TANAKA NOZOMI

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ブラックタンバリン

2020年8月3日 (月) 20:59

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週末、久しぶりに美術館へ行ってきた。最後に行ったのがいつか、なんの企画展だったか覚えてないぐらい行ってない。というか今年の2月の終わり、東京に行ったとき、庭園美術館に行こうとしたけど新型のアイツにより直前に閉館が決まってしまい、上野界隈の美術館も軒並み閉まっちゃって、どこへも行けなかったのだった。

ちなみに東京都庭園美術館は私がいちばん好きな美術館で、建物と内装がすばらしい。お庭もすごい。
庭園美術館はもともと朝香宮邸として作られた建物で、一時期は政府が借りて公邸にしたり、迎賓館として使ったりもしていたらしいけど、紆余曲折を経て今は美術館になってる、ということらしい。歴史はよう知らんけど。結局買い取った?みたいなことなんかな。
内装は踊り場のある階段の木製の手すり、うろこ模様に塗った漆喰壁、凝った作りの暖房カバーに、素人の私が見ても分かるくらいに繊細な壁紙、タイル張りのバスルーム、などなどで構成されており、何回行ってもうっとりしてしまう。あ、バスルームとかは企画展の内容によっては公開していないのかもしれん。
つーかこれ美術館としてどうこうと言うより建築物として好きってだけかも?あ、まぁイコールではあるか。

久しぶりの美術館は、事前にチケットを購入する仕組みになっていて、2時間ごとに入場者数を制限しているらしく、入口では当然のように体温を測られ、手指を消毒し、バミってある通りに並び、間隔をあけて座り、とにかく考えられるすべての対策を取っております、というような感じだった。何が正しいのか誰にも分かんなくて、でもどうにか営業を続けないといけなくて、それはもうどの職種・業種の人もおんなじで、この日はなんだかいちいちジーンとしてしまった。みんな一生懸命はたらいてて、ほんとうにえらい。

23時ごろに通りがかった生田新道沿いで、短いスカートやら黒い服で呼び込みをする水商売の人たちの、よそよそしい距離の取り方や、けして強引ではない客引きの仕方を見ていると、具体的に何に感化されたのか自分でもわからんが、べしゃべしゃに泣いてしまい、蒸し暑いのと涙とでぐちゃぐちゃになりながら家に帰った。みんな一生懸命はたらいてて、ほんとうにえらい。

いつ、何が起きようが、何がどうなろうが、みんな自分にできることは何か考えて、それぞれ一生懸命にやるしかないのだ、つらかったり怒ったり、悲しかったりすることが多いけど、それでもなお、続けていくしか、私たちにできることなんてないのだろう。
もしかしたら「そんなことしかできないのか」って言ってくる奴がいるかもしれないけど、私はずっと「えらいね、がんばってるね、一生懸命生きてるね」って言いたい。あ、こういうのが「えらそう」って言われる理由か?そうかも。わはは。

観に行った展覧会は某ファッションブランドの作品群、資料などを展示するものだったのだけど「なぜ私たちの服が高価であるか」の理由を延々と、こんこんと説明されているような内容に感じ(もちろんそんな意図はないとおもいます)、興味深かった。
大人になると何にお金がかかるのか、どうすれば安くできるのか、などが構造としてなんとなく理解できてしまう。構造が分かってしまうと今度はどのように処理するか、腑に落とすか、のあたりを自分で考え、決め、その上で賃貸住宅に住むのか、ベンツのSクラスに乗るのか、自炊するのか、みたいな大小さまざまなものごとを振り分けていくことになるのだ。

あなたがたの製品の、質が大変よいことは十分に理解したし、あらゆる人の手をかけ、技術を駆使し、ここまでそう短くはない道を拓いてきたのだ、ということは大いに受け止めた。大勢の人に愛され、大切に扱われてきたのもよーくわかった、ファストファッションを憂う気持ちだってよくわかるよ。
しかもあなたがたの製品は、本当にかわいい、できれば私だって着てみたい。でも私は7万円のスカートを、12万円のコートを、買えないよ。単にお金の有る無しだけじゃなくて、私は買えない。

繊細なレースのパーツを見て、そのアイデアや技術に感動しながら、私が恋しく思い浮かべたのは御茶ノ水のヴィレッジヴァンガードや、昭和通沿いの白木屋、亀有の王将、とかだったんだよ。比較したんじゃなくて、私がどちらかを選んだわけでもなくて、そこには優劣も上下もなくて、ただ恋しく思い浮かべただけのことだ。
彼はこの気持ちが分かるだろうか。

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