タナカノゾミのポートフォリオサイト

blog

ウロボロス

2022年1月27日 (木) 21:24

uncategorized

格言とか名言みたいなものに、いちいち「ッハァーうるせぇな!」と思ってしまう。若いからそうなんだ、若いからトガってしまうだけだ、などと思っていたが、もう若くない今でもまだ、日めくりカレンダーに書いてある「感謝するから 幸せになる」という格言に「ッカー!うるせぇうるせぇ!」と思っているから年齢は関係ないようだ。これはもう私の性格だ。根性がひねくれて拗れ、自分でも原型が分からない。おかしい。幼少期はドレス姿のプリンセスやトゥシューズのバレリーナ、セーラー服で戦う美少女たちが好きだったはずなのに、つまり、ごく真っ当に王道を歩いていたはずなのに、どこでどうなったらこうなるんだろう。自分のことなのにわからない。ドレス姿のプリンセスは「感謝するから 幸せになる」と声をかけられて「うるせ~!」とは言わないだろう。

試しに「感謝するから 幸せになる」と声をかけられて「そうですね、ほんとうにそのとおりです」と柔らかに微笑み、肯定の言葉を発する自分の姿を想像してみる。……胡散臭いな。思ってないことを口にするなよ。しかもうまく笑えずに顔が歪んでいそう。
でも何の疑いもなく「そうですね、ほんとうにそのとおりです」と言える人のほうが、素直で、かわいいよな。それはそうだよ、ほんとうにそう思います。

えーでもさぁーだってさぁー「感謝するから 幸せになる」、のか?マジ?だって逆もあるでしょう。「幸せだから 感謝できる」んじゃないか?これは“にわとりたまご案件”だ、たまごが先か・にわとりが先か、のアレじゃないですか。だから受け取る人によって、直面している場によって、いつでも簡単に前後が入れ替わるじゃないですか。だから「感謝するから!幸せになる!!!」つって大声で言い切ってドヤ顔されると「うるっせぇなタココラ」ってなっちゃうんだよ私は。言い切るなよお前は。筆文字でえらそうにすんな。

一方これが「私は感謝するから幸せになれたんだと思う」だった場合、私は全然「ハァ?」とも「うるせぇーーー」ともならない。不思議だ。
「私は感謝するから幸せになれたんだと思う」と言われたら、私は「そうかそうか、それはすてきだ、よかったね」と言える。顔を歪めたりせずに言える。言外にある「あくまで私見ですが」の部分によって、これは個の話だ、と感じることができるからだろうか?「じゃあ今は幸せなんだね、よかった、幸せでいてね」と言える。初対面の人にも言える。

結局、私は人数が多いほうに向けて言ってる言葉が嫌いなんだろう、と思い至る。個の話だけしてくれ、どうせ聞くのは私だから、私も個でしかないから、あなたも個なのだし、と思っている。
でもまぁ日めくりカレンダーに「私は感謝するから幸せになれたんだと思う」って書いても売れへんやろうな。誰?急に何の話?ってなるもんね。だからしょうがないよな。別に怒ってないよ。

こんなことに1,000字くらいかけて、読み返してみると、今度は自分にも「ハーうるせぇな!ごちゃごちゃ言いやがって!」と思う。ループして読む文章みたいだ。あ、ねぇあれ何て言いましたっけ、あの、蛇がさ、自分の尾を噛んで、輪っかになってるやつ、あれなんて名前でしたっけ。
ちなみに蛇はね、韓国語で「뱀(baem)」と言います。昨日習いました。

油断すると大人になっちまう

2022年1月25日 (火) 22:17

uncategorized

ファッションをはじめとした流行の類は、繰り返すものなのだそうだ。だいたい7年ごとで一周し、この周期を繰り返すらしい。
子どもの頃、母が「おかあさんたちが若いときもそれ流行ったわ」と言うのを聞いて「そんなわけないやん最近の流行りやのに」と思っていたが、最近は私もセンター街を歩く若い女の子のブーツを見て「あれ、なんかそういうの安室ちゃんが履いてたけど、今また流行ってんねんな」と思うようになった。母が言っていたことは本当だったのだ。厚底の靴が流行るのは今回で何回目なんだろうか。

先日、仕事で少しお世話になったイベントに顔を出したら思いのほか仕事モードになってしまい、心の切り替えが難しかった。いや、思いのほかっつっても先方はお仕事中なのだから当然仕事モードだろうけど。つーかなんの切り替えやねん、と思うけど、これはアレか?ペルソナの切り替えか?ペルソナ!
休日なので私は名刺も持ってないし、こういうときの大人っぽい振る舞いがさっぱりわからない。“大人っぽい振る舞い”とか言うてる時点でもう違うんやろうな…
「(関係者に)紹介しますのでこちらへどうぞ」などと言われて「いやいや、えーと、全然、その、私みたいなもんが、アハハ」とよく分からないことをモゴモゴ言ってしまう。ダサい。
とは言え仕事ぶりを褒めていただいて嬉しかった。が、「ヤハ~ありがとうございます恐縮です」と言ってしまって喜び方もダサかった。

休日、びっしりとやりたいことを決めたのに、起きたら雨だったので、全部の予定を流してしまった。雨の日に家にいて、のんびり過ごすのは好きだが、雨の日に傘をさして出かけるのが億劫だ。そのうえ「私が休みなんだから雨なんか降るはずがない」と思っているフシがある。何様のつもりなんだ。神か?
結局ネットフリックスで韓国のラブコメドラマを延々観て過ごした。国内外問わず「ドラマはやっぱラブコメっしょ!ガハハ!」と思ってるんですけど、どうですか?同意?同意??

happy watching downton abbey

2022年1月21日 (金) 21:54

uncategorized

映画館で観たい映画が多いが、タイミングが悪いせいで、全然観られない。20時40分開始の映画を観るまで時間をつぶすのはなんとなく億劫だし(億劫じゃないときも全然あるのに)、17時50分開始の映画は仕事の後では間に合わない。予告編があるから本編には間に合うだろうけど、私は映画館に遅れて入るのが苦手だ。

仕方ないのでとぼとぼ家に帰り、ネットフリックスでドラマを観ている。ネットフリックスは続きをどんどん自動再生してくるのでやめどきが分からない。「自動再生してくる」というか、デフォルトでそういう設定になっているだけで、私が変更すればいいのだろうけど。
やめどきがわからないので延々テレビ画面の前で夜を過ごす。ストーブとブランケットでぬくぬくし、あたたかいココアか紅茶をガブガブ飲み、夜更かしがとまらない。ちょっと寝不足気味です。まずい。夜更かししだすと体重が増えるのはどういうことなの、不思議、と思ったけど、普通にココアが原因なんちゃうの?あとココアにマシュマロ入れてるやん。それやん。不思議、やないねん。

昨年末からマーベルヒーローの映画を観ている。ちょこちょこ観た作品もあるけど、関連がよく分からないのでアベンジャーズが観られない、順番もよく分からない、ちゃんと観れば好きなはずだが、調べるのが面倒でずっと放置している旨をもっちゃん(友人)に話したら、履修表を作ってくれたのだ。これがとてもよく出来ていて、全体のフェーズもわかりやすいし、どの順で観ればいいかわかりやすいし、もっちゃんが好きな作品も明記してある。やっぱこういうのは好きな人にレクチャーされるのが一番いいなぁ~!!!と大声で叫びながら、私はまたテレビ画面の前で夜を過ごす。

そういえばHiGH&LOWシリーズを観たときも、ドラマ版と映画版がそれぞれいくつかあって、何?どれ?どの順?とTwitterで言っていたら、ねたりないさんが教えてくれたのだった。というか「ねたりないさんが詳しいっぽいな~教えてくれんかな~」とモジモジしていたら連絡をくれた。その節はありがとうございました。

「アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン」まで履修完了した現時点での私の推しマーベルヒーローは、アイアンマンに決定した。劇伴にAC/DCが多用されるのが好き(めっちゃ合ってる)だし、あとはアイアンマンは根が技術者というかエンジニアで、それをベースに仕事をしているところがいいな、と思う。「アイアンマン3」で身ぐるみ剥がされてメソメソしてるアイアンマンが、子どもに「メカニックなんでしょ?なんか作れば?」と言われているあたりのシーンはグッときた。ホームセンターで買い集めた材料でいろんな武器を作り、それでひとり戦うスタークおじさんは全く“アイアン”を着ていないのに、マインドが“アイアン”なのだ。いいぞいいぞ。
それに、スタークおじさんは精神的にあまり安定していないところも良いな、と思う。エイジ・オブ・ウルトロン以降のことはまだ観ていないので分からないが、アイアンマンが精神的に“アイアン”な部分はほとんどない気がする。迷い、悩み、悔い、強がり、怯えもしている。冗談を言って誤魔化したり、誤魔化しきれずに身体が付いてこない日もあったりする。脆い。ヒーローものの映画なんだから強くないと話にならんとは思うけど、でも弱さや脆さは人を魅力的に見せることもあるよなぁと思う。私は人が弱さや脆さをどのように捉え、どのように扱うかに興味がある。フィクションであっても。

今映画館でかかってるスパイダーマンも観たいけど、たぶん間に合わなさそう。引き続き履修を進めます。フレデリック・ワイズマンの映画も観たい、あれ、ボストンのやつ。今週末始まるんじゃなかったか。いつ観ようかな。どうせ長いでしょ、3時間ぐらいあるでしょ、と思ったら247分らしい。4時間半……!ねぇ編集したの?編集したけど247分なの?撮ったやつ全部入れたんかな、頑張って撮ったから全部観てほしいのか?かわいいね。

日記(パン)

2022年1月14日 (金) 21:03

uncategorized

今年いちばん高い食事をし、おいしかったね、と言い合いながら友人を駅まで送り、ご機嫌で帰り道を歩きながら気づく。パンがない。明日の朝、食べるパンがない。
私は朝はパン、いや、できれば昼も夜もパンが食べたい。パンが好きだからだ。
通りがかったセブンイレブンで、適当なパンを買おうとするも、食べたいパンは無い。間に合わせでとりあえず食パンを買うべきか悩むが、明日は祝日だ。家にパンがないなら、パンを食べに行けば良いじゃない。よしそうしよう。

翌朝、起きたら8時半だった。早起きとは言い難いが、休日にしては悪くない。天気もいい。昨日に引き続き、洗濯もしよう。寝ているうちに届いていたiPhoneの通知を確認し、それに返信したり、推し(ジンくん)の写真を眺めて幸せな気持ちに浸っていたりしていると、いつの間にか二度寝してしまっていた。次に目が覚めたら11時半だ。二度寝が長い。
布団から出て洗濯機を回す。身支度を済ませつつ、パンがないことを思い出す。おなかすいた。行ってみたかった近所のスコーン屋がいいかな、あそこ祝日は閉まってたかな、サントスでホットケーキ食べてもいい、いやでも、パンが食べたい、バターが染みたトーストがいい。よっしゃにしむら珈琲やな、にしむら珈琲一択。

洗濯物を干したり、掃除機をかけたりしていたらもう13時前になってしまった。おなかすいた。にしむら珈琲はまぁまぁ混んでいる。読んでいた文庫本を置いて、山型食パンが3等分されたトーストを食べる。カラシのきいたドレッシングがかかったサラダを食べる。お皿には目玉焼きが2つ、黄身をくずしてパンにつけながら食べる。そういえば私は、ハムエッグばかり選ぶので、ここではベーコンエッグを食べたことがない。次回はベーコンエッグにしよう、と思いつつ、でもたぶん次回は忘れている。

にしむら珈琲を出たら、明日食べるパンを買うためにイスズベーカリーへ行く。パンを食べるために出かけ、パンを買って帰るのだ。パンに支配された休日だ。カスクートとミートパイとチーズフランス、それからいつもの食パン、食パンは最近4枚切りを買っている。

ポイントカードが満杯になった(つぎ300円値引きしてもらえる)のでご機嫌で歩いていると生田神社を通りがかる。今年まだ初詣いってないねんよな、と中を覗き込むと、わりと空いている。あら、空いてんのかい、ほなちょっとご挨拶していこ。
そういえば生田神社は散歩がてらたまに来ることはあるけど、初詣は初めてなんじゃないかと思う。お賽銭を投げて手を合わせ「あけましておめでとうございます、タナカノゾミと申します、お世話になっております、元気です」と心の中で挨拶をする。手を合わせて何を思えばいいのか、年々分からない。突然「元気です」と言われても、困るだろうな。ごめんね。あとパン買ったついでに来てごめんね。細かいこと気にしないタイプの神様だと良いんだけど。

せっかく初詣に来たし、おみくじを引くぞ、と思ったらQRコードを読み込んで、ランダムに出る数字を見せる、という仕様になっていて笑った。非接触、という観点なのか、それとももっと前からこのシステムなんだろうか。だとしたらどういう理由なんだろう。

おみくじは大吉だった。私は23歳になるまで大吉しか引いたことがなかったので、初詣のおみくじは大吉が半数以上で、他のは申し訳程度にしか入っていないものなんだと思っていた。だから23歳の元旦、まだ日も登らない浅草寺で凶を引いたときびっくりした。凶って実在するの。字面がこわいし、響きもこわい、「きょう」ってこわい。私はその日、世の中にほんとうに「凶」と書いてあるおみくじがあること、年越しの瞬間にどこに誰といても別にこれといった感慨はないこと、このあと私たちはそれぞれの家に帰るけど、家にはおせちもお雑煮もないこと、そのすべてにびっくりした。以来、年末年始は毎年同じように実家に帰り、親戚一同でごはんを食べ、餅つきをし、叔父が打ってくれる蕎麦を食べ、家族と年を越すことにしている。惰性でもある、あるが、同じことを同じようにすることは、ほんとうは難しいことなのだと今はわかる。「当たり前のことは奇跡」とかって話じゃないよ、私がそんなJ-POPみたいなこと今さら言うわけないでしょう。いや、今もうそんなこと言うJ-POPは無いのか?

おみくじは大吉だったのでいいことしか書かれていない。たくさんの椿が咲くように良い1年になるぞ、朗らかに過ごせ、と書いてある。なるほど。ただし椿を維持する努力を惜しまず、種をまくことを心掛けよ、とも書いてある。ほほう。なぜニシーの年賀状と同じようなことを言うんだ。おみくじに占いの要素とか全然ないと思うんですけど…不思議だな。友だちなの?

神社を出たあとは、お気に入りのポッドキャスト「OVER THE SUN」を聴きながら、歩いて帰る。牛乳とチーズが切れているのを思い出し、スーパーに寄る。スーパーでは、ペットボトルの商品棚の前で少し困ったような顔をする男の子が、意を決したように変な色のファンタを手に取ったのがかわいかった。何味のファンタなんだろう。変な色。それおいしいの?
最近ファンタとかコーラとか、変な色の炭酸飲料を飲んでる人を見ると、反射的にかわいいな、と思ってしまう。テヒョンの影響かもしれない。

家に着くほんのちょっと前にポッドキャストが終わったので、手癖みたいにアナログフィッシュの「Yakisoba」をかける。なんにもいいことない、なんにもいいことなかった、いい日だった、と下岡晃が歌う。あぁ今日のことだ、と思いながら玄関の鍵を開ける。BTSのグリーティングカード、うちにはまだ届かないな。

のめわせ

2022年1月7日 (金) 21:37

uncategorized

友人のお誕生日祝いに何かおいしいものを食べようよと言ったら、気軽なフレンチがいいな、ということになった。ちょうど正月で実家にいたので「気軽なフレンチの店、どっかええとこ知らん?」と家族に聞いたところ、弟は「いや知らんわ、俺人生で“気軽なフレンチ”言うたことないわ」と言った。なんて非ロマンチックな弟なん…クリスマスのデートとかで行けや…と思ったけど、まぁ弟はそういうタイプじゃないか…というか世にロマンチックな男は私が思うより少ないんだと思う。弟に限った話ではない気がする。

「気軽なフレンチ」の「気軽な」について、定義は友人とすり合わせしていないので分からないが、たぶん金額的なことと、アラカルトのメニューがあること、それから店の雰囲気、を指すと思う。結果として選んだ店の金額はまぁまぁのものになったし、コースしかなかった。店の雰囲気はまだ行ってないので分からないが、写真で見る限りはわりと気軽そうに見える。少なくともドレスコードはないようだ。

予約のために電話すると、受付してくれた男性は物腰が柔らかく、フレンドリーだが踏み込みすぎない話し方をした。始めに名前を聞くのもスマートだなと思った。真似しようと思う。

お金は最初から私が全額払うつもりでいたので別に問題ないし、おいしいものや、それを作る人の技術や、気持ちよく過ごす時間に対してお金を使うのが好きだから全然構わないけど、人によっては引く値段かもしれない。私もまぁまぁ高ぇな~とは思っているがギリ引いてはいない。期待はしているが、正直レストランの類は実際に自分で行ってみないと分からないので、今のところなんとも言えん。
が、友人は引くかもしれない、というか逆に気を使うんじゃないかという気がする。そうなってくると私も気を使うし、自分が気を使ったことに対して私が気を使うことで友人はまたさらに気を使いそうだ。まずい。負の気づかいループに入ってしまう。ハッピーな未来が見えない。伝票を見せないようにしなければならない。

お金のことは価値観としか言いようがないのだな、と年々強く思う。例えば私は、10年前と比べると「特に目的はないけど一応しておくタイプの貯金」が出来るようになった。金銭的余裕の有無によるところもまぁあるけど、そもそも私は「理由もないのに貯金なんかしてどうするねん」と思っているのだ。今も基本的にはそう思っている。
が、歳を取るにつれて、良いことでも悪いことでも、単にお金があれば解決・回避できること、というのは一定数存在する、ということが分かるようになった。この先何があるかわからないけど、わからないから一応貯金するのだ。何もなきゃないで、それでいいし。
でも同じだけ、お金があったって何も解決できない、というシーンも間違いなく存在する。何億積んだって時間は買えないし、2分で売り切れたパジャマを翌日メルカリで見つけても、買う気にはならない。お金だけが問題じゃないんだな、というシーンは存在する。
つまりお金は多ければ多いほどそれで良い、全解決する、というものではないし、額面はどうあれ「どのように扱うか」ということのほうが本質なんじゃないだろうか。何にお金を払い、そのお金がどこからどのような形で私のところへ来たのかを自覚し、払ったお金がどこの誰に渡り、その先でどう使われるのかを見ている、見た上で稼いだり使ったり貯めたり増やしたりする、というのが大事なんじゃないかと思う。まぁ、今のところはそう思うだけで、また変わってくるだろうな。価値観て思ったほど固まってないものなんだな、というのもここ10年ぐらいで気づいたことのひとつだと思う。価値観なんてグニャグニャでグラグラ。

今確実だと思っていることのひとつは、例えば「ジャズをかけると生活のすべてが超イイカンジになる」というものだが、これもいつかグラグラと崩れるんだろうか。あぁ今日も、何にも確証がない。

GOOD DAY PAJAMA

2022年1月5日 (水) 23:02

uncategorized

2021年の抱負は「シュークリームを焼く」だったので、去年はトータルで4回?あれ5回かもしれんが、とにかく何回かシュークリームを焼いて食べた。少ない気もするが、3か月に1回はシュークリームを焼いているのだ。十分多い(自分に甘い)。
これまでに作ったお菓子の中では確かに群を抜いて難しかったが、回を重ねるごとに上達していると感じた。何事も慣れと、勘が大事だな、と思う。

というか、私の悪いところはいっつもこうやって、ひとりでやって、ひとりで食べて、ひとりで「上達している」などとのたまい、自己完結していくところだ。基本的にひとりでいるのは好きだが、どちらかというとひとりが楽なので、楽なほうへ流れているだけのような気もする。仕事でも自分ひとりで案件をコントロールし、納品までパッケージできる方が楽だ。

近年はそのことがどうも気にかかり、特に仕事の面ではチームの舵取りをもう少しいい感じにできるんじゃないか、と思ったりもしている。具体的には「もういい、私がやる」と言わないようにしている。もしくは「ありがとう、あとはこっちで引き取るから別の案件を進めてもらってもいいかな」と言うようにしている。
あとは、脈絡がなくても気にしないで「あのときのあれはすごい助かったわ、ありがとうね」と言うなどしている。人を褒めたり、感謝するときに文脈など気にしていてはいけない、と思うようになった。
私生活の面では、仕事ほどの定型はないので難しいが、まぁどこかしらで応用がきいてくるはずだと信じている。

抱負「シュークリームを焼く」には、もうひとつ、精神的な意味もあった。昨年1月に書いた記事を引用するとこんな感じ。

頑張ったのに簡単にはできなくて、失敗作をもしゃもしゃ食べながら、何でだめだったのか、次はどうするか、どうすれば上手くなるか、いっぱい考えて、それでもまだ挑戦したいと思えるのがいいな、そういう過程を楽しめるようにしたい、今年はそういう1年にしよう。

これについては、そもそも2021年はあまり“失敗”がなかったような気がする。いや、失敗はある、ないわけがない、もちろんある、あるはずだが、大半が「どこがどうダメで出来なかったのか」を自分で分かっているので、失敗カウントしていない、んだと思う。さらに、あとの半分くらいは記憶から消し去っていると思う。日常の小失敗は多すぎて記憶していられないんだろうな。中失敗、大失敗には図らずも挽回のチャンスが与えられ、結果として失敗かどうかはうやむやになっている、という感じがする。なんだ?幸運だな?幸運だ。私は幸運です。
とはいえ挑戦がなかったか、というとそんなことはないように思う。「そういえばこれ生まれて初めてやります緊張します」ということが仕事でも私生活でもいくつかあったし、まぁいずれもすべて大成功です!とは言い難いにしても、なんとかなったりならなかったりし、おさまるべきところへおさまった。いや、何を言っているんだ。当たり前の事しか言ってないな。まぁつまり、次は「もっとうまくできると思います」というところにおさめられました、ということです。

とにかく、総括すると、2021年はとてもいい年だったな、ということになる。シュークリームが自分で焼けるようになって、それがまぁ合格点を出せる程度にはおいしくて、穴を掘って入りたいほどの大きな失敗はなく、自分は幸運だと思えるなんて、いい年以外のなにものでもないだろう。いやぁ~めでたしめでたし。
何より私の2021年にはBTSがいて、ARMYの友だちがいて、だからずっと楽しかった。先月ニシーさんに会ったとき「最近どう?」と聞かれ「良いです、元気です」と答えたら「そりゃ元気だよな~だってBTSがいるもんね!」と大真顔で言われて、あれよかったな、アイドルとは何かを端的に表していると思う。

さて、2022年は今のところ「惑う」や「見切りのよさを得る」という抱負があるが、いずれも具体性に欠けるせいで、私は一体何をすればいいのか、正直自分でも分からない。こういう抱負は掲げないほうが良いと思う。結局なにも出来ないし、出来たかどうかの判断も出来ない。「惑う」は特に、全く言語化できない、惑うってなんだよ、何をするつもりだ。つーか「惑う」って意気込んでやることなの?結果として「惑う」んじゃなくて?でも惑いたいなぁ~と思っちゃったんだもん。
つーか「惑う」と「見切りのよさ」はしっかりと矛盾していませんか。いやぁでも「見切りの良さを得る」は「得る」の部分が重要だ。得たい、そして適宜アイテムとして利用したい、の意。

とは言えニシーさんの占い年賀状によると、2022年は「のんびりする」と「種をまく」がキーになるようだ。ニシーさんが何を言おうと、それが当たろうと外れようと、私の気が向かないならこういうのは全無視すればいいだろうと思っているけど、どちらも「オッケーなるほど楽しそうありがとう」と思ったので全実施することにした。
具体的には「自宅の本を整理する」と「積み立てNISAを始める」にする。どちらも「種をまく」要素があると思うしピッタリですね。
「のんびりする」は得意なので心配していない。とは言え去年は少し予定を詰めすぎたな。というか、ホドホドにしてあったのに予定外のものがボコボコ来て結果的にギチギチした感じ。まぁ結果としてどれも楽しかったんだから良いだろうけど、でも「のんびりする」にギチギチは禁物な気がする。強い気持ちでホドホドにするぞ。

さ、行くぞ2022年。

かわいいおべべ

2022年1月4日 (火) 14:29

uncategorized

あけましたね、おめでとうございます。こちらは2022年です。

今朝は11時から推しのプロデュースしたパジャマ(14,300円/送料別)が発売になる、ということで8時には起床し、パソコンを起動して待機していましたが、11時2分には目的のパジャマが完売。昨日パジャマの値段が発表されてから散々騒いだのが恥ずかしくなるほどのあっけなさでした。
私はパソコンとiPhoneの両方でトライし、一旦はカートに入ったのでホッとしていたのだが、クレジット番号を入力したあと「品切れの商品がカートに入っています」と表示され、あっさり撤退することとなりました。実に無念です。考えたらweverseショップでも買えたんだが、時すでに遅し。

そもそもなぜパジャマが14,300円なの?布を切って縫っただけのものが?なんで?HYBE鬼なの??と騒いでいたのが昨日の昼、午後になるころには徐々に思考が先へ進み、綿の価格や人件費について検索し、もう高いのか適正なのか、むしろ安いのか、分からなくなってしまった。少なくともHYBEは鬼ではないはず。鬼はもっと、こちらが気づかないぐらい、狡猾ではないかと思うんだが、どうでしょう。

パジャマを製作し、販売するまでにかかる費用について少し考えてみる。
まずは原料について考えてみよう。
まず、どう考えても布が要る。さすがに繊維から開発してはいないだろうから、すでに存在している布の中からどれか選ぶんだろう。公開されたメイキング動画では「夏は着ない可能性があるのであたたかい素材にします」「綿がいいです」「もっとやわらかいのはないですか?」などとジンくんのパジャマラバーらしいこだわりの発言が多く見られたので、結構いいお値段の布なんでしょうね。
さらに近年は綿が値上がりし続けている。ヨウリーさんが「ウイグル問題の影響かな」と言うので調べて見ると、なるほど、どうやらウイグル自治区での強制労働の問題が関係しているらしい。不勉強で恥ずかしい限りだが、つまり、誰かの犠牲によって安くなっていたものを、選ばない・使わない、という流れが出来ている、ということなのかな。だとすると私は綿の高騰を受け入れていくし、適正な値段で取引されるようになってほしい。綿をつくる農家の人とかがおいしいものを食べて快適な家に住んでほしい。
そして、布にはオリジナルのプリントが入っている。布へのプリントは職業柄少しだけ知識があるが、これはまぁまぁ費用がかかる。発色とかにこだわり始めると、特にかかる。
ディティールやパーツにもこだわりがあるジンくんは「ズボンにはポケットをつけてください」「ボタンが小さすぎるのはだめです」と発言している。ボタンのサイズ変更が与える費用の増減は知らんが、ポケットは高くつくだろうな、だって、めんどくせぇもん。めんどくせぇことは金がかかる。これは業種・職種に関係ないことだと思う。めんどくせぇことは金がかかる。

続いて人件費についても考えてみる。
まずはジンくんのお給金がかかる。ジンくんの給与形態など私は知らんが年俸制とかなのかな。知らんけど、でもこの件にかけた時間と労力に見合った額が支払われているはず。あと、HYBE社内ではプロジェクトチーム的なのが組まれているんじゃないかと思う。全くの想像でしかないけど、でももし私がこの案件をやることになったらそうする。専属ではないにしてもチームを組んだほうがスムーズにやれる気がする。統括するポジションの人と、その下に何人かつけて、事務系の仕事ができる人も要る。それからデザイナーが要る。プリントする絵柄の案がメイキング動画に少し出ていたけど、2~3人イラストレーターがいてもおかしくない。初案をジンくんに見せるとは思えないので、超スムーズに進行したとしてもあれは3リテイク目ぐらいなんじゃないだろうか。イラストレーターとは別に、テキスタイルデザイナーも要るかもしれない。印刷物まわりを担当するグラフィックデザイナーも要るし、あとはパタンナーとかも要るのかな。すでにあるパジャマを元に作るだろうけど、ポケットを増やしたり、あとジンくんは「ゆったりめのサイズで」と言っていたから、こんなんもうイチから作ったほうが早いんやけど!!!という状態になった可能性もある。あ、あとゆったりめサイズにすることによってさらに布の面積が増えてるな、これも金がかかるな。

あとは製造費、倉庫代、がかかる。布の状態からスタートしたとして、柄を入れる→裁断する→縫う→バーツをつける→袋に詰めるまで、一元でできるんだろうか。いくつか工場を分けているかもしれない。さらに輸送費がかかるだろう。送料(800円)はこちらが払うけど、それは日本国内の倉庫から家までの送料ってだけで、製造しているベトナムから日本に運んで来るまでの費用ではないだろうと思う。あ、検品も要るね。もし検品のために韓国を経由していたら、輸送費はもっとかかると思う。製造して販売する、ということは在庫の管理も必要だ。つまり管理する人が要る。
サンプルを少なくとも3回は作っているだろうから、それにも費用がかかる。

…うーん、14,300円、適正価格なんじゃないの…?という気がしてきた。布を切って縫っただけのもの、ではあるが、何人の手を介し、どれだけの時間をかけたかを考えると、布を切って縫うのは大変なことだな、と思う。

ジンくんはweverseで「パジャマの良い素材を使ってほしいと言ったけど、何の値段が…僕も驚いたよ」とコメントしている。本人も値段を知らなかった可能性は、ちょっと想像してなかったな。そうか。当然知ってるものと思ってたわ。つーかあなたは「パジャマ14,300円なの?高くない!?」という金銭感覚をまだお持ちなんですか。それもすげぇけどな。

企画を考えると適正価格なんじゃないかと思うけど、そもそもアイドルのグッズで提示する値段なのか?というところはまた別の話だ。お小遣いをやりくりしてBTSを応援している10代の女の子(※架空)を想って泣いてしまったよ。少なくとも私が10代のころ、14,300円のパジャマを買えるような金銭的状況ではなかった。時期的にお年玉があるかもしれないけど、パジャマに14,300円払うのはかなり大きな決断だと思う。
とはいえジンくんが気に病むのはおかしいし、HYBEの「メンバーがイチからアイデアを出してオリジナルグッズ作ったらアミたち喜ぶだろうなぁ〜!」という企画そのものが悪いとも思えない。「HYBEは儲けたいだけでしょ」みたいなことを言うのは簡単だが、そんな話で済むだろうか。私はHYBEの人をひとりも知らないし、会ったことも話したこともないので知らんけど、でもこんだけ世界的に影響力があるアーティストを抱えて、しかも全く売れてないころから一緒にやってきて、単に「儲けたい」のみを原動力として経営できるもんなのかな。もっとコトは複雑じゃない?
まぁ私はジンくんが一生懸命考えてくれたのが嬉しいし、それを形にするために尽力した人たちが大勢いることも嬉しい、これが2分で売り切れるほど欲しいと思う人がたくさん居るのも嬉しいし、推しがたくさんの人に愛されていることそのものも嬉しい。買えなかったけど。

14,300円のパジャマについてこんなに考えることがあるとはね。疲れた。疲れたしパジャマは買えなかったし、もう2時半だ。さむい。ストーブつけて、豚ロース肉の塊を煮よう。ことしもよろしくおねがいいたします。

あほんだら

2021年12月27日 (月) 23:05

uncategorized

お昼ごはんを食べるためにお店に入ったら、隣席にカップル、というかたぶんまだ付き合ってはいない・会うのはおそらく2回目ぐらい(初回にしてはやや緊張感に欠ける)・マッチングアプリとかで出会った人たちっぽい、という雰囲気の男女がいて、その会話が、なんか、なんだ、あの、ダサかった。私は聞こえてくる会話に耐えられず、いたたまれなくなってイヤフォンを装着し、爆音でミルクボーイのラジオを聴いた。もしかしたらこれが共感性羞恥というやつなのか。「ダサい」じゃないのかな、何この気持ち、正式な名称がわからない。喉のあたりがかゆい。あとなんか知らんけど吐きそう。

会話の内容は、休みの日に何をしているか、仕事はどんな感じか、趣味は何か、恋人(もしくは配偶者)に求めることは何か、というようなごく一般的なものだ。例えば彼は「俺、仕事はすごい頑張っちゃうっていうか、自分で言うのも何なんだけどめっちゃ真面目なんだよね、根が真面目って感じでさ、よく言われるんだけど、でさ、だからもう休みの日はほんとにダラッダラするんだよね、ダラッダラしてる、もうほんとに超休みって感じにしないと、何もかも無理になっちゃうっていうかさ、頑張らないようにするっていうのがテーマなわけ、休みなんだから、だからイベントとかもガンガンスルーしちゃうタイプだしね、だから女ウケ悪いんだと思うけど、よく言われるんだけど」と言っていた。
いや、特におかしなことを言ってはいない、別に、普通だ。普通に、自己紹介だ。彼は休みと仕事へのスタンス、さらに自分の性格と他者からの評価とを織り交ぜて、自分がどういう人間か、という話をしているだけだ。私には「もしあなたと交際することになったら休みの日はダラダラすることも許してくださいね、あと記念日とかイベントごとは祝いませんよ」という事前の申し開きに聞こえるが、そんなふうに聞こえる私が歪んでいるのだ。

ところで、人が言う「よく言われる」は具体的には何人に言われたことを指すんだろうか。どうでもいいけどずっと気になっている。私は3人に同じ内容のことを言われたら「よく言われる」と言っていいぐらいかな、と思うけど、でもこれは「よく」ではないんじゃないか、とも思っている。
あとは頻度、頻度も関係している気がする。私は1ヶ月で2人に言われたら「それ最近よく言われるねん」と言っている。ただ冷静に考えるとこれも「よく」ではない気がする。まじ細かい話ですみません。なんだこの話は。

一方、彼女のほうは「え~そうなんだ」「わかる~」「だよね、間違いないね」などの相槌を打ちながら、皿にたっぷりと残ったパスタの具材をフォークでつついていた。パンもちぎっているだけで、口に入れはしない。もう食べる気がないんだと思う。私は彼女の横に座っているから顔は見えないが、たぶん「つまらない」と書いてあるだろう。もしくは「帰りたい」だ。彼は彼女に、話す間やきっかけを全く与えないので、既に相槌のバリエーションが尽きてきている。
つまんないね、わかるよ、これもう会話じゃないもんな、あいつしかしゃべってへんもんな。ちょっと「いやいや、ようしゃべるなぁ!笑」ぐらい言うてみたらどない?むずいか。まぁその隙間すらないもんな。わかる。
あなたの気持ちはよくわかる、わかるが、でももう食べないならフォークとパンを手から離して。失礼だよ、それおいしいのに、パンも、おいしいよ。

恋人がいたらいいな、と思う気持ちはわかる。その恋人といずれ結婚できたらいいな、と思う気持ちもわかる。普通に生活してたら会社行って家帰って寝て休みの日はダラダラしてるだけで終わっていくから恋人なんか出来ないし、そもそも出会いとかないし、だからアプリなり何なり活用して、たくさん人に会ったほうがいいな、効率もいいし、もめっちゃわかる。
会ったら自分がどういう人か相手にたくさん知ってほしいし、でも今後付き合うことになったら、なるべく自分のスタンスとか生活とか性格とか変えないで済むほうがいい、楽だから、あとありのままの自分を愛されたいし、それにもし付き合うとかはナシ的な感じだったら早めに知りたい、時間もったいないし、また別の人を探した方がいいでしょうお互いに、あぁわかる、わかるよ。全部わかるけど、なんだこの、むず痒く、叫び出しそうなほどのいたたまれなさは。吐き気がするほどの気持ちわるさはなんだ。共感はしているのに、なぜこんなに吐きそうなんだ。ダサい、会話が、場の空気がダサくて吐きそう。いや会話に「ダサい」とか「ダサくない」とかないよね?ないと思うけど。いや、あるか、いやでも、ちゃうねん、ダサくても別にええねん、ええねんけど。なにこれ。吐きそう!!!

イヤフォンから流れるラジオのミルクボーイは『浅草キッド』を観た話をしている。私が目一杯音量を上げているせいで、ふたりとも大声でしゃべっている。『浅草キッド』ね、あれ私も観たいと思ってたのよ、お正月に観ようかな。芸人の話なら『火花』が良いですよ、ドラマ版のほうね、林遣都と波岡一喜が出てるほう、あれめっちゃくちゃ良いよ。

野菜天ざる

2021年12月21日 (火) 21:27

uncategorized

自分で「敬意と敬語は別にイコールじゃないからな!字が一緒なだけで!!」と言ったあと「いやそれは年上とか目上とかの人が下の人に言うことであって、下から上に向かって言うようなことではないな、無礼すぎるやろ」と思い、めちゃくちゃ座りの悪い気持ちになった。やさしい人たちは「そうやね」「わかる」と言ってくれて、誰もツッコまなかったのでそのまま場は流れたが、私はまだずっと座りが悪い。どうかみんなが気にしていませんように。翌日には忘れてくれていますように。

私は敬語が苦手だ。というか苦手ってことではないけど、なんだろうな、自然体で使えていない。使わないから馴染まないんままなんだろうな、とも思うが「他人行儀やな」とか「自分らしくないな」とか思いながら話すことはなかなかの苦痛だ。丈の合わない服を無理やり着ているような苦痛。耐えられないほどではないが、出来れば着ていたくない。

以前、3~4つくらい年下の友人が出来て「敬語でしゃべらんといてほしい、これ以上は仲良くなられへんて言われてるみたいで寂しいから」と言ったら、「自分にとって自然に話せるタメ口は方言で、でもそれはあなたの使う方言とは違うし、かと言って標準語のタメ口で話すのは不自然なことで嫌だ、結果敬語が一番楽に話せる」というようなことを言われ、ぐうの音も出なかったことを思い出した。彼の言うことは完全に理解できるし同意もできるが、私の寂しさを「言語」はどうにもしてくれないのだな、と思った。育った土地が違うことと、どちらが先に生まれたか、だけのことを「言語」は越えないのか。「感情」と「言葉」は近いようで遠い。日本語はなぜこうも複雑なんだ。

とはいえ、今勉強している韓国語にも敬語はあるし、日本語と同じように敬意レベルみたいなのが2~3段階くらいある(たぶん)。語尾を変えればいい、というだけの簡単なものから、そうでないものもある。わりと複雑だ。ゴリゴリに方言もあるし、イントネーションの違いだってある。複雑なのは日本語だけじゃなかった。

人間同士が円滑にコミュニケーションをとるためのツールが、とりあえずは「言語」のみなのウケるな。あまりにも不完全な武器やな。
目線や表情、体温、などもまぁツールとして使えることは使えるけど、でも例えば初対面の人の心拍数を測ったり、取引先の偉い人をハグしながらしゃべったりとかはできないでしょう。使える武器「言語」だけなのウケる。

とは言え私は言語化を諦めて生きるのはまだ嫌だし、でも言語化できないものを「無いもの」として扱うのも嫌だ。どっちも嫌だから、仕方がないので、間にある線を踏みしめて歩く。どっちにも傾かないように、どっちかを正としないように。でも線は面ではないのでわりとぐらぐらである。この線はいつか面になるのだろうか。私がするのか?線を面に?ほほーん。
出来た人いるのかな。いたら返事してください。

家から一番近い淡水

2021年12月17日 (金) 23:03

uncategorized

年末感が高まってきた。年末になると、街中にクリスマスツリーが増える。私は豪華なデパートやホテルのクリスマスツリーも、友人が家族で飾り付けたおうちのクリスマスツリーも、スーパーやコンビニにある「一応出しておくか」感の否めないクリスマスツリーも、みな等しく好きなので、どれを見ても「おっ、ツリー出してくれたんやな、どうもありがとう」と思い、ほくほくする。なぜ私がモミの木か、サンタ目線のようなことを思ってしまうのかはわからない。なんのありがとう?

年末になると、今年を総括した系の通知がアプリから来る。
Spotifyによると、私が今年一番再生した曲は「Sweet Night」だそうだ。なるほど、自覚がある。寝るときよくリピート再生にしてるからな。寝るときだいたいこれか、もしくはマックス・リヒターの「スリープ」をかけている。ただ私は寝つきが大変良いので、リピートにするまでもなく、寝てしまっていると思う。寝ていても耳は聞こえている、という理解で良いのだろうか。

「Sweet Night」はドラマ「梨泰院クラス」のOSTで、BTSのVことテヒョンさんのソロ曲である。テヒョンさんの声は、倍音が多くて寝心地が良い。音数も多すぎなくてちょうどいいし、歌詞も「On my pillow」で始まって睡眠っぽいし、「Guess we were ships in the night」とか、子音の響きが良くて、夜聴くのに合う。夜は特に、クリアで透明感・清涼感のある声よりも、どっちかっつーと厚みと重さがあるザラッとした声が聴きたい。…いやちがうな、朝も昼もずっとそうだわ。私ギターみたいな声が好きなの。

韓国語を学習しているアプリによると、私の今年の学習時間は4399分、学習した単語数は1176語、だそうだ。なるほど、意外と短いし、結構少ないな。まぁでもまだ始めて半年ぐらいやから、こんなもんなんかな。日常会話に必要な単語数は大体2000語くらいと言われている。意外と少ない、と思うが今1176語で、しかもそれを全部覚えたかというと正直あやしい、ということを加味すると、まだまだ先は長そうである。今日も「다」と「더」がごっちゃになっているし…前者が「all」、後者は「more」です。がんばれ。おぼえろ。

ひと昔まえはアプリがこんなふうに今年を総括してくれることはなかったので、自分で今年よく聞いた曲をリストアップしてプレイリストにしたりしていたが、それはそれでおもしろかったな。今年はWeezerの「OK Human」というアルバムが出て、これがかなり良くて、たくさん聴きました。「Pinkerton」以降、一番好きなアルバムだわ…
Weezer、近年はコンセプチュアルなアルバムをこまかく出していて、どれもおもしろいし、バンドもおもしろがってやってるんだろうな、という感じがする。いいね。
それから折坂悠太さんのEP「朝顔」とアルバム「心理」も、めちゃくちゃ良かった。「心理」を水辺で聴きたいな、と思って海に行ったりしたが、「いや違う、ちょっと違う、海水じゃないな、たぶん淡水のほうが合うな」などと思った。家から一番近い淡水どこだろうね。
が、6月以降は圧倒的な熱量でBTSだけを聴きまくったので、Spotifyも少し戸惑ったんじゃないかと思う。BTSは最高です。

そうこうしているうちに、あと半月ほどで今年が終わり、私は33歳になる。大人になったなぁ、と思うときと、大人ごっこしてるなぁ、と思うときが半々くらいだが、「33歳」という字面から得られる感覚としては、「大人になったなぁ」がやや強い。
でも私はもうちょっと惑いたいんだよな、遅いかな、でも惑いたい。よし来年の目標は「惑う」にします。

archive

latest posts