TANAKA NOZOMI

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how the life goes on

2020年3月4日 (水) 22:29

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土曜日、ここ最近ずっと江戸落語が恋しい、と思っていたので寄席へ行くことにして、わったんを誘ってみたら来てくれた。会うのは初めてのことで、わったんは素敵な人だった。
…今「美人」と一度書いたんだけど、自分の脳内であらゆる角度のツッコミが入り「素敵」に変え、でも「うつくしい」んだよな、と思い、え「素敵」はそもそもどういう意味、あ、もうこの話やめる。
一緒に昼席を観て、観ながらなんか食べて、終わってから少しお茶をしたけど、全然足りなかったし、聞こうと思ってたことをほとんど聞けなかった。また今度ゆっくり、ごはんでも、つーか寄席はおしゃべりするのに全く適さない場。
まぁアナログフィッシュの話ができただけで良しとしよう、たぶん似た質感の「好き」だったのでうれしかった。もしかしたらアナログフィッシュが好きで聴いてる人たちってわりとみんな似たような質感の気持ちでいるのかもしれん。
ささやかな祈りのような、遠い星に手を合わせるような、あの「どうかこれからもずっと、可能な限り長い間、アナログフィッシュの音楽を聴いていられますように」という、そのことが当たり前ではないことを知っている人たちの願い。まぁこれアナログフィッシュに限らずですか。

土曜日の夜、ニシーさんの占い@ワンデルングへ。いろいろ盛り沢山だったのだけど、まず最近引っかかっていた「よく”ちゃんとしてる”とか”しっかりしてる”と言われるけど、私は自分ではそうは思わない、誤解されている気がする」という軽い疑問についての「しっくりくる収めどころ」を貰えてうれしかった。
生きていると毎日いろんな感情が降り積もるし、中には「何これ?要るやつ?捨てていい?」みたいなものが少なからずあって、私はそういうのを肋骨の隙間に挟んで置いてあるんですが(挟んだまま忘れ去ってもいる)、それを入れておく箱が決まった、というような感じです。分別できたな、という喜び。
あと「運はあると思うけど、ご自身でそんなに重視してないってことはないですか?単純にそれに割いてる時間が少ないんじゃないですか?みんな同じだけの限られた時間しかないから、あとはそれをどう割り振るかでしょう」という、それもう全然占いとか関係ないやんそれはあれやん正論やん、をボディーに食らい、サラッと言われたのにまだずっと効いてる。返す言葉もない、とはこのことだ。恋愛運についてです。ホホホ…
でもこういう「あとはお前が考えて、お前が決めるねんぞ」みたいなところが、占いをすごく好きになった理由であると思う。思い当たるフシがあるのか、そのことを気にかけてるのか、自覚があるのかないのか、変化があるのかどうか、全部いっこずつ私が考えて私が決めるんだよ。今までだってずっとそうしてきたけど、でも占いが入ることによってそれがもっとおもしろくなるんだよ。
対面で占ってもらったのは初めてだったけど、占いってのは対面でやるのが一番いいな、と思った。また半年後か一年後くらいに行こうと思う。

土曜日の深夜、あゆみさんが「ちょっとお会いできたら」と言ってくれて、ワンデルングから一緒に電車で帰った。私に会いたいと思って連絡をくれる人がいるなんて、2020年は何がどうなってるんだ。めっちゃうれしいけど訳がわからん。でも会いたいです、と言われて会えるんだな…私、今そういう生き物なんだな…なんかもごもご言って結局断る、みたいな人間だったと思うんですけど。不思議。ゆっくりお茶でもしたかったな!でもまたそのうち会える気がする。

日曜の朝、おしこまんに会いに上野へ。会うのは10年ぶりぐらいで「ウケる」、とのこと。「ウケる」って言葉を、私あんまり使ったことないな、と思って、一緒にいる間ずっとニュアンスを探ってたけどあんまつかめないままだった。
行こうとしてた喫茶店が閉まっていて、たまたまGoogleマップで見つけた中国茶(台湾茶?)のお店に行ってみたら、茶葉を選んで、淹れ方を教えてもらって、あとは好きなだけお茶を飲み、おやつをつまむ、というお店でめちゃくちゃ楽しかった。工夫茶(くふうちゃ)、と言うらしい。何杯淹れてもいつまでもおいしくて、おしこまんは紅茶を、私は青茶を選んだけど、どっちもおいしかった。
蓋椀(がいわん)とか茶海(ちゃかい)とか、初めて聞く道具を使うのもおもしろかった。私は小さい急須がかわいいのでそっちを使おうかな、と言ったけど、おしこまんが「使ったことないので蓋椀でやってみます」と言ったので真似っこした。私はとっさの判断のときは特に、不慣れなことや未経験のことを避ける傾向があるね。そうだよ、私も蓋椀なんて全然知らないし使ったことない、やってみよ、と思った。蓋椀は何回か使えばそんなに難しいことは無かったけどとにかく指が熱かった。
お店の方が、茶葉にお湯を注いだあと、数をかぞえなくてよい、数をかぞえると頭の中が数字に支配されてしまう、私は「ゆっくりひと呼吸半」で淹れてみるのでまずはそれを飲んでみてくださいね、あとはご自分で、淹れてみましょう、というようなことをおっしゃって、あぁ今すごく大事なことを言われている、と思った。人生の話に聞こえる。帰りにおしこまんも「あれ真髄だよね、あそこで砂時計とか出されると違うよね」と言っていた、超分かる。数に支配されている(させている)こと、結構あるんだよ、時間とか、お金とかはもちろんのこと。まぁそれが不要って話じゃないけどな、バランスでしかない。前日ニシーさんがタロットをやっているとき「カードの山をみっつに分けて、またひとつにする、というのを、しっくりくるとこまでやってください」と言ったのを思い出した。
「ゆっくりひと呼吸半」も、「しっくりくるとこまで」も、一応時間の話をしているけど、それ以外の話を下に敷いている、と感じる。人生の話に聞こえる!
この日は「私は主語も無く人生の話をしがち」という気づきがあった、おしこまんが「何について?人生?」と3回ぐらい言ったので気づいた。でもおしこまんは笑ったりせず真顔で聞いてくれるので、私は好きなだけ人生の話をした。あと「おしこまんは私が思っているよりもぜんぜんひねくれていない」という気づきもあった。おしこまんの「考える→やってみる」を寄りで見すぎているせいかな、と思った、私はもう少しおしこまんを引きで見ることをやってみたい。やってみます。ま、「勝手にせえよ」ってなもんでしょうが。

日曜の夕方、インターネットラジオ「オブラディズムラジオ」のオフ会「オブ民町内会」へ。待ち合わせ場所に私が一番最初に着いたので、少し待ってたけど「あぁこの感じ、ソワソワする、10年ぶりぐらいのやつ」と思った。やっぱ10年ぐらいするといくつかのものごとは一巡するのかもしれない。顔も本名も知らない人たちを待つ時間。
3時間くらい居たけど何の話したのか細部をほとんど覚えてない。とにかくめっちゃ笑って、「私笑ってるときに手を叩いてるな、いつもはこんな癖ないのにな」と変に冷静に思った。大勢で飲むと、こういう幽体離脱みたいなの起こりますね、起こりませんか?
あとは「いろんな人がいて良いなぁ」と思った。多様であることがうれしいんだよ私は、いろんな人がいて、好き勝手にしゃべったり、しゃべらなかったり、似てたり似てなかったり、とにかく「私たちみんなぜんぜん違う人間なのに、なんか知らんが今一緒におるね」という状態そのものが好きなんだよ。昔はこんなこと全然思わなかったけど、最近はそういう感じです。

日曜の夜、新幹線で帰宅。終電にはならないつもりだったのに、居酒屋で靴を入れたロッカーのカギが見つからず、めちゃくちゃ危なかった。あれすぐ無くす。あんなでかいのに無くす。
偶然あとから出てきた鳩田さんが「JRで帰ります?じゃあ改札こっち」と教えてくれなかったら、アウトだった。恩人。新幹線はしんどい、家が遠い。どう考えても疲れてるのに寝られない。
いろんなことを置いて、とにかく風呂に入り、即座に布団に入った。あぁ帰ってきた、と思ったの引越してきて初めてかもしれない。この家はいつ私に懐くんだ、ローン残高に比例してんのか、と思ってたけど「旅行」がキーだったのかもしれん。知らんけど。

土曜も日曜も、時間を縫うようになかひろに会う。一緒にごはんを食べ、気になった雑貨屋と本屋に寄り、もんじゃ焼きをつつき、(人生に必要な)チョコレートを買いに行き、その間どうでもいいことと、どうでもよくないことを話した。ひとつ聞きたいことがあったのに、聞くのを忘れた。まぁまた電話でもすればいっか。
私たちはお互いの妖怪性(?)を許しあい、加速させあってもいるな、と思う。でもまぁ好きなことをやって飯が食えてるし、楽しくやってるし、楽しくやるために何ができるのか、どうすればいいのか、考えてもいるし、これで良しとしようよ、良しとしてくれよなかひろ。私、なかひろに言えないこととかが無くなってきたな、と思う。なかひろは私が言ってることが分かんなくても、分かった上で同意できなくても、それでも私を好きでいてくれる、と思ってるんだよ。甘えてる、と言い換えてもいい。胡坐をかかないようにはしたいですが、具体的にはなんの策もない。

あー慌ただしい週末だったな、しばらくいいや、でも楽しかった。

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