タナカノゾミのポートフォリオサイト

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2024年10月16日 (水) 21:55

uncategorized

久しぶりに家にいる週末だ。家事が滞っている。枕カバーが汚いと思いながら、既に2週間くらい経っている。やっと洗える。替えの枕カバーを買うべきだとは思います。洗濯は好き寄りの家事ではあるけれど、天気に左右される面が大きいので難しい。
先週買ってきた本をゆっくり読みたいが、シルクスクリーンの工房を予約した日が迫っているので、何か描かなくてはいけない。刷るもののストックを持つべきだとは思います。このように、「どうすべきかを認識すること」と「それが可能かどうか」は、いつも一致しないように思う。
かっこいいやつを描きたい、という気持ちが高まっている。理由は分からない。カミングスーン。

秋らしい気候になってきて、本当にうれしい。

稲刈りが済んでいるので籾摺りへ。米の収穫に詳しくない人は「籾摺り」が読めないだろうし、そもそも「籾」が何か分からず、見たこともないだろうな、といつも思う。でもそこに優劣はないのにな、とも思う。こういう「育ってきた環境が違う」というだけの、当たり前で、ごくシンプルなものごとに無理やり名前をつけて、分断を煽るようなこと、たくさん起きてない?あれ気持ち悪いし嫌いやねんよな。知らないなら聞けばいいし、聞かれたら教えればいいでしょう。何と何を分けて、何の溝を深めようとしているんだ。そんなことして、なんの意味が??
というわけで、私は聞かれてないのに勝手に教えるけど「籾摺り(もみすり)」は収穫した籾から籾殻を取り除いて玄米にする作業のことを言います。籾は稲にくっついているつぶつぶのことです。籾殻が付いているままの状態ではまだ「米」とは呼ばないようです。

精米したての新米を3合だけ持って友人の家へ。友人の娘が「私が工作などの作業をするためのスペースがほしい、この段ボールで作ってくれ」と言うので作成。友人の息子は「既存の段ボールハウスに窓を付ける」と言うので応援。「手伝う?」と聞いたら「いや、今のところ良いや」とのこと。なんか仲間っぽくて良い感じ。

私も工作が好きな子どもだったが、7歳くらいまでは字もかなり汚かったし、ハサミがまともに使えなかった。当時は全容をはっきりとは理解できていなかったが、おそらく「不器用すぎる」という理由で母が先生に呼ばれ、面談みたいなものを受けた。私は「何が悪いのかはハッキリと分からないが、たぶん私の何かが悪いせいで、お母さんまで先生に怒られている」と感じた。泣きはしなかったが、あのときの漠然とした不安は今も覚えている。「みんなが普通にできることが、私にはできない」というあの感覚。今もある。母は「お習字に通うのはどう?」とだけ言い、私は近所のお習字教室に通うことになった。字が読める程度にはキレイになり、ハサミでまっすぐ切れるようになったあとの「指先と脳の接続が上手くいった」みたいな感覚も、よく覚えている。「こう書きたい」「この形に切りたい」「ここで折りたい」などの指令が、自分の手で出力できるようになった、というあの感覚。

いっしょに夕飯を食べて別れ、帰り道を20分くらい歩いた。電車に乗ると、内藤哲也のタイトルマッチが今日だということを思い出し、新日本プロレスの動画配信サービスを契約。再生してみると、まさにちょうど、内藤選手の煽りVTRが流れているところだった。

プロレスは動画配信サービスだと解説がついていて、すごく分かりやすい。今まで現場にしか行ってなかったから、知らんかったな……そうか、放送やと解説がつくんや。今決まった技の名前、選手の特性、過去の戦歴、状況の説明などを聞くことができる。
ザックセイバーさんも、内藤哲也選手も、それぞれの試合を先月神戸で見たばかりなので、なんとなく2人の得意な技やプレースタイルが分かるので、おもしろい。こうやってどんどんおもしろくなっていくんや。なるほど。うれしい。
内藤選手がいつもやる「寝そべってテレビを見る日曜のお父さん」みたいなポーズを取った瞬間、ザックセイバーさんがその上げた腕をすごいスピードで取りに来て、んぎゃ!!!となった。「そ、それは内藤選手がいつもやるお決まりポーズやねんから、やらせてあげてや……」と思う反面、ザックセイバーさんはマジのマジでこのタイトルを取りに来ている強い気持ちもあのシーンから伝わってきて、すごくよかった。そうよな、勝ちたいねんもんな、なりふり構ってられへんよな。
最寄の駅に着いたあたりでいよいよ試合はクライマックス!という様相になってきたので、帰れなくなってしまい、駅前の植え込みに腰かけ、結局最後まで見てしまった。
プロレスは敗者に寄り添ったりしない。勝っても負けてもストーリーは続いていくし、そういうところが人生に似ている。内藤選手、どうすんのかな。次、どうすんのかな。良い試合だったのでザックセイバーさんが勝ったことが嬉しいし、内藤選手が負けて悲しいよ。良い試合ってたぶんこういうやつのことを言うと思う。

家に着いたので第一試合から順に見ていたら、棚橋弘至選手が「2026年で区切りをつける」というようなことを言っていた。引退、ってことなんだろうか。「こないだ初めて会ったばかりなのに……」と思ったけど、棚橋選手はデビュー25周年だそうだ。長い。「初めて会ったばかり」なのは私だけだ。でも、さみしいな。勝手にさみしいわ。かわいい人なんだよ、棚橋選手。

bookbird

2024年10月15日 (火) 20:25

きのうみた夢の話

友人が行きたいと言った(ジンなどが置いてある)本屋をいくつか回った影響だと思うが「自分が書いたものを印刷して売りたい」と相談する夢を見た。私はわりとストレートに、直近の体験や経験から派生した夢を見るタイプだ。回った本屋はどれも楽しく、とても幸せな時間だった。

夢に現れた相談相手は、後藤正文さんだった。私の生みの父はアキラと言いますが、音楽の父は間違いなく後藤正文である。
中学を卒業し、受かる見込みのない高校になぜか合格した私を待っていたのは「崩壊アンプリファー」だった。つねちゃんが貸してくれたCDを録音したMDを聞き、毎週ラジオで「Over Drive」を聞き、OasisやWeezerを聞くようになるまではあっという間だった。お小遣いはほとんどTSUTAYAに突っ込み、シングル曲のラジオ解禁日を指折り数えて生きていた。

「書いたものを紙に印刷して綴じたものを売りたいんです。配ってもいいんですけど……でも、配ると怖いですよね」と話す私に、後藤さんは「そうだね、配ると怖いだろうね。まぁ、売るのも普通に怖いけどね」と答えた。確かに売るのも普通に怖い。でも私は、書いたものを紙に印刷して綴じたいんや。この欲の名が分からんが。

「そもそも“書いたもの”が無いから刷るものがないんですよ。無を刷るのでも良いでしょうか?」
「無って、何を刷るの?帳面を作るということ?」
「いや、それは嫌です、そういうのじゃなくて」
「じゃあブログを刷ればいいんじゃない?あれはエッセイでしょう」

ここでハッと目が覚めた。
あぁ、あれ、エッセイなのか。まぁ、確かにそうか。
日記ではないもんな。日記を書いてる日もあるけど。
小説でもないし。エッセイ。エッセイか。ほーん。

…………ってかゴッチ「ノート」のこと「帳面」って言うてたな。おじいちゃんみたい。
帳面って言う人、おばあちゃんと、友近のネタくらいでしか見たことない。
……でもちょっと言いそう。ふはは。

Paul Krause

2024年10月5日 (土) 19:23

uncategorized

バリウム検査を初めてやった。健康診断で、たぶん年齢によって決まっている項目なんだと思う。
噂に違わずバリウムは不味かった。「バリウムを美味しくすることは可能だが、美味しくしてしまうと胃が食べ物だと判断し、せっせと消化してしまう、つまり活発に動いてしまうので、それだと検査できない」と聞いたことがある。「おやおや!おいしいのが来たぞ!わぁーい活動しまーーーす!」ってなってる胃、かわいい。

まずはなんかしゅわしゅわする粉を飲む。私が、たぶんかなり不安そうな顔をしていたせいで、看護師さんが語尾にぜんぶ「大丈夫です」を付けて話す。「あまり口の中で溶かさずに、サッと飲み込んでください、大丈夫です」、「これがバリウムです、持ってください、大丈夫です」、「台の上に乗ってください、大丈夫です」みたいな感じ。

毎年いっているところは健康診断だけをやる施設(病院ではない)なので、バリウム検査に限らず先生も看護師さんも、みんなベルトコンベアの上を転がすように対応する。私にとっては年に一度の健康診断だが、みなさんにとっては1日数百人の中の1人なのだ。私はこういう状況が、結構好きだ。楽だな、と思う。何にでも感情的になったり、情緒的になったりしているとしんどい。

バリウム検査を考えた人は酔っていたんじゃないかと思うくらい、珍妙な検査だった。こんな訳のわからないものを飲んで、下剤で無理やり出すって、どうかしている。こんなんシラフのときに思いつける?酔ってたか、二日酔いか、もしくはヤケクソだと思う。
バリウムは造影剤らしい。なるほど、造影剤ね。どおりで粘度が要るわけだ。これが流れたり、留まったりする特性を活かして撮影をしている。なので乗っている台自体が傾き、倒れ、動く。私もじっとしていればいいということはなく「そのまま一回転してまたうつぶせに」、「おしりを少し上げて」、「もう少し下げて」、「はい息をとめて」などとヤイヤイ言われる。チンタラやっているとバリウムが流れて行ってしまうからだと思うけど、先生はものすごくテキパキ指示し、発音も発声も良い。早口なのに聞き取りやすく、噛みもしない。これ、下手な人めっちゃいそう。先生が医者になるために努力してきたであろうことと、バリウム検査を上手に出来ることとは、まったく比例していないだろう。そう思うと検査中に笑いそうになり、懸命に堪えた。先生は自分がバリウム検査が得意だってことに、何歳ぐらいのときに気づいたんだろう。先輩に褒められたりしたのかな。「お前、声が通るから検査向いてるぞ」とか言われたんかな。あ、医師じゃなくてレントゲン技師なのかな。レントゲン技師ってお医者とは違うのよね?

昔バイト先の女の子で、確か放射線技師を目指して学校に通っている子がいたよな、と思い出す。すごく穏やかで、人当たりの良い人で、好きだった。声がめちゃくちゃ小さくて、呼びかけられているのに気づけないことが多かった。「のんちゃん」と呼ばれると「ごめん、何回呼んだ?ごめんね」と応えていた記憶がある。彼女はふふふと笑うだけで、何回呼んだかは別に言わなかった。
放射線技師になれたかな。元気にしてるといい。

「おつかれさまでした。そこでうがいをして。下剤を渡しますから説明を聞いて帰ってください」と言いに出てきてくれた先生は、白髪まじりでがっしりした体型の男性だった。50代後半くらいに見える。お医者じゃなければ声優か、実況アナウンサーとかも向いていそうですよ、と思いながら私はお礼を言った。
バリウムは唇にくっついてぱきぱきに固まっている。珍妙な検査だったな。

17carat magic

2024年10月3日 (木) 20:46

uncategorized

姉(実姉)がファンなので、最近SEVENTEENを履修している。フジロックで苗場にいるとき、姉は「ナナツアーがすごい良かったから見てほしい」と言っていた。見たいけど有料コンテンツでしょ?まぁ買ってもいいか……などと思っていたら、普通にU-NEXTで配信されているのを見つけた。ありがとうございます助かります。

ちなみにSEVENTEENは韓国の13人組アイドルグループ。ナナツアーは彼らがイタリア旅行へ行くドキュメンタリー映像コンテンツです。
SEVENTEENはプレディスという会社の所属だが、会社が買収され、今はHYBE傘下にいるのでバンタンと同じ事務所、ということになる。ジンくんがチャムチを作るときに「釣りに誘うための口実で、釣りソングを作りたいと事務所に言った」というその相手であるBUMZUさんは、ウジくんと一緒にSEVENTEENの曲を作っている人だったらしい。そういうことだったのか。推しがお世話になりまして……(深々)

バンタンに比べると(私がアイドルグループに言及しようとするとすべてバンタンを比較対象とすることになる、無理もないので許してください)、セブチは上下関係がかなりゆるい。
韓国はそもそも上下関係をきちんとする国なので、まったくの同い年以外にはたかが1歳の差でも敬語で話す。敬語レベルも2段階くらいある。一緒に酒を飲むときは目上の方に向かって杯を傾けてはいけないので(失礼らしい)、横を向いて、口元を隠しながら飲む。正面と両隣が全員年上だった場合はどうやって飲むのか聞いてみたい。常に端の席を押さえるのか?円卓の場合はどうするの?

セブチは「同じチームなんだから歳の差なんかは別にいいじゃないか」という雰囲気があり、実際にリーダーのエスクプスが「気にしなくて良いよ、と言ったんです」と話すシーンなんかもあった。どおりでのびのびした空気に満ちており、人数が多いワチャワチャ感も相まって「ワンワン王国」ぐらい平和。ウォヌ、ミンハオ、バーノン、ジュン、ジョシュア、ホシくん、とか、わりと穏やかな性格のメンバーが多いのも良いように作用していそうだなぁと思う。エスクプスも穏やかさんチームやな。

あとは人数が多いことをデメリットにしないための技術に長けていて、さすがだな、と思う。例えば何か食べ物を注文するとき、13人がひとりずつ全員食べたいものを言う、みたいなことをやらない。たぶんそうしていい場・タイミングもあるけど「今はそうじゃない」ということの理解が早い。13人でやっていくための方法を、いくつか持っているんだろうな。しかも「誰かに指示された」とか「ルールで決まっている」とか「リーダーが指揮を執ってる」とかそんなんじゃなくて、ただ積み重ねてきた結果なんだと思う。
こういうのってやり方が下手な場合だと「いつも同じ子が我慢する」ということになってしまって危ないのだけど、とっても上手にやっているように見える。中庸がいちばん難しいのにさ、えらいね。すごいな。
私は3人以上になると「大人数でやだな、ややこしいな」と思うほど団体行動が出来ないので、まじで尊敬する。
ただ小さいストレスは蓄積されると思うけどどうしてんの、と思ったら13人で話し合う、というごくシンプルな手法を取っているらしくて安心した。ストレスは小さいからといって見過ごすとあとあと面倒になるよね、分かる、超分かる。

セブチがもっと若いころの映像作品も見ようと思っているけど、もしかしたらあんまり「痛くない」子たちだったんじゃないかと推察している。というか、痛いこと出来ないんじゃないか、13人もいたら。「何人か蹴落として最終5人でやるつもり」とかなんだったら話は変わってくるけど、13人でやるつもりでいて、そのことが大事なんだったとしたら、全員せーので大人になるしか、方法がなくない?

バンタンの若いころは「痛い」。グループのコンセプト自体のせいでもあるだろうけど、みんなそれぞれに痛い。若いときって自分の技量や度量を正確に把握できないし、いつだって多めにカウントしてしまうでしょう。でも10代はそれで良いし、大人の冷笑に負けたりしないで「俺が一番かっこいい」と言ってほしいじゃないですか。だからバンタンはそれで良いし、ジミンが昔の映像を見ながら身もだえしてるのとかも最高に良い。人生で「あのときの俺、痛かったな」と思える時期があるの、良いことだと思う。あとそれを知っていてなお、一緒に笑って「でも俺も痛かったよ」と言ってくれる人がいるの、良いよね。

セブチのナナツアーで印象的だったのは、ドギョムがバーノンに謝るシーン。個々にミッションが与えられ、それに成功すればお小遣いがもらえる、というゲーム企画があり、バーノンのミッションは「ドギョムに歌を歌わせない」だった。一方ジョシュアのミッションは「ドギョムに歌を歌わせる」であり、ドギョム本人はもちろんどちらのミッションも知らない。ミッションの定義としては「誘導して歌わせてもいいし、何もせずとも、ドギョムが勝手に歌った場合もミッションクリアとする」というもの。個室でミッションの説明を受けている最中もドギョムはご機嫌で歌っており(この子は結構いつも歌っている)視聴者としても「バーノンさすがにこれは無理ちゃうかな、ドギョムはほっといても歌うやん」という感じだった。
案の定、ミッション開始の合図3秒後ぐらいにドギョムが大声で歌ってしまい、ジョシュアはミッションクリア、同時にバーノンは失格になってしまった。
「僕はもう失格ですよね?」とスタッフさんに確認するバーノン、確かにちょっとかわいそう。でもミッションは裏返したカードから自分で選ぶランダム方式だったから選んだのはバーノンだけど仕方なかったし、お互いのミッションは知らされていないのだから、ドギョムも別に悪くない。ジョシュアも運がよかっただけで、何も悪くない。
数分後、誰かにバーノンのミッション内容を聞いたらしいドギョムが謝るシーンが印象的だった。「知らなかったから、(歌っちゃって)ごめんな」と、ど真ん中ストレートの謝罪で、かわいかった。うーん、私こういう、ど真ん中ストレートの謝罪、出来ないな。出来ないよ。あと「歌っちゃってごめん」と言うシーン、人生でそうそうないよ。かわいいね。
ちなみにドギョムのミッションは「たまごを10個焼いて食べる」だったのだけど(※夕飯後にも拘らず)「バーノンが一緒に食べてくれたらもらったお小遣いを半分こするよ」とお詫びついでのおねだりまでしていてすごかった。気の良い子だな、ドギョム。バーノンもゴチャゴチャ言わないで一緒にたまごを食べていてかわいかった。ピュアで良い子だな、バーノン。

スングァンが無くしてしまったボールを見つけられないまま、船に乗るシーンのミンギュも良かった。旅行中、ずっと持ち歩いていたボールがあり(バレーボール?サッカーボール?)ベンチに置いていたら転がってしまい、行方不明になってしまったのだ。スングァンはかなりショックを受けつつも頑張って探したけど、結局船が出る時間になってしまった。まじで「毎晩一緒に寝てたぬいぐるみをなくした子ども」ぐらい落ち込み、悲しんでて、かわいそうだった。……無人島に一緒に漂着したバレーボールを友だちにする映画があったな、なんだっけな。
名残惜しそうに港を見るスングァンに、ミンギュが「どうにかしてあげたい」と言うシーンが、めちゃくちゃ印象的だった。「どうにかしてあげたい」か……優しいな…………すごい優しいコメントじゃない?「あとでもう一回探そうね」とかは言えると思うねんけど、「どうにかしてあげたい」を本人に言えるんか。うーん、優しい。私は自分が、こういう、頭の中では思っているけど、言っても事態が動くわけではない言葉、みたいなのを省いているんじゃないかと思う。軽視しているわけじゃないけど、でもたぶん無意識に「言ってもどうしようもないしな」と思っている。だから「どうにかしてあげたい」は、口からは出ないのだ。これを言葉にできるミンギュ、良いなぁと思う。
ミンギュって図体がデカい上に動きも声もなんかいちいちデカくてガサツそうやねんけど(ごめん悪口とちゃうで)意外にもこういう繊細な、ロマンチックなところがあってかわいい。
あ、バレーボールを友だちにする映画は「キャストアウェイ」です。トム・ハンクスね。
スングァンのボールは結局、港で見つけたおじさんが船に乗せておいてくれて、船の上で見つかりました。よかったよかった。スングァンはスングァンで、感情を表現することに衒いがないところがとっても素敵。私は「今悲しい」とかあんまり言えないよ。あと「ボールなくした」すらもあんまりはっきり表明できないんだよ……

アイドルから学ぶことって本当に多いな~
次はデビュー前の映像コンテンツ「SEVENTEENプロジェクト」を見る予定です。

ウェルカムプロレス

2024年9月30日 (月) 20:31

uncategorized

プロレス団体「新日本プロレス」の試合を見てきた。
人に「最近プロレス見に行ってるんです、ノアとドラゴンゲートを見ました」と言うと「あ、新日じゃなくて?」と言われることの意味が、なんとなく理解できました!

  • サンボーホール以外でプロレス観るの初めて〜!
  • 大きいな、つーかライティングが良いな
  • ピンスポとかカラフルなのグルグルのとかじゃなくて、あの、リングの上の、四角いのだけが付いてるとき、めちゃくちゃ雰囲気が良い
  • スタンド席が見やすいんじゃないかと思って2階スタンド席を買ってんけど、すごい良い席でうれしい、やった〜!
  • 始まる前に真壁刀義選手がプロレスにおける「決着のつき方」と「反則」を解説してくれている動画が流れている
  • あ、ありがてぇ〜……知りたかったこと全部教えてくれる……
  • いや調べればなんでも分かることは分かってるねん、でも知るタイミングって自分でやりたいねん
  • これからは「プロレスのルールは全部真壁選手が教えてくれた」と思って生きていける、ありがとうございます
  • 会場がでかいせいか、入場から何もかも規模が違う
  • かっこいいけど、やや冗長じゃないですか?私がせっかちなだけ??はよ試合やろうや~!
  • 試合前に流れる紹介ムービー?ってか煽りVみたいなやつ、おもしろいねぇ
  • ある程度「ここまでのあらすじ」を知ったほうが楽しめるもんね
  • プロレスって「自分で何がかっこいいか考えて自分で決める」ところがかっこいいな
  • 「強さ」が一種類じゃないのも良い、柔らかいこともちゃんと磨けば武器になるじゃないですか
  • しなやかで柔らかい人の強さって確かにあるよな、BTSで言うとジミンちゃんタイプな
  • 内藤哲也選手はBTSで言うとジンくんタイプやと思った、ラインがきれいやねん
  • 私「強さ」以外でも「一種類しかない」っていうものが苦手かも、途端に「おもんな……」と思ってしまう
  • あ、でも「うちは餃子しかないです、ライス?ライスもないです」っていう餃子屋のことは好きです
  • オーカーン選手、負けちゃったけど良い試合をしてたと思う、丁寧に(丁寧に?)関節技と絞め技を積み上げてたでしょう
  • 知らんけど、なんか「かかっちゃう」と、ああはならんのとちゃうの?ちゃうの??
  • ただ、ふたりともいろんなもんを着てるから脱ぐ時間が長い
  • ムキムキの大きいおじさん2人がいそいそと服を脱ぐ時間を4000人で待つの、ちょっとおもしろいねん、でも誰も笑ってなかった
  • ロープに触ろうとしてることの意味がちゃんとわかってうれしい、ありがとう真壁先生
  • リングの下で揉めだすとレフェリーさんが怒る理由も理解できた、ありがとう真壁先生
  • リングの下におるまま20カウント取られるとおしまいになるらしい、めっちゃ学んだ
  • 後藤洋央紀選手とゲイブ・キッド選手がまさに20カウント取られて2分くらいで試合終了になってしまい「こ、これがリングアウトか……さっき見たやつや……!」となった、進研ゼミか
  • ただレフェリーさんがカウントし始めるタイミングは謎、全然数えださへん時もある
  • あくまで「カウント」であって「秒」とかでないのもなんか良いね
  • たぶん「もうそろそろあかんで、あんたらええ加減にしい、リングの上でやって、ちゃんとやらんのやったら終わりにすんで」ってなったら数え出すねん
  • 昔さぁ、お母さんが怒るときにさ、急に「5!……4!!」とか言いだすときあったやん、急にカウントダウンが始まるやつ、あれに似てる
  • なるほどこれが棚橋弘至……か、かわいげがすごい……
  • 私が喉から手が出るほど欲している「かわいげ」はこれやわ、超かわいい棚橋弘至
  • 愛嬌しかないがな、愛嬌レベルがミッキーマウスのそれと同じやん
  • 人をど突き回してんねんから「優しい」わけないと思うのに、棚橋選手は優しさをヴェールみたいに纏っています
  • こんなん愛されちゃうよ、愛され力がすごいんやもん
  • え、もしかして、愛される力って愛する力と対になってる……?
  • つまり愛せる人しか愛されないの?だからか?……
  • 真理に辿り着いてしまった、気づきたくなかったよ
  • いいなぁ愛される人は、愛される人は良いなぁ
  • 鷹木信悟選手とヘナレ選手の試合とっても良かった、すごく気持ちの良い試合
  • 構造が少年ジャンプやねんよな〜「俺より強ぇやつに会いに行く」やん
  • 俺も強いしお前も強かった、でも今日のところは俺が勝ったな!という勝ち方、見てて気持ちよかった
  • ヘナレ選手は出てきた瞬間「うわぁ~強そう」と声に出ておもしろかった、見るからに強そうなので
  • 鷹木信悟選手は「待ち姿」もかっこいい、相手の選手の入場を待つ間、どっしり待っててかっこよかった
  • みんなを角っこの痛いとこから守ってくれる三角のぼふぼふをすぐ外す矢野通選手
  • 紐をほどくのが超速い、さては外し慣れてるな?
  • なぜ……外さないで……角っこの棒が危ないよ…
  • 矢野通選手はなんか楽しそうな人で好印象、「ひとりでも勝手に楽しそうな人」って良いよね、私楽しそうに仕事してる人好きやねん
  • 休み時間(休憩?仲入り?)があるだろうと思ったのに、なかった
  • 16時に始まって終わったの20時、おしりが痛い
  • 前回のドラゴンゲート観戦を踏まえて今回はドーナツを持参し、つめたいほうじ茶を水筒に入れていったので大勝利した、今後もおやつとお茶を持っていくことにする
  • 「自分がプロレスラーになるならどういうタイプになりたいか」と少し考えたが(もちろんなれないが)女子プロも見てみたいな、と思うに至った

過去2回のプロレス観戦よりもチケット代が高かったんですけど大満足で帰りました。ひとり焼肉のお店でちいちゃいビールも飲んでやりました。ごきげん!!!
次どこ見に行こうかな~でも14日の両国が見たい、ザックセイバーjr.戦。これはあれか、配信のを買えば見られるのね?オッケー買います。

2024年9月28日 (土) 10:52

uncategorized

鼻が利くほうだと思う。敏感というか、普通に弱いのかもしれない。ミント系の強いガムを食べると、鼻がムガムガして、くしゃみが出る。フローラル系の強い香りにも弱い。鼻がもげもげして、顔をしかめてしまう。ユリとかは特に厳しい。
フルーティーでジューシーな香りなら「おいしそう」で済むので、日常的に使う柔軟剤やボディーソープ、ハンドソープの類は、長らくそれ系を使ってきた。
が、年齢が上がってくるとあんまりフルーティーだと子どもっぽい感じがするようになってきた。みずみずしい感じは好きだけど、気分じゃない、というか……良いにおいって難しい。
フルーツの香りの中でも、もともと好きなのは無花果だった、と気づき、木とか葉っぱとかの香りを試してみるも、なかなか気に入るのが見つからない。ウッディ過ぎると大人とか子どもとかじゃなくておばあちゃんちみたいになってしまうし、葉っぱ系は難しすぎる。……庭?となる。良いにおい、難しい。
いや、どれも「良いにおい」ではあるのだ。ただ私が好きではない、というだけだ。こういうのは根気よく探すことと、完全に気に入ったのが見つかるまで不必要に課金しないことが大切だと思う。

韓国は良い感じのフレグランスブランドが群雄割拠しており、大変に盛り上がっている印象がある。ほら、TAMBURINSとかは日本にもお店が出来たし、パッケージもかわいくてすごく人気でしょう。
せっかく旅行にいくし、気に入るのが見つかったら買いたいな、と思って、pesadeに行った。詳しくは知らんが、ここは日本にはまだ入ってきていないらしい。4つくらい試した中で「あ、これは好きかも」と思うのがあったので、ハンドクリームを買ってきた。
帰国してから開けてみると、やっぱり良いにおい。わぁうれしい。これは好き。酸味のあるフルーツっぽさもあるし、木っぽくもあるし、葉っぱっぽさもあるし、なんかミルキーな感じもするし、複雑なにおい。香水をつける習慣がほとんどないのでハンドクリームにしたけど、結構ずっと良いにおいが続くのがうれしい。

何が入ってんのかな~と思って書いてあるのを見てみるとトップがレモン、メインは「パチョリ」とのこと。
パチョリ。なにそれ。
パセリ??(なんにもわかっていない)

한강라면

2024年9月26日 (木) 20:49

旅行

旅行にいくと「分からないこと」が多くあるので、それが良いなと思っている。「このバスで港に行けるのかな」とか「ここから駅までは歩ける距離なんかな」とか、そういうささやかな「分からないこと」が山のように積み重なる。スマホで調べればわかることもあれば、調べてもわからないことも同じくらいある。これがストレスであることは間違いないけれど、いかに毎日が慣性で流れて行っているかを実感して楽しい。いや、慣性で流れていく毎日のことも、私は同じように愛しているが。

旅先では、私と同じように「分からないこと」がある人が話しかけてくるのもおもしろい。私はどうやらいつどこにいても「分からないことなどひとつもありません」という顔をしているらしく、結構頻繁に話しかけられる。初めての海外旅行でニューヨークに行ったときも、欧米人の旅行客に道を聞かれた(自分が歩いてきた道だったので教えた)し、国内でもバスを待っていると「料金は先に払うんでしょうか?」などと聞かれる。「このあたりでおいしいお寿司屋さんを知りませんか?」と聞かれたこともある。もちろん知っていれば何でも答えるけど、結構「私も初めて来たので分からないんです、ごめんなさい」となることが多くて申し訳ない。

海外に行くと、この「分からないこと」を人に尋ねることのハードルがグッと上がる。言葉が分からないからだ。言葉が分からなくて自分のしたいことや気持ちを伝えられないなんて、日本語ではもう30年近く経験していないことだから、普通に恥ずかしい。が、恥ずかしいからといって黙っていると、ほしいものは買えないし、行きたいところに行けない。

私は恥ずかしいことを避けたくて、すぐカッコつける性質がある。でもだんだん、少しずつではあるけど、そういうのなくなってきたな。加齢によるものと思う。歳を取るのはいいことだ。どうせカッコなんかつかないと、もう知っている。

ソウルで3日目の朝、早起きして漢江まで自転車に乗った。旅行先でも自転車に乗るのが好きだ。マリオで言うとヨッシーが出てきた時の感じがする。ドンキーコングで言うとサイが出てきた時の感じ。「え、乗せてくれるの?背中に?いいの?」みたいな。「すごい、めっちゃはやい」っていう。
漢江は思っていたよりずっと大きい川で、川沿いの道はサイクリングロードとして整備されている。まだ8時前なのに、公園で大きい犬と遊ぶ人やバドミントンをするおじいちゃんおばあちゃんたちがたくさんいた。川に向かう途中の道で3~4人見かけたラケットを肩にかけたシニア世代のみなさんは、ここに向かってたのね。日本で言うゲートボールみたいな感じで、バドミントンをやっているっぽかった。肩も動かすし、良いかも。
サイクリングロードをのんびり走っていると、高そうなロードバイクに乗ったヘルメット姿の人たちが後ろから私をびゅんびゅん追い抜いていく。かっこいい。

ソウルは一足先に秋めいている。長袖の服を持ってきてよかった。
次は川沿いの家を借りて、公園で朝ごはんを食べるのもいいかも。もう少し長くいれたら、食材を買って簡単な料理ができるかもしれない。5泊くらいかな。お買い物競争みたいな旅行も楽しいけど、持ち帰った喜びが「日本で買えないのを買えた」とか「日本で買うより安く買えた」みたいなのだけだと、資本主義的すぎるように感じる。「資本主義的すぎる」って意味わかる?変な日本語!ははは。

とはいえ、ジンくんのソロ活動が始まるので(レコーディング終わったらしい)場合によってはまたすぐ渡韓する可能性がある。心の準備と金の準備をしつつ生きる。最推しのソロアルバム、緊張するな……

旅先の悪魔

2024年9月25日 (水) 21:34

uncategorized

ある夢を見た。夢の内容は書かないが、いや、書けない。ものすごく抽象的で、断片的な夢だったので、順序立てて文章に出来ない。ただ、こわい夢だった。
目が覚めると泣いていた。久しぶりに泣いた。夢を見て泣くのはもっと久しぶりだ。こわかった。

だんだんと意識が覚醒するにつれて「私はもう“こわい夢を見た”と言って泣いて目覚めても、誰かに“大丈夫よ、こわかったね、まだ早いから寝なさい、寝るまでここにおるから”と言ってもらえることは無いのではないか」という疑念で頭がいっぱいになり、ますますこわくて泣いた。こわい。
今はまだ両親がいる。ふたりとも元気にしてくれていて、もし今ここに両親がいたら、私は無条件で愛されていることを実感でき、心から安心できるだろう。でもあと何年?何年それが続く?永遠ではない。
(考えたくもないが)両親が亡くなったら?私を無条件に受け入れ、許し、何も言わずに抱きしめて、慰めてくれる人なんていない。

そんな人を見つけるのが人生なのだろうか。それとも、そんな人が現れなくても平気でいられるようになるのが人生なのだろうか。どっちでもないのかな。
いや、昨晩眠るまでは「そんな人が現れなくても私は平気だ」と思っていなかった??なんだ急に。何がどうなってこうなった。

「私は愛されたことがある」という記憶だけで、あと40〜50年を生きていけるんだろうか。そんな途方もない時間を、ひとりで?やれる??……む、むりかも。

涙が止まらず、眠れそうにないのでジンくんのことを考えた。私はジンくんのことを考えているときが、いちばん迷いのない、まっすぐな気持ちになるからだ。きれいに澄んだ水のような気持ち。
ジンくんに幸せでいてほしい。いつも健康で、おだやかで、楽しいことがいっぱいあってほしい。あたたかくして、おいしいものを食べて、好きな服を着て暮らしてほしい。ジンくんはどんな髪型でもかわいいし、顔がむくんでたって、ノーメイクだって全く関係なく美しい。銀の声で歌い、軸と線が見えるみたいに踊るジンくんはいつだってかっこいい、いつも良い仕事をしてて誇らしい。ううん、仕事なんかしてなくたって本当はどうだって良い、生まれてきてくれてうれしい、ありがとう。
こんなことを考えながら、私がジンくんに想うことは、多分私が誰かに想ってもらいたいことなんだろうと気づいた。私も誰かに、そんなふうに想ってもらいたい。「あなたはあなたであるだけで素晴らしい、人間は“機能”ではないよ」と言ってほしい。私がなんの役にも立たなくても、便利な人間でなくても「あなたには価値がある」と言われたい。
でも、そんなこと誰にも頼めない。そんな大それたことを、願ったりできない。

自分のことを願えないのに、こうやって人のことを願って良いんだろうか。アイドルってのはこういう、ある種の「押し付け」を遠隔で一方的に受け続ける職業だから良いの?「良い」って誰が決めるんだろう。私が?なぜ私がそんなことを決めて良いの。

このところ旅行が続いてるから、すごく疲れてるのかもしれない。自分が望んで決めてるし、もちろん旅行は好きだし楽しいけど同じだけストレスがかかるので、気をつけないとな〜と思ってたけど、思った以上に疲れてるのかもしれない。
まぁ泣くのはそんなに悪いことではないね。
深めに呼吸して、早めに寝ます!!!無印で買ってきた薬菓おいしい!!!

晴れの

2024年9月17日 (火) 20:51

uncategorized

岡山に行ってきた。数年前にnever young beachを見に行って以来だ。調べたら7年前のことだった。そんなに?

前も思ったけど、岡山は近い。兵庫県の北の方に行くより近いくらいだ。前回はJRで姫路まで行き、コツコツたどり着いた記憶があるけど、今回は行き帰りとも新幹線にした。30分くらいで着く。

オリエント美術館という市立の美術館に行った。その名の通り、古代オリエントを専門に扱う美術館で、広くはないけど吹き抜けで天井の高い建物がとてもよかった。上部に窓があるスペースもあって明るい。美術館て基本的には外光を嫌う感じがあるので「広いし明るいのになんか息苦しい」みたいな時がある。こうやって外光が少しでも入れてあって、吹き抜けにしてあると全然違うね。良い美術館だな。壁材のテクスチャも素敵。トイレにあるタイル製の手洗いボウルもよかった。
ガラスの特別展を見た。私は美術には興味があるし食器が好きなのでガラスについての知識は多少あるけどそれ以前に歴史に詳しくなさ過ぎて、展示品を見ている時間よりキャプションを読む時間の方が長かったように思う。意図や価値や情景を感じ取るために、知らなくていいことなんて何ひとつもないな、と思った。それでも、熱心にキャプションが書かれていることはちゃんと分かるので、楽しかった。「これ結構重たいし装飾がすごいから置物かと思ったけど、フチのとこが欠けてるねん、実用品やったぽいわ、やばくない?」みたいな(意訳)いかにも研究職っぽい目線のキャプションが添えられていたりする。こういうの大好き。また、ガラスがいろんな時代と場所で「○○っぽいもの=何かの代替」としての役割を担っていたのも初めて知って、おもしろいなと思った。大理石っぽいやつガラスで作る、とかね。
最後は喫茶室でトルコ式のコーヒーを飲んだ。トルコのコーヒーは挽いた豆と砂糖、スパイスと水を入れて小鍋で煮出すらしい。粉ごとカップに注いであるので、沈殿するのを待ち、上澄みを飲むのだそうだ。おいしかった。スパイスに決まりはないが、うちはカルダモンを使っています、とお店の方が丁寧に説明してくださった。
飲み終えたらソーサーにカップをひっくり返して、粉の流れかたを見る占いをやるらしい。お店の方いわく「茶柱が立つ、とかぐらいの感じでしょうかね」とのこと。日常にある占いって、どこの国のもみんなかわいいね。

岡山駅からバスに乗って1時間ほどのところにあるお店で豆花を食べた。豆花は私のいちばんの好物、と言える日もあるくらい好物(弱気)なのだが、そもそも食べられるお店が少ない。旅先では必ず豆花を出す店がないか調べ、行けそうな距離なら足を運ぶようにしている。
お店はとても繁盛していた。豆花は柔らかいのに大豆の食感があり、繊維が残るほどたっぷり入った生姜シロップがおいしかった。お昼ごはんを食べていないのを言い訳に、粽と焼小籠包も食べた。満腹。

いったんホテルに移動してチェックイン。駅から歩いて20分くらいのホテルにしたのを後悔した。暑すぎる。タクシー乗ればよかった。徒歩20分て、人によっては全然歩けない距離な気がする。私にとっての徒歩20分は「もし家を借りるならそこには住まないけど、ただ歩くだけなら別に苦ではない(真夏と大雨を除く)」程度の距離。

電車でまた1時間ほどかけて岡山駅に戻って、7年前にも行った古道具店へ。東洋陶器のカップ&ソーサーを買った。1960年代のものだそう。食器を作っていたのがそれぐらいの時期、と記憶してるけどあんまり詳しくはない。東洋陶器は現在のTOTOさんです。

夜はアナログフィッシュのライブ。主目的はこれだった。10月の渋谷クアトロのワンマンでしばらくライブ活動をお休みするらしいので、私はこれで見納め。見納めに全くふさわしくないほど、素晴らしいライブだった。岡山でのワンマンは初めてらしいが、お客さんがみんな明るくて、ピュアでハッピーでかわいかった。なんというか、カラッとした好意で溢れていた。こんなふうに歓迎されたら嬉しいよな、と何故かバンド側の気持ちに。ただ音楽が好きなだけの人って、見ていてすごく嬉しい。あぁこういうのが好きだった。こういうのが好きで、今もずっと好きなんだった。これからも音楽が好きでいたいし、そこにアナログフィッシュがいてほしい。『車窓』を聞きながら生きていきたいし、「好きだよ」と言うより「君になにかしてあげたい」と言いたい。『Yakisoba』がほんとうに大事な曲なので、私が死んだら葬式で流してください。

サポートメンバーのRyo Hamamotoも、バンドのライブ活動休止と同じタイミングでアナログフィッシュの活動を離れるらしい。本当にすごい人なので、残念だなと思う。すごい人、というか、まぁ私はギターのことは別に何もわからんのだけど、なんか頼もしいのよな。例えば鉛筆と消しゴムと紙があって、よしこれで十分絵が描ける、すごく良い絵が描けるようになったぞ、というところに色鉛筆と絵具と色紙と定規とコンパスとはさみとイーゼルとキャンバスを担いでやってきた人、みたいな感じ。ね、頼もしいでしょ。ギターヒーローでしょ。でも、この人はそもそもソロミュージシャンだし、ご自身の活動もしながら、ここまで一緒にやってくれていた人なのだ。また再開のときにいてくれたら嬉しいけどなぁ。今夜もとってもかっこよかった。あ、ちょっと待って私、ギタリストを「かっこいい」と思うの、初めてかもしれん。「好き」なギタリストはおるねんけど、ちょっと質感が違う。
あとRyo Hamamotoは京都の紫明会館でアコースティックライブの時に、アップライトのピアノを弾いて、あとマンドリンも弾いてくれて、あれも最高でした。忘れないよ。

満たされた気持ちで、また1時間ほどかけてホテルへ。ホテル取る場所おかしいよ。さすがにタクシーに乗った。タクシーってすごい乗り物だな。車に乗せてくれて、好きなところへ運んでくれるのすごくない?しかも私だけを。すごい。

翌朝、宇野港へ。私はほんとうに都会でしか暮らしたことがないのだな、と実感する。駅に行けば電車が来て、港へ行けば船が来ると無意識で思い込んでいるのだ。王様か。
朝6時くらいにはぜんぜん起きてたのに、フェリーの時間を全く調べておらず、港で1時間半も待った。アホじゃない?急いでないとはいえ、今日は家に帰らないといけないのだから、計画的に動く必要があるのに。行き当たりばったりすぎる。普通に愚か。
とはいえ待合室は空調が効いており、読書が捗った。

フェリーで直島へ。自転車を借りたかったが天気が良すぎる。自転車に乗ると日傘をさせないので、バスと徒歩で移動した。家からずっと自転車で来たらどれぐらいかかるんだろう。自転車でフェリーに乗る人を見て思う。
あまりにも天気が良く、海もきれいで「想像の中の夏休みに居るみたいだな」と思った。今年覚えた韓国語に「윤술」というのがある。水面に光が当たってきらきらしているさまを指す言葉なのだけど、この日は海を見ながら何度も口の中で唱えた。

3つほど美術館を周った。李禹煥美術館に行けて嬉しかった。どんなサイズになっても李禹煥の李禹煥っぷりはそのままだということも分かった。ここで1泊させてほしい、作品に触れたりしないから。
李禹煥に限らず、島中に大きい作品ばかり置いてあるのでそれも良かった。大きい作品て身体に良い感じがする。境界が分からなくなるからだと思う。自分と、そうでないものの境界が。たぶん、元々そんなものはないのに、あることになっていて、だから「あることになってる世界から来たんだね、いいことを教えてあげる、もともとないよ、ないものだよ」と発信されることが、身体に良いんだと思う。

モネもよかったが、そんなことよりモネの展示室の床材がよかった。あれは何、タイルなのか?どういう素材なの。タイルって普通なに、磁器か。いやそういうんじゃない。そういうかんじじゃないの、なにこれ。展示室は靴を脱いでスリッパに履き替えて上がるようになっていた。モネより床材を見たり触ったりしている時間の方が長かったかもしれない。
いやモネも良かったよ。モネって結構、あの、酩酊でしょう。モネの良さは分かっているつもりです。(あくまでもつもり)
モネの展示室は床材だけでなく額縁もよかった。あれは木とかじゃなくて石やと思うけどね。シーーーーンとした素材でよかった、というか展示室自体がシーーーーンとしている、いや客はしゃべってるけども。
そもそも絵に合わせて額縁だけじゃなくて展示室から作るって夢みたいに良い案じゃない?

しかしなんとまぁ、安藤忠雄はもちろんすごいが、これらを建築物として作った人たちがいることも同じくらいすごい。「ここに三角のエッジが入ってたらかっこいい」と思いつき、作りたいと発信することと、それを受けて実際にコンクリートで作れることとの価値は同じだと、私は思う。

さて、こんなのに良い意味も悪い意味もないので深く考えないようにしているが、私はひとりで観光地へ行くと日本人に見られないときがある。直島みたいに海外からの観光客が多いところでは特に。このような経験は一度や二度ではないが、でも別に理由が知りたいわけでもないから、誰にも話したことがない。
ひとつめの美術館では問答無用で英語のパンフレットを渡され、英語で説明を受けた。英語で説明と言ったって別に「写真を撮っていいのはこのエリアだよ」とか「大きい声でおしゃべりしないでね」くらいのことなので聞き取れるから、構わないけど。訂正するのも面倒だし。でもチケットを買うときに私は「こんにちは」と「おとな1枚です」を言っているし、説明を受けているときも終始「はい」と相槌を打っているので、英語で返される理由がよくわからない。私、日本語の発音おかしいのか?外見のせい???体型?何?
みっつめの美術館でも流暢な英語で展示室の案内を受けたがまったく聞き取れなかったので「ジャパニーズですすみません」と返し(なんのすみませんや)、カフェでは「これを持って外に出てもいいんですか?」と韓国語で聞かれ「はい、そのドアですよ」と韓国語で返事をした。
なんなんだろうな。あ、別に理由を知りたいわけではないです。

総じて良い旅行だった。直島には冬の平日あたりでまた行きたい。

Senelės daina

2024年9月10日 (火) 20:42

uncategorized

来週岡山に行く。9月はまた韓国に行くし、10月は横浜へ、11月は台湾へ、とこの先に決まっている旅行が多いので「岡山では特に何もせず、泊まらず、スッと帰ろう」と思っていたのだけど、いろいろと調べ始めたら結局「せっかく行くねんし交通費は変わらんねんから観光しようっと」に至った。連休の中日やからか、ホテルも安かった。島に渡ったりしようと思う。自転車に乗りたいから晴れてほしいけど、暑いと困る。お願いいたします。

今年すごい旅行多いな、意図したわけじゃないのに。仕事が暇やからかもしれんね。

仕事が暇、と書いたものの、たぶん一般的に見たら普通ぐらいの仕事量なんやろうな、とも思う。私は2~3か月かかるような、新規の大きい案件が無ければ「わりと暇」と認識しているフシがあるね。

6月の韓国旅行では帰りの荷物が3キロほどオーバーし、超過料金を取られるという凡庸なミスをかましたので、反省をいかしてラゲッジスケールを買った。なるべく手ぶらで飛行機に乗りたい、と思ってほとんど全部をキャリーに入れたのが間違いだったと思う。分散すれば25キロまでは許されるのだから、ちゃんと量りさえすればいけるはず。超過料金はそんなに高い値段ではなかったものの「この金額なら、このおいしいマッコリをあと2本は買えた」というくらいの値段だったので、絶妙に悲しかった。払えないほどの高額ではないし、うまい値段設定とも言える。
ま、前回ほど山のようにお土産を買わなければいいよね、とは思うけど、行ってるときは忘れてるから……気を付けます。
ラゲッジスケールは紐にひっかけて両手で持ち上げればピピッと重さを表示してくれる、というやつでとっても便利。

先日「私はあなたによく愚痴を言うけど、あなたが私に言うことは無いので、一方的に愚痴を聞かせて申し訳ない、いやな気持ちにさせてるんじゃないかと思って電話したあと落ち込む」というようなことを友人に言われた。これはまじで、まじでよく言われるので、どうにか解決したいな、とずっと思っている。
私は愚痴を言うのが本当に苦手だと思う。昔はここまでひどくなかったのに、いつのまに?そもそも「軽めのあまり練ってない愚痴」を吐く場所といえばTwitterだったのだけど、もう10年近く愚痴らしきものを書いていない気がする。2010年くらいのTwitterは私のに限らず愚痴であふれかえっており、そのどれもが個人的で、具体的で、ちょっと愛らしいものだったように記憶している。あの手触りの愚痴は、もうTwitterには流れてこない。もっと、グチャグチャでドロドロの愚痴ならおすすめ欄に出てくるけど……何を「おすすめ」してんねん。
最近は、私が会社や仕事の愚痴を言っていると「そない気に入らんねやったら辞めてフリーになったらよろしいやん」と脳内で自分の声がするし「いやほんまそのとおりやわ、黙ろ」と自分でも思うので、ますます言えなくなってきている。
同僚や部下の愚痴も言えない。「その使えん部下をうまいこと使えるようにすんのがあんたの仕事とちゃうのん?そのための役職でっしゃろ、気に入らんねやったら辞めたらよろしいやん」と脳内で自分の声がするからだ。友人の部下の愚痴なら「えーーーなにそれありえへん、それ若いからとかちゃうやん無責任なだけやんムカつくな」などと賛同し、共感できるのに。
また「一方的に愚痴を聞かせることは良くないこと、双方同程度に愚痴を言い合えるのが友人としての良好な関係性」という価値観があることは把握している。が、これも私はあまり理解できない。いや、理解はできるけど、私はあんまりそうは思わない。愚痴に限らず、したい話すればええやん、お互いに。私もしてるやん、あんたはBTS微塵も知らんのに、一切かまわずジンくんがかわいい話してるがな、超一方的に。これも電話を切った後に反省すべきことなの?「今日も一方的に推しの話をしてしまった、彼女には推しがいないのに」つって?なんだそれ。
最も困るのは「私には愚痴を言えないだけで、もっと仲が良い親友がいて、その子には話してると思うと嫉妬する」というようなことを言われた時だが、これは本当に困る。「いません」としか言いようがない。私は人に愚痴を言わない人間である、というだけのことで、友人にも家族にも恋人にもペットにも言わない。恋人とペットはいないけど。いないものに嫉妬されるのは困る。
愚痴、弱音、泣き言、などの適正な取り扱い、まじでどうしようか悩む。なんというか、大丈夫すぎるのよ私が。大丈夫なのも大概にしたい。

っつーかこれがまさに愚痴やん、と思うねんけど、これではあかんのかな。こんど愚痴を求められたら返す刀でこれを出そうと思う。

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