TANAKA NOZOMI

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born daughter

2022年5月9日 (月) 21:56

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私の両親はいつまでも私の両親だが、いつのまにか「甥たちの祖父母」であることの比重が大きくなっていくのは不思議なことだな、と思う。孫たちと過ごす時間の頻度や密度を考えると、当然のことなんだろうけど。
日に数百回「ばぁば!」と呼びかける甥の声を聴きながら、私は私の祖父母のことを考え「お世辞にも私は良い孫とは言い難いな」などと思った。

実家に帰ると、別に誰にもなんにも言われてないのに「なぜお前は“普通に”結婚して子どもを産まないのか」という、いかにもありがちな言葉が脳をかすめ、慌てて「いや誰も何も言うてへんやん」と自分で自分を訂正するようなことが何度か起こる。こんなことを思うのは、どこか後ろめたい気持ちがあるからだろうと思う。が、同じだけ「なぜそんなことを後ろめたく思わなければならないのだろう」とも思う。この感情には名前がある、これは、罪悪感、と思いかけてすぐに打ち消す。やめてやめて、なんの罪だよ、なんにも悪いことしてない。
でも私は3人きょうだいで、父はよく「3人とも結婚して、3人ずつ子どもが生まれたら、父さんは孫が9人できるなぁ、楽しみやなぁ」と言っていた。そのことを思い出すと、申し訳なくて泣けてくる。甥たちだって、従兄弟がいたら、きっと楽しいだろう。

とは言え、そう、とは言えよ、本当に心の底から私が申し訳ないと思っていて、両親に孫の顔を見せてあげたいと、それが自分の何よりの望みだと思っているのだとしたら、私はこんなとこにグダグダ長文を書いてないで何らか行動を起こしている。私は私が、本当に欲しいものや、どうしてもやりたいことがあるとき、それを我慢することなんてできない人間だと知っている。思いつきで瞬時に行動できる性格ではないけど、でも本当に欲しければ、時間をかけて、段取りを考えて、絶対手を伸ばす。だから、そうしてない、ってことは、そう思ってない、ってことだ。今は別にどっちとも決めてないし、決めなくてもいいし、決める時が来たら決めるだろう、一生決めないままかもしれないし、それはそれで構わない。どっちに転んでも良いように、精神的に身軽にしておくぐらいで、あとは特にやることない。ないんだよ。
この程度のシンプルなことを、こねくり回して複雑にするとしんどいぞ、あと「誰も何も言ってないこと」について考えるのも、程々にしておいたほうがいい。

私がウジウジしていることの大半は「誰も何も言っていないこと」について考えすぎているケースな気がする。そういう性格なんだろうな~~~ま、そういうところが馬鹿みたいで味があるとも思うし、だからゼロにすれば良いってもんでもなさそう。バランスのいいところで折り合いを付けようね。

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