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I must go punch that baby
2024年2月8日 (木) 19:08
ヨルゴス・ランティモス監督作品『哀れなるものたち』を観た。
土曜日、朝起きて洗濯して、ゲームをして、うっかり昼寝をしていたら、すっかり日が暮れており、このまま1日が終わるのが惜しくなった。こういう日はレイトショーへ行くのが良い。週末でもレイトショーならあまり混まないし、うっかり昼寝をしたことも「夜映画館へ行くから仮眠をとった」と言い訳がつくし、夜遅くに映画館にいるのはなんとなくワクワクする。
東京に住んでいたころ、終電が出たあとも開いている映画館があることに大変驚いたし、嬉しかった。当時好きだった人と、新宿や錦糸町の映画館で24時過ぎから始まる映画を観て、始発が走るまで喫茶店でおしゃべりし、ずっと散歩したの、良い思い出です。別れ際にいつも「たのしかったね」と言う人で、あれ好きだったな。
思い出の「で」って「出」なのはなんで?実は略語なのか?
『哀れなるものたち』は、赤ちゃんを身ごもったまま自ら命を絶ったが、その赤ちゃんの脳を移植して蘇生した女性、が主人公だ。何そのこわい設定。主人公・ベラは成人女性の形をしているものの脳は0歳なので、行動や言動と姿形がちぐはぐになっている。ベラに母親(であり、自分自身)のころの記憶はない。映画序盤は幼児語で話し、よちよち歩く。脳が0歳でも、身体は成人なのだからよちよち歩きはおかしくない?と思ったけど、足をどう動かせばスムーズか、を知っていて指令を出せるのは脳だから、ってことなんかな。
あらすじを見ると奇抜、と思ったけど、ストーリーはどちらかというと普遍的なものだった。ベラは世界を知りたいと望み、親元(というか脳を移植して蘇生した外科医)を離れて旅をし、人と出会い、本を読んで、知識を、職を得て、格差を知り、絶望し、そして選択する。なぜ世界がこのような形をしているのかを、ベラの目を通してもう一度観ることになり、私は子どもみたいに泣いた。世界は美しく、怖ろしく、実はグニャグニャで、人間は哀れで愚かだ。リスボンで音楽を見つけるシーンがすごく良かった。音楽って世界でいちばん美しいものじゃないですか?
ロケ地を全部調べ上げたくなるほど画面がきれいで(船内のシーンどこで撮ったか知りたい、あれはセットじゃない気がする、あとで調べる)、映画館を出てまず最初に担当したデザイナーが誰かを調べるくらい衣装が良かった。こういう現代劇ではないがフィクションであり、時代設定をそんなに厳密にしていない(していないはず、たぶん)いくらでもファンタジックにできるお話で、登場人物に何を着せるかって結構難しいんじゃないかな。正解がないから。ベラの服、独創的で、でもかわいかった。
映画が終わって外に出たら少しだけ雨が降っていた。手ぶらで来たので傘はないし、タクシーに乗るほどの雨じゃなかったので、自転車で家に帰った。雨が降ると街が全体的に静かになるのが好きだ。
映画が好きなのって、こういう前後とか、気分とか、フワッとしたものを多いに含むよなぁ。ま、全趣味がそうか。
キムナムジュンごっこ
2024年1月31日 (水) 21:06
今年は初夏あたりで韓国に行こうと思っている。ジンくんが除隊になるからだ。2022年12月の入隊から18ヶ月、思ったよりは短かったように感じるけど、でもジンくんにとっては長い18ヶ月だったかも……
本人がどう思っているかは分からないけど、でも私はちょっと休んでから仕事を再開してもいいんじゃないかと思う。まぁ入隊ぎりぎりまで仕事をしていたのを知ってるし、弟たちもみんなそうだったので、多分除隊後もすぐ仕事するんだろうな。もちろん顔を見られる機会が増えるのはありがたいけど。でもちょっと休んで、ゆっくりしてほしい。
除隊になったからといって、別にジンくんに会えるわけではないし、お出迎えイベントとかももちろん無いのだけど、なるべく近いところへ行って「ジンくんおかえりなさい」の気持ちを噛み締めたい、と思っている。あと普通に韓国行きたい。行ったことないねん。とはいえ連休でもなく、レジャーシーズンでもないので、一緒に行ってくれる人が見つからず、結局ひとりで行くことにした。最終手段は母を召喚することだが、母とは秋ごろに台湾に行こうと去年から言っているし、韓国はひとり旅にする。ひとり海外旅行は初めてで不安もあるけど、まぁそれも悪くない。でもひとり旅は何かと割高。とりあえず航空券だけ確保した。行くぜ韓国!
絶対にハノク(韓屋)に泊まりたいので、熱心に調べているが、これも結構高い。でもホテルも特別安いわけでもなさそう……最近国内でも結構ホテル高いもんね。数年前はただのビジネスホテルに素泊まりなら5000円ぐらいでいけたけど、最近は1万円くらい出しても「こんな部屋か……」みたいな感じじゃない?とはいえ日数的にゲストハウスは厳しい。一泊ならいいけどな。
あと、ひとり旅の場合、結構家で過ごす時間が長くなるので、ビジネスホテルみたいなところじゃつまらないから、出来れば建築的に興味のあるところに泊まりたい。
友だちと行くなら遅い時間まで外にいたり、ホテルでもおしゃべりしたりして過ごすから部屋は清潔で治安的に安心ならそれで良いけど、でもひとりなら夕方くらいには家に着いて、簡単な料理をしたり、ゆっくり本を読んだり、お茶を飲んだりしたい。エアビーで延々探してるけど、安いとこ全然ないわ。どうしたもんかな。まぁあと数日悩みます。
行きたいところは概ね美術館と工芸館、それから食器屋さんと雑貨屋さんで、私は全世界どこに行っても結局私でしかないな、と当たり前のことを思う。韓国、パン屋さんも良さそうなとこいっぱいあってうれしいな、楽しみ。推しの聖地巡りとかももちろんしてみたいけど、でもそれは友だちと行きたいし……ひとりで行ってもいいけど、絶対友だちと行ったほうが楽しいもんな。あとはタルンイに乗って川沿いを走ったりもしたいです。
現代アートのギャラリーもいっぱいあるな~と思って検索するとだいたいナムジュンが行ってる。韓国旅行ってキムナムジュンごっこのことなのかもしれん。
And the banker never wears a mac
2024年1月26日 (金) 21:02
週末から劇的に体調が悪く、月曜はお休みをもらって1日布団で過ごした。原因がはっきりしない微熱、久しぶりで怖かった。大学の教室みたいなところで「マティスのどこが好きか」について講演のようなものをさせられる悪夢を見て、ストレスがすごかった。いやマティスは好きやけど、なんで私が解説せなあかんねん。ぜったい私ちゃうやろ。私の「マティスの好きさ」は、解説するタイプのものではないと感じている。が、夢のなかではそういう私の感情についてはまったく無視されていて「好きなんやろ?ほなしゃべれるやろ?しゃべれや、好きって証明せえや」みたいな圧力で押し通され、しんどい思いをした。感情について証明を求められることほど、しんどいことはない。もっとええ夢見せてくれや、ジンくんといっしょに餃子をつつむ夢とかを見せてくれや。
目が覚めてからも「ぜったい人に感情を証明しろと詰め寄らないようにしよう」と心に誓った。感情をどのように取り扱うかについて、引き続き考えていきたい。自分の感情はもちろん、人の感情も同じように。
友人とZoomで話していたら、小1時間で用件は済んで、そのあと日付が変わるまで「ゲームオブスローンズ」の話をした。私がシーズン8を観終わったのは2020年のことなので、正直ほとんど詳細を覚えていないが、オブラディズムラジオでゲームオブスローンズ回をやったことや、そのあとヨウリーとtanayouradioを始めたことなど、思い出深い。もう1回観たいね、と言いつつ、全72話をもう一回観るの無理すぎるな……という気持ちもある。友人は「そのラジオ聞きたかったわ、たぶん私一人でめちゃくちゃコメントしたと思う」と言ってくれたので、ハウスオブザドラゴンを観るよう勧めておいた。シーズン2そろそろじゃない?と思って調べたら、2024年初夏、とのこと。そろそろやん……!!!
ピンクのスウェットがほしい、と思いユニクロへ行った。一応試着してみたら、全然似合わない。色がどうとか以前に、形が似合ってない。袖か?袖かも。生地感のせいか?いや、サイズ感かもしれん、服はサイズ感がすべて、と思って1つ小さいサイズも試したけど、やっぱり似合わない。似合わない服を買ってもどうせ着ないので、結局何も買わなかった。家に帰り、もともと持っているラグランスリーブのスウェットを着てみると、これはそんなに悪くない、はず。やっぱ袖か……?と思うものの、確証はない。
20代半ばくらいまでは、着られるサイズで・気に入っていて・買える値段の服ならなんでもいい、と思っていたし、実際そういう服の買い方をしていた。最近は襟の形ひとつで「あれ、なんか似合わんな、なんでや、この襟がかわいいのに、でも似合ってないな」みたいなことがかなり増え、しかも「いやでも、かわいいし、安いもん、買う買う」みたいなことが、ほとんどなくなってきた。
というか人と一緒に服を買う、という機会がほとんどなく、母か姉くらいしか一緒に買い物に行かないので「似合うかどうか」の判定が私ひとりに委ねられており、これはこれで不安がある。でも友だちと服買いに行くの嫌いやねんよな……いや、友だちが買う服を一緒に選びに出かけて「こっちのほうが似合うんちゃう?着てみて!」とか言うのは大好きやし行きたいから誘ってほしいねんけど、逆がほんまに苦手やわ。あっ、あぶない、この穴を掘ると埋めておいたコンプレックスをつついて、噴き出したドロドロにやられて寝込むぞ。あぶね。
秋ごろにジャケットを描いたマーくんの楽曲、「愛模様」がリリースされた。マーくんのサイトは私が作り、長年管理もしているけど、こういう「楽曲のジャケットデザインをする」仕事を依頼されるとは思っていなかったので、結構びっくりした。ちょっと説明が難しいけど「え、マーくん私のことそういう目で見てたんや」みたいな気持ち。……なんか語弊があるな。「Webデザインをやるのとジャケットデザインをやるのとでは、使う筋肉がまったく違う」と言うと伝わりますか。だから「あ、そっちの筋肉のこと知ってたんや……私もちょっと忘れてたわ、動くかな……」みたいな感じ。
ラフが通ってから、色案でちょっと手こずったけど、出来上がったものは気に入っています。色案はマーくんに見せてないやつも含めたら100案くらい作った。
自分で描くものに100案も色パターンを試すことは今までなかった。というか、だいたいのものは描くときに色が決まってる。なんなら色から先に決まる。だから「もうちょっと青みが強い赤にしよう」ぐらいの微調整で済む。気分によって明度と彩度は触るけど、色相は全くと言っていいほど触らない。触りようがない、って感じ。決まってるから。でも今回みたいにクライアントがいて、しかも音楽がある場合は、共感覚の探り合い、みたいなことが起きる。良い勉強になりました。マーくんは「青っぽい感じ」と依頼をくれて、ただ私は初めて聞いたとき「音がベージュ寄りのピンクや」と思ったので、その間を埋める、みたいな作業をしたように思う。初案はもっと彩度が高くて、バキッとした色合いでした。
作ってみてそれを見ながら曲を聴いて「これは強すぎる、曲より強くなってしまってる」とか「これは繊細すぎる、頼りなさが出てしまってる、そういう曲じゃない」とかをひとりで延々やった。こういうのって100回ぐらいやると「いやもう何が良くないか自分では分からんわ」みたいなことになりがちやと思うけど、不思議とそれはなかった。
そして今回「っぽく作らねば」みたいな気持ちにならず、ぜんぜん力まずに作れたのがよかったな、と思う。マーくんは私が何ができるかを知ってくれている、知った上で依頼してくれてる、というある種の信頼があったおかげかもしれん。私自身も、自分がやってきたことと、自分ができることに、ようやく折り合いがついたように思う。もう何者にもなれないし、ならなくていいし、そもそもなろうともしなくていいな、と思う。
自分ができないことに向き合ったり、それと戦ったりする時間、必要やと思うし、要るときもあるけど、一方で、自分ができることを頑張って、楽しく取り組んだほうが良くないすか?と思う気持ちが強くなってきた。これって怠惰かな……
でも、35年も生きてきたら自分にはできないことがあるって自分で知ってることとか、それができる人への敬意とかのほうが「克服する!!!!」みたいなのより大事な気がする。いや35歳で「克服する!!!!」って血眼で思えてることは、たぶん克服できるから、引き続き頑張ったらいいと思うねんけど、そうじゃなくて、「私はこれができない……役立たずで惨め……」ってベソベソしてる時間のほうはさ、もう要らんのちゃうかな。ここ、もう畳んどいていい?まだ早い?あと10年ぐらいは苦しむべきなんか?こういうの誰に聞いたらええんや。ニシーさんか?
仕事で提出したデザイン案について「エンドクライアントの意向としては〇〇〇なのでこの部分は修正してほしいけど、でもこの案もかわいいので2案にして送ることにしましょう」と言われて、率直に嬉しかった。私がデザインについて思う「かわいさ」というのは複数の意味があり、今回のは言い換えれば「親しみやすさ」や「愛嬌」や「取っ掛かりやすさ」のようなものであり、要はフックなのだが、うまく伝わらない場合が多い。伝わらないこと自体は私の力量不足だし、そもそも人によって好みが違うので、ぜんぜん気にしていない。でも今回は「そう!このデザイン案のかわいいポイントはまさにそこ!」という部分について「かわいい」と言ってもらえたのが嬉しかった。しかもエンドクライアントの意向だけを私に投げてこないで、意向は教えてくれた上で「でもこっちもかわいいからエンドクライアントに見せたい」と言ってくれたのが嬉しい。私の仕事はこういう地味で些細な嬉しさを拾い集めながら続いていくが、そこが気に入ってもいる。
ただし、エンドクライアントがそのかわいいポイントを正確に理解してくれるかどうか、さらに「ほんまやかわいい、うちの意向とは違うけど、こっちのほうがいいね」と言ってくれるかどうかは全くの未知数。私の仕事は「さてどうなる!!?次週へつづく~!」みたいなのが日々続いていく。私は私の仕事が気に入っています。
今週は以上です。みなさんよい週末を。
lost in castle
2024年1月18日 (木) 20:48
去年買ったけど封すら開けずに置いてあった「ホグワーツレガシー」を始めた。毎晩少しずつ進めている。
私は本当にゲームの素地が無いので、大げさでもなんでもなく、まじでチュートリアルに1~2時間かかるのだ。「ホグワーツレガシー」は難易度を4段階で設定できるようになっており、ノータイムで「超スーパーかんたん(※意訳)」を選択した。が、冒頭の「明るさを設定してください(画像が見えなくなる程度に調整)」みたいなやつの意味が全然分からず、めっちゃくちゃ暗いままスタートしてしまったので、キャラクターの選択画面やプロローグシーンの映像がほとんど見えなかった。リセットしてやり直そうかと思ったけど、キャラクターは後から設定しなおせるだろうとそのまま進めたら、洋服や眼鏡などの装飾品以外はほとんど変更できず、基本的にこのままやっていくしかないらしい。まじかよ。絶妙に不快感のある顔のキャラクターで進めていく羽目になってしまった。まじか。うーん、もうちょっと愛着持てる顔のキャラクターでやりたかった。
「超スーパーかんたんモード(※意訳)」を選択したおかげで、敵からはほとんど攻撃されないし、一応ひとりで進めることが出来ている。が、ホグワーツは学校内に螺旋階段が無数にあり、移動しているだけで画面酔いし、1時間もするとムカムカしてくる。絶対こんなに歩き回らなくて良い方法があるはずだと思うのに、他にどんな方法があるのか分からないし、誰に聞けばいいのかも分からないので、仕方なく延々歩き、階段でクラクラしている。っつーか魔法使いの主な移動方法が「徒歩」なわけない、絶対に。というか多分あの緑色の炎がユラユラしてるところが窓口みたいになってて、あれをどうにかすれば別の緑色の炎へ瞬間移動できるんじゃないのか……?と思っているけど、根拠はなく、確証もありません。誰に聞いたらええねん。あ、待てよ、ググればいいんか?ゲームってググっていいんですか??(???)
今は階段の踊り場で「あぁ~困っちゃったなぁ~」みたいなひとりごとを大声で言っているめんどくさいタイプの女の子にうっかり話しかけてしまい、その女の子に「おもちゃのメダルなくしたから探してきて、全部で6個あるから、全部見つけたら戻って来いよ」と言われ、パシリのようなことをさせられている。私だって先生に呼ばれていて忙しいのに(実は先生の居場所もよく分からない、マップが見づらい、というか私は地図が読めない)女の子に対して「知らんわ、自分で探せや」と言う選択肢は出てこないのだ。話しかけたら最後、みたいな仕組みらしい。まじ自分で探せや。
クリアするのにどれぐらいかかるゲームなのか分からないけど、メインのお話とは別で、こういう女の子にパシられる、みたいなサブクエストが発生するっぽいので、下手したら1年中これをやる可能性がある。まぁ今年は200本映画を観なくていいので大丈夫です。時間があります。
아무튼
2024年1月12日 (金) 20:24
年明けのtanayouradio(私が友人のヨウリーとふたりで映画の話をする音声配信番組)で「トム・クルーズの行く末を一緒に見守ってほしい」と言われたので、最近は『とにかくトム・クルーズ祭り』を自主開催し、手始めに『ミッションインポッシブル』シリーズを順に観ている。
ヨウリーによると「トム・クルーズはひとりでハリウッドを引き受けており、引退する気配がない、まだバリバリに現役でアクションシーンをこなし、自分の娘くらいの年齢の女性と堂々と恋愛シーンを演じている、“不気味の谷”のようなものを感じる、一緒に見守ってほしい」とのこと。なるほど。
私はトム・クルーズをまともに通っておらず『トップガン』も『ミッションインポッシブル』も、ちゃんと観たことがない。去年はこういった「そういえばちゃんと観たことがない」映画たちを積極的に観ていこうと思っていたし、それを受けて『ゴッドファーザー』や『地獄の黙示録』を観たのに、200本観てもトム・クルーズが出演している作品は1本も観なかった。断じて意図的ではない。
とはいえトム・クルーズを知らずに生きていくなど当然不可能なので、金曜ロードショーや家族が観ているDVDなどで、大体のことは知っている。『ミッションインポッシブル』の宙づりシーンなどはもちろん見覚えがあるが、そんなことよりあれを支えているほうの俳優がジャン・レノだったことに、心底驚いた。ジャン・レノが出てたの?いつから?(???)
そういえば『バニラスカイ』は父と映画館で観たような記憶がある。三宮センター街の上にあった映画館(今はもうない)で、話の内容は本当に全く覚えていないが、なんか難解な映画だった気がする。私は当時12歳で子どもだったせいかもしれないけど「はぁ……?」と思った、その読後感だけを覚えている。
『ラストサムライ』も映画館で観たな。こっちは六甲アイランドにあった映画館(今はもうない)で観た。
よくみんなで出かける家族だったので、週末はだいたいバーベキューか登山かキャンプへ行き、雨なら映画館に行くのが定番だった。今思うと、とても恵まれた環境で育ててもらっている。朝みんなで新聞の映画欄を確認し、どの映画を観るか相談して決め、父が電話で席を予約してくれて、車で行く、というのが定番だった。そうだよ、映画館で席を予約するのは電話だった。懐かしいなぁ。六甲アイランドにあった映画館はいつでもほどよく空いていて、でも5~6スクリーンあったので家族全員が同じ映画を観なくてもいいのが良かった。でも、10年くらい前に閉館してしまったようです。
中学を卒業すると、家族みんなで映画館に行くことはあまりなくなって、友だちと行ったり、お姉ちゃんとその彼氏と行ったりすることが多くなった。当時は高校生が3人で映画館に行くと学割料金よりもさらに安くなる、というキャンペーンがあったので、お姉ちゃんとその彼氏と私、という明らかに私が邪魔なメンツで映画館に行っていた。ちなみにお姉ちゃんの歴代彼氏の中で、私は彼が一番好きだったし、好きなふたりだった、進学や就職で一度別れるかもしれないけど、このふたりはまた再会して結婚するはず、とまで思っていた(余談過ぎる)。
約30年遅れで観る『ミッションインポッシブル』は、当たり前だが緊張感が無い。今年公開された最新作までで、計7作品出ていて、そのすべてでトム・クルーズが主演を務めていることを、私は既に知ってしまっているからだ。インポッシブルなミッションを課されて右往左往しているトム・クルーズを観ても、全然ヒヤヒヤ出来ない。緊張感がまるで無い。だってあと6作品続くねんもん、ずっと主演やん、知ってんねん私。ごめんトム・クルーズ。
ヒヤヒヤ出来ない、というのは一方で、安心して観られるという面もあるので、デメリットばかりではない。夕飯を食べながら再生し、皿を洗っている間は見逃しているけど、別に気にしない。そんなに集中して観ることもない。だってイーサン・ハントは2023年までインポッシブルなミッションに挑み続けていると知っているし、もっと言えば2025年に次回作が公開されることも知っているのだ。10分くらい目を離しても別に、大丈夫っしょ。
去年200本観て感じたことのひとつに「平日に観られる映画はそれほど多くない」というのがある。所要時間はもちろんだが、それよりも内容のヘビーさ、ストーリーの難度、映像の複雑さなど、片時も目を離せないような映画を平日の夜に家で観るのはなかなか難しい。ちょっとLINEを返すあいだ目を離したり、お茶を注ぐあいだ目を離したりして、ストーリーを追えなくなるほどの展開だと、結構厳しい。鑑賞後に考え事が止まらなくなるような映画も、平日は見づらい。寝られなくなるから。
そういう意味でも『ミッションインポッシブル』は良い。ストーリーは難しくなく、次作に繋がる重要なヒントを目を皿のようにして探す必要もない。めっちゃ気楽。観終わったあとも「いやぁ~今日もミッションをコンプリートしたなぁ~」と言いながらすぐお風呂に入り、スコンと寝られる。
約30年遅れで観ているせいで、ガジェット類が古めかしいのも楽しい。いわゆる「椅子の男」は1作目から登場しているけど、現代からすると化石みたいな端末で仕事をしている。モニターの画質も当然粗い。また、3作目にはフィリップ・シーモア・ホフマンも出演している。懐かしくてちょっと泣いた。各作品は別にストーリーが繋がっているわけではなく、チームメンバーも変わるし、敵キャラも、ヒロインも変わるので、そういう面でも気楽だ。2作目のヒロインとは「カーチェイスでぐるぐるしたらすっかり恋に落ちている」みたいな展開で、笑ってしまった。どこでそない好きなるねん。昔はアクション映画のこういうドラマパートの雑さが好きじゃなかったが、35歳になったせいか、今はあんまり気にならない。「どこでそない好きなるねん」と言われても「今作は彼女がヒロイン役なので」とか「だってアクション映画やから」で済ませられる。まぁツッコミはするけども。どこでそない好きなるねん。
そういうわけで、ほとんど毎晩トム・クルーズを観ている。『トップガン』も2作出ているし、今月いっぱいは『とにかくトム・クルーズ祭り』を続けられそう。みなさんも良かったらぜひ。
簀巻き
2024年1月11日 (木) 20:45
アキ・カウリスマキ監督作品「枯れ葉」を観に元町映画館へ。家から20分くらいなので歩いていく。上映開始2~3分前に到着、入場するとほとんど満席でびっくりした。アキ・カウリスマキってこんなに人気監督なの?
ざっと見まわしたところ、比較的年配のお客さんが多い感じ。祖父ぐらいの歳の人と、母ぐらいの歳の人の間の席に座らせてもらい、鑑賞した。祖父ぐらいの歳の人には、座るなり「あんた、コートを脱いどきなさい、出たとき寒いよ」と言われ、ほんとうのおじいちゃんなのではないかと二度見した。私は祖父がふたりいたんですが、ふたりとも他界しています。言われるまま素直にコートを脱ぎ、上映開始。
去年「浮き雲」を観て、うわぁこの監督好きやなぁ~と思い、こんなにすぐ新作を観られるなんてツイてるな、と思う。アキ・カウリスマキ監督がそうなのか、それともスウェーデンの映画がそうなのかは分からないけど、画面の彩度がわりと低くてカメラがほとんど動かないのが気に入っている。彩度はともかくとして、私はカメラワークが忙しない映画より、画角が固定されていて人が出入りする映像が好みだし、ものすごく集中して観られる。ちなみに画角は固定されていればそれで良い、というわけではなくて、レイアウトが美しいほうが良い。そもそも私は、画角に何が収まっているかを観るために映画を観ている。……自分で撮ったことないのに贅沢を言ってすみません。
「私はおもろいねんけど、これは笑っていいんかな」と変な顔をしながら観るのも楽しくて好き。でもコメディ-ってわけでもないと思うし、とはいえ笑ってもいいんやと思う、多分。なんというか「おもしろかったら笑ってもいいよ」という気配が、映画の中に満ちている。
登場人物たちは仕事を転々としたり、スコンと落ちるように恋をしたり、ヘビーめのアル中だったりするのに、だから結構ドラマチックな毎日を生きているのに、誰もギャーギャー言わず、淡々と、ただ生活を送っているのも好き。正直これぐらいしゃべらずに生きていきたいし、「好き」とかどうとかゴチャゴチャ言わずに恋愛したい。
理不尽な経緯で突然仕事をクビになったふたりが、帰り際に何も言わず手を少しだけ触れさせて別れるシーンもすごくよかった。私は言葉をさほど信頼していないくせに、言葉以外にコミュニケーションを預けるほどのフィジカルが無いせいで、それを補うために過剰に言葉を積む悪癖があり、積めば積むほどさらに言葉を信頼できなくなる、という悪循環を生きているので、こういう友情や人間関係に、嫉妬に近いような憧れがある。
朝ごはんを食べる時間がなかったのでお腹がペッコペコで、映画のあとは映画館から徒歩50歩くらいの中華料理屋さんに駆け込んで、海老とたまごをごはんの上にのっけたのと、ワンタンスープがセットになったのを食べた。
メニュー表には950円と書いてあったので、お会計のときトレーに1000円札を置いたら「メニューの料金は税別なんよ」と言われた。「あぁすみません」と言って100円玉を追加で置いたら「でもまぁ1020円でいいわ、はいおつり、80円ね」と言われ、80円もらって帰った。なぜ1020円でいいのか、よく分からない。「でも」も「まぁ」も分からない。どういう意味なんやろ。5円玉が切れてるとしても、せめて1040円じゃない?いや別にいいけどさ。
5枚刃とモチモチ
2024年1月10日 (水) 21:04
年末年始、しばらく実家に泊まっていたのだけど、ある晩、弟が肌悩みについて相談してきて、なんというかちょっと、いや結構、びっくりした。弟は(極端ではないものの)どちらかというと「男なんか石鹸いっこあれば全身事足りるやろ」系の人間だと思っていたので……いや、もっと正直に言うと「男が顔にチマチマなんか塗るのキショい」系のクソ偏見野郎だと思っていたので……ごめんよ、むしろお姉ちゃんがクソ偏見野郎やったわ。
ざっくり言うと「髭が濃いので毎度しっかりめに剃る必要があるが、そうすると赤くなったりして肌荒れする、保護が必要と思い化粧水をつけているが、これが超しみて痛い」というようなことらしかった。そのほか、クレンジングやクリームも試行錯誤している、とのこと。使っている化粧水を確認するとアルコールフリーのもので、試行錯誤のあとが見受けられる。
髭脱毛はどうなんやろ、という話も出たものの「髭自体はいずれ伸ばす日が来るかもしれないので残してはおきたい」ということらしい。なるほど。確かに彼は髭が似合う顔立ちではある。
話を聞いていると、私と弟はわりと肌質が似ている感じがする。私も部分的には脂性肌っぽいのにほっぺたはカサカサするし、ニキビができやすく、赤みが気になるタイプ。この肌質な上に「ほぼ毎日5枚刃を顔に押し当てる必要がある」と想像すると、なるほどかなりキツイ。そら化粧水もしみるわ。
ちなみに姉は母に似て肌悩みが少なく、いわゆる「ハトムギ化粧水とニベアの青缶で年中イケる」タイプのラッキーさんなので、この話の最中は終始ポカンとしていた。ラッキーさんめ。
化粧水の前に保湿ケア系の何かを入れておいたほうがいいのでは、ということになり、私が持っていたトリデンのセラムを導入美容液として試したところ、かなり良さそうで安心した。「すごい、これはぜんぜん痛くない!しかもなんか、もちもちする!触ってみて!」とのこと。よしよし、じゃあこれ塗ってから化粧水の順番にしよう。乳液も塗ったほうがいいね。ベタつかへん程度の軽いやつ買って、うすく塗ればいいから。
ふと、こういうのを、人に聞ける子で良かったな、と思った。「男やから」とか「男のくせに」とかしょうもないことをグダグダ言わずに、ただ「赤くなって荒れるのが嫌やねん」とか「しみて痛いのが嫌やねん」と人に言えて「どうしたらいい?なんか方法ある?」と聞けるのは、すごく良いことと思う。だって、時代や環境が違えば「女々しい」とか言われたりするであろうことが、想像できるでしょう。でも肌荒れの不快感に性別も年齢も関係ないし「化粧水がしみて痛いなぁ」と思うことに女々しいもクソもない、痛いもんは痛い。ただ心地よく暮らすために、自分で自分を気遣えるかどうか、という話だと思う。自分で自分をケアできるかどうか、蔑ろにせずにいられるかどうか、というのは人間としてすごく大事なことのように思う。
肌荒れを無視せず、「もうおっさんやからええねん」などとなんの解決にもなってない意味不明なことを言わず、もちもちの肌で生きろ。
とはいえ私も美容液をいくつか使い分けたり、いろいろ試して自分に必要なケアや肌に合う成分が分かるようになってきたのはまじでここ3~4年ぐらいのことな気がする。遅い。
……いや、言い換える、まじ伸びしろしかない。
i
2024年1月9日 (火) 22:08
ようやくiPhoneを買い替えた。15にさほど魅力を感じておらず、出来れば14のパープルか13のブルーあたりを一括払いで買いたかったが、炊飯器を買うと言う父について行ったケーズデンキには13も14も在庫が無いと言うし(そらそうですよね)キャリアを変更して15の機種代金を分割にするのが圧倒的にお得、ということだったので素直に従った。今はピンクしか在庫がない、とのことだったのでピンクです。
あそこで「いや絶対に14のパープルか13のブルーが良いので」と言うほどの熱意は私にはないし、キャリアを変更したところで電話番号も変わらないし、電波状況もそんなに変わらないから生活に支障が出るほど繋がらない、ということもないので、結局素直に従う以外の選択肢がない。「年に一度くらいはプランやキャリアの見直しをしに来てください、もったいないので」と言われた。まぁ健康診断みたいなものなんでしょうね。わかったよ。
私は昔から、料金プランの内容を理解したり、スペックを見比べて情報を読み解いたりする能力が全くない。実家住み学生時代は姉に全任せしていたが、大人になるとそういうわけにもいかないので、お店に行って親切な店員さんに全任せすることにしている。全任せスタイルは今後も変わらないと思う。
iPhoneはXRから15になった。軽くはなったがサイズは変わらない。移行作業を盛大にミスり、2年分くらいのバックアップが消えた。が、写真はGoogleに逃がしてあるし、必要なアプリはまたダウンロードすればいいし、まぁそんなに困ることは無い。LINEのやりとりが消えたので、直近の会話や約束ごとが分からなくなったのだけが少し困った。方々に「会う約束したと思うねんけど、いつやった?」と記憶喪失の人みたいなLINEを入れて、凌いでいる。
新しいiPhoneに対してあまりにもテンションが上がっていないので、弟が「もっと興味もてや、最新のiPhoneやぞ、おれはかなしいぞ」と騒ぐ始末。おまえがかなしむようなことはなにもないのに。でも正直iPhoneへの興味は3GSを買った時がマックスで、あとはもう右肩下がり、という感じ。
買い替えて一番嬉しかったのはロック画面の時計のフォントの太さを変更できるようになってたこと。極太丸ゴシックかわいい。でもこれは端末ではなくてiOSに対してやから、結局iPhone15には別にテンション上がってない。
かわいいiPhoneケースが売っていないのも困る。とりあえずインド刺繍のブレードを貼り付けたのを自作した。これも気に入ってるとは言い難いので、引き続きかわいいiPhoneケースを探す。
そういえば毎年「買ってよかったもの」をSNSで紹介してくれるの、見るの楽しいから好き。私が買ってよかったものが思いつかないぐらい映画ばっかり観ていましたが、U-NEXTは契約して良かったです。旧作が一番豊富にあります。料金が2000円越えなので高いと思いがちですが、実際はポイントに還元されており、このポイントで毎月1本映画館で観られるので、実質無料です。月に1回ぐらいは映画館に行くぞ、という人は契約すべきです。
しばらく間違えるやつ
2024年1月5日 (金) 21:56
年が明けたが、あまり「おめでとうございます」と言う気にはならない。イスラエルもウクライナも、まだ何も終わっていないし、新年早々大きな地震があり、航空機の痛ましい事故もあり、本当に何も、めでたくない。
とはいえウジウジしていても仕方ないので、引き続き停戦を求め、出来るだけ寄付金を送り、今後同じことが起きないよう事実から学び、お祈りをする。
年末は例年通り大変忙しく「心を亡くすと書いて、忙しいと読むのやからなぁ……(漁港の肉子ちゃん)」と思ったりした。一昨年の暮れに一度諦めたのに、まだイライラする部分もあり「私は私が厄介~!!!」という気持ちになる。まぁ年を追うごとに、徐々に収まるだろう、と目論んでいる。「諦める」というのは本当に難しい。時間もかかるね。
祖母も祖父もいたころの、家族だけで過ごせた年末が懐かしい。中庭でもちつきをして、おばあちゃんがひとつずつ小分けにしてくれたおもちを丸めた、あの温度が懐かしい。もう戻らないと分かっているから、もっと懐かしい。泣きそう。
でも今年は姉がいてくれたので、精神的にはかなり楽だった。居てくれるだけで気持ちが楽になる人、それが姉。
大晦日は弟がケーキを買ってくれて、甥たちも祖母も揃ってみんなで紅白を観たり、父が天ぷらを揚げてくれたりして、例年通り過ごせた。
元日は甥たちも一緒に席について、お雑煮とおせちを食べられた。よかったよかった。
今回はついに祖母から「おせち引退宣言」が発令されたので、母が黒豆や筑前煮や田作りを作ってくれたのをみんなでお重に詰めた。姉が焼いてくれた出汁巻きと、私は煮豚を作って持って行き、あとは甥2が幼稚園の芋ほりで掘ってきたさつまいもを提供してくれたので、栗きんとんも作った。「このおいもを、お正月にみんなで食べる、あまくておいしいやつに使っても良い?栗きんとんていうねんけど……でもおにいちゃんの時みたいに、焼き芋にしたかったらそれでもいいよ、今日は別のおいもを使うから」と事前に許可を取ったら「うん、いいよ、使って」とのこと。寛大。
年が明けたら長い付き合いの友人たちと楠公さんに初詣に行き、あとは甥たちと公園に行ったりして過ごした。甥1は前ほど親し気に寄ってこなくなったように思う。テレもあると思うけど……普通に寂しい。でも、いつまでも赤ちゃんみたいでいてほしいとも思わんし、仕方ないよな。至極真っ当に成長しているのだから、喜ぶべきとも思う。思ってるよりすぐ大きくなってしまうんやなぁ。
おみくじは大吉で「失くしもの:出てこない、人の手に渡る」と書いてあったことを覚えている。こんなにはっきりと「出てこない」と書いてあるの、初めてやわ。ここまではっきり言われると、むしろすがすがしい。あとは「旅行:東はすべてよし」とも書いてあった。今年は海外旅行にいくつもりです。
何はともあれ、始まったぜ2024年。行くぜ2024年。
はらわたを聴く
2023年12月28日 (木) 22:01
今年は「映画を200本観る」ことにして1年過ごしたけど、無事に200本終えました。ありがとうございました。
結論から言うと、200本はまぁまぁ多い。というか、1年あれば200本は「観られる数」ではあるけど、でも他のことなんも出来ん、という感じ。「他のこと」というのは私にとっては本を読むことやジャムを煮ること、シルクスクリーンで何か作ること、半日キッチンに立って料理をすること、などを言うのだけど、なんも出来んかったなぁ。今年、本は多分3冊ぐらいしか読んでないし、ジャムはひとつも煮てない、クッキーはよく焼いてたけど凝った料理ぜんぜんせんかったし、シルクスクリーンも一切してない。なるほど、映画200本観るとこうなるんか。
とは言え、1年で映画を200本観ないことには、1年で映画を200本観たらどんな感じの忙しなさで、どんな気持ちになるのか、とかは分かり得なかったと思うので、これで良かったと思う。「体験したことしかしゃべるな」という類の言説はムカつくし、絶対そんなことないやろ、と思うけど、でも体験したことには体感がくっついてくるから、しゃべること変わってくるで、とも思っているので、体感を得ることには価値があると大声で言える。とっても良い1年でした。
200本観る、と決めていることによって、映画館へ行くことが前よりもっと身近になったのも良かった。もともとは月1~2回映画館で観る、という感じで、土日両方つづけて映画館に行ったりすると「ちょっと節約せなあかんかな…」などと思っていたけど今は「いや200本観なあかんねんもん」と言い訳が立つので精神的に楽。それでもサブスクで観てるほうが圧倒的に多いけど。でも数えたら50本くらいを映画館で観たようです。週に1回は映画館にいる計算か。どおりで、なんとなく顔を覚えている店員さんが数人おる。
200本目を何にしようかな、というのは今月のあたまくらいから少し考えていて、濱口竜介監督の『ハッピーアワー』にしました。すごく良かった。
317分(5時間17分)の作品なので、観れるかな……(おしり的な意味と、集中力的な意味の両方で)と思ってはいたけど、全くの杞憂で「あっ終わった…?えぇー…終わっちゃった……」ぐらいの感じでした。むしろ「もっと観れるのに…」という感じ。でも多分これ以上長くしてもあかんし、これより短くてもあかんのやろうな。でないと、わざわざ317分の映画を世に出さんやろ、と思う。映画にはそれぞれ必要な尺があり、それは映画そのものが決めると思う。
あと上映時間が長い映画って、4時間超えるとだいたい休憩挟むから、みんな心配せんで大丈夫やで。あ、まぁ映画館によるけど。『ハッピーアワー』は3部に分けてあって、間は15分の休憩があるので、まじで全然大丈夫でした。
濱口竜介監督の映画、『親密さ』を観た時も思ったけど、石みたいやな、と思う。河原とかで見つけた「良い石」をポケットに入れて大事に持って帰り、玄関の棚に置いておいたりする感じに似ている。友人からは「この石なんなん、なんでここに置いてるん」などと言われたりもするけど、私は「え、良くない?その石、良い石やなぁ~と思って持って帰ってきてん」と答える。その感じに似ている。つまり、私がどんな風にこの映画のことを大事にするかは、私が何を魅力としてこの映画を好くかは、ぜんぶ私が決めることやねん、と思える。そしてそれを、濱口竜介に咎められたりせんやろうな、と思える。こういう、根拠とか理屈とかなしの、ボワッとでっかい信頼がある。
まぁ濱口竜介さんについてはかろうじてお顔を存じているくらいでインタビューも読んでなければ舞台挨拶も拝見したことがないので、何も知らんやろ、と言われたら「ごめんなさい」としか言いようがない。先言うとこ、ごめんなさい。
さて、200本観たけど「今までに観たいと思ってたやつ、全部観られたな~」という感覚は全くなく、実際に「観たい映画リスト」にはまだ100本ぐらい入っている。夏ごろにも「観たい映画リスト、あとちょうど100本ぐらいやな~」と思った記憶があるので、だから減ってないのだ。厳密に言うと減ってはいるけどその都度増えるので、プラマイで減ってない。
というわけで来年も引き続き映画は観る。そして引き続き、好きな映画があったら教えてください。人の好きな映画観るの、結構好きやな、と気づいたのも、今年良かったことのひとつやと思う。それから嫌いな映画も、あったら教えてほしい。私は好きと同じぐらい、嫌いについて知りたいし、考えたい。
はぁ~200本終わった、良いお年を、13時間寝ます、とか言ってシメたいが、年末は実家の行事ごとでかなりキツいので、全然のんびりした気分にはなれない。年明けは落ち着くので、また書きます。良いお年を。
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