TANAKA NOZOMI

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GIRLS

2021年11月16日 (火) 22:27

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「私、最近女の子無理になってきた」と電話(正確にはLINE通話)で言われ、大いにウケてしまった。ニュアンスは分かる、分かるけども、なんやろう、「女の子無理」って字面がおもろいな。せやし、あんたも私も女やんか、でも「女の子無理」やねんな?わかったわかった。わはは。

いや、ここで彼女が言う「女の子」とは、性別の話ではない。どちらかというと性格や性質の話だ。
「女の子」は同じ話を何度もする、その話は愚痴である。愚痴はあくまで愚痴であり、相談ではない。本人も「どうしたいか」が分かっていないようだし、もしかしたら「どうにもしたくない」可能性もある。ひとたび「じゃあこうしてみたら?」などと口にすると、すぐさま「でもさぁ~」「わかるけど~」の接続詞で遮り、また同じ話をする。その同じ話は愚痴である。

私だって、身に覚えがないとは言い切れない。思い通りになったことのない恋愛の話、辞める気はないけど文句だけは山盛りある会社の話、それらを持ち寄って膝を突き合わせ、延々同じ話をしていた。私も女の子だった。

今はどうだ。今の私がする恋愛の話は、経過報告と感情の整理と言語化の訓練のようで、聞いてくれる友人たちはみな一様に、それらを受け止めてくれる。「わかるよ」「がんばったね」「いいね」とだけ言い、私を否定することはない。なんなら、私自身を否定する私を咎めたりもする。あなたたちは本当に、いつだって私の味方なんだな、と思い、あぁ友だちってそういうものだったよな、と思う。

今の仕事に文句はない。いや、そりゃあゼロではないが、ただもう文句だけを言ってられるような立場ではないと感じている。文句があるなら改善をするし、改善するために何かやることがあるなら、それすらも私の仕事だと思う。そう出来ているとはまだ、思えないけど。

彼女は「私、最近女の子無理になってきた」と言った。「無理やねん、ずっとおんなじ、ぜんぜん楽しくない話ばっかして、幸せそうじゃないのに、みんな解決する気はないねん」と言った。「それ“女の子”って総称すんのあかんやろ、めちゃくちゃ偏見やん」と頭の片隅で考えながら、私は笑った。私も女の子だったし、彼女にもきっと、女の子だった時があったんだよな。

私たちが女の子じゃなくなるのは、いつのことなんだろう。年齢とは関係なさそうだ。「女の子だったことなんて一度もないよ」、という人もいるかもしれない。繰り返すが、ここで言う「女の子」は性別のことではない。

彼女の友人であるその「女の子」たちは、みな仕事や家庭や配偶者や恋人に対する不満があり、繰り返し口にする愚痴があり、ただしそれを解決する気はないのだそうだ。愚痴は聞く人がいてこそ成立するので、彼女はその相手として選ばれ続けているのだろう、とても不憫だが。

彼女を不憫に思うとともに、まだ「女の子」でいられる、いや、もしかしたら生涯ずっと「女の子」でいられるその人たちのことを、私は少し羨ましくも思う。だってあれはあれで、まぁ楽しいでしょう、そして、あれにずっと付き合ってくれる友人がいることは、とても幸福なことでしょう。

とはいえ、私は彼女の友人であって、その「女の子」たちのことは一切知らない。彼女が「私、最近女の子無理になってきた」と言い、ストレスだ、つらい、と言うのを見過ごせない。私は「もうそんな電話出んのやめとき、放っときよ」と言って、見ず知らずの「女の子」たちを捨て置いた。ごめんよ、女の子たち。

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