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里の秋
2023年11月22日 (水) 20:18
『しずかなインターネット』を始めた。短い日記を書くことにしようと思っている。フォロー・いいね・リプライ、みたいな機能はない。全く知らない人の文章をいくつか購読することにしたけど、これは相手に通知されてるんでしょうか。されてないといいな、気味悪いと思われたくないし。
機能に不足はないと思うけど、改行が出来ないのだけちょっと気になる。改行はさせてほしい。初期アイコンが犬の横顔なのはかわいくて気に入っている。
「あまり強固につながろうとしない」ということが魅力に成り得る、ってことは、それだけ「誰かとつながっている」ということがインターネットではスタンダード、ってことなんですかね。だって本当の本当に心底「どこにもつながってなくていい」のであれば、そもそもインターネットに書く必要はないわけで、だからレベル感、みたいな話なんでしょうかね。
私はこのサーバーに14年(…14年!)文章をアップロードし続けているが「ここに置いている以上は、いつか誰かが何かの拍子にうっかり読むかもしれない」ということをいつも念頭に置き、そこが魅力でもあると感じている。「いつか誰かが」の「誰か」には、もちろん私も含まれる。
あと「万が一誰かが読むかもしれない」と思って書く文章と「私以外にこのノートを開ける人は誰もいないから絶対に読めない」と思って書く文章は、明らかに別物である。後者は10代から20代前半にかけて散々やったが、燃えるゴミの日に出してしまったので今はもう私も読めない。
まぁいずれにしても、どっかになんか書いてないと死ぬんだと思う。
そういえば私は読むのも観るのも聴くのも描くのも作るのも好きだが、わりとムラがあり、例えば今年は観るのを多くやったので読むのはだいぶ減った。描くのと作るのはほとんどやっていない。
でも書くのは、書くのだけは、仕事でもなければ誰に褒められるわけでもなく金も稼げない上にいいねボタンすらないのに、ずっとやっている。「なんか書いてないと死ぬ」以外に、どんな理由があるというのだろう。
ここでいいから
2023年11月21日 (火) 20:55
「大事にする」ってどういうことだろう。ついこないだ「気を付ける」が難しい、と書いたが、同様に「大事にする」も難しい。
下岡晃と安部コウセイのライブを観にいった。終盤、『抱きしめて』を歌うと言った下岡晃にコウセイさんは「俺もちょっと入って良い?」と聞いた。一緒に歌ってもいい?という意味だ。続けて「いや、大事な曲だからさ、一応許可を、と思って、敬意を」と言った。
私は下岡晃ではないしアナログフィッシュでもなく、ただファンであるだけの何者でもない人間なのでこんなことを言うのはおかしいが、確かに『抱きしめて』はとても大事な曲だ。本当は「とても大事」とか言うのもはばかられるくらい。
この曲がどのように生まれ、どのように歌われてきたかを知っているし、どのように大事にされてきたのかを見てきた。10年以上経つ。だから、コウセイさんが引いた一線のような“敬意”をとても嬉しく思ったのだ。大事なものを一緒に大事にしてくれることが嬉しかった。いや私がこんなことを思うのは、全くもっておかしいが。どの立ち位置で言うとんねん。
帰り道「大事にする」について思考を巡らせたが、特に答えは出なかった。日々生活していると答えが出ない問いのほうが圧倒的に多い。大事にするって、どういうことなんだろう。なんかきれいな箱に入れて、きちんと鍵をかけて、家から出さずに仕舞っておくこと?そういう方法もある。あるいはずっと身に付けて、くたびれてきたのを直してまた使って、いろんな人に触れてもらって、欠けたところを継いで、それでもまだ持ったままいるってことかな。そういう方法もある。
『抱きしめて』がどのように大事にされてきたかは、後者が近いと思う。発表された当初は震災直後という時期もあいまって、繊細で、消えてしまいそうな空気感があった。乱暴にすると割れるんじゃないか、みたいな感じ。演奏は何度も繰り返された。CDになるころには健ちゃんが歌うパートが出来たし(最初期はなかったと記憶している)、ライブではお客さんも一緒になって歌ったし、Ryo Hamamotoのギターソロでアウトロを長くやる日もあってあれはすごくかっこいいし、下岡晃はインスタライブでこの曲を数十回演奏してきた。今『抱きしめて』に似合う単語は「繊細」ではなくて「強度」だと思う。素材っぽさやむき出しの雰囲気はずっと変わらないけど、変質した、ように感じる。両手で包むようにしてしか持ち運べないような曲だったのに、今はもたれかかっても大丈夫だと思う、同じ強さで押し返してくれる。
「大事にする」っていうのは、自分がどんなふうに大事にしたいかを、考え続けるってことなのかもしれない。お、なんか答えめいたものが出てきたぞ。
「大事にする」に型はないので、大事にする人とその対象の組み合わせによって無限にその方法があり、無限にあるということはつまり「その大事のしかたは間違ってる」とかは、誰にも言えないってことだ。でも対象に意思がある場合は「その大事のしかたは望んでいない」とか「このように大事にしてほしい」とか言われる場合もある。そういう時は聞き入れて、全部じゃないにしても受け入れて、調整が要るけど、でもまずは自発的に自分がどのように大事にしたいかを考えるところからしか「大事にする」は始まらない。お、なんか答えめいたものが出てきたな。
答えめいたものはただ「めいたもの」でしかなく、決して答えではないので、一旦暫定答えボックスにぶち込み、私は適当な蕎麦屋で蕎麦を食べて帰った。これ以上考えていると、この電車は姫路まで行ってしまう。一番好きな食べ物、蕎麦かもしれんなぁ。
ふあんてい
2023年11月17日 (金) 22:16
とあるドラマを観ていると、登場人物たちが「分かっている私たち」が、いかに「分かっていない私たち以外の人たち」に苦しめられているか、という話を頻繁にするので、しんどくなってきてしまった。自分の繊細さや感受性の強さを守ろうとするのは分かるし、もちろん自分で守るしかないから大事にしてほしいけど、でもそれを武器にして誰かを攻撃するのは違うよな、と思う。そもそも繊細さは性格的な特性ではあるけれど、優劣ではないはずだ。
何よりしんどいのは「でも私もこれやってるな、常にじゃないかもしれんけど、でもやってるとき絶対あるよな」と思ってしまったことである。私は自分のことを繊細とは思っていないし、感受性が強いとも思っていないし、人から「繊細ですね」と言われたこともないけど、でも幼少期に「なんで私はいつでも“みんな”の中に入れんのかな」と感じた記憶は今もずっとあるので「なんかズレとるんやろうな私は」とは思っている。ティーン期にはこの「ズレ」こそが私のアイデンティティーなのだから気にせず堂々と振る舞うべきと思おうとしたが、それもなんか違うぞ、と気づき「そもそも“みんな”など幻想だ、無いものだ」と思うころにはハタチをとうに過ぎていた。今は「“みんな”があることにしたほうが上手く扱えそうなときはそうしてもいいし、もしその“みんな”に楽しく入れそうなときは入ってもいい、でも入れなさそうなら無理しないし、入れないことで自分を責めたりしなくていい」と思っている。
でもこれもうちょっと補足が要るかもしれない。例えば「自分の都合で“みんな”があることにしたんだから、“みんな”を馬鹿にしたり悪意を持って接したりしたらいけない」を足さないといけないかも。
だって「分かっている私」に感じる嫌悪感の名前を知っている。これは「同族嫌悪」だ。私もやってるぞ。「分かってる私」や「分かってる私たち」をそれ以外と分けて「分かってない人たち」ひとまとめにして悪口言うの、私もやってるぞ。つーか私、その場だけで適当に言う悪口のジャンルが全部これかもしれんな。悪口っつーか悪態?
めっちゃ気をつけたい、悪口は要りそうなら言ってもいいけど、でもそもそもそこに優劣はないと、忘れないようにしたい。
ところで「気をつける」っていっつも具体的な解決策になってなくて難しいなと思う。気をつけようと思っているのも私だし、実際に気をつけるのも私だし、気をつけないといけないようなことだと気がついてしまったのも私なのに、全部を私いっこぶんの脳でやりくりしないといけないの、めっちゃ難しい。
あとで読んだら何が何だか分からない文章を書いてしまった。読み返したら消すしかなくなりそうなのでこのまま公開する。
붕어빵
2023年11月17日 (金) 20:30
寒暖差が激しく、日の当たるところを歩いて汗をかき夜は冷える、みたいなことを繰り返していたらあっさり風邪をひいた。「風邪ひきそう」と思ったらもうひいている、みたいな感じ。馬鹿っぽい。
熱がほとんど無いので大丈夫だとは思いつつ、コロナもインフルエンザも流行っているので念のため検査したが、どっちでもなかった。普通にただの風邪だった。風邪ひくの久しぶりな気がする、と思ったけど、調べたら去年も同じくらいの時期にやってるっぽいす。なんやそれ。
“調べたら”、というのは妙なことで、私自身は去年自分が風邪をひいたのかどうかを全く覚えていないのだけど、SNSやブログに書いていれば調べはつくのだ。紙の日記なら検索に時間がかかるけど、ブログは「風邪」とキーワードを入れて調べられるのですぐに分かる。便利やね、と思う一方「嘘を書いたら嘘がほんとのこととして残っちゃうな」とも思う。ま、そんな大層な話ではないけど……ところで嘘っておもしろいよね、嘘について勉強したい。嘘ってどこの管轄なの?心理学?管轄??
急に寒くなったので慌てて毛布を注文した。毛布ってなんでこんなダサいのしかないんだろう。世の毛布が全部ダサい。機能としては魅力的でも、デザインがダサいものを家に置きたくない。かと言って寝具だからデザイン性のみを重視するわけにもいかない、寒いのは勘弁してほしい。っつーか別に「驚くほどオシャレな毛布をください」とか思ってないのに、こんなに無いもんか。どうせ隠れるやん、と思うことなかれ、私は羽毛布団の上に毛布を重ねて寝るので、毛布のデザインは重要です。「知らんがな」という声が聞こえてきそう。母の声が。
ベッドカバー買うしかないか……
灯油も買わないといけないし、ストーブを出さないと。去年の経験を活かしてコートは既に倉庫から出してある。今年は全部クリーニングに出したので、毛玉もきれいに取って美しく畳んであってうれしい。さすが、やっぱりプロは違うな~ケチらずに毎年クリーニングに出そう。「そんなに高いコートじゃないし」とか言って曖昧にしてきたけど逆な気がする、そんなに高いコートじゃないからこそ、ちゃんと手入れをしたほうが良い気がする。
今月もジンくんの動画がアップされて、あまりの愛おしさで10分くらい動けなくなった。しゃべって動くキム・ソクジン、やっぱ威力がすごいし、ありがたみがすごい。毎度のことだが初回再生時は「ジンくんがメッセージをくれている」という事実そのものを受け止めるだけで胸がいっぱいになってしまい、ジンくんが何を話しているのか全く理解できない。単語くらいなら聞き取れるはずの韓国語が一切分からないし、字幕など一文字も読めない。少し動悸もする。「ま、まばたきを、してる、かわいい」とかで終わる。そらまばたきぐらいするやろ。4~5回再生すると、ようやく話の内容が頭に入ってくるので、やっと「あ、プンオパンを、食べてねって言うてるんか、かわいい」みたいな感じになる。不甲斐ない。
「かわいい」は語尾みたいな感じなので、全部の文章に付きます。ジンくんかわいい。
Masked
2023年10月30日 (月) 19:56
石井裕也監督作品が2本同時に劇場公開されている。ありがたく観る。
土曜日は『月』を松竹で観た。松竹はだいぶ前にkino cinemaという名前に変わっているが、場所も外観も内観もシアター数も何ひとつ変わっていないので無視して松竹と呼び続けている。名前が変わることに抵抗してやろう、という気持ちは別にないのだけど、その名前で呼ぶかどうかは私が決めるよ、とは思っている。だって、渋谷公会堂のことCCレモンホールって呼んだこと一度もないでしょう。と思ったら今はCCレモンホールですらなかった、今はLINE CUBE SHIBUYAというお名前だそうです。ぜったい誰も呼んでへんやろ(決めつけ)。
話逸れた。
『月』は小説が原作で、障害者殺傷事件を題材にした作品だ。原作は読んでいないし予告編も観ていないが、3行くらいのあらすじを読んだだけで胃が痛い。気が重い。気が重すぎて、パジャマから着替えられない。このままだと行かなくなる可能性があるな、と思い、スマホでチケットを買った。これで行くしかなくなるぞ。自分で観ると決めた映画で胃を痛めて、いったい何をやっているんだ。
2時間半、ずっと苦しかった。現実だったらそれこそ見て見ぬふりをして、その場から足早に離れていたかもしれない。「こういうことがあってさ」とすら、人に話せないかもしれない。
「○○という映画でした」とまとめることが出来ない。それは「人間とはこういうものです」と言うことと同義かもしれないからだ。私にはそんなこと出来ない。私だけじゃない、誰にもそんなこと出来ないよ。さとくん、君にも出来ないんだよ。
ちゃんと電気をつけて、窓を開けたかった。ずっと回っている扇風機がどういう演出意図かは分からないけど「何かを動かしているように見えて、何も変わっていない」という印象を受けた。扇風機じゃ空気は入れ変わらない。
原作も読んだほうが良いだろうな、でも読みたくない。気が重い。映画も観たくはなかったよ。でも、観てよかった。
日曜日は『愛にイナズマ』をシネリーブルで観た。シネリーブルは私が一番行く回数が多い映画館だ。スクリーン数は4つだが、作品数が多く、好みの映画がかかっていることが多い。地下にあってこじんまりしているところも好みだし、ロビーのあたりが赤い、ちょっと毛足が長めのカーペットになっているところも好みだ。照明も明るすぎなくて良い。12月にデジタルリマスター版が上映になるので『アメリ』のチラシが置いてあった。BSで放送されていたのをビデオテープに録画したやつを繰り返し観ていたのが20数年前のことだから、実は映画館で観たことがない。すごく楽しみ。
話逸れた。
『愛にイナズマ』は石井裕也が脚本・監督、主演が松岡茉優、めちゃくちゃ期待していた。『川の底からこんにちは』で石井裕也が好きになって『君と歩こう』が最高で、でも近年は「もう石井裕也の何を、どこを、石井裕也だと思って好いてきたのか分からない」と思ったりしながら生きてきたけど、久しぶりの、本当に久しぶりの「これこれ!これだよ!私が欲しかった石井裕也はこれ~!!!」状態になった。嬉しい。私が泣いたのは花ちゃんのお母さんが死んだからでも佐藤浩市が死んだからでもなく、石井裕也が好きだったから。
佐藤浩市、若葉竜也、池松壮亮が全員赤い服で画角におさまっているカットが気に入りすぎて、額に入れて飾りたいくらいだった。声しか出ない鶴見辰吾さんまで、役者陣が全員素晴らしかった。難しかっただろうなと思うのは窪田正孝で、めちゃくちゃバランス感覚が要る人物像だったように思う。だって、正夫くんがもし「なんか気持ち悪い人」になってしまったら、佐藤浩市に「ちょっと立ってもらえますか」と言ってハグするあのシーンは美しくなくなってしまう。前半パートで「まじでキツい、けどこういう人おる」ムーブを連発して後半に向けての鬱憤をチャージし続けてくれる三浦貴大、MEGUMIコンビもすごかった。三浦貴大さんのこと、本当に嫌いになりそうです。
たくさん笑ったが、扱ったテーマは『月』とほとんど同じものだったと思う。同じ台詞も出てきたし、いや意図的でないのかもしれないが。
何かを創ることは、そこにあるのに見えないものをよく見えるようにしたり、隠されているものを剥がしたり、見て見ぬふりをして蓋をしたものを皿に盛りつけたりするようなことなのかもしれない、と思った。
帰宅して、レンコンと豚トロを炒め煮にしたのを作って食べた。栗原心平さんのレシピは「うまいでしょ?ビール、飲むでしょ?」という声が聞こえてきそうで楽しい。
SS-9
2023年10月26日 (木) 21:33
1
移動時間が長いとき、本が1冊あると安心する。スマホで音楽を聴いたり、韓国語のアプリをやったりしているのも良いけど、出かけた先でスマホの充電が切れたらやだな、とも思う。その点本は充電とか要らないし、多少嵩張るけど文庫本ならそんなに重くはない。
2
スマホを買い替えないと、と言い続けている。79%しか充電されないので出先で写真や動画を撮るとすぐに切れてしまうのが不便なのだ。今なら最新が15だから色だけ選んでさっさと買えばいいのだけど、全然テンションが上がらないので腰が重い。カメラとかの性能はもちろん良くなっているのだろうと思うけど、そんなにテンションが上がらない。3GSを買った時がiPhoneのピークだったように思う。無邪気な未来を手に入れたような気分だった。
3
堺雅人さんのエッセイが好きで、たまに読み返す。雑誌で連載されていたものなので一章が短く、移動中でも読みやすい。私は読書中に音が聞こえたりはしないタイプで、小説が映像化されたりしたときによく言われる「声がイメージと違う」があんまりピンと来ないが、堺雅人さんの声は知っているので、エッセイを読んでいるとご本人の声で再生される。執筆時は32~33歳だったようだ。追い越しちゃったな。
4
堺雅人さんは「哲学系のかたい本をまとめ買いし、お酒を飲みながら“なに書いてるんだか判んねーよ”といいながら読む」のがお好きだそうで、最高だな、と思います。
5
『フェルマーの料理』というドラマが放送されており、文庫版の『フェルマーの最終定理』をどこへやったんだっけ、と探したが、家には無かった。誰かに渡した気がする、と思ったが、私の記憶が正しければムライに渡した。多分。
ドラマはチラッと見ただけなんですけど、フレンチのメインとしてナポリタンを作るシーンがあり「どんなに旨くてもナポリタンはあかんやろ」と思ってしまった。っつーかナポリタンの旨さって上限がありませんか。いやナポリタンをナメてるとかじゃなくて。私もナポリタンは得意な料理なんですけど、コツはケチャップとトマト缶かトマトジュースを少しグツグツさせて酸味をとばしてから具材と合わせることと、スパゲティを入れて具材と合わせたあとにバターを少し入れることです。
6
前髪を短くしすぎた。切ったのは私じゃなくて、美容師さんだけども……
10年以上通っていた美容室が閉店してしまい、しかたなく新規開拓を開始した。初っ端から知識抱負で勉強熱心な美容師さんに当たってラッキーだったけど、切るのはどう考えても前の美容師さんにお願いすべきだと思う。でもこれは美容師さんのせいではなくて、私のふたつある旋毛や、独特すぎる髪質、癖がつよい癖毛のせいなのでむしろ申し訳ない。
7
『The Astronaut』の発表から1年が経ったので、ジンくんのソロ活動を履修しなおしている。ジンくんは「1曲だけなんですけど」と何度も言ってるけど、でもその1曲を置いていってくれたことが、どんなにありがたかったかを握りしめるような1年だったと思う。好きが増す一方……
最近はBTSパッケージのクランキーが発売されたので、スーパーやコンビニでジンくんがおらんかな~と探す毎日。なぜかジンくんとジミンだけまったく見つからない。
8
地元企業が作っている靴のアウトレットセールに行ったらお会計時に「LINE登録してもらったら1000円引きになります」と言われ「そんなに!!?」と声に出てしまった。セール品なので既に十分安いのに、ここからまだ1000円も引いてくれるなんて……8000円で2足買えた。うれしい。
odette
2023年10月24日 (火) 20:55
スワンボートに乗った。白鳥の形をしていて、水場に浮かべられており、足で漕いで操作するアレだ。友人が「乗ろうか」と言ってくれたので……
私はスワンボートには乗らないタイプの人間だと思う。非アクティブでインドアだし、そもそも意識的に人に会おうとしなければずーーーっとひとりで休みを過ごしてしまう。どこにでもひとりで出かけ、ひとりで過ごすことばかりに興味がいき、ひとりでの過ごし方ばかりバリエーションが増える。朝8時までに起きて家事を済ませ、11時には喫茶店へ行ってパンとたまご料理を食べながら読書、ラジオを聴きながら散歩して、午後は映画館へ、市場に寄ってから家に帰る、というのが理想の休日だし、月に3~4日は理想通りに過ごしている。
公園へ行き、水場を散歩するところまではひとりでもやるけど、スワンボートは絶対に乗らない。「乗る」という選択肢すら持っていないのだ。
が、経験上こういうのは「よし乗ろう」と言っておいた方が良い。「いやぁ、私は別に、いいわ」とかなんとかモゴモゴ言って生きるのは20代のうちにやったし、そういう生き方にはもう飽きた。なんでも機会があればやっておけばいいと思う。「興味ない」とか「何の意味が」とかゴチャゴチャ言ってる人生は終わったのだ。だいたい、興味の有無など問われることなくいつのまにか人生は始まっており、さして意味のないものごとに翻弄されながら人生は終わるのだから。スワンボートくらいで大げさだが。
スワンボートは20分で1500円だった。池の中を自由に動いて、20分を過ぎる前に桟橋に戻って来いよ、というルールらしい。
スワンボートは乗り口が狭い。そもそも子ども用なんじゃないのか。あと、乗りこむとき結構揺れて、怖い。
「はい、いってらっしゃい!」とかなんとか言われて漕ぎ出す。ペダルとハンドルが付いていて、自転車に似てはいるものの、なんとも漕ぎ応えがない。漕いだぶんだけ進んでいる、という実感がないのだ。シャカシャカする。ハンドルも、回した分だけ進んでいる、という実感が全然ない。ハムスターがくるくるやっているアレを思い出す。
どうにかこうにか進めるようになっても、もちろん池の中から出ることはないので、海や川に比べて池は虚しい感じがする。ボートに乗って漕ぎ出しても目的地はない。なんか虚しい。
残り5分になったころ、私たちは桟橋に戻るべく進路を定めたが、風向きや他のボートの水流に押し流されて、漕いでも漕いでも帰りつけず大変だった。結構あっさり流される乗り物なのだ。知らなかった。藻に突っ込んだまま前にも後ろにも進めなくなったときは普通に絶望した。漕いでも動かないし、漕がないとどんどん流される。
どうにか桟橋に帰り着き、スワンボートから降りたものの、まっすぐ立ったり普通に歩いたりできないぐらいの疲労度で、足がフラフラの私たちはベンチに座り込んで大笑いした。疲れたし、汗かいたし、足も痛い。
そして私たちは「カップルはスワンボートに乗ると破局する」という都市伝説を心底理解した。なるほどこれは、共同作業なのだ。ふたりとも一生懸命漕ぎ、ブイや他のボートに当たらないよう前後左右の確認を手分けして行い、時間配分を考え、疲れても漕ぎ、飽きても漕いで、その過程と時間をふたりで共有する乗り物なのだ。もし自分がひとりで漕ぎ、時間がないと焦り、隣に座る恋人がなんの協力もしてくれなかったとしたら、そりゃ別れるよ。いやこの1件だけで別れはしないかもしれないけど、でもいろんなシーンでスワンボートが頭をよぎるようになってしまい、多分その末に別れる。「ぜんぜん協力してくれんかった」「私ばっかり必死に漕いで馬鹿みたいやった」「ひとりで不安やった」などのネガティブな感情がフラッシュバックし、さらに「この人は根本的に私と協力したり、共有したり、支え合ったりすることを、大事に思ってくれてないんや」という結論に達すると思う。十分別れを切り出す理由になり得る。
ともあれ「また機会があったら乗りたいです」とも思わないし、「もう二度と乗りたくないです」とも思わないのが、スワンボートの良さなのかもしれない。もしまた機会があったら乗ってもいいし、もう二度と乗らずに一生を終えても、別になんの感慨もない。
ただコツは掴んだので、次はもっとうまく出来ると思います。
SS-8
2023年10月20日 (金) 20:52
1
阿部サダヲさんが怖い。『死刑にいたる病』を観てから、他の作品でどんな役をしていても、その役がとても純粋な人でも、明るい人でも、優しい人でも「でも連続殺人犯なんでしょう…?」と思ってしまうのだ。阿部サダヲさんご本人についてはほとんど何も知らないので申し訳ない。
2
そろそろヴィトンかセリーヌかカルティエかディオールかティファニーかカルバンクラインかヴァレンティノかボッテガで何か買ったほうがいいんじゃないかと思って(推したちがお世話になっているので)調べている。かわいいな、と思うのはボッテガの立方体っぽいコロンとした鞄だが、値段がかわいくない。セリーヌはバスでよく見かけるおばあちゃんが持っているショルダーバッグがかわいいな、と思うのだが、あれは現行品ではないっぽい。
3
美容と健康のために小麦粉をやめるべき、という何かの文章をうっかり読んでしまい、なるほどまぁ1~2週間やめてみるか、と思ったけど全然無理だった。人生最後の日に食べるものは食パンが良い、と言うほどパンが好きなのに、小麦粉をやめられるはずがなかった。別に毎食パンばっかり食べるわけじゃないし、パンしか食べない食事なんてないのだから、別にやめなくていいじゃないですか。極端なほうに全振りするの、好きじゃないでしょう。美容と健康は大事だが、私の人生において一番ではない。
痩せて、脱毛して、高見えする服を着て、コスパの良い人生を送るべき、適齢期をとうに過ぎているのだから婚活をして、恋人がいないことを嘆き、将来が不安だと嘆き、小麦粉をやめられない自分を自虐する、という価値観についてはまぁ考えなくもないし、そもそも生きてれば自然に目に入る価値観だけど、でもそれ私と関係ないし、みんなも関係ないよ。
4
グクのシングル曲について、ちゃんと調べるのを避けていたが、ようやく腹を決めた。spotifyで再生して「わぁポップスターやん~!」とのんきに思い、後日MVを見て「……ん?」となり、「待ってこれどういう歌詞?」と検索し、もうこのへんから避けていた。傷つきたくないからだ。私が、自分が傷つくのが怖かったから。不勉強であることを自覚するのはしんどいし、誰かが傷ついた話を聞くのはしんどい。自衛と言えば聞こえはいいけど、このまま避けているのもいずれしんどくなるはずだ。だってグクが好きだからな。今だって、いつだってグクのことが好きだよ。
BTSが好きになったのは完璧超人だからでもIQ148だからでもワールドワイドハンサムだからでもなくて、人間は間違うし失敗するし苦手なこともあるけど、でも謝罪できるし挽回できるし勉強できるし、より良くあるために努力が出来る、ということをいつでも体現してくれるからだ。
5
今年こそ真面目にふるさと納税をやろうと思って、そのわりにもう10月が終わろうとしている。とりあえず帆立と佐藤水産のルイベ漬け・いくら醬油漬けのセットを注文しました。「真面目にふるさと納税をやる」というのもなんか変だが。おすすめの返礼品があったら教えてください。おいしいやつがいいです。
6
あまり更新していないインスタに、たまに「作品がとても素敵です」みたいなDMを送ってくる人がいるのだけど、スパムなのかAIなのか、本当に人間なのか区別がつかず、結局見て見ぬふりをしている。まぁ本当に人間なんだったら返信がなければ何度か送ってくるだろうし、気にしなくていいと思うけど。
陸上の田中希実選手が何かの大会で良い成績を残したのであろうタイミングで「おめでとう!君の姿に本当に感動した!かっこよかった!」みたいなDMを送ってきたスペイン人には丁寧に返信したが。
スクイズって何なんやろ、べつに調べへんけど
2023年10月13日 (金) 18:40
オードリーがラジオで背番号の話をしている。ここ2週くらい、続けてその話をしている。話の内容は、ざっくり「何番が良い?」と「何番だった?」。
私はスポーツ全般にかなり疎いのだが、野球だと1番がエースナンバーらしいのだ。キャッチャーは2番、とか。知らんかった。こういうのって一般常識なのかな。
そういえばスラムダンクを読んだときに「1~3番がおらんな」とは思ってたけど、特に調べもしなかった。そうか、番号自体に意味があったりするのか。ポジションで変わったりとか。好きな番号を選んでるわけじゃないんや。
こういう「私が知らんだけで、共通の概念として取り扱われているものごと」に出会うと無性に嬉しい。
私も背番号ほしい、と思ったけど、背番号をもらうにはまずスポーツを始めなければならず、しかも団体競技に参加しないといけない、ということに気づいて既に挫折した。無理。スポーツも始めたくないし、団体競技やりたくない。
さらに、部活とかで団体スポーツをやっていた人たちは、みんな何等かの背番号をつけてたんだな、ということに気づいて羨ましい。お母さんバスケ部やったはず。高校のとき。あ、お父さんもサッカー部やった気がする。背番号知りたい。
現役で背番号を保持しているらしき人=バスに乗っている高校生にも話しかけたくなる。「リュックにバスケットボールのマスコットが付いてるけどバスケ部なん?背番号教えてもらっていい?」と話しかけたい。怖がられるだろうな。
私は学生時代、ずっと吹奏楽部だったので部活でも背番号とは無縁だった。パートはサードを担当することが多かったけど、でもそれを背中に書いたりはせんし、そもそもユニフォームとかないし……あと曲によってはファーストもセカンドもやるのでずっとサードってわけでもない。さらにサードは私だけってわけじゃなくて、2~3人いる。
ちなみにオードリーは若林さんが1番、春日さんが2番、ということで概ね決着がついたようです。いいなぁ、背番号欲しい。
ジミンちゃん今日お誕生日だな。おめでとうオモチヤ。28歳かぁ~28歳のパクジミン、めちゃくちゃテイスティーじゃない?最高。どうか健康で、幸せでいてください。
day2
2023年10月10日 (火) 20:54
友人が「うちに泊まりに来て、ごはん作って待ってるから、おもてなししたいねん」と言ってくれたので泊まりにいってきた。私に「泊まりに来て」と言ってくれる友人は稀で、私は大抵迎える側なので、なんか嬉しい。人にごはんを作ってもらうのって、めちゃくちゃ幸せ。友人の料理はおいしかった。
夜、ふたりでスーパー銭湯的なところへ行った。帰り際、大浴場から出たところに女の子が座り込んでおり、低血糖なのか脱水なのか、分からんがとにかく緊急事態で超焦った。顔が真っ青で、誰がどう見ても具合悪そう。
私が出入り口の手前で身体を拭いていたらお腹のあたりを押さえたその子が足早に通り過ぎたのを覚えていた。「おなかいたいんかな」くらいにしか思っていなかったが、しばらくして出たら座り込んでいるのを見つけた。私が出るまでに4~5人は出たと思うけど、全員スルーしたんかと思うと怖い。「大丈夫?気分悪い?お水のみたい?」と聞くと頷いたので、私は大慌てでロッカーに戻って鍵を開け、眼鏡をかけて、震える手でお財布を出して自販機に走り、水は売ってなかったのでアクエリアスを買って女の子のもとに戻ったが、ほとんど飲めていなさそうだった。女の子はずっと「ごめんなさい」「すみません」と繰り返していて、気の毒だった。そうこうしているうちに友人があがってきて(彼女は看護師)ベンチに横にさせたり、店員さんにタオルを持ってくるよう頼んだりしてくれたけど、とにかく焦った。当たり前やけどこの間、私もその子も、友人も全員ずっと全裸。私、全裸で知らん人に話しかけたの初めてやわ。でもまぁそれどころちゃうかってんけど……
店員さんがあまりにも非協力的で、慌てもせず、全員ボーっとしていて怖かった。女の子は意識もあったし会話もできたので少し休めば大丈夫そうな感じではあったけど、もっと命にかかわるような状態やったらと思うと怖い。サウナがいくつかあるような施設なんやし、こういうことは起きるやろ。スタッフの研修とかマニュアルとかはないんやろうか。まぁ自己責任で、ってことなんかもしれんけど、それにしても、自分の職場でお客さんが倒れて、最悪の事態になったら、とかって思わへんのか。
結局救急車を呼ぶこともなく、私が服を着ているうちに女の子はベンチからいなくなっていたので、まぁ帰れたんだと思う。友だちと一緒に来てるって言うてたし。大丈夫やといいけど。
翌日は近くの喫茶店でランチとわらびもちを食べて、スーパーで買い物をして、夜はコロッケを作って食べた。元町のクアトロを真似して、ゆでたまごを入れたコロッケにした。
コロッケって玉ねぎとひき肉を炒めた時点で食べられるのに食べないし、じゃがいもを茹でた時点で食べられるのに食べないし、それをマッシュポテト状にした時点でも食べられるのに、まだ食べない。こんなに何回も「もうこれで食べられるのに」の段階を踏む料理、他にないと思う。工程が面倒な料理は他にもあるけど、例えばハンバーグとかは焼くまでは生やから、食べられへんやん?でもコロッケはちゃうねん、何回も「もう食べられるのに」を経るねん。
マッシュポテト状にしたじゃがいもに炒めた具材を混ぜて、成形して、もう食べればいいのにまだ食べない。全部に火が通ってるし、味もついてるねんから食べればいいのに、あげく衣をつけて揚げる。まじめんどくさい。誰やこんな料理を考え付いたやつは。普段料理してへんやろそいつ。そのわりにコンビニやスーパーでは数十円で売られており、ありがたみが薄れる。こんなに面倒なのに結局ソースをかけて「ソース味」にしてしまうのも、なんか癪に障る。
が、コロッケは自分で作るに限る。めちゃくちゃおいしかった。
なお、友人宅の包丁が雑魚すぎて、大笑いした。こんなに切れない包丁は人生で初めてと思う。まな板が薄いプラスチック製で反っているので、それも切りにくかった。「また来てね」に対して「包丁買ったら来るわ」と返してまた笑った。
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