TANAKA NOZOMI

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けもののくらし

2019年1月18日 (金) 22:31

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大晦日が誕生日なので、2018年最後の日に私は30歳になり、
年明けて1週間ほどしたら、祖母が亡くなった。

半年くらい前までは元気だったのだけど、
ここ数ヶ月は入院して退院して、家に帰ってからはいろんなとこが「痛い」と言っていて、
お医者は「もう長くない」と言っていて、時期は言わなかったみたいだけど、
でも年末の、みんなが帰省するときまで、祖母は待っていてくれて、
子、孫、曾孫みんなに会って、そうして、自宅で亡くなった。

私は月に1~2回、母について祖母に会いに行くような時間を過ごして、
最後に会ったときは「気をつけて帰り、がんばんなさいよ」と言ってもらったので
それで十分だ、と思うことにした。
それでもふっとさみしくなるときがあって、
ぼんやりすることもあるけど、これはこれで、置いといていいもので、
だって心は球体になっているのだ。
こっちから見たら平面で、楽しそうに笑っていたとしても、
裏っかわで泣いていたり、隅の方で怒っていたり、全部共存できる。
私がバラエティーを観て笑っているさまと、祖母の死を悲しむ心とは、完全に一緒にいられる。

それに、祖母はもうどこも痛くなくて、
いつでも好きなところに行けて、食べられないものは何もなくて、
同時に何人もの人に会える状態になったのだ、と思うことにしている。無敵。

祖母と、部屋にふたりでいるとき、死ぬのがこわいか聞きたかったけど、
どうしても聞けなかった。
そんなことを聞いて、どんな答えをもらいたかったのか、自分でも全く分からなかった。
ただ、人の死から学ぶものや得るものが、本当に多いな、と思う。
どのように死ぬか、はどのように生きるか、とずっと対になっていて、
でも反対側ではない、と思う。
その生がどこか他人事である(だって一切覚えてない)のに対して、
死は完全に自分だけのものだということや、
リハなし一発本番の出来事であることについて、ずっと、ずっと考えてしまう。

でもまぁずっと考えて、平行して生活をするぞ、と思っている。
思っているので、ブログも書くし、Twitterをやるし、
好きな店でイタリアンも食うし、落語聞いて笑うし、嫌いなカバーソングに悪態をつくし、
私は生活をするぞ。
今年もよろしくお願いいたします。

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