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多色

2026年4月15日 (水) 21:56

uncategorized

MMCA(韓国の国立現代美術館)が本当に好きで、毎回行くのを楽しみにしている。今回はライブの前だったのであんまり時間がなく、駆け足で回ったのだけど、ダミアン・ハースト展と、大本命『消滅の詩学:衰退する美術について』展を見てきた。コレクション展は前回11月に来た時と同じ展示内容だったのでパスしても良かったけど、好きな作品(윤형근の다색という作品、めちゃくちゃかっこいい、ちなみに다색を翻訳すると多色、とも茶色、とも出るんですけど、作品名はどっちを指すんか知りたい、作品はどっちにも見えるんです、英題がBurnt umberになってるから、まぁ茶色なんかな)があるのでせめて前を通りたくて(???)入場。好きな作品の前で深呼吸するだけの時間って人生に必要じゃないですか。
ダミアン・ハースト展がめちゃくちゃ人気で、入場するまで結構並んだ。ダミアン・ハーストがすごく人気なのか、どっかで何かがバズってるのか、とかは分からない。若い人が多くて、みんな熱心に写真を撮るので、ただ「休日に美術館へ足を運ぶ私」の写真を撮りに来ているのかもしれない。良いと思う。虚栄心だと笑う人はいるだろうし、自分自身の中にもそういう声はあるけれど、虚栄心ほど何かの種になり得る感情もそうそう無いでしょう。虚栄心が私を美術館に、映画館に、博物館に、工芸館に、民族館に連れていくなら、それはもう知的好奇心・知的探求心とほぼ見分けがつかない。知的虚栄心と呼んだって良いとすら思う。そんな言葉があるかどうかは知らん。無いやろな。

『消滅の詩学:衰退する美術について』は、まず序文から痺れる。引用するので読んでほしい。韓国語の原文をPapago翻訳にかけたものを、私が一部意訳したので、正しさは求めないでほしい。注文が多くてすみません。

優れた作品は「不朽の名作」と呼ばれる。このとき「不朽」とは、「腐らない」という意味を持っている。
「優れた作品」が「変わらない作品、あるいは変わってはならない作品」であるなら、わざわざ変わって消えていく作品を作る理由とは何だろうか?
本展では、いつか腐っていく運命にある作品、いっそ何も残さないと決めた作品、そして自らが分解されるさまを堂々と見せる作品を、『腐る美術(삭는 미술)』という名前でまとめ、紹介する。

要は美術館が、自分たちの仕事は「不朽の名作」を保管し、変わらず不朽であり続けるための箱でしかないのか、変わらず不朽であることだけに価値を置いていて良いのか、という自問自答の美術展、なのだと受け取った。うーん、かっこいい。保管・保存や管理が美術館の重要な仕事のひとつであることは間違いないと思うけれど、何らか問題や問いを提起し、提示して共有することも美術館の役割で、私が期待することでもある。

なお、韓国語の「삭다(腐る)」には「朽ちる」以外に「消化される」や「発酵して味が出る」という意味もあるらしい。
腐敗と発酵に科学的な違いは無い、と聞いたことがある。それを「腐敗」と呼んで嫌悪するのも「発酵」と呼んでありがたがるのも、どちらも人間側の価値観でしかないが、世界はもちろん人間のためだけにあるわけでも、人間はこの世界の中心などではないことを改めて思い起こす。

ひとつめの展示室で展示されているのは「土」で、度肝を抜かれる。しかもこれは「肥えた土」だ。においで分かる。良いにおい。
キャプションによると、この土の面倒を見る耕作者チームが編成されており(実際に私が見たときは水やりをする人がいた)、ソウル大学の研究室が土壌の成分を分析し、分解を促進するために協力しているらしい。
これはアサド・ラザという人の『Absorption(吸収)』という、れっきとした作品である。土は現地で調達した素材と廃棄物を使って作り『neo soil』と呼ばれている。ここではコーヒーかすや宅配の箱、銀杏、松の葉、鶏の骨を細かく砕いたもの、揚げ物のかす、なんかが使われているらしい。つまり、韓国という国の、ソウルという街の副産物が、この土には入っているのだ。土にとってこれらは「ゴミ」と言うにはエネルギッシュかつ豊かすぎるので、부산물(副産物)とされているんじゃないかと推察する。ソウルではみんな水の代わりみたいにアイスアメリカーノを飲み、Coupangの宅配を受け、この美術館の前にある景福宮は周りに銀杏並木があり、松(소나무)は韓国のシンボルとも言える木だし、ビールで乾杯してチキンを食べるが、その鶏肉は揚げてある。
観客はこの土の上を歩くことができ(ふかふか)、望めば持って帰ることもできるようだ。つまり、アサド・ラザという人のアイデアと、ソウルという街の記憶のようなものを含み、その他大勢の人の手と、人でないものたちが育んだ土を、自分の手で広げることができる、という作品。
も、持って帰りたい。土って国を越えて持って帰る方法がいっこもなかった気がする。検疫とおしても土はあかんよね?持って帰りたかった。この土を持って帰って、ベランダで何か植物を育てたらおもしろかっただろう。

後半の展示室で見たエドガー・カレルの『Ru k’ox k’obel jun ojer etemab’el』も良かった。原題が読めない。作者はグアテマラの方だそうなので、グアテマラは何語を使うん、と思って調べたら公用語はスペイン語、とのこと。が、先住民言語が20以上ある、とGoogleは言っている。英語では『The Echo of an Ancient Form of Knowledge』、韓国語では『고대 지식 형태의 메아리』と訳されており、これを日本語に訳すと『古代の知識 形態のエコー』となる。『El eco de un antiguo conocimiento』というのも見つけた、これはスペイン語だと思う、ので、『Ru k’ox k’obel jun ojer etemab’el』はマヤ・カクチケル族の言語なんじゃないかな。
これはマヤ・カクチケル族の伝統的な儀式であり、祭壇であるようなので、要は「文化」や「風習」であるということだから、これを「作品」と呼んで扱って良いのかどうか、という問いが生まれている。が、便宜上作品と呼ぶと、この作品は石(岩)の上に果物と野菜が載せられているもので、30点くらいある。展示室の床に置かれている。
カクチケル族にとって「石は山の体であり、先祖が宿る場所」であるらしい。果物と野菜はお供え物だと言う。日本も同じですね。カクチケル族はこれにお酒を注ぎ、お香を振って、大地と先祖に感謝を捧げることで、作品の完成となるらしい。見ているとキャプションを読まずしてもなんだか愛らしさのようなものを感じ、どこか神聖な気持ちになり、手を合わせたいような気分になった。「石に食べ物を載せただけのものに?」と揶揄する人もいるかもしれないけど、その人もたぶん、名前の書いてある四角い石に花を手向けてお香を立てかけ、水をかけて手を合わせたことがあるだろう。
イギリスのテート美術館はこの作品を「購入」して「所蔵」することをせず、ただ13年間「保護」するという契約をしたそうだ。売り物でなく、誰の所有物でもないものと、美術館がどのように向き合い、価値を認めるのか、所有する以外のやりかたで継承する方法はあるのか、という作品だったと思う。しかもテートの答えは「ある」だったということだ。素敵だな。
ちなみにその「保護」には「果物や野菜を取り換える」は含まれるんだろうか。カクチケル族はどうしているんだろう。日本だとお供えした食べ物は一定時間置いたら私たちがいただきましょう、とするケースが多いように思います。

MMCAはミュージアムショップも大変素敵なので、買い物も捗る。この日は紙のモビールを買った。企画展のグッズもおしゃれだし、セレクトショップみたいな役割も担っているので国内作家の作品を買うこともできる。美術書のコーナーも充実してて、ほんとうにうらやましい限り。
次はソ・ドホ展を必ず見に行きたいです。

土壌

2026年4月14日 (火) 22:39

音楽のはなし

BTS WORLD TOUR ‘ARIRANG’ IN GOYANGに行ってきました。何を書いてもなんか嘘っぽいというか、現実味がないようなので、もう何も書かないほうがいい気もする。でも書いとかな薄れるやん、と思うけど、まぁ書いたって薄れるしな……ゴタゴタ言うてんと、とりあえず箇条書きにしとくか、と思い空港で書く。

  • トイレ並んでる時にずっとでかい声で嫌なこと言う意地悪な日本人がおって出鼻から最悪の気持ち(1行目がこれなのも最悪)
  • 海外で浮かれてるのは構わんねんけど「誰も日本語わかってないから言いたいことなんでも言える」とか言うてるのおかしい、ほんまに意味わからん、アホなんか?
  • 前の子達は韓国語やったけど嵐のコンサートに行った話をしてたから、ある程度の日本語は分かると思うよ
  • あと言葉が分からなければ、聞き取れないなら、誰に何を言ってもいいと本気で思ってるの?正気か?
  • こういう人って、バンタンから何を学んでるんや……7人から何を受け取ったらアウトプットがそれになるわけ……?え、お前のこと誰が好きなん……
  • 「なんでこんな奴がチケットあるねん」と思い、どす黒い気持ちに
  • ゲート前でおしゃべりしてくれた短期語学研修アミに浄化された
  • 職場の仲良し5人が、みんなそれぞれにバンタンに出会ったらしい、良い話
  • 彼女は今日のチケットは無いけど、友だちが入るから見送りに来たらしい、ちょっと音漏れ聞いて帰る、て言うてた
  • さっきのどアホのチケットを没収してこの人が入ってほしいのに
  • こういうことを思うのも嫌やのに、だってチケットは別に、何かのご褒美などではないから、何かの証でもないし
  • なんでこんな良い日にこんな気持ちにならなあかんねん、勘弁してくれよ
  • 私はこういうことがあると何回も反芻してしまって何日も引きずるからまじでしんどい
  • 今後は現場に行くときはヘッドホンを装着して爆音で曲聞くとか対策をしよう、SNSとかなら「見ない」って手段を選べるけど、現場で人の声を聞かんのは無理があるし、列に並んでるときってその場を離れることもできんし……でも自衛せなしんどいのは自分やもんな
  • 気を取り直したフリをして入場
  • 悪くない席、自分で掴んだ2階席は愛おしい
  • 正直7人の本体(本体?)はほぼ見えんぐらいの遠さ、端まで来てくれたら誰か分かる程度の距離、モニタは4枚見える
  • バンタンいつ出てきたんや(ダンサーさんたちに紛れてるから)
  • 一瞬座って観る感じの空気が流れたが、「えっ立つやろ、みんな立たんのか?いやみんなとか知らん立つで、私踊るもん」と思って立った、空気とか知らんねん
  • 立つと危ない人はもちろん座っててください
  • 左隣のアミ、チャントめっちゃやる子で楽しかった、かなり若い子やったと思うけど、大先輩や…… と思った
  • 私はアイドルを好き慣れてないので、チャントへの気恥ずかしさが拭えないが、郷に入っては郷に従え精神も、頑張って参加したい気持ちもあるから、近くに全力でやってくれる人がおると真似して出来るのでめちゃ助かる、彼女のチケット代を私が半分持ちたいぐらい
  • 右の子は陽気なフィリピンアミ、来週東京に来るらしいが「No Tokyo Dome」とのこと、私もやで……
  • FAKE LOVEとRUN BTSが大好きなので感無量
  • RUN BTSで円形になって踊るとこワクワクがすごい
  • Hooliganはアリーナ映えする楽曲で素敵、結構ドラマチックにストリングスが入ってるねんよな
  • SWIMは思ったより遥かにタイトルっぽかった、ホビが「これは踊れる」って言う曲は、普通にこれぐらいの規模の会場を見越してるんかもしれん、すげぇね
  • シンプルに良い曲やなSWIM、過剰さがないから飽きんし、平熱っぽくて好き
  • 一生Into the Sunのアウトロを歌っていたい、良い曲作ったなテヒョン
  • Like AnimalsのAメロがナムギなの超良い、大正解の声質
  • ジンくんの歌、完成度高いうえに安定感ある、貫禄すらある
  • テヒョンの声すごかった
  • テヒョンはジンくんのソロコンに出てくれたので私は生で聞くの初めてではないねんけど、改めてすごい声
  • テヒョンてほんまに、引くほどモテると思うねんけど、顔がどうとか以前に声、あと間、それから視線、あの顔が遅れて来るぐらいに声、声声声、声がすごい
  • 全人類が「口説かれてんのかな」と思うような声と間でしゃべるが、実際には「昨日はしゃぶしゃぶを食べて……12時半には…寝ました……」みたいなことを言うてるキムテヒョン(最高)
  • テヒョンはこの日「このツアーで100回ぐらいメントすると思うと大変、最近のこととか話す時間にする、昨日はお肉食べた、あとピアノやりたくて、先生探してる」みたいなこと言うてて良かった
  • メントで何か「良いこと」を言わなあかん感じ、もう無くていいと思う
  • 「ありがとう」と「好きやで」以外に言うことはないし、これら以上の言葉って無いし、もうお互い分かってるもんな……
  • むしろ「最近のこととか」を本人の口からリアルタイムで聞けるってベストちゃうんか、賢いなキムテヒョン
  • あとナム、ナムも声すごいねん
  • ふたりとも地面から横隔膜側に向かって響いてるみたいな声、下から上がってくる、耳から入ってる感じじゃなく聞こえる
  • ジンくんほんまに何かが吹っ切れたように感じた、ジンくんの2.0かなり良いぞ、そのまま行ってほしい
  • ジンくんから「引け目」みたいの感じんくなった、たぶん無くなったわけじゃないけど、変質したんやと思う、思いたい
  • 上手く丸める術を手に入れた、って感じかな……でも「上手いことやってんな〜」て感じでもないねん、もうちょっとストンと収まってる感じがする
  • そのせいか、無理に力んでる感じがなくなって、全体的にやわらかくなった気がする、ジンくん何を自分に許したんですか
  • グクは顔が印象的、顔というか表情か、グクすっかり大人になったなぁ
  • グクが年を取ることが、グクを解放し、自由にし、強くすることに繋がっていてほしい、と考えてしまって勝手に泣いた、いやなんか……とっても大事な子なので………
  • テヒョンが呼んだらまっすぐに来るジミンめちゃくちゃ良かった、大親友クオズ
  • クオズってもしバンタンじゃなかったとしても、ぜったいどっかで出会って仲良くなったんちゃうかなって思う
  • ジミンがいちばん歌って踊ってるときと普通にしゃべってるときのギャップがあった、めちゃ沼い(沼い?)
  • しゃべってるときめっちゃ人懐っこい感じやし、誰とでも仲良くしてくれる気のいいあんちゃんて感じやのに……ぬ、沼い…
  • ユンギはずっと「母」みたいな顔をしてた、慈愛・包容の顔
  • ユンギのこと「バンタンの父(もしくは祖父)」と思ってたけど違ったかも
  • どちらかというとホビに父性性を感じた
  • ホビが「踊る」にスイッチ入れた時の顔かっこよくて背骨が震える
  • 私ああいう「本分」みたいな顔できたことないと思う、一生できんと思う
  • 良いなぁホビは、何をして生きるか決まってる人ってかっこいいなぁ
  • 私ずっと「このツアー終わったらグループを畳む気がする」と思って(まじでなんの根拠もないです)喪失の恐怖に震えててんけど、ナムが喋ってんの聞いてたら(いや内容はほぼ分かってないが)ぜんぜん違うかもしれんな、と思い直した
  • むしろ続けるために、みんなで続けたくて、どういう続け方ならやれるか、やりたいと思えるかを、ずっと模索してて、今も模索し続けてる、って感じがした
  • 短距離走しかやったことない人がマラソンに出るために走り方を変える、みたいに
  • 困難なのは「マラソンに出るための走り方なら先人に倣えるけど、この件に関しては先人そのものがおらん」という点でしょうけど……
  • あなたたちはやれるよ、と信じるのがこちら側の仕事でしょうか、他になんかあったら声かけてほしい
  • 今月末には釜山コン(6月分)のチケッティングがあるんですが、今はまだ何も考えられん、知らん、一旦考えんようにします
  • 私の人生で、最初で最後の生BTSやったんかもしれん、まぁそれでも悔いはないです

ツノが生えてきた

2026年4月6日 (月) 22:30

音楽のはなし

スピッツのライブに行ってきた。ファンクラブに入っていてもなお、アリーナツアーの先行に外れ、結局1枚のチケットも買えないままツアーが終わってしまったりするようなモンスターバンドなので、ファンクラブツアーって正直ありがたい。とは言え1時間半ぐらい演奏して、コーナーとかやったりして終わるんちゃう、長くても2時間はいかんかな、と油断していたらたっぷり2時間半、ほぼ演奏しっぱなしで度肝を抜かれた。元気すぎひん???

マサムネはその容姿と歌声から、老けない・妖精・エルフ扱いされてSNSで取り沙汰されているのをたまに見かけるけど、マサムネに限った話じゃなくて、普通に田村リーダーもテッちゃんも崎ちゃんも全員若すぎる。知ってるおじさんの中で一番若い。4人中ふたりがノースリーブ、ひとりが短パン(さすがに膝下)て。しかもあの、見てて不安になるおじさんの二の腕じゃなくて、めちゃ健康的な二の腕、それ何。どうやったらそんなことなるん。私の二の腕のほうが出せへん、私はスピッツより20歳も年下やのに……
あと、まだ全然キャッキャしている。スピッツって仲良しやな、といつも思ってたけど、仲良しとかいうレベルじゃないかも。MCじゃなくておしゃべりをしてるやん。楽しそうで最高です。若さっておしゃべりから生まれるんかもしれんすな。あ、そうかも。おしゃべりする相手がおる人とか、おしゃべりを楽しく出来る人って全員若い。

さらに恐ろしいのは、終盤に演奏してくれた新曲が、まだ正式なタイトルすらないというその新曲が、今日演奏した中でいちばん若々しかった。しかもあの、変に若作りして無理が透けてるやつじゃなくて、たとえばラジオでイントロが流れてきたら「あ、スピッツか?」てなるようなシグネチャーな、にも関わらずエナジー!みたいなやつ。すげぇーーー知ってたけど、改めてスピッツすげぇーーー

ちなみに私は草野マサムネを妖精扱いすることには強く反対している。勝手に反対せえよ知らんがなと思うでしょうが、でもだって、草野マサムネは、ちゃんと歳を取っています。当たり前のことを言うけど、草野マサムネは人間なので、1年にひとつ歳を取り、皺が増え、声の水分量みたいなもんは当たり前に減っています。あなたも私もそうです。ええか、よう聞けよ、マサムネがすごいんは、老けへんこととちゃうねん。老いてなお、あの声に、お気に入りのガラスのコップを透明な水を汲んだときのような満ち足りたきらめきがあること、耳の下を5月の終わりの風が通ったときのような柔らかい温度と湿度があること、落ち葉を踏みしめたときのような新鮮な喜びの感触があることやねん。私たちが何歳年を取ろうが、こういう心地よさ・気持ちよさ・美しさって、損なわれることがないねん。つまりマサムネがすごいんは、人間やからやねん。

テッちゃん寄りの席だったので、久しぶりに「ギターを弾く人をまじまじと見る」という体験が出来て幸せやった。三輪徹也さんはその風貌からはギャップすら感じるほど丁寧なギタリストなので見応えがある。ドヤ!もやらんし、「まぁこんなもんでええやろ」もやらんという……かっこいい。こんな丁寧に、丹念にギターソロを弾く人、そうおらんと思う。『田舎の生活』で弾いてたあれは12弦ですか?美しかった。あと三角のピンクのステッカーが貼ってあるゴールドのレスポールの音、あのギターいつも「めっちゃスピッツの音する」と思う。スピッツって不思議やけど、マサムネが歌う前にもう分かるねんよな。

今回、客席にどう見ても20代の、若い子が多かったのも嬉しかった。もしかして、コナン新規とか、ほらSPY×FAMILY新規とかが、生まれてるんちゃうんか。そんなんって最高。驕らずサボらず、ただ真面目に良いものを作ってれば、ちゃんと聴く人がおる、ということの証左やん。うれしいな。みんな他に音楽なに聴くんやろ。私、よくよく気をつけな若い子に話しかけるタイプのおばさんになると思う。なんか、そういう緩み方をしそう。筋トレせな。

とはいえホールライブの座席は窮屈で、サビになったら右手を揃えて一定に振る感じも永遠に慣れず、曲間のやけにシーーーンとした時間を素面で過ごすのも気詰まりで、私は「もしこれが、この人口規模の村やったら、私はこの村を追われたやろうな」などと、妙なことを考えた。だってあまりにも、違和感があり、馴染んでない。落ち着かん。『正夢』の「ずっとまともじゃないって分かってる」という歌詞が沁みる。分かってるよ。まぁそんな文脈の歌詞ではないが。強く生きよ、と思った。まぁこの村を追われても、別の村で生きていけるよきっと。どの村も追い出されるかもしれんけど、その時は森のはずれにお手製の小屋でもたてて、ひとり静かに暮らすのもいいよ。

私がスピッツを聴き始めたのは8歳のとき、親はライブに行くような人たちじゃなかったので(そんな余裕はなかったと思うし)初めてライブを見たのは16歳のとき、そのころにはもうスピッツはホールでやるバンドになっていたし、最近はアリーナツアーが普通で、スタンディングでやるにしてもzeppクラスで、だからライブハウスでスピッツを観るという夢は叶ってない。私スピッツでモッシュしたかってんけどな……こんなこと言うとから村を追われるねん。

田村リーダーが『裸のままで』を、クージーが『ガーベラ』をやりたいという話をしてくれたのが嬉しかった。結成40年にもなろうバンドで、まだ「あの曲やりたいな~」があるの素敵すぎる。正直スピッツで知らん曲などひとつもないし、嫌いな曲とか聴きたくない曲なんかまじでひとつもないので、本人たちがやりたい曲をやってくれたら良いと思うのだけど、ファンクラブツアーは毎回「演奏してほしい曲を3曲」選んで投票する形式になっている。これはこれで良い企画と思うけど、5人がやりたい曲を選ぶ回とか、スピッツスタッフが聞きたい曲を選ぶ回とかがあっても良いんちゃうか。楽しそうやけど。
そういえば昨日、『ガーベラ』の歌詞の「追い求めたモチーフはどこ」という部分をプロデューサーが「モチ一つ」と読み間違えた、というマサムネのエピソードトークを聞いて笑ってたけど、いま冷静に考えたらそれは『ガーベラ』 じゃなくて『コスモス』の歌詞ちゃうん。え、クージーは『ガーベラ』をやりたいって言うてたんじゃなかった?『コスモス』やった??でもメンバー誰もツッコんでなかったから、私が『ガーベラ』と思いこんだだけかもしれん。花の名をタイトルにするマサムネはかわいい。
テッちゃんの「こないだね、初めて、席を譲られました」というエピソードトークも良かったね。譲られた、という点にフォーカスして話したので「座った」のか「断った」のかは分からんけど、テッちゃんは素直に座ってそうなのも良い。

スピッツのライブに行くと絶対にカラオケに行きたくなって帰る、というお約束がある。やっぱメロディーが良いからかな。歌いたいねんよな。家近かったら2時間カラオケしてから帰るとこやったけど、今ここは広島で、私の家は250km先にある。バスに乗れるかすら怪しいので自転車を借りて、広島駅まで帰った。駅でがんす買ったから明日食べる。

BTS:THE RETURN 雑感

2026年3月30日 (月) 20:28

uncategorized

  • BTSのドキュメンタリーって過去に4本ぐらいあったと思うけど、今回のが一番良かったな
  • 1回観ただけなんですが、このフレッシュな感想を保存したい気持ちがあるので書いています(翻訳してくれてる人のツイートは読み漁りました、映像翻訳てほんま難しいよな~)
  • ジンくんが来るところから始まる感じ、意志を感じてとてもよかった、なんというか、私が監督ならそうする、とも思った
  • ソングキャンプ自体はこの1ヶ月前に既に始まってたので、その間も撮ってるに決まってるけど、つまり編集の段階でここを始まりにしたってことでしょう
  • 分かるわ、7人揃ったとこが始まりやんな監督、えーっと監督はだれですか、バオ・グエン監督とのこと、ありがとうございます過去作も見ます
  • このあとのシーンは時系列けっこうバラバラなんじゃないかと思うと、余計にジンくんが来たところを最初にするというのが「選択」であると感じて良かった
  • 全体的に「よかった」の一言なんですが、特によかったポイントを細かく挙げていってみようと思う
  • まず「Body to Body」にアリランをサンプリングしたのを聴いたホビ、ジミンのビビッドな反応が映像になってたとこ、この一連のシーン超よかった
  • 続けてホビが「これナムジュン聴いたの?まだ?聴かせよう」という流れ(なおかつホビ・ジミンはこのサンプリングに好感触を示している)
  • からの、これを初めて聴いた(おそらく初めて)ときのナムジュンの顔&ユンギの顔!!!(どうよこれ?あかんよな?→あかんて、あかんやろどう考えても のやり取りをひと言も発さず、顔だけでしているナムギ、最高)
  • 最高、この一連の流れの撮影に成功し、作品に収めたの最高
  • 私はアルバムを初めて聞いたときにここで結構「おぉ……ええやん……」とグッときたので、ホビ寄りの意見、ただ違和感があるかどうかで言えば「(良くも悪くも)ある」と思ったので、入れたくないという人がおるのは理解できる、テヒョンも「ちょっとわざとらしすぎると思われない?」みたいなこと言うてたな、ごもっともな意見です
  • でもそれは私が韓国人ではないからなのか、音楽に明るい人間ではないからなのか、民謡「アリラン」への理解度や解像度の低さからくるものなのか、分からない、どれでもある気もする
  • ナムジュンはこの違和感について「パンとトンカツとキムチを一緒に食べるみたいで変」というように言い表し、ジミンに「美味そうやけど?美味そうに聞こえる」と言われていたのもおもしろかった、確かにそれは美味そうってか、私そのサンドイッチ上手く作れる自信あるわ
  • 何よりバンタンの右脳と左脳、アダムとイブ、であるところのナムジュンとユンギが表情だけでやり取りしているところを見られたのめっちゃ良かった(その間で踊るホビも含めて)
  • ナムギってあのふたりにしか持ち得ない、好きだの嫌いだの仲良しだのの域をとうに越え、最も形容しがたい関係性があるやん……あんなもんは望んだって手に入らないし、関係性で白飯食えるぐらい味する
  • ホビはダンスが自分の軸として根底にあるせいか、音楽としてどうかとか、楽曲としてどうかとかよりもっと前の「身体が動くかどうか」みたいな評価軸があるように見える、ここにナムギとの根本的な違いを感じてグッと来てしまうし、ラプラにホビが要ることのありがたさを実感する
  • おそらくナムギだけをラッパーにして、ホビはボカラにしてもグループは成り立ったと思う(ホビはナムギに比べて元々かなり歌えるし)けど、もしそうしてたら、全くこうはならんかったと思うと、感動しちゃう……
  • この曲のこのパートについてはこのドキュメンタリーの後半まで延々揉めてて(というかいろんな意見があって、長く議論されており)良かった
  • だっていろんな意見があり、正解があるものではない、どれを解とするかは決めるしかない、ということそのものが、健やかじゃないですか
  • ナムジュンのクロノスとカイロスの話もよかった、ナムジュンが背負う重圧のことを思うと私はいつも「逃げろ、いつでもぜんぶ放り出して逃げろ」と思ってしまうんですが、ナムジュンはまるで苦悩するために生まれてきたみたいな顔をして仕事をしているので「逃げろ」などと外野から言うのも十分に加圧ですね、と思ってまじで何も言えない
  • だって逃げたら逃げたことを逃げた先で結局音楽にしそうやんナムジュン
  • ジミンが「BTSはやっぱり別格、て言われたい(から頑張る)」とハッキリ口にするシーンも良かったですね、かっこいいぞジミン
  • っつーかクオズ、ジミンとテヒョンの成長、著しくないですか?顕著すぎん?
  • ジミンはソロアルバム作ったとき、意図的にパフォーマー・プレイヤーからクリエイター・プロデューサーのほうへ自分を移した感じがあったけど、これを見据えてたんか?そんなんじゃなくて普通に心境の変化?めっちゃ聞きたい
  • ジミンわりとずっと楽しそうに見えるというか、漲ってる感じがあって、頼もしかった、こないだのカムバライブのときも、頼もしかったよジミン
  • 一方テヒョンは昔から気分のムラというか、浮き沈みの波が大きい子、という印象があり、なおかつそれをうまく取り繕ったり誤魔化して無かったことにしたりしないところが愛らしい人だったと思うのだけど、なんか、すごい、強くなったね、入隊前に「強くなりたいんだ~」って言ってたのは、身体的なことだけではなくて、身体ごと強くなりたい、みたいな意味やったのかもしれんね、興味深いです
  • なんかガス抜きをするための言葉をかけられるようになってて、結構びっくりした、みんなが「行き詰ってて……」みたいな重苦しい空気のときにテヒョンがぽそっと「景色はきれいなんだけどね」みたいなこと言うシーン印象的でした
  • こういう、窓を開けるみたいなことを言うのって、大事なんよな……
  • テヒョンてこういうの言えたっけ……いやどっちかっつーと黙っちゃうとか、その空気にどっぷりいっちゃう、みたいな子じゃなかったか
  • ジンくんが自分の無力感みたいなのを口にするシーンも、前やったらテヒョンは「そういうことを言わないでください」って言ってたと思うけど、「なにがつらいの?」って聞いて、ちゃんと「自分がなんのためにここにいるか分からない(のがつらい)」って口に出させて「みんなもそうなんだよ(=分かるよ)」って言ってて、すごかった、テヒョンまじ、良い大人になってる……
  • ジンくんが自分を卑下する・卑屈になるのってもう癖っつーか十八番みたいな感じで、わりと頻繁にあるけど(本人は率先して自虐して笑ってもらうほうが楽なんだと思う、気持ちはわからんでもない)テヒョンは毎回真顔で「言わないで」って言ってきてんよね
  • これもまじで気持ちはわからんでもないっつーか「ちゃんと出来てるのに何で卑下するんや、かなしい、聞きたくないし笑えへん」っていう気持ちと「“そんなことない”って言われたくて言ってるわけじゃないのは分かってる(から尊重したい/望むなら空気読んであげたい/けどできん・やりたくない)」っていう気持ちのコンプリケイテッドマリアージュ(?)なんよな
  • だからこの「なにがつらいの?」を一個のせられるようになってるの、すごいねん、すごいぞテヒョン、簡単そうに見えるけど、これはすごいことやぞテヒョン
  • 片手で顎わしづかみは普通に「逃がさんからな」の意やと思うけど、ジンくんは多少手荒にでも物理的に捕まえてしゃべらせんとのらりくらり躱して逃げるもんな、めっちゃ分かるわ……
  • ジンくんも適当に(適当っつーかジンくんはすぐ剽軽ぶって流そうとする悪癖があるから……)あしらわずにちゃんと答えててえらかった、そうやって吐いたってどうにもならん弱音を弱音のまま吐けるようになってんの、めっちゃ良いと思う、なんでもかんでも自虐オブラートで包んで笑わんでええねん
  • そういえば冒頭でもモソモソごはん食べながら「軽めに言ったけどまじで疲れてる、点滴5回打ってん…」みたいなこと言うてたな、みんなも「そうかそうか」みたいな感じで聞いてくれてたし
  • ジンくんてこういう「言ってもどうもならんこと」を言わんタイプの人、もしくは「笑いながらおもろいことみたいに言えば言える」みたいな感じで言ってきた人やと思うけど、ちょっと変わったんかもしれんね
  • テヒョンへの顎ぺちぺちは悔し紛れの照れ隠しやと思うけど、普通にかわいいので継続で大丈夫です
  • ジミンが「BTSはやっぱり別格、て言われたい」にみんなで賛同したあと「でも結果も大事やけど、みんなの幸せを望んでる、過程もみんなで楽しめると思うよ」ってジンくんが言うのが良かった
  • ジンくんは一貫してこれを言ってきたと思うし、もはやこれを言うことがジンくんのチームでの仕事っつーか、ひとつの大きな役割であると思う
  • そのことを自覚してるかどうかは知りませんが……自覚してて意図的に言ってるようにも見えるが、ジンくんはただ直感で生きてるだけのような気もします
  • だいたいこんなことナムジュンは絶対言えんのよな、嘘でも言えんと思う、そこがキム・ナムジュンという人間の良さやし……
  • 実際ナムジュンはこういうジンくんのスタンスというか哲学を理解するまでにだいぶ時間がかかった、みたいな話をしてたし(ジミンもしてたな)
  • チームで何かやるときにこういう、調圧をする人、反対側の窓を開けて風を通す人、みんなが太陽のほうを見ているときに陰を見る人、みたいな役割が必ずあるし、それを蔑ろにしたかどうかって、結構後になって分かることじゃないかな、と思った
  • ジンくんが「家におるのに家に帰りたいって思うことない?わかる?」ってグクに聞いて「わからん」て言われてるシーンもよかった、そこで「わからん」って言うのも、たぶんほんまに分かってないのも、あまりにもグク、最強の男ジョングク
  • もはやジンくんも「わかるよ」って言われる気がさらさら無いのもおもしろい、だって「わかるよ」って言われたかったらグクには言わんもんな
  • どさくさに紛れて「(グクの家の鍵に)僕の指紋登録して」って言って普通に「いや」って言われてるのもかわいかったな、これも「いいよ、いつでも来て」って言われるとは思ってないやん
  • こういうフワッとした甘えを吐き出せるジンくん良いな、重くも軽くもなく拒否できるグクも良いし、めっちゃ「家族」って感じ、だってグクは「嫌って言ったらジンヒョンが悲しいかも」とか微塵も思ってないやろ、あまりにも兄弟のそれで、かわいい
  • みんなで海に行くシーンもよかった、少し、ほんの少しだけでも、息抜きになる時間があってよかった
  • この日に配信してくれたの覚えてるし、こういうホッと一息つけた日に「配信しよう、アミに顔見せてあげよう」と思ってくれたんかと思うとうれしい、ファン冥利に尽きます、愛されてるなって……ホロリ
  • ユンギが思ったより気負ってなさそうに見えた(見えただけかもしれんけど)のも、良かったな、ちょっと意外ではあったけど
  • 私はバンタンはこのアルバムとワールドツアーで、グループをたたむ(無期限で休業する)んじゃないかと(※なんの根拠もないです)、ある種怯えながらも気持ちを備えようと思っててんけど、ユンギは「このアルバム一作でどうこうならんやろ」みたいな、良い意味で思い詰めてないような感じに見えた、確かにこれ一作で過去にやってきたことは損なわれないし、これ一作で今後のすべてが決まるなんてことも無いもん
  • そう、ユンギはこの状況とか環境とかを「今後も訪れる波のひとつ」として楽しんでるように見えた、希望的観測かもしれませんが……
  • ナムジュンが圧倒的にクリエイターなのに対して、ユンギはもう少しプロデューサー寄りというか、俯瞰で全体を、もっと言うとアルバム単位ですらなくてグループの流れみたいなものを見てる感じがする
  • 希望的観測かもしれませんが!!!
  • ナムジュンがSWIMの歌詞を書くシーンで「この”Swim”は命令ではなくて推奨しているわけでもなくて、ただの”Swim”」みたいなこと言ってて興味深かった、一聴してそのことは伝わってきたから
  • 私はファンなので、7人が悩んだり苦しんだりしているさまを積極的に見たいとは思っておらず、出来ればアルバムはある日突然天から全曲羽根つきで降ってきて、歌詞は起きたらナムジュンの枕元に置いてあれ、LAでの2か月間は海とプールで交互に泳いで毎晩バーベキューでどんちゃん騒ぎしふかふかのベッドで惰眠をむさぼり尽くして過ごしてくれ、と思っているのが本心と言えば本心だが、一聴すれば分かるレベルの「んなわけないがな」というアルバムだったので、どのような形であれその制作に触れられたことに、深く感謝しています
  • 推しがいると万物に感謝するしかやることが無いですね

Come back to me

2026年3月23日 (月) 20:47

uncategorized

BTSのカムバックライブを観た。最高オブ最高。ありがとうBTS、ほんとに待ってた。長かったけど、でももう今となっては、あっという間だったなと思うくらい。
なんかほんまにカムバックしたんやな、という実感がわいてきた。何回も7人でライブ配信をつけては「(ネタバレできんから)あんまり話せることがない」と笑ってた日々が懐かしいように思う。「はやく聞かせたい」気持ちだけは受け取ってたから、なんかめっちゃ嬉しい。ようやく始まったな~
新曲の披露はもちろん、ダンスも初お披露目やったので見どころが多く、なおかつ感動した。懐かしさすら感じるほどみんな変わらんけど、超スキルアップしてるし……リアルタイムで見られるのも嬉しい。何せ曲は出来てるけどリリースまではだいぶタイムラグがあり、本人たちはあらゆる撮影を済ませ、振り付けを入れてリハを重ねているのに何も見せられずにいるので、ライブ感みたいなものがずっと無かった。仕方ないしいつものことではあるけど、双方しんどかったと振り返って思う。
おナムは直前の怪我で残念だったけど、長いツアーに出るのでこういうことは今後もみんなに起こり得る。身体を使う仕事である以上どんなに気をつけても怪我するときはするし……過ぎたことはしゃあないんやし、あまり気に病まないでほしいな、と思ってたけど、ちゃんと切り替えてるように見えた。そらそうよな。プロやもんな。『Dynamite』終わりに6人がさっさとはけようとしてキム・着席ナムジュンが「僕を置いていくのか!」「もう一曲やろうよ」と言って『소우주』が始まる流れもかわいかったし。ナムはめちゃくちゃキュートな男なので……
衣装も良かった。『Lyrical Armor』とのこと、詩的な、鎧。うわぁーお。かっこいいし、イメージぴったり。ユンギが着てたシャツ欲しい。あとテヒョンが着てたスカート(ってかパンツか?重ねて履いてるのか繋がってるのかは謎)。
それからこの日のステージはまじでテヒョンが良くて、過去一かっこよかったんじゃないかと思う。まだうまく言語化できないが、なんか落ち着いてて……好きになるからやめてほしかった…………いや好きじゃなかったみたいに言うけど普通にずっとめっちゃ好きでした。テヒョンを見ていると、人間は良く変わっていくことが出来ると思える。あと年を取ることはそう悪いことじゃない、とも。

ステージそのものよりも、運営に心配があったので、まずは無事に終わったことに心底安心した。あの規模のイベント(道を封鎖するレベル)にたくさん人が集まるとなると、どうしても梨泰院の事故が脳裏をよぎり、どうかみんな無事でいて、と思う。まぁ梨泰院と違って道自体は広いけども。さらに、想定より人出は多くなかったみたいな報道を見たけど、実情はよく分からんすね。とは言え怪我人が出たり、テロみたいな怖いことが起きてた可能性だってあるし、無事に終わってよかった。まぁ市民とか、なんにも関係ない旅行客とかにも、影響はあっただろうし一概に「無事」などとは言えませんが……

あとこういうのって毎回「チケット取れてないけど音だけでも聞きたくて行ったら入れてもらえた、熱意があったから報われた」みたいなことを言う人が少なからず出てきて、行かなかった人たちが「みんな我慢したのに自分勝手な人が結局得するのムカつく、運営も入れるべきじゃない」と激怒する、という流れがある。今回もあったっぽい。まぁその、ズルしたことを嬉々としてSNSに書くなよ、というのも大前提としてあるし(そのスマホは推しの手元にも繋がってるのに、比喩でなく)、現場がどういう状態やったか分からんねんから一概に運営を責めるなよ、とも思うけど(止めるのが危険な場合も想像できるやん)、もっと根本的に「そういう恥ずかしい生き方をするなよ」と思ってしまう。だってもしさ、自分の推しがよ、「招待されてないけど好きなハイブランドのパーティーがあるから行ってきた、顔売れてるから入れてもらえた!熱意が伝わったよ!」ってSNSで言ってきたら「さすがにやめなよ、恥ずかしいよ、そんなん嬉しくないで」と思わんか。
空港とか会社とかに行く人も全然減ってる気配がないし、結局行ったもん勝ち、と思ってんのかもしれんけど、勝ち負けじゃなくて品位とか品性とかの問題やろ。負けようが損しようが、私はダサくなりたくない、私は私をダサい人間やなと思いたくない。すでに78個ぐらいコンプレックスがあるのに、これ以上増やしたくない。ま、ダサかろうがズルかろうが1秒でも多く推しをこの目で見さえすればそれでOK品性とかクソ喰らえ、みたいな人が全然いっぱいおることや、この話そのものが一切通じない人が大勢おることは知っています。

Netflixでの配信は初めてやったけど、Weverse配信とは比べ物にならんクオリティで良かった。スイッチングとかは全然文句言うところがあるけど、音響とかタイムラグとか、画質とかに関して言えば、大満足やったと思う。Weverse配信て何回もやってきたけど画質悪い時間が続いたり、フリーズしちゃうとか、巻き戻しできるわけでもないし、結構高いお金払ってるのに頼むで……と思うけど、Netflixは全くなかった。だいたい公演の制作費に10億も投資したのに配信権のみ、ってのも潔くて好感が持てる。つまり公演そのものには口を出せない=この曲は絶対やってね、とかは言えん、という契約なんやと思うけど、それに10億も出せるのすごい。もちろんサブスク契約でそのぐらいはペイできる、という算段なんだろうとは思うが……あとはこの規模のライブ配信を大きなトラブル・ミスなく出来るか、という、ある意味「堂々と実験できる」みたいなメリットもあるんかな。こんなのテストで出来ることじゃないから、今後の事業展開的に絶好のチャンスやった、という可能性もあるよな。数年後で良いのでネタバレ的に教えてくれたら楽しいのにな。ともあれネトフリありがとう。日本語字幕もすぐにつけてくれてありがとう。仕事早い人好き。
スイッチングは誰の管轄か分からんけど、ネトフリじゃないような気がする、HYBEちゃうんか。素材は山ほどあるでしょうし修正できると思うので、今からでもお願いします。どう修正すれば良いか分からんようでしたら、私が代わりにやれます。

ARIRANG 雑感

2026年3月20日 (金) 19:47

音楽のはなし

  • アルバムタイトルが発表されたとき、私は友人に「“〇〇みたいな曲”をやらんぐらい“次”って感じなんかもしれんね」と言ったが、ほんとうにその通りだった
  • 待って、タイトル曲が地味です
  • いや語弊があるけど、でも決して派手ではないでしょう
  • 明るくないし、ポップじゃない『SWIM』
  • ただ不思議と暗さはない、悲痛さもなくて、淡々と、訥々としている、背筋が伸びている
  • 抗ったり走ったりしてきたバンタンが、次は「SWIM」なのか、めちゃグッとくるわ
  • ジミンもこれをタイトル曲にすることを反対したらしい、めっちゃ笑った、わかるわジミン、そらそうやで
  • うーーん重厚、かつ誠実なアルバム、硬質
  • 真摯、とも言う
  • 正直タイミング的には何出しても売れるタイミングではあったと思うが、真っ当に仕事をしたんですね、と思った、もちろんそれを期待して待ってたんですが
  • いやだってこの、真っ当に仕事をする人って、実はそんなに多くはないやん、ぜんぜん当たり前じゃないねん、すごいことやねん
  • がんばったな、大変やったやろな
  • だってこんなのが、天から降ってくると思えない、絶対掘って掘って掘って採ってきて叩いて伸ばして練って叩いて叩いて作った音楽
  • あとみんながソロで活動したときにつけた筋肉、作って磨いた武器、己で育てた自信、経験値、みたいなのを持ち寄ってる
  • ホビめっちゃあれやん「ギアサード」みたいやわ
  • テヒョンそんな声が使えた?いつのまに、かっこいいわ
  • っつーか切り抜いてショート動画に出来そうな曲いっこもないな、好みです
  • 消費させへんからな、という気概を感じた
  • 『No.29』に面喰らい、うっとりした、こんな重要な曲(曲?)なかなかないで
  • しかもこのトラックがスイッチみたいになってる
  • 外音がうるさい状況で聴くとほとんど機能しないのもなんか良い
  • 私こういう「頭から通して聴くのが一番良いアルバム」が好き
  • え、これレコードやとどこまでを片面に入れてるんやろ、楽しみ
  • アコースティックギターの音が良いな、あの、箱っぽい音が良い
  • ジンくんのクリア感、スイートさ、倍音の心地よさが際立つね、はーーー良い仕事してる、いいぞいいぞ推し
  • 『NORMAL』が好き、なんか泣いちゃう
  • 歌詞はまだこれから、何も追えていません
  • ビーバーの映画観てくる

poppo

2026年3月16日 (月) 20:15

uncategorized

先日「私は過去の話に極端に興味がない」という気づきについて、「これは何かの糸口ではないかと思うので、引き続き思考している」と大真顔でここに書いたのだが、友人と話しているうちに、これはそんな大層な話ではなく、単に「当時の出来事や周りの人たちについて、今も消せない薄っすらとした嫌悪感があるだけ」と思い至って脱力した。過去の出来事に細かな嫌悪感、苛立ち、不信感などがあり、いずれももう解消したり解決したりすることはないと分かっているのに、今さらまたその話をわざわざ持ち出して嫌な気持ちをなぞるのが不快だ、というだけの話だった。全然まじでなんの糸口でもない。めっちゃくちゃしょうもない話だった。幼稚ーーーッ
いやしかし、もう20年も前のことを、まだこんなにビビッドにムカつけるの、我ながらイカれとんなと思う。何も忘れていない。大人げないですね。私は象ぐらい記憶力がある。
友人は「人間らしいとこがあって良いやん」などと言っていた。甘やかされている。

土曜、歯のお医者へ行く。年に何度か発生する「親不知の抜歯」についての話があり、いつも「そうですね~考えます~」と言って適当に流しているのだが、急に「え、これ置いとくメリットがゼロのやつなんやっけ」と気付いて、抜くことにした。こういう、流すのが癖みたいになっているだけのことってある。3本あるので、2日に分けて抜く感じになるようだ。
年に4回クリーニングで会う歯科衛生士さんは「親知らずがなくなるとその手前の歯をよりきれいできるので嬉しい」というようなことを言ってニコニコしていた。それは私の歯の健康とか衛生とかの観点じゃないような気がする。清掃員的なモチベーションで仕事をしているんだな、と思った。まぁなんとなく分かるけどな。「あそこもうちょっときれいにできたのにな」とか思うんやろうな。

日曜、リチャード・リンクレイターの新作が公開されていることに気づき、早起きして映画館へ。隣のシアターでは『宇宙戦艦ヤマト』の映画が上映されている。チケットのもぎりをやる店員さんがミスして逆のシアターを案内してしまっており、そのことに気づいたヤマトオタクの人たちがぞろぞろ出てきて「こっちがそっちの映画です」みたいなことを教えてくれておもしろかった。店員さんが2シアター分の客入れを同時にしてたので、混乱したのだと思う。朝いちの映画って店員さんは映画館をオープンさせる仕事もあるしお客さんを入場させる仕事もあるし、大変やろうな。
映画はとても丁寧につくられており、朝から良い気分になった。主演はイーサン・ホーク(名優)だし、日曜の朝に観るのにぴったり。こういう、良い役者を揃えて、おそらく本だけ読んでもおもしろい脚本で、感性・情緒のある映画が好きだな、と思った。
本を読もうと喫茶店に行ったら、間違って卵料理のないにしむら珈琲に行ってしまった。カフェオレを注文して読書をするも、空腹に耐えかねて元町まで移動し、好きなタイ料理屋で焼きそばを食べた。空腹なのに20分くらい歩いているのがいかにも食いしん坊っぽい。
このタイ料理屋は去年の年末に初めて行って、ランチしかやってない上に土曜は開いてないので、久しぶりに行った。タイ人のシェフが作ってくれるのだけど、料理はおいしいし、厨房がきれいだし、手際も良くて、好きだなと思う。手際の良い料理人を見ているの、本当に好き。手際だけ見てれば、美味いかどうか分かるんじゃないか。
年末来たときは平日で、私以外お客さんがいなかったせいかシェフと少し話す機会があって、私は昔パクチーが嫌いだった話をした。でもナンプラーの味や油やハーブの使い方は好きで、だからタイ料理自体は好きだった。注文の時に毎回「パクチー抜いてください」と言うけど、抜くのを忘れられたり、私も言うのを忘れたりして、ちまちま取り除いて食べていたけど、それもだんだん面倒で、パクチーだけ残した皿を下げてもらうのも気持ちの良いものではないし、いつのまにか食べるようになった。慣れてくると独特の風味がおいしいと感じる。
シェフはシソが嫌いだった話をしてくれた。私がした話とほとんど同じ話だったので笑った。「大根は食べるの(※ツマのことやと思う)、でもシソを捨てて、食べ物を捨てるのは変、あなたの言ったことと同じ、でもスーパーのお刺身、シソを断れない」とのこと。彼女はイカのお刺身が好きで、よく買うらしい。ある日イカと一緒にシソを食べてみたら、嫌じゃない気がして、いつのまにか食べるようになったそうだ。「元気か勇気あるとき、食べてみると好きになるかもしれない」と言っていて、かわいい言い回しだなと思った。元気か勇気。
嫌いな食べ物がある人、元気か勇気があるときに、ちょっと食べてみても良いかもしれないです。

クミンとあとなんか

2026年3月13日 (金) 20:17

uncategorized

横浜美術館に行きたくてこの忙しいのに休みを取ったが、まさかの休館日で撃沈した。2~3年に一度、このレベルのポンコツミスをやってしまう。往復の交通費がもったいないのでキャンセルするのも気が引ける。ひとりならまぁそんなに気にしないけど、友人を誘っていたので本当に焦った。申し訳なくて……みんな「ごはんだけでも行こうよ」と言ってくれて優しかった。優しい人たちと友人で私は幸せ者だな、と思う。が、夕飯までごちそうになってしまい、図々しかった。次は私が払うぞ!
見たかった企画展は来週末で終わってしまうので、もうチャンスがない。悲しい。が、韓国の国立現代美術館に巡回するので、そちらで行くことにする。できればどっちにも行ってキャプションや展示構成なんかを見比べてみたかったけど、でももうしょうがない、休館日をちゃんと調べて生きようと思う。みなさん横浜美術館は木曜定休です。美術館は月曜定休、と思い込んでいませんか?横浜美術館は木曜定休です。

8時半には羽田に着く飛行機にしていたし、現代アート欲があったので東京都現代美術館に行き、ソル・ルウィット展を見てきた。ソル・ルウィットさんはコンセプチュアルアートの人だったみたいで、立方体の作品は見たことがあった。私は人の名前をぜんぜん覚えられないけど、作品は覚えている。コンセプチュアルアートはその名の通り、どんなモノをどんな完成度で作ったか、ということよりもそのコンセプトやアイデアこそを重要視する、というアートなので、本人が何も描かない・何も作らないケースが多くあるのだけど、見ていて安心するというか、なんだろうな、「ほらな?」みたいな気持ちになる。
えーと、ちゃんと説明すると、なんかこう、私の職業柄とか、趣味でなんかモノを作っていることに起因すると思うけど、結構「あなたはクリエイティブな人ですよね」的扱いを受けることが多い。それ自体に特に何か思うわけではないけど、どうも「一線を引かれている感じ」を受ける。「あなたはクリイティブな人で、私は非クリエイティブな人です」みたいな感じ。それが嫌とかではないけど、でもなんかこう「そこに線があると思ってるかもしれんけど、全然ないよ」とは思い、やや寂しくも思う。そう、あなた(架空)はクリエイティブと非クリエイティブみたいなものが「対のように在る」と思っているかもしれんけど、無いのよ。そもそも対になってないし、非クリエイティブなものなんて、無いよ。ただその、無いものを証明するのは難しいので、私はまぁ在ることにして話を進めたり、話を終わらせたりする。コンセプチュアルアートというのはその、無いことを証明してくれているような気がする。だから「ほらな?無いやろ?」と思えて、ホッとする。無いほうが良いと思っているんだと思う。私は、何かと何かを分ける線が、どんな世界においても、無いほうが良いと思っている。
ソル・ルウィットさんは「アイデアはひとりが所有できるものではない」みたいなこともご自身の哲学としてテキストに残していて嬉しかった。私もそう思う。つまり、アイデアはそれを理解し、実行できさえすれば、共有できる、という意味だと思う。そんなんめっちゃ希望やん。私もそう思う。
コンセプチュアルアートって作品を見ながら逆引き辞典みたいに指示書の内容を思い浮かべたりするけど、指示書そのものを併せて展示されるケースはあまり見たことがないように思う。ご法度なんだろうか。
上階で開催されていた『TCAA 受賞記念展 湿地』もすごく良かった。こちらは梅田哲也さんと呉夏枝さんのふたり展のような感じというか、こういうパターンの展示を初めて見たように思う。ふたりの作品がスペースを分けず、混在して展示されていた。ふたりは別に共同制作をしているアーティストとかではないみたい。TCAAは“中堅アーティストを対象とした現代美術の賞”とのこと。
『湿地』というタイトルのとおり、水にまつわるテーマの作品展だった。美術館はもちろん屋内だし、美術作品の多くは水に濡れるとか水がかかるとか水に浸かるとかは想定されていないし、美術館の中を歩いていて水を感じたことなどなかったと思うけど、梅田哲也さんの作品の上を歩いているとき、私は確かに「いま海におるぞ」と感じて不思議だった。呉夏枝さんの作品を見ているときも「いま浜に立って向こうの島を見とるぞ」と感じて不思議だった。水が使われている作品というのは結構見るけど、本展で水そのものはひとつも出てこない。おもしろかった。
窓際の廊下に吊られたビニールの横を歩いているときも海を感じた。私が歩くことによって生まれるわずかな空気の動きで、ビニールが揺れ、音が鳴るのだけど、あまりにも海だった。共鳴するような音も、ビニールから返される風圧も、気持ちよくて3回歩いた。
地下には美術図書室があり、カール・ブロスフェルトの作品集を書架から出してもらって眺めた。タッシェンのが1冊しかなかった。
図書室には映画や演劇に関する洋書もたっぷりあって楽しかった。ウォン・カーウァイの本があると検索システム上に出たので探したけど見つけられず、時間切れ。こんな図書室が家の近くにあったら最高やのにな。無料やし。
美術館を出たあとはバスで50分くらい移動して友人たちと合流、行きたかった中国茶のカフェに行ったり誠品生活をぐるっとしたりしてから、なんか妙にイケてる中華料理屋で羊肉なんかを食べた。おそらく四川でも広東でも上海でもない中華料理で、思い切りがよい料理というか、酒を飲ませる店のわりに過度な塩味もなく、とてもおいしかった。むやみに塩を強くしたり、変に甘さを足したりしないで、香味野菜とかスパイスとか使って味を組み立てる料理が好きだな、と思った。それにしても中華料理は本当に奥が深い。歴史が長いこともあるだろうけど、あとシンプルに土地が広いもんなぁ。
私以外のふたりは初対面だったのだけど、初対面の人たちがちゃんと時間をかけて丁寧に自己紹介をしあうさまを見るのは豊かなことだと思った。子供のころは自己紹介なんて名前を言い合えばそれで必要十分で、あとのことは徐々に、という感じだけど(一緒に過ごす時間が長いから)大人はそうはいかない。重ねてきたものが少なくないから自分のことを話すのだって一苦労だし、お互いに経験則があるから悪意なく人の話を勝手に補完してしまったりもする。自己紹介には長く時間がかかる。1回会ったくらいでは終わらない。これを一方が面倒がったり、端折ったりすると、結構すぐバレる。別にバレても構わない、どうでもいい、と思っている人もいると思うけど……私が今日ここへ来なくても、ふたりがどこかで会う機会はあっただろう、でも私はここへ居合わせられてよかったな、と思った。
新横浜まで移動し、新幹線に乗って帰宅。読書をするつもりだったけど眠すぎて全然捗らず。自転車を飛ばして帰宅したらまた漏水していた。もうええて。

now on

2026年3月10日 (火) 21:24

uncategorized

『猪名野神社の市』が無事に終わった。いや、無事かどうかはかなり判定が難しい。自分の寒さ対策がかなり甘かったせいで震えがくるほどだったので……お湯とか布とかが圧倒的に足りなかった。カイロとか。しかもお借りしたテントを自分でちゃんと立てられず、たたむのもひとりで出来ず、手伝ってもらったし……こういうのに出店すると、毎回「何もできないな」と気づく。次は自分でできるように、と思いメモを残したけど、テントによって違うんかな……分からん、何も分からん。イベントは楽しかったし、良い神社でした。神社出たとこの和菓子屋さん行きたかったな。いちご大福食べたい。

伊丹はいま、大相撲大阪場所に向けて秀ノ山部屋が来ているらしく、たくさんのぼりが出ていてお相撲フィーバー感(?)があった。お相撲のこと知らんすぎるのだけど、つまり大阪場所に向けた期間と大阪場所の開催中は近隣の市町村に部屋ごと遠征に来る、みたいなことらしい。オリンピックの選手村みたいな感じ、と教えてもらったが、オリンピックも全く見ないのでフワッとしか分からん。猪名野神社には土俵があるので、そこで公開稽古が行われたりしたらしい。秀ノ山部屋は元大関の琴奨菊さんが設立した、とのこと。私は「部屋」もフワッとしか分からんのだが、つまりプロレスで言うところの「団体」ってことかいな。琴奨菊さんはウルティモ・ドラゴンってことか。いやプロレスもフワッとしか分からんのやけど……
とはいえ力士のみなさんには少し馴染みがある。東京に住んでいるときは学校とバイト先が総武線・中央線沿いだったので、結構電車で見かけた。お相撲さんってなんか甘い、あの、懐かしいかんじのにおいするね。あとは友達が両国に住みだしたころ、家の周りにちゃんこ屋さんがいっぱいあったし、浴衣とか草履とかを売るようなお店がたくさんあって、結構カルチャーショックだったことを思い出した。お相撲いっかい見に行ってみたいな。おもしろいでしょうね。両国国技館のお弁当も食べてみたい。焼き鳥のやつ。

家で漏水が発生し、トラブルのさなかにある。まぁ建物の築年数から考えると、漏水ぐらい起きたって不思議ではない。上階宅の人がちゃんと対応してくれる人で本当に良かったと思う。何より「リノベーションのとき風呂の位置変えてなくてよかった……」と思った。水漏れの位置は私の風呂の、というか脱衣所の天井にあたる部分なので、多少濡れても問題ない床材だし、濡れて壊れるような精密な家電や家具も置いていない。もしこれが寝室だったり、クローゼットだったりしたらもっと被害が大きかったと思う。だって布団とか服とかが濡れるってことやから……さらにこれがリビングの上だったら無垢材のフローリングにこの量の水が、と思うと震える。泣いたかもしれん。嫌すぎて。まぁ風呂の位置を変えるプランがあったわけではないけど……
一方、保険まわりの扱いで言うと私は「被害者」であり、「損害賠償請求」をする立場であるらしい。ぶ、物騒な……上階宅の人は水を出しっぱなしにしてたとかではないし、悪意も故意もないのに、ただ上に住んでいるだけで「加害者」なんだそうだ。え、でも物理的に水は上から下へ流れるので、それを「加害」と言ってしまって良いのか。なんか、なにその、変じゃない……?「嫌なら人の上に住むなよ」ってことか?現状まだ漏水の場所は特定されていないので、設備側の問題かもしれないし……

バンタンのカムバに際しファンダムがちょっとザワついているので、何を見て何を見ないか、自分で決める必要がある。ファンダムがデカいので、いろんなことを言う人がいるし、それで良いと思うけど、だって人はいろんなことを言う生き物なので、ただ私は私が何を見るか、何を思うか、何を言うか、を自分で決めることが出来るから、引き続きそうする。やっぱちょっと「ジンくんはこう思ってるはず」「ジンくんがかわいそう」「ジンくんつらそうな顔してた、私には分かる」みたいなの見るとしんどい。好きゆえのことやから、私だって気持ちが分からんとは思わんけど、でもジンくんが言ってないことでモメたり喧嘩しはじめるのはちょっと、偶像が過ぎるやん。いやジンくんに限らず。
グループで、チームで活動をしている、ということを、ファンはもっと深く理解すべきじゃないかと思う。ジンくんが冬に入隊することになったのも、グクが2年も早く入隊したのも、ナムジュンのあの配信を「(メンバーは)誰も観てない」とテヒョンが言ったのも、そもそもナムジュンがあの配信で言ったことだって、すべてはグループのためで、その愛情深さや献身を、忍耐を、互いへの信頼を、ファンはもっと重く捉えるべきじゃないのか。なんというか、軽薄すぎるように感じる。
そういえば昨日なんかGoogleフォトの通知で「かけがえのないジンくんの写真を見ましょう」と出ていて笑った。かけがえのないジンくん。わはは。響きも良いですね。かけがえのないジンくん。Googleフォトって結構頻繁に「ナムジュンをチェックしましょう」とか「ジミンに挨拶しましょう」とか誘ってきてかわいい。私も「しましょう、ぜひしましょう」と思ってついタップしてしまう。

さて、近頃は「私は過去の話に極端に興味がない」という気づきがあり、これは何かの糸口ではないかと思うので、引き続き思考している。歴史には興味がある。国史に限らず、個人史も興味があるので過去の話に興味がないとは自覚がなかったけど「あの時ああいうことがありましたね」「懐かしいね」みたいな話が極端に嫌いだ。そこから繋がって何か別のことを話せるときは楽しいと感じるのに、ただ「過去を懐かしむ」みたいなことを、ポジティブな気持ちで出来ない。「どうでもええやん、もう済んだ話やん」と思ってしまう。家族と「おじいちゃんあのときこう言うてたよね」「おばあちゃんこれが好きやったよね」みたいな話はある種のノスタルジーを持って出来るから、思い出話が出来ないわけではないはずだ。人の話を聞くだけでなく、例えばここ20年くらいの自分の話をざっとまとめて話すのも楽しめない。私の人生は人に話して聞かせる価値のあるようなものではないけど、1分で居住地と在籍のトピックだけ話せば済むほど無価値なものでもないからだ。私の人生だけでなく、誰の人生もそうでしょう。伝記にするほどの人生ではないかもしれないけど、1分にまとめられる人生なんてないよ。
もしかしたら「あらすじ」に興味がないことと繋がっているかもしれない。そうだ、私は「あらすじ」が嫌いだ、ほとんど憎んでいる。映画のレビューサイトにあらすじを書く奴がほんとうに嫌い、レビューを書けよ、お前の感想を書け。あらすじを読んで「なるほどね」みたいな顔をしている奴も嫌いだ、何も分かってないねんから分かったような顔すんな、「あらすじを読みました」って顔だけせえよ。
これ繋がってるんかな、分からんけど。
今のあなたの話をしてくれ、今あなたが楽しいこと、今あなたが食べたいもの、今あなたが怒っていること、今あなたがほしいもの、今の話をしてくれ。私もそうする。

なんとかなれ

2026年3月2日 (月) 21:44

uncategorized

本屋さんに行ったら小説『プロジェクトヘイルメアリー』がたくさん平積みしてあった。文庫本が出たらしい。あと、映画化されるらしい。ライアン・ゴズリングが書影にいる。ここ数年、よく耳にしたタイトルだったので、「あぁ、あの」と思う。私は本を読む人とあまり交流がないので、本をおすすめされるようなことがないし、私自身は別に読書家でもなく、年に数冊、多くても10数冊程度しか読まない。読んだ本をあまり言いたくないので(恥ずかしい)積極的に話しかけもしない。だからタイトルをよく耳にしている時点で、たぶんめっちゃ売れてるんやろな、と思う。試しに手に取ってページをめくると献辞が気が入ったので買うことにしたが、今日は荷物が多いのでとりあえず上巻だけ買った。若林正恭著『青天』も気になるところ。こちらもたっぷり平積みしてある。

上下巻、上中下巻、などに分かれている小説をまとめて買うかどうか、というのの統計を知りたい。データないですか。漫画とかはそもそも発売時期に差があるから、まとめて買いたくても買えない場合があると思うけど、小説はまとめて書き終えてあって、同時に発売できるけどまとめて一冊にすると分厚すぎるので分けてある、という場合が多くないですか。つまり、まとめて買える状態じゃないですか。
私は上巻だけ買って続きを読まなかった、ということは過去に無いと思うけど、まとめて買うには値段が高い(若いころは例えば3000円は大金だった)・今2冊買うと重い・この旅行中に2冊は絶対に読み切らない1冊あれば十分、などの理由で、分けて買うことが比較的多いように感じます。

さて日曜日、ゆっくり本を読むために7時には起床し、ファミレスに行く。路面店のファミレスは窓も多くて席も広いし空いていて気分が良いので好き。ココアもおいしいし。たっぷりした朝ごはんにドリンクバーも注文して、がっつり読書。1時間と少ししたところで、やや混んできたので退店、歩いて図書館に移動。
図書館でいつも行くフロアはかなり静かだし、当然のように参考図書まみれなので捗る。辞書を傍らに置いて、2時間ほど読んだ。
歩いてスーパーに寄り、蕪が安い、生姜がもうないから買いたいけど高い、蕪は鶏ひき肉とスープにしよう、を買って帰宅。ストーブをつけて続きを読む。困ったことに、16時には読み終わってしまった。手元に下巻がないのに、上巻を、16時に読み終わってしまった。しかも自宅で。困った。
咄嗟に「逆にすれば良かった」と思った。つまり、家で読み始め、図書館で続きを読み、ファミレスに移動しておやつを食べながら読み終われば、そのまま本屋へ行き、下巻を買えたのに。私の家の近くに本屋はない。いや、あるにはあるけど、古本屋しかない。まぁまだ16時やねんから今から本屋に行ったってええねんけどな。でも今本屋に行ったらそのままにしむら珈琲で下巻を読み始めてしまうやろ。帰ってくるの何時になんねん。

今日のところは下巻はあきらめて蕪を煮て鶏だんごのスープを作り、ひじきとツナ缶で煮物を作り、余った鶏ひき肉とレンコンでそぼろを作った。茄子とレンコンでしそ味噌炒めをつくり、夕飯とした。ひじきとツナ缶の煮物、混ぜご飯にしておにぎりにしたらおいしそう。え、ぜったいおいしい。下巻は明日買う。

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