TANAKA NOZOMI

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どの恋もあたためない

2020年11月10日 (火) 22:23

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「もうまじで無理…キツすぎる…誰かとしゃべんないと…ってなったことあるでしょう?」と言われて、答えられずにいると「…ないの?なんか無さそうだな…そっか…」と言われてしまった。以降、「もうまじで無理」の出来事を思い出そうとしてるけど、「思い出そうとしてる」時点でたぶん無いんだ。ははは。

5年か6年の間、ずっと好きだった男に駅前のプロントで「彼女ができたから」と言われたときはかなりキツかった。煙草の副流煙でクラクラしながら「ついにこの日が来たか」と思った。なんて答えたか一切覚えてない、けど泣きはしなかった。駅の北側のパン屋の前で「じゃあまたね」と言われて「”また”があるのか」と思い、よくそのパン屋のイートインスペースで、ふたりで食べていた遅い朝ごはんを思い出した。3つか4つのパンを、全部ちぎって半分こにする人だったんだよ、へんな奴だったな。
一刻も早く家に帰りたくて、走ろうかと思ったけど、足がふわふわして、まともに歩くのが難しかった。玄関ドアを開けて、勢いで膝をついたら、反動みたいに涙が出た。そこから立てなくなって、キッチンの床に突っ伏して延々泣いた。たくさん泣くと鼻から鉄のにおいがする。
「もうまじで無理」ではあったが、誰にも言わなかった。言わなかったのか、言えなかったのかは分からん。

県大会に行けなかったときも、かなりキツかった。その前段階からもうずっと、常にキツかったしそのあともまだずっとキツかったけど、地区大会落ちしたときが一番キツかった。こんなことになったのは誰のせいか分からなかったし、それなのに自分のせいじゃないとも思えなかった。「あかんやろな」とは思っていたものの「とはいえ県ぐらいはいくやろ、いったらもうちょいやりやすなるやろ」ぐらいのことは思ってたよ、ナメてんな。
私は頼り方も任せ方も知らなくて、怒り方も知らなかった。ただ耐え方だけはなんとなく知っていて、だから耐えた。
「もうまじで無理」ではあったが、あのときは誰かに何か言ったのかな、あんまり覚えてないや。言ったとしても、私もみんなも子どもだったからな。あと大人は全員ただ”大人”という生き物で、その多くは話が通じない、私の話を聞いたり理解しようと努力したりすることは無いもの、と思っていたよ。まじナメてんな。

新卒で入社した会社も、なかなかキツかった。理不尽を受注して呪詛を入稿しているような仕事ぶりだったと思う。新卒で入った会社を1年足らずで辞めたら、再就職が不利になると思い、せめて3年は居る、と決めて、あとはTwitterに派手に愚痴を書いて耐えた。辞めるころ、ようやくやり方が分かってきた、耐える以外のやり方と、自分が望んで入社したのだから、居心地がよくなるように、無理なく働けるように、与えられるのを待ってるんじゃなくて、自分で環境を作らないといけなかったと、辞めるころになって分かってきた。
「もうまじで無理」ではあったが、もう過去の話だ。

そんなことより、昨日ちゃんと全部観終えたレンタルDVDを、今日ポストに入れんとあかんかったのにテーブルの上に忘れてきた。これはもう絶対に延滞料を取られる。せっかく昨日のうちに返す準備したのに、ごみ出ししてるうちに忘れちゃった、延滞料ほどもったいないもんないわ。はーやだやだ。

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