TANAKA NOZOMI

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無縁バター

2021年6月30日 (水) 21:33

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月に一度の通院で、先生に「夜ちゃんと寝なさい」と言われてウケてしまった。ウケてる場合じゃない。
そうなんです先生、先月までは毎日23時には寝て7時に起きる“ぐっすり8時間生活”を送っていたのに、ここ1か月は毎日2~3時間睡眠を削っているんです。だってBTSは新規ファンに親切すぎるんです、無限に過去コンテンツがあるんです、さらに今カムバ期間中なのでほぼ毎日のように新しいコンテンツが投下されるんです、しかも意味が分からないことにほぼ全部何もかも無料なんです、時間が足らないんです先生。私いま寝てる時間ないんです。
まじでウケてる場合じゃないな、節制します、生活を、ちゃんと生活をします。

家も荒れに荒れていて、洗濯物と洗うべき皿がたまり、家のあちこちにビールの空き缶(最近クラフトビールにハマって毎日飲んでいる、これもやめる、いややめないけどちょっと、ほどほどにする、1日置きとかにする)を放置しており、見て見ぬふりをしながら暮らしていたのだが、さすがにこんなことではだめだと思い、半日かけて家事をした。どんなに部屋が荒れていようが自分が気にならなければ放っておいてもいいと思うけど、負担に感じている場合は掃除したり片付けたりしたほうが良いね。
「夜ジンくんが家に遊びに来る」というごく単純な空想をして、Spotifyで公開されているジンくんのプレイリストを再生することで自分にブーストをかけたら掃除がめちゃくちゃ捗ったよ…ありがとうねジンくん…
ジンくんのプレイリスト、すごい良いんだよ。例えば新学期にちょっと話すようになったジンくんに「え、音楽聞くの?どういうの好き?プレイリスト作って交換こしようよ」とか言って、それでもしこれが送られてきたら好きになっちゃうな、などと思った。こういう衒いの無さ、無邪気さ、気取らなさに憧れる。私の「好き」は「付き合いたい」でも「結婚したい」でも「セックスしたい」でもなく「この人になりたい」なのかもしれない。
そういえばこないだチロルさんとニシーさんと話していて「好きの形はいろいろだよ~!」と言ってもらったのうれしかったな、私もそう思うけど、でも自分で思うのと人に言われるのって全然違うことなんだな、と思う。

何かの漫画で「家きれいにしてても別に誰も来ないし」と言う主人公に、その妹が「きれいにしてないから誰も来ないんだよ」と言うセリフがあって、なんの漫画だっけな、いつも心にとどめておきたい言葉ですね。あ、「姉の結婚」かな?

寄席支援のクラウドファンディングが9100万円を超えた、らしい。本当によかった。私は木戸銭くらいしか出せない、などとウジウジしている暇があったら、できることをやり、出せる金を出せばよいのだ。無理なときは無理をせず、できるときだけできることを、やれば、それでいいのだ。というかいつだってできることしかできないのに、時折その当たり前のことを受け入れがたく感じるのなんなの。「何もできない」と思うことと「何でもできる」と思うことは、どうしてこんなにも背中合わせなんだろう。全然対極じゃないし、いつどっちが出てくるか自分でも正直分からない。まぁoasisとか聞いてるときは「何でもできる」の顔が出てくるけど…

爪の色を黄色寄りのベージュにしたらかわいくてうれしい。これ何色かな、黄土色…?クリアカラーっぽいマニキュアを2本くらい買って、夏はこんぐらい軽い感じのがいいな~などと思っていたけど、やっぱり単色をベタっと塗るのも好きだな~爪がかわいいとルン♪とする。

孤独について、私は孤独があまり嫌いではなくて、付かず離れずわりと仲良く一緒にやってきたし、これからも引き続き、お互いのちょうど良いバランスを見つけていくことを努力してやっていこうと思っていて、そのことは孤独側も受け入れてくれていると感じる。私も孤独も不完全で捻くれた性格なので“ちょうど良いバランス”については都度協議が必要だし、バランスが崩れることも時にはあるし、バランスが崩れるとお互い疲弊する。そういうときは少し距離と時間を取るか、もしくはベッドにくっついてふたりっきりで過ごす時間を取るか、いくつか解決策がある。この解決策すら、ふたりで構築してきたと思う。
だから愛着がある。私は私の孤独に、愛着があるのだ。だから、あなたの孤独と同じように、私の孤独を定義してほしくない。名前が同じだから混同してしまうのかもしれないけど、あなたの孤独と私の孤独は全くの別物です。

何度も電話がかかってきていた保険屋さんに呼び出されたので行ってみたら「このような保険内容では心配です」という、要は内容を見直してもっと金を払え、という話を小一時間されて精神的に参ってしまった。この人たちがそういう仕事なのは理解しているけど、不安を煽ってお金を出させようとするやり方はもう古いんじゃないだろうか。逃げ文句として「そもそも65歳まで生きているかどうかだって分からないし…」と言ったら、それもマズかったみたいで「今はそう簡単に死ねませんよ」「お若いから分からないかもしれないけど」「年金だってもらえない世代なんですから」などと矢継ぎ早に言われて閉口した。32歳が”お若い”かどうかは絶対的な観点ではないと思うし、年金がもらえそうにないのは私のせいではない。もらえそうにないとずっと思っているのにずっと払い続けていることを褒めてほしいくらいだわ。人間がそう簡単に死ねないのは理解しているが、なぜそんな、と思うほど簡単に死んでしまう人だって見てきた。
こういう時にうまく話を切り上げる方法を未だに知らないので、途中から「はい、はい」だけ言って脳を使うのをやめにした。「次の予定がありますのですみませんが」とかなんとか言って席を立てばよかった気がする。でもこういうのその場では思いつかないんだよ、つくづくアドリブがきかない性格だ。別件があったので行くしかなかったけど、行かなきゃよかったな。
一方的にネガティブな話だけを聞かされる羽目になり、急激に元気がなくなったので歩くのは断念してバスで帰宅した。もうすぐお誕生日の友人に何か欲しいものがないかLINEをしたら「手間かけてすまんけど料理がいい、餃子と肉味噌、クッキーも焼いてほしい」と返信が来てうれしかった。急激に元気になった。大事な人に大事にされているという事実だけが私を生かす日ってあるよね…!
保険のことはまた今度両親に相談してみて、あまり深刻にならないようにしよう、何より友だちを大切にして生きよう。無塩バターもうないから買い物に行かなきゃな。

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