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トロピカリーナ

2022年4月27日 (水) 21:19

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今ほしい鞄が、ざっくり家賃くらいの値段で、思い切りがつかず、カートに入れたりまた出したりしている。土曜日にほとんど買う勢いになったが、ショッピングカートのシステムエラーらしきものが発生して萎え、そのあとは緩やかに気持ちが落ち着いてきている。今はこのまま萎えてほしい気持ちと、1年以上「ほしいな~かわいいな~」つってんねんからもう買えや!の気持ちが半々くらいです。半額なら迷わず買うけどな~でも別にセールとかになるやつじゃないしな~ううう。

メルカリで買えるならそれでもいい、中古でも別にいい、と思っているが、メルカリはコピー品が多すぎる。1~2枚目にアップされている写真は公式のものだが、たいていは後ろのほうに現物のものらしき写真が載っていて、おそらく送られてくるのはそっちだろう。ロゴが……違うねんよな、どう見ても。
さらに大体の場合「並行輸入品なので品質は劣ります」との記載があるが、そういう問題とちゃうやろ、っつーか並行輸入品やとしてもロゴは変わらんやろ。
あとは縫い目をじっとり見たりしているうちに、だんだん確信に変わる。これは、ぜったいコピー品だ、いくらなんでも、ここまで安くなるわけない。

デザインが同じなら、パッと見で分からなければ、コピー品でも構わん、安いし、という考えもあるのだろう。でもやっぱり買う気にはならない。その鞄を持って出かけるとき「はーかわいい、良い買い物したな」とだけ思いたいからだ。同時に「……でも偽物やねんよな」と思うのが嫌だ。

うーーーん、毎月1万円ずつ封筒に貯金していって、貯まったときまだ欲しかったら買うことにしようか。そういえばストラトキャスターもUten.Siloもそうやって買った。でも夏に使うデザインの鞄やねんよな、秋になっちまうなぁ……

ずいぶん大人になったのに、高いものの買い方が変わらないの、すげぇ本質的でおもしろいな。桁が変わるぐらい稼ぐようになったら、このへんは変わるんだろうか。それとも本質は文字通り本質だから、ずっとこのままなんだろうか。
知りたいが、どうやれば桁が変わるぐらい稼げるようになるのかはさっぱり見当がつかない。

he makes me wonder

2022年4月23日 (土) 22:18

uncategorized

なんか美術展を観に行くか、と思ったが家から近いのはミイラ展とミニマルコンセプチュアル展だった。

ミイラ展は私が自分でも不可解なほど興味のないジャンルだ。ニューヨークでメトロポリタンに行った時も、エジプトのコーナーは全無視した。もしミイラの良さを語れる人がこれを読んでいたら絶対に連絡してほしい、あんなに人気があるんだから、きっと夢やロマンやエモーションに溢れたものなんだろうと思うのに、心底興味がない。でも、できれば良さを分かりたい。あ、良さを分かりたい人が行くべきなのか?ミイラ展。そうかもしれんな。

ミニマルコンセプチュアル展は大いに興味があり、ぜひ行きたいが「今日ではない」という感じがする。こういう「感じ」には素直に従ったほうがいい。自分の意志とどこか別の部分から湧いてくるようなそれらを無視し続けたら、意志しかない人間になるのだ。意志しかない人間なんて……え、だめかな、意志しかない人間だめ?なんで。なんでなんで。

なんかないのか、なんか、晴れた日の午前に適当な美術展は。ふと「チョコレートミュージアム」が開業したことを思い出す。あぁそれぐらいのがいいわ、適当です。予約制だというのでWeb予約をしてから眠った。

朝起きて自転車に乗り、10分ほど坂をくだると海に出る。裏手が山の家から10分自転車に乗れば海に出るなんて、神戸のいちばんいいところは立地だ、絶対にそう。

海、というと砂浜を思い浮かべる人と、港を思い浮かべる人がいるんじゃないか。私は後者だ。神戸の海は西へ行けば漁港と砂浜が、東へ行けばカップルが手を繋いでデートをする港と輸出入を行う港がある。それぞれに良さがある。

輸出入を行う港を眺めながら、のんびりできるウッドデッキが出来ている。知らんかったなぁ、こんなふうになってたんかここ、ええやん。今日天気ええな。
足を投げ出して座り、音楽を聴いた。天候とロケーションに合った曲をかけようと悩みすぎて、めちゃくちゃ時間がかかった。何のこだわりなんだ。そういえば私サーフミュージック的なのあんまり聴いたことないな……
結局くるりの「ばらの花」をかけた。合ってないこともないが、よく合うというわけでもなかった。

チョコレートミュージアムは入り口でカカオのにおいを楽しめるインスタレーションがあり、そこがハイライト、というくらいめちゃくちゃこじんまりしていた。施設規模が小さいので仕方ないが、もっと歴史的な部分とか成り立ち、食べ物として踏み込んだ博物館のようなものを期待したので残念だった。でも「ミュージアム」って言うてるやん……
パッケージをたくさん見られるのはおもしろかったけど、チョコレートの魅力がパッケージだけだとは思わないし、パッケージを見せるなら中身を見せないと片手落ちじゃない?中身ありきなんやから。いやまぁ権利関係とか厳しいか……うーん。
チョコレートは例えばコーヒーと同じくらい、作る工程だっておもしろいし、歴史だっておもしろいし、産地を紹介したり、カカオについて紹介したり、なぜおいしいのかを科学的に分析してみるのもおもしろそうだし、なんか、もうちょっとやりようなかったか。
とはいえGoogleマップのレビューを読んだら、上記に書いたようなことはすべて既出でした。はいはい、私が悪うございました。

無料なら全然ええけど、わりとしっかりお金とってるしなぁ……とひとりモヤモヤし、そのあとはブッラータを食べ、白ワインを飲んだ。暑くなってきたのでよく冷えた白ワインがおいしい。が、お昼に2,000円以上出して分かりやすくごちそうっぽいたんぱく質もないし、炭水化物もないごはんを食べてしまいボーっとする。合ってるのか……?私のお昼ごはん、これで合ってる?合ってるも何も、全部自分で選んでるし、自分の金だし、合ってるだろうけども。はーぁ、鰆の西京焼き食べたい、あと白いごはんに豆腐とわかめの赤出汁、小松菜の煮びたしときゅうりと穴子の酢の物とか、そういうの食べたい。

適当に散歩をして、夕方には家に帰り、夜はご所望の通り小松菜の煮びたしときゅうりの浅漬け、白いごはんに豆腐とわかめの赤出汁(巻き麩入り)を作って食べた。今日も一日、望んだとおりの人生だったね、おめでとうおめでとう。

態度でなんとなくわかるよ

2022年4月22日 (金) 22:31

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「書を捨てよ、町へ出よう」と言ったのは寺山修司だったが、そういえば読んだことがない。あの本にはどんなことが書いてあるんだろう。私は書も捨てないし町へも出るし、何なら書を持ったまま町へ出るが、もしかしたらあの本は、そもそもがそういう話じゃないのかもしれない。

特に買うものがないのに入った本屋さんで文庫本の棚をうろついていたら「ティファニーで朝食を」が置いてあった。「訳は春樹かぁ」と思ったが、その瞬間「カポーティ」と目に入り愕然とした。私の目はまんまるになっていたと思う。
……カポーティ?え、カポーティって?あのカポーティ?あの、っていうかカポーティはひとりでしょう、カポーティと言えばトルーマン・カポーティやん、え、待って待って「ティファニーで朝食を」ってカポーティなの?あれカポーティが書いたの?「ティファニーで朝食を」をカポーティが?うそでしょ。うそだよ。おいおいまじか。
手に取って見ても、表紙に、扉に、奥付にも、全部書いてある、トルーマン・カポーティ。えええ、「ティファニーで朝食を」ってカポーティなの……知らんかった……えええ……
じゃあ誰が作者だと思っていたのか聞かれたらそれには答えられないが、カポーティだけは信じられない。じゃあ誰が作者なら納得なのかと聞かれたらそれにも答えられないが、カポーティだけは納得いかない。まぁ私が信じようが信じまいが納得いこうがいこまいが事実は事実で「ティファニーで朝食を」を書いたのはカポーティなのだが。こんなふうに思うのは「冷血」しか読んでいないせいかもしれない。

待て「ティファニーで朝食を」ってどんな話だっけ。映画は見たことあるはず、と思ったが、ストーリーは浮かばないし、浮かぶ画は全部スチール写真だ。これはあやしい。酔っぱらって観たか、半分寝ながら観たかのどちらかだろう。

ポッドキャストを聞いていたら、堀井美香さんが「老人と海」の話をしていた。「老人と海」ね、それは分かるよ、ヘミングウェイでしょ、アーネスト・ヘミングウェイ。昔好きだった男がよく詩集をポケットに入れていたから、ヘミングウェイなら私も読んだことがある。

いや待て「老人と海」ってどんな話だっけ。読んだことあるはずだよ、えーっと、そんなに長くなくてさ。ほら、老人と、海の話だよ、と思ったが、これはあやしい。ほんとに読んだんだろうか。「老人と海のはなしだよ」って、そんなひどい紹介があるか。何も言ってないのとおんなじだ。

観たはずなのに、読んだはずなのに、内容を覚えていないのはもったいないことだと思う。なぜ忘れてしまうんだろう、とも思うが、脳が勝手にやっているから抗いようがない。きっとその時は何か、感じたり、感じたことを言葉にしたりもしたのだろう。でもそれも覚えていない。
ま、いつか機会があれば「老人と海」を読めばいいよね、と思うが、今でないならいつがその機会なんだ。うーん、でも今は「老人と海」を読むより「ブレイキング・バッド」を観たいしデーモン・アルバーンのアルバムが聴きたい。

デーモン・アルバーン去年アルバム出てたの、まったく知らんかったけど、なんで誰も教えてくれんかったん。
でも私も自分がデーモン・アルバーンが好きだということを忘れ去っていた。すまん。

Prefix

2022年4月18日 (月) 22:00

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久しぶりに、少しだけレタッチ作業が発生した。楽しい。
レタッチとは、画像編集ソフトを使って写真に「ひと手間加える作業」のことを言う。電車の中吊り広告や雑誌や、世に出ているあらゆる写真はすべてレタッチ後の写真である。
例えば某女性歌手は専属のレタッチチームがいる(人によってレタッチの加減が違うので、毎回印象の違う顔になるのを防ぐため、と思われる)と聞いたことがあるし、そのぐらい重要な作業であると思う。

芸能人だけでなく、一般人の写真でもレタッチはする。というか人間の顔以外もレタッチはする。ビルの窓から電線の映り込みを消すとか。それを撮ったカメラマンが自分でやるケースも多いと思うけど、撮ったまま納品する人も全然いるから、その場合はデザイナーがやる。と思ってるけど、違うのかな。
とはいえデザイナーでも全くやらない人もいるようで、例えば歯医者さんのパンフレットとかを待合室で流し見ていると、一切レタッチしてない歯科衛生士さんの写真が「スタッフ紹介」みたいなページにずらずら並んでいて、そういうときは「おいおいおいさすがにこれはあかんやろ……多少はやんなさいよ……」という気持ちになったりする。
別に必須作業ではないし、見積書に計上できるほどの大がかりな作業ではないけど、でも写真素材もらって、ちょっとクマ出来てたり、2本ぐらい白髪が見えたりしたら、それぐらいは消してあげようよ……私だって別にレタッチ上手ってわけではないけど、でもクマと白髪なんかは5秒あれば消せる程度のことだし、クマ消されて怒る人は見たことないし、じゃあやっといたほうが良くない?

私は最近はWebの仕事ばかりやっているからあまり神経質なレタッチ作業が発生することはないが、印刷物を作るDTPデザイナーだったころは日常茶飯事だったし、レタッチだけやる仕事もたまにあった。
キツかったのはバイクレースの、バイクの車体のレタッチで、映り込みを消すのはもちろん、ツヤ感の細かい注文や、サンプル(しかも印刷後の紙)がバイク便で送られてきて「これに色調を合わせてください、完全に」みたいな無理難題が多かった。
毎回深夜の作業になるので肩こりと眠気で朦朧としながら、フルフェイスのヘルメットで一切顔の見えないレーサーを睨みつけていたことを覚えている。へんなもようのバイクにのりやがって。ぜったいにゆるさんからな。
冷静になって考えるとレーサーにはなんの罪もない、レタッチの注文が細かいのは編集部の狂気的なこだわりのせいだし、納期が厳しすぎるのはうちの営業のせいだ。

楽しかったのはギャル雑誌のモデルさんたちのレタッチで、つけまつげの根元にある見えないほうがいいラインを消したり、照明の加減で少しくすんだチークを調整したりした。
女性は、とくにメイクをしている女性は年齢にかかわらず「自分をどう見せたいか」がメイクに出るので、レタッチは比較的簡単だと思う。隠そうとしているところが見えたら、それを消せばいいし、アピールしたい部分が見えたら、それがより良く見えるようほんの少し調整すればいい。ホクロひとつとっても、チャームポイントだと感じているのか、出来れば取りたいと思っているのかは、メイクを見れば分かる。

難しいのはおじさんのレタッチだと思う。おじさんはほとんど全員メイクをしていないし、シミもクマも、髭の剃り残しもそのまま、みたいな写真を出してくるケースが多い。ひどい場合は目頭に目やにが付いていたりする。ホームページなり、パンフレットなり、第三者が大勢目にするどこかに自分の顔写真が載るというのに、気にならないのだろうか。
どうしようかな、どこをどうレタッチしよう、つーか私いま400%拡大で作業してるけど、このおじさんはこんなに寄りで見られるなんて、思いもせんのやろうな。

おじさんは高齢であればあるほど「男がそんなことを気にするのはカッコ悪いこと」という価値観があるのだろうことは推測できるけど、でももう「そんなことありませんよ」というのを大きめの声で言っていったほうがいいのかもなぁ~~~という気もする。いつどこで誰に言えばいいのかは分からんが。別に肌加工のアプリでつやつやにせぇとか、目を大きくせぇとか、いや、そもそも若く見えるようにとか、盛って、とかそういう話じゃないけど、うーん、伝わらんのかな。あなたはあなたのまま何者にもならないでいいけど、でもどこかに載る写真はぜひベストオブユーであろうぜ、というだけの話なんだよ。

一方、いかにも写真館で撮りました、という類の写真は、現場にいるであろう百戦錬磨のヘアメイクさんや慣れているベテランカメラマンがうまいことやってくれている場合が多く、デザイナーがあまりいじくりまわす必要がない仕上がりになっていてありがたい。どこをどうレタッチすれば、と悩む必要もないし、まさか鼻毛が出てたらどうしよう、と700%拡大にして見知らぬおじさんの鼻毛をチェックする必要もないからだ。

みなさんも「ホームページに載せるおじさんの写真が要るってさ、そんなんないよな?撮らなあかんな~」とかいう事態が発生した場合、写真が趣味の社員が頑張って撮る、とかはどうか、やめておいてほしい。街の写真館・フォトスタジオなどへおじさんをお連れし、何もかもをプロにお任せすべきだと思う。
写真が趣味の人は写真を撮るのは確かに上手な場合が多いけど、おじさんを撮るのが上手いわけではないと思う。かわいい子どもとか、すてきな風景とか、きれいなお花とかを撮るのと、おじさんを撮るのは、ぜんぜん違う。

そういえば何年か前に、私の父が地味な色の服ばかり着るので「もうちょっと明るい色の服着たらええのに、青とかでもええから」というようなことを家族で言っていたら「オッサンが服こだわってもしゃあないやろ、若い子ちゃうねんから」と返されたことを思い出した。
私はとっさに「いや若い子は服なんかこだわらんでも白Tにジーパンでもサマになるけど、オッサンはそうはいかんやん、オッサンこそ服こだわらなあかんのちゃうん」と思ったが、本人には言えなかった。言えなかった理由は自分でもわからないが、「レタッチどうこう以前の写真やな」と思うときと、似たような手触りの感情が、胃の底に残る。

寝ても覚めても愛は

2022年4月13日 (水) 22:05

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「川好き、海より川の方が好きやわ」と自分で言って「あぁ確かにそうかも、海より川の方が好き」と自分で納得する。脳より先に口が動いているんじゃないだろうか。大きい川、ずっと見てられる。いやまぁ、海もずっと見てられるか……

川の好きなところは水がたっぷりあるところと、その水がどこからきてどこへいくのかが明確なところだ。山からきて海へいくたっぷりの水、それが淡々と動くのを、見ているのが好きだ。
海も好きだが、海は取っ掛かりなく大きいので、すこしこわい。動きがあることは分かるが、向きとかは分からないじゃないですか。海はどこからきてどこへいくの?波は向こうから絶え間なく来るけど、どこからきているのかはわからないし、あとどこへもいかない、でしょ、海はずっとそこにあるもんな。
湖はあまり馴染みがないが、何年か前に初めて見た琵琶湖は、海に似ているのに潮のにおいがせず、ただ茫洋とそこにあり、不思議な気持ちになった。水たまりを拡大していくとこうなるんじゃないか、と思った。

翌日、久しぶりにプロが作ったオムレツを食べ、静かに感動した。すごい、じょ、じょうずだ……(当たり前)。
私はある日、ふと「自分できれいにオムレツを焼けたらすてきだろうな」と思い、休日のたびに作り、練習していた。オムレツみたいな材料がシンプルな料理は素材がものを言うし、何より技量が明確に出るのでおもしろい。手を抜いたところが穴のようにはっきりと味に出るし、誤魔化しがきかないので、その穴は隠せない。
オムレツは成形に目が行きがちだが、重要なのは火入れだと思う。焦るあまり中が生っぽいとおいしくないし、焼き目をつけてしまうと色がかわいくない、焼きムラができると食感が悪い。ナイフを入れて、火が入っていない生卵が流れ出てきたらがっかりする。べつに卵は生で食べられるねんからいいねんけどさ、でも、これは理想的なオムレツじゃない、ううう失敗。

プロが作ったオムレツは3つに畳んであり、うつくしくやわらかな黄色で、中はちゃんと火が入っているけどとろりとやわらかい。プロすごい、じょうずだ、オムレツがじょうずですねプロ、とってもおいしいです。
帰りにキッチンを覗くと、プロは一切の無駄がない滑らかな動きで次々にオムレツをこしらえていて、その淡々と安定したさまは、昨日見た川のようだと思った。いまだに左手をうまく動かせずにがちゃがちゃバタバタやっている私の落ち着きのないオムレツ姿とは全く違う。やっぱりプロはすごいなぁ。

……「オムレツ姿」ってなんでしょうね。

チュッパチャプス

2022年4月8日 (金) 21:50

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自宅に常備している食品について、他人に聞いてみたいと思っている。切らさずにずっと買っているもの。調味料の類や乾物なんかは別として、何があるだろう。そういうのを調査してまとめた本があれば買いたい。ないですか。

牛乳やたまごは誰でも切らさずに常備しているんじゃないか、と思っていたら「牛乳ぜんぜん飲まない、最後に買ったのいつかわからん」と友人に言われて驚いた。そうか、そういう人もいるか。確かにひとり暮らしだと、自分が食べないものは買わないだろう。私も牛乳そのままを飲むことはほとんどないけど、コーヒーとか紅茶を飲むときに入れたり、料理にも使うから、基本的にはいつでも冷蔵庫に入っている。牛乳を買わないなら、クリームパスタを作ったり、グラタンを作ったりもしないのだろうか。オムレツを焼くとき、牛乳を入れないのかな。
でも彼はクリームパスタより明太子パスタが好きそうだし、オムレツよりだし巻き卵が好きそうだから、そもそも牛乳は要らないのかもしれない。

私が自宅に常備している食品のひとつに、チュッパチャプスがある。食べる頻度は高くなく、月に1~2個程度ではあるものの、低血糖でフラフラになっているときに命を救ってもらったことがあり(大げさか)以来、なくなったら4個ずつ買って、置いておくようにしている。

スーパーのお菓子売り場で、1個40円のチュッパチャプスを買う。しゃがみこんで箱をガサガサやっていると「なにさがしてるん?」と5歳くらいの女の子に声をかけられた。そういえばコロナ禍になって知らない人に話しかけられる機会が減った気がする。週1ペースで道聞かれてたのにな、私。
「チュッパチャプス、を、さがしてます」と答えると「なにあじ?」と聞かれる。私は「えっと、チェリー味、です」と答える。チェリー味しか食べないのだ。いつもチェリー味だけ4個買う。たまには他の味を買ってみればいいと思うし、他の味だってたぶんおいしいし、そもそもチェリー味が好きなのかどうかさえ自分でも確信がないけど、でもチェリー味ばっかり買っている。
「いっしょにさがそか?」と言われて笑ってしまった。やさしいな。やさしいし、かわいいね。「や、だいじょうぶです、自分で探せます」と言うと、「そうか」と言って女の子は去ってしまった。なんで何味か聞いたんだろう。なんで一緒に探してくれようとしたんだろう。困ってるように見えたかな。
あ、お礼を言うのを忘れた。

come from different sides

2022年4月5日 (火) 22:08

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甥に会った。成長著しい。私の時間と、彼らの時間は完全に「密度」が違うということを、会うたびに実感する。

私は「子どもがあまり好きではない」と思っていたけど、大きな勘違いだった。正確には「子どもでも大人でも、好きな人は好き」だと思う。年齢で切り分けられるようなものではなかった。甥が生まれる前は、あまり子どもと接する機会がなかったので、実態が分からなかったのだ。
人間は何歳でも性格というものがあるし、まだ性格が形成されきっていない場合でも、性質というものは間違いなく存在すると思う。

(私の)母の実家でお花見をしていたらしい甥は、帰ってきて私を見つけるなり「のーんちゃん!」と連呼し、うれしそうに笑った。母は「のんちゃんと遊ぶのはお昼寝のあとやで、もう14時やねんから、あんたはお昼寝せなあかんで」と言い、私に向かって「ベッドで寝かせて、1時間半ぐらいは寝かさなあかんわ」と言った。甥は「絵本は?絵本はいい?」と言うので「ええよ、1冊だけな」と答えると、アンパンマンの本を本棚から取り出し、おとなしく布団に入った。

甥が持ってきたアンパンマンの本は読み聞かせるタイプのものではなく、クイズや迷路で遊ぶタイプの本だった。こんな楽しげな本で遊んでたら寝るもんも寝んな……と判断し「これは起きてからやろ、とりあえず寝ような、はいおやすみ」と言い放った。甥は納得がいかない顔をしてはいるが、その感情を言語化するほどの語彙はまだないようだった。ごめんて。でも昼寝の時間やから。

甥が寝付くまでの時間に自分で読もうと思っていた文庫本を「読んで」と言われたときはちょっと笑ってしまった。私が読んでいた本は井上荒野の「あちらにいる鬼」だったからだ。井上光晴と瀬戸内寂聴の不倫をモデルにした小説を、一部とはいえ3歳の子に読み聞かせていいものだろうか。
が、スキャンダラスなテーマではあるものの、文章は理性的で描写は的確で凛としており、かっこいい小説だと思ったので、相手が3歳だとしても、この文体の美しさや清々しさは伝わるのではないか、という気もしたが、2行くらい読んだところでやめておいた。「教育上どうなの」というような部分に触れたくないし、何より甥なのだ、私の子じゃない。先に生まれた人間として道徳的なことやライフハック的なことを教える機会はあるかもしれんしそれは構わんのだけど、教育はノータッチがいいと思う。まぁ、特に気をつけろと誰かに言われたわけではないけども……

甥はまだ「なんで…遊びたい、のんちゃんと遊びたいねん……」と言ってはいたが、あくびもしているし眠そうだ。「気持ちは分かるけど、あんたは子どもやから、今お昼寝しとかな後でしんどいやん、起きたら遊んだるから、のんちゃんは夜までおるからさ」と言い聞かせ、あとはとにかく無視を決め込むことにした。
甥は私の脇腹をつついたり、耳を引っ張ったり、ベッドを揺さぶったりして地味な抵抗を続けたが、数分で諦め、あっという間に眠ってしまった。

「お昼寝は良いものだ」と実感するのは何歳ぐらいなんだろうな。そこらのサラリーマンに「お昼寝しなさいよ、後でしんどいから」と声をかけて1時間半くらいベッドで休ませたら、ほぼ全員一致で喜ぶと思うけどね、3歳はお昼寝とかいいから遊びたいらしい。

一方、2歳の甥も、脳のフル回転に言葉が追い付かない様子がありありと伝わってくる。よくしゃべり(半分ぐらいは何を言っているのか分からない)、よく食べ(気持ちのいい食べっぷり)、目まぐるしく動いている。小さい体にみっちりと詰まった臓器と、それらが消費するカロリーについて考えていたら、ぼーっとしてしまい、80回くらい連続して踏切ごっこをやってしまった。踏切が閉まる→電車が通る→踏切が開く→動物たちが通る→また踏切が閉まる、という一連の流れをデュプロと積み木とプラレールで再現したものだが、甥はこういう遊びを飽きもせず何十回も繰り返す。私は私で、なぜかこういう遊びが退屈だと思う感覚が無く、甥が飽きるまでずっと付き合うことができる。単調な遊びなので私の表情は「無」になっているはずだが、でも不思議と飽きないし退屈だとは感じない。

みな元気で何よりだな、甥どもはとてもかわいいです。

Hello my alien

2022年4月3日 (日) 22:09

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友人と話していたら「前から聞こうと思っててんけどさ、良い?」と言うので、「どうぞ」と答えながらも、なんだろう、と少し身構えたら「ぶり大根作るときにさ、ネギの青いとこ入れるやろ?あれなに?」と聞かれ、気が抜けた。前置きと本文のバランスが全く噛み合わないが、彼女はよくこういう話し方をする。私はそのバランス感覚が妙に好きだ。

「鰤が、臭みが強いから、それを消すために入れるねん」「そうなんや、じゃあ、食べるために入れるんじゃないんや?」「そう、まぁべつに食べてもええけどな」「そうか、あんまりおいしくはないなって、思っててん、ネギの良さ、別に活かせてないなって」

彼女は「レシピ見ながら作るねんけどさ、書いてあるねんネギの青いところ、カッコで、あれば、って書いてあるねん、大体あるから、いつも入れてるねんけどな」とも言った。たしかに「ネギの青い部分(あれば)」って、よく書いてあるな。「これはだから、あれば入れたほうがおいしいけど、ネギの青いとこないわ〜ってスーパーにわざわざ買いに行くほどではないですよ、っていう意味やねん」と私が答えたら「そうなんや、なるほどな、聞きたかってん」と言っていた。

その後彼女は「え、待って、角煮のレシピに書いてあるネギの青い部分、もそれ?食べる用じゃなくて……?」と名探偵のような口調で言った。そう、そのとおり、名推理。

ネギの青い部分を入れるのは臭み消しのためだと、私はなぜ知っているのだろう。自分で調べた記憶はない。自分で作る以外で最も多く私にごはんを作ってくれた人は母だが、母に教わったのかどうかも覚えていない。母は懇切丁寧に何かを教えるタイプの人間ではないし、どちらかというと「ほんで醤油、醤油はジャーーーッと、塩はパッパッ、くらいの量」みたいな性格だ。大さじ小さじ、計量カップの類はほとんど使わない。
私はネギの青い部分を入れる理由を知っているからこそ気に留めたことはなかったし、レシピの文字通りあれば入れ、なければ入れない。料理はこういう「みなさんご存じのとおり」という省略が多いのかもしれない。不親切だな、と思う反面、この類のことをいちいち全部書いてあるレシピを見ながら料理をすると、おそらく倍以上の時間がかかるだろう。

ネギの青い部分を入れる理由はもちろん調べればすぐに分かることではあるが、それを「今度聞こう」と持っていて、なにか別のことを話している最中に思い出し、私に「前から聞こうと思っててんけどさ、良い?」と切り出せることの純真さや美しさはなんだろう。まぶしいほどだ。

肉料理に風味付けだけでなくローリエを入れる理由やローリエとローレルは全く同じものだということ、魚料理の下処理に塩や酒を使うのも同様、ということを伝えたほうがいいのかな、と少し頭をよぎったが、彼女が「前から聞こうと思っててんけどさ、良い?」と言うのを何度でも聞きたいから、また今度にする。

Stevia

2022年4月1日 (金) 22:03

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ワ、ワクチンをナメていた。2回の経験を済ませているせいで「オッケー、ワクチンね、打ったことあるよ〜モチロン☆」程度のテンションで経験者ヅラをし、初心を忘れ、薄いポカリスエットすら購入していなかった。薄いポカリの正式名称も思い出せない。青いのじゃなくて、水色のやつ、なんやっけ名前。
なにせ接種後、翌日の昼頃までは全く問題なく、元気だったのだ。日曜起床時の体温は37℃で、微熱すらなかった。

土曜の雨模様と打って変わって、日曜は朝から気持ちよく晴れた。左腕は副反応で腫れているものの、騒ぎ立てるほど痛くはない。なんの予定も入れていないし、すべきことは山のような洗濯物を洗い、干すことだけなので、休日としてはかなりヤワなタイプと言える。この程度の副反応なら予定を入れてもよかったな、とアホヅラで思っていた。この時は。

洗濯を終えたので具をもりもりにしたピザトーストを食べ、適当なドラマを観てダラダラし、昼過ぎにキンマリを食べた。キンマリは春雨などの具を海苔巻き状にして、それを天ぷらのように衣をつけて揚げた韓国料理である。キンは海苔、マリは巻く、という意味らしい。韓国料理の名称はこういう「そのまんまやないかい」系が多くて好感が高い。私が好きなのは「ソトクソトク」である(食べたことはない、名前が好きなだけ)。

キンマリを食べ終えたあたりから、身体の調子がおかしい。アイスが食べたいのだ。キンマリはおいしい、外側がカリカリで中身は春巻きに似ている、味付けも濃くないしおいしかった。でもアイスが食べたい。なんとなく、キンマリより、今はアイスが食べたい。

幸いアイスは冷凍庫にあった。私は酔って帰るときにアイスを買う悪癖があるが、食べないのだ。酔ってないときに買ったアイスはすぐ食べるくせに。
冷凍庫にあったアイスは昔ながらの「アイスクリン」みたいなさっぱりした味で、おいしかった。いつ買ったのかさっぱり覚えていない。

この辺りから腕というより全身がだる重いことに気がついた。特に左半身が、肩こりと腰痛を混ぜたように痛い。「おいおいおい…これがモデルナアーム……」と言いながら、とりあえずベッドに入った。というか座っていられない。アームっつーかボディやん、モデルナボディ……あれ、なんかモデル体型的なニュアンスない?いやないか……なに言うとんねん……ブツブツ……
これがファイザーとモデルナの違いなのか、それとも1〜2回目と3回目の違いなのかは分からない。調べる気力がない。せっかくの晴れた休日にただ寝るのが悔しくなって、iPadで『裸一貫!つづ井さん』を読んでいたが、すぐに寝落ちした。

目が覚めたら18時過ぎ、明らかに「熱あるやん!」の体調である。というか昼にはもう熱あったんやろうな、アイス食べたくなったのはそのせいやろ、と思い体温計を入れてみると38.8℃、とのこと。熱あるやん!!!!!私熱あることあんまないから……ごめん大きい声出して……
お夕飯はねぎとろの巻き寿司でも作って、水菜と鶏むね肉をいりこのめちゃくちゃ濃いお出汁でお吸い物にしよう、そしてアベンジャーズを観よう、と思っていたので予想外の体調悪化が悲しい。つーかごめん飯の話ばっかして。まぁ今に始まったことじゃないけど。
幸い(?)こんにゃくゼリーがあったので、これを晩ごはんとして食べた。風邪でもないのに食欲があるのかないのか分からないような状態になるなんて、体温というのはすごいものなんだな。

22時ごろ、熱はさらに上がる。39.3℃。
……39.3℃!!!おいおい待て待て、嘘つけよ、と思い、3回続けて検温するも、毎回39.3℃。やばい、病気やん。いや病気じゃない副反応、これは副反応。え、でもこんなん病気やん。39.3℃やって、どうしたらええんやろ。誰かに言うべきなんか?……いや誰に?
どうすることもできずにただ横になったが、眠りが浅いのか、眠っているのかどうか自分でも分からなくなった。すごい量の汗をかき、毛布を蹴り飛ばしては寒くなって掛けなおす、を繰り返した。
明け方3時ごろ、熱は下がったが今度は体が痛くて寝られない。無視して寝るぞ、熱は下がったんやから、と何度も寝返りをうち、もちもち素材のアイマスクを付け(平時ならこれで一発、私はのび太くん並みに寝付きがいい)枕の位置を調整し続けたが寝られない。うーキツい。なんやこれは。つらい。

もう寝るのは諦めるか。でも明日は月曜だから仕事だし年度末で案件が詰まっていて、休んでいる場合じゃない、できれば少しでも寝て明日に備えたい。つーかこれ、鎮痛剤飲んだらあかんの?どう考えてもええやろ、今飲まへん鎮痛剤てなによ、つーか39.3℃の時に飲めよ、アホか。
「副反応 薬」で検索したら「発熱、腕の痛みに」の欄に「ロキソニン」とある。ほら!書いてあるやん!!!飲んでええやん!!!誰への「ほら」かは知らんが、39.3℃の表示を見て薬を飲むことを思いつかなかった自分に呆れる。

胃に何か入れてから薬を飲んだ方がいいんだろうか。分からない、しんどい、おなかすいてるんかなこれ、自分でもわからん、喉は乾いた気がする。明かりもつけずに冷蔵庫を開けると、今朝洗ってヘタを取ってあった苺が目に付き、扉を開けたまま、2粒食べた。お、おいしい……苺おいしい……ってか味覚めっちゃある、そらそうや風邪じゃないから……今朝はこんなことになるなんて思いもしなかったが、自分で洗ってヘタをとった苺がありがたい。あまおうおいしい。

結局朝までまともに寝つけず、月曜は半休をもらった。融通のきく会社で本当にありがたい。
ワクチン、2回目程度の感じでいけると思ってたの大誤算やったわ、つーか少なくとも年度末に打つようなもんではなかった。3回目打つ予定の人、気をつけてくださいね。薄いポカリ(名前、イオンウォーターやったわ)とかを、買っておいてね。

tastes like strawberries

2022年3月25日 (金) 22:48

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ベッドを買い替えたい、と2年近く言い続けている。私はベッドそのものに特にこだわりがなく、というか寝室のスペースが限られているので、そこに収まれば別に何でもいい、ぐらいのモチベーションしかないので、一向にコトが進まない。
IKEAのベッドをいくつか見てアタリを付け、まぁこのシリーズの、セミダブルか、置けそうならダブルにしようかな、と1年くらい思い続けている。早く買いにいけばいいのに。

IKEAはとにかく価格が安いがそのわりにまぁまぁ丈夫で、デザインも悪くないのが特徴だと思うけど、自分で組み立てないといけない、というのが鬼門だ。こういうのを楽しめる人が存在するのは知っているが、私は違う。私は「元の形があるものをその通りに組み立てる」みたいなことが大変苦手だ、出来ることならやりたくない。ある程度時間かけてやってみて、思ったようにできないと「……捨てたろかな」という気持ちになったりする。
螺子を3つ留めるくらいならまだいいが、ベッドとなるとそうはいかないだろう。引き出しが4つもついているデザインだし、螺子を3つ留めたくらいで完成するわけがない。そんなワンタッチポップアップなベッドがあるはずない。となるとあの、向きと個数が分かりにくい文字ナシの説明書と格闘し、休日を潰すことになるのだろう。億劫だ。

今あるベッドは私が東京から実家へ戻ってきたときに母がベルメゾンだかニッセンだかで買ってくれたすのこベッドで、なんだかんだでもう10年くらい使っている。
螺子で留めている部分の木材が経年で緩んできており、組み立ててくれた引越し屋さんも「そろそろ買い替えたほうがいっすよ、危ないんで」と言っていた。確かにややグラグラするし、乗り降りするときや寝返りをうつときに、ギシギシうるさい。
まぁ寝るだけやねんし、めっちゃくちゃ激しくセックスするとかじゃなければ大丈夫やろ、と認識しているが、どの程度の危険度なのかは正直分からない。でも引越し屋さんは私より遥かに多くのベッドを運んでは組み立て、設置してきたはずだから、彼の言う「危ない」を信用すべきだろうという気はする。気はしているが、そのまま2年程度が経過している。

新しいベッドを買うとなると、当然今あるベッドは処分することになる。IKEAは他社製品の下取りサービス的なものは実施していないようだから、今あるベッドとマットレスは私が解体し、市に連絡するかなんかして大型ごみとして処分する必要がある。もちろん有料だし、コンビニに大型ごみシールみたいなのを買いに行かないと、そして私の家からごみ置き場までマットレスを運ばないといけない。め……めんどくさい……
しかも、今あるベッドで寝る→起きる→今あるベッドを解体する→今あるベッドを捨てる→新しいベッドが届く→新しいベッドを組み立てる→新しいベッドで寝る、という流れにしないといけない。つまり、実質8時間程度で全部をやり終えないと、ベッドで寝られない日が出てきてしまう。避けたい。
作業の日はなるべく涼しいか、むしろ少し寒いぐらいが良い。となるともう時期的に厳しい、この週末にやるか、秋まで待つか、でも週末はワクチンを打つ予定だし、間に合わないだろうな。次の週末はもう4月だ、すぐに暑くなるだろう。お花見も行きたいし。よし秋まで待とう。

この調子で、全然ベッドを買い替えるに至らない。引越しのタイミングで済ませておけばよかったなぁ。
でも、ちょっと調べたら組み立ての代行サービスがあるらしい。助かるね、そうしよう、得意な人にお金払ってやってもらおう。それがいいね。

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