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ムーンライト

2022年12月13日 (火) 20:13

uncategorized

推しが、いやジンくんが、大好きなジンくんが、ついに入隊してしまった。私はこの数ヶ月を、あと1ヶ月、あと10日、あと3日、あと2日、と思いながら生きてきたし、ジンくんは短く刈り込んだ髪をセルカで見せてくれて「本人の言う通り、思ったよりずっとかわいいね」と友人たちと言い合ったし、今日はさすがにもう大丈夫だろうと思っていたのに、朝weverseに来てくれたのを見てまた泣いた。私何回泣くんだ。もういいよ。
ここ数ヶ月「彼のお母さんはもっと寂しくて悲しいはずです」みたいなツイートを見かけては「ほんとにそうだな、私はただのファンなんだから、これまでどおり曲を聴いてライブ映像とタリョラとボンボヤと森を観て、毎日ジンくんの健康と幸せを祈っているべきだよな」と思うのだが、その数分後には「でも私だってすごく寂しいしすごく悲しいよ、お母さんと比べるようなものなの?感情ってそういうのじゃないやん…」とべそべそ泣いたりしていた。情緒よ。一旦安定してみよっか?深呼吸できる??

「部活みたいで楽しかったって人も多いし、友だちも出来るし、そんなに重く受け止めなくても」という意見に「なるほどそういうもんか、まぁ合宿とかってキツイのはキツイけど、でも楽しい思い出になったりもするしな」と少し気を楽にしていると、今度は「軍事訓練なんだよ、遊びに行くんじゃない、軽く捉えないで」などの文章を見て、また泣いている。こわいよ。やっぱりいかないでほしい。危ないところにいってほしくない。ジンくんが手に持つのは銃じゃなくてピンクのキラキラのマイクであってほしい。でも私に出来ることは何もない。こんなのは「無力感」ですらない、本当に何も出来ないのだ。口を出す資格も権利もない。

でもこんなことが、何十年も繰り返されてきたのだ。息子や、孫や、兄弟や、友人を、恋人を、こうやって送り出さないといけなかった人たちが、何万人もいたんだ、今もいるんだ。そして、韓国で男に生まれたってだけで、こうやって「行ってきます」を言わなきゃいけなかった人たちが、何万人も。今も。
学生時代に仲良くしてくれたカンちゃんとミンちゃんは韓国から来た留学生で、確かふたりともお兄さんがいたはずだ。こんな気持ちだったのかもしれない。こんな気持ちで、お兄さんを見送ったのかもしれない、ふたりとも、でも私は聞かなかったし、全然知らなかった。
……よく知らずに生きてこられたな、私。まじでなんにも知らないな。
そしてこんなことになったのは戦争のせいだし、日本も大きく関わりがあることなのだ。もちろん私個人は関わっていないし、私が生まれるずっと前の出来事ではあるが、だからといって「私は関係ない」とも思えない。かと言って、何をどうすれば徴兵制度が無くなるのかもわからない。「無くすべき」とも言い切れないし。

結局ここへ戻ってくるけど、私に出来ることは元気で、健康で、仕事して、楽しく暮らすことだけだ。身近な人を大切にして、経済を回して、好きなものにたくさん触れて、おいしいもの食べて、よく寝て、笑って生きることだけだ。くだらないな、そんなことしか出来ないのか、と思わなくもないけど、でもジンくんはいつも元気で、仕事して、おいしいもの食べて、たくさん笑って生きている人だ。どこにいても、誰といても、その場所で自分がすべきことが出来るし、どんな状況でも自分が出来ることを見失ったりしない。倣わないでどうする。

ジンくんはメンバーみんなに見送られて、無事に入隊したらしい。よく考えたらメンバー6人の方が私よりジンくんに会えない期間が長い。たぶんグクは最後に行くから、誰にも見送ってもらえないのかもしれない。それともジンくんが戻ってくるころにグクが行くのかな。そうだといいな、みんな「おかえりなさい」と「行ってきます」を言えるメンバーがいるといいな。

battles

2022年12月12日 (月) 21:37

uncategorized

寝ても覚めても新幹線と電車が好きだった甥スカイウォーカーたち(4歳と2歳)、次は恐竜期に突入したらしい。相変わらず車や電車のおもちゃで遊んではいるものの、ナントカサウルスだのドウトカトプスだのが会話に出て来るようになった。
一緒に過ごしていると、引き続き図鑑を音読するよう要求される点は以前と変わりないが、これまで存在しなかった遊び「きょうりゅうたたかい」が登場したので、これには断固反対している。私は「きょうりゅうたたかい」には応じられない、絶対反対です。

恐竜そのものにはなんとなくロマンを感じるし、研究によって明らかにしていく熱意への憧れは私にもあるが、問題は「たたかい」の部分であるのだ。恐竜たちは弱肉強食の世界を生き、いつ食われるいま食われる、という緊迫感の中での生活を余儀なくされていただろうから、そりゃあ日々は「たたかい」であり、生きることは「たたかい」そのものだっただろうと思う。が、私たちは恐竜の絶滅から6600万年も後の時代を生きる人間なのだ。対話、想像力、善意、良心などの恐竜が持ち得なかった武器を手に、それらをたゆまず砥ぎ、「たたかい」など遠い過去のものとして生きるべきではないのか。今日明日ですべての戦争・紛争・あらゆる争いを終わりに出来るとは思っていないが、今を生きる人間たちによってしか、未来の「たたかい」をなくすことはできないということもまた事実だ。

もしボクシングや総合格闘技、プロレスのような一種のスポーツとして「きょうりゅうたたかい」をするのであれば、それはそれでまぁ良いかもしれない。鍛錬ゆえの強さに憧れを持つ気持ちは私にもわかる。でもその場合、まずは「きょうりゅうたたかい」のルール策定から始めるべきだ。ルールを策定したあとは各々が相応のトレーニングを積み、安全のためにもライセンス制にし、現場にはレフェリーが必ずつくべきだと思う。
今あなたたちがやろうとしているこれは、恐竜を模した動きでただ殴り合っているだけだ、スポーツでもごっこ遊びでもない、これは暴力だ、暴力には断固反対する。しかも、これはほぼ一方的な暴力だ。私が渾身の力であなたたちに暴力を振るえばどんなことになるか想像がつく、だから怖くて何も出来ない、私は防戦一方なのだ。つまりあなたたちの暴力を私がただ受け入れ、耐えるだけの時間になる。こんな一方的なことを遊びと呼ぶわけにはいかない、断固拒否する。

……というようなことを私は甥スカイウォーカーたちに熱弁しているが、ほぼすべて通じていないので、フルシカトされている。おいシカトすんな。のんちゃんの話聞けよ。

なんの関係もないけど、今日は母の誕生日です。おめでとう母。また1年、元気に過ごしてください。

限りなく透明に近いりんごジュース

2022年12月9日 (金) 21:47

uncategorized

胃にカメラを入れて中身を見ようなんて、いったい誰が考えたんだろう。ぜったい変な奴だよそいつ。……でもまぁカメラで見る以外に見る方法はないもんな。切って見るぐらいしかないか。うーん「中身見たいから切るね」って言われる方が嫌か。「中身見たいからカメラ入れるね、鼻から」って言われる方がまだマシか。いや遥かにマシか。なるべく切りたくないもんな、切ったあと縫ってくれるとはいえ。

以前MRIを撮るために来た病院は、わりと大きいけどなんだかフレンドリーなお医者が多くて好感度が高い。病院と言えど基本的にはサービス業なのだから、自分との相性が大きい気がする。私は大病を患って余命いくばくもない、という状況ではないので、あまり深刻にならずにポップに接してもらえるほうが嬉しい。基本的に病院が不慣れなので「病院に行く」という事実だけで既に結構なストレスだからだ。

初めての胃カメラが怖くて既に泣きそうになっている私は、母よりは年上で祖母よりは年下くらいの看護師さんに手を引かれて処置室に入った。文字通り手を引かれたのでおもしろかった。子どもか。
看護師さんは私の気を紛らわせるためと、緊張を解くために、フランクに話しかけてくれる。「爪がかわいいねぇ、良い色だわ、こういうの自分でやるの?」とか。やさしい看護師さんだ。
鼻から何か液体を入れるたびに「喉までくるから飲み込んでね、これは苦いよ」とか「こっちはちょっとピリピリするけど我慢してね、おいしくないけどね」とか、味についてのワンポイントアドバイスをくれるので笑ってしまった。ピリピリする方の液体は麻酔だ。鼻から喉にかけて麻酔が効いてくると、喉が詰まっている感じ、飲み込めない感じがしてきて怖い。い、息が、出来ないよ。いや鼻で出来るわ、鼻で出来ます。すみません。

麻酔のあとに入ってきた先生は「サッカー見た?すごかったねぇ」と言ってはくるが、たまに遭遇する「ワールドカップに興味がない人間なんかこの世にいないでしょ」系の人ではなさそうだったので私は見てもいないのに「ね、よかったですね」とかなんとか言って流した。先生は私の目論見通り「ワールドカップに興味がない人間なんかこの世にいないでしょ」系の人ではなかったので「うんうん、びっくりした、でもうれしいね」とだけ言って「さ、じゃあカメラを入れていくからね、がんばりましょう」と言った。サッカーの話題が浅い。先生も見てないのかもしれん、と思いながら言われるまま横向きに寝た。看護師さんは背中側についていて、ずっと肩のあたりをさすってくれている。変に体が強張ったり、急に動いたりすると危ないんだろうな。

胃にカメラを入れるのは、思ったより痛くなかった。先生が上手なのか、麻酔が上手く効いてくれたのか、よう分からんがとにかく痛くない。鼻から喉を通るあたりで「痛っ……い気がする…!」と思っていたら「今もう一番痛いところ終わったからね~」と言われてびっくりした。今のが一番痛いところだったのか。気のせいかな、ぐらいの痛さやったけど、でも今のが一番か。ほっ。
でも確かに、そのあとは異物感があるぐらいで、痛くはなかった。内臓には痛覚が無い、ということなのだろうか。内側だけ??

寝転がったとき邪魔になりそうだったので「眼鏡を外した方がいいですか?」と聞いたが「ううん、カメラの映像がそこに写るからね、一緒に見ましょう」と言われた。……一緒に見ましょう?そういうものなの?何を見るのよ。胃か。胃を?なにそれ。なにその誘い。一緒に見ましょう??

人の胃だってまともに見たことは無いのに、自分の胃をリアルタイムで見るとは思ってなかった。先生はところどころでシャッターを押しながら「きれいな胃ですよ」「ここが食道」「ここが胃の曲がり角あたりだよ、見える?」とか言って説明してくれる。朝飲んだ薬が胃の壁にくっついているのを見た。
あとは専門医が詳しく説明をするが、どう見ても異常はないし、とにかく胃はきれいだ、ということだった。

専門医はさっき撮った写真を見ながら、これ以上ないほど丁寧に説明をしてくれた。食道の入り口から出口、胃の出口はここ、というように。「出血がなくても赤くなったり爛れたりしている場合が多いんですよ、でもそういうのも全然ないね、きれいな胃ですよ」とのこと。胃がきれいだと、何かいいことがあるんだろうか。胃なんかより顔とか髪とか目とか爪とかがきれいな方がいいのに、と思ったが、口には出さなかった。
以前私の背骨の写真を見たお医者に「こんなきれいな背骨はなかなか見られないよ、現代人はほとんど全員背骨が曲がってるもん、こんなきれいなS字の背骨はめずらしいんです、標本みたいだ」と言われたことを思い出した。背骨がきれいだと、何かいいことがあるんだろうか。背骨なんかより皮膚とか脚とか指とかがきれいな方がいいのに、と思ったが、そのときも口には出さなかった。「はぁそうですか」ぐらいしか言うことのない私に、お医者はレントゲンが欲しければコピーを持って帰ってもいいよ、と言った。いらん。

私の貧血問題は、いよいよ腸に持ち越された。正直胃カメラよりもずっと抵抗がある。鼻でも怖くて泣きそうだったのに、今度はおしりにカメラを……うぅ、出来ればやりたくない。が、お医者は「もうあと腸だけ調べておいて、そこに何もなければ自信をもって次の手を打てるのよ、腸を調べないと、腸に何かあるかも、と思いながらずっと治療していくことになるの、もちろん出来なくはないけどね」と言い、私もその通りだな、と思ったのでこの際やってしまうことにしたのだ。
私はシステム系の仕事をしているので、今やっているのが“原因の切り分け”であることがよく分かる。不具合の原因になりそうなことを洗い出し、該当するかどうかをひとつずつ検証している最中なのだ。“腸が原因”という可能性を潰さないまま他の原因を探るとなると「でも腸まだ調べてないから、腸から連動してる現象かも」とか「これ原因っぽいけどでも腸の件とは別かも、腸調べてないから確信が持てない」とかってなって、結局全体が“よう分からん”になってしまうのだ。原因と思しきものを見つけ一時的に解決しても「根本的な解決ではないかもしれない」と思いながら進めることになる。
これがシステムの不具合で、私がエンジニアの先輩だったら「え、腸調べてないの?まず腸調べなよ、何やってんの?先に腸からやんなよ、効率悪いよ」と言うだろう。原因をひとつずつ潰していくしかないし、大きいものから潰したほうが効率よく進められる。

腸の検査は下剤を飲むところから始まるらしい。予想通りだが。
看護師さんが「薬を溶かしたのを2リットル飲むやつもあるのよ、でもすっごい大変でしょ?おいしくないし。こっちのはね、透明の飲み物だったらなんでも飲んでいいの、リンゴジュースとか、コンソメスープも大丈夫です」と薬の説明をしてくれた。この人はさっきの看護師さんとは別の人なのに、また「おいしくない」とか言ってるな。なんなの、おもしろいね。まぁたしかに、おいしくないものを2リットルも飲むの、かなりキツイもんな。
とは言え前日の夜から1リットル強の水分を取り、翌朝また1リットル弱飲むことになるようだ。結局分けて2リットル飲むのかよ。あげくおしりにカメラを……うぁああやだやだ。
がんばります。

SS-3

2022年12月8日 (木) 21:05

uncategorized


ヨウリーが神戸に遊びに来てくれたので、小籠包のうまい店でお昼ごはんを食べ、一緒に家に帰っておやつを食べ、あたたかいお茶を飲み、ストーブにあたってぬくぬくしながら延々BTSのライブ映像を観た。ptdコンも釜山コンもヨウリーん家で一緒に観たはずなのに、初見か?と思うほど新鮮な気持ちで楽しい。なるほどこうやってぬくぬくしていれば、たまにでもいいからこういう時間を作っていれば、2025年なんてすぐ来るだろうな、と思う。
ディズニープラスにあるptdコンは圧倒的技術力を感じる映像作品に仕上がっていて最高によかったです。カメラもすごく良いのを使ってるんじゃないだろうか。
ヨウリーと初めて話したのは2年前の秋「ゲームオブスローンズ」の話をしましょう、と音声配信をした時だが、あのとき私は異様に緊張していた。会ったことのない人とこれからわりとヘビーめの話をすること(ヘビーめのドラマなので)や、こういう話はどうせ各々の人生の話に集約されていくので、どの程度踏み込んで話していいか分からないことなど、緊張する要素が多かったのだと思う。私は社会人大学人見知り学部出身(若林正恭)で、2020年秋は卒業ホヤホヤだったこともあり、指先が冷たくなるほど緊張した。……というようなことをたまに思い出して、変な気持ちになる。何をあんなにも緊張してたんだっけ?と、なんで今緊張しなくていいんだっけ?の両方向で変な気持ち。ふふふ。


ジンくんのお誕生日にマカロンを焼いてみた。去年は蒸しパンを作ったし、好きな人の誕生日にはなんとなくあまいものを作ってお祝いの気持ちになりたいのだと思う。
初めて作ったマカロンはたぶん混ぜすぎなのと、乾燥が足りなかったのとで大いに失敗した。味はおいしいが「これはマカロンではない」という味がする。「マカロンでないなら何なのか」と聞かれたらそれには答えられない。私にも分からない。何だろうこれ。
お菓子失敗するの、おもしろくて好きだな。何があかんかったんや…?と首を捻りながら食べる失敗のマカロンはおいしい。ジンくんお誕生日おめでとう。かわいい30歳だな。


印刷に出していた年賀状が届いた。こんなん自分で言うことじゃないけどあまりにもかわいいのが出来てしまった。送っていいよ、という人がいたら住所を連絡してください。あまりにもかわいいのでもらってほしくて……
つーか「うさぎ年」なんかどうやったってかわいいよな。十二支でいちばん楽勝じゃない?うさぎがかわいいねんもん、そもそも。問題は来年。


パジョンにハマっている。パは葱のこと、ジョンは小麦粉の衣をつけて焼いた料理の総称である。油でカリッと焼いて食べる。「それはチヂミじゃねえの?」と思うなかれ、“チヂミ”は方言なのだ。知らなかったでしょ、私も最近知ったんだよ。日本だとパジョンよりチヂミのほうが名称として圧倒的に知られていると思うけど、どういう理由なんだろう、なぜ方言の方が先に広まったんだ。不思議だな。
片栗粉を切らしたのでキャッサバの澱粉、ことタピオカで作ってみたらカリカリ度とモチモチ度が増して、こっちの方が好みだった。今のところ米油で焼くのがお気に入りで、ねぎだけじゃなくて玉ねぎも入れる。あとはイカ、イカが合う。
たぶんもう少し薄めに焼いたほうが良いんだろうな、と思うものの、いつも厚めにしてしまう。お好み焼きの国で生まれ育ったことが原因な気がする。確証はないが。


にわかに忙しくなってきた。年末だからだ。年末が忙しいのは毎年のことなので別に今更驚きはしないが、このまま年度末までずっとこんな感じなので、やや憂鬱ではある。「憂鬱」ってすごい密集した字だな。見てて疲れるね。「ゆううつ」って響きは好きなんだが。母音がずっとuなのがかわいい。あ、ゆーうーうーつ~♪っていうメロディの曲があったはずだ。あれなんだっけな、アジカンの曲かな。ちがうか。ゴッチのソロ曲かも。違うか。ん、でもゴッチの声で再生されるけど。でも違うかも。

SS-2

2022年12月7日 (水) 21:03

uncategorized


プラネタリウムが好きだ。自覚が無かったが、突然気づいた。私、プラネタリウムが好きだよ。なんかあの、寝っころがってボーっとすんのが、ええやん。
そういえば子どもの頃はナレーションで神話とかのおはなししてくれるのを聴くのが好きだったな。あれってギリシャ神話かな。
なんか良さそうなプログラムがあったら行きたいな、と思って調べたら『熟睡プラ寝たリウム』が予定されている。お、めっちゃええやん。しかも、マックス・リヒター「SLEEP」の楽曲を流します、と書いてある。おおお、めっちゃめちゃええやん。
上映時間は1時間らしい。宿泊イベントにしてくれたらもっといいのにな。プラネタリウムで寝たい。


水族館も好きだ。水がいっぱいあって、いろんな魚をボーっと見られるのが良い。……ただボーっとするのが好きなだけかもしれん。
何年か前の夏、水族館の大水槽の前で寝袋を敷いて寝る、というイベントがあり、絶対絶対絶対行きたい!!!と思ったら小学生以下しか参加できない企画で、めちゃくちゃ悲しかった。大人だって大水槽の前で寝袋敷いて寝たいよ。


貧血が続いており、原因を調べるために病院に行き続けている。婦人科系の何かは何も見つからなかったので、あとは胃か腸らしい。ここでも何も見つからなかった場合、私は「原因はわからんが貧血の人」になるのだと思う。それならそれで、もうちょっと貧血っぽい顔とか風貌になりたいわ。


手のひら側から見た爪の先にもマニキュアを塗る文化があるらしい。ルブタンネイル、と呼ばれていて「なるほどうまいこと言う」と思った。どうやって塗るんだろうか、指に付くでしょう。爪を伸ばしている人は塗りやすいのかな。


ジンくんのことを「baby milk candy」と呼ぶ文化(文化?)があるっぽい。すごくかわいい。
baby milk candyはホビからの電話で「兵役、気をつけて行ってきますね!」とコメントしたようで、私はなんかホッとしている。「行ってきます」って言ってくれたの、初めてだと思う。気をつけて行ってきてね!大好きだよ!
「待っていてくださいね」とかは言わないんだな、言わなさそうだもんな。そういうところが好きだよ……
つーかこのタイミングでジンくんに電話してくれるホビ、さすがやな……頭上がらんわ、お歳暮送りたいわホビ。
ところで「行ってきます」というのは「行って帰ってきます」の略語なんだそうだ。だとしたらだいぶ重要なところが略されている。


スピッツのライブに行ってきた。楽曲や演奏が素晴らしいのは言わずもがな、まさかのセンターステージがあったり、ワイヤレスでコードから解き放たれるメンバーを見たり、スピーカーを通さないドラムの音が聞こえるので混乱したり、4人が三つ揃いのバッチリスーツでおめかししてくれたりして、楽しかった。フルオーダーでテーラーが作ったスーツ、めちゃくちゃかっこよかったなぁ。
ファンクラブイベントは毎回「演奏してほしい曲をひとり3曲選んでね!上位の曲をやるからね!」という仕様になっているのだが、私は毎度何を選んだのか一切覚えておらず「自分が選んだ曲をやってもらえた!」という喜びを得られないままでいる。毎回熟考してるねんけどな……ま、好きな曲ばっかりやからいいねん。どの曲をやってくれてもいいねん。あと新曲が聞けるのがうれしい。「愛のことば」から「運命の人」の流れ、らしからず(?)ドラマチックで良かった。「君と暮らせたら」が1曲目なのもキュンポイントが高い。
2~300人キャパぐらいのところでスピッツのライブ観たい、と20年ぐらい言っているが、ぜんぜん実現しなさそうだな。というか実現したところでチケット取れなさそう。

日記(味付け海苔)

2022年11月28日 (月) 21:35

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土曜日、やや曇っているが雨は降らないようなので洗濯をする。最近は少し洗濯に凝っていて、シャツやニットを分けて洗ったり、ベッドシーツやパジャマをちょっと高い柔軟剤で洗ったりしている。
友人にその話をしたら「暇なの?」と言われた。返す言葉もない。暇なんだと思う。
掃除機をかけながら、アイビーをひとつ枯らしたことを思い出して悲しい気持ちになる。アイビーは「アッ水、ごめん…」と気づいてから枯れるまでが本当に早いと思う。というか私が気づくのが遅いんですけども。植物たち、水が欲しいときLINEしてくんないかな。赤い丸い数字を右上に出してくれんかな。

注文していたシュトーレン、ドライヤー、ぬいぐるみが届いた。配達員のみなさんいつもすみません、いつもありがとうございます、今月はメガ割のちいさい荷物が多いのもすみません、あと2つは確実にありますすみません。
ぬいぐるみ、買うまいと思って気をつけていたのについに買ってしまった。ぬいぐるみを買いたくない理由は第一に「捨てられない」からだ。あんなに捨てにくいもの、この世にないわ。冷蔵庫とかのほうが捨てやすいよ、大型ゴミのほうが。
ジンくんが抱っこして飛行機に乗ったり、抱っこして一緒に寝たりしているRJを見ながら、いーや私は買うまい、あれはジンくんが抱っこしてるからかわいく見えるだけや、ある種の幻覚、かわいいのはジンくん、私の部屋にぬいぐるみは合わないし、とどうにかこらえてきたのに、ついに買ってしまった。ニット素材のRJを。……ニット素材はずりぃよ、めっちゃかわいい。カートに入れては出し、を5回は繰り返したが結局買ってしまった。本当に意志が弱い。
箱から出てきたRJはハの字のまゆげできゅるんとこちらを見上げており、心臓がぎゅっとなる。か、かかかかわいい。こんなん捨てられん。いや今日届いたんやからまだ捨てんでええけど。
抱っこするサイズではないけど寝室に置くことにした。ニット素材のRJは枕に埋もれてこちらを見上げている。うぅ、かわいい、あんまこっち見ないで。捨てられなくなるから。いや今日届いたんやからまだ捨てんでええけど。

午後はシネリーブルで『ドント・ウォーリー・ダーリン』を観た。『ブックスマート』のオリヴィア・ワイルド監督最新作で主演はフローレンス・ピュー、観ないわけがない。すごい映画だった。気づいたら戻れないし、出たら進むしかないし、目が覚めたら始まるし、とグルグルしながら自転車で帰宅。土曜日の夜は人通りが多い。
シネリーブルではユーネクストのポイントが使えるようで、1500ポイントで1回観られる。お得!

日曜日、昨夜ずっと『BTS in the soop2(通称“森”)』を見てしまったせいで起床が遅い。今日あったかいな。

午後、バスでvaritへ。ちょうど入り口でけっくさんに会う。けっくさんが録画しておいてくれたBTSのライブブルーレイを受け取り、お礼に私の好きな味付け海苔を渡した。けっくさんに会うのはまだ3回目だが、なぜか幼馴染ぐらい長い付き合いみたいな接し方をしてしまう。けっくさんと私、子どものころ、夏は毎年会ってなかった?5家族ぐらい集まって、川で一緒にバーべキューした思い出ない?なかった?私が馴れ馴れしいせいなのか、けっくさんが親しみやすい人だからなのかは分からない。両方だと思う。
会場ではニシーさんにも会い、3人で少し話した。ニシーさんには何度も会ったことがあるのに、毎回「ニシーさんてこんな背が高かったっけ…?」と思ってしまう。座っていても「あれ?ニシーさんてこんなにガタイ良い感じやった…?」「…偽物か……?」などと思ってしまう。偽物なわけない。
ニシーさんからは年賀状デザインのギャラをもらい、私も年賀状を注文するのでその代金を渡した。お金がぐるぐるしている。が、私はこれがお金の正しい形、あるべき姿だと思う。
ニシーさんにも神戸に来てくれたお礼に味付け海苔を渡した。この海苔は神戸のじゃなくて明石のやけど、でもおいしいからね。

けっくさんとおしゃべりしながらいくつかライブを観た。転換の多いイベントは友だちがいると楽しい。ひとりだと転換の時間てお酒飲むかトイレ行くかしかすることないし……
varitの他に北野小学校も会場になっていたので、そこへ移動して下岡晃のライブを観た。下岡晃が神戸に来てくれるなんて、本当にうれしい。来てくれてありがとう下岡晃。下岡晃をブッキングしてくれたセンスの良い人も本当にありがとう、もし私がラーメン屋だったらあなたには一生煮たまごを無料でトッピングするよ、ありがとう、ラーメン屋じゃなくてごめん。
よく考えたらソロライブは3年ぶりぐらいだったかもしれない。よくインスタライブをやってくれるから気づいてなかったな。コロナ禍で制作された『うみべのみらい』が聞けて嬉しかった。カセットテープでリリースされた曲を含め、最近のソロ曲はどれも頭がシーンとして気持いい。冬の明け方みたいに静かな気持ちになる。歌詞も「海辺に未来が座礁しました」とか「いちばんきれいな水を汲みに行く」とか、口に出すと気持ちいい。「Yakisoba」は本当に名曲。私が作った曲ってことにならないだろうか。なりませんよね。

その後けっくさんはサッカーを観るために帰る、というので別れた。帰り際、釜山ライブのJ-HOPEさんはすごかったね、と言ってくれたので何回もお礼を言ってしまった。推しを褒められると嬉しさを通り越して私自身の立ち位置がバグり、ただひたすらお礼を言ってしまう。
サッカー勝つといいな、と思ったけど負けたっぽいな。

varitに戻るとやけに音がでかいバンドが演奏していて、ファンらしき女の子たちが控えめに拳を振り上げていた。うーん、全員かわいいな……最近は人間が全員かわいく見える。一生懸命なにかをやっている人や、一生懸命なにかを好きでいる人が全員かわいい。まぁ願望なのかもしれんが。

ニシーさんにお別れを言って(お別れ?挨拶?)から帰ろうと思ったのにサクッと外に出てしまった。私はライブが終わるとめっちゃすぐ帰るので、癖でつい。まぁまだ占い中かもしれん。そもそもニシーさんは「挨拶こんかったなお前」みたいなことを言ってくるタイプの人じゃないしいっか、とLINEだけ入れて私はスーパーへ。

日曜夜8時のスーパーはお魚が安くなっていて嬉しい。さわらが半額、まぐろの柵も半額、うれしい。さわらどうしよう、どうやって食べよう、私さわらめっちゃ好きやねん、火いれる魚んなかやったらさわらがいちばん好きやねん。白みそで漬けといて明日焼くか、待てよ、生姜醤油で竜田揚げにするのも良いぞ。あぁ2パック買っといてもよかったな。まぐろは醤油とみりんで漬けといて、シソかネギで、ごはんにのっけて、アボカド安ければのせたいな、あ199円か、なしなし。

家に着くと今日食べるものについては何も考えていないことにようやく気が付いた。いま食べないもののことで頭がいっぱいになっている。とはいえ今日は料理が面倒なので冷凍ごはんを焼きおにぎりにし、お出汁と海苔をかけて食べた。今日ぜんぜん野菜食べてないな。まぁいっか。
ちょっと飲むか、冷蔵庫になんかでもらった缶のハイボールがあったはず、と思って飲み始めたらノンアルコールだったのでムカついた。ムカつくようなことじゃないけど、反射的に……
何なんノンアルコールのハイボールて、意味わからんな、と思いながらそれをウィスキーで割って飲んだ。これはこれで何なん。変な味。

nightdiving

2022年11月25日 (金) 21:09

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ドラマ「silent」を観ていたら、ラブストーリーはディスコミュニケーションからしか生まれ得ないのか、とふいに思い、いやでもそれはフィクションの中だけかも、と思い直した。私がノンフィクションのラブストーリーに触れる機会があまりにも減りすぎているから、そんなことを思うのかもしれない。
あと本当に「ラブストーリーはディスコミュニケーションからしか生まれ得ない」のだとしたら、もう私の人生にラブストーリー生まれないんじゃないの…?という気持ちにもなる。だってディスコミュニケーションやなんだもん。……ま、起こったらどうせ抗えないのだから、私が何を考えようが、どのようなスタンスでいようが、全く無意味だけども。

ドラマ「silent」、おもしろいけど結構粗いな~とも思うし、脚本てほんとに難しいものなんだな、と思う。なんか、書きたいこととか言わせたいこととかがたくさんあるんだろうな。脚本家が知らない方だったので、調べてみたら結構若い人だった。頑張ってるんだな、頑張ってほしい。

手話って手話以外では遮れない感じがあって、かっこいいなと思う。声で喋ってるのは、だって、手話で遮れるでしょう。たぶん、私がワーって喋ってて、手話で喋る人がそれを遮ってきたら、私喋れなくなるもんな、手を、見ちゃうと思う。「歌ってる人を撃てない」の感じと似ている気がする。

寒くなってきたし、推しの入隊のニュースが入ってきて心臓が痛い。情緒がグチャグチャだが、これは解決しないものなので、あたたかくしてきちんと食べ、元気に過ごそうと思う。寒くしているのと、おなかが空いているのが一番だめなんだよ、と思いながら年末に実家で食べるための鴨肉を注文した。あたたかくしてきちんと食べ、元気に過ごそうと思う。

was loved

2022年11月16日 (水) 20:34

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来年、祖父の10回忌だ。法事の日付が決まったので「空けといてな」と父が言った。
もう10年になるのか。あれからもう10年も。義妹や甥たちは祖父に会ったことがないということも、なんだか不思議な感じする。

祖父が死んだ日のことは覚えているが、記憶は断片的だ。6年住んだ東京を離れ、神戸の実家に戻った年だった。私は市内の会社で働きはじめ、両親と、同じく実家に戻ってきていた弟と暮らしていた。姉は入れ違いで一人暮らしを始めた頃だった。
夜、病院からの電話に出たのは弟だった。私はベッドにいたがまだ起きていたし、この時間に鳴る固定電話が「良い知らせ」を持ってこないことも知っていた。弟の受け答えの様子だけで、誰から、何の連絡かも分かった。
病院に文字通り“駆け付けた”私たちを“待ってくれていた”かのように、祖父は亡くなった。誰かの何かを追体験しているようで、違和感があった。現実に起きていることなのか?とも思った。だって最後に会った日、祖父は歩けたし、話せたし、笑っていたし、家で一緒にお寿司を食べたのだ。

祖母があんなに泣くのを、あの日初めて見たと思う。待合室の床に座り込んだ私のお腹のあたりにしがみつくようにして、祖母は泣いた。私は祖母のあたたかい背中をさすりながら「私の体温が高いの、おばあちゃん譲りなんかも」と、場違いなことを考えていた。

お通夜や葬儀はやることがたくさんあって忙しいものなんだな、と思った。「悲しい」が腹落ちするまではまだ時間が必要だと思うのに、誰も、何も待ってくれない。私は孫だから、何をやるというわけではなかったし、祖母や両親や叔母のほうが慌ただしくしていたが、それでも「こんなに決めること多いんやな」という感じがした。ゆっくり悲しむ暇はなかった。……「ゆっくり悲しむ」ってのもなんか変な言葉やけど…
葬儀場の横の控室でようやく家族だけになったとき、祖父の棺の前で弟がわんわん泣いた。「ずっと泣きたかったのに」と言った。

葬儀には私の知らない人たちがたくさん来てくれた。祖父は友人の多い人だったのだ、知らなかった。祖父の死自体は悲しいが、私の知らない祖父の顔を知っている人たちに会えたことは嬉しかった。カラオケ教室で一緒だというおばあちゃんたちが「お孫さんがいるって聞いてたから、会えてうれしいわ」「泣かないで、気を落とさないでね」と言ってくれた。

もう10年になるのか。あれからもう10年も。
父が「10回忌が済んだら次は20回忌やからな、覚えといてよ。まぁ20年なら父さんもまだおると思うけど……分からんからな、こればっかりは」と言うので、私は「そらそうやな」と言いながらGoogleカレンダーを開き、2033年にリマインダーを埋めた。2033年、私は45歳だ。うーん、あんまり変わってなさそう、と私が言ったら「体力は落ちる」とのこと。なるほど、それはそうでしょうね。……散歩だけではあかんやろなぁ。なんかスポーツ……やったほうが良いけどね。好きじゃなくて。ははは。

同時に、両親と過ごせるのだって、もうあと何十年も残ってはいないのだな、と思う。今はふたりとも大きな病気もせず元気でいてくれているけど、一緒にごはんを食べてお酒を飲んだり、旅行にいったり出来る時間は、もうそんなに多く残されてはいないだろう。私がひとつ年を取るのと全く同じ分だけ、父も母も年を取るのだ。
こんなこと言うてても仕方ないけどね。でも嫌やな。はーーー嫌。来年家族全員でキャンプ行きたいな、お姉ちゃんと計画しよう。

있었어

2022年11月1日 (火) 21:29

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歩きながら考えごとをしていると私の意志と関係なく急に思考がまとまり始め(いやまとまってはいない、かたまって、というか)、そこで家に着いたから一気に書いたのが前記事なのだが、後から誤字脱字衍字を直したりしていたら、さらに補足したり整えたりしたくなって、そうすると当然どんどん長くなり、読み返すと一気に書いたやつの方が良かったので、結局全部元に戻した。書いたのも私なら「一気に書いたやつの方が良かった」も私の感覚だが、私以外の視点や意見が入る余地がないことがこの場の良いところなんじゃないか、という気もする。私はあまり時間をかけずにワーッと一気に書いたものの方が、好きなのかもしれない。思い切りの足りない性格だからなぁ。「どっかで終わりにせんと」と意識せん限り、ずっと同じのをこね続けてるもんなぁ。もはや「何を書くか」よりも「何を書かないか」に目を向けて意識的に書くほうがおもしろそう、と思ってもいる。全部書くほうがラクで、終わらせないほうがラクだからだ。ラクをしているといずれ楽しくなくなってくる。
もしくは1週間か1ヶ月、一度も終わらない文章を書くのも良いかもしれない。

風邪を引いたり腰を痛めたりしていたので部屋の掃除ができず、これがかなりストレスになっていたと、終わってから気づいた。家中を掃除し、ベランダに溜まった落ち葉を掃き、窓と網戸を拭き、夏用の上掛けと冬用のひざ掛けをちょっと良い柔軟剤で洗い、はぁ疲れた、と床に横になったら、驚くほど精神的にすっきりした。なおかつ、私が暮らす家は「半日かければ大体すっきり掃除できるサイズ」で留めておく必要があるな、とも思った。これ以上のサイズになると厳しいんじゃないか、と思う。
観葉植物もまとめて手入れし、水やりをした。ベランダにはもう少し植物を増やしたい気持ちもあるけど、どうせ来年はマンションの修繕工事があるし、それが終わってからの方が良いだろう。

10月28日に公開されたジンくんのソロ曲にまつわるコンテンツのすべてが涙腺を刺激し、もう何がどうなって泣いているのか自分でも分からない。曲を聴いては泣き、MVを観ては泣き、アルゼンチンでのパフォーマンスを観ては泣き、月を見ては泣いている。ジンくんがかっこよくて、かわいくて、美しくて、誇らしいし、最高だし、どこにも行ってほしくないし、元気で待ってるから元気で行ってきてほしいし、長いこと振り回されてきてかわいそうだし、そんな目に遭わなければならなかったのが気の毒だし、リアルタイムで一緒に怒ってあげたかったし、何の支えにもなれなかったのが悔しいし、情けないし、こんなこと言ってるのは傲慢で恥ずかしいし、伝わっているか不安だし、理解できているか不安だし、全部が本当の気持ちだし、ぐちゃぐちゃだ。でもジンくんが最後まで泣かなかったのに、「いいところだけ見せたい」と言ってくれたのに、実際にそうしてくれたのに、だから私が泣くのは違うだろうと思うのに、写真1枚見るだけで涙が出て来る。ヴォルデモートのようだった兵役の話(上手い言い回しだな、と思う)に散々振り回されて、あげく寒いのが何より苦手なのに、彼は冬に発つのだそうだ。もううんざりだよ、これっきりだ、と言われてもおかしくないとずっと覚悟していたのに、最後に「and I love you」と歌って、ピンクのマイクをキラリとさせて、彼はステージを降りた。2年グループを離れるから、しばしお別れの曲なんだそうだ。ありがとうジンくん、だいすきだよ。
会ったことも直接見たことすらない人をこんなに好きになり、その人にこんなに「愛されてる」と思うのは初めてのことだと思う。泣くようなことは何も起きていない、私たちはファンで在る限り愛されているし、怒っていたことも悲しかったことも言いにくいことも、なぜもっと早く言えなかったかも、ジンくんは全部話してくれた、うれしくてホッとしているのに、ただひたすら涙が出る。涙って感情が高まると出るものなんだったな~ワッハッハ!と思いながら、もうそのままにしている。悲しいんじゃなくて、好きだから泣いているだけだ。2025年までどうせ時間はあるのだし、泣けるだけ泣いとけばいいや。

アイラブロックンロール

2022年10月31日 (月) 21:18

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9月に出ていたらしいweezerの秋盤を聴きながら「おばさんになったなぁ、私」と思った。叔母さんではない、歳を取ったな、という意味の「おばさん」だ。
今さら何を言っているのか、と我ながら思う。30歳を過ぎてまもなく4年になるのだ、しっかりおばさんだよ。そういう話じゃなくてさ、weezer聴いて安心してるこの感じがよ、おばさんになったんだなって……

ボカロ文脈の音楽に心底心酔できない。ボカロ文化そのものの黎明期に、世代的にはしっかり居合わせたのに、隣の村の祭りを見るように過ごしたのが原因だ。後悔などはないものの、もしあの祭りに身体ごと参加していたら、私はもっと、例えば米津玄師の良さを、身体ごと理解できただろう。

ヒップホップ文脈の音楽にも、心底心酔できない。私がヒップホップを認識したのは「8mile」のエミネム辺りだし、アメリカだけじゃなくて日本にもストリート(物理的な意味でなく)があると芯から理解できたのはそのもっと後、2008年頃のことだ。遅い。

日本のポップス文化にはご縁がなかった。単にご縁がなかった。いつも何故か「みんな」に私が含まれていない、物理的に村を追放されたり田舎に追いやられたりはしていないのに、私はいつだって「みんな」の外に居る、なんかおかしい、なにが原因だ?なぜ私は「みんな」に入れないのだ、なぜ「みんな」の居る方を私は選べないのだ、などとグチャグチャ考えているうちに、ポップス文化に肩まで浸かる機会を逃してしまった。そのころ私はカール・オルフやプロコフィエフ、マスカーニやホルストと毎日を過ごしたが、あれはあれで、必要な音楽体験だったと思う。

結局私が貪るようにその肉を喰らい、骨をしゃぶって血を啜った音楽は、ロックだけだったのだ。ロックは私を「みんな」に入れてはくれなかったが、「みんな」の外にいるのは別にお前だけじゃないと教えてくれた。
私が思うほど「みんな」って無いんだな、と気づくのはもっと後のことだ。「みんな」に見えたものが、今はもう見えない。なんで在るように見えたんだろう。幻覚だったのかな。今も在るんだろうか。私に見えないだけだろうか。

ロックはもう、流行らないだろう。今後もどんどん懐メロみたいなにおいを発して、次第に古典になるはずだ。そのことを嘆く気持ちはない。ただ事実として、そう思う。

Spotifyを開き、右手でスクロールしながら、一生かけても聞ききれないほどある音楽の束を思う。そのことのありがたさと、同量の絶望とを感じる。何聴いて生きようかな。たくさんあってうれしいよ。

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