タナカノゾミのポートフォリオサイト

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2022年4月18日 (月) 22:00

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久しぶりに、少しだけレタッチ作業が発生した。楽しい。
レタッチとは、画像編集ソフトを使って写真に「ひと手間加える作業」のことを言う。電車の中吊り広告や雑誌や、世に出ているあらゆる写真はすべてレタッチ後の写真である。
例えば某女性歌手は専属のレタッチチームがいる(人によってレタッチの加減が違うので、毎回印象の違う顔になるのを防ぐため、と思われる)と聞いたことがあるし、そのぐらい重要な作業であると思う。

芸能人だけでなく、一般人の写真でもレタッチはする。というか人間の顔以外もレタッチはする。ビルの窓から電線の映り込みを消すとか。それを撮ったカメラマンが自分でやるケースも多いと思うけど、撮ったまま納品する人も全然いるから、その場合はデザイナーがやる。と思ってるけど、違うのかな。
とはいえデザイナーでも全くやらない人もいるようで、例えば歯医者さんのパンフレットとかを待合室で流し見ていると、一切レタッチしてない歯科衛生士さんの写真が「スタッフ紹介」みたいなページにずらずら並んでいて、そういうときは「おいおいおいさすがにこれはあかんやろ……多少はやんなさいよ……」という気持ちになったりする。
別に必須作業ではないし、見積書に計上できるほどの大がかりな作業ではないけど、でも写真素材もらって、ちょっとクマ出来てたり、2本ぐらい白髪が見えたりしたら、それぐらいは消してあげようよ……私だって別にレタッチ上手ってわけではないけど、でもクマと白髪なんかは5秒あれば消せる程度のことだし、クマ消されて怒る人は見たことないし、じゃあやっといたほうが良くない?

私は最近はWebの仕事ばかりやっているからあまり神経質なレタッチ作業が発生することはないが、印刷物を作るDTPデザイナーだったころは日常茶飯事だったし、レタッチだけやる仕事もたまにあった。
キツかったのはバイクレースの、バイクの車体のレタッチで、映り込みを消すのはもちろん、ツヤ感の細かい注文や、サンプル(しかも印刷後の紙)がバイク便で送られてきて「これに色調を合わせてください、完全に」みたいな無理難題が多かった。
毎回深夜の作業になるので肩こりと眠気で朦朧としながら、フルフェイスのヘルメットで一切顔の見えないレーサーを睨みつけていたことを覚えている。へんなもようのバイクにのりやがって。ぜったいにゆるさんからな。
冷静になって考えるとレーサーにはなんの罪もない、レタッチの注文が細かいのは編集部の狂気的なこだわりのせいだし、納期が厳しすぎるのはうちの営業のせいだ。

楽しかったのはギャル雑誌のモデルさんたちのレタッチで、つけまつげの根元にある見えないほうがいいラインを消したり、照明の加減で少しくすんだチークを調整したりした。
女性は、とくにメイクをしている女性は年齢にかかわらず「自分をどう見せたいか」がメイクに出るので、レタッチは比較的簡単だと思う。隠そうとしているところが見えたら、それを消せばいいし、アピールしたい部分が見えたら、それがより良く見えるようほんの少し調整すればいい。ホクロひとつとっても、チャームポイントだと感じているのか、出来れば取りたいと思っているのかは、メイクを見れば分かる。

難しいのはおじさんのレタッチだと思う。おじさんはほとんど全員メイクをしていないし、シミもクマも、髭の剃り残しもそのまま、みたいな写真を出してくるケースが多い。ひどい場合は目頭に目やにが付いていたりする。ホームページなり、パンフレットなり、第三者が大勢目にするどこかに自分の顔写真が載るというのに、気にならないのだろうか。
どうしようかな、どこをどうレタッチしよう、つーか私いま400%拡大で作業してるけど、このおじさんはこんなに寄りで見られるなんて、思いもせんのやろうな。

おじさんは高齢であればあるほど「男がそんなことを気にするのはカッコ悪いこと」という価値観があるのだろうことは推測できるけど、でももう「そんなことありませんよ」というのを大きめの声で言っていったほうがいいのかもなぁ~~~という気もする。いつどこで誰に言えばいいのかは分からんが。別に肌加工のアプリでつやつやにせぇとか、目を大きくせぇとか、いや、そもそも若く見えるようにとか、盛って、とかそういう話じゃないけど、うーん、伝わらんのかな。あなたはあなたのまま何者にもならないでいいけど、でもどこかに載る写真はぜひベストオブユーであろうぜ、というだけの話なんだよ。

一方、いかにも写真館で撮りました、という類の写真は、現場にいるであろう百戦錬磨のヘアメイクさんや慣れているベテランカメラマンがうまいことやってくれている場合が多く、デザイナーがあまりいじくりまわす必要がない仕上がりになっていてありがたい。どこをどうレタッチすれば、と悩む必要もないし、まさか鼻毛が出てたらどうしよう、と700%拡大にして見知らぬおじさんの鼻毛をチェックする必要もないからだ。

みなさんも「ホームページに載せるおじさんの写真が要るってさ、そんなんないよな?撮らなあかんな~」とかいう事態が発生した場合、写真が趣味の社員が頑張って撮る、とかはどうか、やめておいてほしい。街の写真館・フォトスタジオなどへおじさんをお連れし、何もかもをプロにお任せすべきだと思う。
写真が趣味の人は写真を撮るのは確かに上手な場合が多いけど、おじさんを撮るのが上手いわけではないと思う。かわいい子どもとか、すてきな風景とか、きれいなお花とかを撮るのと、おじさんを撮るのは、ぜんぜん違う。

そういえば何年か前に、私の父が地味な色の服ばかり着るので「もうちょっと明るい色の服着たらええのに、青とかでもええから」というようなことを家族で言っていたら「オッサンが服こだわってもしゃあないやろ、若い子ちゃうねんから」と返されたことを思い出した。
私はとっさに「いや若い子は服なんかこだわらんでも白Tにジーパンでもサマになるけど、オッサンはそうはいかんやん、オッサンこそ服こだわらなあかんのちゃうん」と思ったが、本人には言えなかった。言えなかった理由は自分でもわからないが、「レタッチどうこう以前の写真やな」と思うときと、似たような手触りの感情が、胃の底に残る。

寝ても覚めても愛は

2022年4月13日 (水) 22:05

uncategorized

「川好き、海より川の方が好きやわ」と自分で言って「あぁ確かにそうかも、海より川の方が好き」と自分で納得する。脳より先に口が動いているんじゃないだろうか。大きい川、ずっと見てられる。いやまぁ、海もずっと見てられるか……

川の好きなところは水がたっぷりあるところと、その水がどこからきてどこへいくのかが明確なところだ。山からきて海へいくたっぷりの水、それが淡々と動くのを、見ているのが好きだ。
海も好きだが、海は取っ掛かりなく大きいので、すこしこわい。動きがあることは分かるが、向きとかは分からないじゃないですか。海はどこからきてどこへいくの?波は向こうから絶え間なく来るけど、どこからきているのかはわからないし、あとどこへもいかない、でしょ、海はずっとそこにあるもんな。
湖はあまり馴染みがないが、何年か前に初めて見た琵琶湖は、海に似ているのに潮のにおいがせず、ただ茫洋とそこにあり、不思議な気持ちになった。水たまりを拡大していくとこうなるんじゃないか、と思った。

翌日、久しぶりにプロが作ったオムレツを食べ、静かに感動した。すごい、じょ、じょうずだ……(当たり前)。
私はある日、ふと「自分できれいにオムレツを焼けたらすてきだろうな」と思い、休日のたびに作り、練習していた。オムレツみたいな材料がシンプルな料理は素材がものを言うし、何より技量が明確に出るのでおもしろい。手を抜いたところが穴のようにはっきりと味に出るし、誤魔化しがきかないので、その穴は隠せない。
オムレツは成形に目が行きがちだが、重要なのは火入れだと思う。焦るあまり中が生っぽいとおいしくないし、焼き目をつけてしまうと色がかわいくない、焼きムラができると食感が悪い。ナイフを入れて、火が入っていない生卵が流れ出てきたらがっかりする。べつに卵は生で食べられるねんからいいねんけどさ、でも、これは理想的なオムレツじゃない、ううう失敗。

プロが作ったオムレツは3つに畳んであり、うつくしくやわらかな黄色で、中はちゃんと火が入っているけどとろりとやわらかい。プロすごい、じょうずだ、オムレツがじょうずですねプロ、とってもおいしいです。
帰りにキッチンを覗くと、プロは一切の無駄がない滑らかな動きで次々にオムレツをこしらえていて、その淡々と安定したさまは、昨日見た川のようだと思った。いまだに左手をうまく動かせずにがちゃがちゃバタバタやっている私の落ち着きのないオムレツ姿とは全く違う。やっぱりプロはすごいなぁ。

……「オムレツ姿」ってなんでしょうね。

チュッパチャプス

2022年4月8日 (金) 21:50

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自宅に常備している食品について、他人に聞いてみたいと思っている。切らさずにずっと買っているもの。調味料の類や乾物なんかは別として、何があるだろう。そういうのを調査してまとめた本があれば買いたい。ないですか。

牛乳やたまごは誰でも切らさずに常備しているんじゃないか、と思っていたら「牛乳ぜんぜん飲まない、最後に買ったのいつかわからん」と友人に言われて驚いた。そうか、そういう人もいるか。確かにひとり暮らしだと、自分が食べないものは買わないだろう。私も牛乳そのままを飲むことはほとんどないけど、コーヒーとか紅茶を飲むときに入れたり、料理にも使うから、基本的にはいつでも冷蔵庫に入っている。牛乳を買わないなら、クリームパスタを作ったり、グラタンを作ったりもしないのだろうか。オムレツを焼くとき、牛乳を入れないのかな。
でも彼はクリームパスタより明太子パスタが好きそうだし、オムレツよりだし巻き卵が好きそうだから、そもそも牛乳は要らないのかもしれない。

私が自宅に常備している食品のひとつに、チュッパチャプスがある。食べる頻度は高くなく、月に1~2個程度ではあるものの、低血糖でフラフラになっているときに命を救ってもらったことがあり(大げさか)以来、なくなったら4個ずつ買って、置いておくようにしている。

スーパーのお菓子売り場で、1個40円のチュッパチャプスを買う。しゃがみこんで箱をガサガサやっていると「なにさがしてるん?」と5歳くらいの女の子に声をかけられた。そういえばコロナ禍になって知らない人に話しかけられる機会が減った気がする。週1ペースで道聞かれてたのにな、私。
「チュッパチャプス、を、さがしてます」と答えると「なにあじ?」と聞かれる。私は「えっと、チェリー味、です」と答える。チェリー味しか食べないのだ。いつもチェリー味だけ4個買う。たまには他の味を買ってみればいいと思うし、他の味だってたぶんおいしいし、そもそもチェリー味が好きなのかどうかさえ自分でも確信がないけど、でもチェリー味ばっかり買っている。
「いっしょにさがそか?」と言われて笑ってしまった。やさしいな。やさしいし、かわいいね。「や、だいじょうぶです、自分で探せます」と言うと、「そうか」と言って女の子は去ってしまった。なんで何味か聞いたんだろう。なんで一緒に探してくれようとしたんだろう。困ってるように見えたかな。
あ、お礼を言うのを忘れた。

come from different sides

2022年4月5日 (火) 22:08

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甥に会った。成長著しい。私の時間と、彼らの時間は完全に「密度」が違うということを、会うたびに実感する。

私は「子どもがあまり好きではない」と思っていたけど、大きな勘違いだった。正確には「子どもでも大人でも、好きな人は好き」だと思う。年齢で切り分けられるようなものではなかった。甥が生まれる前は、あまり子どもと接する機会がなかったので、実態が分からなかったのだ。
人間は何歳でも性格というものがあるし、まだ性格が形成されきっていない場合でも、性質というものは間違いなく存在すると思う。

(私の)母の実家でお花見をしていたらしい甥は、帰ってきて私を見つけるなり「のーんちゃん!」と連呼し、うれしそうに笑った。母は「のんちゃんと遊ぶのはお昼寝のあとやで、もう14時やねんから、あんたはお昼寝せなあかんで」と言い、私に向かって「ベッドで寝かせて、1時間半ぐらいは寝かさなあかんわ」と言った。甥は「絵本は?絵本はいい?」と言うので「ええよ、1冊だけな」と答えると、アンパンマンの本を本棚から取り出し、おとなしく布団に入った。

甥が持ってきたアンパンマンの本は読み聞かせるタイプのものではなく、クイズや迷路で遊ぶタイプの本だった。こんな楽しげな本で遊んでたら寝るもんも寝んな……と判断し「これは起きてからやろ、とりあえず寝ような、はいおやすみ」と言い放った。甥は納得がいかない顔をしてはいるが、その感情を言語化するほどの語彙はまだないようだった。ごめんて。でも昼寝の時間やから。

甥が寝付くまでの時間に自分で読もうと思っていた文庫本を「読んで」と言われたときはちょっと笑ってしまった。私が読んでいた本は井上荒野の「あちらにいる鬼」だったからだ。井上光晴と瀬戸内寂聴の不倫をモデルにした小説を、一部とはいえ3歳の子に読み聞かせていいものだろうか。
が、スキャンダラスなテーマではあるものの、文章は理性的で描写は的確で凛としており、かっこいい小説だと思ったので、相手が3歳だとしても、この文体の美しさや清々しさは伝わるのではないか、という気もしたが、2行くらい読んだところでやめておいた。「教育上どうなの」というような部分に触れたくないし、何より甥なのだ、私の子じゃない。先に生まれた人間として道徳的なことやライフハック的なことを教える機会はあるかもしれんしそれは構わんのだけど、教育はノータッチがいいと思う。まぁ、特に気をつけろと誰かに言われたわけではないけども……

甥はまだ「なんで…遊びたい、のんちゃんと遊びたいねん……」と言ってはいたが、あくびもしているし眠そうだ。「気持ちは分かるけど、あんたは子どもやから、今お昼寝しとかな後でしんどいやん、起きたら遊んだるから、のんちゃんは夜までおるからさ」と言い聞かせ、あとはとにかく無視を決め込むことにした。
甥は私の脇腹をつついたり、耳を引っ張ったり、ベッドを揺さぶったりして地味な抵抗を続けたが、数分で諦め、あっという間に眠ってしまった。

「お昼寝は良いものだ」と実感するのは何歳ぐらいなんだろうな。そこらのサラリーマンに「お昼寝しなさいよ、後でしんどいから」と声をかけて1時間半くらいベッドで休ませたら、ほぼ全員一致で喜ぶと思うけどね、3歳はお昼寝とかいいから遊びたいらしい。

一方、2歳の甥も、脳のフル回転に言葉が追い付かない様子がありありと伝わってくる。よくしゃべり(半分ぐらいは何を言っているのか分からない)、よく食べ(気持ちのいい食べっぷり)、目まぐるしく動いている。小さい体にみっちりと詰まった臓器と、それらが消費するカロリーについて考えていたら、ぼーっとしてしまい、80回くらい連続して踏切ごっこをやってしまった。踏切が閉まる→電車が通る→踏切が開く→動物たちが通る→また踏切が閉まる、という一連の流れをデュプロと積み木とプラレールで再現したものだが、甥はこういう遊びを飽きもせず何十回も繰り返す。私は私で、なぜかこういう遊びが退屈だと思う感覚が無く、甥が飽きるまでずっと付き合うことができる。単調な遊びなので私の表情は「無」になっているはずだが、でも不思議と飽きないし退屈だとは感じない。

みな元気で何よりだな、甥どもはとてもかわいいです。

Hello my alien

2022年4月3日 (日) 22:09

uncategorized

友人と話していたら「前から聞こうと思っててんけどさ、良い?」と言うので、「どうぞ」と答えながらも、なんだろう、と少し身構えたら「ぶり大根作るときにさ、ネギの青いとこ入れるやろ?あれなに?」と聞かれ、気が抜けた。前置きと本文のバランスが全く噛み合わないが、彼女はよくこういう話し方をする。私はそのバランス感覚が妙に好きだ。

「鰤が、臭みが強いから、それを消すために入れるねん」「そうなんや、じゃあ、食べるために入れるんじゃないんや?」「そう、まぁべつに食べてもええけどな」「そうか、あんまりおいしくはないなって、思っててん、ネギの良さ、別に活かせてないなって」

彼女は「レシピ見ながら作るねんけどさ、書いてあるねんネギの青いところ、カッコで、あれば、って書いてあるねん、大体あるから、いつも入れてるねんけどな」とも言った。たしかに「ネギの青い部分(あれば)」って、よく書いてあるな。「これはだから、あれば入れたほうがおいしいけど、ネギの青いとこないわ〜ってスーパーにわざわざ買いに行くほどではないですよ、っていう意味やねん」と私が答えたら「そうなんや、なるほどな、聞きたかってん」と言っていた。

その後彼女は「え、待って、角煮のレシピに書いてあるネギの青い部分、もそれ?食べる用じゃなくて……?」と名探偵のような口調で言った。そう、そのとおり、名推理。

ネギの青い部分を入れるのは臭み消しのためだと、私はなぜ知っているのだろう。自分で調べた記憶はない。自分で作る以外で最も多く私にごはんを作ってくれた人は母だが、母に教わったのかどうかも覚えていない。母は懇切丁寧に何かを教えるタイプの人間ではないし、どちらかというと「ほんで醤油、醤油はジャーーーッと、塩はパッパッ、くらいの量」みたいな性格だ。大さじ小さじ、計量カップの類はほとんど使わない。
私はネギの青い部分を入れる理由を知っているからこそ気に留めたことはなかったし、レシピの文字通りあれば入れ、なければ入れない。料理はこういう「みなさんご存じのとおり」という省略が多いのかもしれない。不親切だな、と思う反面、この類のことをいちいち全部書いてあるレシピを見ながら料理をすると、おそらく倍以上の時間がかかるだろう。

ネギの青い部分を入れる理由はもちろん調べればすぐに分かることではあるが、それを「今度聞こう」と持っていて、なにか別のことを話している最中に思い出し、私に「前から聞こうと思っててんけどさ、良い?」と切り出せることの純真さや美しさはなんだろう。まぶしいほどだ。

肉料理に風味付けだけでなくローリエを入れる理由やローリエとローレルは全く同じものだということ、魚料理の下処理に塩や酒を使うのも同様、ということを伝えたほうがいいのかな、と少し頭をよぎったが、彼女が「前から聞こうと思っててんけどさ、良い?」と言うのを何度でも聞きたいから、また今度にする。

Stevia

2022年4月1日 (金) 22:03

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ワ、ワクチンをナメていた。2回の経験を済ませているせいで「オッケー、ワクチンね、打ったことあるよ〜モチロン☆」程度のテンションで経験者ヅラをし、初心を忘れ、薄いポカリスエットすら購入していなかった。薄いポカリの正式名称も思い出せない。青いのじゃなくて、水色のやつ、なんやっけ名前。
なにせ接種後、翌日の昼頃までは全く問題なく、元気だったのだ。日曜起床時の体温は37℃で、微熱すらなかった。

土曜の雨模様と打って変わって、日曜は朝から気持ちよく晴れた。左腕は副反応で腫れているものの、騒ぎ立てるほど痛くはない。なんの予定も入れていないし、すべきことは山のような洗濯物を洗い、干すことだけなので、休日としてはかなりヤワなタイプと言える。この程度の副反応なら予定を入れてもよかったな、とアホヅラで思っていた。この時は。

洗濯を終えたので具をもりもりにしたピザトーストを食べ、適当なドラマを観てダラダラし、昼過ぎにキンマリを食べた。キンマリは春雨などの具を海苔巻き状にして、それを天ぷらのように衣をつけて揚げた韓国料理である。キンは海苔、マリは巻く、という意味らしい。韓国料理の名称はこういう「そのまんまやないかい」系が多くて好感が高い。私が好きなのは「ソトクソトク」である(食べたことはない、名前が好きなだけ)。

キンマリを食べ終えたあたりから、身体の調子がおかしい。アイスが食べたいのだ。キンマリはおいしい、外側がカリカリで中身は春巻きに似ている、味付けも濃くないしおいしかった。でもアイスが食べたい。なんとなく、キンマリより、今はアイスが食べたい。

幸いアイスは冷凍庫にあった。私は酔って帰るときにアイスを買う悪癖があるが、食べないのだ。酔ってないときに買ったアイスはすぐ食べるくせに。
冷凍庫にあったアイスは昔ながらの「アイスクリン」みたいなさっぱりした味で、おいしかった。いつ買ったのかさっぱり覚えていない。

この辺りから腕というより全身がだる重いことに気がついた。特に左半身が、肩こりと腰痛を混ぜたように痛い。「おいおいおい…これがモデルナアーム……」と言いながら、とりあえずベッドに入った。というか座っていられない。アームっつーかボディやん、モデルナボディ……あれ、なんかモデル体型的なニュアンスない?いやないか……なに言うとんねん……ブツブツ……
これがファイザーとモデルナの違いなのか、それとも1〜2回目と3回目の違いなのかは分からない。調べる気力がない。せっかくの晴れた休日にただ寝るのが悔しくなって、iPadで『裸一貫!つづ井さん』を読んでいたが、すぐに寝落ちした。

目が覚めたら18時過ぎ、明らかに「熱あるやん!」の体調である。というか昼にはもう熱あったんやろうな、アイス食べたくなったのはそのせいやろ、と思い体温計を入れてみると38.8℃、とのこと。熱あるやん!!!!!私熱あることあんまないから……ごめん大きい声出して……
お夕飯はねぎとろの巻き寿司でも作って、水菜と鶏むね肉をいりこのめちゃくちゃ濃いお出汁でお吸い物にしよう、そしてアベンジャーズを観よう、と思っていたので予想外の体調悪化が悲しい。つーかごめん飯の話ばっかして。まぁ今に始まったことじゃないけど。
幸い(?)こんにゃくゼリーがあったので、これを晩ごはんとして食べた。風邪でもないのに食欲があるのかないのか分からないような状態になるなんて、体温というのはすごいものなんだな。

22時ごろ、熱はさらに上がる。39.3℃。
……39.3℃!!!おいおい待て待て、嘘つけよ、と思い、3回続けて検温するも、毎回39.3℃。やばい、病気やん。いや病気じゃない副反応、これは副反応。え、でもこんなん病気やん。39.3℃やって、どうしたらええんやろ。誰かに言うべきなんか?……いや誰に?
どうすることもできずにただ横になったが、眠りが浅いのか、眠っているのかどうか自分でも分からなくなった。すごい量の汗をかき、毛布を蹴り飛ばしては寒くなって掛けなおす、を繰り返した。
明け方3時ごろ、熱は下がったが今度は体が痛くて寝られない。無視して寝るぞ、熱は下がったんやから、と何度も寝返りをうち、もちもち素材のアイマスクを付け(平時ならこれで一発、私はのび太くん並みに寝付きがいい)枕の位置を調整し続けたが寝られない。うーキツい。なんやこれは。つらい。

もう寝るのは諦めるか。でも明日は月曜だから仕事だし年度末で案件が詰まっていて、休んでいる場合じゃない、できれば少しでも寝て明日に備えたい。つーかこれ、鎮痛剤飲んだらあかんの?どう考えてもええやろ、今飲まへん鎮痛剤てなによ、つーか39.3℃の時に飲めよ、アホか。
「副反応 薬」で検索したら「発熱、腕の痛みに」の欄に「ロキソニン」とある。ほら!書いてあるやん!!!飲んでええやん!!!誰への「ほら」かは知らんが、39.3℃の表示を見て薬を飲むことを思いつかなかった自分に呆れる。

胃に何か入れてから薬を飲んだ方がいいんだろうか。分からない、しんどい、おなかすいてるんかなこれ、自分でもわからん、喉は乾いた気がする。明かりもつけずに冷蔵庫を開けると、今朝洗ってヘタを取ってあった苺が目に付き、扉を開けたまま、2粒食べた。お、おいしい……苺おいしい……ってか味覚めっちゃある、そらそうや風邪じゃないから……今朝はこんなことになるなんて思いもしなかったが、自分で洗ってヘタをとった苺がありがたい。あまおうおいしい。

結局朝までまともに寝つけず、月曜は半休をもらった。融通のきく会社で本当にありがたい。
ワクチン、2回目程度の感じでいけると思ってたの大誤算やったわ、つーか少なくとも年度末に打つようなもんではなかった。3回目打つ予定の人、気をつけてくださいね。薄いポカリ(名前、イオンウォーターやったわ)とかを、買っておいてね。

tastes like strawberries

2022年3月25日 (金) 22:48

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ベッドを買い替えたい、と2年近く言い続けている。私はベッドそのものに特にこだわりがなく、というか寝室のスペースが限られているので、そこに収まれば別に何でもいい、ぐらいのモチベーションしかないので、一向にコトが進まない。
IKEAのベッドをいくつか見てアタリを付け、まぁこのシリーズの、セミダブルか、置けそうならダブルにしようかな、と1年くらい思い続けている。早く買いにいけばいいのに。

IKEAはとにかく価格が安いがそのわりにまぁまぁ丈夫で、デザインも悪くないのが特徴だと思うけど、自分で組み立てないといけない、というのが鬼門だ。こういうのを楽しめる人が存在するのは知っているが、私は違う。私は「元の形があるものをその通りに組み立てる」みたいなことが大変苦手だ、出来ることならやりたくない。ある程度時間かけてやってみて、思ったようにできないと「……捨てたろかな」という気持ちになったりする。
螺子を3つ留めるくらいならまだいいが、ベッドとなるとそうはいかないだろう。引き出しが4つもついているデザインだし、螺子を3つ留めたくらいで完成するわけがない。そんなワンタッチポップアップなベッドがあるはずない。となるとあの、向きと個数が分かりにくい文字ナシの説明書と格闘し、休日を潰すことになるのだろう。億劫だ。

今あるベッドは私が東京から実家へ戻ってきたときに母がベルメゾンだかニッセンだかで買ってくれたすのこベッドで、なんだかんだでもう10年くらい使っている。
螺子で留めている部分の木材が経年で緩んできており、組み立ててくれた引越し屋さんも「そろそろ買い替えたほうがいっすよ、危ないんで」と言っていた。確かにややグラグラするし、乗り降りするときや寝返りをうつときに、ギシギシうるさい。
まぁ寝るだけやねんし、めっちゃくちゃ激しくセックスするとかじゃなければ大丈夫やろ、と認識しているが、どの程度の危険度なのかは正直分からない。でも引越し屋さんは私より遥かに多くのベッドを運んでは組み立て、設置してきたはずだから、彼の言う「危ない」を信用すべきだろうという気はする。気はしているが、そのまま2年程度が経過している。

新しいベッドを買うとなると、当然今あるベッドは処分することになる。IKEAは他社製品の下取りサービス的なものは実施していないようだから、今あるベッドとマットレスは私が解体し、市に連絡するかなんかして大型ごみとして処分する必要がある。もちろん有料だし、コンビニに大型ごみシールみたいなのを買いに行かないと、そして私の家からごみ置き場までマットレスを運ばないといけない。め……めんどくさい……
しかも、今あるベッドで寝る→起きる→今あるベッドを解体する→今あるベッドを捨てる→新しいベッドが届く→新しいベッドを組み立てる→新しいベッドで寝る、という流れにしないといけない。つまり、実質8時間程度で全部をやり終えないと、ベッドで寝られない日が出てきてしまう。避けたい。
作業の日はなるべく涼しいか、むしろ少し寒いぐらいが良い。となるともう時期的に厳しい、この週末にやるか、秋まで待つか、でも週末はワクチンを打つ予定だし、間に合わないだろうな。次の週末はもう4月だ、すぐに暑くなるだろう。お花見も行きたいし。よし秋まで待とう。

この調子で、全然ベッドを買い替えるに至らない。引越しのタイミングで済ませておけばよかったなぁ。
でも、ちょっと調べたら組み立ての代行サービスがあるらしい。助かるね、そうしよう、得意な人にお金払ってやってもらおう。それがいいね。

風待ち

2022年3月16日 (水) 22:00

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姉(実姉)がBTSのソウルコン3日目のライブ配信を自宅で見たと連絡をくれたので、感想を言い合おうと思って電話をしたら、3時間くらい私が一方的にしゃべり続けてしまい、最終的に「もうやめさしてもらうわ」と正統派漫才師のようなことを言われて笑ってしまった。ごめんて。わはは。

姉とは一緒にいる時間が単純に長かったから、必然的に「共通言語」みたいなものが多いと思う。口からそのまましゃべっても許される感じがある。感じがあるだけで別に許されてはいないので「それはちゃうやろ」などとバッサリ返されることもある。
姉は私をあまり妹として扱わないし、歳もひとつしか違わないので甘やかしたりもしない。面倒見がよく情に厚くて優しい人だが、基本的には誰に対しても「自分でできることは自分でやんなさいよ」という考え方をしていて、あまり手も口も出さない。
私は私で、姉を「同じ親から生まれてほぼ同じ環境で育ったほぼ同い年の人間」として見ているフシがあり、そういう意味では他に似た人が絶対にいないので、超貴重だと感じている。私は何か考えごとがあると「姉はどう思うかな」と思うし、選択の場に直面すると「姉はどうするかな」と思ったりもする。それに倣おうとは思っていない、ただ、同じ親から生まれほぼ同じ環境で育った唯一の人がどう考え、何を選択するかはすごく興味深いことだと思う。しかもそれを本人に尋ね、答えを得ることができるなんて、私はとても幸運だと思う。こういう言い方が合っているか分からないし誤解を生みそうではあるけど、私は姉のことを「サンプル」だと思っている。同様に彼女も私を「サンプル」だと思っているはずだ、「庇護すべき妹」ではなく。

去年の夏ごろ、久しぶりに会った姉がBTSに全くハマっていないことに、私はバチギレていた。
だってそもそも音楽のジャンルとして「歌って踊る人たち」が好きなのは私じゃなくて姉のほうだし、当時のBTSは「Butter」がリリースされてFESTAの時期(デビューの周年パーティーみたいなやつ)で、日本の音楽番組にもたくさん出演してくれた後だったし、だからどこかで適切に出会いさえすればとっくにハマってるだろうと思っていたからだ。しかもBTSは「実写版少年ジャンプ」みたいじゃないか。姉が好きじゃないわけない。ま、別にバチギレんでもええねんけどな。

姉が「職場の子は好きらしいで、ロッカーにほら、赤いハートの顔のキャラクターおるやん、あれのステッカー貼ってたわ、あれBTSのなんかなんやろ?Butterも曲は知ってるで、一応な」などとのんきに言うので私はますますバチギレ、「なんで好きちゃうねんおかしいやろ、絶対おかしいなにやってんねん、あかん、とりあえず履修開始しよ、観れば分かる」「お姉ちゃん少年ジャンプ大好きやん、大好きやろ?BTSは少年ジャンプやで、友情・努力・勝利やで、好きじゃないわけないやん」「音楽もすごい良いで、私が楽曲が良いと思ってないアイドルにハマるわけないやん知ってるやろ」と早口で捲し立て、夜通しMVやタリョラ(BTSのバラエティー番組)を見せた。

「アイドル」というものの構造の素晴らしさは、好きになる過程の入り口がめちゃくちゃ多いことだと思う。楽曲やダンス、顔・容姿はもちろんのことだが、例えばキムナムジュンの国連スピーチをニュース番組で見てARMYになる人がいても何ら不思議ではない。姉はタリョラバンタンのエピソード41で伝言ゲームに取り組むBTSを見て大いに笑い、そこから無事に沼入りした。
次に会ったときは既に「タリョラ全部観終わった(※155話まで出ている)」と言い、配信ライブも観て、有料の映像コンテンツもすべて見終えているらしかったので、私はひと仕事終えたような気持ちになった。ふぅ。良い沼なので、可能性がある人は全員落としていきたい。良い沼なので。

姉とは結局21時くらいまで「18~24歳くらいまでの”あの感じ”が心底嫌いやった、特に男の子の」という話をして笑った。「今も嫌いやん」で納得した。さらに「早割いちおう申し込んどくか」「当たってから考えよ」「外したことないやん」「いや、一昨年初めて外した」などの会話を経て風呂に入り、皿を洗って寝た。

bandwagon

2022年3月15日 (火) 22:00

uncategorized

PERMISSION TO DANCEをタイトルに冠したライブを、4日間で3本観た。2本は自宅で、1本は映画館で観た。
演目としては同じものを10月にオンラインコンサートで観ているし、ロサンゼルス公演の配信も観たし、どれも良かったし、だからまぁ同じと言えば同じだから、そんな毎回親の仇みたいに全部を観んでもええかな、お金もかかるしさ、と思う気持ちがあるが、実際のところ「何一つ同じではない」ことをよく知っているから、この際お金のことは見て見ぬふりをして、観られるもんは一通り全部観とこか、ということにした。それに何より、2年半ぶりに母国である韓国で、有観客ライブをするBTSがどんな顔をするのか、見ておきたかった。
しかし、お金のことを見て見ぬふりをする日が増えていますね、みんなもそうですか?

有観客とは言え、感染対策として、観客側が声を出すことは禁止されている。席に座り、マスクをして、拍手で応援してね、というルールなのだ。ま、最近のライブは規模の大小問わず日本でもこんな感じではあるが、2年半ぶりの再会がこれじゃ、なかなかキツかっただろうな、えらいね、韓国のアミたち、えらかった。でもあなたたちがどんな気持ちで、その、何ら強制力のないルールを守ったかが、手に取るように分かる。気高いね。すきだよ。あとユンギがそのことを分かってくれていて、なおかつちゃんと言葉にしてくれたの、うれしかったね。
ユンギって別に腰が低いわけでもないし堂々としてるのに「俺が先に話を聞くよ」って顔してて、かっこいいなと思う。我の強さがないわけでもないし、言いたいことなんにもないってわけでもない、むしろメッセージ性が服着て歩いてるみたいなとこあるし、その割に不必要に謙虚ってことでもないし、意志が弱そうな顔もしていない、でも「ぜったいこの人は話聞いてくれる」と思わされるの、なんなんだろうな。不思議な人だ。

初日、やや様子をうかがうような、間合いを詰め合うような空気感が双方にあると感じた。真剣ではあるけどでも緊迫してはいない、ただお互いに、歩み寄ろうとしている。2年半ぶりに会えてたまらなくうれしいけど、でも今はまだ、駆け寄ってハグしちゃだめなの、手も繋げないし、あぁどうやってこの気持ちを表現すればいいの、というような。照れもちょっとあるし、みたいな。いやぁ、なるほどな、お客が居るとそうなるんだな、あなたたちは本当に、愛し愛されているんだな、と思った。
そういえばすっごい仲良い友だちと超久しぶりに会うと最初の15分くらいはこの感じになるな……なったことあるでしょ?私はある。

こういうとき、本当に頼りになるなぁと思うのはジョングクのことだ。いつどんな状況でも、何がどのように変化していても、その真っ只中に居ても、ジョングクだけはいつも変わらないように見える。ひたむきで、素直で、ただ歌って踊るのが好きなだけだよ、という顔をしている。
でも、それゆえに、この子にも当たり前に感情の起伏があり、眠れないほど悩む夜があり、不安や後悔や、戸惑いだってあるのだということを、私は忘れがちだな、と思う。この日私は「BTSが全員部下だったら私、うっかりジョングクさんを褒めるの、忘れてしまいそうだな」と思って、謎に反省した。だって、出来が良すぎるのだ。そつがないし、努力を自分からアピールしないし、というか「要るからやってるだけだよ」としか思っていなさそうな気すらする。
もしジョングクさんが私の部下だったら、最低でも月1回はグクを焼き肉屋さんに連れてってせっせと神戸牛特上カルビを焼き、大盛の白ごはんに載せてやりながら、ベッタベタのみっちみちに褒める日が要る……えらい、かっこいい、本当によくやってる、頼りにしてる、信頼してる、いつもありがとう、また上手になったね、今日は好きなもの全部食べて、グクだけだよ、と言う日が要る。
WINGSあたりのツアーライブの、どう見ても序盤でスタミナが切れている彼の、もどかしく、悔しそうな顔を思い出す。そうだよな、手を抜くのとペース配分を考えるのは全く別のことだと、頭ではわかるけど、頭と心は違うもんな。思うようにならなくて、苦しかったろうな。今となっては6人の兄をまとめて両腕に担いで走れそうなジョングクが、ぜんぜん奇跡なんかじゃないことを思い知る。えらいな。がんばったな。よくここまで来たな。すごいね、君はほんとうにすごい。

2日目、既にあの間合いを詰め合うような空気はなかった。観客がそこにいて、拍手をしてくれていること、仲間だから、それだけでコミュニケーションが取れること、そのことを、もう知っています、という顔をしていた。迷いなく、よっしゃここで遊ぶぞ!という顔をしていた。いやーすごいね、初日やって、昨日なか1日空いてそんで今日、もうそれ出来るの?もうわからん、なんでそんなことが出来るの。すげえ。意味分からん、すげえ。
ステージやパフォーマンスに限った話ではないけど「もっとこうしたい」「いつかああなりたい」「これでは全然足りない」というパワーは、何かを推進するときにすごく重要なことだと思う。でも「今ここにあるものでやる」のも、実は同じだけ重要なことだよな、と思った。
だって比較すれば、相対的に見れば、もっと良い日が、もっと良い場が、あるだろう。過去に何度もあっただろうし、天候にしたって、環境にしたって、もっと良い日は他にあるはずだ。でも今、とにかく今日来られる人は全員来たし、大声で歌うことは叶わないけど、でもここで一緒に居られる、そのことを、みんなちゃんと見ていた。よそ見しないでちゃんと見て、それを両手で掴んで、離さないようなライブだった。しかもそのことが、悲しくなかった。今ここにあるものを見ること・握りしめることは、失くしたものを嘆くことと、同義ではないのだと知った。

3日目、この形態のライブが、一旦ここで完成したんじゃないか、と思った。丸2年続いたこの状況がこれから先いつまで続くのか分からないし「この形態のライブ」自体、継続されるのか、もっと違う展開を見せるのかは分からないけど、でもだからこそ、一旦完結した、と感じた。と、同時に、今は常にどこかへ向かう道の、途中なんだな、と思った。過渡期なんだ、ずっと、常に。
エンディング中「昨日眠れなかったんだよ」とあくびをしてしまい、みんなにドヤされてたナムちゃん(かわいかった、オイコラ金髪!立ってろ!て言われてた)が深夜に投稿したコメントを翌朝読み、合点がいった。私たちも過渡期だし、私もあなたも過渡期だったのだ。ただそれが重なり合う日があって、その日が今日だったりしたのだな、と思った。ありがとうリーダー、たっぷり寝てほしい。
ジンくんはこの日、踊りながらよく笑っていた。そして時折、噛み締めるような顔で遠く客席を見つめ、あのギュッと閉じるまばたきをしていた。何を噛み締めたのか、私なんかが知る由もないが、「実感」とか「確信」とか、そういう類のものだったら良いな、と思った。そしてそれが「糧」になるんだったら良いのにな、と思った。

3日分ぜんぶが円盤になったりはしないんだろうか。なったとして何回見返すか分からんけど、でもなんか箱に入れて大事にしまっておきたいような3日間だった。ありがとうございました。ディレイも楽しみです。

SF映画みたいだ

2022年3月7日 (月) 22:41

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私は「帰宅する」という行為が嫌いだと思う。だから家から1時間くらい移動すると、帰りたくなくなってしまう。もちろん自分の家は好きだし、長く電車に乗る時間もわりと好きだ、でも「帰るだけなんだよな……」と思うとなぜかすべてが億劫で、心底面倒だ、と感じる。
いや「帰るだけ」つったって、それが家なのだが……私は何を言っているんでしょうね。

そういうわけで(どういうわけだ)、1時間半も移動したら、もう帰らない。適当な宿を取り、そこで眠る。3,000円くらい出せば湯船につかって体をきれいにし、清潔なシーツのお布団で寝られるの、すごいことだ。
といっても帰るのを次の日に持ち越しているだけだから、特になんの解決にもなっていないけど、でも夜遅い時間に電車に乗るよりはお昼ごろか、夕方に電車に乗る方が気が楽なんだよな。理由はわかりません。検証もしない、細部を無視していく。

こういうとき、たいていはカプセルホテルに泊まる。ガラガラに空いているカプセルホテルはしんとして、空調設備のまわる音だけが聞こえる。私に与えられた2畳くらいの空間で、眠くなるまでラジオを聴く。

SF映画みたいだ。ここは私に与えられた唯一のプライベートなスペースで、この建物は宇宙船なんだ。地球にはもう二度と帰れないし、これから行く先は知らされていない。満員になるはずだったこの宇宙船に乗っているのは、私と、さっきシャワー室ですれ違ったピンクの髪の女の子だけだ。操縦とかは、どうなっているんだろう。酸素とかは、どうなっているんだろう。
不安だから、私は地球から持ってきた缶ビールを飲んで眠る。明日の分の缶ビールはないし、ここではきっと手に入らないだろう、でも仕方ない。だってもう地球には住めないんだから。
さみしい気持ちを紛らわすため、うつ伏せで枕に顔をくっつけて好きなバンドの曲を歌う。窓が無いのに風みたいな音がする。窓があれば、星が見えたんだろうか。SF映画みたいだ。

朝起きて身支度を整え、チェックアウトして通りへ出ると、SF映画は終わってしまう。人がたくさん歩いていて、車の音が大きくて、びっくりする。まぶしい。今日天気いいんだな。

私、SF映画結構たくさん観てるはずなのに、ディティールを思考する能力が極端に低いな、わはは。朝ごはん食べよう。ドーナツがいい。

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