TANAKA NOZOMI

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確定前夜

2022年9月28日 (水) 21:11

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自分の創作、作るものについて何度か文章を書こうと試みているけど、最終的に「誰が読みたいねんこれ」と急に萎えてしまい、下書きが増えていく。投稿した他の文章だって、全部「誰が読みたいねんこれ」のやつしか無いというのに、なぜ創作についてだけ書き終えられないのかが自分でも不思議だ。
とはいえ自分の創作について何かきちんと言い切ったり言い終えたりすることが出来るのは、もっとずっと後なんじゃないかとも思う。だって始めるぞ!と思うことなく、いつのまにか何か作っていたし、努力して続けるぞ!と思ったことも、これで終わりにするぞ!と思ったことも無いのだから、濃淡の差や程度の差こそあれ、今後も勝手に続いていくだろう。続けていけたらいいなぁ~とも思っている。終わっていないものについて書き終えられないのは、当然のことかもしれん。

一方、仕事については始めるぞ!と思って始めたし、自分自身の表現の場・創造の場とは思っていないので、もう少し冷静な視点がある(と思いたい、けど自分のことなので結局は主観でしかないから確証は持てない)。根本的なところに「お金くれるなら何でもやるよ」が敷いてあるし、ひっくり返せば「お金くれないならやらない」ものでもあるのだ。だからいわゆる「好きなことを仕事にする」みたいなこととはちょっと違う。好きか嫌いかで言えば好きだが、苦でない、と言う方が近い。冷たく聞こえる感じもするけど、仕事にも同じように愛着がある。ただ種類が、性質が違う。
あまり仕事だけを自分自身の表現の場・創造の場にしすぎるとしんどいんじゃないだろうか。他の人は知らんし、なかひろ以外とこういう話をしたことがないが、私は多分しんどくなると思う。例えば3案もデザイン案を出したのに「んーどれもイマイチっすねぇ~」などと言われたときに、いちいち「自分自身を否定された」と感じていたら、精神的に参ってしまうと思う。「ほな自分でやれや」ぐらいの精神性でいないとやっていけないし、そもそも万人が好むデザインなんて存在しないのだ。適度に受け流していかないとこんな仕事続けていけない。
そりゃあ「3案出したのにどれも刺さらんとなると今後のスケジュールがヤバいな、どこで巻こうかな」とか「予算的にだいぶ厳しくなっちゃうな、赤になったら嫌やな」とかは思うので、もちろん精神的に負荷はかかるけど、でもそれだけのことだ。

このあたりの線引き・区分け・分類について、定期的に文章にし、置いておきたいと思う。今後変化があったとき、もしくは変化を欲したときに、あぁ33歳のときはそう思っていたんですね、と戻ってこられるようにしたいからだ。そのとき共感できなくても、全く違うことを考えていたとしても、少なくとも33歳のこの日は、そんなことを考えていたんだなぁと思いたい。
とはいえ「思いたくない、知りたくもない」に振り切ったらこのサイトはサーバーごと消すと思う。

あらゆるものごとは「暫定」ですね。そんなことより秋が来てくれてうれしい、日によってまだ29度ぐらいあるけど、私は無視して、もう秋が来たことにして生活しています。

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