TANAKA NOZOMI

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Ma City

2022年6月28日 (火) 21:40

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駅前を中心に、再開発が続いている。あちこちで工事の音がして、私はこれによって生まれているであろう雇用について考える。そこで動く金銭について考える。私は「まち」について考える。考えながら、八百屋さんで山芋を買い、パン屋さんでチョココロネとたまごサンドを買う。薔薇が10本で500円か、買ってもいいけどな、でもあんまり元気そうじゃない薔薇だな。
それから、駅前にたくさんできた飲食店について考える。どこも普通においしいけど、基本的にしょっぱいんだよな、全部、まぁでもああいうとこは、お酒を飲ませないといけないからな。

私が「まち」と呼んでいるものの、サイズ感・規模感について考える。それは多分「丁」や「町」よりはだいぶ大きい。「区」よりも少し大きい。が、「市」よりは小さい。「市」は全く手に負えない感じがする、でかすぎて手に余る。つまり、「区」と「市」の間ぐらいのものを、私は「まち」と呼んでいるようだ。
あの大通りの向こうって何があるんですかね。何が、っつーかまぁ家とかビルとかあるんやろうけど。行ったことあるか?ないかも、あぁ美術館はたまに行くよ、だから美術館だけブツ切り。あのへんの海も良いよね、工業の海ね。わかる?工業の海、あとはビーチの海とか、漁業の海とか、輸出入の海とかあるやん。あ、でも神戸は工場の海はないかも。川崎みたいなやつ、ああいうのはないかも。

私が言う「まち」には北に山と南に海があり、好きな飲食店が十数件、実家と弟家族の家、友人の家、それから私のかわいい家と、会社がある。どこに何があり、そこへ行くのにどのくらいの時間がかかるかを知っている。電車は4本(いや5本あるか、でもあれはほとんど使わない)あり、間をバスが通る。自転車が走りやすい道はここ、歩くのが気持ちいい道はこっち。ボルゾイが2匹、夕方に散歩する道はあっち。

再開発を間近で見ていると、この「まち」がグネグネした、やわらかいものに見える。いつも使っていた道が使えない。こっちは通り抜けできなくなってる。文房具屋が移転してる、そっかこのビル取り壊すんだっけ。建物を壊したり、建てたり、道を作ったりしているんだから、そんなにすぐには終わらない。作業は大勢の手で、少しずつ進んでいる。お店だって一斉には閉店しない。少しずつ、閉まっていく。そっかこのビル取り壊すんだっけ。あっちを塞いだらこっちを空けて、人はこっちを通ってください、すみませんトラック通ります、ご協力ありがとうございます。
「まち」は今日もグニャグニャしている。生き物なんだな、と分かる。

数年後、ツルツルピカピカした建材が「まち」に溢れるのかと思うと、少し憂鬱な気持ちになる。私は「新しいものが良いものだ」とは思えない。新築マンションのデザインが気に入ったことは一度もないし、平屋の家が並ぶ古い町並みが好きだ、安いものを買って次々と買い替える生活は苦手だ。息が詰まる。昔はそうでもなかったのに、最近どんどん苦手になっている。理由とか根拠とかは全然ないから、単にそういう性格で、そういう好みなんだろう。でも私の好みや、気分とは関係なく、「まち」は変わっていく。そういうものなんだ、たぶん。私だってちょっとずつ変わってきた、変わらない部分もあるけど、でも変わったところもたくさんある。「まち」も同じなんだ、きっと。
でも今はここに住んでいるから、「まち」がどのように変わるのかを、私は見ることができる。グニャグニャグネグネしながら、「まち」は今日も少しずつ変わっている。そのことを、見ていようと思う。

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