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ボールにいっぱいのポテトサラダが食いてぇ

2018年10月31日 (水) 22:17

uncategorized

本とか持ってなくて、でも何かしらの活字が読みたいときに
自分のブログを読むことがたまにあるけど(なんという自家発電)
2013年くらいまで遡ると、これはもう自分ではない、という感覚になる。
普通に共感できないことが書いてあるし、
そんな言い方ないじゃない…みたいな言葉を選んでいることがあるし、
え、全然そんなこと思わないな!ということが書いてあったりしてびっくりする。

つまり私が「私」として責任を持てるのって
直近5年くらいなんじゃないの。短いな。
正直今となってはもう説明もできない感情とかもあるので、
すげぇな、と思う。奇妙な感じがする。
私が書いた文章であることは間違いないのにな。

例えば5年前の春までは
まだ東京に住んでたし、仕事も今とは少し違うことをしてたし、
好きな人がいてたし、その人のことをこの先もずっと好きでいつづけようと思ってたし、
あんまり寝てなかったし、そういえば家でも外でもよくお酒を飲んでたし、
あと、もうちょっと感情にムラがあったように思う。
情緒が不安定、とも言う。
今はもうどれも、どれも違ってるな。
決して派手な変化ではないにせよ、5年経つと変わるもんですね。
意図的に変えたのは住むところと仕事ぐらいのもので、
あとは全部成りゆきだ。

最近「行動とか言動に一貫性がないのは子ども、大人はそうあるべきではない」、
という旨のことを誰かに言った記憶があるけど
(エラそうにすみません、基本姿勢がエラそうなんだ私は、どうしたもんか)
「直近5年の」くらいに変更させてほしい。だめですか。
誰よりも私がいちばん一貫性ねぇな。えらいすんません。

好きなことはぜんぜん変わりないのにね。
好きなことは音楽をきくことと映画を観ることと本を読むことです。
タナカノゾミと申します。
名前をカタカナ表記にしているのは、ホリエアツシに憧れて、18歳の時に決めたことです。
JR新快速に乗って京都から帰る道すがら「TRAIN」という曲を聴いているときに決めました。
ストレイテナー、当時はまだ3人でしたね。
今後ともよろしくお願いします。

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