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ジムノペディ

2019年3月17日 (日) 15:06

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「羊と鋼の森」を読み終えたかったのでスタバに来て、残りの半分くらいを一気に読んだ。
電車で少しずつ読み進められる本もあれば、勢いでワーッと読むのが向いている本もある。

良い本だったな、なんかずっとグッときていて、
少し油断すると泣いてしまいそうだった。
どのシーンが、とかじゃなくて、始めから終わりまでずっと泣きそうだった。
こういう「大事件」みたいなのは起こらないのに「希望」とか「予感」とかでキラキラしている創作物に弱い、他に何があるかはパッと出ないんすけど。
思いついたら言います。

読み終えてぼーっとする。耳が遠くなったような気持ちになる。
こういう気持ちになりたくて本を読んだり、音楽を聴いたり、映画を観たりしているのだ、と思う。よい気分。

せっかくだから、ピアノの曲を聴きながら読もう、と思ったら、iTunesの中にサティしかなかった。
サティがなんで入ってるのかもわからん。弟のやつかな。
いや、全然サティでいいんですけど。いいよ、サティ。

どちらかと言うと「こだわりがある」方の人間なんだけど私は、
でも「こだわりがない」方が強い例を見ることが多くなってきた印象があって、
捨てられるこだわりは持たない、みたいなことをやってみても良いんじゃないか、と考える。
できるかどうかはわからんけど。
まぁ、もう少し考えてみます。

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