タナカノゾミのポートフォリオサイト

blog

archive/音楽のはなし

Wide awake

2025年11月5日 (水) 20:57

旅行,音楽のはなし

8月のアムステルダム公演が最後、となっていた弊推しことジンくんの、アンコール公演 #RUN SEOKJIN EP.TOUR ENCORE に行ってきた。本国での2公演が発表されたのは10月2日、公演日まで既に1ヶ月を切っている状態だった。私は怒涛のチケッティングによってどうにか手に入れたチケットを握りしめ(比喩)、どんな状況になってもいいように20リットルのバックパックにすべての荷物を詰め込んで渡韓した。
過去最高額の航空券だったのだが、着陸がものすごくソフトで、左右同時に着いた、という感じ。大袈裟でなく、降りたのか分からないぐらいだった。天候的な理由なのか、機長の腕なのかは分からないが、毎回これで降りてほしい、と思った。「高いだけあるなぁ」と思ったけど、冷静に考えると全く関係ない。

初日の公演にも会場入りしている友人を待ち、キョチョンチキンで乾杯。気の利く優しい店員さんが店内のモニターをBTSのMV祭りにしてくれて嬉しかった。キリがないので全然帰れない。しかし、閉店間際で疲れてるでしょうに、人の推しを思いやれるってすごくないか……ありがとうありがとう。

当日、友人が「明日は絶対にグッズを買う、出来る限り早く行って並ぶ」と前日に宣言したとおり、朝7時にホテルを出かけていった。1時まで飲んでたのに、タフすぎる。私は6時ごろには起きていたのに(緊張であまりよく寝られない、私は出演するわけでもないくせにめちゃくちゃ緊張している)、まだ迷っていた。グッズって、ほしいと言えばほしいけど、そこまで熱意があるかと問われると、私は結構薄いような気がする。
が、おつかいも頼まれていたし、二度寝もできそうにない。何かやることがあるわけでもないのだし、エイヤッと着替えて私も出発。2時間近く並んでグッズを購入。「私2時間も並んでTシャツ買ってる」と思うとジワジワ楽しい。やったことないこと、まだ全然いっぱいある。
2時間同じように並んでいたまわりの人たちは早々に訪れたロンT品切れに超絶ガッカリしており、かける言葉もないよ……という感じだった。仕方ないけど、でも悔しいよな。早起きして並んだのにな。「きっと通販がありますよ、後日」と言ったらみんな「そうかな」「たしかにそうよ」「通販してくれるよ」「きっとあるわ」みたいな感じになっててかわいかった。通販あってくれ頼む。

本人確認は事前に顔認証をしてあるので身分証も要らず、チケットの提示すら必要なかった。まじで「顔しか要らん」という状態。スタッフさんが紙製のリストバンドを巻いてくれる。信じられないほど丁寧にシール部分をくっつけてくださって(多分はみ出ないように)、びっくりした。そ、そんな恭しい感じでリストバンドを付けていただいたことないねんけど……さらに、本国コンの憧れアイテム、首からぶら下げるパスと、カイロもいただいた。カイロは屋外公演で寒いから、ということだと思うけど3つももらった。ロゴ入りの袋でかわいい。優しいプレゼントで良いね。

本人確認後はファンクラブ会員用のフォトカードがもらえるのでそれを受け取りに行く。こっちは身分証とファンクラブ会員証も提示する必要がある。こっちも顔にしてほしい。自分の顔を見せたらジンくんの顔の写真が入った紙がもらえる、っていうの良いと思うねんけど。あのシステムは結構お金かかるんやろうか。
フォトカードは最近無印のファイルを買って整理することに決めたので、もらえると嬉しい。私は整理整頓さえできれば物が増えるのは嫌ではないタイプっぽい。

現地でやるべきことがすべて完了したので一旦ホテルに帰って少しでも荷物を減らすことにした。移動時間はちょっと面倒だけども、これは友人の英断だったな、と思う。荷物って軽いに越したことないね。
ホテル戻りついでに何か食べよう、ということになったが、パンぐらいしか食べられそうな気がせず、ふたつ買ったのにいっこ食べるのも苦労するほどで参った。おなかは空いていると自覚があるのに、ぜんぜん食が進まない。なにせ緊張してるから……私は出演しないのによ……友人は「恋煩いだね」と言っていた。そうか、これが恋煩いなのか。これが噂の。胸がいっぱいでごはんが喉を通らない、てやつか。これが。
私のジンくんへの感情は「信仰」が近いと思っているのだけど、全世界のARMYの皆さんに聞いてみたい、推しへの感情に名前を付けるなら何ですか?私は「信仰」が最も近くて、でも「崇拝」ではないのがポイントかな、と思っている。ジンくんを見ていると、ただがんばろうと思えて、優しく善くありたいと思うし、顔を見るだけでなんでもできるような気持ちになるから……「お守り」みたいな感じというか。

友人はホテルでメッセージボードを作るというので別れ、私はサウンドチェック席なので、入場時間に合わせてまた競技場へ戻った。席は京セラのときほど良い席ではないけど、自分でこの席を買った、という思い入れのようなものがちゃんとあって、興味深い。座ってアミボム(ペンライト)に電池を入れたり、お水を飲んだりしてひと息ついたら、お隣の本国アミが無言でスッ…とシリアルバーをくれてかわいかった。しかもおいしそうなシリアルバーでうれしい。私こういうの好き、ザクザクしててドライフルーツとか入ってるやつ。私も早速用意してきたソンムルを渡した。本国のコンサート文化で、なんか個包装のおやつとか、自作のキーホルダーとかを周りの席の人にプレゼント(=ソンムル)するっていうのがある。kpopの文化でも指折りの「好きな文化」なので、参加できてめちゃくちゃうれしい。私はチロルチョコに自分で印刷した紙を巻いて「ソクジンチョコレート」にしたやつと、あとはマリオのグミとかピクミンの飴とかを詰め合わせたのを持って行った(推しの推しがマリオなので任天堂おやつにした)。いろんな国の言葉で「かわいい」を言ってもらえて感無量。かわいいよね、かわいいの作ったな〜と思っててん、自分で……うれしい、ありがとうありがとう。
右隣のアミは英語圏の方だったのだけど、なぜかずっと意思疎通ができて、おもしろかった。彼女はずっと英語で、私はずっと日本語で喋ったけど、お互いに一回も聞き直したりしなかった。
後ろの席や前の席のアミたちも、みんな雰囲気がよくて、連帯ってこれのことだな、と思った。言わなくてもみんなが何を考えているかわかる。私が考えていることも、みんなが分かってくれている。好きな人が同じ、というだけで仲良くなれるかどうかは別だ、と思って生きてきたけど、でもこの日まわりにいた10人ぐらいの人たちのことを、すごく好きだと思った。不思議なこともあるもんだ。

サウンドチェックに登場したジンくんは、初日サウンドチェックの革ジャンお兄さんオトナ味から一変、上下グレーのスウェットにロングのダウンでぽてぽてしており、ヒモ彼氏みたいで超絶かわいかった。資産家すぎてヒモなわけないのに(彼氏なわけもないが)。「寒くない?寒いよ、寒い」と言っていた。正直この時間は西日がすごくて待機中に半袖になる人もいるぐらい暑かったのだけど、ジンくんが寒いと言うなら寒いです。でもまぁ確かに日陰に入ったり日が暮れるとかなり寒い日だった。湿度のない寒さなので私は好きな気温だけど、ジンくんはそもそも寒がりなので……「みんなが寒いといけないのでカイロを配ってください」と言ったんだろうな、と想像する。自分がされたいことを人にするのが愛情表現のジンくん、良い。
3曲やって、最後は「このあと髪をセットするけど、アップにするのとおろすの、どっちが良い?」とアンケートを取ってくれた。「和食とイタリアンならどっちの気分?」と聞いてくれる彼氏みたいじゃないですか?(???)こういうときに「どっちも好き」とか言うのは野暮なので、私はアップ派で申し込みました。ジンくんのおでこと眉毛が好きなので……が、僅差でおろす派が多かった模様。いやどっちも好き。

サウンドチェック後は一度出ても良いことになっていたので、一旦退場。まわりのアミたちが「またあとでね~」といろんな言語で言ってくれてかわいかった。外のベンチでお昼に食べ残したドーナツを食べ、本を読み、通り雨に降られた。けっこうざばざば降ったので焦ったけど、屋根のあるベンチだったので助かった。
友人が到着したので合流。ホテルで作ってきたというかわいいメッセージボードに私も絵を描かせてもらってから、開演20分前に入場。さっきの雨で椅子がボタボタに濡れており、座るのを躊躇う。結構濡れてるやん、乾く間がなかったもんな、と思っていたら右隣のアミが「私そのまま座った!意外とイケるで!ゴーゴー!」みたいなことを言ってきて笑った。「イケへんてwww」と言いながらハンカチでざぶざぶ拭いた。ゴーゴー!やないねんww

公演は言わずもがな、最高だった。いろんな微調整と改善が見られ、アイデアが足され、パワーアップしていたと思う。ジンくんの言う「アミがしてほしいことが僕のしたいことです」は本当に嘘偽りない。リップサービスでも建前でもなく、本当に何を望まれているかをちゃんと聞いて、理解して、反映してくれていると思う。その上で「でもジンくんがほんとにやりたくないことはやらないだろう」と信じられるのもすごい。アイドルのプロ。
何よりひとりでツアーを回った経験を、ジンくんはちゃんと自分のものにしている、自信になってる、と感じられたのが嬉しかった。理想はいつでもそうだけど、やったらやっただけ自信になることなんて、実はそんなに多くない。「数」はそれなりに強いけど、所詮「数」でしかないときがあるから……だから経験数を自分の力にして持って帰れるのは当たり前じゃないと思う。

ジンくんは終始、なんか優しい顔をしていた。ジンくんてそもそもイケメンとかハンサムとかいう以前に顔が幸せというか、言語化が難しいけど、すごくやわらかい、幸せな顔をしている。顎とか全体的なフェイスライン、目尻はシュッとしているし、年齢や経歴を考えるともっと厳しい顔をしていてもおかしくないのに、意外に丸っこい印象の鼻先とか、ぽてっとした唇のせいか、ほっぺたがちゃんとあるせいか、ハッピーフェイスなのよな。それに加えてこの日は、ほんとに最終日だということや本国公演だという安心感なのか、クオズが来ているアットホーム感のせいか、ずっと優しい、寛いだ顔をしていたと思う。かわいかった。ま、いっつもかわいいんですけどね。

本国のアミは公演中ずっとスマホで動画を撮影するイメージがあったけど、そんなにステージに近い席ではなかったせいか、さほど多くなかった。それより歌ったり踊ったり名前を呼んだりリアクションをするのに忙しい、という感じ。撮影するのが悪いこととは思わないけど(だってファンが撮った映像ってめちゃくちゃおもしろいもん、公式には撮れない映像がいっぱいあるし、公演終わったあとにそれ見るの楽しいし)ただ私はみんなで一緒に歌ったり踊ったりするのが好きなので……久しぶりにこんなに大声で歌ったな、と思った。いっぱい跳んだし、気持ちよかった。
終盤、感極まって泣き出してしまった前の席のアミ(大分から来た、と言ってシールをくれた)をお隣のアミ(多分本国アミ)がなぐさめて、ぎゅっと肩を抱いていたのも印象的だった。双方の気持ちが痛いほどわかる。
私も『Awake』で冗談みたいに涙がぼろぼろ出た。泣くつもりはなかったのに。そうだった、感動すると涙って勝手に出るんだった。『Awake』で「多分僕は 空を飛ぶことはできない 多分僕は 空に触れることができない それでも手を伸ばしていたい  走ってみたい もう少し」と歌ったジンくんが、『오늘의 나에게(To Me, Today/今日の僕へ)』で「僕は飛ぶ 心導く所に 僕は飛ぶ 僕を飛ばす」と人生を進めているの、何回聞いても鮮やかに感動する。

これで本当に最後なんだな、と思っていたら『The Astronaut』で花道に寝転がったジンくんが花火を見ながら「あの顔」をしていて、超グッときてしまった。ジンくんがきれいなものを見ているときの、たぶん「この光景を覚えていたい」と思っているときの「あの顔」は本当に、なんともイノセントな表情で、見るたびに「今この瞬間をジンくんが幸せに記憶してほしい」と思うし、こういう時間がこれからも、何度も訪れるといいなと思う。そういえばジンくんが「あの顔」をしているときに自分が現場にいられたの、初めてだったかもしれない。嬉しい。

初日はホビとグクが、2日目はテテとジミンが来て一緒に歌ってくれて、バンタンのわちゃわちゃを見られたのも嬉しかった。テヒョンの声は本当に耳が心地いい。あったかくて大きい手を瞼の上にのせてもらってるときみたいな、ずっしりした気持ちよさ。声って温度があると思うけど、テヒョンの声は平熱より高い気がする。
ステージに上がる予定じゃなかった様子のすっぴん私服のジミンが一緒に歌ってくれたのも最高だった。ジミンはほんとに優しい子だね。嬉々としてジミンにお水をぶっかけるジンくんと、ただ笑って許すジミン、五臓六腑に染み渡るかわいさ……この光景が恋しかった、とガチ泣きするテヒョンの手をひいてステージに連れてくるジンくんと、おとなしく手をひかれてるテヒョンも、五臓六腑に染み渡るかわいさ…… ヒョン歌うからここで座って聞いていきな、と椅子を運んできてテヒョン用特等席を用意するジンくんも最高だった。ジンくんがこれまでやってきたことや、大事にしてきたこと、ジンくんがどうありたいかが、ぜんぶステージに乗ってるみたいな日だった。それを見に来たんだった、見られて良かった。来て良かったな。

公演後はまた友人と合流して、鴨肉を焼いたのを食べた。昼間に見つけてたお店で、私はデジカルビのお店だと思って入ったので(それは隣の店だった様子)「오리?오리ってなんや、あ、鴨か?」となったけど、すごくおいしくて結果オーライになった。鴨肉を石板の上で焼いてくれて、からしの効いたすこし酸味のあるタレにつけて食べるのだけど、めちゃくちゃおいしかった。お肉も柔らかいし、鴨って油がおいしいし、タレがまたおいしくて、あれまた食べたいな。付け合わせのニラとか、ムルキムチもおいしかったし、焼いたキムチもおいしかった。大満足。

翌日は晩の飛行機なので、弘大に行ったり梨泰院に行ったり、友人と遊んだ。時間ギリギリに入店できたカルグクスのお店が大当たりでおいしかったな。キムチもおいしかったし、スユクもすーごいおいしかった。前に聖水で食べたやつは貝出汁のカルグクスやったけど、ここのは牛骨出汁、まろやかで、しつこくない。お店の周りも雰囲気の良い、かわいい街で、今度このへんに泊まりたいなと思った。
友人は会うのは実質2回目というのに、ずっと昔から一緒にいたような親しみで、絶対また一緒に旅行したいなと思った。私が道案内をミスって全く逆方向に10分くらい歩いて電車にのる羽目になったときも、SMSが受け取れなくてロッカーを使うのに手間取ったときも、嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれた。ありがとう、また会いたいです。

19時の便で帰国、23時ごろ家について、たっぷり寝た。やっぱり自分のベッドは最高。翌日は荷ほどきをして洗濯をして、アミがくれたおやつを食べたり(ぜんぶおいしい、台湾アミがくれたグミチョコが特においしかった、これ買いたい)、お土産を整理したり、のんびりした。
買ってきたホドゥカジャがおいしい。牛乳が切れてるので近所の牛乳屋さんに買いに行って、コーヒー牛乳と一緒に食べた。やっぱり私、駅で売ってるゴロッとした素朴なホドゥカジャが好きだな。次もっといっぱい買ってこよ。冷凍しとけば好きな時食べられるし。注文したのは5個だけど、気の良いおばちゃんが「おまけね」とぽいぽい袋に追加してくれて、8個入ってた。気前が良い。

配信でコンサートを見た人のレビューを読み漁っていると、公演の最後、ジンくんは「僕は悔いがないぞ!おしまい!」と言ったのだそうだ(聞き取れなかった)。こんな最高の宣言があるかよ、と思い、リビングで大の字。悔いがないって。嬉しい。私も悔いがないぞ!ありがとうジンくん、好きな人がこんなに幸せにしてくれて、私は幸せ者だな。
この先どんなことがあるかなんて、誰にも何も分からないけど「ずっと走り続けます!」と言ってくれたジンくんのことが好きだし、ジンくんを好きになってよかったです。

さて、どんなに推しの余韻に浸っていたくても、引き続き起きたら仕事して飯を食い洗濯して風呂入って、これからも私の生活は続いていきます!タリョラー!ソクジーーーン!!!

Run Seokjin Run

2025年7月16日 (水) 20:49

音楽のはなし

ジンくんのライブに行ってきた。私もうARMYやな、と自覚したのが2021年の6月だったようなので(ブログって自分がいつ何を考えてたか残ってて便利)4年越しに推しに会ったことになる。長かったな。いや短いのか。正直わからん。

ライブ数日前からずっと胃が痛くて、所在ない感じというか、足が浮いてるというか、妙な心境だった。緊張していたんだと思う。初めてスピッツのライブに行った16歳のときも、初めてWeezerのライブに行った19歳のときも、こんなことにはならなかったはずだ。歳とったせいなのか。
仕事が忙しかったこともあって食事量がガクッと減り、2キロぐらい痩せた(うれしい、でもこういうのってどうせすぐ戻るけど)。あ、恋煩いで痩せる人って、もしかしたらこういう感じなんだろうか。
ライブ後は友人と会えたので「一緒にごはんでも食べませんか?おなかすいてます?」と自分で言ったのだが、そう言う自分こそが「おなかすいてんだかすいてないんだかわからん」状態になっていておもしろかった。胸がいっぱいになると、おなかがすいてるかどうか自分でわからなくなる。よく考えたら朝家でパンをひとつ食べ、あとはボンタンアメを何個か食べたぐらいなので「おなかすいてるに決まってる」と思った。お店でだし巻きたまごを食べたら「あぁおなかすいてた」とようやく思い出した。お出汁の力はすごい。

VIP席が取れたとはいえ、アリーナなので当日まで明確な席がどこかは分からない。何回か「座席配置予想図」みたいなのをTwitterで見かけたけど、直視する勇気(?)が出ないまま当日を迎えてしまった。私の席は花道ステージの先端くらいの位置だった。近い。こわい。メインステージからの距離は、フジロックのグリーンステージからPA卓ぐらい。近い。近いよ。
よくアイドルの現場に行っている友人に「VIP席なら肉眼で見えるね、よかったね!」と言ってもらっていたのを思い出したが、肉眼で推しを見るとどうなるのかも聞いておけばよかった。推しって肉眼で直視して大丈夫なんだろうか。太陽だって直視してはいけないと習ったのに、推しはどうなんだ。こわい。私、今日溶けて消えるんかもしれん。

VIP席だと、特典として20~30分くらいの「サウンドチェック」と称したミニゲネプロみたいなのに参加できる。このときが私がジンくんを生で見た初めてのときなのだけど、残念ながらあんまり記憶がない。無理もない。酸欠っぽくなってたせいな気がする。3曲やってくれたことと「今日男性のお客さん多いね、彼女に連れてこられたの?笑……ちがう?僕のことが好きなの?」みたいなことを言っていたのと、あとものすごい神妙なトーンで「聞きたいことがあったんですけど、あの、みんなアミボムをずっと振ってて、腕は痛くならないんですか?」と聞かれたのを覚えている。あなたは3時間ひとりで歌って踊ってゲームコーナーを進行してステージの端から端まで走りまわってるというのに、しかも昨日もそれをやって今日またそれをやるというのに、我々の腕の心配を……?腕の……?と思ってポカーンとしてしまった。ジンくんはこういう「市井の人々の暮らしを学ぼうとするお姫さま」みたいな物言いをすることがある。自分の特権にいつも意識的で、人の話をよく聞こうとする。自分の足で城から出て、自分の目と耳で民の生活を見る、強くて賢いお姫さまみたいだと思う。
何より、全体的になんか「さっき起きました」みたいなしゃべり方でリラックスしていてかわいかった。あの「気を許してる人の前にいるみたいな態度」をやめてほしい、なんか危ういし、絶対に飼えない猫を手懐けた(と自分だけ思っていて猫にそんな気はさらさらない)ときみたいな気分になる。喉が詰まって息苦しいぐらいかわいい、と思っていたらサウンドチェックが終わった。脱力。
肉眼で見えるどころか、肌質まで見える。目がきらきらしているのも見える。ジンくんは目の水分量が多いのか、常に目がきらきらしている。アイドルが過ぎる。

サウンドチェックを終えたあと、これからライブを見るにあたって、私は自分が使える全ての器官から全力でジンくんを吸収するぞ、と決意した。人生で一回もしたことのない決意で自分でも戸惑うが、どうしても目が先行してしまうので……(あんなに見応えのある顔見たことないから……)席が近いと見るものが増えて忙しい。私は楽器や機材だって興味があるからぜひ見たいのに、本人を見るだけで忙しい。なにせ肉眼で肌質まで見える距離だし、ジンくんは顔面どうこう以前に骨格から美しい。姿勢が良いとかもあるけど、ゆがみがない、ストンと立っている。
ファンがジンくんを美術品にたとえたりするのをよく見かけるし、気持ちは分かるけど、実際に見ると美術品にはたとえられない、ということだけが分かってしまった。美術品には必ず作者がおり、作者の意図や意思をくみ取りたければ手がかりがどこかにあるものだけど、ジンくんはめちゃくちゃ生きている。ジンくんは今この時をめちゃくちゃ生きているので、絶えず変化し、その変化すらも美しい。生命の美しさって切り取れない。

ライブは本当にあっという間に終わってしまったけど、過去のソロ曲まで聴くことができて、ずっと幸せだった。ジンくんの声って鳴りが良くて、倍音がすごい。ピンと張りがあるけど厚みがあり、涼やかでクリアやのに艶っぽい。ちょっと歪みがかかったようなロングトーンなんかは、奥田民生とか草野マサムネとかの声に似たエレキギターっぽさを感じる。歳とるとまた味が出て、人生の滲んだ良い声になるだろうな。

本人のピアノ弾き語りでやった2曲は、うっとりするほど上手かった。推しの贔屓目があることを除いても、これまでの人生で観たピアノ弾き語りの中で一番良かった。弾き語りって技量で押し切ってドヤられると冷め、つたなすぎるとお遊戯会みたいで頼りないし、陶酔しすぎると客が置いてけぼりで、とにかくバランスの要る演奏方法よなぁと思う。こなれてるとかっこいいけど、ちょっとやそっとでその境地に行けるはずもない。音数が少ないので自信なさそうにされるとヒヤヒヤするし……
ジンくんの狙ってんだか天然なんだか分からない弾き語りは(実際のところ半々くらいなんだろうとも思うが)「一生懸命練習したから聞いてね」といういじらしさと、「俺はプロなんだからヘタなものを出すわけにはいかない」というプライドとが折り重なって、とても美しかった。ジンくんのしなやかで健康的なプライドを見ていると、そこが好きだなといつも思う。ピアノのタッチの強弱まで緻密で、センスが良かった。2か月練習した、と言ってたけど、かなり前に公開されたコンテンツでもピアノの練習をしているシーンがあったし、いつか弾きたいと思っていたのかもしれない。声質にもピアノがよく合うので、ぜひまたやってほしい。

蚕室でのライブプレイを見て以降、より解像度が上がり、よく歌詞を読んで、もっと好きになった曲がある。『Rope it』という曲で、馬の嘶きで始まる(なにそれ、と思うけどほんまやねん、ちなみに馬の嘶きで終わります)。ジャンルとしてはカントリーロックになるのかな、詳しくないけど。
Spotifyで聴いてるときは「ジンくんこんなんもできるんや~ライブでやるの楽しそうな曲やな~」程度に思っていたのだけど、実際ライブでパフォーマンスを見ると空気感の作り方がめちゃくちゃに上手くて、「あれ、こんなかっこいい曲やったか」となり、聞き込むようになり、そこでようやく真面目に歌詞を読んだ。人生哲学みたいな歌詞だった。
포기를 아는 건 사는 법 기본이야
선택을 하는 건 마음속 기분이다
という歌詞がある(韓国語ってリズムが良い)。
前半は「諦めを知るのは生き方の基本だ」という意味だ。
ジンくんは背伸びしない。できないことをできるようには見せないし、カマかけて博打を打たない。「足るを知る」と訳してもいいかもしれない。ジンくんが諦めたものって何か、聞いてみたい。「諦め」が持つ印象がネガティブ一辺倒ではないことなんて、長く生きてればみんな分かると思うけど、でも何を「諦め」たのかは人それぞれだと思う。あまりにも興味深い。
後半の歌詞は「選択をするのは心の中の気持ちだ」という意味だ。
確かにジンくんは心のままに選択をしている。旅行にいくバラエティ番組の中でも起き抜けのパジャマに寝ぐせ頭のままで冷蔵庫を開け、氷をつかむようなトングでマンゴーを食べ(絶対にフォークがあるのになぜそれで)、目についたサンドバッグを目についた野球用のバットで殴り、真昼間なのに目についた花火に火をつけていた。意味も理由もなく、ただその時にやりたいことをやっている。
現代特有なのか「みんな意味と理由にものすごく高い価値を置いているんだな」と感じることがある。例えば「伏線を回収できていない」という映画のレビューを見かけると「回収してないならそもそも伏線じゃないんじゃないんか、つーか映画のことパズルゲームやと思ってる?」と思う。つまり創作物には伏線という名の理由付けや根拠が張り巡らされていて、それに気づけるかどうか、という楽しみ方があるんだと思う。そういう楽しみ方をする人がいても別に構わないけど、私はなんか窮屈で好きじゃないし、つくる側からその観方が推奨されるようになったら嫌だ。人生は説明のつかないことがたくさん起こるし、フィクションにだって理由も意味も意図もないシーンがあって良いと思う。ジンくんはそういう、理由も意味も意図もない行動を自分に許すことを、意識的にやっているように見える。身に着けるもの一つすら過剰なほど考察される環境にいるのに、そうしている。
人生観を歌うなんて、下手すると説教くさくて聞いてられないと思うのだけど『Rope it』は軽やかで味わい深くて、良い曲だなと思う。
「목표는 몸이 맡아(目標は体が引き受ける)」とかも、かっこいい歌詞なんだよな。ジンくんが書いた歌詞どこか知りたいな。

せっかくアイドルを推しているのに、いわゆるあの「キャーーーー!」の感じが無い自分に、物足りなさや不完全さのようなものをずっと感じていたけど、そういう気持ちにも一旦区切りがついたように感じた。ジンくんは私なんかが想像できるより遥かに懐深い。ジンくんは「キャーーーー!」を受け入れられるし、ポーズとしての「キャーーーー!」だって受け入れられるし、彼女に連れてこられた人だって全然もちろんウェルカムだった。「今日ここに来てくれた人は僕の恩人です」とまで言ってくれた。なんかすごく「良いもの」になったみたいでこそばゆい。私たちはどのようなスタンスであれ、ジンくんに等しく扱ってもらえる。そのことがどれだけ難しいことか分かるので、ありがたいなと思うし、その信頼に応えたいなと思った。

帰りは友人とジンくんのライブだけでなく、バンタンは本当に最高だという話をたくさんして楽しかった。私は「好き」を自分の腹の中だけで延々煮続けられる性質だし、人と共有することや共感が最優先ではないのだけど、それでも人と共通の好きなことについて話をするのは当たり前に楽しい。
ナムジュンがひとりでアメリカ入りすることになり「みんなの仕事の都合で一緒に行けなくなってしまって……僕一人で先に行きます……不安です……」と迷子みたいな顔をしていたのに、翌日にはユンギ・ジミン・グクが出発していた話をしてめちゃくちゃ笑った。あんな不安な顔をしたナムジュンをたったの1日だけ早く出国させる理由なんやってん。しかもその1日の間にナムジュンはスマホを水没させている。ナムジュンは放っておくとあらゆる物を破壊し、パスポートやAirPodsを紛失し、そんな自分を「僕はまだ一人前になっていないんです」と憂うような人なのだ。かわいそうやけどかわいすぎる。

バンタンは今アメリカでソングキャンプ中らしい。来年の春にアルバムを出すから、みんなで曲作りをする、とのこと。何そのGrateful Deadみたいな……(ちょっとちがうか)最近は一人で楽曲制作をせず、複数人で集まって作る、というのはよく聞くし、ユンギもナムジュンもソロアルバムの制作でソングキャンプをしていたけど、バンタンがメンバー全員揃ってやるのは過去にないと思う。いずれは制作時の様子なんかも見られる日がくるかもしれない。こんな楽しみなことはない。テヒョンもいつのまにか合流したみたいだし(こないだまでパリにいた)、ホビもロラパルーザのヘッドライナー(大仕事~!)を終えて近いうちに合流するはず。ジンくんはまだワールドツアーの真っ最中でこれからアメリカ・ヨーロッパを周るけど合間で参加するらしく、ジンくんのツアー日程に合わせてキャンプそのものも移動するみたい。こんな楽しみな話があるかい。

ジンくんのライブが終わったら楽しみがなくなっちゃう、と思ったけどそんなことは全くなかった。そうだった、生きてると無限に楽しみがあるし、それを真っ当に享受するために私ができることは無限にあるのだった。
推しを肉眼で見ても私は溶けて消えることなどなく、これからも生活は続いていきます!タリョラー!ソクジーーーン!!!

look how they shine for

2023年11月16日 (木) 20:27

音楽のはなし

東京ドームでColdplayを観てきた。ライブを観るのは私の記憶が正しければ2011年のフジロック以来2度目だ。フロントマンのクリス・マーティンは「2025年にリリースする作品が最後になる予定」とインタビューで答えており、もしかしたら日本で公演をするのは最後かもしれない、と思ったし、友人が「のんが行くなら一緒に行く」と言ってくれたこともあって、チケットを買った。
でも、もう一回記事をちゃんと読んだら「そのあとはツアーだけをやる」みたいなことも言っているようなので、まぁ2025年以降も公演を観る機会はあるのかもしれん。それならそれでいいね。

ライブ前、友人と「自分の創作物(例えば小説や漫画や音楽)が店舗に並ぶのって、怖くないのかな」というような話をしていた。自分の作ったものを自分で売るところまではまだ感覚が掴めるし経験があるけど、例えば自分が書いた小説が印刷され、製本され、全国各地の書店に並び、誰かの手に渡っていくところを想像すると、確かに怖い。喜びももちろん想像できるけど、どちらかと言うと「途方もない」みたいな恐怖を感じる。
私は「だんだん“自分が作った”という感覚が薄れるというか、手元を離れていくんじゃない?」と答え、友人も概ね同意してくれた。

でもColdplayのステージを観ていると「必ずしも、そうじゃないかもしれない」と思ってしまった。古い曲も、新しい曲も、誰かとコラボした曲も、自分たちの手から放さずちゃんと握りしめているような、そういうライブだった。そういう曲だけを演奏する、と決めているのかもしれないし、どんなに年月が経って、作った日のことを忘れて、聴く人の解釈に委ねるようになっても、ずっと手を放すことなく握りしめておく方法を、知っているのかもしれない。
だって、客席からステージに上げたお客さんを隣に座らせ、キーボードを弾きながら『Fly On』を歌うクリス・マーティンを観ていたら「“今はもう手元に置いていない曲”なんだとしたら、そんなふうに歌えるものだろうか」と思ったのだ。

ライブ中盤には「世界に愛を送ろう」と言い、みんなでお祈りをする時間があった。祈ることに即効性が無いことなどとうに知っているけれど、祈ることからしかどんな物事も始まらないだろうが、とも思うので、5万人に向かって「戦争や虐殺や争いが終わるよう、みんなでお祈りをしよう」と大真面目に発信してくれる人が居るということと、それに同意し応える人が5万人居る、ということが素直に嬉しかった。こういう種類の希望を感じられることが、日常にはあまりにも少ないと思う。

入場時に配られたザイロバンドを腕につけて、演出の一部になれたことも嬉しかった。私は何かの一部にされることに対するネガティブな違和感を幼少期から捨てられずにいるし、だから学校も嫌いだったけど(ある程度ひとまとめにしないと対峙できない、というのは今では分かる、私だってそうしている)、Coldplayのこれに関しては嬉しかった。理由も理屈もわからないので自分でも不思議だ。東京ドームが黄色い照明だけで満たされる中で演奏された『Yellow』は美しかったし、同時に私の左腕も黄色く光っていて、遠い席の人たちからは演出の一部としてそれが見えていると思うと、私も何かの役に立っているんじゃないかと思えて嬉しい。
ザイロバンドは返却する仕組みになっているので、リサイクルされ、またどこかの国のどこかの公演で誰かの身体の一部になるのだろうと思うとそれも感慨深かった。
購入する仕組みになっていないのも良いなと思った。嵐のツアーごとにデザインが変わるペンライトは思い出になるから良いなと思うし、KPOPアイドルのペンライトはグループそれぞれオリジナルの形があってそれも楽しいし(ジンくんは自分たちのペンライトが早く欲しくて急かしたほど、と言っていた)、それぞれに良さを感じるけど、どちらも「チケット代を払ったのに、さらにペンライトも買う」点は変わらない。(他にも様々理由はあるだろうけど)金銭的に購入が難しい人が少なからずいることを想像するとつらい。演出に影響することを考えると出来れば買いたいと思うだろうし、周りの席の人がみんな持ってたら申し訳ない気持ちになったりするかもしれない。配布して回収するのは環境への配慮もあるだろうけど、それ以外にもポジティブな面があるなぁと思った。

結びとして書きたいことは特にない。私ひとりだったら行かなかったかもしれないので友人に感謝を込めて。いつもありがとうね。

Flying Theme

2023年4月27日 (木) 21:53

映画のはなし,音楽のはなし

映画『Coldplay Music Of The Spheres: Live at River Plate』を観た。ジンくんが出ているからだ。ジンくんは入隊前、ソロシングルとして『The Astronaut』をリリースし、その曲を作ったクリス・マーティン率いるColdplayのアルゼンチンでのライブに出演した。入隊前最後のステージだった。

ステージの映像は後日Youtubeで公開されたが、私は「なぜこれを見るためにアルゼンチンに行かなかったのか」と後悔した。私が人生で後悔していることなんてほとんどない。結構いろんなことをあっさり忘れてしまうし「まぁ何らかの理由があってこうなってるんだろうな」とか「あのころは思いつかなかったから仕方ないな」みたいな捉え方をしているので「後悔」と名前をつけていることなんて、ほとんどないのだ。だから「なぜこのステージを見に、アルゼンチンへ行かなかったのか、行けなかったんじゃなくて、行こうとしなかった」と、未だに後悔しているのは自分でもめずらしいことだと思う。
行けばよかった。その気になれば行けたはずだったのに。丸1日飛行機に乗って、ジンくんが歌う5分のために、ブエノスアイレスへ行けばよかったのだ。入隊直後は私の情緒がかなりアレ(かなりアレて)だったので「あの5分が最後だったかもしれないのに、ジンくんがステージに立つのは、あれが最後だったかもしれないのに」と考えてしまってつらかった。
もし次の機会があれば、世界のどこでも行こう、というか行こうと努力はしてみよう、と心に決めて、せめて映画は観ることにした。

Coldplayは言わずと知れたイギリスのロックバンドだ。今調べたら、グラミー賞を7回も受賞している。モンスターバンドですね。
私は16歳か17歳あたりで『A RUSH OF BLOOD TO THE HEAD』をTSUTAYAさんで借りたのが最初だったように思う。砂の人が崩れるようなジャケのやつ。初めて買ったアルバムは『VIVA LA VIDA OR DEATH AND ALL HIS FRIENDS』、そこから『GHOST STORIES』くらいまでは比較的熱心に追っていたものの、音楽性が変わり(というかColdplayってアルバムごとに結構ごっそり変えるね)、音数が増え(私は基本的に音数が少ないスカスカの音楽が好き、これはただの好み)、大局的なことを歌詞にするところに、だんだんついていけなくなってしまった。
というかまぁこれはColdplayだけじゃないけど、世界的に売れたバンドって、大体なんか環境問題とか、世界平和とか、宇宙の真理がどうとか、そういう「なんかでかいこと」を歌うようになっていく。まぁ冷静に考えたら当たり前だ。友だちと組んだバンドで、イギリス国内だけで活動していたような頃とは違うんだから、目に見えるものが変わってくるんだから、いつまでも四畳半の部屋に暮らしてるような曲ばっかりを書き続けるわけがない。頭では分かるけど、でもこっちはまだCDを買うのすら金銭的ハードルがあったティーンエイジャーの気持ちを今もリアルな手触りで覚えているし、精神的には四畳半の部屋に住んでるままなんだから、置いていかれる子どものような気持ちだ。まぁ、この気持ちをクリス・マーティンに分かってほしいとかは全然思わないけど。だからこそ、ただ勝手に距離を取り、疎遠になってしまう。

そんなだったから、BTSとColdplayのコラボ曲『My Universe』は私にとってColdplayとの再会の曲でもあった。BTSのメンバーはColdplayのファンだと公言しているし、カバーした『Fix You』は本家を超えるほどの名作だったから、コラボを意外だとは思わなかったけど、クリス・マーティンは始め「音楽性が違いすぎる、うまくいくわけない」と否定的だったらしい。
でも「Coldplay聴く奴はゲイ」などと差別的に揶揄されてきた彼らと、「女みたいに化粧して踊るアジア人」などと偏見を向けられてきたバンタンは、通じ合う部分があるだろうと思う。確かに音楽性は違うかもしれんけど、でも同志みたいに。

映画『Coldplay Music Of The Spheres: Live at River Plate』はアルゼンチンの首都ブエノスアイレスでの公演をディレクターズカット版にしたものだそうだ。当日(去年の10月28日)は世界中の映画館でライブビューイングが行われたらしい。
序盤、クリス・マーティンがそのライブビューイングを実施している国の名前を読み上げるシーンがあった。たぶん50か国分くらいを、アルファベット順に。何かメモを見て、それを読んでるんだろうと思ったら違って、暗記してて、すごくかっこいいシーンだった。覚えたのか!というかっこよさもまぁあるけど、それより読み方というか、ピアノをちょっと弾きながら、ラップみたいに、ポエトリーリーディングみたいに読むので、それがすごくかっこよかった。

クリス・マーティンは全編を通して体力オバケだった。スタミナと、あと場の掌握力が尋常じゃない。体を鍛えてる、とかはもちろん普通にあるとして、たぶん「言いたいことがめっちゃある」という状態なんだろうな、ということがビッシバシに伝わってきた。言いたいことがある・伝えたいことがある奴は、ステージ上で一番強いと思う。何万人もの人に真正面から伝えたいことがあり、それを理解してもらうために音楽をお供えしているようなライブをしていた。カメラに写っている限りでは、観客はそれを受け入れているように見えた。つーかめちゃくちゃ盛り上がってて、みんなよく歌ってたし、楽しそうなのも良かった。

終盤では、それこそ四畳半くらいのサイズのステージでアコースティックな雰囲気で演奏をするシーンもあり、私は「置いていかれる子どものような気持ち」とか言って長いことゴネていたことを恥じ、反省した。何をつまんないことを言ってんだろう、ごめんね、私が間違ってたよ。長いこと、ごめんなさいね。
ギターのジョニー・バックランドはすごく繊細できれいな音を出す人なので、正直こういうステージのほうが映えるようにも感じた。

クリス・マーティンはメンバーひとりずつに感謝を伝え、愛おしそうな目で見て、メンバーはみな誇らしそうな、でも照れくさそうな顔をしてそれに応えていた。私はバンドのこういう、チーム感みたいなものにめちゃくちゃ弱い。人間が人間同士でやることに「永遠」なんかないと知っているからだ。ベショベショに泣いた。
あとColdplayはライブの時、ドラマーのウィル・チャンピオンさんがメインでコーラスをするスピッツタイプのバンドなんですが、このウィル・チャンピオンさんが、すごく良くて、声質も良いし、アガりました。コーラスが上手いドラマーってなんでテンションあがっちゃうんやろ。私だけ?みんなもそう?

クリス・マーティンが「歓迎してほしい、わざわざ韓国から来てくれたんだ」と紹介し、ステージに上がったジンくんはあまりにも「宝物」だったので、ちょっと眩暈がした。キラキラしている。ティンカーベルが撒いた妖精の粉みたいなのが見える。内側から発光している。推しの贔屓目でそう見えるだけなんだろうか、いやまぁそれはそうだろうけど、でもあまりにも宝物だったので……「あまりにも宝物」って大丈夫?何言うてるか分かる?
ジンくんは緊張はしているようだったし、ソワソワしている感じはあったけど、でも浮ついている感じは見受けられなくて、ただいつも通り、ちゃんと仕事をしていたのが良かった。私はジンくんがいつでも自分が出来ること・これまでやってきたこと・たくさん練習したことを地に足つけてちゃんと披露するところがとても好きなのだ。奇跡を待ったり、過信したりしない、丁寧に仕事をするところが好きだ。
曲そのものや状況自体が既に十分エモいので、パフォーマンスの部分をエモくしてしまうともう胸やけするんじゃないかな、というシーンだったが、ジンくんはさすがにバランス感覚が優れていて、圧巻だった。

あぁ本当に、行けばよかった、ブエノスアイレス。でも今日のところは、映像で観られたことがありがたい。

どれ

2022年11月8日 (火) 20:58

音楽のはなし

渋谷すばるさんのライブへ行ってきた。友人が関ジャニデビュー前からのファンで、その付き添いだ。
とは言え友人も関ジャニデビュー直後くらいまでの期間を熱心に追っていて、近年の活動については詳しくないらしい。当時は握手会に行ったりもしていたそうだ。「渋谷すばる、今ライブやってるみたいやねんけど、ひとりで行くの嫌やしさぁ〜」と言うので、じゃあ一緒に行こうよ、と言ってチケットを買った。私は基本的に誰のライブも観たい。
ひとりでライブ行くのが嫌でライブに行けない人、ぜひ私を誘ってください。私は基本的に誰のライブでも観たいし、自分のチケット代は自分で払います。

ライブに来ている渋谷すばるさんのファンは、若くても20代後半ぐらいから大体40代ぐらいまでの女性がメインの客層で、夫婦やカップルで来ている人も多い感じがした。男性も思ったよりは多かった。
私は予習として2~3枚ぐらいアルバムを聴いてからライブに行ったので、知っている曲もたくさんやってくれたし、キーボードと渋谷すばる/ギターと渋谷すばる/ベースと渋谷すばる/ドラムと渋谷すばるとギター、みたいな2人ずつで演奏するアレンジがされている楽曲もあったりして興味深かった。私が単に音数が少ないバンドが好みってこともあるけど、ドラムとギターボーカルでふたりの編成とかおもしろいよね。全然関係ないけど初期ストレイテナー(ホリエ中山期)のことを思い出して懐かしい気持ちにもなった。
何より私は「味園ユニバース」を観ていたし、当時「古い日記」を歌う彼を見てギョッとしたのを覚えている。こ、この人こんな、ノーガード戦法みたいな歌をうたう人なの?と思ったし感動した。歌をうたっている人だけが纏うヴェールみたいなものが見えた。

渋谷すばるさんは彼が好きな音楽・影響を受けた音楽を、本人に聞かずとも7~8個スラスラぐらい挙げられるぐらいには音楽性が明瞭だった。華美でなく硬派なデザインのステージセットや、本人の立ち姿から、十二分にそれが伝わった。なるほど、これがやりたかったのね。そうかそうか。それで今、2年目なのね。そうか、なるほどな。
……これは関ジャニにいたままで、出来なかったんだろうか。そんな単純な話じゃないだろうか……でも、私は関ジャニをそんなに熱心に追ってはいないけど、でもさ、関ジャムで見る限り、関ジャニは良いバンドだなぁと思うけど、うーーーーん。土俵を変えたかった、ということなんだろうか。うーーーん、分からんな。

今はグループで活動する人を応援しているファンの気持ちが少なからず分かるので、私もファンとしてのいろんな感情が理解できる気がする。ずっとメンバーみんな一緒にいてほしくて、変わらない関係性でいてほしくて、ずっと仲良しでいてほしいが、当たり前に全員別の人間だから、うまくいかないときがあって、だんだん気持ちが同じ方を向かなくなるときがあって、努力や譲歩がいつでもうまく機能するわけではなくて、その末に別離があることもあるのだ。それでも舞台に上がってくれるなら応援したいし、好きなことを好きなようにやって、それを見せてくれたら嬉しいし、でも本当はそんなこと全部どうだってよくて、あなたが幸せで健康でいてさえくれれば、あとはどうだっていいよ、と思うでしょう。わかる、わかるよ……!!!(大号泣)

帰り道、キムナムジュンが言った「アイドルというシステムは人間を成長させない」という言葉とその意味について考えた。私は彼の言う「アイドルというシステム」を経験していないので実態は当然分からないが、それでも10代から20代までの自分自身がどのように生きてきたかは自分で知っているので、なんとなくその差異は分かる気がする。例えば「学校というシステム」が人間を成長させるかどうかは甚だ疑問ではあるが、自分にかけられる時間の量で言えば「アイドルというシステム」より遥かに多いんじゃないかと思う。「行かない」という選択肢だって、あるにはあるもんな、学校は。アイドルにそういう選択肢はないだろう、だって仕事だから。
大小さまざまな選択肢の多さは、精神的な身軽さにも繋がると思う。成長とは何かを端的に言うのは難しいが、少なくとも身軽であることは必要なんじゃないか。挑戦したり、失敗したりして、それでもまだ挽回できる、やり直せる、と思える程度の精神的身軽さは、成長に必要だろうと思う。

つーかその渦中にいてなお「アイドルというシステムは人間を成長させない」と言語化できるの、並大抵のことじゃないなと思うけどね。それほどまでに聡明なナムジュンが「成長できない」と感じているんだとしたら、なるほどそれは由々しき事態ですね、とも思う。

ま、渋谷すばるさんのことに私みたいな門外漢が口を出せるようなことなど何もないのだが、でもどうか幸せでいてほしいな。あんなにも「ただ音楽が好きなだけの人」が、幸せに生きられる世であってほしい。

ギターはアンドロジナス

2022年5月13日 (金) 20:41

音楽のはなし

スピッツが好きだ。父が好きだったので、そもそもバンドとは何なのかを知るよりもっと前から、私はスピッツが好きだった。なおかつ「スピッツが好きじゃない人なんかおらんやろ、老若男女全員全曲歌えるはず」と思いこんで生きてきたから、大人になると意外にも「チェリーと空も飛べるはずしか知らない」みたいな人が多くてびっくりしている。よく考えたら活動期間30年越えで一度も休止せず、オリジナルアルバムを16枚も出しているバンドの曲を、老若男女全員全曲歌えるはずがなかった。そりゃそうだ。

私が初めて聞いたスピッツの曲は、多くの人と同じように「ロビンソン」だったと思う。「チェリー」はジャケットが切手をたくさん貼ったみたいなカラフルなビジュアルで、カップリングが「バニーガール」だったことも、よく覚えている。「運命の人」が好きだった。
Mステに出演したとき、初めて写真ではない、動いて話し、演奏するスピッツを観た。テッちゃんはツノのついたバイキングみたいな帽子をかぶって、サングラスをかけていた。私は全体的に「なにこれ」と思った記憶がある。なんか「これ、人間がやってたんか」みたいな感じ。いや人間がやってるがな、そらそうやろ。このときの感覚・記憶について、未だにうまく言語化できない。同じ手触りの感情を、以来一度も感じていないので、似た感情についても話せない。

小学5年生のころ、ベストアルバム(RECYCLE Greatest Hits of SPITZ)が発売され、父が買ってきたそれを、繰り返し聞いた。のちに、このベストアルバムはレコード会社が勝手に発売を決めた「実質非公式盤」であることを知るが、今思うとこれに「リサイクル」と名付けるセンス、いいよね。ふふふ、てなるね。タイトルは本人たちが付けたんでしょ?違うんかな。

中学3年生のころ、秋に部活を引退すると、私は人生で初めて「めっちゃくちゃ暇」になり、毎日吐くほど退屈で、手持無沙汰で、教室にいるとそんな自分の異質さが際立つようで(そういう自意識過剰さも嫌だったし)、いつも所在なかった。友だちがいなかったわけでも、いじめられていたわけでもないのに、あのころの「無」といったらなかった。たった半年ほどのことだったのに、今思い返してもゾッとするほど長かった。退屈で空虚で、何もすることがなく、すべきことも、したいこともないのに、毎日学校に行くことだけは決まっているのが不可解で、かと言ってサボるほどの理由も見つけられず、ずっと気が狂いそうだった。
私は、近所のレンタルビデオ屋(ビデオ合衆国、という名の店、今はもうない)でスピッツのアルバムを片っ端から借り、それを聴くことと、衛星放送を録画した映画「アメリ」を繰り返し観ること、それから学校の図書室で借りた「13歳の黙示録(宗田理 著)」を繰り返し読むことによってどうにか正気を保っていた。いや、正気を保てていたかどうかは自信がない、全然余裕で狂ってた気もする。ははは。

借りてきたアルバムはどれもMDに録音し、制服の袖から出した片耳分のイヤフォンで何度も何度も聴き、歌詞は手書きでノートに写した。レンタル期間が終わるまでの1週間は毎日ブックレットを持ち歩き、学校にいる間ずっとそれをA6サイズのノートに書き写して過ごした。コンビニに行けばコピー機くらい使えたし、家のファックスには印刷機能もあったのに、なぜ手書きで写す必要があったのか。わけわからんな~ほんまに暇やってんな~!などと思っていたけど、最近ようやくわかった。あれは、信仰だったのだ。吐くほど退屈で所在なかったあの頃の私が、どうにか息をしていられたのはスピッツがいたからだ。スピッツはあのとき間違いなく私の神様で、ブックレットに並ぶ歌詞は教典そのものだった。教徒が教典をコンビニでコピーするはずないよ、自分の手で書き写すに決まってるやん。

スピッツは神様のくせに、私に何かを説いたり、答えを提示したり、発明を声高に発表したりしないところが好きで、そこが今もずっと好きだ。
歌詞は意味が分かりそうで分からない。考察して楽しむ人も多いようだが、私は「何言うてるか全然分からんな~」とか「分かる気がするけどやっぱりわからんな~」とか言ってそのまま置いておくのが好きだ。分からないことを考えるのは楽しいし、分からないのに好きなのはもっと楽しいことだ。恋に似ている。何も分からない私も、ムエタイの女の子みたいな蹴りを食らったり、羊の夜をビールで洗ったり、日曜日はバスの揺れ方で人生の意味が分かったりするし、愛はコンビニでも買えるけどもう少し探す。社会はきまじめで少しサディスティックだが、その手を振りほどいて王様は裸です!と叫びたい夜もある。
マサムネは情緒ある魅力的な声で、歌だってもちろん上手だけど、ドヤ顔で歌い上げたりはしないし、歌唱力を見せつけるようなことには全然興味がなさそうだ。

「14歳の時に聴いていたものを、人は生涯聴き続けるんじゃないか、当時俺が聴いてたのは奥田民生」と言ったのは後藤正文だが、確かに私は生涯スピッツを聴き続けるような気がしている。
なぜ今日急にスピッツの話をしているかというと、例年通りのペースなら今年はアルバムが出る年だからだ。12枚目のアルバム「さざなみCD」以降、スピッツは3年に一度のペースで、フルアルバムをリリースしている。たのしみだな。

まぁ今のところ何の発表もないので「たのしみだな」はおかしいが。
つーか3年(実質2年くらいなのか?)でフルアルバム出せるだけの曲が十数曲作れるのすごいなあ。

この夜は台無しに

2022年1月28日 (金) 22:32

音楽のはなし

アナログフィッシュのベース・ボーカルである佐々木健太郎さんが大阪のFM802にご出演されたので、その放送をradikoで聞いた。先月バンドのあたらしいアルバム「SNS」が発売されたので、その“全曲解説”だ。全曲解説なんて、めずらしいな。

ラジオの中のいちコーナーとして健ちゃんがひとりで話すのだが、本人の「いかにも用意した原稿を読み上げていますよ」という感じと「でもちゃんと気持ちを込めて読み上げるぞ」という意気込みの両方を感じて、すごくよかった。健ちゃんらしいな、と思ったからだ。

健ちゃんはライブなどでは比較的自由奔放(に見える)な振る舞いを見せる人だし、歌声もソウルフルでファンキーな印象があるので、思いつきで行動するアドリブタイプの人かと思いがちだが、実際は「ここで腕を振り上げようと思って家で練習してきた」とか「ライブの前の晩にイメトレをする」、「お客さんがいるのを想像して、コール&レスポンスの練習をする」とか言っているので、わりとちゃんと準備をする人なんだと思う。
The La’sの曲をライブでカバーしたときも、カタカナで「デーシーゴー(※There she goes)」と歌詞を手書きした紙を用意し、それを足元に置いてカンペにしていた。

私は健ちゃんのこういうところがとても好きだ。お客さんに楽しんでほしくて、そのために自分に持てる力を発揮したくて、でもだからこそちゃんと用意していくぞ!準備万端でやるぞ!という振る舞いがすごく好きだし、にも関わらずずっと“ハート”とか“心”とかを取り出して見せてくれるような性質の人で居続けていることが、とても良いなと思う。まぶしい人だ。

全曲解説は内容もすごくおもしろかった。パーソナリティーの土井コマキさんも言っていたけど、こんなふうに自分の言葉で、自分のことだけじゃなく「下岡晃というシンガーソングライター」について話す佐々木健太郎は初めてだったのでは、と思う。私はもちろん下岡晃本人ではないし、そもそも全然関係ない人間なのに、なんかうれしい。
健ちゃんと下岡晃は別の人間なんだから当たり前だけど、10代からずっと友だちで、20年一緒にバンドをやっていても、健ちゃんには健ちゃんだけの「下岡晃観」があるのだ、と思うとうれしい。逆もまた然りなんだろう。
インタビューとかでもこのあたりをあまり突っ込んで聞く人おらんかったんちゃうかな。私が聞き手だったら佐々木健太郎に向かって「下岡晃というシンガーソングライターについてどう思いますか?」なんて聞かんもんな。質問がざっくりしすぎてるし、そう聞かれて出てくる言葉と「アルバムの全曲について解説してください」って言われて出てくる言葉とは、たぶん違うんじゃないかと思う。
「ロックバンドが歌詞に“居酒屋”って使うの?と思ってびっくりした」というようなことを言っていたのもよかった。この人は自分たちがロックバンドであると認識し、そのことに矜持があり、そして自分のど真ん中に今もなお“ロック”が燦然と刺さっているのだろうな、と思った。あぁすてきだな。かっこいいね。
あと「リリックがちょっとパーソナルすぎるかなと思って、ソロに回そうかとも思ったんですけど」と言っていたのも興味深かった。どうやって振り分けてるのか、聞いてみたかったから。

最近は「音楽に解説とかいい、説明しないで、要らない、そっとしておいてくれ」と思うことが多いから、聞こうかどうかちょっと迷ったけど、聞いてみてよかった。

蕎麦には/ねぎ/そしてわさび

2021年12月14日 (火) 22:02

音楽のはなし

アナログフィッシュの新しいアルバム、その名も「SNS」が発売された。今そのタイトルなの、今2021年なんだが、今なのか、今なんだね、なるほどわかった。
CDの帯には「たとえば ストレス/ない/生活」とある。ほほぅなるほど。わかった。

アルバムは聴く前から知っていたが、めちゃくちゃ良い。超良い。何周聴いてもずっと良い。
なぜ「聴く前から知っていた」かと言うと、私は前回のアルバムが出た後も可能な限りライブへ足を運び、配信ライブを観て、ファンクラブ会員限定の生配信コンテンツなどを観て、その中で披露されてきたいくつかの新曲を、聴いてきたからだ。彼らの曲は聴くたびにアレンジや歌詞が変わるし、これまでの経験上「そのままレコーディングされることはない」と知っているので、ライブで新曲を演奏されるとやや緊張する。まばたきするのも惜しいくらいだ、ぜったいちゃんと聴きたい。

心斎橋のジャニスで聴いた「うつくしいほし」、同じ日に「U.S.O」を聴いたと思う。佐々木健太郎・下岡晃、両者ともの新曲があまりにかっこいいのでうれしくてお祝いしたくなり、私は帰り道にお寿司屋へ行き、緑茶ハイでひとり乾杯した。しまあじがおいしかった。

「Yakisoba」を聴いたのは配信ライブだ。私は開始直前まで昼寝をしていて、目が覚めたらお腹がすいていて、だから焼きそばを作って食べて、そのあとだった。「うちに帰ったら焼きそばを食べよう 3食入りの食べ慣れたやつを」という歌い出しだったから、びっくりした。私が食べ慣れてる3食入りの焼きそばはマルちゃんのやつなんだが、下岡晃も同じだろうか。
私はこういうミニマルでシンプルな、やさしくて少しさみしい曲が好きだ。私が思う「孤独」の形と似ている気がする。なんでこんな曲が書けるんだろう、私が作った曲ってことにならないかな。だめですか。そこをなんとか。

「Is It Too Late?」を初めて聴いたのはいつだっただろうか。ライブでは4~5回ほど聴いたと思う。徐々に確立されていく彼らのコーラスと、その過程を聴けることは、ファンとしてほんとうに幸せなことだ。

7曲目に収録されている下岡晃の曲「さわらないでいい」をCDで再生し、初めて聴いたとき、臓器が全部一旦止まったような感覚がした。なんだこの曲は。すごい。かんべんしてくれ。え、これどっかのライブでやったのかな?一回聴いたことあるような気もしてきた。いや気のせいかもしれん。
まず、私はこれが何の曲なのかわからない。わからないのが良い。あなたが歌う「毒がある」という「その棘」は、何のことだ、でも私は「さわらなくていい」と言われている。なぜ「毒がある」と知っているの。触ったのか。触った人を見たのか。何の歌だ。全然わからない、でもわからなくて良い。歌詞なんかわからなくて良い。
やさしくされてる、と思う。最近の下岡晃の曲、すごい「まもられてるな」と感じる。理由はわからない。でも「無理にはなさなくていい この沈黙はいやじゃないから 今はしゃべらなくていい」って、すごく、やさしくされていませんか。そんなの人に言われたことないし、人に言ったこともないわ、そうだよ、言ったことない。私は「無理に話さなくて良い、この沈黙は嫌じゃない」と、人に言ったことがありません。思ったことはあるけど、でも言ってみてもいいのかもしれない。なんつー曲だ、うおお、すごい、かんべんしてくれ。

「うつくしいほし」はライブで聴くとかなり切迫感がある。積み重ねるようなリズムのAメロから「とおくからみればうつくしい」と繰り返すサビ。喉元にナイフを突きつけているような切実さ。下岡晃のこういう曲を聴くとき、私はちゃんと聞こえているのに耳が遠くなったような、シーンとした気持ちになる。手も足も全く動かなくなるし、髪の生え際がざわざわ、後頭部のあたりがびりびりする。なんて、かっこいい、きょくだ。
レコーディングされた「うつくしいほし」は、ライブで聴いたよりもずっと、やさしい・やわらかい印象を受けた。でも、どっちも好きだな。
あの喉元ナイフバージョンはまた、ライブでは聴けるんだろうか(※そんなバージョンはない)。

健ちゃんはここ数年の間ずっと、熟成がすすむ赤ワインのようだ。とろりとロマンチックで、ビターに熟している。光に透かすとキラキラする声。私はワインに全く詳しくないのでこの比喩は危険かもしれない。が、文章はこのまま進む。

健ちゃんは太陽の人だ。ご本人と面識はないしまともに話したことなど一度もなく、私はただ17年くらいステージの下から彼を見上げているだけのファンだから、あくまで印象論でしかないが、健ちゃんは太陽の人だ。いつも大きい口を開けて少し斜め上を見ながら「希望はある」と歌い、赤いスニーカーを履いて外へ連れ出してくれる。素直で、天真爛漫で、でもシャイで、ストンと健やかな人だ。ま、めちゃくちゃ酒飲みらしいと聞いたこともあるけど。
ベースもギターもキーボードも持たず、ただその声だけでエンターテイメントを成立させられる才能があり、にも拘らず、そのことを自覚していないようにも見える。まぶしい。

健ちゃんはロマンチックだ。現代において、ロマンチックは最も難しいスタンスかもしれない。
ボケよりツッコミがウケる時代になった。もう10年ぐらいずっとそんな感じだ。SNSユーザーはあらゆるものごとに下手なツッコミを入れたがり、その速度を競い合っている(ように見える)。Twitterはまるで“うまいこと言うた奴選手権会場”のようだと思う。世はリアリストで溢れ、軽い気持ちで放り投げたボケにはマジレスとクソリプが来る。マジレスとクソリプって本来別のものなのに、もはや同じ意味に聞こえる。
そんな中で、ただ堂々とロマンチックであること、聴く人をロマンチックにさせられることは大変難しい。今ロマンチックをやるには強度が要る。ちょっとやそっとのロマンチックなんかでは何にも勝てない。誰も酔わない。リアリストの口を塞ぎ、聴く人の目をやさしく塞ぐロマンチックには、強度と深度が要る。健ちゃんはそれができる。

9曲目に収録されている健ちゃんの曲「Can I Talk To You」は間違いなくロマンチックだ。テレもせずど真ん中に、これ以上重くはできないであろうロマンチックを、ズドンと置いていく。このアルバム、最後の曲がこれなの?超かっこいいな。つーか健ちゃんの最近の曲に出てくる女の人って結構バチバチに怒ってて、それも良いな。

前作「Still Life」からもう3年か…あの時も「極まってんなぁ~」と思ったのに、まだ先が、まだ奥が、あるようだ。そうですかそうですか。わかりました。どこまででも一緒に行くよ。

Young Forever

2021年10月25日 (月) 22:18

音楽のはなし

BTSのオンラインコンサートを見たので、その感想を書きたいと思ったがどうにも難しい。あらゆるものごとは多面的で、多層的で、どこをどう切り取ってどのように食べ、咀嚼し、何として出力するのかは、どこからも誰からも供されない、私が自分でやるのだ、いつだって、というようなことを考えた。人間が作り、人間が見ているのだ、私は本当に音楽が好きだな。

マッコリをほぼ全部ひとりで飲み干したのに頭が冴えていて、帰り道に駅前で借りた自転車に乗ってずっとグルグル考えていた。
持って生まれたもの、自分で捏ねたもの・積んだもの・捨てたもの・持ったままいるもの、人にもらったもの、まだ届かないもの、環境、トラウマ、思い出、欲しいかどうか、誰といるか、どこでやるか、みたいなことをずっとグルグル、断片的な思考がグルグル、引っ越してきてからよく自転車に乗るようになったなぁ、私がキム・ナムジュンです。タルンイは電動じゃないらしい、ソウルは坂がどれぐらいあるんだろう。神戸は坂ばっかだよ、おナム。

ジンくんMCで「音はずしたりしたわ…まじ自分で自分が憎い、ぴえん(※意訳)」みたいなこと言うてたけど、それよりもちょっと、なんかこう、何かを吹っ切ったような、腹が決まったような顔をしていて、よかったな。ジンくんよ、私は最近過去のライブ映像をわりと立て続けに4~5本見たんですけどね、あなたはステージに居るときに所在なげな顔をしていたり、様子をうかがうような顔をしていることが多い気がしていて、でも昨日はなんか、一旦脇に置いておくから、みたいな顔をしていたような気がする。気のせいだったらごめんだよ。でも最近の楽曲のおかげだったり、こないだのバンドとのコラボの影響だったり、もしかしたら本当に何かを吹っ切ったり、あと歳を重ねたせいとかもあるのかもしれない。そうだと良いな。

終盤の「僕がプレゼントだよ」発言については「あーはいはいありがとうございます通常営業やなあんたは、はいはいかわいいかわいい」と言って笑ってたけど、一晩あけたら今は「いやほんま、あんたがプレゼントやわ、もう受け取ってたわ既に、私は何を返したらええんや、返せるもんなんも持ってへん、生まれてきてくれてありがとう、まじで存在がプレゼントや」と大真顔でいる。7人とも、生まれてきてくれてありがとう、宝物やわ。

もし私がBTSだったら(ありえない話はやめてください)「ジョングクが居る」ということが「歌もダンスも何もかもやめてしまう理由」になり得るし、それと同時に「BTSであり続ける理由」にもなり得るだろうな。そして「僕は自分のことはつらくない、ヒョン達がつらそうなのを見ることだけがつらい」と言っていたグクが、今ステージに居るときいちばん安定しているように見えるけど、なんだ、すごいな、感動的だな。なんでこんなことが起こるんだろう、人間がやってることなのに…いや、人間がやってることだからなの?人間おもろすぎんか。

オンコン見ながら何か食べたり飲んだりできないと思う、余韻で寝られないかも、月曜休みにしとけばよかった、などと言っていたが、実際の私はバリエーション豊富な4種のキムチと牛肉をのっけたジャジャン麺、ヒラメのお刺身、チヂミ、蒸し豚、をジョングクもびっくりの勢いでもりもり食べ、ビールとマッコリをジミンちゃん並みにごびごび飲み、感情が高まったので自転車で走り回って程よく疲れ、何はともあれ今日もバンタンは最高!!!!と風呂に入り、日付が変わる前にぐっすりと寝た。
何より、私は私の仕事と生活とをやるぞ!!がんばるぞ!!!という気分になった。睡眠も栄養も足りているし、月曜からやる気に満ちている。
こんなに好影響なライブある?

Save me

2021年6月22日 (火) 20:12

音楽のはなし

前述の通り、BTSにハマっている。「ハマっている」が正しい表現かどうかは分かんないな、だって「ハマっている」って、言葉としてはわりと一時的なことっぽいけど、たぶん長い付き合いになるだろうな、と思っています。好きなアイドルが居る生活ってしあわせだ……末永くよろしくお願いします。

えー最近はずっと曲を、BTSの曲を聞いてて、今Spotifyで聞ける分は全部聞き終えたので、プレイリストを作ってきました。
チロルオンニ(ARMYの先輩)(ARMYはBTSファンの呼称)が「全曲履修し終えたらプレイリスト作ってね」と言ってくれたのがすごくうれしかったので、勝手に同じ部署の後輩みたいな顔をして作りました。えへへ。

誰にも頼まれていないけど以下、ライナーノーツです、というか単に好きポイントを言いたい。

01.Attack on BTS
アイドルに歌ってほしい曲の1つとして「キャラソンみてぇなやつ」というジャンルがあると思う。
本人たちが主演するアクションヒーロー物の映画があったとして、その主題歌か、オープニングテーマみたいな曲。スピッツで言うと「ミカンズのテーマ」みたいな曲のことです。
この曲がそれです。(解釈違いでぶん殴られるかもしれない)

02.IDOL
ただ突飛で奇抜なことをやっている、というわけではない一曲。民族音楽っぽい要素も入っててかっこいい。
ラップラインがかっこいい~すき~冒頭のナムさん~ライブの時ジミンが「You can’t stop me lovin’ myself」でオラついてる感じもすき~
韓国の文化とか言語とかに関して、私はもっと勉強すべきだな、という気持ちもあります。

03.Like
なんかもうこのままショートムービーが撮れる。主演どうしよう、シュガにやってほしいな。シュガが「なんで”いやだ”ボタンは無いの」って言うの想像したら超かわいい。

04.Embarrassed
不甲斐ない曲を2曲続けてかけたい、という欲が出てきたので4曲目はこれ。ベッドでもだもだしてる、という曲なんですが、韓国語だと「이불킥(=布団キック)」という曲名?らしい。何そのかわいいの……かわいいね…

05.DNA
Youtube、Spotify、VLiveを行き来してBTSの曲を聞き、BTSの動画を見て夜更かし、どうにか布団にもぐりこんだ後ジンくんのもぐもぐGIFを漁っていたら寝落ち、という生活を送る中で、並行して「BTSのマネージャーになってデビューさせる」という夢みたいなゲームをやってるんですが、その中で延々流れている曲、ことDNA。
もっとドヤドヤのイントロにしそうなところを、この音数の減らしっぷり…いいぞいいぞ!!!テヒョンさんの低音ボイス大好き芸人で特番やらせてほしい。

06.FAKE LOVE
この曲はジンくんがサビ(FAKE LOVE♪のとこ)で良い仕事していてラブい。
韓国語ってどっちかっつーと英語に近い譜割りになるんだな、と新鮮に感じる私はK-POP初めましての女。

07.Converse High
たまたま私がコンバースのハイカットを履いているときに聴いてしまって、きゅんとした曲。歌詞も「ナムジュンには内緒ね」とか「コンバース ローは履かないで」とか言っててすごくかわいい。ユンギの「脱ぐの大変でしょ?」も超良い、何、え?脱がせようとしてんの?何?
爽やかな曲調でフェティシズム(もしくはエロティシズム)を歌うの、アイドルにやってほしいことのひとつです、ありがとうございます。

08.Telepathy
この曲かわいいし踊れるし色んな音がして楽しい。
あとBTSの好きポイントのひとつとして「オクターブハモ」があります。「オクターブハモ+上ハモ」とか大好物。ジミンのおかげであるケースが多い気がする、ジミンありがとう。

09.Mikrokosmos
曲を聞いて歌詞だけ読んでるときは「なんか規模でかい曲だな」と思っていたのですが、この曲のライブ映像を見た時に「あぁこの人たちはそんなに突拍子もない距離感のところに行ってはないし、行く気もないのだな」と、何もかも分かったような気がした。
私みたいなもんはどうせ分かったような気がしただけで引き続き何も分からないのだが、それでも何もかも分かった顔をして誰かと肩を組み、絶対違うと分かっていても、確信めいた声でI got youと歌う夜は、要る。

10.Outro:Circle room cypher
デビュー当時はどうやら今よりもゴリゴリのヒップホップグループだったらしいBTSがサイファーやってる…!の一曲。他にも何曲かこういうやつがあったけど、最初期のこれをプレイリストに入れました。当時おそらく15~16歳のジョングクがこれをやってると思うとあまりのかわいさに母を通り越して祖母の顔になってしまいます。

以上10曲です、ダーッと入れたら13曲になって、そこから3曲外すのに3日かかりました。
さらに最新曲・Butterを入れたい気持ちがすごくあって、なぜならすごく好きな曲だから、でもプレイリストって好きな曲だけ入れるやつじゃないから(そういうプレイリストもあるけど)(そういうプレイリストにしてもよかったけど)、今回は入れるとこがなかった。でもButterすごい良くて、ド頭からSmooth Criminalって歌ってるし、BメロでMan in the mirrorをやって、嫌みとかひねくれとかなく、直球ど真ん中ホームランでポップミュージックをやってるところがすごく良い。ナムジュンが何かのインタビューで「この曲に意味なんか無いですよ笑」って言ってたのも最高に良かったな。そのバランス感覚よ…!テテに「Cool shade stunner Yeah I owe it all to my mother」と歌わせるメタ的なセンスも素敵。やぁ~!持ってけグラミー!

archive

latest posts