タナカノゾミのポートフォリオサイト

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all the things she said

2026年10月7日 (水) 20:22

uncategorized

しばらく専業主婦だった友人が働き始めた。「専業主婦」ってなんか、しっくりこないが、まぁいいか。新しい職場はハタから聞いているだけでもたっぷりの理不尽と構造上の問題があり、最近はわりと頻繁に愚痴と相談の電話がかかってくる。人の仕事の話を聞くのはおもしろいし、そもそもよその会社の話を聞くのはおもしろいと感じる。彼女は「私の仕事なんて大したもんじゃないのにさ」と言うが、私からすると到底できない仕事だなと感じる。仕事って、ぜんぶの仕事が、まじですごいよ。別に誇ったり驕ったりせんでいいすけど、みんな自分の仕事が私にとってはすごいと知っていてくださいね。

週末『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』を見に行った。ベトナム戦争の帰還兵の話だ。実話だったらしい。塚本晋也監督だし、しっかり構えて行ったはずだったのに、こわくて見てられないシーンも多く、当然のように落ち込んだ。とはいえ、見てよかったと思う。過去に起きたことを、経験したことを、話してくれる人がいるなら、こちらは耳を傾けないといけないと思う。もうほとんど「義務」だとすら感じる。私が怖かろうが辛かろうが、知ったこっちゃない。話す人がいるなら聞かないと。個人的なことであればなおのこと。
劇中、若いベトナム人が言ったことはネルソンさんだけじゃなくて私にも刺さって、抜けないままになった。私が、私たちが戦うべきものも、国の中にあるよ、確かにそうだ。外にはない。しかもこれは、外からくるものに向けるべき怒りではないよな。
映画館を出てエレベーターに乗ろうとしたら両親がいて、いま起きた人みたいな反応をしてしまった。映画を見たあとってめちゃくちゃフワフワしているので、たとえ相手が両親であっても、すぐには今世に戻れない感じがする。両親もこれから映画を見るらしい、何を見るのか聞くのを忘れた。

そういえばジョン・カーニーの新作の予告編がかかってたけど、なんか絶妙にダサい予告編だったので心配している。邦題も、ポスタービジュアルもダサい。大丈夫なのか。日本版がダサいだけなんだったらいいんですけど。たぶんそうよな。邦題はいつもダサいし。予告編もなんかやけに明度が高くてダサかった。本編もあんななのか?違うよな。
ちゃんと見るので安心してください、私は邦題がダサいくらいのことでジョン・カーニーの新作を見送ったりはしません。大丈夫です。(???)

ドラマ『Heated Rivalry』がかなり良かった。既にシーズン2の製作が決まっているらしくて助かる。めちゃくちゃヒットしているようで、前からタイトルだけなんか聞き馴染みがあったのだけど、ようやく日本でも見られるようになったらしい。アイスホッケー選手同士のふたりがお互いに惹かれ合い、約10年にわたって関係を深めていくという、まぁクィアロマンスものなのだけど、おもしろかった。全6話という超コンパクト設計なので、最近は韓国ドラマの全16話とかに甘やかされている私からすると「もっと見せてよ……」とはなる。そもそも約10年の時間経過を全6話(各回も50分くらいなので別に長くない)にギュッとしているので、ふたりの関係がギュッと動くシーンだけを見ているのだ。もっと見せてよ……とはいえ、カナダの製作会社がかなりの低予算で作ったらしく、いろんな事情と背景があるんだろうなとは思う。低予算感は特に感じませんでしたが……ってか私映像作品作ったことないから具体的に何やるとお金かかるんか知らんねんけど、どういう感じなんやろ。まぁ人間がまずお金かかるやろから「長時間撮影しない(拘束時間を減らす)」とかは思いつくけど……あとは何、ロケ地とか?こういうの公開情報として出てないんかな、あったら見たい。おもしろそう。「総製作費〇〇円」とかってよく見るのに、内訳って知らんよな。監督ギャラ:〇〇円、ごはん代:〇〇円、スタッフ宿泊費(カナダロケ)〇〇名:〇〇円、とか見てみたい。映画は俳優はあんまり儲からんと聞いたんですけど、ほんまですか?
『Heated Rivalry』はわりとハードめの性描写があるので、若干うろたえるし(無理やりしたりとかはない、むしろ結構ちゃんと同意を取る)、メインのふたりは別のホッケーチームに所属しておりライバル関係で、1年に2~3回くらいしか会えないので、編集もだいぶテンポが早い。10分で普通に2年くらい経過している。見てるほうとしては身体の関係にたどり着くまでも早すぎてちょっと面食らっているというのに「次に会うのは翌年」ぐらいのペースで進む。逆に言うと「視聴者側には見せられてない経過した時間」を埋めるだけの演技力が必要になると思うのだけど、ここがメインのふたりともすごくて、置いてけぼりにされずに済む。というか一緒にその空白の数か月を体感させられる。
なおかつ主人公のひとり、シェーンはアジア系カナダ人、もうひとりのイリヤはロシア人、という設定なので、セリフやストーリーを追っているうちにそれぞれの国の制度や同性愛の扱い、家族観、さらにはホッケー界・アスリートの現状なんかを調べずにはいられなくなる。それぞれのチームメイトや家族との関係性も描かれるので、「俺とお前」で世界が完結しない。そういう複雑さ、切実さがある。世界ってまじで「俺とお前」で完結せんよな~、フィクションやねんから完結してくれよと思ったりもするけど、誠実に作品をつくっていることの表れでもある。
3話には別のカップルが登場して、このエピソードのメインとしてストーリーが展開するのだけど、これもなんか……英断じゃない?と思った。だって全6回しかないのに、そのうちの1.25話くらいを別のカップルの話に充てるって、結構勇気の要る、カロリー高い決断な気がする。原作がそうなんか?なおかつ3話は5話→6話のためにもかなり重要なエピソードと思う。シェーンとイリヤとの対比も明確に伝えられるし。
6話は全6回の中で一番時間の流れが穏やかなので、必然的にゆったりしたテンポ感になるのだけど、ここまでのもどかしくて切ない部分、お互いの本心を開示し合うシーンが丁寧に積み重なるのが良い。画面も明るいし。確実に、意図的に明るい。
加えて私は「ごはんを食べること」に対して思い入れがあるので、本作で食べ物が印象的に取り扱われているのも興味深く、嬉しい。ジンジャーエールの件とか。イリヤがツナメルトを作ってくれるシーンもキュンとする。だってセフレにツナメルト作らんくない?……シェーンがイリヤをコテージに招いて「コーラ買ってあるよ、ここ水もおいしくて、井戸あるから、井戸見る?」とソワソワわたわたしているシーンもかわいかった。好きな男の家に招かれてようやく日の光の下でふたりっきりになったのに井戸見るわけない、めちゃくちゃかわいい。
個人的にはハッピーエンドとは言えない(というか、そんな雑にまとめられない)ラストシーンで、まだ何も始まっておらず、何かが解決したりもしていない結末も良かった。大団円ハッピーエンドフラワーシャワーになんかできない、だって現実はどうだい、と思ってしまうやん。NHLで現役中にカムアウトした選手はたったひとりだそうだ。「今年」とか「現役活躍中の選手において」とかじゃなくて、「これまでに」たったひとり。イリヤの故郷ロシアには「同性愛宣伝禁止法」という法律があり、つまり、ロシアで『Heated Rivalry』は見られない。2023年には性別適合手術を禁止する法案も可決されており、それまでに手術を受けて結婚した人の婚姻関係はその時点で法的に無効にしたらしい。ゾッとする。
私はこうやって、私を現実に連れ出してくれる創作物のことを、どんなことであっても、何かを知るきっかけをくれる作品のことを、ありがたいなと思う。
残念ながら社会とかって変わるのが遅いみたいだ。良いほうに変わっていくとも言い切れない。でも私が生きているうちにどうにもならないようなことにも、思いを馳せたり、当事者じゃなくても出来ることがないか考えたりすることには意味がある。意味がある、と思いたい。

ぽやぽやご都合ストーリー

2026年9月30日 (水) 19:27

uncategorized

RMさんのキュレーション展を見にSFMOMAに行くべきだったのでは、という件がまた脳内をチラついている。一旦考えるのをやめにしたはずだったのに、実際の情報を目にするとやっぱり行きたい。会期を調べたら10月3日にスタートして来年の2月7日までだから、別に「行けない」ということはない。なんならまだ始まってない。とはいえ今年はもうさすがに、さすがに旅行いき過ぎ、伊勢旅行も躊躇うほどなのにサンフランシスコて、うーーーんだから行くとしたら1月か、もしくは会期終了間際の2月か。サンフランシスコて。ってか年内は無理で1月ならいけるってそんなことある?なんのリセット方式?どういう理屈?………………一応航空券調べるか。調べるんかい。まぁ一応。一応ね。念のため。万が一。

映画『オデュッセイア』を見てきた。クリストファー・ノーラン作品を見るとき、人はみな「やれんのか、私」みたいなマインドになると思う。どれか一本見たことがあれば分かってもらえると思うけど、映画そのものが長いし、話そのものが難しいからだ。「やれんのか、私」は「トイレ大丈夫なんか、私」と「話理解できるんか、私」に大きく分けられる。
前日に家で『インターステラー』を見てこれを予防接種とし(?)翌日朝一の上映回を予約した。映画を予約するのは「起きたら雨やしやる気なくなったなぁ~小難しい映画見るの疲れるしもうええかぁ~」と自分に思わせないためである。私は「2000円払ったのに」という気持ちがちゃんと行動に作用するので、この方法が効く。
『インターステラー』は見たことがあるはずだが、filmarksに記録していなかったので勘違いかもしれない。SF映画の皮を被ったシンプルラブストーリーだったので、起きているコトの重大さとは裏腹にロマンチックな気持ちになった。「私は愛されていた」という事実だけで人は生きていけるのかもしれない、と思う。
私は基本的にあらすじも読まないし予告も見ない不真面目映画ウォッチャーなので『オデュッセイア』についてはギリシャ神話のやつでっしゃろ?程度のカス知識しか持ち合わせていなかったが、本当にギリシャ神話の古典映画だったので「話理解できるんか、私」のほうのマインドは必要なかった。時空がゆがんだり、5次元の世界に入ったり、相対性理論をwikipediaで何回も調べなくても話が分かる。そうか、そっちのクリストファー・ノーランか。なんか勝手に『インセプション』とか『テネット』とか『メメント』とかのクリストファー・ノーランやと思い込んでたわ。そっちね。『ダンケルク』とか『オッペンハイマー』とかのほうのクリストファー・ノーランね。『メメント』なんか私いまだに全然理解してへんからな。2回くらい見たと思うけど、まだ「なるほどつまり……どういうこと……?」ってなってるで、あれみんな理解できてんねんよな。賢いなみんな。
『オデュッセイア』はおもしろかったし、映像の美しさというか隙の無さで没入感もあり、今これを、古典を撮りたい気持ちも結構分かったので、172分は長くなかった。なおかつ「あ、そんなスターウォーズみたいな前置きを」「ちょっとそれ千と千尋みたいやな」「今なんかシンデレラみたいなことやってる」などと、多くは時系列が逆順の引用を感じる古典ならではの楽しさもあったように思う。すべての創作はギリシャ神話に通じている的な話あったけど、あながち間違いでもないのでは。
オデュッセウスが弓を鳴らすシーン、というか音がすごくかっこよかった(特に終盤のほうのアレ)ので、あれがなんのコードだったのかを知りたい。私はGかなと思ったんですが、絶対音感が無いので違う気もします。
帰宅してトロイア戦争の基礎知識がざっくり自分にある理由を考えてみたが、映画『トロイ』を見たからじゃないかと思い至った。中学生のとき以来に再生してみたら、単純明快にしたストーリー展開とキャラクター設計で出来た映画で分かりやすかった。「まんがで読むギリシャ神話」みたいな感じ。分かりやすすぎて、やや二次創作っぽさすら感じる。人間しか出てこんもんな。怒られたんちゃうんかこれ。でもこれ1回見といただけで20年後も基礎知識として残るて、なんか感慨深い。まぁこれを基礎知識と呼ぶには無理があるかもしれんが。

連休中は映画『さとこはいつも』も見た。沖田修一監督作品。日本でいちばん好きな監督だし、映画でもドラマでも必ず「沖田修一の味する」と思えるので、いつも新作を楽しみにしている。『さとこはいつも』もすごくよかった。誰でもひとつは物語が書ける、という土台のテーマもおもしろいし、創作の戸はいつでも開いているという希望の話でもあるし、何より人間がみんな可愛い。そうそう、人間て可愛い。

そういえば「創作の戸はいつでも開いている」と私も思うけど、自分で物語というものを作ったのは小学3年生のとき、夏休みの自由創作課題で絵本を描いたのが最初で最後だと思う。ひとりひとり発表の場みたいなのがあったので「先にお話しを考えて、それに合わせて絵を描いた。絵を入れると文字を削らないといけない部分があって難しかった」というようなことを言ったら、「家族の人に手伝ってもらうのはずるいことです」と先生に言われた。何のことを言われているのか分からなくて(今も分からない、ショックで間の記憶が飛んだのかも)黙っていたら「ずるいことをして、それを認めた人」みたいになって悲しかった。物語は動物の子どもたちが宝探しの冒険に出かけるが早々に迷子になり、自分たちの浅はかさを悔いていたら、自宅への直通滑り台が現れてめでたしめでたし、というぽやぽやご都合ストーリーだったと記憶している。

各個体の主体的営み

2026年9月24日 (木) 19:57

旅行

はじめに
2026年9月の韓国旅行を記録したんですが、恐ろしく長い文章になりました。
2万字超えの文字数です。私もこわいです!

水曜日
緊張している。今回初めて「家に家主が住んでいる状態で部屋を間借りする」タイプのairbnbに泊まるので、そのことに一番緊張している。ホストのプロフィールは公開されているけど、どんな人か分からないし、私は韓国の食文化や現代美術が好きだし韓国語を勉強しているからできれば話したり質問したりしたいけど、向こうは嫌かも、そもそも日本人が嫌いかもしれない、いや私だって韓国に生まれて育っていたら日本が嫌いだっただろうと思う、この方は年代的に戦後のお生まれだけど、でもこの方のご両親は、おじいちゃんやおばあちゃんは、いや「戦後」だって国が違えば認識は違うだろう、私が考える「戦後」はごく限られた言葉でしかない、と考えても仕方のないことをグルグルしてしまい、胃が痛い。
私は人見知りだし、不慣れなところで安眠できないし、心配事があるとそれが解決するまでずっと落ち着かない。そんな奴が間借りタイプのairbnbを使うなよ。思考と行動が矛盾していますよね、分かります。
荷造りをしていたら前回チェジュ航空に乗った時にグランドスタッフのお姉さんがモバイルバッテリーに貼ってくれた絶縁テープがそのままになっていることに気づいた。このまま持っていく。

木曜日
8時間しっかり仕事を終えてから空港へ。今回は24時過ぎの便なので急ぐ必要がない。ラウンジでシャワーを浴びる。満室なので少しお待ちいただけますか、と言われたけど、結構すぐ案内してもらえた。服を脱いだあと「利用は40分です」と言われたけど、何時何分から数えて40分なのかを聞いていないことに気づいた。どうしよう。スマホを見て、時刻を確認したが、自分が何時何分にここへきて、どのぐらい待ったのか、見当もつかない。聞きにいったほうが良いのか。え、でももう服脱いだし。伝票を確認したけど、ここには書いていない。オーバーすると超過料金がかかる、みたいな案内だけが貼ってある。どうしようかな。私は全裸で何を。いや、まぁいいか。シャワーに40分もかからんやろ。知らんけど。

絵を描く必要があるやつを持ってきたので、空港で描く。旅行中にやりたくないな、荷物も増えるし、と思ったけど、私が描くときに要るのは紙・鉛筆・消しゴム・コピックライナーという古代人みたいなアナログ道具だけなので、荷物が増えるというほどの物ではない。空港ってわりと暇だし、テーブルもあるし、と思って試しにやってみたらえらく捗った。私はシーンとしている場所よりすこしざわざわしている場所のほうが捗る。空港ってベストかも。ノマドワーカーになったら空港で仕事しよう。

早めに出国して、バーのカウンターで続きを描いた。テーブルが少しやわらかい材質なのか、小さい傷があるせいで、線がかわいい。私はこういう意図していない歪みが好きだ。隣に座っていたおじさんが「上手ですね」と褒めてくれてうれしかった。「上手」って言われたこと人生で一回もないかも。まじでまったく上手ではないし。
おじさんはこれから友だち4人でバンコクへ行くらしい。「4日間ずーっとゴルフ、タイまで行って、おかしいでしょう」と言っていたけど、4日間もタイでゴルフする友だちが3人もいて、深夜フライト6時間に耐えられる身体があるなんて、とても幸せなことだと思った。私はソウル便ですと言ったら「ソウルに住んでるんですか?」と言われた。そうだったらいいんですけど。私も12月にバンコクへ行くけど、戻りが深夜便だから空港で時間をつぶせるか、と聞いてみたところ「バンコクの空港は飲食店もずっと開いてるし、人もたくさんいるから安心ですよ」とのこと。それはよかった。

アシアナ航空だったので、深夜なのに普通にいつもの量の機内食が運ばれてきた。さっき蕎麦食べたし、これは何ごはんなんだ、夜食か、おなかすいてないのに夜食。機内食って断りたいけど断ったほうが迷惑っつーか添乗員さんたちのオペレーションの邪魔、みたいな感じがあるのでどうしようもない。一切手をつけなかったとしても、このまま捨てられると容易に想像できる。申し訳ない。蕎麦を食べなきゃよかったか。値下げも返金も要らないので、事前に機内食を断れるオプションがあるといいのにな。
うまく寝付けず、うとうとしていたら着陸。

第1ターミナルにホテルを取ってあるのに着くのが第2ターミナルなのでどきどきした。前日に気づいたけど、どうしようもない。空港のホテルは埋まりやすいので、深夜便で行くと決めた時点で先に押さえており、後から航空券を買ったせいだ。しかもあてにしていた航空会社の夜便が欠航になったので、航空会社自体が変わった。ターミナル間の移動には本来無料のバスがあるけど、これは23時で終わっている。徒歩での移動は禁止されているし、そもそも歩けるような距離ではない。仁川空港はすごく広い。タクシー乗るしかない。

仕方なくタクシー乗り場へ行ったら案内のおじさんがどこに行きたいか聞いてくれて、第1ターミナルに行きたいと言ったら5Cの乗り場から乗って、と教えてくれた。スムーズでホッとする。タクシーのおじさんもすぐに荷物を持ってくれて「疲れたでしょう、眠そうだね」と優しい。
韓国の人たち、いつもすごく優しいのに、すぐ忘れて勝手に冷や冷やしたりソワソワしたりしてしまう。そうだった、困ったときこの人たちが私に冷たくしたり、不慣れな韓国語に首をかしげて無視したりすることなんて、一度だってなかった。ひと言も韓国語が出なくても、困った顔をしただけで、みんな当たり前のことみたいに優しくしてくれる。何も当たり前のことなんてないのに。もちろん意地悪で冷たい人だっているはずだけど、でも少なくとも、私が接した人たちはみんな優しくしてくれた。
おかげさまで無事ホテルについた。顔洗って歯磨きして寝る。着陸してからちょうど1時間後に布団に入った。3時半。

金曜日
シャワーを浴びて出発。荷物をどうするか悩んだけど駅のロッカーに預けると結構な金額になる、はず(ソウルのコインロッカーは利用時間で加算方式)。美術館のロッカーは無料だし、荷物預りのサービスもあるって書いてあるし、と思い持ったまま移動。
早めに着きそうだったので降りる駅を変更して、光化門を少し散歩した。天気良い。

国立現代美術館(MMCA)へ。既に並んでいる。よかった、予約しといて。え、みんなも予約してるのに並んでるのか?なんの列、これ。とりあえず並んでいたら次々に「何の列ですか?」と聞かれて困った。そうは見えないかもしれないけど、分からずに並んでいます。私はいつも堂々と、自信満々に、意志を持ってここに居るように見られるんです。でも違うんです。「これなんの列かな」と思いながら、前の人に聞く勇気もなく、一か八かで並んでいるんです。
途中スタッフの人が列を整理しはじめてくれたので、聞き耳を立てていたら「とりあえず開館に並んでいるだけ、事前予約の有無は関係なし」ということが分かった。
さっき覚えた韓国語「荷物を預かってもらえますか」を口の中で繰り返しながら入館。受付のお姉さんが「40番です」と言ったのだけを聞き取れたので「???」と思ったら、どうやらその番号のあたりのロッカーには機内持ち込みサイズのキャリーなら入る、ということだったらしい。えー助かる。そして相変わらず数字を聞き取れない。「数字を言われたな」ということしか分からない。不便。
身軽になったのでそのままソ・ドホ展へ。

서도호(ソ・ドホ)は仁川空港に作品があるし、直島新美術館で見て好きだったので、今回の個展に絶対行きたかった。会期はまだ始まったばかり、来年2月までなので、本当におすすめです。
特にインスタレーション作品が好きなのだけど(みんなもそうだと思うけど)震えるほど良かった。「そもそもどうやって作った?」がいくつか解決したのもうれしい。私は家が好きで、家について考えることも好きなので、(おこがましいが)似たようなことを考えたり気になったりしているけど、それはただ「考え」で終わっており、全くどこへもアウトプットしない。人にも話さないし。だからそういうのが具現化してあることに不思議と幸福な気持ちになる。手を動かした人にしか見えないものと、見せられないものがある。
特にパーフェクト・ホームシリーズ(シリーズと呼ぶのかどうか分からないが)が本当に、胸が痛くなるぐらいかわいくて、こういうのって写真とか見ててもどうにもならないので、本当に来て良かった。作家本人がこれまでに住んだ家のドアノブ、スイッチ、コンセント、照明器具、インターホン、トイレのペーパーホルダー、天井の装飾なんかを実物大の布で再現してあって、模様とか品番なんかを刺繍してある、っていう作品なんだが、私はこれを、こういうものを愛おしく思う気持ちが、本当に痛いほど分かる。こういうのって、持っていけないから。ドアノブとかスイッチとかインターホンとかって家の備品で、椅子とか、額とか、カーテンとかに似ているし、そこに住んでいるときは境目が分からないぐらい同じものとして扱っているのに、いざ引っ越すとなると、剝がせないのだ。ドアノブはこの家にもともとあり、引っ越しの日には置いていくべきパーツであり、持ってはいけない。昨日までドライヤーとコンセントの差込口は同じものだったのに、同じように「家にあるもの」として扱えたのに、引っ越す日になるとドライヤーは段ボールに詰めて運ぶ持ち物になり、コンセントの差込口とは永遠にお別れになる。なにこの、名前の無い感情は、でもめっちゃ分かる、これを愛おしく思う気持ちが、名前は分からないけど、その気持ちが分かる。せめて何か、この気持ちを残しておくために、何か作りたいと思う感情が、私にはよく分かる。
ちなみに日本語表記だとス・ドホとソ・ドホが混在しており、ハングルだと서だからSeoのはずだと思っていたのに、個展の広告ビジュアルではSuh表記になっていてますます混乱している。

MMCAではもうひとつコンセプチュアルアートの展示も見たけど2時間しか寝ていないので(そのせいにするけど)全然ついていけなかった。コンセプチュアルアートは好きなのだけど、まず見て、それからキャプションを読み、もう一度見て、と時間がかかる。韓国語も英語も堪能でない場合、キャプションもスムーズには読めない。読めても理解できるかどうかはまた別の話だし。この日は惨敗だった。何も掴めない。すべてを睡眠不足のせいにしておく。人が居る展示(文字通りそこに人が居る、という作品)があったのだけど、私は人が居るとどうしても会釈してしまうなぁ、と思った。条件反射みたいに「こんにちは」と思ってしまう。口には出さないけど「あ、こんにちは」と思ってしまうのだ。阿保っぽい。
今年の作家賞展も見たかったけど時間がない。まぁまた会期中に来られるんちゃうかな。去年の作家賞展もおもしろかったな、あの、石をチェックしてホットドッグに見えるかどうかを判定するみたいな作品があったんです。あれなんか好きやったな。

ミュージアムショップでは我慢できなかったのでソ・ドホ展の図録を買った。ぶ厚くて重い。たぶん2kgぐらいある。
友人の誕生日プレゼントに何か作品集を送りたくて、それも一冊買った。良いのが見つかって良かった。2か月遅れぐらいだが、まぁ贈り物に期日などはないし。いやもちろん誕生日に間に合うならそのほうがいいけど。人に贈るものは「本人が欲しがっているもの」か、そうでないなら「私が気に入って、彼女も気に入ってくれるんじゃないかと思えるもの」を選ぶことにしている。

バスで市立美術館へ移動。ふと「あ、今なにか食べないと食いっぱぐれる」と気づき、なんかシャレた店でカルグクスを食べた。ひとりでいると昼ごはんを食べるのを忘れて、おなかがすいたと自覚するころには飲食店が閉まってしまっている、というのをやりがちなので、気づいてくれてよかった。

市立美術館では유영국(ユ・ヨングク)の個展を見た。ユ・ヨングク作品は「ただ見れば良い」という感じなので、ただ見た。気分が良い。寝不足だろうと二日酔いだろうと偏頭痛だろうと、ユ・ヨングク作品の良さは変わらないと思う。こんなに気持ちの良い絵画、そうそうない。身体がまるごと喜んでいる感じが分かる。こんなの、嫌いな人おらんくない?人間は全員ユ・ヨングク作品が好きやと思うけど。嫌いだという人がいたら話してみたいので連絡をください。あ、ちがうこれは嫌みじゃなくて。
《산은 내 안에 있다》という展覧会タイトルも良いね。「山は私の中にある」か、そうよな。

グッズ売り場では作品のかわいい色味を存分に活かした商品が展開されていて、嬉しかった。美術展って本物を見た直後なので複製画は悲しくて買えないし、それでも「記念に何かほしい」という気持ちは高まるので、グッズでほしいと思えるものが売ってあると幸せな気持ちになる。物欲を祝福されている!
「RMも買ったよ」みたいな手作りの小さいポップが貼ってあってかわいかった。ナムジュンいつ来たの?ツアー前かな。
ノートと靴下とコースターを買った。靴下ってアイテムとしてかなり好きで、美術展のグッズにあると100%買ってしまう。マグネットも買えばよかったなぁ。あとkuocaコラボの香水も良いにおいでした。あれはあるやつ?あそこでしか買えんやつ?

あとから調べたら「ナムジュンいつ来た」とかじゃなくてナムジュンの所蔵品が出展されていたことが分かり、かなりびっくりした。展覧会ではどこの所蔵品かがキャプションに書かれているけど「個人蔵」の「個人」が推しだったことなんて無いから……え、どれ、どの作品がナムの?と思ったら、私が気に入って写真を撮ったやつのうちのひとつだった。う、うらやましい。家にユ・ヨングクの絵があるってどういう、うらやましすぎる。良いなぁこんな良い絵が買えてさ。うらやましい。まじでうらやましい。

歩き疲れたのでCHAGEEでちょっと休憩。こんなところにあったのかCHAGEE。ストローがないので店員さんに聞いたら「それがストローです」と言われて、指さされた先に置いてあったなんか硬くて平べったいのをもらった。開封してもストローに見えない。なんかマドラーみたいやけど。???と思ったが吸えた。吸えたわ。そら吸えるか。ストローやもんな。
本を読んでいたら今日泊まる家のホストから「何時に着きそう?」と連絡がきた。「予定があるので18時半には外出する、21時半まで戻らないので、もしその間に着くようならひとりでチェックインできるようにするけど、どう?」ということらしかった。電車の時間を調べて17時には着きます、と返信。

電車で移動。本を読んでいたら1駅行き過ぎてしまった。ソウルを出て、今日は果川に泊まる。果川市は京畿道にある街で「ソウルのベッドタウン」と紹介されていることが多い。京畿道はソウル市をぐるっと囲う形をしており、ソウルがたまごの黄身なら白身にあたるのが京畿道というのを聞いてから、地図もそうとしか見えなくなった。目玉焼きをつくるときに割った白身って、まじでこういう形に広がる。
こういう街のことを、人はすぐ「何もないよ」と言いがちだが、行ってみると何もない街など無い。何も無さを求めているときだってあるし。果川駅を降りるとすぐにかわいい川があって、のぞき込むと川沿いに歩道と自転車道が整備してあった。えー自転車のりたい。

ホストが近道を教えてくれたのに、曲がる道を間違えたせいでちょっと迷った。17時ぴったりに到着、チャイムを押して、鍵を開けてもらう。緊張。
ホストは自分の母親より少し上かな、ぐらい歳の女性で、娘さんが使っていた部屋を貸しているらしい。バスルームは専用で、キッチンも使って良いよ、とのこと。「英語にしようか?」と聞いてくださったのだけど「ゆっくりの韓国語でお願いします」と伝えた。たぶんホストは英語のほうが楽だろうと思ったけど、こんな機会はめったにないので、生の韓国語をたくさん聞きたい。

荷物を置いたあとはスーパーに行った。駅前に行ってみたかったハナロマート(農協がやってるスーパー)がある。テンジャン(味噌)とミスカル(いろんな穀物の粉を混ぜたやつ)が欲しくて、後者は良さそうなの(黒豆の粉が入ってるし全部の粉が国産、糖類もなし、これは良いのを買った)が見つかったけど、テンジャンが無い。いや、あるけど、テンジャン自体はいっぱいあるけど、欲しい感じのテンジャンがない。

私はこういうことが多い。具体的にどこのメーカーのものとか、産地が、材質が、とかが決まっているわけじゃなくて、でも「こういう感じ」がかなり明確にあり、そのものを見さえすれば「これです」か「これじゃないです」は言えるのに、人に「これを探しています」が伝えられないやつ。この、人に伝えられないやつを買いたくて探している、という事象がしょっちゅう起こる。日本にいてもこういうことがある。面倒だと自覚しているけど、どうしようもない。しかもこうなると、店員さんに言えることは「テンジャンを探しています」しかなく、そうすると多分、この棚を案内されて終わる。ここに欲しいテンジャンは無いのに。困ったな。とりあえずまだ初日だし、今日買わなくても良いか。一応棚の写真だけ撮っておく。

夕飯を食べないと、と思って地図を見ていたらハンサルリム(生協がやってるスーパーみたいなお店、いわゆるオーガニック食品のお店なのでちょっと高い、が味は間違いない)があったので行った。ここには良さそうなテンジャンがある。あるけど、高い。そらそうよな。900gで22,000ウォン。1種類しかないので、正直これが高いのか、こんなもんなのかが判断できない。1種類しかないものって買いづらい。決め手を見失うからだと思う。サムジャン(これはネギとか混ざってる味噌、お肉とか野菜につけてそのまま食べるやつ)と海苔だけ買った。

寝不足と歩き疲れでフラフラなので、今日はもう寝たいと思い夕飯はコンビニで済ますことにした。こういう日はキンパを買うのが一番いい。コンビニに行ったら、どうやらその店の人ではないおばちゃんがレジにいて、何らかの事情で席を外している店員さん(おばちゃんにとっては友人であるらしかった)に電話しながらお会計をしてもらう、という妙なことになっておもしろかった。韓国だとコンビニはまじのワンオペで営業していることが多く、その人がトイレに行ったり、休憩したり、とにかく席を外している間は無人になり、ドアに鍵がかかっていたりする場合もある。おばちゃんはしきりに「ごめんなさいね、バーコードどこかしら、ごめんなさいね、私は店員じゃないの」と言っていて笑った。バーコードは私も見つけられるので、せっせとおばちゃんにバーコードを提示する役をやった。
のど飴もほしい、と思い出し、あとから追加すると「もう会計画面に来たのよ、戻れない、戻り方わからないの」みたいなことを言われてめちゃくちゃ笑った。もちろん私からその画面は見えない。別会計で構わないのでいったん決済したら、今度は「あら、のど飴は1+1よ!」とのこと。韓国のコンビニはこういう「1個買ったらもう1個無料」とか「2個買ったらもう1個無料」みたいな売り方の商品が多い。自分で2個レジに持っていくのだけど、客が気づいてない場合は店員さんが「この商品は1+1だよ」と教えてくれる。正直ペットボトルとかの1+1は困るときもあるので、そういうときは「大丈夫です」と言えばいいのだけど、今回はのど飴なので困らない。普通にうれしい、2個欲しい。「えっ1+1なんですか(書いてなかったけど)」と私が言うと「そうみたいよ、書いてあるの、ここに出てる今、1+1って!」とのこと。電話の向こうで、店員さんも笑っている。微笑ましすぎる。キッザニア?

キッザニアのコンビニにはスープ類が置いてなかったので、家の近くで別のコンビニに行った。韓国だとカップスープの選択肢が少ない。汁物にはたいてい麺かごはんが入っているし、みんなお店でキンパを食べるときもラーメンかそれに類する麺類を一緒に食べている印象。電子レンジであたためるタイプのチルド食品ならスープもあるけど、これはたいてい具沢山で量が多いからひとりのときは食べきれなくて困る。日本だと「鍋」として売っているものをイメージしてもらうと近いと思う。
こちらのコンビニにはカップスープが1種類だけ置いてあったので、それにした。何か分からないけど、1種類しかないから選択肢がない。写真から推察するにこれは干しダラのスープだと思う。おいしそう。
お会計のときに店員さんが「あれ、観光客なの?」と聞いてきておもしろかった。あんまり聞かれたことのない質問だ。たぶんクレジットカードが海外発行だから、レジによっては表示されたり、サインが必要だったりするので気付くんだと思う。「そうです、日本から来ました」と言ったら、にっこりしてくれて、何か優しいことを言ってくれたように思うけど聞き取れなかった。たぶん「ようこそいらっしゃい」みたいなニュアンスのことだと思う。こういう言葉って、デュオリンゴでは学ばないので全く耳慣じみがない。デュオリンゴに限らず、初心者が学ぶのはいつもサービスを提供してもらう側の言葉だが、会話する段になると当然サービスを提供する側の言葉も理解する必要があり、ここに捻じれが発生する。

家に戻ったらホストはいなかった。言ってたとおり18時半に出たんだな、と思ったけど、人ん家に勝手にあがりこんでいる感がすごい。そのうえ私は今から夕飯をとるので、ホスト不在のキッチンに足を踏み入れ、お湯を沸かし、箸とスプーンを拝借するのだ。何これ。いやもちろんキッチンは自由に使っていいと言われているし、食器やポットの説明も受けたけど。
さっきホストは冷蔵庫の一角から瓶詰の食材なんかを別の棚に移動させて「ここを使って」と指定してくれた。部屋にミニサイズの冷蔵庫があるより、こっちのほうがなんか嬉しい。
ごはんのあとはさっさとお風呂に入り、22時には寝た。

土曜日
良く寝た。なんて静かな街なんだろう。遮光カーテンのおかげもあって、よく寝られた。しかもこの家にはソウルの家では見かけなかった大きい窓がある。開けて、換気できる窓。韓国はすでに朝晩が15~17度くらいになっていて、とても涼しかった。

昨日買ったゆでたまご・カップのシリアル・牛乳・ヨーグルトで朝ごはんにした。「ここで食べてもいいよ」と言ってくれたので、迷ったけどダイニングで一緒に食べた。だっておしゃべりしたい。人ん家に泊まっておいて、今さら人見知りしてる場合か。がんばる。
ホストはあたたかいお茶を入れてくれて(カモミールティーらしい、おいしかった)、それからテーブルに大きいタッパーをドンと置いた。ミニトマトときゅうり、レタスが入っている。食べていいよ、とのこと。う、うれしい。生野菜うれしい。韓国のきゅうりは日本のより白っぽくて大きいが、歯ごたえがしっかりしていておいしい。種類がちがうのかも。
「今日はどこ行くの?」と聞かれ、「現代美術館へ行く、私は韓国の現代美術が本当に好き」という話をしたら、どうやらホストはそういう仕事をしているのか、そういう大学へ行っていたのか、とにかくなにか関係があるらしかった。おそらくこれが理解できれば概要は分かるだろう、という重要な単語が4~5つくらい理解できず、ボーッとした。分かったふりをしたけど、たぶん分かってないことが分かったと思う。私はぜんぶの感情が顔に出ているので、言語と関係なく分かっていないことがすぐにバレる。普通に「もう一回言ってください」ぐらいは言えたのに、なんか遠慮してしまった。
ホストは日本にも旅行経験があること、豊島美術館が最高だった話をしてくれた。瀬戸内トリエンナーレに行ったの、と言っていたから、たぶん瀬戸内国際芸術祭のことだ。「何回もフェリーに乗って島を行き来したけど、ぜんぜん揺れないの、すごい」と言っていたので笑った。「韓国じゃああはいかないよ」と言うので「でも瀬戸内はそもそも海が穏やかでしょう」と言ったら「それにしてもよ!」とのこと。ふはは。

私は「テンジャンが欲しいけど、ハナロマートに良いのがなくて」という話をした。趣意が伝わるか分からないけど、聞いてみるしかない。だってこの人は料理をする人だ、間違いない、冷蔵庫やキッチンを見れば分かる。とはいえまずは「私が欲しいテンジャン」が伝わらないと話にならないので、撮ってきた写真を見せた。
彼女は写真を一瞥するとすぐに「これはだめ」というようなことを言った。私が「ここに写っているようなテンジャンは日本でも買えるんです、でも私が探しているのはこれじゃなくて」と言うのとほとんど同時に、ここに写っているテンジャンは違うのよ、というように首を振り、添加物と製造方法の話をした。こんなにすぐ伝わるかね、と思うほど、話が早い。
それから彼女は冷蔵庫から2種類のテンジャンを出して、スプーンを出して、味見させてくれた。テンジャンは塩辛いので単体で食べるとしょっぱくて怯むけど、慎重にその奥を探ると味が分かる。2つのうち後で食べたほうが好み、と指をさすと「これは北のほうのテンジャンよ、新潟みたいな場所」とのこと。新潟。さっき十日町の話をしてたから。あぁそうか、原材料だけじゃなくて、産地も見る必要がある。だってテンジャンは大豆と塩だけで出来ていて、発酵食品だからだ。産地や気候の特徴がかなり出るだろう。
ハンサルリムにもテンジャンはあって、これは良さそうだったけど高くて、と言ったら「いくらだった?」と聞かれ、電卓で打って見せたら「それぐらいする」とのこと。そうなんや、そっか。指標がもらえると助かる。さっきのテンジャンは通販で買えそうだけどね、クーパンで頼めるよ16,000ウォン、とのことだけど、残念ながら日本にクーパンはない。クーパンは日本で言うAmazonだ。
「龍山にこういう農産品を扱う大きいお店があったはずよ、探してみて」ということでこの日は終わった。朝からこんなに収穫のある会話が出来るとは。こんなのぜったい検索エンジンに出てこない。しかも私は人に聞いて教えてもらうのが好きだ。料理については特に「一般的にどうか」の答えよりも「あなたはどうか」の答えのほうが、興味深いと感じる。ChatGPTがどう言おうとどうでもいい、偏った話だけが聞きたい。

何より私が「日本にも味噌はあります、日本の味噌でテンジャンチゲを作ったこともあるんです、でも全然違うんです」と言ったとき、ホストが「そうよね、日本の味噌はやわらかくてすっきりしてるもの、テンジャンはこうよ、ドーーーーン!て感じ、完全に別物」と言ってくれたのがおもしろかった。まったくそのとおり。

外に出たらすぐそこにkakaoの自転車が止めてあった。ソウルだと「タルンイ」という名前のレンタル自転車があり、私はいつもそれに乗っているのだけど、ここは営業範囲外だ。ポートそのものが無い。kakaoの自転車は観光客は使えない、という検索結果を見た。でも私、川沿いを走りたい。
一旦通り過ぎて駅へ向かったが、思い直して自転車まで戻った。だって、kakaoのアプリにクレジットカードの登録は出来たもん。kakaoタクシーは乗れるようになってる、はず、設定に間違いがなければ。電動バイクとかは運転免許の関係で観光客が乗れないのは理解できるけど、自転車は免許とかないやん。利用画面を進むと、QRコードを読み込むボタンがある。ここまで来て観光客は乗れん、とかある……?押してみると、先に返却エリアを確認するように、とポップアップ表示が出た。タルンイの場合、タルンイ専用のポートがあり、借りた自転車はポートへ返す仕組みになっている。自分が借りたポートに返さなくても良いが、専用ポートに返す必要がある。一方kakaoバイクは、地下鉄の入口や狭い道をふさいでしまう場所、建物の出入口、点字ブロックの上、などを避ければ、どこにでも返却することができる。ただしエリアは決まっているらしく「ここから乗っていくのはいいけど、行き先が対象外エリアじゃないかどうか乗る前に確認してね」ということみたいだ。なるほど。分かりやすい。でも対象外エリアっていうか、私は川沿いを30分くらい走りたいだけやねん。どこにも行かんでいいし、ここに返しに来ても良いぐらいやねん、そんな奴あんまりおらんやろけど。
QRコードを読み込んでみると、すんなり鍵が開いた。開くんかい。開くやん。乗れるやんkakaoバイク。やったー。

川沿いに降りる道は複数あった。kakaoバイクはタルンイと違って電動なので、坂道も避けずにどこまででも走れる。加速に変わった癖があり、慣れるまでちょっと難しかった。川沿いを20分ほど走り、さらに駅の周りをぐるっと回った。坂が多く、教会が多い。レンガの家かわいい。ソウルではあまり見かけないサイズの立派な戸建てが多い。韓国って街路樹がデカくて好き。なんかお祭りやってる。

満足したので地下鉄の駅まで乗って自転車を返した。駐輪禁止の場所でなければ、地下鉄の出口付近に停めること自体は問題じゃないらしい。鍵をかけて、返却した場所の写真を撮ったら決済が完了した。おもしろ、便利やん、と思ったが高い。40分くらい乗って、600円ちょっとぐらい。タルンイは1時間で120円くらい。まぁ電動やもんなぁ。

地下鉄に乗ってソウル大公園へ。美術館へ行く無料のシャトルバスが2番出口から出ていると書いてあったけど、地上に出てみるとどう考えてもバスが来るような場所がない。幸い見通しの良い地形だったので、すぐにバス停が見つかった。シャトルバスは4番出口から出ています。20分に1本くらいの間隔で運行しているらしいが、かなり遅れていた。土曜日だったので交通事情によるものだと思う。駅もかなり混んでたし。

国立現代美術館 果川館に行く。果川には、春に横浜で見逃した『いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年』を見るために来た。でも果川館にはいつか来たいと思っていたからうれしい。全部の展示が見られて3,000ウォンだそうだ。バスにまで乗せてもらってたったの3,000ウォン?私は観光客だから、この美術館の運営のための税金だって支払っていない。30,000ウォン出したい。カウンターの方は丁寧に「割引の対象ではありませんか?」と聞いてくださったので、「完全にありません」と答えた。変な回答だったな。

果川館は予想を上回るどデカ美術館だった。見ても見ても終わらない。広い。
半分も見終わらないのにおなかがすいたので館内のカフェでお昼ごはんにした。ここは韓食じゃなくてパスタとピザがメインのカフェらしい。韓国だとメニューに「おすすめ」とか「シグネチャー」とか書いてあることが多くて、かわいいと思う。メニュー数が多いお店でも「じゃあとりあえずシグネチャーを頼もうかな、初めて来たし」とスムーズなので助かる。
一度食べてみたかった「까르보나라(カルボナラ)」を注文した。韓国で「까르보나라」と呼ばれているものに、卵は入っていない。だからいつも「それはクリームパスタじゃない?」と思っていた。日本でも「生クリームなし!カルボナーラのレシピ」などを頻繁に見かけるから、同じようなものだ。私はイタリアに行ったことがないのでcarbonaraを食べたことはないが、そもそも生クリームはおろか、牛乳に類するものは使わないはず。
でも私はこういう、よその国で元気に暮らしている食べ物のことが好きだ。ニューヨークに行ったとき、なんかかわいい名前を付けられて愛されていた牛丼のことを忘れないし、リヨンの日本食レストランで食べた巻き寿司は上海風の焼きそばやスパイシーな味付けの焼き鳥、餃子なんかと並んで提供されており、なんか平和で、頼もしかった。だってなんか、アジア人チームみたいじゃないか。
馬鹿にして、軽んじてるなら話は別だけど、たいていの料理はそれを食べた人が「わぁおいしいな、自分の国でも食べてもらいたい、手に入る食材でやってみようかな、もうちょっとアレンジしたら受け入れられやすいかも」みたいなことを考えて、作っているはずだと思う。その後どんな変遷たどったのかは知る由もないが、今おいしく食べてもらっているなら幸いじゃないか。
提供された까르보나라にやっぱり卵は使われておらず、さくさくした玉ねぎとカリッとチップ状にしたベーコン、マッシュルームが入ったクリームパスタだった。チーズも入っているのか、コクがある。韓国らしく、にんにくがしっかり効いていて、すごくおいしい。麺も上手に茹でてあって、良い感じ。「韓国で食べるべきはイタリアン」というのを聞いたことがあるけど、あながち間違いじゃないかも。だってここイタリアンレストランじゃなくて美術館の食堂みたいな店やもんな。あ、ほら「京都で食べるべきは中華」と言うでしょ?

企画展だけでなく常設展も楽しみにしていたので、来られてうれしい。박서보(パク・ソボ)と윤형근(ユン・ヒョングン)の特別な展示室が設けられていて、ただここで深呼吸をするためにここまで来た、と思えるほどだった。幸せで、首のうしろがぞわぞわする。
私はユン・ヒョングンの作品を見ていると訳もなく泣けてくる。自分の無力さとか、なんでもなさ、至らなさなどを、まざまざと思い知らされる感じがする。でも別にそのことを責められたり、怒られたりしていると感じるんじゃなくて、ただただ自分のどうともなさだけが、くっきりする。ぜんぶの内臓が、正しい位置に戻るみたいだ。
手記のような、日記のようなものも展示されていたけど全然読めない。手書きのハングルを読んで理解できるようになるまで、どのぐらいかかるかな。かかっていた音楽もよくて、shazamしたけどヒットせず、残念だなと思っていたら壁にプレイリストが貼ってあって震えた。こ、こんな気の利く展示室ある?ほんとうにありがとうございます。

帰りは美術館の窓から見えていたリフトに乗った。ソウル大公園はその名のとおり、あまりにも広大で、美術館だけでなく湖・庭園・動物園・遊園地がある。人生で見たなかでいちばん広い公園なんじゃないの。
リフトはこの広い公園を移動するための乗り物として結構長い距離を運行しており、足がぶらぶらするのが怖かったけど楽しかった。家族連れとカップルしかいないけど、こういう場所にひとりでいるのは案外嫌いじゃない。意外と寂しくもならない。我ながら不思議だが。たぶん自分の人生に満足しているからだと思う。たぶん。

イーマートに行きたかったので、電車で移動。ダイソーもあったのでおみやげを物色。ベッドタウンらしく、小学校高学年くらいの女の子たちがダイソーのコスメコーナーで「マニキュアほしい」などとキャッキャしていてかわいかった。ダイソーすらハイクオリティの美容大国で、この子達はスキンケアやメイクを気軽に試せるのかと思うと、なんか感慨深かった。やけに毛質の良いアイシャドウブラシがあったので買った。

今日も2万歩ぐらい歩いていて、もう夕飯を食べる場所を探すのも面倒、と思いマクドナルドに入った。旅先でマクドナルドに入ることを揶揄する気持ち、わかるけど、私は絶対に笑えない。おいしいとかおいしくないとかじゃなくて知ってる味を、勝手が分かる店で食べたいの、だって疲れてるから。まぁ今政治的にマクドナルド行きたくないねんけど、それと飲食店としての功績みたいなものは別の話であって、あ、もうこの話長いからやめる。
プルコギバーガーを注文したら、テリヤキバーガーみたいな味がした。バンズがちょっともっちりしている。読書が捗った。

日曜日
起きたら、ホストがパンを捏ねていた。昨日と同じように朝食をたべる。私はソウル大公園が名前のとおりめちゃくちゃ大きかったこと、パク・ソボとユン・ヒョングンの展示室があって最高だったこと、帰りはリフトに乗ったこと、土曜日だったせいか家族連れが多かったことを話した。
ホストが「パク・ソボは私の教授」と言い出したので目が出た。これ昨日聞きそびれたっつーかあんまり分かってないのに分かったふりしてた話やん。落ち着いて聞くと彼女は弘益大学校(美術やデザイン、建築なんかですごく有名な大学)で現代美術を専攻し、コンセプチュアルアートやミニマルアートを学んでおり、パク・ソボはそこで先生だった、ということらしい。私はうらやましすぎて胸を押さえて奇声を発することしか出来なくなった。うらやましい、うらやましすぎる。調べると確かにパク・ソボは弘益大学の美術学部で1962年から97年までの長い期間教えていた、とある。パク・ソボに教えてもらえるって何?どういう?うらやましすぎる。
もっと早くに韓国現代美術に出会っていたらなぁ、と思ったけど私は88年生まれだからどっちにしても間に合わなかった。高校生のときバウハウスに出会ったときに感じたのと、同じような気分だ。私はいつも間に合わない。
パク・ソボの授業はどんなだったか、どんな人なのか、どういうことを教わったのか聞きたかったけど、何一つ聞けなかった。パク・ソボはどういう人なんだろう。作品は知ってるけど、どんな人なんだ。まぁ聞いても回答を理解できたかどうかあやしい。喉のところで「うらやましい」が引っかかって苦しかった。

今日はもうチェックアウトの日だ。私はテンジャンを買えそうな店を調べていたので、ホストに見せた。今日はここへ行って、テンジャンを探します。「確かにこういうお店に置いてありそう、農産品とか、海産物もあるんじゃない」とのことだった。海産物で言うと、気になっていることがある。멸치(ミョルチ)だ。韓国にはいろんな形状の멸치がある。カタクチイワシのことだが、乾物のサイズもさまざまで、魚醤もある。「どう使い分けるの?」と聞いたら、大きいのは出汁を取る用、おなかの部分は取ってから出汁を取ったほうが良い、小さいのは炒め物にする、とのこと。彼女は冷蔵庫から멸치볶음(いりこを炒めたやつ)を出してくれて、食べてみて、とのこと。おいしい。めっちゃおいしい。ごはんほしくなる味。えー絶対作りたい、こういうの大好き、と思ってレシピを聞いたら教えてくれた。母や祖母に聞くレシピみたいで、擬音が多く、もちろん大さじ小さじとかは出てこない。家庭料理である証拠だ。調子にのってナムルは?ムセンチェは?といろんなレシピを教えてもらった。
コチュカル(唐辛子粉)がほしいけど、私は辛いのがあんまり得意じゃないという話をしたら「パッケージに書いてあるから、辛くないのを買いなさい、辛くないコチュカルを」と教えてくれた。そんな簡単なことだったのか。見分け方にコツとかあるのかと思ってた。
彼女は「料理教室に行ったらいいのに、日本でも韓国料理を習えるでしょう?」と言った。私は少し迷ったが、たぶん理解してもらえる、という確信があったので「そういう教室では、あんまり家庭料理を教えてくれない」と言った。日本にも韓国料理のクラスはあるし、韓国料理屋さんだっていっぱいある。でも私がほんとうに食べたい料理は、ほんとうに作りたい料理は、大抵そこには無かった。「だから、自分で作るんです」と言ったら、確信したとおり、理解した、という顔をしてくれた。ありがたかった。分かってもらえるって、嬉しいんだったな。

名残惜しくなると思ったので、チェックアウトの時間より早く家を出た。2泊しただけの家の人にこんなに思い入れたら迷惑なんじゃないかと思うと、走って逃げたいような気分だった。ずっとここにいたいと思うことと、振り返りもしないで出ていくこととが同時に起きていて泣きそう。

1泊だけするホステルに移動して、荷物を置いた。ここは無人運営だから、誰にも会わない。たった2日ぶりなのにソウルは、上京の疑似体験みたいだった。人が多く、道が広い。車が多い。
調べておいた店を目指して龍山に移動する。が、店は閉店してしまったようで、見つけられなかった。ここ2年くらいのレビューや写真が投稿されていなかったから、予想はしていた。残念!
とはいえ、どういうキーワードで検索すれば良いか、というヒントを得ていたから、あんまり焦らない。2駅くらい先の店にあたりを付けて、龍山でお昼ご飯にした。お昼は野菜ピビンパ。生野菜がもりもり乗っている。生野菜ってピビンバに入れて良いんや。ぜんぜん食べ切れない量。
さて龍山まで来たしアモーレパシフィックの美術館に行こうかな、今ソル・ルウィット展やってたはず、と思ったが今回テンジャンを買い逃したらまずいな、と思って見送った。……ソル・ルウィットとテンジャンって、同時に天秤にかけられたこと無さそう。でもものごとにはタイミングがあるからな。

あたりを付けた店に行ったらテンジャンあった!오아시스마켓(オアシスマーケット、オーガニックスーパーみたいな感じと思う、でも別に高級て感じでもない)というところです。ここテンジャンいっぱいある。冷蔵コーナーにあった。え、ハナロマートも冷蔵コーナーに他のテンジャンがあったのか、もしかして。まぁいいけど。
ホストが言ったとおり、どれも大体15,000~20,000ウォンぐらいする。こんなもんなんや。北のほうの産地のがあれば、と思ったけど用語が分からない。原材料に大豆と塩だけが書いてあるものに絞って、あとはもう直感で選んだ。「2年熟成」って書いてある。味見できないのが残念だ。おいしいといいな。
ミョルチもサイズ違いで4つくらいあったので、今朝食べさせてもらったサイズに近いものを選んだ。あ、「炒め物用」と書いてある。日本だとこのサイズのは「そのまま食べる用」として売ってる気がする。

歩き疲れたところに1kgの味噌を買ったせいで、動けなくなった。なんか汗かいたし、甘いのが要る、甘くて冷たいのが、と思いtwosome placeへ。twosome placeは日本で言うとドトールとかエクセルシオールみたいな感じのお店。タッチパネルの店舗じゃなかったので、先に席でメニューを決めてからレジへ行く。
韓国では「ロイヤルミルクティーシェイク」みたいなものの注文がいちばん難しいと思う。なんというか、カタカナは通じないのだ。店員さんはジッと私の目を見て「シェイクな?」という感じで念押ししてくれた。たぶん「ロイヤルミルクティー」もメニューにあるからだ。助かる。ありがとう優しい。ロイヤルミルクティーシェイクは甘いシェイクにソフトクリームがぶち込んであるみたいな飲み物で、最高だった。今一番欲しいのだよこれが。
twosome placeではオレオのでっかいケーキが売られており、いつも食べてみたいなと思うものの、どう見ても食べきれるサイズではないので注文したことがない。大抵ふたりが両側からつつくタイプで分けっこしていて、良いなと思う。本を読もうと思ったけど、友だちの紹介で会った男の子の話を報告している女の子たちの会話が横で始まったので、盗み聞きして過ごした。「結構いい感じじゃない?」みたいな内容だったので、「結構いい感じやん」と言いたくなった。盗み聞きの分際で。

甘くて冷たいロイヤルミルクティーシェイクで元気になったし、15時になったのでいったんチェックインすることにした。味噌も置きたい。ホステルはタッチパネルで入室するタイプ。玄関に入るキーと、個室に入るキーもあって安全だった。バスルームは共用だが、2部屋で1つのバスルームを使うようなので混雑はしなさそう。部屋は3畳くらいだったが必要十分だった。何せ一泊だけだし。冷蔵庫は共用のがひとつ。何か入れたら自分の部屋番号と日付をシールに書いて貼るように、忘れものとかは捨てるからな、というルールらしい。バイト先の冷蔵庫みたいですね。

1kgの味噌を置いて身軽になったので、ムンレ(文来)に行くことにした。ムンレは鉄工所がある小さい街で、空いた工場を若いアーティストがアトリエにした、という経緯で自然とアートスポットみたいな感じになっているらしい。街の成り立ちとしてはニューヨークのSOHOや、東京だと蔵前なんかにちょっと似ていると思う。工業の街には用の美のようなものが染みついているので、分かる気がする。「川向こう」みたいな立地も似ている。最近はカフェやバー、ギャラリーなんかが出来ているらしいし、路地がかわいい感じなので、写真を撮りに行きたかったのだ。
鉄工所として普通に営業している工場もあるようで、シャッターに描かれたグラフィティもマッチしていてかっこいい。このあたりは住宅も多いので、背景に超でかいマンションが写り込んだりしておもしろかった。
今回はフィルムカメラも持ってきたのだけど、天気がずっと曇りだったのでコンデジしか使わなかった。フィルムが高いので、絶対うまく撮れる日にしかシャッターを押したくない、みたいな気持ちがある。その点、デジタルは圧倒的に気軽。

適当に歩いていたらショッピングモールに着いた。お腹すいてきたし何か食べたい。イオンモールみたいな感じなので、雑貨屋さんとか本屋さんとか、チェーンのお店が一揃いしている。モンベルがあったので覗いたら、日本だとなぜか一生品切れしているコインケースが全色あったのでノータイムで買った。黒にしたけどグレーでもよかったな。
レシピ本が欲しいので教保文庫(本屋さん、大型書店チェーン)も物色した。今回は過去最重量キャリーケースの可能性が高いので本は買えないが下見。韓国料理の基礎、みたいなのが良いと思ったけど、パラパラめくってみたところ、むしろお弁当のレシピ本が良さそうな気がした。私は基礎を学ぶのが下手だし、応用から先にやったほうが興味と熱意が持続するので身につきやすいタイプだ。
教保文庫には雑貨や文房具もたくさんあるので、ここでコンデジがぴったり入るポーチを買った。7月にコンデジを買ってからずっと、まじでずーっとポーチを探していたので嬉しい。こんなにぴったりのが見つかるなんて……しかもふかふか素材。ぴったりすぎる。一回踊っていいかな、と思うぐらい嬉しい。

夕飯はポッサムを食べた。ショッピングモールのレストランフロアって、結構良いかも。広いし、空いてるし、夜でも定食スタイルで出してくれるから入りやすい。夜、個人経営の路面店に飛び込んで、ひとりでポッサムを食べる難易度に比べたら、楽勝だ。これで味が悪くなきゃ最高、と思ったら味もなかなかおいしかった。お酒飲もうかしら、と思ったけど自転車に乗って帰りたいのでやめておいた。

ホステルまでどのくらいの距離か分からないけど、自転車なら15分くらいの場所にいたらしい。日も暮れて涼しく、気分も良いのでぐるっと遠回りして30分くらい自転車に乗った。ソウルだからタルンイが使える。Naverマップはよく見ると自転車用道路がある広い道を教えてくれる仕様になっていた。これいいな、便利。

さっさとシャワーを済ませて部屋でゆっくりする。コーヒー牛乳を飲んでいたら友人から電話があったので来週の予定を少し話した。自分が韓国にいるときに日本と通話したのは初めてで、時差もないのに、ものすごく遠いところにいる感じがして不思議だった。本を読んで就寝。うまいこと旅行中に読み終わりそう。

月曜日
荷物はまとめてあるので今日は帰るだけの日だ。一応キャリーを計ったら15.6kg。預け荷物が15kgで手荷物が10kgだから、空港でバラせば大丈夫、ということにして移動。バスに乗った方が楽だが、なんとなく歩きたいので電車にした。チェックアウトまで、ほんとうに誰にも会わなかったな。

空港でいつものタンスユクを食べていたら、突然「帰りたくない」と思って、自分でもびっくりした。ここで思うことはいつも「楽しかった、またすぐ来たいな」だったのに。「帰りたくない」?まじか。
帰りたくないと言われても困る。私の家はここにはないし、明日は仕事だ。湯船や自分のベッドが恋しいはず、家が好きでしょう、観たかった映画も始まったし、ここでは観られないよ日本語字幕が要るんだから、週末には友だちと会うし、一緒に行く洋食屋の予約もしたでしょう、と並べたてたらようやく「帰りたい半分、帰りたくない半分」くらいまで戻すことが出来た。もう空港に着いたんだから、自動的に「帰りたい7、帰りたくない3」くらいになっていてほしい。

保安検査場が混んでいる。この時間は人が多いのかもしれないな。並ぶ以外にやることもないので、ボーっとしていたら、また「帰りたくないな」と思ってしまって困った。帰りたくないよ、私、ほんとうはここに住みたいの、旅行じゃなくて生活がしたい。
こういう萌芽みたいなやつ、いちばん困る。勘弁してくれよ。若くないからワーホリとかだって使えないのに。あとあなたは語学学校に通うのは嫌っていうへそ曲がりでしょう。住めないよ、国側にお前を住まわせるメリットが無いもの。一個も無いよ。
このまま引き返したらどうなるんだろう。保安検査場を逆流して、戻ったらどうなる。いや戻れないか。出国ゲートってくぐったら戻れない?そもそも入国のときに「この便で出国します」って申告したから、出国してないことが分かったら探されるんとちゃうか。知らんけど、警察とかに。

萌芽は仁川空港に置き去りにして、身体だけ帰国した。持ってきた本は機内でちょうど読み終わった。家族連れが延々大声でしゃべっていてうるさい。帰りは神戸空港着にしたので楽だ。関空はやっぱりちょっと遠いからね。
日本は蒸し暑くて、地図を見なくても帰れるし、私は家が好きだった。夕方に家に着くの、結構いいな。着くなり荷ほどきをしたので、1時間ほどしたら旅行の痕跡がなくなっておもしろかった。どこにも行っていないみたいだ。

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