなでやったんですよ」感がある。閉じていない。軽やか。良いなぁ荒井良二は、何が描いてあるとか、何色だとか、全部どうでもよくなるぐらい良いぞ。
グッズがイマイチ過ぎてガックリしてから帰宅。美術展のグッズ、なんでこんなイマイチなんだろう。こっちは金を使う気満々で行っているのに、買うものがないって何?理由はなんとなく読めるのだが、別に改善策があるわけでもないのでただただ悲しい。もはや高解像度のデータを売ってくれたら自分でグッズを作るから、というレベル。売ってくれるわけないけど……
デルタってあの三角の
2025年12月1日 (月) 20:40
めちゃくちゃ遊んで帰ってきたら、家の前にメガ割の小さい荷物がぽこぽこ並んでいてかわいかった。小さい町みたいで……置き配助かる、何回も言うけど助かる、ありがとう配達の人ありがとう。
紐を引っ張って点けるライトを買ったのだけど、めちゃくちゃ昼白色で真っ白けだった。こらあかんわ。私どうしても電球色が好きで……白い照明まじで嫌いやねん……ま、塗るかなんかしてうまいことやります!
金曜の夜、渋谷O-eastでBalming Tigerを見た。上着と小さいバッグすら持っていたくないので、クロークがありがたい。のどが渇いてハイネケンをがぶ飲みしていたら、すごい若いかわいい子が「すみません、ちょっといいですか」と話しかけてきた。「あの、こういうの初めてなんですけど、これは好きなとこで見て良いってことなんですか」とのこと。かわいくてキュン死(死語)するとこやった。かわいすぎる。「好きなとこで見て良いってことですよ」と答えると「そうなんですね、ありがとうございます」とお辞儀をされた。かわいい。「こういうの初めて」ってスタンディングライブが、ってことなんやろうけど、っつーかこういうのを人に聞けるの、すごいなぁと思う。えらいよなぁ。私はこういうのを人に聞けない10代を過ごしたよ……理由はあんまり分からんけど、たぶん「なんでも知ってるみたいな顔」をするのが大人になるってことやと思ってたんちゃうか。ちがうのに。今は「なんにも知りません」と思っているし、本当になんにも知らないから勉強したり人に聞いたり考えたりするぞ、と思うようになった。
彼女はソワソワした様子で恐る恐るフロアに降り、ここからはあっという間に見えなくなった。ライブ、楽しめたかな。無事に帰れたかな。
私の初スタンディングライブはZeppでレミオロメンだった。友人と姉が飲み物を買いに一度離れたら、どんどん人が詰まってきちゃって「どうしようふたり戻ってくるのに、おる場所がなくなってまう」と不安に思っていたら、近くにいたお姉さんがハキハキした声で「この子の友達もどってくるからこのへんちょっと空けといてあげ、この子らずっと待っててんから」と近辺の人たちに言ってくれて、すごく助かったな、と思い出した。人に助けてもらったことってずっと残る。
Balming Tigerは言わずもがな最高。なんかこういう「個」って感じじゃないバンド好きになったの、私の中では結構新しいことのように思う。フロントマンを観に行くライブじゃない感じというか……うーんうまく言えんし肌感覚でしかないので実例を挙げたりできんし論理的に書くの無理やけど、たぶん「個」の時代みたいなのって終わったんちゃうかな。とはいえ「関係性」を売る時代でもなく、今は「チーム」がおもしろくなってきているんじゃないか。あ、「チーム」もあの「俺ら一生8人でやってくぜフォーエバー」みたいなのじゃなくて、もうちょっとあの、「座組」みたいな感じのやつ。要るときに要る仕事を出来る人がやってみんなで作る、みたいなやつ。
土曜は『漫才ブーム』を観に千葉へ。『漫才ブーム』はミルクボーイ・ツートライブ・金属バット・デルマパンゲがやっているライブイベントで、10年かけて全都道府県をまわる10年間ツアー。10年後も漫才師でいる、ということが決まっている8人なのかと思うとなんかグッと来てしまうが、別にエモ売りとかはしない人たち、というところも良い。
おもしろかった。漫才っておもしろいですよね(n億回目)。私はデルマパンゲの語彙がすごく好き。たぶんネタつくるからと言ってそれ用の語彙を増やしてるわけではないんじゃないか。これまた感覚的なことなのでうまく言えんが。ドーナツのネタおもしろかったな。なんて言うてたっけ、外径から食べるとすぐ世と繋がる、か?めっちゃわかる、だってドーナツをドーナツたらしめているのは穴やから、わかるけど、でもそんなん人に言うたことない、怖ないんかな。宇宙の話みたいやった。あとは金属の小林さんが昔焼き鳥屋のバイト先でボヤ出した話(ここネタとかじゃなくて普通にフリートークみたいな感じでしゃべってた)して自分で笑いすぎて泣いてるとこめっちゃ笑った。金属バットって普通に長いこと友だちで、今も普通に友だちとやってる、みたいなしゃべり方なの、すごく良い気分になる。ミルクボーイの「オカンが何も忘れてないネタ」も良かった。内海くんの「二択はやめてよ」とか。笑っちゃう。そうやんな、二択はやめてほしいよな。一緒に考えたり推理したりしたいのに、二択て。わはは。あと駒場さんが一生「違うと思うけどなぁ」って言い続けるとこすごかった。胆力すごないか、あんな毎回おんなじトーンで言えるのなんやねん。すごかった。
終演後は陶器市をやっているのを見つけて大喜びし(丼鉢ほしかった、重いしボストンバッグで来てしまったので買わず)、夜は駅近くの良さそうな店に友人が電話してくれて、おいしいお魚と鯨を食べて飲んだ。ほんとにおいしいお店だったな……旅先でおいしいお店に当たると本当にうれしい、歓迎されてる、ぐらいのことは思う程度に。でかい風呂でつるんつるんになり、ぐっすりと寝た。でかい風呂は最高。
日曜はディズニーシーへ。「せっかく千葉まで行くし、なんか観光したいんですけど勝浦とか房総?とかは思ったより遠くて……羽田から帰るからあんまり離れると移動だけで時間が終わっちゃうし…千葉ってとっても広いですね」と言うと友人が「そうだねぇ、千葉は何があるかな……ディズニーもあるしね」と言ってくれて「え、ディズニーって選択肢あるんか、盲点!」となった。10年ぶりの(シーはもっと前かも)パークは思ったよりずっと、すごく楽しかった。「ひとつでも多くのアトラクションに乗りたい!!!」みたいな血眼感が無い自覚は行く前からあったけど、それでもちゃんと楽しめる。さらに、ディズニーは物語でもキャラクターでもグッズでもなく、第一に世界観を売る仕事をしているんですね、ということを実感した。散歩してチュロスかじってるだけでも余裕で楽しい。
装飾建材ファンなので建物探訪的な楽しさもある。アリエルのとこ、タイルかわいかったなぁ。あれって既存タイルなの?アナ雪エリアもかわいかった、外壁とか妻飾りを見るだけで「アレンデールや……!」となる。
グッズも天才的にかわいくて、鞄の紐なんかをぎゅっと握ってくれるタイプのぬいぐるみとか、ズートピアのジュディが劇中で使っているニンジンペン型ボイスレコーダー(ほんとに録音できる)、ベイマックスグッズもいくつか買った。
あと万博を経たせいか道幅のコントロールやスピーカーの配置・サイズ・音量・向き(音楽が混ざらないようになってる、たぶん)なんかが気になるね。いっぱい人が来るところの作り方、今すごい勉強したい気になっている。
それから私は自覚がなかったけど、友人と話しているうちに「私めっちゃディズニー映画好きやん」と気が付いておもしろかった。観てない映画が無い。同じのだけを繰り返し観るとかグッズ集めるとかはしてないから、余計に自覚がなかったけど……ズートピア2楽しみです。
友人はとても穏やかな人で、話していても楽しく、無言でいてもドキドキせず、特に脈絡なく真面目な話になっても場を茶化したりしない、素直と律儀と丁寧と優しさが折り重なったような人だ。彼女に会うと「何を焦って急いてるんや私は」と思い、横隔膜がぐっと下がるような感じがする。最近「なんでもすぐに結果が出たり、答えが出たりすることはないのだ、でも私が生きているうちに結果が出ないことにだって、注力する意味はちゃんとある」と思うようになっていて(なぜそんなことを思うのかは自分でも不明)彼女はその証左のようだなと思う。遠方だしお忙しいだろうから躊躇するけど、でも1年に1回くらいは会いたいな。
帰りは羽田で飛行機に乗り込む列に並ぶところで、まさかの叔母に会い、なぜか家の近くまで車で送ってもらえるというラッキーも発生した。おかげで22時には家に着き、23時にはいつもどおり就寝、という好ペースで週末を終えることが出来た。ありがたかった。っつーか家以外で会う親戚ってなんであんなおもろいんやろ。なんでここにおるん、ってなってめっちゃ笑ってしまう。
Super140’s
2025年11月20日 (木) 20:59
友人から連絡をもらい、ほぼ1年ぶりに会った。友人はいつ日本にいるのか分からないうえに、かなり不規則な仕事なので、私はつい連絡を控えてしまう。控えないで連絡をしたほうが良いことは知っているのに、つい。忖度癖。とはいえ友人は「今月家にいられるのは4日間だけ」だそうだ。会える日がピンポイントすぎる。
会ったその日には何の話をしたか忘れるような話しかしていないのに、それでも話が尽きなくて、名残惜しく、ふたりで2駅分の距離を歩いて帰った。いつも「会ったその日には何の話をしたか忘れるような話」ばかりするのが友達なんだったな、と思う。
友人は私とは性格は似ていないけれど、スタンスが似ていると感じる、唯一の人かもしれない。群れを作らず、何にも所属せず、いや所属できず、自分で決め、痛い目を見てもひとりで、特に誰からも守られず、強くはないけれど怖いものもなく、とはいえそんな自分の人生を「なかなか悪くない」と思っているところが似ている。彼女から私がどう見えているかは知らないし、聞いたこともない。ま、今後も別に聞かないと思う。
友人は数日後にはコロンビアへ行くらしい。翌朝、コロンビアってどこやっけ、南米よな、と思い、Googleマップで調べたら「コロンビア神戸店」が表示されてちょっとおもしろかった。いやあるけど。東遊園地の西側に。あるけどコロンビア。
コロンビアは南アメリカ大陸の一番北側の国だった。大きい国だなコロンビア。
こないだ仁川空港でピビンバを食べたら、数分も待たずに提供された。チゲとかに比べたら早いだろうことは分かるけど、それにしたってこんなに?と思っていたら、大きめの器にいろんな種類のナムルとひき肉の炒めたのと海苔がすでにセットされているらしい。注文が入ったらごはんをごはん用の器(ステンレスの蓋付き)に、スープも注いでお盆にセットすれば即提供できる、みたいな感じでやってて感動した。そっかピビンバっておかずを用意してさえいればめちゃくちゃすぐ出来る。野菜もたくさん取れるし。良いな。
真似しよう、と思って帰国後、さっそく小松菜・にんじん・たまご・牛ひき肉をそれぞれ適当に味付けしたおかずを作ってタッパーにいれ、冷蔵庫に入れた。仕事が終わって帰ってきたら、これらを器に盛って、海苔をのせ、その間に冷凍ご飯をあたためる。彩りも良いしおいしそう。ごはんをあっつあつにしたら、器にどん!としてコチュジャンを少し足して混ぜる。5分で晩ご飯が出来る。キムチを足したり、目玉焼きを足しても良いし、汁物が欲しければそれだけ作る。レトルトのわかめスープとかでも十分。洗い物もほとんど出ない。メインの器とスッカラ、盛り付けに使ったお箸、ぐらいしか洗う必要がない。
おかずがなくなったら1品ずつつくり足せば良い。ムセンチェを作ってみたかったので大根を買ってきて作った。ムセンチェは大根を千切りにしてお酢と砂糖とコチュジャンで作る。なますみたいなやつ。リンゴ酢で作ったらさわやかでおいしかった。酸っぱいおかずを足すとピビンバの味も変わっておいしい。
私はつくり置きのおかずが苦手で(冷蔵庫の味するから)作ったものをすぐ食べきりたいし、食べられる量だけを毎食ごとに作る、って感じだったのだけど、ピビンバは冷蔵庫の味しない。混ぜるからか……?お肉が冷えてるのが気になるかなと思ったけど、ひき肉なのであつあつのごはんと混ぜるとちょうど適温、て感じになる。
結果、毎日晩ご飯がピビンバになった。食べきったナムルから順に作り足せば良いので調理もめっちゃ楽だし、買い物も楽。飽きるかなと思ったけど、のせるおかずの種類とか量を調整すればいいから全然いける。しいたけを甘辛く炒め煮たやつとかも作ろう。合いそう。ひき肉じゃなくてツナ缶も良いと思う。ちょっとピリ辛にして炒めてさ、ワァおいしそう。コチュジャンじゃなくてサムジャンを混ぜてもいいんじゃないのか。漬物も合うはず、たくあんとか余ったのを刻んで入れたらおいしそう。食感も良いし。待てよ、ナッツ系も入れられるぞ。くるみとか砕いたの、合うでしょ、どう考えても合う。やってみようと思う。
dont feel, think
2025年11月17日 (月) 20:38
「“考えろ”って言ったやん私に、覚えてないかもしれんけど、あれずっと、忘れられへんねん」、と友人が言った。覚えている。あの日、彼女は夫と喧嘩した話を私にしていた。明らかにどっちが悪いとかいうレベルの喧嘩ではなく、いわゆる価値観の話だと感じたので、私は「こんな誰も悪ないタイプの喧嘩、長引くで、自分の過去の話・自分の今の感情・相手の過去の話・相手の今の感情を全部分けて整理したうえで話さんと平行線のままやで、最悪の場合これが原因で離別って感じになると思うよ」というようなことを言った。「どうすればいいん、もうしんどい、そんなにいろんなこと考えたことない、みんなだってそんなに考えてないよ私だけじゃなくて」と嘆く彼女に、私は「考えろや、考えて苦しめ、“みんな”は知らん」と言って、その日の話はだいたいそれで終わった。覚えている。ちょうど1年前くらいのことだ。
言ったあと、ほとんど呪いみたいなことを言ったな、と思った。「考えて苦しめ」は呪いじゃないか。間違ったことを言った気はなかったが、呪いをかけるつもりもなかったので、その点だけ謝ろうか、と思ったが「考えろ」と「“みんな”は知らん」については訂正する気がなかったので、結局連絡しなかった。考えるのは苦しいし、正解だってないし、彼女の言うとおりしんどいが、でも考えて・選択する・決めるしか、人生でやることなどないと思う。あれから1年経ったけど、今もそう思っている。私も考えて、選択している。それしかやることがない。
私は友人にも、会ったことはないがその夫にも、幸せでいてほしいと思う。ひとりで幸せでいることはできる、ひとりずつ幸せでいることも、でもふたりで幸せでいることはたぶんもう少し難しい。どの過程でも「考える」は必ず要ると思う。“みんな”がやっててもやってなくても、過去にやったことがなくても、「考える」は要ると思う。
「忘れられへんねん」と言った彼女によると、何かあるたびに脳内に私が表れて「考えろや」と「いじめ」てくるらしい。まじで呪いやん、と言ってふたりで笑った。
11メートル
2025年11月16日 (日) 20:36
久しぶりに自分の家で週末を迎える気がする。いや「気がする」んじゃなくて、まじで4週間ぶり。起きて早々に洗濯。最近ほんとうにずっと天気が良い。
今日は病院に行く日だ。経過が良いので一気に薬がふたつ減った。うれしい。
早い時間だが昼ごはんを食べることにする。病院の日は点心を食べることが多い。月一回の通院のあとは「今月も一ヶ月よくがんばったな」という自画自賛の気持ちになり、ちょっと良いものを食べたい気持ちになる。「ちょっと良いもの」は人によって大きく異なる気がする。私の「ちょっと良いもの」は自分で作れないものや、作れるけど面倒なもの、が該当する感じ。そういえば2~3年前は洋食屋さんにハマってて、病院の帰りに洋食屋さんに行くのがお決まりだったな。
今日のは初めて行く店だったがイマイチだった。が、飲食店に関しては自分で行って自分で食べる以外に好みかどうかを知る術がないので仕方ないし、おいしい点心屋さんをたくさん知っているのにイマイチなところに来ているぞ、と思うとおもしろいので全然気にしない。人と一緒だと「イマイチな店をチョイスしてしまって申し訳ないな」と思わないでもないが、ひとりだとそれもない。私が私のチョイスでミスり、私のお金でお会計をしている。引きの画で見て笑える。
隣の個室では会社の何か集まりみたいなのでおじさんが大勢つどっており、隣の席では大声のおばさんが3人で久しぶりの再会を喜ぶ会みたいなのが行われていた。4人掛けのテーブル席であんなに大声である必要があるのだろうか。いや必要とかじゃなくて、ベースがあれなんだろうな。最近大声の人よく見かけるな。笑っちゃうからやめてほしい、あと会話がぜんぶ聞こえる、まじで全部。
このあとは美術館に行くが、天気も良いし自転車日和だ。駅前で自転車を借りて南下。かっこいいスポーティーな自転車に乗ったお兄さんがふたり、橋を渡ったあと海側にくだる道へ曲がった。ん?そこ降りられるの?と思い、引き返してついて行くと、海際に遊歩道が整備してあってびっくりした。ぜんぜん知らんかった。こんないい道があったの?広いし。信号もない。私は家から美術館まで何回も自転車で来ているのに、こんな道があることを知らなかったし、Googleマップだって教えてくれなかった。いや、Googleマップでこのへんの道調べたことないか。そうかも。次からここを使おう。気持ち良い道見つけてうれしい。
県立美術館で『リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s』を観る。7〜8年前くらいに似たような展示を東京で観た記憶がある。あれは「戦後、日本の住宅がどのような変遷を経て来たのか」みたいなのが主題だった。すごくおもしろかったのと、私は本当に家が好きだ、と思った。あらゆる建築物の中でも、住宅が、人が住む家が、一番おもしろい。
本展はその世界版というか、日本に限らず、1920年以降の住宅を紹介する、というもので、ル・コルビュジエ、アアルトとか、建築に明るくない私も知っている建築家が紹介されている。
全体を通して、鉄骨で家を建てられるようになったのはかなり大きな変化だったんだな、と実感した。ヨーロッパで見る煉瓦や石造りの家って「地震がこない国は良いっすね、どっしり300年とか保つしね、うらやましっすわ」ぐらいにしか思ってなかったのだけど、「壁面で構造を支えないといけないから壁を薄くできないし窓を増やせない、調光に難がある」という、けして小さくはない問題があったことを知った。要は窓を増やしたり、大きくすることで、家の強度が下がってしまう、という。聞けば当たり前のことだけど、全然思いつかなかった……通りに面していない建物だと、光を取り入れるのはさらに難しいだろう。日本の木造の家は柱で支えているから、普通に窓を作れるし、縁側があったり、明るい家が多いイメージがある。
鉄骨やガラスを工場で作れるようになると、壁面をガラスにしたり、大きな窓を作ったりできるようになり、本展で紹介されている住宅にも「ガラスの家」と名付けられているのがふたつ(別の国、別の設計者)あったりして興味深かった。素材の変化や進化によって作るものも変化・進化する、というのはどの業界にもあって、素敵なことだな、と思う。例えば質の良い絵の具をチューブに入れて持ち歩けるようになったあたりから、サイズの小さい風景画が増えた、みたいな話とか。
国によって違う気候や場所によって異なる地形とか、特性をきちんと理解して設計されているのもおもしろかった。地中から空気を取り込む仕組みになっている京都の家(聴竹居/藤井厚二)は「夏をいかに乗り切るか、少しでも涼しく暮らしたい」という意気込みを感じる。「夏を過ごすための家」と銘打たれたアアルトの家(ムーラッツァロの実験住宅)は「夏だけの家があるんどすか、夏だけの?そら結構なことですなぁ〜」とつい思ってしまうけれど、建てられた場所がフィンランドだと知ると話が変わってくる。フィンランドの短い夏を、唯一の過ごしやすい季節をどのように楽しむかは、人生をどう生きるかとほとんど同義だろう。アアルトはここでとんでもない数の煉瓦やタイルを試し、その積み方や使い方を模索したらしい。ちなみに展示されていたレンガとタイルはアアルト財団から貸してもらったもので、財団のスタッフが手荷物で日本へ運んできたのだそうだ。手荷物が一番安心して運べるもんね。こういう話を聞くために解説会に参加したので、聞けて嬉しい。
一番の収穫はミラー邸のテキスタイルなんかを手がけたアレクサンダー・ジラードを知ったことだと思う。むしろなぜ今まで私はジラードを知らずに生きてこられたのか疑問なくらい、初見で「めちゃくちゃ好きなやつやん」と思った。ポップでカラフルで、かわいくて、なおかつ家とのバランスも良い。ミラー邸はもうどう見ても「金持ちの家」というか、でっっっかいし、金かかってるのがありありと分かるけれど、ただ下品でなく、モダンで上質で、何より住みやすそうだな、という印象だった。オリジナルでこの家のためにこしらえたテキスタイルや家具など、インテリアによるものも大きいと感じた。親しみやすさを生んでるというか。ダン・カイリーによる造園も素晴らしく、建物をドンと作るだけで住宅が完成するわけではないことがよく分かる。ミラー邸は床面から1段下がったところにロの字型のソファスペースが設けられているのだけど、ここに置くたくさんのクッションに使われているテキスタイルや、ミラー家みんな(7人家族らしい)のイニシャルや趣味なんかをモチーフにしたカーペットなんかがあまりにもかわいくて、にっこにこになってしまった。良い仕事を見るとにっこにこになってしまう。
菊竹清訓のスカイハウスはスケッチがかなり初期段階から残されており、本人が思いついたのをメモしておく程度のものから、徐々に解像度を高めていく過程が順番に見られたのもおもしろかった。最初期のスケッチはレシートの裏に描かれており、胸がぎゅっとなる。レシートの、裏。なんだろうな、私はものを作る人が見せる生活の片鱗みたいなものがとても、愛おしいと感じる。
大満足で移動し、十三で友人とごはん。「今日あたしが払うから、全部!」とのことで、1軒目のホルモンから喜八洲のみたらしだんご、2軒目の居酒屋も全部おごってもらった。「誕生日やからな!これがプレゼントってことで!」と言われ、ありがとうごちそうさま、と言ったが、よく考えたら全然誕生日じゃない。私の誕生日はまだ1ヶ月以上も先である。が、友人は私に誕生日プレゼントを渡せないこと(何を渡せば喜ぶかわからないこと)が心苦しいという話をいつもしてくれるので、ありがとうごちそうさま、で合っているようにも思う。「何を渡せば喜ぶかわからない」というのはよく言われるし、慣れている。でもそれは私のせいだから、とも思う。誕生日を覚えてくれていることだって当たり前ではなく嬉しいし、本当に何も要らないのだけど、それが寂しいらしい。寂しく思うようなことは何もないのにね、でも友人を寂しくさせるのは全く本意ではなく、夕飯をご馳走してくれるのだって嬉しいのだから、これで良いのだと思う。友人は過去に見たことないぐらい盛大に酔っ払い、駅で別れるのは不安なほどだったので、家まで送って行った。最近のマンションてそんな鍵なの???などと言いながら「まだ飲みたい」「帰らんといて」「掃除して行って(???)」とぐずる友人をどうにかなだめ帰宅した。あんなに酔ってる人、久しぶりに見たな。おもしろかった。
손으로
2025年11月12日 (水) 19:05
母と、母の友人(と言っても彼女は私の幼馴染のお母さんなので、叔母みたいな存在)を連れて、ソウル旅行に行ってきた。私はこの2年で6回目のソウルになるので、さすがにだいぶ土地勘がついてきたと思う。もう電車に乗るのを間違ったり、バスに乗るのを躊躇ったりはしなくなった。道はめちゃくちゃ間違うけど……
今回は文字通り「連れて」行ったので、飛行機や宿の手配、大まかな旅程のプランニングに食事の提案など、とにかく何もかも全部私がやる。普通に疲れる。これを「善意のみ」で賄えるほど私は出来た人間ではないが、さすがにお金をもらえるほどのクオリティではないし、そもそも母とその友人から金などもらいたくない。なので「面倒なことを任せてごめんね、助かります」くらいのことを言ってもらえたら報われるなぁぐらいの感じ。私はこういう役回りになりやすい。
幸いふたりとも「おいしい」となんでもよく食べ、「たのしい」「来てよかった」と4日間ご機嫌に過ごしてくれたので、とても良い旅行になった。先週末より寒くなく、風もなかったので暖かく過ごせた。
オンマ連れのせいか、私がひとりでいるときよりもっと、みんなが優しくしてくれた気がする。エスカレーターもエレベーターもないところでロッテマートへ行く道を探していたら、マンションの警備員さんが来てエレベーターまで連れて行って、わざわざ自分のスマホの翻訳アプリを立ち上げて道案内をしてくれた。市場では行きたい胡麻油屋さんにたどり着けず、八百屋のおばちゃんに聞いたら、わざわざ先導してお店まで連れて行ってくれた。私たちはその八百屋で買い物もしていないのに……たくさんの親切をうけたので、いつもよりもっとたくさん「ありがとうございます」を言った旅行だったなと思う。みんな「当たり前のことだが……」みたいな顔をしていたけど、そんなに当たり前じゃないよ。やさしいね。
ずっと前から行きたくて、でも母を連れて行こうと思って我慢していた踏十里古美術商店街も楽しかった。思ったよりかなりフレンドリーで、気軽な雰囲気だったと思う。触らないで、と一度も言われなかったし、写真も断られなかった。みんな「入っておいで」「見てって」と声をかけてくれて、進んで説明をしてくれる。思ったより値段も高くない。日本語ができる方も多くてすごかった。年配の方が多いせいか、私が知ってる用語なんかを韓国語で話すと「아이고 잘하네!(あらまぁすごいねぇ!)」と褒めてくれて、5歳みたいな気持ちになった。36歳にもなって「よく知ってるねぇ、えらいねぇ、お勉強したのねぇ」と褒められることがあるなんて、うれしいけど不思議だ。年齢って相対値だなと実感する。
陶磁器の壺を扱っているお店のおじちゃんは「年始に奥さんと日本へ旅行に行こうと思ってるけど、ホテルも高いんだよ」と言ってNAVERの画面を見せてくれた。私は半ば本気で「じゃあうちに泊まってください」と言ったけど、ほんとにお店の予約とかサポートが必要だったら連絡してほしいなと思うほど親切にしてくださった。「日本の焼き物を勉強したいんです」とのこと。いくつになっても勉強したいと思えることがあるって素敵だと思う。こんなふうに年を取りたい。楽しい旅行になるといいな。小ぶりのタルハンアリ(満月壺、韓国の伝統的な形)を買った。めちゃくちゃ気に入っている。
どの店にも手に取りやすい基本アイテムとして真鍮のスッカラ(スプーン)が置いてあるのもよかった。手作りなので同じものがないし、風合いとか、重さとか長さとか、自分に合うものを選ぶ楽しさがある。どの店でも「スッカラは7000ウォンだよ」と言っていたし、金額的にも良心的だと思う。
気軽なひとり旅ばかりしているけど、3人旅だとごはんの選択肢が増える。2~3品注文しても食べ切れるし、家だって良いところを安く借りられる。
どうやらキムジャン(キムチを漬ける行事)のシーズンが近いらしく、白菜の大量予約を受け付ける案内が出ていたり、キムジャン用品(大きい盥とか保存容器、ゴム手袋など)が売り場コーナーになっていたりしておもしろかった。親戚が集まったときに食べられるようにだと思うけど、大容量の果物やお菓子なんかもたくさん売っている。ものすごく粒が大きくて立派なシャインマスカットが2房で7980ウォンだったので、もちろん購入。4日間かけてみんなで食べた。1房440円ぐらいの計算になる。ほとんどタダみたいな値段じゃない?甘くてめちゃくちゃおいしかった。買って帰れるならそうしたいな、ぶどうって検疫通せばいいんか?調べとこ。
前から行きたかったモクサル(豚肩ロース肉を焼いて食べるやつ)屋さんにも行けてよかった(すごい並んだが)。お肉がやわらかくておいしいのはもちろんのこと(めちゃくちゃ手際よく、上手に焼いてくださる)、おかずもおいしかった。何か分からんが香味野菜の醤油漬けっぽいものがあって「これなんですか?」と聞いたところ「ミョンイナムル」とのこと。行者ニンニクだそうです。韓国でごはん屋さんの店員さんに「これなんですか?」と聞くとパッと単語だけ教えてくれることが多いけど、そのあと「おいしいです」と言うと、みんな照れたように笑って「ありがとうございます」と言ってくれることが多くて、あれすごくかわいい。「おいしいです」って積極的に言ったほうが良いんだな。
こないだもカルグクスのお店で「キムチおかわりするか?」と聞かれたので「ください、めっちゃおいしいです」と言ったら、腕が刺青だらけの強面無表情のお兄さんが「ありがとうございます」と照れくさそうににっこりしてくれてかわいかった。
まぁ私もグラタンとかコロッケとか手のかかるメインの料理だけじゃなくて、小松菜の胡麻和えとかを「これ何?おいしいわ」とか言われたらにっこりしちゃうかもな。「いやそんな大したもんちゃうねん、よくある副菜やで」とは思うけど、でもそういう素朴でベーシックな料理を褒められるのが一番うれしかったりするし。ミョンイナムルは缶詰が売ってると思うので、今度お肉焼くときに買ってみるつもり。
3日目にどうにかなるかなと思ってオンマたちを景福宮に放牧したところ、自分たちで地図を見て雑貨屋さんに寄ったり、先に家に帰って休憩したりしていたので「えらかったねぇ、すごいねぇ」と褒めた。その間私は、大好きな国立現代美術館へ行くことが出来た。韓国現代美術のスター大集結!みたいなうっとりする常設展に、今年の作家賞展も観て、김창열(キム・チャンヨル)展はかなりの駆け足だったけど、一応全部見て回ることが出来た。国立現代美術館は本当に大充実の展示内容を、惜しみなくたっぷり見せてくれるので毎回最高。毎回知らん韓国人作家を知ることが出来るし……
今回初めて気づいたけど、平日に行けば果川館と徳寿宮館に連れて行ってくれる無料シャトルバスがあるらしい。信じられん、もっとチケット代を払わせてくれ。果川に一度行ってみたかったし、そのバスで果川まで行って、何泊か泊まってみるのも良いかも。
さて、踏十里に行って実物をたくさん見たらどんどんソバンが欲しくなってきた。置く場所を考えて家を片付けようと思う。4~5万で買えそうだし、そんなにでかいのじゃなければ手荷物で持って帰れるはず。私の家には合わないと思っていたけど、組み合わせる雑貨次第な気がする。ソバン欲しい。
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