TANAKA NOZOMI

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蕎麦には/ねぎ/そしてわさび

2021年12月14日 (火) 22:02

音楽のはなし

アナログフィッシュの新しいアルバム、その名も「SNS」が発売された。今そのタイトルなの、今2021年なんだが、今なのか、今なんだね、なるほどわかった。
CDの帯には「たとえば ストレス/ない/生活」とある。ほほぅなるほど。わかった。

アルバムは聴く前から知っていたが、めちゃくちゃ良い。超良い。何周聴いてもずっと良い。
なぜ「聴く前から知っていた」かと言うと、私は前回のアルバムが出た後も可能な限りライブへ足を運び、配信ライブを観て、ファンクラブ会員限定の生配信コンテンツなどを観て、その中で披露されてきたいくつかの新曲を、聴いてきたからだ。彼らの曲は聴くたびにアレンジや歌詞が変わるし、これまでの経験上「そのままレコーディングされることはない」と知っているので、ライブで新曲を演奏されるとやや緊張する。まばたきするのも惜しいくらいだ、ぜったいちゃんと聴きたい。

心斎橋のジャニスで聴いた「うつくしいほし」、同じ日に「U.S.O」を聴いたと思う。佐々木健太郎・下岡晃、両者ともの新曲があまりにかっこいいのでうれしくてお祝いしたくなり、私は帰り道にお寿司屋へ行き、緑茶ハイでひとり乾杯した。しまあじがおいしかった。

「Yakisoba」を聴いたのは配信ライブだ。私は開始直前まで昼寝をしていて、目が覚めたらお腹がすいていて、だから焼きそばを作って食べて、そのあとだった。「うちに帰ったら焼きそばを食べよう 3食入りの食べ慣れたやつを」という歌い出しだったから、びっくりした。私が食べ慣れてる3食入りの焼きそばはマルちゃんのやつなんだが、下岡晃も同じだろうか。
私はこういうミニマルでシンプルな、やさしくて少しさみしい曲が好きだ。私が思う「孤独」の形と似ている気がする。なんでこんな曲が書けるんだろう、私が作った曲ってことにならないかな。だめですか。そこをなんとか。

「Is It Too Late?」を初めて聴いたのはいつだっただろうか。ライブでは4~5回ほど聴いたと思う。徐々に確立されていく彼らのコーラスと、その過程を聴けることは、ファンとしてほんとうに幸せなことだ。

7曲目に収録されている下岡晃の曲「さわらないでいい」をCDで再生し、初めて聴いたとき、臓器が全部一旦止まったような感覚がした。なんだこの曲は。すごい。かんべんしてくれ。え、これどっかのライブでやったのかな?一回聴いたことあるような気もしてきた。いや気のせいかもしれん。
まず、私はこれが何の曲なのかわからない。わからないのが良い。あなたが歌う「毒がある」という「その棘」は、何のことだ、でも私は「さわらなくていい」と言われている。なぜ「毒がある」と知っているの。触ったのか。触った人を見たのか。何の歌だ。全然わからない、でもわからなくて良い。歌詞なんかわからなくて良い。
やさしくされてる、と思う。最近の下岡晃の曲、すごい「まもられてるな」と感じる。理由はわからない。でも「無理にはなさなくていい この沈黙はいやじゃないから 今はしゃべらなくていい」って、すごく、やさしくされていませんか。そんなの人に言われたことないし、人に言ったこともないわ、そうだよ、言ったことない。私は「無理に話さなくて良い、この沈黙は嫌じゃない」と、人に言ったことがありません。思ったことはあるけど、でも言ってみてもいいのかもしれない。なんつー曲だ、うおお、すごい、かんべんしてくれ。

「うつくしいほし」はライブで聴くとかなり切迫感がある。積み重ねるようなリズムのAメロから「とおくからみればうつくしい」と繰り返すサビ。喉元にナイフを突きつけているような切実さ。下岡晃のこういう曲を聴くとき、私はちゃんと聞こえているのに耳が遠くなったような、シーンとした気持ちになる。手も足も全く動かなくなるし、髪の生え際がざわざわ、後頭部のあたりがびりびりする。なんて、かっこいい、きょくだ。
レコーディングされた「うつくしいほし」は、ライブで聴いたよりもずっと、やさしい・やわらかい印象を受けた。でも、どっちも好きだな。
あの喉元ナイフバージョンはまた、ライブでは聴けるんだろうか(※そんなバージョンはない)。

健ちゃんはここ数年の間ずっと、熟成がすすむ赤ワインのようだ。とろりとロマンチックで、ビターに熟している。光に透かすとキラキラする声。私はワインに全く詳しくないのでこの比喩は危険かもしれない。が、文章はこのまま進む。

健ちゃんは太陽の人だ。ご本人と面識はないしまともに話したことなど一度もなく、私はただ17年くらいステージの下から彼を見上げているだけのファンだから、あくまで印象論でしかないが、健ちゃんは太陽の人だ。いつも大きい口を開けて少し斜め上を見ながら「希望はある」と歌い、赤いスニーカーを履いて外へ連れ出してくれる。素直で、天真爛漫で、でもシャイで、ストンと健やかな人だ。ま、めちゃくちゃ酒飲みらしいと聞いたこともあるけど。
ベースもギターもキーボードも持たず、ただその声だけでエンターテイメントを成立させられる才能があり、にも拘らず、そのことを自覚していないようにも見える。まぶしい。

健ちゃんはロマンチックだ。現代において、ロマンチックは最も難しいスタンスかもしれない。
ボケよりツッコミがウケる時代になった。もう10年ぐらいずっとそんな感じだ。SNSユーザーはあらゆるものごとに下手なツッコミを入れたがり、その速度を競い合っている(ように見える)。Twitterはまるで“うまいこと言うた奴選手権会場”のようだと思う。世はリアリストで溢れ、軽い気持ちで放り投げたボケにはマジレスとクソリプが来る。マジレスとクソリプって本来別のものなのに、もはや同じ意味に聞こえる。
そんな中で、ただ堂々とロマンチックであること、聴く人をロマンチックにさせられることは大変難しい。今ロマンチックをやるには強度が要る。ちょっとやそっとのロマンチックなんかでは何にも勝てない。誰も酔わない。リアリストの口を塞ぎ、聴く人の目をやさしく塞ぐロマンチックには、強度と深度が要る。健ちゃんはそれができる。

9曲目に収録されている健ちゃんの曲「Can I Talk To You」は間違いなくロマンチックだ。テレもせずど真ん中に、これ以上重くはできないであろうロマンチックを、ズドンと置いていく。このアルバム、最後の曲がこれなの?超かっこいいな。つーか健ちゃんの最近の曲に出てくる女の人って結構バチバチに怒ってて、それも良いな。

前作「Still Life」からもう3年か…あの時も「極まってんなぁ~」と思ったのに、まだ先が、まだ奥が、あるようだ。そうですかそうですか。わかりました。どこまででも一緒に行くよ。

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