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山羊が憑いてる

2019年10月10日 (木) 21:36

音楽のはなし

アナログフィッシュのライブイベント「town meeting」に行ってきた。京都の紫明会館、てとこで、先週の土曜日。
「town meeting」は2011年ぐらいに始まった記憶があるけど、アコースティック編成でやる、というライブ企画で、不定期ではあるけど、ずっと続いている。

アナログフィッシュは神戸にはほぼ来てくれないので(呼んでないから来ないのかもしれない、私そろそろイベントとか企画したほうがいいのかな、ノウハウとコネクションが微塵もないけど、あと人望もない、あ、出来ないな、出来ません)、大阪・京都くらいまでだったらライブに行く。内容によっては東京でも行く。
来年はもう少し多く、関西圏に来られるようにするからね、と言っていたので、そのつもりで居る。確かに、もう少しライブ観たいんだよなぁ。出来れば2ヵ月に一回ぐらい、と思うけど欲張りですか。

「town meeting」は、意図的にそうしているのか、必然的にそうなってしまうのか、はたまたその両方なのかは分からないけど、”佐々木健太郎”を主軸としたライブになる。
健ちゃんが歌うのを聴いたことがあれば分かると思うけど、あんな、毎晩胸に抱いて眠る宝物みたいな歌声を持ってる人が、バンドの中にいたら、そらそうだろう、完全にそうなるだろう、というライブになる。あの人はギターもベースもピアノも楽器を全部封じられて身一つになったって、ひとりでステージに立ってエンターテイメントを成立させられる人だ。
今回のライブでは州ちゃんが言った「そんなふうに歌えたらなぁ~」の一言に、そこに居合わせた全人類が共感する、みたいな場面があり、「佐々木健太郎とは何者か」というのを全て集約している、と感じて、とても良かった。あんなふうに歌えたらなぁ。

そしてアナログフィッシュには下岡晃がいる、下岡晃がいるんですよ。健ちゃんがフロントマンで、そのバンドはもう、完全に成立してるでしょ、すさまじい完成度で、でもまだ下岡晃がいるの、すごい。
あ、でもこれ逆も全くおんなじ文章で説明できるけど。下岡晃がフロントマンで、そのバンドはもう、完全に成立してるでしょ、すさまじい完成度で、でもまだ健ちゃんがいるの、すごい。
そしてそのフロントマンふたりを両腕に抱えて”アナログフィッシュ”にしているのはふたりではなくて州ちゃんなんだよな。そういうバンドだと思う。ロマンチックだよなぁ。

下岡晃はここ10年ぐらいずっと、日本で一番いい歌詞を書き続けているミュージシャンだと思うんだけど、あまりの評価の追いつかなさにクラクラし、私はずっとブチギレている。どこか駅のホームの自販機の裏あたりに入口が存在し、そこを通じて行けば、下岡晃がワールドドームツアーをやってる世界がある、とかだったらどうしよう、私が知らないだけで。現世がそれにならないなら私もそこへ行きたい、もう二度と帰ってこない。

この日は久しぶりに「Light Bright」という曲をやって、あんまりいい曲だから、もうずっと泣きそうで、でもなんか泣いちゃだめ、と思って、口をぎゅっとしていたよ。泣いてもいいんだけど、普通に泣いてる日もあるし、でもなんかこの日は泣いちゃだめの日だった。泣いてる場合じゃない、ちゃんとしなきゃ、と思った。この場合の「ちゃんと」が何を指すのかは分からない、でもそんなんが分かるなら、私は音楽なんかなくたって生きていける。

下岡晃がいて、ずっと音楽をやっているという事実に、こんなに守られていると感じるの、私の勝手な意見なんだけど、でもそれ以上を求める気持ちは無いのでゆるしてほしい。ただずっと音楽をやっていてほしい。でもそれが当たり前ではないことはもう知ってて、それでもなお、と思う。

「守られている」というか、ずっと支えなんだよ。私のちまちませこせこした生活も、何一つままならない人生も、ずっと好きになれない容姿も、歪んでねじれた性格も、下岡晃の音楽を聴いているときだけは、あぁぜんぶこのままでいいのだ、と思える。まだおしまいじゃない、まだなんかある、違う視点の置き場所が、試してないやり方が、まだあるはず、このままいけばいい、だいじょうぶ、合ってる、と思える。深くお腹で息をして、背骨を元の位置に戻して、まだ、もうすこしがんばれる、と思える。

今年結成20周年なんだよアナログフィッシュ、超おめでとう。いつも大ありがとうございます。好きです。

犀の材質

2019年10月7日 (月) 23:16

uncategorized

私はずっと「人見知り」だったのだけど、”人見知り”って結構ずるいよな~と思っていて、なんというか「人見知りなんで、すみません」って言っといたらあとは相手がうまいことやってくれるだろうみたいな、一枚壁作っといて自分は安心したいみたいな、でもそれってちょっと甘えがあるよな~と思っていて、つまり「先に言ったもの勝ち」みたいな感じになってしまうのが、良くないな、直した方がいいな、と思っていて、ようやく去年ぐらいから段々、もう違うかも、人見知り終わったかも、という感じになってきた。
あ、人が言うのは全然気にならん、「人見知りで…」って言われて、甘えてんちゃうぞタココラとは思わない、私が自分で”人見知り”を言う場合のみ。理由は知りません、考えません。

初対面の、知らない人と話すのがそんなに、苦ではなくなってきたよ。そもそも、初対面の見ず知らずの人と話すことなんか限られるでしょう。何がそんなに難しかったのか、もう分からんな、むしろ簡単じゃないか。
「お住まいお近くなんですか?」とか「ここにはよく来られるんですか?」とか、そんな程度でいいし、それ以上を別に求められてない、求めてもないし。何か聞かれた時だけ自分が話せばよくて、そこで私のことを詳しく知ってもらったり、賛同を得たり、よい印象を持ってもらったりしなくて全然いいんだよ、だって大体の場合はそんなん無理やん。何への挑戦か。

誤解されたくないっていう気持ちが強いのかもしれない、多分、「良く思われたい」みたいなのはあんま無いけど、「誤解されたくない」はわりと思ってるな、誤解されることの多い人生やったからかな…
でも誤解されてるなぁ、と気づきながら「いいや、もう、どうでも、どうでもいいっす」みたいにすることが多かったように思う、誤解してる、とちゃんと伝えたり、解こうと言葉を積んだり、そういうのあんまりしてこなかった、深く理解されたい、とかそういうのをちゃんとやんなかった、そういう他者が必要になるやつ、めっちゃ避けてきたわ、分かってくれる人だけでいいです後は要らないです無いのと一緒です、みたいにしてた、そのツケがまわってきてんのか。そうかも。
結局いつもひとりで気楽にやってて、あらゆる感情を、ものごとを、自分で噛み砕いて消化して、また胃から戻して咀嚼して、みたいなやり方しかしてこなかったから、そのツケなんだろうな、と考えると腑に落ちる。

最近「自我が邪魔になって本質がよく見えない」、というケース多すぎるな、とは言え「結局は何事もすべてバランス」みたいな落としどころしか持ち合わせてなくて、落ち着かない。フワッとする。これでいいのか。合ってる、のか。

今圧倒的に”リアル”を感じるの、通帳の残高ぐらいじゃないの、これは全くフワッとしていません。減る速度が速すぎる、ちゃんと仕事してるのに、出ていくお金が多い、入るお金を上回ってる。登記が何かいまいち分かってない。でももう調べない。必要な時に必要なことだけ調べて、あとは分かってる人に任せておく。

動物園行きたいな、ゾウとかカバとかサイとか見て「大きいね」とか「りんご食べてるね」とかだけ言いたい。

スキージー

2019年10月1日 (火) 21:15

uncategorized

家づくりが佳境を迎えている。佳境と言っても、私は「やっぱりドロップインコンロにしたいです」とか「白でもいい気がしてきました」とか「ここ400でいけました測ってきました」とか「ここのタイルはいきてますか?ません?ませんよね~」とか言ってるだけなのでまじで何にもしてないのだけど。

いろいろ諦めることはあるけれども(ほとんどが金銭的な理由で)、まぁめげずにやろう、住みながら工夫するのだって楽しいし、わりと得意やん、今までだってずっとそうしてきたし、大丈夫大丈夫。いけるいける。泣かないで。

見積書を見るたびに「高いキッチンだな…」と思ってしまう、しかもこれでも下げたんだよ、下げてこれなんだよ、この先ずっと、めちゃくちゃうまい飯を作りつづけてチャラにしなければならない。
めちゃくちゃうまい飯を作るとキッチンが高いのがチャラになる、というのはどういう理屈だ。いやもういいよそんな穴掘っても何も出ない。

新居の近くを歩いていたら、気になるカフェがあって、コーヒーがおいしかったし、ロールケーキもいい感じで、建物も梁がいい感じで、よい気分になった。家の近くに静かでコーヒーがおいしい店があるの、良いなぁ。
薪が積んであったけど飾りかな、寒くなったら燃やすやつ?燃やすやつやといいな。

せっかくまだ昼なので、気になってた温泉に寄ってみよう、徒歩どれぐらいかな、と思ったら、わりと近くて、来たら今度は「これは…入るしかないな…」という感じになって、1時間ぐらいのんびりした。5つぐらい浴槽があって、温度も違うの、楽しかった。
何の用意もなく突然出先で風呂に入るのおもしろいな。良いのか?みたいな気持ちになる。良いのよ。
あと休日がだんだん上手くなってる気がする、特技を書く欄があったら「休日」にしよう。どこにそんな欄があるのかは知らんが。

この町にどのくらい長く住むのかはまだ分からないけど、たのしそうな町でよかった。「B面」っぽいねんよな。我ながらすごいスピードで物件を決めてしまったので「もっと他の物件を見るべきだったのかな」みたいな気持ちがゼロではないけど、もう今そんなこと考えたってしょうがないし、それよりもこの町を好きになることに時間を費やしたい、という気持ち。
たのしく生活するぞ、という意気込みですので、よろしくお願いいたします。

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